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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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ぶっちゃけ自業自得

 深い深い森の中、近くには大きな川が流れている。
 逆鬼雲母は夢を見ていた。喪失の記憶、何もかもが壊れた日の記憶を。
 これは夢だと自覚している、ならば目覚めることも出来るだろう。
 しかし彼女はそうすることはなかった。
 グッと堪えてこの後の惨劇、そしてその向こうにあるものを探すことに決めたのだ。

"……あのモンスターが私に何を言っていたのか、思い出さなきゃ"

 俯瞰で見ている雲母の視線の先には妙齢の女五人が居た。
 完全に警戒を解いていないわけではないが、それでも何処か緩みがある。
 その緩みの理由は自負――修羅場を潜り生き残ったという自信。
 苦戦をする可能性はあれども、生きて帰れると疑ってもいない。

「ねえねえ、女威へのお土産ってどうする?」

 眼鏡をかけた栗毛の女――回復役のゆっこがそんな話を切り出した。
 未だ警戒はしているものの、それは徐々に薄れていくのがよく分かる。

「インドだしカレーで良いんじゃない? メー子って服とか興味無いし」
「そうねえ。女威ちゃん、いっつもジャージだもの」

 リーダーである雲母までもがこれだ。
 この頃の彼女は今と違いその表情に憂いはあまりなかった。

"ッッ……来る……!"

 瞬間、八面六臂の化け物――阿修羅が出現する。
 完全に気が緩んだ瞬間を狙ってのことで、五人が五人とも僅かにだが身体を硬直させる。
 その刹那こそが命取りになった。
 阿修羅は手に持った剣で回復役であるゆっこの首を刎ね飛ばす。

「ゆっこぉ……!!」

 杖を持った攻撃魔法の使い手ちぃは慟哭しながら攻撃魔法を練り始める。
 しかし、それが完成するよりも早くに阿修羅は彼女の接近し左腕をその左胸に突き刺す。
 貫通した腕には心臓が握られており――――柘榴のように砕け散った。

「う、うわぁああああああああああああああああああ!!!!」

 雲母は狂乱しながら刀を手に阿修羅へと斬りかかった。
 しかしその太刀はあっさりと手で受け止められて圧し折られる。
 それでも怒りが鎮まらない彼女は徒手で攻撃をしようとするが……。

「あ……がぁあああ……!?」

 逆に鋭い拳が腹部に突き刺さりそこに大穴が穿たれた。
 そのまま蹴り飛ばされて大木に叩き付けられた雲母はもう動けない。

"うぅぅ……! グッ……!"

 俯瞰で見ている現実の雲母は今にも気が狂いそうだった。
 夢とはいえ、目の前で仲間が無残に殺されたのだ。
 あの瞬間の赫怒と絶望が蘇る……ああ、何て愚かな私。

「雲母……はなぁ! 早く倒せば雲母は助かる、やるぞ!!」
「ええ!!」

 残された前衛二人がそれぞれの武器を手に見事な連携攻撃を始める。
 個々のスペックで言えば栞や天魔、ルドルフらには劣るだろう。
 しかしその連携の妙は決して彼らには真似が出来ないレベルのものだった。
 一と一を足して二にするのではなく、四にも六にもなれる、それが連携。

"……でも、届かない"

 仲間が立て続けにやられたことによる動揺、完全に立て直されたわけではない。
 それが女二人の連携にマイナスの影を落としていた。
 そして更に言うならば敵のスペック。
 五人が万全の状態ならばどうにかこうにかやり合えただろう。
 しかし、二人では分が悪い。
 現に最初こそ中々の攻めを見せていたが次第に秤は阿修羅へと傾いていった。

「~~~~ッッッ!!」

 残った仲間が傷つけられるところを、ただ見ていることしか出来ない。
 過去の雲母は血を吐きながら声にならない絶叫を上げる。
 だが、泣いて叫べば奇跡が降りて来るわけでもない。
 二人は四肢を斬り飛ばされた挙句に首を刎ねられて死んでしまった。

"ッッ……ここから、ここからよ"

 阿修羅は手から炎を放ち四人の骸を一瞬で灰にしてしまう。
 さあ、これで残るは雲母一人だ。
 それでも彼女は死なない。死んでいないからこそ、今もこうやって夢を見ていられる。

「――――おやめなさい」

 慈愛を詰め込んだような女の声が雲母にトドメを刺そうとした阿修羅を制する。
 止められた阿修羅は怒りを滲ませながら声の主を睨み付けた。

「何故だ? 人間だぞ」

 美しい羽衣を纏い片手に子供、もう片方の手に不思議な果物を持った女は悲しそうに目を伏せる。

「この方は子を喪っています」

 女は雲母に同情していた。それは決して薄っぺらなものではない。
 相手の心情を理解し、その痛みを我がことのように感じているのだ。

"……ボーっとはしてたけど、やっぱり私の記憶には残ってた"

 当時はショックと傷のあまり我を失っていたため、女が何を喋ったか分からなかった。
 しかしこうして夢に見るということは、身体が、頭が、脳が記憶しているということに他ならない。
 つまりはこの先を見続ければ知りたいことを知ることが出来る。

「同情か」
「そうよ。それに、どちらかと言えばこの方は私達の側でしょう」

 女は抱いていた赤子と果物から手を離す。
 しかしそれらは地に堕ちることもなく空中に浮き続けている。

「それとも、私と戦いますか?」

 口調こそ穏やかだったが女の顔は悪鬼のそれだ。
 もしも阿修羅が無理に雲母を殺そうとすれば間違いなく殺し合いになるだろう。

"……怯えている?"

 無双の強さを誇っていた阿修羅だが、女の放つ闘気に完全に気圧されている。
 一分か二分か、睨み合いの末最初に目を逸らしたのは阿修羅だった。

「……好きにすれば良い」

 阿修羅は吐き捨てるようにそう告げて何処かへと去って行った。
 女はそれに目もくれずに、宙に手をかざして瓶を呼び出す。

「大丈夫、すぐに傷は癒えますよ」

 瓶から掬った万能の霊薬を雲母の口に流し込む。
 するとあれだけ今にも死にそうだった彼女の蒼白な顔に血色が戻り腹の穴まで消え失せる。

「……」

 それでも夢の中の雲母は忘我のままでぼんやりと宙を眺めていた。
 二度目の喪失で心が壊れたのだ。
 そんな彼女を哀れむように女はそっと頬を撫ぜる。

「御辛かったでしょう?」

 仲間を殺しておいて何を! と思うかもしれないだろう。
 だがそれは関係無い。
 女が辛かったでしょうと言っているのは仲間を喪ったことに対してではないのだから。

「私も母なのです。だから、あなたの痛みはようく分かります」

 女の瞳からはらはらと流れる涙。
 彼女は心底から悼んでいるのだ、雲母が喪ってしまった子供のことを。

「あなたの世界には痛みだけが満ちている」

 それは雲母も一度は考えたことがある。
 どうして世界は優しくないのだろう、どうして自分達だけ愛してくれなかったのだろう……と。

「それは人間という種が愚かで残酷で恥知らずだから」

 憎悪を凝縮したような瞳がやけに印象的だ。
 女の心にあるのは人間への果てしない憎悪、そしてそれは阿修羅も同じだった。
 しかし雲母には解せないことが一つあった。

"……人間を憎んでいるのに、どうして私を見る目は優しいの……?"

 我を失った過去の雲母を見つめる女の目は優しい。
 それは母だからというのもあるだろうが、決してそれだけとは思えない。

「己以外の一切を容赦なく踏み躙れる、存在してはいけない生き物。
自分達が犯した罪を忘れ、恩を忘れ、一時の享楽に耽る救いようのない塵」

 その塵の範疇には雲母も入るはずだ。
 少なくとも彼女は自分が人間だと思っているし、実際に調べてみても人間という結果しか出ないだろう。
 なのに女は明らかに雲母を自分達と同じ側だと認識している。
 それは女と阿修羅の会話を思い返しても確かだ。

「罪を犯せば悔いるのが当然。なのに人はそれをしない。
己が罪を忘却した挙句に、総てをなかったことにしようとしてる。
赦さない、赦してなるものか。ゆえに滅ぼしましょう、悉くを」

 俯瞰で見ている雲母にとって女の言葉は衝撃的だった。
 これまでこのダンジョンを含めて幾つか特異なダンジョンを巡って来たし資料も見た。
 だが明確に人間に対する憎悪を剥き出しにしたのは京都での鬼のみ。
 しかし、それ以前に出会ったこの女もそうだったのだ。

"んー……やっぱり分からないわ。人間が憎いのに何故私だけ例外?"

 この時ばかりは自分の頭の悪さが憎くてしょうがなかった。
 もう少し頭が良かったならば色々と見えて来るものもあったはずなのに。

「だから、あなたを私達の世界に誘ってあげたいのですが……。
まだ時間が必要。今のままあなたを連れて行っても、毒にしかならない。
苦しみ続けたあなたにこれ以上の苦痛は与えたくありません」

 もうわけが分からなかった。
 雲母は一旦考えることを止めて、
女の言葉を一字一句正確に覚えて目覚められるよう集中することに決める。
 考えごとなんて起きてからでも出来る、
しかしこの夢はまた見られるかどうかは分からないのだ。

「いずれ、限られた者だけを残して人を滅ぼします。
あなたは選ばれた人間です。時来たれば、迎えに参りましょう」

 先ほど出した大瓶とは別の瓶を取り出した女はそれに並々とアムリタを注ぎ雲母の胸に抱かせる。

「これをあなたにお渡しします。どうか、その日まで壮健であられますよう。
そして、次に会う時は……あなたのお名前を聞かせてくださいね?」

 急速に意識が浮上する、夢は終わりということだろう。
 しかし欲していた情報を得ることが出来たので何も問題はない。

「……!」

 跳ね起きた雲母は自分がかなり汗を掻いていることに気付いた。
 しかしそれも無理からぬこと。何せいずれ人を滅ぼすと言われたのだから。
 女の話を信じるならば自分は安全圏に居られるようだが、
だからと言って他の人間が滅ぶのを見過ごせるほど雲母は冷血ではない。紫苑とは違うのだ。

「えっと……ああもう!」

 考えごとは後ですれば良いと割り切って目覚めたは良いものの、情報の整理が上手く出来ない。
 そもそも知性を有するモンスター達は何なのだ? 何故人間を憎悪する? 限られた人間とは?
 脳裏を駆け巡る疑問に頭がパンクしてしまいそうだった。

「ふぅ……落ち着きなさい。私が知るべきなのは紫苑ちゃんに降りかかる危機よ」

 となると思い出すことは一つしかない。

「"まだ目に見える危険ではない。そしてそれは彼にのみ降りかかるものじゃない。
そして兆しが見えるのは遠くない未来としか言えない"――――だったかしら?」

 夏に聞いたアレクの言葉を思い出して今得られた情報と照らし合わせていく。
 まだ目に見える危険ではなく、紫苑にだけ降りかかる危機ではない。
 つまるところそれは限られた者以外の人間を滅ぼすということだろう。

「紫苑ちゃんがどちら側かは分からないけれど……」

 選ばれたとしても、他の誰かが殺されるようなことを見過ごせるような人間ではない。
 となると敵は例の知性を有するモンスター達だろう。
 何時、どんな形で戦端が開かれるかは分からない。
 しかしアレクは遠くない未来と言っていたし、あの女の口ぶりからしても十年先とかではなさそうだ。
 というより、かなり近くに迫っているような気さえする。
 時折無性に不安なることがあった。
 それはどういう原理でかは分からないが、戦いの足音が聞こえていたからではないだろうか?
 雲母は寝起きの頭をフルに回転して少しずつ推測を固めていく。

「……勝てる、かしら?」

 雲母は阿修羅以外にも知能を有するモンスターと幾度か交戦している。
 しかし言ってみればそれらは雑魚だ。
 いざその戦いの時が来れば阿修羅レベルが来ないとは限らない、何にせよ楽観は禁物。
 最低ラインとして阿修羅を設定するとしても、かつて手も足も出ずにやられてしまった。
 あの力――純化を使えば何とかなるとは思うが、それでもあの力は何故か怖くなってしまう。
 雲母は気付けば恐怖からか自分の身体を抱き締めていた。

「ッッ……私が戦うのは何のため?」

 恐れを振り払うように自身の戦いの理由を再確認する雲母。
 目蓋の裏に浮かぶのは愛しい愛しい我が子。
 本当の子供ではないけれど、
母と呼んでくれて、母であることを赦してくれた優しい子。

「そう、紫苑ちゃんを護るため。敵が誰であろうと関係ないわ」

 身体を縛っていた恐怖が幻のように消え失せていく。
 真に大事なものを見失わない限りは大丈夫、自分は戦える。
 雲母は静かに、それでも烈火の如き激情を胸に決意を固める。

「ふぅ……酷い汗ね……」

 時刻はまだ深夜の二時半。
 起きるには早過ぎるし何より明日――というより今日は休みだ。
 ギルドの仕事もないし紫苑も平日なのでやることもなく寝るつもりだった。
 しかしもう一眠りするには汗が不快でしょうがない。

「シャワー浴びるのも面倒だし……わざわざ着替えるのも面倒ねえ」

 他人のためなら幾らでも甲斐甲斐しく働ける雲母だが自分のためとなると面倒臭さが出てしまう。
 これではモジョをどうこう言えないなと思いつつ彼女は布団に入り込み、その中でパジャマを脱ぎ捨てた。
 そして脱ぎ捨てたパジャマを布団の外に放り出して満足そうに笑みを浮かべる。

「下着だけっていうのもズボラな感じだけど……良いわよね?」

 誰に対しての言い訳かは知らないが、これで折り合いはついららしい。
 雲母は先ほどの情報を忘れないように反芻しながら再び眠りに着く。
 寝つきの良い彼女はすぐさま夢の中に沈んだが、今度は先ほどのような夢は見なかった。
 もう戻れない親友達と過した楽しい日々。
 紫苑と出会ってから出来た新しい思い出。
 今の雲母の心には悲しみだけじゃない、それ以上の喜びも満ちている。
 だからあの夢の中で言っていた女の誘いには乗らない。
 紫苑に出会わずにあのままだったならば乗っていたかもしれない。
 だが、出会った。出会って救われた。
 何もかもが上手くいくとは限らないこの現実で生きていこうと思えた。
 精一杯、生まれることが出来なかった我が子の分も生きるのだ。
 今日も、明日も、明後日も、この胸の鼓動が続く限りずっとずっと生きていく。

 次に雲母が目覚めた時、それは深夜に起きた時と違ってその目覚めは爽快なものだった。
 時刻は十一時前で少し寝過ぎたかと自省するも、休みだから良いかと苦笑を零す。

「朝御飯は……トーストで良いか」

 トースターにパンをセットし、その間に身支度を整える雲母。
 と言っても元々化粧なんかはしていないし顔を洗って歯を磨き、着替えるだけで準備は終わる。
 キッチンに戻りトースト三枚とバター、ジャムを載せたお盆を手にリビングへ。

「クリスマス、ねえ」

 テレビを点けると時期が時期なのでクリスマス特集なんてものをやっていた。
 ふと雲母はこれまで自分はどんなクリスマスを過しただろうかと記憶を辿るが……。

「田舎を出る前は、まあ普通のクリスマスだったけど……」

 親友達と合流してからが酷い。
 雲母の記憶にある親友達と過したクリスマスは正にモテない女のそれだ。
 どいつもこいつも彼氏なんて居なくて、いっつも女と一緒。

「皆が自棄になって大量のピザとか注文したっけ……」

 そして食べきれずに翌朝硬くなっているピザを皆でモソモソと食べるのだ。
 なんというかアレは色々な意味で惨めだったと雲母は苦い顔をする。

「……悲しくなってきたわぁ」

 モソモソとトーストを食べ終えた雲母は食器を流しに置き、
うーんと背伸びをして今日はどう過そうかを考え始めた。

「うーん……」

 冷蔵庫の中には食材もバッチリあるので買い物の必要はない。
 服でも買いに行こうかとも思ったが、この前仲が良いギルドの女性職員が古着を幾つかくれたことを思い出す。
 となると本格的にやることがない。
 勉強をするのも悪くはないが、今はそんな気分でもない。
 どちらかというと外に出かけたかったのだ。

「ふぅ……お昼まではお散歩に行こうかしら」

 コートを羽織り外に出ると冬の冷たい空気が肌を刺した。
 痛いけれど、これはこれで気が引き締まるので悪くはない。
 とりあえずは公園に向かおうと歩き始めた雲母だが、その途上で数人の学生とすれ違う。
 彼らは皆ジャージを着ていて、プリントされている校章には見覚えがあった。

「紫苑ちゃんのところの学生さんよね?」

 不思議に思いながら公園に向かうと公園の中には見知った人物が居た。

「女威ちゃん?」

 沢山のコップを置いた長机の後ろには友人である桃鞍女威の姿が。

「雲母か。今日は仕事、休みか?」
「ええ……女威ちゃんはサボり?」
「アホか。教師がサボりとか示しがつかんだろう。今日はマラソン大会でここは給水所の一つなんだよ」
「マラソン大会……ああ! だからさっきすれ違った子達はジャージを着てたのね。歩いてたから気付かなかったわ」
「歩いてた……? はぁ、ちょっと目を離すと楽をしたがるな」
「ふふ、良いじゃない。ちょっとくらい」
「お前は甘いんだから……まあ良い。暇なら少し話し相手にでもなってくれ」
「ええ、喜んで」

 モジョが投げ渡した缶コーヒーを受け取り彼女の横へと移動する。
 モジョは今日も今日とてジャージに野暮ったい眼鏡の喪女スタイルだ。

「紫苑ちゃんも参加してるの?」
「ああ。全学年全員参加だからな」
「ふぅん……でも、大会って言うけど前衛の子と後衛の子じゃ不公平じゃないかしら?」

 普通に考えて勝負にならないだろう。
 何でもありでトラップやら何やらを使えば別だろうが、
たかだかマラソン大会でそんなことをするのもアホらしい。

「ん、それは大丈夫だ。競うのは前衛後衛分かれているからな」

 加えて言うなら走る距離だって違う。
 後衛は常人がキツイなと思う距離のコースを設定されているが、
前衛の場合は馬鹿じゃねえの? という距離を設定されている。

「そう。じゃあ安心して勝負出来るわねえ」
「だろ? 頑張っても勝てないんじゃモチベーションが下がるからなぁ」
「でも……冒険者学校でもこんな行事するのねえ」
「当たり前だ。ベースは普通の高校で、そこに冒険者としてのカリキュラムを組み込んだだけだからな」
「あー……そういえば体育祭や文化祭もしっかりやってたものね」
「うむ。だからこういう何気ない行事もしっかりやるぞ」
「ふふ、楽しそうだわ」

 中学を中退した雲母には高校生活なんて想像も出来ないものだ。
 だから教師としてそれに関わっているモジョが少しばかり羨ましかった。

「そうだな。ところで雲母、ギルドの仕事はどうだ?」
「充実してるわよ。まだまだ不慣れなところもあるけど、何とかやっていけてる」
「それは良かった。そういえば、春風離脱の時は前線復帰をしたと聞いたが……」
「正確には千丈ヶ嶽での一件で、だけどね」

 一応、アレクの話を受けてから鍛え直したのだ。
 そして復帰後初の戦闘が千丈ヶ嶽にあるダンジョンでの鬼達との戦いだ。
 ブランクを感じさせない見事な立ち回りであの場に居た中で一番強い鬼を仕留めた。

「大丈夫だったのか?」
「ええ。錆び付いているかと心配していたけどそうでもなかったわ」

 それに、いざとなれば純化もあった。
 好んで使いたいとは思わないがあれを使えば戦闘に関しての憂いは消える。

「これからも戦うつもりなのか?」
「うん。と言っても、紫苑ちゃんが復帰したから、ね?」
「まあ、そうだな。ミラーやハーン、そしてお前もかなりの実力者だ。
だが、お前達とのパーティ単位での行動に関しては経験が無いに等しい」
「私も一応はリーダーをやっていたもの。そこら辺はちゃんと分かってるわ」

 パーティメンバーを入れ替えるというのも悪くはない。
 しかし一番適しているのは紫苑が正確に実力を把握し、共に戦いを潜り抜けて心を通じ合わせて来たあの四人だ。
 アリスやルーク、アイリーン、雲母は共に戦う冒険者としては異物でしかない――というのが二人の見立てである。
 が、紫苑にそんなことは関係無い。
 平等に価値が無いと思っているし、細かいことだって気にしない。
 所詮は自分を生かすために利用する駒、心が通っていようといなかろうと関係無いのだ。

「そうだな。余計な御世話だった」

 クツクツと笑うモジョ、雲母はそれを複雑な心境で見つめていた。
 確かにダンジョンを探索するために仲間に加わって戦うことは無いかもしれない。
 しかし、いずれ来る大きな戦いでは刃を手に戦うつもりだ。
 だがそれを言えるわけがない。
 荒唐無稽だし、もし戦いが起こらなければ無用な心労をかけるだけ。
 雲母自身も覚悟は決めているものの、戦いなんて来ない方が良いと思っている。。

「(でも、アレクサンダー・クセキナスは……)」

 わざわざギルドの長が示唆したことも真実味を増す要因の一つだ。
 だが、それなら何故アレクは多くの人にそれを知らせない?
 不安を煽らないため? 戦いの時期が分からないから? それともまた別の理由?
 考えても考えても分からない。
 そも他人の胸の裡を完全に理解しようというのが無駄なのだ。

「――――お前はすぐに一人で抱え込む癖があるなぁ」

 俯いている雲母の耳にそんな言葉が届く。

「え」

 顔を上げるとモジョは本当にしょうがないとばかり苦笑を浮かべていた。

「私とお前は友達だ。それぐらいは分かるさ。
ハッキリ言うがお前は抱え込んでドツボに嵌まるタイプなんだ。分かるだろ?」
「う……」

 残念でも何でもない、当然だ。
 抱え込んでドツボに嵌まった挙句に紫苑を拉致ったりしたのだから。

「春風もお前と同じタイプだが、アイツはお前よりも強いからな。
だからどうにかこうにかやれているがお前に同じ真似は出来ん」
「ひ、酷い……けど……否定出来ない……」
「とはいえ、無理に聞き出すのも違う。だからこれだけは言わせてくれ――――私はお前の味方だ」

 紫苑などとは違う、心からの言葉。
 桃鞍女威は真摯に他人と向き合って絆を結んでいる。
 だからこそ、誰恥じることなく自分の気持ちを伝えられるのだ。
 現在街の何処かを走っているHSは恥を知り他人と真摯に向き合うことを覚えるべきである。

「私に気兼ねせず、遠慮なく話してくれ。決心がついたらな」

 冬空の下だというのにモジョの笑顔はとても温かなものだった。

「……」

 モジョの友情に胸が熱くなる、このまま黙っているのは後ろめたい。
 この友情に応えるというならば正直に話すべきだろう。

「分かった。女威ちゃん、少し聞いてくれるかしら?」
「……よほど重要な話らしいな。ちょっと待ってろ。近くの先生に代わってもらうから」

 雲母の表情を見るに、かなり大切な話であることは明白だ。
 モジョは携帯を使って別の教師を呼び寄せると、雲母を連れて人気の無い場所へ移動する。

「ここなら良いだろう。近くに気配も無いしな」
「そうね……ねえ、女威ちゃん。
私がギルドの職員になったのはね、単にあのダンジョンに潜ったことがあるってだけじゃないの」
「? どういうことだ」
「お盆の時、私のところにギルドの長――アレクサンダー・クセキナスがやって来たのよ」
「!? ちょ、ちょっと待って。あのアレクサンダーか?」

 一介の教師、一冒険者としてもアレクは雲上の人物だ。
 そんな男があの田舎町までわざわざ雲母に会いに来た? 驚くのも無理はない。

「そう、これから話すことは総て真実よ」

 そう前置きして雲母はこれまでのことを総て語り始めた。
 それは信じ難いもので、友の言葉でなければ一笑に付していただろう。
 だが、他ならぬ友の言葉だし嘘を言っているようにも思えない。

「……というわけなの」
「ふむ……確かに、色々と解せないな」

 限られた者だけを残して人類を滅ぼす。それは間違いなく世界の一大事だ。
 例のダンジョンもその関係で、実際に京都では被害が出た。
 だというのにそれを知らせないのはおかしい。

「その戦いが何時来るか分からないから不安を煽らないため……か。
確かに一般人には知らせない方が良いだろうな。
となると国のトップやギルドの上の連中はそれを知っているのか?」
「さあ? そこら辺はどうとも……」
「まあ、お前が知ったのも表面的なもので更に深い事情があるかもしれないからな」

 これ以上の考察は無駄だと考えるべきだろう。
 大事なのは今ある情報から何をするべきかだ。

「アレクサンダーはわざわざ数ある人間の中から春風を護れと言った」
「ええ……紫苑ちゃんは、来る戦いで重要な位置に居るのかもしれないわ」
「確かに京都で見せた特異性のようなものもあるが……」

 それだけだとは思えない――というより重要なのはそこじゃない感じがする。
 勘でしかないが少なくともモジョはそう考えていた。

「しかしそうなると、アイツが選別を超えたのも……いや違うか」

 総ては偶然の積み重ね。
 望む望まざるとも紫苑はその歩みによって今の場所まで辿り着いたのだ。
 ぶ っ ち ゃ け 自 業 自 得。
 彼自身の咎ではないとしたらカス蛇との出会いのみ。
 しかしそれ以外は総て奴自身が招いたもの。

「兎に角、個人で出来ることには限りがある。
ギルドの長が何もしていない以上、下手にこれを知らせたところで潰される可能性もある。
ならば個人が出来ることにのみ焦点を当てて、お前がどうすれば良いかを決めれば良い。
と言っても、その顔を見るに既に決まっているようだがな」

 余計な疑念が纏わり付いていたせいでモヤモヤしていたのだ。
 しかしそれもモジョの言葉で消え失せた。

「……そうね。うん、馬鹿の考え休むに似たり。
人間はこの両手の届く範囲でしか誰かを護ることも助けることも出来ない」

 だったらそれ以外のことは考えなくても良い。

「ありがとう女威ちゃん」
「フッ……気にするな。友達だろう」

 頼りになる友達が居て、何に代えても護りたいと願う人が居る。

「私はもう二度と、私の子供を死なせはしない」

 真実があるとすればそれだけ。
 決意に満ちた表情には憂いなど一切無く、目も眩むような強さだけが輝いていた。
+注意+
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