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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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日ノ本語喋れねえなら母国へ帰れヤンキーが

 騒がしいクリスマスを終えた翌日の十二月二六日。
 今日は終業式、三学期がようやく終わる日だ。
 終業式を終えた生徒らはそのまま帰宅――――ということにはならない。
 年の瀬、当然やっておかねばならないことがある。
 そう、大掃除だ。大掃除を終えてようやく本当の終わり。

「うぅ……さ、寒い。今日は特に寒いねえ」
「こんな日にうちらの掃除場所が校門前て……酷いわぁ……」
「しょうがありませんよ。決まったことですから」
「とっとと終わらせて中に戻りましょ」

 天魔、麻衣、栞、アリスの四名が割り当てられたのは校門付近の掃除だった。
 寒空の中、四人は身を震わせながら校門へやって来たのだが……。

「ん? 他校の生徒かな?」

 えらく目を引く同い年くらいの女子が校門から中を窺っている。
 腰まで伸びた白銀の御髪に憂いを帯びた翠眼。
 顔立ちも整っておりお人形さんのようという形容詞がピッタリだった。

「……誰か探しとんのやろか? でも外人さんっぽいしなぁ」
「無視すれば良いんじゃない?」

 冬の空気よりも冷たいロリがバッサリと切り捨てる。
 天魔としてもアリスの言葉には賛成だった。
 しかし紫苑が絡んでいない日常でなら割と良識ある栞と、
そうでなくても普通に常識人の麻衣は放って置くことが出来なかった。

「いやでも寒空の下でじーっと待ってるみたいやし」
「ええ。それなりの時間ここに居たのかえらく顔が青いですし……まあ、話くらいは聞いてあげても良い気が」
「じゃあお姉さん達に任せるわ。私はさっさと掃除したいし」
「だねえ。寒いからとっとと終わらせたいんだよ」

 そうこうしていると件の少女が自分を見ていることに気付いたのか、天魔らの下へとやって来る。

「Darf ich Sie etwas fragen?」

 おずおずと口にした言葉は四人には分からないものだった。
 辛うじて疑問文かなぁ? と分かる程度だ。

「あー……英語かい?」
「いや、何かニュアンス違わへん?」
「私も語学に堪能というわけでもありませんし……」
「響き的にドイツ語っぽいけど、私も会話なんて出来ないわよ」

 四人が顔を合わせて相談し始めたのを見て少女は自分の失敗に気付き取り繕うように口を開いた。

「えと、私、ベアトリクス・アッヘンヴァルです。私、人、探してます」

 つい母国語が出てしまったようだが日本語が話せないわけでもないらしい。

「はぁ……人、ですか」

 ドイツ人と言えば仲間にも一人居る。もしかしてその人だったり?
 なんて考えがよぎる栞だったがドイツ人が探しているのがドイツ人とは限ら――――

「ルドルフ、って言います。何処、居ますか?」

 ドイツ人が探しているのはドイツ人だった模様。

「ルドルフくんの知り……ってちょっと待って。この子どっかで見たことない?」
「ちゅーか、うち割と最近この人と会うた覚えあるで」
「あー……この方、ルドルフさんが見せてくれたアルバムに写ってた女性ではないでしょうか?」

 アルバムでは童女だったが確かに面影がある。

「???」

 一人だけ分からないアリスは小首を傾げつつ箒で天魔の尻を突付く。

「知り合いなの?」
「いや、一方的に知ってるだけ。多分彼女、ルドルフくんの婚約者だよ」

 天魔がそう言うや少女――ベアトリクスは凄まじい勢いで首を縦に降り始めた。
 若干引いている四人だが、その内三人は人のことを言える立場ではない。
 というかハゲに惚れてるストーカーやら紫苑の母はOKなのに何故ベアトリクスで引くのか。
 異人さんだからか? 異人さん差別か? それとも寒いからか?

「ベアトリクスちゃん、やっけ? ルドルフくんなら校舎裏で掃除しとるから呼び出そか?」
「えと、はい。御願いしてよろしいです」
「分かった。ちょい待ってよ」

 携帯を取り出した麻衣は電話帳からルドルフの名を探し出してコール。

「あ、もしもし? ちょっと校門におるから来てえや。うん、じゃあね」

 言うだけ言って即切り。
 電話口のルドルフは戸惑っていたようだがこれならすぐに来るだろう。
 ベアトリクスの存在を告げなかった麻衣だが、それには理由がある。
 言えば来ないと思ったからだ。

「ふむ、これはもう麻衣ちゃんにブン投げて良いってことだよね?」
「麻衣お姉さん。私達は掃除してるからその人の相手はよろしくね」

 寒いのが嫌いな二人はとっとと中に戻りたいらしく箒を片手に付近の掃除を始めた。

「えーっと……その、私はお付き合いしますので」
「……うん、ありがとう」

 二人は天魔とアリスに掃除を任せてベアトリクスの対応をするようだ。
 まあ、押し付けられただけとも言えるが。

「ベアトリクスさんはどうしてルドルフさんに会いに……っていうのは愚問ですかね」

 好きな人に会いたいのなら海ぐらいは越えるだろう。
 栞だって同じ立場ならそうしていたはずだ。

「日本には何時来たん?」
「えと、五月の最初です」
「五月!? ず、随分と前に来たのですね」

 今は十二月の終わりで、ベアトリクスが来てから半年以上経っている。
 だというのに今になるまで会いに来ていなかったとは……。
 麻衣と栞は驚きのあまり何も言えずにいた。
 確かに話を聞く限りでは奥手のようだったが……。

「麻衣、私に用とは――――む!?」

 ゴミ袋を手にルドルフがやって来た。
 最初は気付いていなかったが、すぐにベアトリクスの姿を見つけ身体を硬くする。

「えーっと、見ての通りルドルフくんに会いに来たんやって」
「後は御若い二人にお任せしますので……どうぞ」

 そそくさと去ろうとする二人だったがそうは問屋が卸さない。

「まあ待て。私一人でこやつと話すのもちょっと嫌だ。付き合ってもらうぞ」

 ガシっと掴まれた肩は簡単に外せそうもない。延長決定である。

「……それで、ベアトリクス。卿は私に何の用だ?」

 想い人に会えて嬉しそうなベアトリクスとは対照的にルドルフはかなりうんざりとしていた。
 どうにもこうにも苦手なのだ。

「(ちゅーか母国語で話さんのかい)」
「(ルドルフさんも日本語ばかり使ってたから忘れちゃったんじゃないですか?)」

 それはツッコンではいけない部分だ。

「あい、会いたく……て」

 顔を真っ赤にして俯いてしまったベアトリクス。
 やっと搾り出せた言葉だというのにルドルフは大きな溜息を吐くだけ。

「はぁ……私と卿は確かに婚約者同士だ。
しかし今の時代に親が婚姻を結ぶなぞ馬鹿らしいと私は思う」
「ッッ……」

 ルドルフの言葉にしゅんと項垂れてしまったベアトリクス――さあ、悪いのはどっち?
 彼の考えも分からないでもないが往々にして世間というのは女性に優しいのだ。
 麻衣と栞はルドルフのケツに思いっ切り蹴りを叩き込む。

「痛ッ!? な、何をするのだ?!」
「遠い異国からわざわざやって来た女の子にその態度はあかんやろ!?」
「い、いや……私も遠い異国からやって来た人間なんだが……」
「男が言い訳しないでください、まったくもう見苦しい!」

 言い訳をする男が見苦しいならば紫苑はもう目もあてられないレベルだ。

「ベアトリクスさんは半年以上も前にやって来たんですよ!?」
「十二月になってようやっと会う勇気が出たっちゅーのに……鬼か!」

 勝手に想像している二人だが少々事情は違う。
 ベアトリクスもそこら辺を話したいのだが、生憎と彼女は口下手だった。
 加えて引っ込み思案。ヒートアップする女二人に何も言えずにいた。

「け、卿ら……ひ、人事だと思って……誰か弁護士! 紫苑を呼んでくれ!!」

 男の味方を求めての発言だったが、
もし紫苑が居たとしても奴は他人事と割り切ってニヤニヤ眺めるだけだろう。
 少なくともルドルフの味方をするなどあり得ない。

「ええからとっとと話をせんかい」
「……分かった。だがしかし、今は掃除中だ。これが終われば時間も空く。
ベアトリクス、来てもらって悪いがしばし待ってもらえんか?」

 どの道、ベアトリクスのペースで話に付き合うなら十分二十分では終わらない。
 なのでゆっくり話せる時間を作るべきだと判断したのだろうか?

「う、うん。待つ、待ちます。私、待ってます」
「う、うむ……麻衣、栞、卿らもとっとと掃除を終わらせろよ。ではな!」

 脱兎の如く駆けていくルドルフ、男一人で針の筵なこの状況が苦痛だったのだろう。

「ベアトリクスさん、よろしいのですか?」
「……待つの、好きですから」

 本人がこう言うのならば他人がどうこう口出しするわけにもいかない。

「えっと、うちらも掃除があるからアレやけど……寒いしどっかの喫茶店にでも入ってたらどうかな?」
「平気です。待ちます、から」

 お気遣いなくとベアトリクスは言うが、
寒空の中を突っ立って居られたら気になって気になってしょうがない。

「そ、そうですか。じゃあ、私達は掃除しますので」
「はい。頑張ってください」

 ボーっと空を眺めながら微動だにしないベアトリクスを置いて麻衣と栞も掃除に復帰。
 既に天魔やアリスがある程度やっていたので十分ほどでゴミ拾いは終わる。
 ロリと僕っ娘の二人は掃除が終わると早々に教室へ戻って行ったが、
麻衣と栞はベアトリクスを置いていくのも気が引けるので校門で共にルドルフを待つことに。

「なあ、ベアトリクスさんは五月に日本来たんやろ? 学校とかは何処行ってるん?」
「えと……こことは別のところの冒険者学校、行ってました」

 立ち振る舞いから薄々気付いていたがベアトリクスは冒険者で、
立ち位置は自分達と同じで前衛、それなりの使い手というのが栞の見立てだ。

「行ってました――ということは辞められたんですか?」
「は、はい……あの……元々、誘われて入学しただけですので……誘った人、居なくなって……」

 居なくなった、そう言われて連想するのは何か。
 他の所ならいざ知らず冒険者学校で居なくなったとなれば死んだと思うのが自然だ。
 なのでこれ以上は踏み込むまいと二人は考えたのだが、それはまったく違う。
 アイリーンと同じくコミュニケーション能力に難ありのベアトリクスの言葉が足りていないだけだ。

「……それより、ルドルフくん遅いなぁ」

 人を待たせているのだから掃除は早く終わらせようとするはずだ。
 そろそろ終わってここへ来ても良いのに、未だにその姿が見えない。

「あれ? 紫苑さんがこっちに来ますよ」

 栞の視線の先には困った顔の紫苑が校門へと向かって来ていた。
 どういうことかと小首を傾げていると、本人からその理由が告げられる。

「あー……その、何だ? よく分からないが……ルドルフはポンポン痛いから帰るって」

 どうやらルドルフは逃げたらしい。
 しかし黙って逃げるのは申し訳ないと思ったのか紫苑をメッセンジャーに使ったようだ。

「あ、あの男……! 何考えとんねん!」
「いや、俺に言われてもなぁ……俺も事情がよく飲み込めないんだが……そちらのお嬢さんは?
(つーかこの面見覚えあるぞ。ルドルフに見せてもらったアルバムの女じゃねえのか?)」
「ええ、その通りです。こちらはベアトリクスさん、ルドルフさんの許婚です」

 ペコリと頭を下げるベアトリクス、紫苑もそれに倣って一礼する。

「これはご丁寧に。俺は春風紫苑、ルドルフの友達(嘘)だ」
「は、はい……噂は、聞いてます」
「(噂……?)」

 ベアトリクスの目には同情の色が浮かんでいる。
 それがまたどうにも気に入らない。今すぐにでも頬を殴ってやりたいくらいだ。

「ルドルフに会いに来たようだが……すまない。そういう事情ならアイツを止めていたんだが……」
「私、大丈夫です」
「(何が大丈夫なんだよ。だったらもうとっとと失せろよ)そうか……だがちょっと待ってくれよ」

 一応ポーズとして動いておくべきだと判断した紫苑、
携帯を取り出してルドルフに呼びかけるが今のタイミングでは当然出るはずもない。

「電話は通じない、か。家も……帰ってないだろうな」
「あっこのゲーセンとかで時間潰しとるかも」
「居たとしても、気配を消して近付かなければ逃げられるんじゃないか?」

 そうなると追撃に迎えるのはこの場においては栞ぐらいだ。
 しかしその彼女とて気取られないという保障はなく、徒労に終わる可能性も大きい。

「御世話、かけました」

 ああでもないこうでもないと話し合う三人を見て申し訳なく思ったベアトリクスはそのまま去ろうとするが、

「ちょ、ちょっと待ってください」

 どうにもこのまま放置しておくのも罪悪感が沸く。
 何か力になれればと栞がベアトリクスを呼び止めた。

「(あ、そういう流れ? これに関わる流れなの? 行かせときゃ良いのによー)」

 紫苑としてはさっきの話し合いもポーズでしかなかったのでベアトリクスが去るのは万々歳。
 しかしこうしてアホが呼び止めてしまった以上は放置も出来ない。

「お茶でもどうだ? 俺達で良ければ話を聞くし、相談にも乗るぞ?」
「そうそう。うちらは嫌でもルドルフくんと顔を合わせるし、伝えたいこととかあるんなら聞くで」
「……迷惑じゃないですか?」
「(大 迷 惑)ああ、大丈夫だ」
「とりあえず近くの喫茶店にでも行きましょうか」

 この学校にも食堂はあって話し合いならばそこでも十分なのだが生憎とベアトリクスは部外者だ。
 三人は彼女を連れて近場の喫茶店へと移動する。
 お昼前ということもあって店は多少混んでいたものの何とか四人席は確保出来た。
 名乗っていなかった麻衣と栞の自己紹介を終えてから改めて話し合いが始まる。

「えーっと……ベアトリクスちゃんはルドルフくんのことが好きなんやよね?
だからわざわざドイツから日本に会いに来た……ってうちらは思ってるんやけど勘違いちゃうかな?」

 前提条件が間違っていないかの確認、
麻衣の問いは正しくベアトリクスもコクコクと頷いている。
 この妙に卑屈な態度に紫苑が苛ついているのだが小物はこの際放置だ。

「ベアトリクスさんは少々シャイなのですね。だから、五月が来たのに時間がかかった。
あ、駄目だと言ってるんじゃないですよ? 悩んでもちゃんと踏み出せたわけですし……」
「(いや、半年以上も前に来てんならもっと早く来いよ。どんだけ悩んでんだウゼエわ)」

 思わずコップの水をぶっかけてやりたい衝動に駆られる紫苑だった。

「あ、あの……それ、少し、違います」
「はい?」
「えーっと……私、悩んでました。ルドルフが日本に行ってから。でも、すぐ追う決心出来なかった」
「(じゃあ一生ドイツで引き篭もってれば良いじゃねえか)」
「でも、四月の終わりに来ました。ある人」
「(つーか日本語下手くそだなぁオイ。日ノ本語喋れねえなら母国へ帰れヤンキーが)」

 ヤンキーはアメリカン人だよ。

「その人の誘いで、日本来ました。冒険者として名を上げればルドルフ、私を見てくれると。
それで……その人と一緒に少し前まで頑張ってました。
でも、その人、他にやることがあると言って学校退学して姿消してしまいました。
流されて来たから、どうすれば良いか分からなくて……。
それで、兎に角ルドルフの顔が見たくて大阪来ました」

 ここでようやく件の誘った人間が死んでいないことを栞と麻衣は理解した。
 と、同時に勝手に勘違いをしていた自分が恥ずかしくなり頬を染める。

「あー……でもそれで学校辞めるのはちょっと早まったんやない?」
「でも、私、人見知りで……二乃居なくなると他の三人も居なく――――」
「――――ちょっと待ってくれ」

 聞き逃せない名前があった、二乃、確かに二乃と言ったか?

「……二乃というのは加藤二乃のことか?」
「はい、そうです」

 これでベアトリクスが自分に向けていた同情の視線、その理由が分かった。
 カニに目をつけられているのだ、普通の感性を持つ人間なら誰だって同情する。

「……ちょっと待ってください。何で加藤二乃のパーティにルドルフさんの知己が?」
「あの女のことだ。人質だろ、時期的に見ても間違いない」

 四月の終わりと言えばまだカニにとって紫苑は仮想敵だった。
 何時頃から戸惑いを持っていたかはともかくとして、
戦う可能性は十二分にあったわけだ、となると準備は必要だろう。
 親類縁者を質に取るというのは古典的でありながらも有効な手段だ。
 そうなると誰から質を取れば良いか。
 後衛二人は良い、単純な戦闘能力を持つ前衛から選ぶべきだ。
 加えて言うなら質に取ったことを自分以外には分からせない人選にするべきだろう。

 となるとルドルフの婚約者は都合が良い。
 彼に好意を抱いていて、そこを突いて騙くらかして来日させ囲い込む。
 その際ベアトリクスの口から彼女の縁者に、
「立派になってルドルフに会うから秘密で」とでも言わせておけば情報は漏れない。
 本人も誰も人質になったことが分からない素敵な戦術だ。
 まあ、カニにとっても日の目を見ることなくズルズルとパーティを続けることになったのは予想外だろうが。

『だがよぉ、カニが外道な手を使うって知ってるみたいだぜコイツ。普通気付かねえか?』
「(俺らとの戦いがお流れになってから本性を表したんだろうよ。つか、そこは別に重要じゃない)」

 問題なのは未だにベアトリクスが人質として機能しているかどうかだ。
 こっそり身体に爆弾を埋め込むくらいならしていてもおかしくない。
 そうなるといずれ再利用される可能性も十分にある。

「(つっても……奴曰く、俺から余分なものを削ぎ落としてからだとか言ってたしな)」

 だとすれば関係は無い。
 カニが望む本気にさえならなければ戦いなんて起こらないのだから――と紫苑は考えている。
 この自分の考えは総て正しいと楽観してしまうところが本当に本当に駄目なところだ。

「ひ、人質て……」
「忘れたのか? 俺に嗾けたトラック――その運転手を殺しているぞ奴は」

 外道に対して怒らなければ演じているキャラとしておかしいので、しっかりと苦い顔をする紫苑。
 その表情は反吐が出るってな感じだがコイツ自身も反吐が出るレベルの屑である。

「兎に角、こうやって解放されているんだし、嫌な話は忘れて話を戻そう」
「そうですね。少なくとも喫茶店でする話ではありません」
「えーっと、何を話してたんやっけ?」
「このベアトリクスがルドルフを好きってところだよ」

 紫苑からすれば至極どうでもいいことだ。
 他人の惚れた腫れたにも興味は無いし自分に惚れている人間も煩わしいだけ。
 きっとこの男は何度生まれ変わっても恋をすることの素晴らしさを知ることはないのだろう。

「その、好奇心でお尋ねしますが……ルドルフさんの何処に惚れたのですか?」

 年頃の少女らしい好奇が滲む瞳。
 女の子というのはどうにも惚れた腫れたの話が大好きらしい。

「そこそこの付き合いやらかええとこが沢山あるのは知ってるけど、やっぱ気になるなぁ」

 栞や麻衣はルドルフを良い人間だと思っている。
 容姿も性格もGOOD! しかしそこから恋に発展するかというとそれはまた別だ。
 二人は友人としては素敵だと思っているが男としてどうこうという感情は抱けない。
 だからこそ、そんなルドルフに惚れているベアトリクスの口から理由を聞き出したいのだ。

「えと、その……キラキラ、してます。ずっと小さい時から」

 ルドルフの長所の一つはその明るさ。
 天真爛漫、傍に居る人間の心をも軽くしてしまう性格や振る舞いは太陽のようだ。
 ベアトリクス自身が引っ込み思案であることも相まって、
活力に満ち溢れて何時も笑顔のルドルフは輝きに満ちた存在だった。
 ずっと見ていたい、その光で自分を照らして欲しい。
 そんな想いが気付けば恋心に変わっていた。
 それでも生来のコミュ能力の駄目さが恋の進展の邪魔をする。
 話しかけたいけど上手く話しかけられず、結果、黙って見ていることしか出来ない。
 それでルドルフに避けられてしまうのだから悪循環である。
 紫苑的には笑いが止まらない。

「……成るほど、よく分かるよ。アイツの明るさに、俺は何度も救われた。
うん、ルドルフは男の俺から見ても魅力的だからな。女の子が惚れるのも無理はない……んだろうな」

 若干自信なさげ物言い、それは勿論キャラ作りのため。
 恋というものが上手く理解出来ない風を装っている以上断定するわけにはいかないのだ。

「実際クラスメイトでもルドルフくん好きて言うてる子多いもんなぁ」
「(男の趣味悪過ぎだよな。もっとステッキーなイケメンが居るだろうに……俺とか俺とかやっぱ俺)」
『でも惚れられたらウザイんだろ?』
「(まあな)」

 一 体 ど う し ろ と 言 う の か。

「(惚れられて嬉しいのは俺より劣ってて、
尚且つ顔がそこそこ良くて男を立ててくれて俺より目立たない奴で、
俺が見下せて俺の自尊心を満たせる奴じゃねえとな)」

 注文の多い料理店より注文が多い男である。
 いっそ山猫に喰われてしまえば良いのに。

「……でも、私、嫌われてます」

 ズーンと影を背負って俯いてしまうベアトリクス。
 幼少期から今に至るまで続いたルドルフの対応には流石に凹んでいるらしい。
 自業自得の面もあるが、同情出来ないこともない。

「それは少し違うな。ルドルフはお前が苦手なんだと思うぞ」
「それ、嫌いと違いますか?」
「嫌いとは違うな。嫌いだったら顔を見るだけで心の奥に黒い泥が湧き出して来る。
それが積もり積もっていけば嫌いから憎いに変わったりもする」

 ルドルフも実際、ベアトリクスを嫌っているわけではないのだ。
 本当にどうすれば良いか分からないだけ。
 何せ彼女はずっと見つめていることしか出来なかったから。
 ならば歩み寄れば良いと思うかもしれないが、
積もり積もった苦手意識がそれを邪魔しているのだ。
 ルドルフから歩み寄るには少々時間が経ち過ぎている。
 であればベアトリクスから歩み寄るしかない。

「そもそもルドルフくんって人を嫌いになるとかあんまなさそうやしなぁ」
「ええ。大らかというか、ちょっと馬……ゴホン! な感じですからね」

 夏にルドルフから話を聞いた時も、嫌っているというよりは困っているという口ぶりだった。
 なので麻衣と栞もベアトリクスが嫌われているとは思っていない。

「そう、ですか。少し、安心、しました」

 ルドルフと共に修羅場を潜って絆を深めた三人が言う言葉だ。
 単なる気休めではないことくらいベアトリクスにも分かる。
 まあ、その内の一名は偽の絆でしかないのだが。

「それで、その、迷惑違うならば、アドバイスなどくれませんか?」
「(止めとけ止めとけ。コイツら自分の恋すら実ってない恋愛敗者だからな)」

 敗者にしている原因がどの口で言ってんだ。

「うーん……そうやなぁ……」
「大前提として、想いを伝えるのは必須。
ですが、ベアトリクスさんは口下手のようですし手紙など如何でしょうか?」
「手紙を書くなら単純な恋文では弱いと思うぞ。
それにそもそも口下手というのもあるが、見たところ想いを形にするのも苦手のようだし」

 好きという気持ちを伝える場合、
紫苑ならばそれはもう気障で熱く相手の心を擽る文章を書けるだろう。
 しかしベアトリクスの場合は好きは好きとしか書けない。
 どうやって好きになったかを書くにしても上手いこと書けるか不安だ。

「ほならどうするん?」
「何も言葉と文字だけが想いを伝える手段というわけでもあるまい」

 少し冷めてしまったコーヒーを一気に流し込む。
 そろそろこのくだらないお喋りを終わらせたかった。

「勿論、言葉と文字も使うがな。良いか? 果たし状だ。
文面はシンプルに"言葉で伝えきれない想いを受け止めて欲しい"とでも書けば良い。
なあベアトリクス、加藤二乃の思惑はどうであれお前はこれまで戦って来たわけだ。
それはルドルフに見てもらうためだろ? だったら、それを見てもらえば良い。
強くなった私を見て欲しい、言葉に出来ないあなたを想う気持ちを知って欲しい……。
そうやって全力でルドルフにぶつかれば、アイツも気持ちを酌んでくれるんじゃないか?」

 ルドルフになら肉体言語で語る方が効果的だろう。
 あれはそういうシチュエーションを好んでいる節もある。

「少なくともルドルフは全力で向かって来る相手を無下にする男じゃないからな」
「……出来ます、でしょうか?」
「さてな。しかし、まずはやってみるべきじゃないだろうか? 方針に異存が無ければ俺達も助力するぞ」
「御願い、します」

 深く頭を下げるベアトリクス、助力とは言うが紫苑はそう大したことをするつもりはない。
 精々がちょっとした小細工を弄する程度だ。

「分かった。麻衣、ちょっと筆ペンと和紙、それと和封筒を買って来てくれないか?」

 財布から金を取り出して麻衣に手渡す。
 ここは学校の近くなので近所には文房具店もあるのですぐに買えるだろう。

「え? う、うん。分かった!」
「栞は代筆を御願いして良いか?」
「? ああ、そういうことですか。分かりました」

 紫苑の小細工の意図は栞にもちゃんと伝わった。
 ルドルフの好きな日本風の果たし状をしたためて送るのだ。
 ただ決闘してくれだけでは弱いかもしれない、なのでもう一つばかり要素を加える。
 そうすることで少しでも読んでもらえる工夫をするわけだ。

「場所は人気が無い場所が良いな……探すから待ってくれ。
あ、それと無粋だし俺達は立ち会わないつもりだが――大丈夫か?」

 立ち会わない、そう言うことでこれ以上関わる必要を無くしたのだ。

「は、はい! 何から何まで申し訳ないです」
「いや良いさ(もうこれで完全ノータッチだしな)」

 彼らの恋の行方がどうなるかは……神ならぬ紫苑には知ったことではない。
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