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エト・エウトクタ
作:隆伊



剣2


「あなたはどうしてこんな本を持っているの?」
 瞳に少し警戒の色を浮かべながら少女は聞いた。
「わたしは大学で神学を専攻しているわ。民族の伝承や古い信仰を研究しているの」
 だから日本へ向かっている。悪魔の存在を確かめるため。
「あなたが夢で見るア・ナネがエレボスを捜せと言っているわけでしょ。日本にそれがいると思っているの?」そうでなければ、この少女が日本へ行く理由にはならない。
「彼女の夢は、子供の頃から見ているけれど、いつも無言だった。日本に異変が起きてから。自分をラ・プティエリ・ア・ナネと名乗り、エレボスを捜しなさいと言った。根拠としては薄いかも知れないけれど……」
 その通りだわ。アイコは思った。逆に言えば、彼女が日本へ行く理由は他にあるということ。それが何か。たぶん聞いても答えないでしょうけど。
 ともかく、日本にいるのは、オル・ヴァブ。伝承を信じるなら、間違いない。理由はわからないけれど、目覚めた。確かに言えることはこれ一点だけ。

 埠頭へ戻ろうと狭い路地へ入った。人影に驚きはしない。見慣れている。が、その女は巫女姿だった。赤い鳥居の前に立ってこっちを見ていた。艶やかな長い髪、切れ長の妖艶な瞳、赤い唇。その口が彼に向かって開いた。咄嗟にバイクを停めた。
「あなたは、無事なのか……」正気なのに、何故こんなところに一人でいる?
 女はふっと笑った。
「わたいかい? わたいは人じゃあないからねぇ」その返答にホンダは思わず身構えた。人じゃない? すると、コレがデモニアック? 
「わたいの名は媚狐郎。妖狐じゃよ。齢三千年になろうかいのぅ。今はそこのお稲荷さんじゃえ」
 お稲荷さん!? って狐の神様か? こんなモノまで現れるのか。それとも喋れるルナティックなのか。いくら悪魔が跋扈しているとはいえ、お稲荷さんですと言われ、はいそうですか、とは思わない。
「お前さん、懐かしい男の臭いがする。キハヤと同じ血の臭いじゃ」
 キハヤ? って誰だ。ホンダの心を見透かしたように、女は言葉を続けた。
「その昔、ひとりの男がおってのぅ。駆ければ疾きこと狗のよう、跳べばさながら天狗のよう」
「俺は……普通の人間だ」親だって、普通の人間だった。先祖代々そうだった。女はふっと笑い、
「その血のものは、この刀の使い手。持っておゆき」一振りの日本刀を投げてよこした。いや、日本刀に似ているが以って異なるもの。柄が極端に短い。片手分のグリップしかない。アンバランスな刀。
「音速の剣という。神器じゃよ。その刀、お前がふるえば音の速さを超え、雷鳴とどろくはず」信じられないことを言う。
 ホンダは、半信半疑でその刀を抜いた。肉厚で鎬高い。火焔の波紋。軽くふってみた。自身の腕が、ふるった太刀筋が見えなかった。飛行機が音速を超えるときと同じ音。とどろいた。
 ど胆を抜かれた。
 狐はにたりと笑った。
「神器でもあるが妖刀じゃえ……」
 どっちだってクソ喰らえだ。なんだよ、コレ。こんなの……信じられない。
「どういうことなんだ。何だ、この刀。誰がつくったんだ」
「さぁねえ。わたいが知っているより、もっとずっと昔のものじゃえ」そう言われても、そんな昔のものには見えない。錆ひとつない。
「俺は……誰なんだ」心のなかにわいた当然の疑問。
「もう、飽いた。わたいは行くぞぇ。目が覚めたらお堂の刀を持っていきなさい」
「えっ」どういうことだ。ちょっと待ってくれ。もっと話を。そう思ったとき、目が覚めた。彼はアスファルトのうえに倒れていた。バイクはずっと先に横倒しになってある。夕陽に照らされている。……転倒したのか。それで幻覚を見た……? だが。
 彼は立ち上がった。赤い鳥居の前だった。お堂の前に、夢で見たと同じ刀が置いてあった。幻怪……。
 彼は信じられない面持ちでその刀を手に取り、抜き、ふりおろした。
 雷鳴とどろいた。商店の窓ガラスが振動で粉々に砕け散った。

 ミキは通話を終えると、コリアの友人にメールした。彼女は私学の付属高校に通っている。その大学に、短期留学してきたのがミョンスーだ。ミキの家にホームステイし、親しくなった。帰国後もメールのやり取りがある。もっとも、ミョンスーは日本語を話せるし読めるが、書くのはあまり得意ではない。ミキは、ハングル文字はまったく駄目だ。自然、英文でのメールが多くなるが、ミキはそっちもからっきしだった。
 ともかく、ひらがなを多用したメールを出した。わたしのいとこがそっちへいくかもしれない。コリアににげるしかないの。よろしく。
 これで大丈夫かしら? とは、当然思った。

「関門海峡封鎖」
「取り残された被災者は」
「やむを得ない。これ以上被害の拡大を許すわけにはいかない」
「しかし……無理があります。たとえ橋とトンネルを封鎖したとしても……」
「海の難所とはいえ幅数キロの海峡です。潮の停まる時間帯を見計らって船で渡ることもできます」
「報道規制を……。自衛隊に発砲許可を出す」
「国民に威嚇射撃を!?」
「いや……。威嚇ではない……」

 突然、テレビが九州関連のニュースをやめ、通常番組に戻った。NHKは『名曲アルバム』総集編、延々外国の風景をバックに管弦楽を流した。
「なにコレ?」ミキは目が点になった。チャンネルをかえた。報道一色だったテレビが、どの局も通常番組に戻っている。それも取ってつけたようなモノばかり。
「情報統制だ」彼女の父親が言った。
「情報統制?」
「都合の悪いことが起こっているんだろ」と言い、続けて、テレビ朝陽はどうだ? あそこは多少反体制的だし、報道に重点を置いているから、と言った。だが、目にしたのは『世界の車窓から』総集編。どうやら、これを延々続けるらしい。地球を一周するまでか。
 そう。わかったわ。国民に知られてまずいことを政府はやろうとしているわけね。だけど、人の口に戸は立てられないわよ、だっけ。テレビが役立たずのクズなら、ネットで調べてやるわ。
 そのまえに、彼女は地図帳を開いた。九州から韓国まで、船で何時間くらいかかるのか、地図上で推し量ってみようと思ったからだ。夏休み、大阪からフェリーに乗って大分に行った時は、一晩かかった。だったら、韓国は……。あら、と思った。……韓国って、遠いのね、九州から。これを船で行くなんて無理だわ。どうしよう。
 彼女の地理観はホンダの理解力を上回っていた。












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