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エト・エウトクタ
作:隆伊



『馬ヶ岳風土記』


『馬ヶ岳風土記』
 カシビリが馬ヶ岳に山城を築き、倭の国オオタラシヒコオシロワケ(大帯日子淤斯呂和毛・景行天皇)との戦にそなえた、という話しまではしておったかの。石垣の上に土嚢を積んだ山城の外壁は、馬ヶ岳から連なる山々、果ては平尾の山までのび、まさに難攻不落の城となったのじゃ。
 さて、カシビリの御子は双子じゃった。故に、慣わしにより、上の子を残し、下の子を捨てた。今も馬ヶ岳の麓に残る双子岩のうえにの。今は、双子岩はご神体となり社が立っておるが、昔は双子が生まれるとひとりをそこへ捨てたのじゃった。子のいぬ夫婦は双子岩を詣で、子が捨ててあれば連れて帰り自分の子としたのじゃ。
 が、その時双子岩へあらわれたのは、我が子を亡くしたばかりの雌の弐迦(にか)じゃった。弐迦とは川に棲む人間じゃ。今では河童と呼ばれておるがの。河童などというものは、人が勝手にその姿を想像したもので、本当には人と変わらない姿じゃった。もっとも力は人と比べ物にならぬほど強かったがの。川に棲み、滅多にその姿をあらわさず、人と争うことを嫌う。じゃが、なかには、川で遊ぶ人の子を喰らう悪い弐迦もいたようじゃ。じゃからこの川で遊ぶ子供はおらぬ。今でも、川で遊ぶ子がいれば大人は注意するじゃろう。河童に喰らわれるぞと。
 さて、その雌の弐迦じゃが、子を失った苦しみに血迷ったのじゃろう。双子岩の子を連れて帰り、自分の乳を与え、自分の子として育てた。それがキハヤじゃ。尤も、皆がよく知る名は黄童丸(きどうまる)じゃろう。
 弐迦の乳で育ったせいか、いや、そればかりとは言えぬが、長大(ひととな)りて黄童丸は並みはずれて強くなった。駆ければ疾きこと鳥の如し、足が道に穴を穿ち、川のこちらの岸から反対の岸へ、軽く跳べるほどその足は強かった。(かいな)も力自慢の弐迦が束になっても敵わぬほど強くなった。英彦の天狗と喧嘩して勝ったという話もある。
 それほど強くとも、それが幸せか否かということとは、別の話じゃ。今も昔も、それは変わらぬ。黄童丸は弐迦ではない。かといって人としても暮らせぬ。三才にひとりきりじゃった。仲間からはよそ者扱いされ、人と交わることもできず、ましてや己がカシビリの御子であることなど知るよしもない。
 さて、そうしている間にも、倭のオシロワケの軍勢は、北のツチクモ、カント、オオヌキを平らげ、この川を下った川下に広がる平原に仮宮を建てた。それ故、今もこの土地をミヤコという。時にオシロワケ、齢九十。
 さて、その工事が忙しく行なわれておる頃にの。
 (あで)やかな(をみな)の妖狐があらわれ黄童丸を訪ねた。後ろで結わえた美しい髪は腰までの長さでの、その髪につけた飾りは支那の珍しい石が幾粒も、その腰には幾本もの太刀や矛が挿してあった。この妖狐が皆も知っておる媚狐郎(びころう)じゃ。今は豊後の社に祭られておる。今は神様じゃがその昔の媚狐郎は太刀集めをしておっての。地の果てから地の果て、支那やもっと遠い国まで神器を求めて旅をしておった。それで、この豊の国にも来たのじゃ。媚狐郎は黄童丸に言った。主の一族が守る『日子の瓊矛』を我によこせと。黄童丸は知っておったが、そんな物は知らんと答えた。媚狐郎はそれが偽りであることを見抜いておったが、それよりも目の前の男の秘めたる力に驚いておった。
 媚狐郎は腰の太刀の一本を黄童丸に渡し、ふってみよ、と言った。それは、普通の人間がふっても普通の太刀じゃ。じゃが、その血を持つ者がふるうと、落雷のような音をたてる。『雷鳴の剣』じゃ。黄童丸は言われるままその太刀をふるった。
 雷鳴轟いた。黄童丸は驚いたが、媚狐郎はもっと驚いた。そして言ったのじゃ。
「主にその太刀預けおく。倭の猛部を倒してみよ」猛部というのは、倭の国の戦大将じゃ。そして、この時、豊の国に来ていたのは、猛部の中でも豪勇無双と称されたヤマトヲウス(小碓)じゃ。媚狐郎が黄童丸を使ってヤマトヲウス、次いでオシロワケを殺そうと謀ったのは、彼の国が持つ『アマノムラクモの剣』を狙っておったからじゃ。相討ちで弐迦も滅ぶれば『日子の瓊矛』も手に入る。狐というのは謀に長けておるからのう。
 さて、晨朝(じんてう)(卯の刻。明け方)朝霧たちこめるなか戦は始まった。三百の戦舟に乗った倭の軍勢が駸駸と川を上ってきた。その船団の行く手に立ちはだかるように浮かぶ一艘の小船。船の上の人影は裸身に胴衣姿。先頭の船の者が声をかけた。
「ぬしはこの近隣の漁夫か。これより、この地は我ら倭の大君が治める。大人しく従え」
 霧の中からその声は返ってきた。
「我が名はキハヤ。この川の弐迦の頭領にして、英彦の天狗を統べる者。そこにヤマトヲウスありや」
 倭の者は驚いた。たったひとりで刃向かうか。
「ここにヲウスなし」その答えを聞くと黄童丸はさらに聞いた。
「オシロワケありや」倭の者は嘲笑した。この(とひと)なる人とは呼べぬ乞食(かたゐ)が大君を呼ぶとは。
「なし」そこでさらに聞いた。
「このなかの大将舟はいずこ」
 倭の者が嘲りながら指差すほうを見れば、確かに一艘大きな船が霧の奥にある。
 黄童丸はにたりと笑うと船底を蹴って合図をした。
 水面からいっせいに弐迦の手が出てきて、すべての船をひっくり返した。あっぷあっぷと川面に浮かぶ兵らを、弐迦が川底へ引きずり込んで殺してしまった。黄童丸はといえば、跳びも跳んだり、腹を見せて浮かぶ船底を右に左に前へ前へ、百艘も跳んで、大将舟へ躍りこんだ。襲い掛かった兵三人を瞬く間に蹴り倒すと、その太刀を抜き(さき)(切っ先)を突きつけ大将に言った。
「ここにキハヤありと、帰ってヲウスに伝えよ」
 さて、その話を聞いたオシロワケはたいそう驚いての、肺脯(しふ)の猛部ヲウスを使わすことにしたのじゃ。
 猛部のヲウスは勇猛でもあったが知略にも長けておっての。まずは川の上流に毒を流し込んだのじゃ。それで弐迦は皆死んでしもうた。その酷いありさまは今に伝わるとおり。()しき(かさ)身にあまねはり、(かはべ)も爛れやぶれ、手足繚戻(もと)りて、川面を流れゆく。そんな仲間や母の亡骸を見ての。黄童丸は、もの狂いに怒り、たったひとりで猛部の軍勢に挑んでいったのじゃ。
 猛部のヲウスはほくそ笑んでおった。なにしろ、川を挟んで対峙するのは千の軍勢とたったのひとりじゃ。己が剣を交えることもあるまいと思っておったのじゃ。
 ところがじゃ。
 一足飛びに川を跳び越えた黄童丸は、敵只中に大地をえぐって降り立つと、その手の太刀をふりまわした。まるで雷が落ちたような音が何度も響き渡り、斬られた者は木端微塵になり、そばにいた者も吹き飛ばされた。
 これにはヲウスも驚いての。アマノムラクモの剣を持ってくれば良かったと悔やんだのじゃ。
 さて、逃げ惑う兵を次々切り伏せ、ヲウスのまえに現れたのは、狼の眼を持つ半裸の若者じゃった。
「汝キハヤか」と問えば、
「しかり。貴様がヲウスか」との答え。
 ヲウスは答える代わりにその強き弓矢を射た。黄童丸は太刀をふるった。雷鳴轟き矢は空へ向かってそれた。
 ヲウスは、これは敵わぬとみて、兵を退くこととした。黄童丸は地に転がる矢を取って、ヲウスの背中めがけて投げた。矢は鎧を突き破り肩に突き刺さった。が、兵に支えられ、ヲウスはなんとかその場を逃れることができたのじゃ。
 さて、この間に、仮宮に襲い来たのは、馬ヶ岳城城主カシワケである。あのカシビリの子、黄童丸の双子の兄である。この兄弟が顔をあわせることは生涯なかったのじゃが、姿かたちは似ておっても、その心根はまったく違っておっての。黄童丸が蛮勇であれば、ワケは知に長け思慮深く、兵の信任厚く、民に慕われること神代のオホナムヂのよう、まこと良き治世者であった。が、ひとたび動けば山をも揺るがす稲妻のようじゃった。そのワケが手薄になった仮宮に襲い来たものじゃから、たまらない。いとも易々とオシロワケを討ち取り神器の剣を奪った。オシロワケは驚いたことであろうの。蛮族との戦じゃと思っておったら、鉄器を持った軍勢に襲われたのじゃから。
 さて、そこからがワケの凄まじさよ。
 神器を手に入れたワケは、それを証しに、行く手行く手の国々を平らげながら、倭の国まで攻め上ったのじゃ。迎え撃つ倭の皇子カゴサカとオシクマの軍勢を退け、とうとう倭の国を平らげた。そして妻に娶ったのがホムダマワカの娘ナカツヒメ。ホムダマワカの父はイホキノイリヒコ。オシロワケの子じゃ。つまりオシロワケの曾孫を妻とし、その血を残したのじゃった。名乗ることホムダワケ(応神天皇)。
 さて、憐れなるはヲウスよのう。深手を負い、命削るおもいで故郷へ向かう途中で国滅びのことを伝え聞いての。皆もよく知る歌を残し(なかはな)となったのじゃった。
 やまとはくにのまほろば
 たたなづくあをかき
 やまごもれるやまとしうるわし
 とな。
 確かに、広く知られておる話とは違うのう。故に、この話はそっと伝えねばならぬ。小声での。
 さて、黄童丸じゃが、媚狐郎に剣を返したまでは知っておるが、そのあとの話は何も残っておらぬ。
  『馬ヶ岳風土記』(伝承による古文書・福岡県 京都みやこ郡双子岩神社蔵)より抜粋。


修正:手足繚戻(もと)りて→てあしもとりて
ルビ機能がうまく働かないようです。ここで修正させていただきます。











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