優しさを受け止める心と贈物な想い、指きりをする私
部屋には木の香りが満ちている。
頬を撫でるように吹いてくる風が、手前の花たちの甘い香りと香木に似た匂いを含んでいて、心地良い。思い切り深呼吸をすると、焼きたて特有のパンの香りが鼻腔に広がった。
あっ! 斜め向かいに、パン屋さんがあるみたいだ! 食いしん坊として不覚をとった。馬車を降りた際は、住まいへの興奮と、謎の寂しさで気付けなかった。しかも、隣には『東西南北、異国の食品なんでもござれ』の看板が見える。
「面白いものでもありましたか?」
あまりに身を乗り出していたからだろう。柔らかい低音で問いかけてきた、オクリース様。隣に並んで窓から顔を出すオクリース様は、何だか、その、失礼だが、可愛く見えた。好奇心を映した瞳に惹きつけられる。
人とは、かくもギャップに弱いものか。煩くなっていく心臓を叱ってみても。鼓動は居心地の悪いものではなく、むしろ、とても優しく感じられてしまったからタチが悪い。
「食欲を刺激するお店が多いなって、つい、よだれを垂らしていたところです」
「なるほど。ヴィッテにはうってつけの立地だったということですね」
てっきり呆れられると思っていた。が、予想に反して、オクリース様はわずかにだが口角をあげてくれた。
これは、あれだ。
オクリース様も、クールな空気を纏いながらも、実は食いしん坊仲間なのかもしれない。うん、間違いない。そうか、恐れ多くも、食仲間的な興奮だったのか。
とは言え。口にすれば眼光で黙らせられるのは、ぼんやり理解していたので、
「嬉しいです」
とだけ、笑っておいた。まぁ、へらりとだから不快なのは変わらなかったかもだけど。オクリース様は、父様みたく静かな瞳で髪を撫でてくださったので、よしとしよう。
どうも、フィオーレの方は、私の出身国よりもスキンシップが日常的らしい。ただただ触れるのが目的な優しさに、瞳が熱くなった。なんだろう。ステラさんもアストラ様もだけれど、他意のない温度が、心の奥を焦らしてくる。
誤魔化すように、アストラ様はと振り返ると。スウィンさんの耳元に近づき焦った様子でいるアストラ様がいた。途端、お腹の底がざわついた。視界に入れなかったふりをして、花をつっついた。
「オクリース様、この花はどんな花精霊さんが宿っていますか?」
「……アストラに聞いたのですね。そんな能力まで、話していましたか。全く、呆れるほどのはやさで骨抜きにされて。驚きを通り越して感心してしまいます」
「べっ別に秘密でもないだろう! 過去話の過程で、だ」
私、やってしまったのだろうか。血の気が引いていくのがわかった。
アストラ様のお話では、極秘ではなく周りの方も承知しているように取れたし、オクリース様とも普通に話をしてお互いの能力について知り合ったのだと考えていたのだ。
けれど、よくよく考えれば、お二人がどうやって能力を知ったかの詳細は聞いていない。それに、アストラ様がおっしゃっていた『みんな』とは、親類や家人の範囲だった可能性もある。
「もっ申し訳ございません! 始めて耳にした能力にも関わらず、いえ、アストラ様から男性では特異と教えて頂いたのに、舞い上がって、不用意に口にしてしまいました。私の、不注意です! アストラ様も大切な思い出話しをしてくださったお心を裏切るような、真似をしてしまいました!」
数歩後ろに下がり、可能な限り腰を折った。それでも足らず、頭を垂れ、きつく手を握る。
私はなんて馬鹿なんだろう。お二人だけだったならまだしも、スウィンさんという第三者がいらっしゃるのに。だから、ぼんやりと言われるのだ。
「ヴィッテ、大げさだ! 君が気に病むことではない。オクリース、お前の言いようはきついのだ」
「いいえ! 私の発言のせいで、私なんかのせいで、アストラ様の、大切な人を奪うようなことになってしまったなら、私……! ごっごめんな、さい!」
私は無神経だ。身体が震えるのがわかって、必死に全身に力を入れる。わずかにだが、心の奥に仕舞えっておけるようになったと喜んだ、姉の記憶が蘇ってくる。
あの時も、私が不用意に発した言葉が、姉のプライドを傷つけ悲しませた。深い意図などなかったのだと弁明しても、姉の元を去った恋人が戻ってくるわけでもない。だから、ぶたれても、宝物を壊されても。母様譲りだと唯一私が自分で好きな部分だった髪を切られても、自業自得だと思った。
父様と母様は、姉様の交友関係が元々の理由であり、私に非はないと慰めてくれたけれど。冗談半分だからこそ、恋人の妹に迫る男などに娘をやれないとも、腹を立てていたけれど。私が黙っていれば、二人はうまくいったかもしれないし、と言うものもあったろう。
「まったく、貴方たちは、紳士の心得以前の問題ね」
床が軋む音が、大きく聞こえるほど、部屋は静まりかえっていた。静寂がまた、私が場の空気を壊してしまったのを明らかにして、泣きたくなった。
私が軽く頭を下げる程度の謝罪をすれば、ここまで場が固まることはなかったとは承知している。でも、頭では理解していても、あの時見せ付けられるように動かされた刃物の恐怖が、反射的に身体を動かしていたのだ。
――ヴィッテの顔と心に無残な傷をつけてやったら、あの人は戻ってくるかもしれないわね。それとも、無垢を気取った肢体を汚せばいいのかしら。ねぇ、その辺りの男で慣れてくれる? 私が幸せになるのをせめて邪魔しないように、社交界の冗談くらい、身につけてよね――
掠れた声色でかけられた狂気が一気に耳の奥を揺らす。あんなの冗談で流せばよかったのに。いや、流したつもりだったのに。
私みたいな存在が、だれかの関係を壊すのが怖い。
「アストラは待遇ばかりに目が言っているようだけれど。女の子は言葉を欲する生き物なのよ?」
「オクリースはともかく、俺は素直に言葉にしているぞ」
「アストラのは一方的なのよ」
スウィンさんよりも重い足音も近づいてくる。ごめんなさい、ごめんなさい。私なんて放っておいて。
このまま走って逃げ去りたい。かかとをあげた瞬間、毛先を掴れ、自分でも驚くほど肩が跳ね上がった。自覚した瞬間、痛みを感じたほどに。
それでも、離れないでいてくれた指。腰下まであった髪は、今は鎖骨したほどまでだ。必然と、掴んでいる人との距離も近くなる。
「ヴィッテ、私が神経質すぎました。貴女を脅すつもりではなかったのです」
「ちがっ。わっ、わた、し、が」
悪いのですとは、言葉にならなかった。
スウィンさんが、頭ごと抱きしめてくださったから。女性特有の柔らかさと香りが、瞳の奥の一箇所を刺激してくる。二十代半ばほどの女性と、自分の母親と並べるのは失礼だろう。姉と私は遅くに出来た子どもだったので、それなりの年齢だし。
でも、ひどく安心できる感触に、弁護の言葉は引っ込んでいった。
「だいじょーぶ、大丈夫。ヴィッテちゃんの尋常じゃない怯え方に、お姉さん、ちょっとだけびっくりしたけど。いやじゃないのよ? ただ、どーしたのかなって心配になっただけ。だから、変な罪悪感なんて、ぽいぽいしちゃいましょ」
スウィンさんの口調は、幼子をなだめるようだった。私の心を軽くしてくれた。
受けた印象を正直に語ってくれて、なおかつ気持ちを教えてくれたから。スウィンさんはすごい人だ。一瞬でも変なかんぐりで焼きもちを妬いた自分が、ばかだなって思った。卑下の馬鹿じゃなくって、気付けてよかったっていう種類のばか。
どうして、出会う人、皆が優しいんだろう。私自身はこんなにも愚かで人を傷つけるばかりなのに。もったいなくて、申し訳なくて。嬉しくて、怖かった。
「突然、ごめんなさい。でも、私、嫌われたくないって、思ってしまって。自分が悪いことしたのに、アストラ様やオクリース様、繋がった方々に、失望されたくなくて。こんな気持ち、どうしていいのか、わからなくて――」
そうだ。何故ここまで怯えるのか、自分でもわからなかったけど……。私は、アストラ様たちに嫌われたくないんだ。さっきの謝罪もそうだったけれど、この方たちに嫌われたくないって願ってしまう自分がいる。
自分で口にしたのに、驚愕で目が見開いていった。
以前の私なら、人付き合いの意味で、来るものは拒まず去る者は追わずだったはず。であるのに、拾われた途端、沸いてきた感情はいったいなんなのだろう。傲慢か、寂しさか。
「それは、きっと、贈物。頑張って、フィオーレまで辿り着いてくれたヴィッテちゃんへの。怖がらずに、縋って良いの。だからね。ヴィッテちゃんも、自分を好きになってあげよう?」
スウィンさんは、だれからともなにからとも告げなかった。
けれど、私は思った。亡くなった両親からの贈物だと。フィオーレの女神からの恵みだと。瞳をあわせたスウィンさんの色が、全てを伝えてくる。ご両親を亡くしたというスウィンさんの微笑みには、覚えがあったから。
大切なものを亡くしたからこそ、次は失いたくないと思うのよと語りかけてくる。過ちを繰り返さないでと。
「約束しよう。ヴィッテが自分を嫌いになっても、絶対に俺はヴィッテを嫌いにならない。些細なことでも、裏切るなんてとらえず、新しいヴィッテに出会えたのだと喜びを抱こう」
アストラ様の気持ちに、別の意味で全身がざわめく。両手を包み込む温度。期待しちゃ駄目なのに、アストラ様の声と眼差しは、絶対だからねと約束をした幼い頃のやり取りを彷彿とさせる。小指を絡ませ、交わした約束。淡い想い。真っ直ぐな視線が胸を焦がしてくる。
「でしたら、私はヴィッテが道を逸れた際には矯正と更正してさしあげましょう」
「馬鹿な人たち。貴方たちみたいな馬鹿二人に狙いを定められたのは悲劇だけれど。同時に、ヴィッテちゃんほどの子には、ちょうどいいと思ってしまうわよ」
オクリース様のちょっと不穏な発言に、半目になったアストラ様とスウィンさん。
当のオクリース様は涼しげな目元で、しかし、お兄様のような色を灯した視線をくれた。ふいに力が抜けて、床に座り込んでしまった。勢いがよすぎて、ちょっとめくれた木で膝が切れたみたい。ちくりと、痛んだ。
「どうして、皆さん、そんなに優しいのですか。私は――」
こんなにもうざったいのにとは、愚痴れなかった。いや、愚痴らずにいられた。
その言葉は、包み込んでくれる体温を否定しまう行為だと察することが出来た。私に向けてもらえる温度をかいくぐって意固地になるのはね、自己満足に留まらないという意味を、唐突に理解したのだ。
「優しさって捉えられる心があるヴィッテが、素敵なんだぞ?」
そんなこと、始めて言われた。目を細めて見つめてくるアストラ様に、先ほどとは別の感情で熱いものがこみ上げてくる。
だから、アストラ様の、
「可愛く潤んだ瞳で俺だけを映すのは勘弁してくれ! 心臓が破裂してしまう!」
なんていう、あほの子発言は無視しておく。実際、目元までほんのり色をつけるなんて、アストラ様は役者だ。騎士じゃなくて、役者に職変えすればいい。
私は、この人たちの傍にいたい。がむしゃらに、自尊心を削ぐ全てをなぎ払ってでも、繋がっていたと願っていた。
泣きたくないと堪えていたのが、一気に変化していく。乱暴に拭った目元は痛かった。けれども、ぐしぐしと上質な服の素材で瞼を拭った。
「あの! おやじ精霊さんは、プランターに、いますか?!」
優しい年上のお三方の空気が、不可解だと変わったのを肌に感じた。
おかまいなしにと、ぐっと唇を結んで花へと向き直る。真っ先に反応をくださったのは、オクリース様だった。
「……一番端にある、浅葱色の花は、いわゆるちょび髭おやじですね」
「ちょびひげ! いきなりの、レア精霊!! 紳士精霊ですね!」
勝手にレア設定したおやじ精霊に加え、しかも、ちょび髭だと! 驚いた私に、アストラ様とオクリース様は、爆笑した。え。ちょびひげさんは、レアじゃないのだろうか。私の中では、はげとばかり認識していのたで、ちょびひげさんは想定外なのだけど。
可愛くお礼を述べ、抱きしめ返すなり微笑むなり出来ない私なりの、話題変え手段だったのに。どうやら、本当におやじ精霊さんがいたらしい。
「お水よりも、お酒をあげた方がいいですか?」
首を傾げた私を、スウィンさんが笑う。
あの。膝を覗き込むのはやめてください、オクリース様。治癒魔法をかけてくださったのは了承しても、一応乙女ですので、恥ずかしいです。イケメン二人に、膝を摩られるのは。スウィンさんが「変態!」と二つの手を叩いてくださったので、平穏はすぐさま戻ってきた。
「酒はやめておけ。せめて、雑貨屋や食品店で売っている、魔法水にしてやってくれ」
「酔っ払って、守護の花から迷子になってしまうかもしれません」
わかりました。お花にお酒を注ぐのは駄目なんですね。おやじ精霊さんなら何かしらの酒類が喜ばれると思ったのですが、考え直そう。酔っ払いになると、花弁は赤くなるのだろうかと騒いだ好奇心は、押し込めておく。
誤魔化し気味に拭った瞼。軽い痛みが走った。
「あの、どうして、この状況」
「どうしてもだ」
乱暴に拭った瞼。腕をとられたのはまだしも。何故に髪を梳かれているのでしょう。これが、スウィンさんならわかる。けれど、私に触れているのはアストラ様なのだ。
スウィンさんは、一歩下がって微笑みを浮かべていらっしゃいます。
居た堪れなさにワンピースの裾を叩いていると、鳩とクローバーの飾りの時計が空気を揺らした。
「アストラ、時間です」
「あぁ、わかっている。では、ヴィッテ。後はスウィンの説明にしたがって、手続を行ってくれ」
マントを翻したオクリース様。去り際に一度、髪を撫でられた。頭全体を滑る手つきに、喉が詰まってしまった。
また、お会い出来るのかな。アストラ様は手料理を食べたいとおっしゃってくださっていたけれど、本当に来てもらえるのかな。
あげた視線の先には、きょとんと瞬きをしているアストラ様がいた。はてと首を傾げてしまう。と、無表情のオクリース様が、下の方を指差した。
はっと、自分が彼の長い裾を掴んでしまっているじゃないか! 指先、むしろ爪で挟んでいる状態。なんという無意識! 無意識だって知られてしまう行動をした自分が、めちゃくちゃ恥ずかしい!
「あっ! あの、私、教えて、頂きたいことが!」
どうしよう。当たり前だが、かけようとしていた言葉などない。
しかも、慌てて手を離したせいで、アストラ様は完全に私と向き合ってしまった。おまけにと、俯いた私の顔を「うん?」などと、柔らかい笑みで覗き込んでくる。どことなく楽しそうだし。
恥ずかしくてたまらない。よけい、顎を引いてしまった。であるのに、アストラ様は私の前髪を払うことで、あっさりと目をあわせてきた。
はっ! そうだ!
「結局、お菓子の精霊はいたんですか?!」
「はっ?」
「ですから、調理場でお聞きした思い出話しです! オレンジタルトと美味しい紅茶が出てきた際に『夢からさめろ、ぼけ』でしたっけ? 可愛い声の持ち主が、気になって!」
よし。やったぜ、私。ばっちり誤魔化せた。ふぅ。心の中で、びしょぬれの額を拭った。達成感とは、このことだ。ヴィッテ、よくやった。お疲れ様。
やりきった感をともなって顔をあげると。私がすがすがしく汗を拭っている間に、アストラ様は壁に額をつけていらしたようだ。しくしくと声もあげていらっしゃるじゃないか。
「期待したのに。ヴィッテが教えてって、可愛くお願いしてくれると思って、喜んだのに」
「アストラが近づきすぎたから、危険を察知したんじゃない? ヴィッテちゃんの心が総動員で、台詞を変えたのよ」
鈴を転がすような綺麗な可憐な笑いを背中に受け、アストラ様はさらに腰を折った。
オクリース様からは長い溜め息が落ちる。
「え? そんなに結末を話せなかったのが残念だったのですか? あれ? でも、今尋ねたのに。聞き方が駄目でした? 失礼しました」
ハテナマークを飛ばしてしまう。聞き方がまずかったのか。期待を裏切ったなら大変申し訳なかったです。でも、私に可愛さを求めて頂いても、ご期待には添えないと思うのだ。当面の目標は、ポジティブシンキングになるのと職探しなので、都会に見合う容姿を目指すのは、かなり後になるでしょう。
私の言葉に、がばっと音を立てて顔をあげたアストラ様。ずかずかと床を鳴らして突撃してくる!
「アストラ、ヴィッテが怯えています」
「ぐぇ」
間にいらしたオクリース様が襟を掴んで止めてくれた。
すぐに解放されたけれど、アストラ様は苦しそうに喉を撫でている。わずかに開かれているとは言え、詰め襟は痛いよね。
「さっきの聞き方も充分に可愛かったぞ! だが、俺は、てっきり家名をだな――」
「ヴィッテ。声の主は、テーブルの下に隠れていた姉君の仕業だったようです。アストラの母君と共謀していたと、姉君が腹を抱えて教えてくださいました」
「なるほど! すっきりしました。アストラ様のお姉様は、とっても素敵でお茶目な方なのですね」
貴族のご令嬢が他人の前でお腹を抱えるほど爆笑するとは。いや、貴族というのは推測だし、アストラ様の親友であるオクリース様とは懇意にされているのかもしれないけど。
お茶目と言うのもおかしいか。なんせ子どもの頃の企みだ。
「まぁ、時々遊び心が過ぎるがな。ヴィッテも会えば間違いなく、明るい気持ちにはなるぞ?」
「はい……機会に恵まれれば、ぜひ、お話してみたいです」
今の私には、これが精一杯。心では、アストラ様が連れて行ってくださいねとか、絶対にとか、考えてるのにね。
だから、次に会えた時には、もうちょっと……じゃなくて、もっともっと頑張って聞いてみよう。次回は、絶対にある。アストラ様は約束を守ってくださる方だと信じられるから。
音には出来ないけど、その分を瞳に混ぜて。微笑んだ。
「姉にも伝えておこう」
「約束、ですよ?」
アストラ様の気持ちが嬉しくて、勇気を振り絞って小指を差し出す。
数秒、じっと見られて。この国には指きりの風習はなかったのかと、アストラ様の手を持ち上げようとしたのだけれど。それまでの硬直が嘘のように、アストラ様の方から絡められた。力強く絡んでくる小指に、頬が熱を持った、気がした。
照れくさくて、早々に解こうとしたのに。ぐいっと腕を上にひかれる。
「なっなっ! ふぃっフィオーレでは、おまけつきですか?!」
「アストラのオリジナルですよ、ヴィッテ」
「それでも、珍しいわね。アストラってば」
どもりまくりな私に答えをくれたのは、当人ではなく呆れた声のオクリース様だ。
どもりもしよう。アストラ様は、私の小指にキスをしているのだから。伏せた顔が綺麗だな、なんて眺める余裕はない。
ゆっくりと上がっていく瞼。また、お日様みたいに笑うのかなと思ったのは、一瞬で。鼓動が激しくなるような、真剣な眼差しが向けられた。お月様の瞳だ。
「あぁ、必ず。約束だ」
静かなのに、しっかりと響いた言葉。泣きたくなったのは、内緒にしておこう。今は、ただ、ありがとうございますと、笑顔を返したいから。