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エト・エウトクタ
作:隆伊



召還


 中国自動車道を、川野郁夫は歩いていた。深い雪を掻き分け、雪の中にうずもれた車両を避けながら。眠らず歩くつもりだった。もっとも意識は朦朧としていた。高速道路の街灯もない。真っ暗闇の山の中だ。雪だけが仄白く、眼前どこまでも広がっていた。

9 召喚
 車は九州自動車道を驀進している。車種はワールド・ラリー・レースで常連優勝している車だ。路上の障害物を急ハンドルで華麗に避け、時にドリフトしながらまっしぐらに北上していた。
 ハンドルを握っているのはアイコだ。巧みなハンドリングとアクセルワークで放置車両を右に左にかわし走る。多少、接触しても気にすることはない。そしてまた、この状況下でも、その口が閉ざされることはない。女が二人いておしゃべりしないということはあり得ない。
 ここに来るまでに、数々の仮説を立てた。エレボスのこと。奴らのこと。エト・エウトクタのこと。ラ・プティエリ・ア・ナネのこと。
 アニナ自身の素性を彼女はまだ知らない。あえて聞かない。そこを除けば、意見はだいたいの一致をみた。
 まず、エレボスだが、はじめは転生者、生まれ変わりか、といったところから推論は始まった。が、DNA、つまり競走馬の理論をアイコが持ち出し、それが一番道理にかなっているとアニナも認めた。勿論、現時点で知りえる情報から判断して、である。
 アイコが持ち出したのはこんな理屈だ。
 例えば、Aというとても優れた馬がいたとする。が、その子供が必ずしも優秀であるとは限らない。逆であるケースも多い。ところがである。何世代も交配を重ねるうちに、オリジナルのAとまったくそっくりな、あるはそれを凌駕する名馬が誕生することがある。これが競走馬の理論である。
 つまり、現実にこの話を当てはめてみると、
「エト・エウトクタでさらわれた男女。その男の方。それがオリジナルね。エト・エウトクタ後半でウイルオトスという機械だか装置らしきものが登場するでしょ。おそらくその男はその装置で、自身の体を魔物と一体化させた。恐ろしい能力を身につけ、それゆえ、塔からの脱出に成功した。そのDNAが数世代毎に顕著に現れる。見た目は人間。けれど中身は魔物とのあいの子。その内面に闇を秘めている。混沌の子。魔術用語でエレボスと言えば、闇の人格名詞、混沌の子、と言った解釈だけれども、ギリシャ神話でのエレボスは闇の王、と呼ばれている。その原初のイメージは、宇宙開闢の混沌から来ている。そう考えると、オリジナルの男がいったい何と同化したのか? 一概には言い切れないわね。ただ単に魔物の能力を手に入れた、だけじゃなさそう」
「要は、わたしの捜している男は、簡単なほうの解釈でデビルマン。複雑なほうの解釈でそれ以上の存在、と言うことね……」
「あら、デビルマン知ってるの」
「日本に来る前、日本のアニメを数本見たわ」
 アニメじゃ駄目よ、デビルマンはコミックを見てよ、とアイコは薦めた。付け加えて映画は絶対に見ないほうがいい、と言い切った。
 ところどころ、話はそれながらも、解釈は続く。
「で、その血脈が現在のこの地球上に存在している、ということは、間違いなくエト・エウトクタはエノク書の前編ね。エト・エウトクタの世界の住人はこの地球上へ、降り立ったはず。思い出して。エト・エウトクタの最後の一文。『そこで、彼らは船を見つけた』。宇宙船と考えるのが馬鹿げているけど一番自然」
 続くエノク書では、その彼らを、天界から降りてきた天使と捉えている。つまり、堕天使という概念である。そして、彼らは地上の女達と交わったとあるが、事実だとしても、そうして生まれた巨人族が神に滅ぼされた云々というくだりは、捏造と思われる。何らかの理由で、生まれた子供達が殺された事件があったことは推測できるが、通常考えても人間は巨人を生めない。
「でしょ?」
「まあ、そうだけど……」そんなに簡単に片付けていいのかしら。
「だったら、人類の始祖はサムヤサ達、ないし、彼らの影響を受けたもの達、ということになるわ」
「そうね。なにか不都合でも?」
 いえ……。けれど引っかかる。両書のあまりにも大きな違いが。
「エノク書と比べて、エト・エウトクタは話がきれい過ぎるわ。思わない。話ができすぎてる。創作の臭いを感じるンだけど……気のせいかしら」
 アイコは大きく息をついた。確かにそれは彼女も感じるところ。しかし。
「まず、二つの書物の性格を考えると、受ける印象の大きな違いにも納得がいくわ。エノク書は紛れもなく宗教の書。神と人間の契約の書よ。対してエト・エウトクタは太古の壮大な英雄伝。書かれた時代も違うわ。エノク書は紀元前。紀元前の人間の価値観で書かれている。エト・エウトクタは意外かもしれないけれど十六世紀半ば。それ以前には断片すら、これに類似する書物はない。勿論、書いた人間もわからない。おそらく『口承でごく限られた人々の間に細々と伝えられてきた物語』、それが十六世紀に始めて書物となり人の知るところとなった。そうとしか考えられないわ」
 少なくとも、今現在彼女達が持ちえている情報から推理すれば、これ以外の回答はない。
「ともかく。情報が少ないわね」とアニナ。
「情報が少ない以上、いくら議論しても結論は出ないわ」推測しか出ない。
「そうでしょ」とアイコ。なにやら意味ありげに微笑んだ。
「わからないなら聞けばいいのよ」
 アニナは嫌な予感がした。誰に? 聞くの。












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