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エト・エウトクタ
作:隆伊



邂逅3


 橋の上の亡者の群れは影も形もなくなっていた。いったい何処へ、と誰もが思った。
「どちらにしても、土嚢を排除しないとな……」祐二が言った。スティションワゴンでアレを乗り越えられるわけがない。手ごろなジープかジムニーがキー付であるばいいが。それ以前にこの傾斜を下れるのか。ついさっきランクルで乗り越えた丘である。
 ぎー、という異音を発しながら、ミキがワゴンの助手席から降りてきた。凄まじく不機嫌だ。
「もう、いいから」ホンダに言った。
「ミキ、川野郁夫君と仲良くなっちゃうから。叔父さんになるかも知れないから覚悟しといて」と川野の腕を取った。
 ホンダは仏頂面で何も言わなかった。正確に言えばいとこに子供ができても叔父ではない。
 祐二が「川野と仲良くなる」という部分を「川野とメイクラブする」と訳したから、アニナは思わず頬が染まった。大胆に公言してからするのか。日本人は。加えて、自分よりどう見ても幼い感じの少女が自分より進んでいることがショックだった。祐二の訳がアバウトすぎるのもいけない。もともとガンジャの売人をして習得した英語だからである。
 その時。空を揺るがす大音響。
 見れば橋のうえに巨大な火球、燃え盛っている。
 アニナとアイコには、何者が現れたかすぐわかった。
「逃げよう」アニナが言って、
「はやく、車に乗って!!」アイコが全員を促した。
「いったいナンダ? アレ」呑気にかまえた川野の頭をアイコが車内に押し込んだ。
 アニナはふり返った。既に炎の中からセレが姿を現わしている。煌く巨大な剣をふるった。太いワイヤーを断ち切った。左右。
 関門大橋はつり橋である。大変な重量を支えていたワイヤーは、その張力に従い跳ね上がり門司側の山肌をえぐり宙に躍った。支えを失った巨大な橋はバランスを失いかしいだ。
 まずい。橋が崩れる。アニナは思った。
「知ってるのか?」出現したセレを指し祐二が言った。
「ストーカー」と、答えた。
「最悪だな」祐二はランクルに乗った。
 セレはまっすぐこっちへ進んできている。アニナは祐二の隣に乗った。全員二台の車に乗り込んだ。ワゴンのタイヤが白煙をあげ横滑りし、ガードレールにテイルをぶつけ、猛スピードで走り出した。祐二のランクルがあとを追った。
 アニナは背後をふり返った。ピタリと後を追って来る。距離が縮まっている。川野少年が後席の窓を開け八十九式小銃で狙い撃った。アニナも助手席から身を乗り出し、レヴォリューションXOで撃った。数発当たり血が飛び散ったが、何のダメージもないようだ。
 大音響が響き渡った。木立に隠れて見えないが、橋が崩落したのだろう。水しぶきと粉塵が車を襲った。
「この先はっ? 山道を下ると何処へ出る?」祐二に聞いた。
「海岸線だ。そうだ、まずい。高潮が来る……」
 言っている間にそれは来た。津波のように襲い来るのではなく、駸駸と恐ろしい速さで渦巻く水面が盛り上がってきた。山道の行く手を閉ざす暗緑色の水。急ブレーキを踏むワゴンとランクル。が、先頭のワゴンは既にフロントタイヤを水に取られている。ノーズが流される。もっていかれる。
「川野、ウインチで固定しろ。俺は後ろの奴を……」運転席のドアを開けながら祐二が言った。
「どうするの?」アニナは聞いた。
「俺はエクソシストだぜ」そう言ってにやりと笑うと駆け出した。
 一方、川野はたったアレだけの指示でやるべきことを理解していた。ランクルからウィンチを引っ張り出すと、もう完全に水に浮いたワゴンのリアバンパー下部のU字型の金具にフックを引っ掛けた。ワイヤーをぴんと張る。これで潮に飲み込まれない。
 背後へ駆けた祐二はまっすぐこちらへ向かってくる悪魔セレに真っ向から挑んだ。
 空中を縦横に刻み、
『臨』『兵』『闘』『者』『皆』『陳』『列』『在』『前』。早九字を唱えた。
 悪魔のスピードが若干落ちた。
 続けて唱えるは、日蓮宗系最高呪術「頭破七分」。雑魚に唱える呪文を唱えても時間の無駄だ。これを破られれば一巻の終わりだが。賭けだ。
 宙に『妙』の字を九画で刻みながら、
『妙』『法』『蓮』『華』『経』『頭』『破』『七』『分』唱えた。教義では、その瞬間鬼子母神が発動して、敵を摧破し尽くすと言う。その信憑性はともかくとして、唱えた瞬間異変は起きた。
 セレが止まった。
 頭髪、顔面が白く染まっている。いや、無数のひびに覆われているのだ。
 次の瞬間、ひびは全身を覆いつくしボロボロと崩れ去った。あとにルナティック、人間がどさりと地に落ちた。
 祐二は大きく息をした。
 アニナは祐二のそばに駆け寄ると感嘆の声をあげた。その顔に祐二が微笑んだ。
 ワゴンから降りてきたエレボスが言った。
「その男を殺そう。早く」憑依されていたルナティックだ。倒れている。意識はない。
「すぐにそいつに憑依する。このあたりに入れ物はない」
 アニナもそれは同感だった。この場にいる生きている人間、全て石の力で護られている。セレを完全に退けるには、ルナティックの処分は必須。しかしおおかたの日本人は罪のない無辜の人間を殺すことにためらいを見せた。当然だ。この男は憑依されていただけ。何の罪もない。
 エレボスは続けた。
「次の瞬間殺されるのは俺たちだ」
 刀を抜きかけたエレボスを制し、アニナが銃を抜いた。躊躇する日本人を尻目に、額を撃ちぬいた。
「これで、セレは遠方へ行くしかない。憑依できる体を求めて」
 できるだけ遠くへ行ってくれる事を望む。しかし、それも災禍の圏内。悪魔なら数時間で飛んでこれるだろう。
 そしてもうひとつ。セレが知った。私たちの邂逅を。つまり、彼らの種族全員が知ったと同じこと。












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