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エト・エウトクタ
作:隆伊



合流5


「『九字』を使えるようになるには、まず、『心』と『言葉』を切り離さなければならない。根源を異にする別のものとして」
 西へ下る車内で、祐二はミキに法力の説明をしている。
「もともとまったく何も無い状態で生まれてくるのに、いつの間にか『言葉』は『心』の全てとなっている。試しに、心の中に『あ』の字も浮かべないでいられるか、やってみてごらん」
 そう言われて、素直に試みるミキ。あの字も浮かべなければいいんだわ、あ、駄目。『あの字も浮かべなければいい』と考えている。駄目だわ、あ、『駄目だ』と考えている。ぼうっとすればいいのかしら。駄目だわ。絶対何か考えてしまう……。
 笑みを浮かべ祐二は言った。
「無理だろ? これが出来れば仏陀になれる。そういうものだ。釈迦の瞑想法は、何も考えない代わりに『マントラ(呪文)』を唱えさせる。取りとめもなく考えているよりマシだからだ。南無阿弥陀仏でも南無妙法蓮華経でもオームナーマシバーヤでもガティガティパーラガティパーラソゥガーティボディスヴァーハでもなんでもいいから、心の中をその言葉だけにしてしまうンだ。それが出来るようになれば、一段階上の、呼吸に意識を集中させる瞑想法へ移行する。自分の体が呼吸している様をただじっと観察するンだ。話がそれたね。これらは仏陀になるための瞑想法だ。悟りを得るための瞑想。『九字』を切って悪魔と対峙するために、僕がはじめにやったのはジベリッシュという瞑想法だ。これは簡単。自分の中にある感情やたまっている物全てを、『自分が知らない言葉』で吐き出すンだ。例えば、僕はフランス語を知らないけど、耳にしたことはある。で、全然フランス語になってなくていいから、フランス語のつもりで喋りまくる。『でたらめな言葉』で自分のなかにあるもの全てを吐き出す。約二十分間。これが、心と、言葉を、ぐちゃぐちゃに乖離させてくれる。これまで単一だった心の言語を粉砕してくれる。心はすぐに言葉に頼ろうとする、それにストップをかける。約二十分間喋りまくった後は、床にうつぶせ、大地に溶け込むイメージで穏やかに呼吸に集中する。これが、ヒーリング効果が高い。この瞑想法は心と言葉を切り離すだけじゃなくて、浄化作用も高いンだ。これがはじめの一歩。その後、もっと高度でデリケートな瞑想法をいくつかクリアして、『言葉のない心』を得ることが出来る。そうしてはじめて『九字』を習得する準備が出来るンだ。いったん『言葉を失った心』に九つの文字を刻み込む。それが『臨』『兵』『闘』『者』『皆』『陳』『列』『在』『前』。これが悪魔から術者を護る護身法であるとともに悪魔を調伏させると言う『九字』だ」
「それで本当に悪魔が倒せるの?」
「さぁ、どうだろう」笑みを見せ祐二は続けた。
「祈祷で悪魔憑きを退治するときなんかは効果あったよ。だいたいうちの和尚はそれが専門だ。ただ、九州にいるデモニアックにどこまで効果があるかは疑問だ。でも大丈夫だ。もっと強力な『九字』もある。『九字』はひとつではない。まったく無力だ、ということはあり得ない。それに」と、意味ありげに笑うと、シートの横からショットガンを取り出して見せた。
「三年前、バンパイア退治に来た外国人少女から貰ったものだ。弾を避けられたらお手上げだけど。射撃の練習は充分すぎるほどしてきた。銃弾は散弾だけでなく熊撃ち用のスラッグ弾も用意してある。我流だが武術も鍛えてきた。蹴り技を中心に。山中独りで。全ては、エクソシストとして悪魔と対峙するためにね」
 ミキは、なんだか例えようのない安心感に包まれた。耀を助けたい一心だったが、冷静に考えれば九州行きなど、とても恐ろしくて出来ないことだった。けれど、この人と一緒なら大丈夫かもしれない。はじめの印象と違い、とても優しい人だとわかったし。後はラジオを耀クンが聞いてくれれば。
 ミキは話を変えた。
「祐二さんはどうして九州へ行くの?」修行? それともその成果を試したいから?
 野原祐二は少し遠い目をして自嘲気味に笑った。
「三年前にあった少女。彼女が九州にいるンじゃないかと思って。彼女はローマ法王庁の依頼で動いているバンパイア・スレイヤーだ。この状況下の九州に入っている可能性は高い」
「祐二さんはその人のこと・・・・・・」ミキの言葉をさえぎって、祐二は早口で言った。
「一匹狼の仕事人で、とにかくやることなすことハチャメチャな奴なンだ。たった一人で悪魔崇拝者の一派を壊滅させたり、暴力団を壊滅させたり。勿論俺も一緒にいたけれど、その頃の俺なんて、何の役にも立たないからね。最後のバンパイアとの一騎打ちも、倉庫中火の海の中だ。銃弾の効かない敵を、炸裂弾で見事討ち取ったよ。その時バンパイアから奪い取ったのが、今俺のつけている『死者の石』。本来はバンパイアが自身の能力を高めるため使うものだけど、まったく逆に、導師がつけてもその法力を高めてくれる。おまけに悪魔のもたらす狂気や精神崩壊から身を護ってくれる。エクソシスト(悪魔祓い師)になると言ったら、くれたンだ」
 祐二は、コンビニの駐車場に車を停めた。
「冷たい飲み物とか、飲みたかったら今のうちに飲んでおくといい。アイスクリームとかも。向こうじゃ絶対手に入らないし、意外と無いと欲しいからな」
 ミキは素直にうなずいた。確かにその通りだと思った。
 ところで今現在、彼女が一番困っていることは、この車の乗り降りだった。70系のランクルで車高を上げている。勿論タラップはついているが、乗るときはまだしも、降りるときはまさに恐怖だった。彼女にとっては。「えいっ」と言っても「やっ」と言っても、言ったからといって降りられるものではない。












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