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エト・エウトクタ
作:隆伊



奇禍2


「どうして、つながらないの」ミキは苛立ちながら携帯のリダイヤルを何度も押した。ネットで見た。本州へ逃れてきた被災者のなかに、デモニアックが紛れこんでいた。デマかも知れない。だけど、それが本当なら、もうすぐ九州からは出られなくなる。誰も、九州から。
 つけっ放しのテレビからは、九州関連のニュースが延々ながれている。
「どうして救出に行かないのよ」腹立たしげにテレビに向かって呟いた。
 
 由布岳の腹を走る曲がりくねった道で、後ろから来たシングルキャブトラックが真横に停まり、運転席のおじさんが驚いた声で言った。
「おい、お前達、気は確かだな。どうして、まだこんなところにいるんだ」そのセリフの気は確か、という部分は、皮肉にも言葉どおりの意味だ。
 おじさんは彼らの目的地が同じであることを知ると、荷台に乗るといい、と言った。毛布とビニールシートを貸してくれた。
 ホンダは弟を毛布にくるみ荷台に座り、シートを頭からかぶった。ゆっくりと、四駆は発進した。身を切るような風が、隙間から入り込んできた。だが、小一時間の辛抱だ。シートから顔を出した。大粒の雪が、降っている。山々がかすんでいる。水墨画の景色のようだ……。この雪が、別府に入ると雨に変わる。

 アイコは空港で暴れていた。
「米軍は沖縄に行くンでしょ。だったら、乗せてってよ。わたしは沖縄に家族がいるの」
 当然、軍人の答えはにべもない。
「民間人の日本渡航は禁じられています」
「知ってるわよ。だから、こんな空港に来たンじゃないっ」
「ここは一般空港ではありません。米軍基地です。そもそも、通行証はお持ちですか」
「持ってなきゃ入れるわけないでしょ」大嘘だ。
「お見せください」
「入り口で見せたわ」
 沖縄に連れて行けと大騒ぎする彼女を、警備員はつまみ出そうとした。じたばたする彼女のコートが破れた。
「どうてくれンのよ。上着はこれ一枚きりなのよ」
 その時、そばに立ったボーイッシュな女の子が、自分の着ていたフライトジャケットを渡しこう言った。
「わたしは、違うのを借りられるから。よかったら、これを着て」
 彼女は面食らった。米軍基地にまったく不似合いな女の子。たぶん、十代後半。
「あ、ありがと。あなたは……日系人?」彼女がそう思ったもの無理はない。女の子は金髪のショートボブだったが、東洋系の顔立ちをしていた。二重瞼で切れ長の瞳。薄い唇。そして、白人にしては小柄な体。けれど、違ったらしい。女の子は首をふった。それから、わたしも沖縄に行くつもりなの、と言い、「軍にコネがあるの。話してあげるから、一緒に来るといいわ」と言った。
 渡りに船だわ。なんて幸運。
「わたしはアイコ。大学生よ。あなたは?」アメリカ人? かしら。訛りがあるけれど。
 相手は驚いた顔をしている。アイコはそんな反応には慣れていた。やっぱり、こいつもアメリカ人だわ。東洋人の年齢がわからない。
「年上とは思わなかったわ……」
「そう。ハイスクールの生徒に見えた?」
「えっと……」相手は言葉を濁した。もっと下かよ。
「わたしはイリア・サロニケ・アニナ。十六歳よ」年齢がわからないのはアイコも同じだった。随分、大人っぽいじゃない。ませているのね。それにしても、十六歳の少女がたったひとりで何故日本へ行くのかしら。それに、その名前、何人。
「わたしは二十歳。沖縄に家族がいるの。あなたは何故日本に行くの」
 相手は少し考え、こう答えた。
「夢を見るの……。子供の頃から」繰り返し、同じ夢を。
「どんな?」それが今の日本と関係あるの? 聞き返しても、うまく言えないわ、としか答えなかった。

 眼下に、湯煙たなびく、日本最大の温泉地が広がった。車は急な坂をくだり市街地へ入った。思ったとおり、嫌な雨になった。
「温泉にはいりたい」亮太が言った。そんな呑気なことを、とは思わなかった。冷えた体を温めたい。
 放置された自動車が、いたるところで道をふさいでいた。そして、あてどなく歩いているたくさんの人。うずくまり頭を抱えている人。虚ろに空を見ている人。トラックは、ゆっくりとそれらをよけて進んでいった。ホンダは、荷台の上から絶望的な気分でその光景を見た。
 十号線に出ると、車はまったく進めなくなった。見渡す限り、放置された車でつまっている。 おじさんは車を降りると、荷台のふたりに言った。
「ここから先は無理だ。おじさんは家族が待っているから走っていく。お前達も急げよ。乗り遅れるぞ」そう言って、走っていった。
「行こう。亮太。一キロもない」
 無言で見上げうなずく弟。
 ホンダは、亮太の手をひき走った。前方の建物の隙間に、フェリーが見える。白い船体に赤い模様。
「おにいちゃん。痛いよ」気づけば、彼は弟の手を引きずるようにして駆けていた。
 ごめんよ。と言い、背をかがめ弟をおぶった。山を駆けくだったときも感じたが……。何か変だ。イメージより遠い地点を足がとらえる。風を切る身体が、かつてないほど軽い。
 フェリー埠頭には千人以上の人がいた。正気を保っている人々。彼らの姿を目にして、ホンダは少し勇気を取り戻した。まだ、これだけ、いる。フェリーは、これ以上積みこめないというほど、人を積みこみ、丁度桟橋を離れたところだった。それが波をわり、沖へむかっていく様を、埠頭から見送るしかなかった。
「おにいちゃん……」亮太が不安げな顔をむける。
「大丈夫だ。すぐに次の便が来る。まだ、これだけ残っているンだ」
 だが、フェリーが戻ってくることはなかった。二日たっても。
 二日目の朝、埠頭に取り残された千人のうち、半数が北を目指して移動を始めた。そのなかに、トラックに乗せてくれた親切なおじさんの顔もあった。関門海峡を渡ると言っていた。人道があるからと。だが、そこから関門まで、距離約百キロ。
 二日間のうちに、親しくなった人からかなり情報を得ることができた。だが、親しく話していた同世代の少女が、突如精神崩壊する様を見て(それは表情からすぐにうかがえた)、人と話すことをやめた。
 埠頭でフェリーを待つ、約五百人。歯が欠けるように、その集団から離れていく人々。正気を失い……。いつ襲われるかわからない狂気の恐怖に耐えながら、じっと待つだけの時間。携帯のバッテリーは完全に切れた。コンビニで簡易充電器を探したが、ひとつも残っていなかった。外界との連絡手段は一切断たれた。ラジオ局も沈黙している。大分だけではない。福岡の放送局も。雑音が多く聞き取り難いが、AMで山口放送と愛媛放送が入る。それだけが情報源だったが、希望の持てるような情報は一切なかった。九州内の原子力発電所は安全に停止された。九州を離発着する飛行機は全便欠航で再開の見通しはない。九州内の鉄道はすべて運休。こちらも運転再開は望めない。九州を脱出しようという人間にとっては、どうでもいい話ばかりだった。福岡ドームの未知の光については、自衛隊が処理にむかったが、まったく近寄れない状態。何だよ、光って……。山口県内でデモニアックが確認され、政府は対策を協議中。だから、何なんだよ。デモニアックって……。
 黒電話!! 田の湯旅館のフロントにあったのは黒電話だった。以前、家族と泊まったその旅館のことを思い出した。黒電話ならつながる確立は高いかも知れない。彼は立ち上がった。
「亮太、みんなとここで待っているんだ。電話できるかも知れない」
 ホンダはそう言い残すと駆け出した。キーがついたままのバイクを見つけた。一瞬、躊躇したが、またがった。ハーフメットをかぶった。エンジンをかけた。












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