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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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愛の鎖『天魔』

 時刻は午後三時半、紫苑は校門の前で人を待っている。
 ぶっちゃけると不本意極まりないし非効率だと文句を言いたかった。
 しかしそれを口にする度胸の無い彼は黙って校門に背を預けることしか出来ない。

「(はぁ……)」
『今日何度目の溜息だよ?』
「(溜息も吐きたくならぁね。何で俺がこんな……)」

 そうこうしていると校舎から待ち人、外道天魔が出て来る。
 何時もは男子の制服を着ているのに今日は女子の制服を着ており、スカートもガッツリ折っている。
 こうしてみれば女の子そのものだ。
 さて、何故天魔がこんな格好をしているのかというと、それにはちゃんと理由がある。

「ごめん、待ったかな?」

 照れ臭そうに笑う天魔――そう、今日はデートなのだ。
 十二月の頭にやった紫苑の退院祝い。
 その時、彼は一つの約束をさせられてしまった。
 心配させたお詫びにデートに連れて行ってくれ、と。
 今日はその初日で一番目となったのだが熾烈なじゃんけんを勝ち抜いた天魔なのである。
 彼女はデートということもありわざわざ女子の制服を着て、
同じ学校なのに雰囲気を出すためこうして待ち合わせまでやっているのだ。

「そうだな。だがまあ、待つのは嫌いじゃない」

 嘘である、人を待たせるのは好きだが待たされるのは反吐が出るほど嫌いだ。

「今来たとこ――って言われるよりそっちの方が良いね」

 ニコニコ笑顔の天魔、彼女は昨日からかなり上機嫌だった。
 こうやって改めてデートをするというのはそれだけで心が躍るイベントなのだ。

「それは重畳。さて、先ずは何処へ行きたい?(地獄に行きたいなら喜んで見送るぞ!)」
「そうだねえ……まずは、公園に行こうか」

 紫苑の右手に冷たい感触が伝わる、手を握られたのだ。
 それがまた不快で不快でしょうがない。しかし、それを顔に出すわけにはいかない。
 しっかり接待してご機嫌を取らねばならないのだ。

「何だろ……少し、恥ずかしいね」

 天魔は常日頃から紫苑への好意を隠していない。
 好きな人には好きと伝える、それは当然と考えているからだ。
 しかしこうやって手を繋いでデートをするというのは中々に照れ臭い。
 可愛らしい乙女心と言えよう――まあ想い人にはまるで届いていないけれど。

「改めて言われると確かに照れ臭いな(じゃあ離せよ気持ち悪いし冷たいんだよバーカ)」

 困ったような笑顔を浮かべる。これは本当に使い勝手が良い。
 苦笑では不快感があると知らせてしまうし、笑顔を浮かべるのは気分的に嫌だ。
 そういう時困ったような笑顔が役に立つ。
 とは言っても役者でもないのに笑顔に使い勝手を求めるのはこの男ぐらいだろう。

「でしょ? まあ、僕の場合は慣れない服着てるってのもあるけど」
「だが(ジェイソンよりは)可愛いじゃないか」

 連続殺人鬼と比べるな。
 そりゃジェイソンに比べれば大抵の女子は可愛いだろうけど。

「ん……ありがと。でもさ、やっぱ僕的には違和感あるんだよね。
足とか寒いし……ストッキング穿いてこれだもん。冬場のスカートはキツイよ」

 なんて言ってるがそれは照れ隠しだ。
 ドストレートに褒められたことで顔が赤くなっているのが何よりもの証拠である。

「私服でもスカート穿いてなかったか?」
「や、最近は着てないよ。寒いからね」

 そうこうしていると目的地である公園に辿り着く、
この公園は腕を失ったばかりの天魔共に訪れた場所で、

「小腹が空いたし、ね?」

 あの日と同じようにクレープの屋台が出ていた。
 二人はそれなりの量のクレープを注文して席へと着く。

「懐かしいと言うにはそんなに時間が経っていない気もするが……」
「いや、結構濃い時間を過してたからね。その感想も納得だよ」

 あの時は財布を持たず現ナマをそのまま持ち歩いていた天魔だが今は違う。
 心境の変化からかゴシック系の可愛らしい財布を今では所持している。

「あの日、腕を失って、紫苑くんに道を示されて……そしてここへ来たんだっけか」

 義肢を見つめるその目はとても穏やかだった。
 四肢を欠損する、それは女の子にとっては疵物になったと嘆き悲しむことかもしれない。
 それでも外道天魔は微塵の後悔もなかったし、疵物になったなどと卑下してもいない。
 むしろ誇っている。あの日があったからこそ自分は答えを見つけられたのだと。

「俺は、少しだけ後悔しているよ。
勝つためには効果的だったし、周りの人間の自覚も促すことが出来たが……」
「僕が腕を繋がなかったことかい? そりゃ紫苑くんが気にすることじゃあないよ」
「だが……」
「でも、この腕を申し訳ないと思うなら紫苑くんも、もう少し自分を大事にして欲しいかな」

 茶目っ気を混ぜた笑顔だがそれは偽らざる本音だった。

「それに、腕を繋げないって言うなら紫苑くんもそうじゃないか」

 天魔の視線は紫苑の左手に注がれていた。
 彼女のそれよりも人の腕に近いが彼の左手もまた義肢なのだ。

「……これは戒め、だからな(俺カッコEEEEEEEEEE!!)」

 瞑目し、静かに呟く。
 言ってることといい表情といい実に絵になるが内心を知ると台無しだ。

「戒め、ね」

 梅香の姉妹が辿った末路を知っている。
 一応の責任して栞があの件の顛末を天魔らに語ったから。
 確かに悲劇だ。純粋に悪いのは姉妹の両親だけ。
 なのに傷付いたのは栞と紗織、そして紫苑。何処までも不条理だ。

「(でもそれは紫苑くんが背負うものじゃないよ)」

 状況からして紫苑は純粋な被害者だ。
 なのに加害者である醍醐紗織に胸を痛め、救えなかった事実が今でも傷となって残り続けている。
 義肢を見る度に思い出しているのだろう。
 その度に心に刻まれた傷から涙のような血を流す。
 それは君の罪じゃない! 天魔はそう言ってやりたかったし、この一件を知る者は皆そう思っている。
 だがそう言われたところで紫苑が納得しないことも分かっている。
 だからこそ彼女は何も言わずに届いたクレープに手を伸ばした。

「美味しい。紫苑くんも食べなよ」
「ん、ああ(これ喰って解散! じゃ駄目かな? 駄目だよなぁ……)」

 一応デートプランは練っているが紫苑は天魔の希望を優先させるつもりだ。
 自分に任せると言って来た場合にのみプランから抽出するつもりでいる。
 最低でも夜十時くらいまでは拘束されるだろう。
 それまでの間、一体何をするのか……考えたるだけでも憂鬱だった。

「あ」

 何かを思い出したように天魔が手を止める。
 その口元にはクリームが付着しており紫苑からすればひじょーに間抜けだった。

「どうした?」
「――――あーん♪」

 すっと、クレープを紫苑の口元に差し出す天魔。
 コイツは一体何をしているんだ? 紫苑は一瞬完全に思考を停止した。

「え……あ……?」
「ほら、前は僕が食べさせてもらったから……そのお返しだよ」

 無論天魔とて恥ずかしくないわけがない。だが、それ以上にイチャイチャしたいのだ。
 ゆえにこうやって照れを滲ませながらも手を引くことはない。

『美少女と間接キスだぜ』
「(ふざけるな! 食べかけとか最悪じゃねえか!!)」
『でも周りのカップルとかやってるぜ?』
「(俺らカップルじゃねえよ! 誰がこんなのと付き合うか死ね!!)」

 なんて罵りながらも紫苑はおずおずと口を開き少しだけクレープを齧る。
 羞恥というよりは怒りで少し顔が赤くなっているが、その内心を知るのはカッスだけ。
 天魔からすれば意識してくれているのかもと思ってしまっても無理はない。

「美味しい?」
「あ、ああ……美味しいよ」
「そっか、良かった」

 花のかんばせが綻ぶ。
 普段が男の子っぽいだけにどうにもギャップが激し過ぎる。
 普通の男ならばクラクラしているのではなかろうか。

「(なーにが良かった――だよ! 作ったの店員さん!
若干オタクっぽいこういう屋台に不釣合いな地味目のお兄さんが作ったのに偉そうにするな!)」

 初対面の店員さん相手に無情の評価をくだすな。

「ふふ、何だか僕ら……すっごく高校生らしい放課後を過してるよね」
「そういえば……そうだな。振り返ってみると皆無ではないが少なかった気がする」

 それもこれも忙し過ぎたからだ。
 ちょくちょく学校を休んではあっちこっちに行って冒険し戻って来て休む。
 学校に行けるようになっても休んでいた間の勉強をしなければいけない。
 高校一年生にしてはハードスケジュールにもほどがあるだろう。
 これでは普通の放課後なんて中々過せない。

「天魔は……こんな時間は嫌いか?」
「何時もこんなんじゃ、確かにちょっとつまらないかもね。
でも、たまになら良いよ。紫苑くんが一緒ならもっと良い」

 さらりと飛び出た殺し文句、もし天魔が男だったらかなりの女泣かせになっていただろう。

「そうか、それは光栄だ」
「紫苑くんは僕と居てどうだい? 楽しいかな?」
「ああ、楽しいよ。だが、正直に言わせてもらうなら他の皆でも同じだと思う」
「うん。そこは分かってるよ。でも、僕と一緒に居て楽しいのも事実でしょ? なら今はそれで良いよ」

 歯が浮くような会話の応酬である。
 片や天然で、片や意図して、性質が悪いのはどちらかと言われれば圧倒的に後者だろう。
 臭い台詞を意図して吐くような人間ほど信じられないものはない。

「男しては情け無い限りだが、そう言ってくれると助かる」
「アハハ♪ 良いじゃないか。欠点がある方が可愛げがあるってもんさ」

 その点については問題ない。紫苑の欠点は両手で足りないくらいにある。
 まあ、僅かなりとも可愛げはないけれど。

「そうかな?」
「そうだよ」

 和やかな食事は続き、二十分ほどで山と積まれていたクレープは総て二人の胃の中へ。

「(しかし……妙に最近、腹が減るんだよなぁ。成長期か?)」
『強ち間違っちゃいねえよ』
「(あん? お前何か知ってんのか?)」
『魂の命令に肉体が反応してるのさ』

 一度致命的な傷を負ってしまった、次このような事態が起きた時はもっと早くに立ち直れるように。
 肉体と魂は不可分、比重は魂の方が重いし肉体が傷付いても魂に傷は付かない。
 とは言え逆はある。なので魂が負った傷を少しでも余裕を以って受け容れられるように魂は肉体の強化を求めているのだ。

『つっても、お前の肉体が前衛並になるとかそういうのはねーから。
精々がちょっと筋肉がついたり身長が伸びたりとかその程度』
「(それは良いんだが……お前、何でそんなこと知ってるの? ってか記憶は戻ったのか?)」
『さぁてな……ま、そのうち話してやるよ。それよりデートに集中しな』

 釈然としないものを感じつつもカス蛇の言葉は正しい。
 嫌な思いをしてデートをしているのは何のためだ? ご機嫌取りだ。
 我慢してやっているのに手を抜くわけにはいかない。

「さぁて……お腹も膨れたし服見たいんだけど良いかな?」
「勿論。今日はとことんお前に付き合うさ」
「ありがと。じゃあちょっと難波の方まで出ようか」

 この周辺にも服屋がないわけでもない。
 だが天魔の趣味に合うようなものが置いてないのだ。
 ゴスパンク系の服は専門店の方が種類も多いし質も良い。
 二人は電車に揺られて難波へと向かう。

「行き着けの店とかあるのか?」
「うん。こっちだよ」

 人込みの中、手を引かれて進む紫苑。
 その姿は傍から見ればちょっと押しの強い彼女と控えめな彼氏にしか見えない。

「ん、ここここ! 入ろうか」
「ああ(うわぁ……白と黒しかねえ。何これお葬式?)」

 基本的に紫苑のファッションは無難なものでこういう店とは縁遠い。
 少なくとも無駄にベルトが着いていたり意味の分からない破け方をしている服なんてまず着ない。

『なあ紫苑、何でこの服こんなベルト多いんだ? 何に使うの?』
「(さあ……? ぶっちゃけこういう痛い方面の服には疎いからな俺)」

 ファッションの一系統と言えどもこういう服は人を選ぶ。
 それなりの容姿が無ければただ痛いだけ。

「(つってもぉ? 俺が着れば似合うんだろうけどな!)」
『じゃあ買う?』
「(買わない。似合うけどこういうのは着たくない。印象悪いだろ?)」

 とんだ偏見である。だが紫苑が好まないのはしょうがない。
 彼が服に求めるのは清潔感と無難さだ。
 見た相手に好印象を抱かせるファッションというのは難しいが、
不快感を抱かせないファッションというのは存外に簡単だ。
 誰もが着ているような、それでいてそこそこ質が良いもの。
 それを選べばまず間違いないというのが紫苑の持論だ。

「ねえねえ紫苑くん、これなんてどう?」
「ん? どれどれ……」

 天魔が手に取ったのは黒と赤のセパレートパンツだった。
 裾はガーターベルト風で膝から足首まで伸びる編み上げのレースカバーが着いている。

「これは……和風系統を取り入れている、のか?」
「多分ね。刺繍が何かそれっぽいし。栞ちゃん的にこういうのはアウトだろうね」
「ああ。だが天魔には似合っていると思う。ただ、露出がなぁ……寒くないかこれ?」

 太股が丸出しになるのは当然として、わざと破いている部分が多々あるのだ。
 これもまた一つのファッションなのだろうがこの季節には辛いだろう。

「あー……うん。確かにそうだけど、デザインは結構良いんだよねえ」
「それよりこういうのもどうだ?」

 積極的に意見を出す紫苑、彼は知っているのだ。
 こういう場所でただハイハイと言っているだけでは駄目なのだと。

「ロングカーディガンかぁ……似合うかな?」
「ああ、結構良いと思うぞ。何かドレスみたいで綺麗だし、お前が気に入ったのならプレゼントするが」
「え、良いの?」
「デートだからな。それに、こんな不甲斐無い男にヤキモキさせられてる侘びってのもある」
「アハハ、気にしなくて良いのに。でもそうだなぁ……うん、じゃあ御願いするよ」
「分かった。財布には余裕があるから他にも欲しいものがあったら言ってくれ」
「んー……そう、だね。うん、デートだから少し甘えちゃう」

 ギュっと紫苑の腕に抱き着く天魔。
 申し訳ないとも思っているが、それ以上に嬉しいのだ。

「遠慮なく甘えてくれ」
『本音は?』
「(何で俺の稼いだ金をこんなクソアマのために使わにゃならんのだ絶対おかしいだろこんなの!?
俺は俺の金を俺のためだけに使いたいんだよ! 他人のためになんてビタ一使いたくねえ!
絶対使わなきゃいけないとしてもコイツらだけにゃ嫌だ!
大天使にジュース奢るとか食事をご馳走するとかだったらまだ我慢するけどさぁ!!)」

 好感度が高い百合ですらジュースや食事程度だというのだから泣けて来る。
 器の小ささが露呈しまくりだ。高給取りで預金もかなりあるというのに……。

「ねえ、紫苑くんもこういう服どう? この店メンズもあるんだけど」
「いや、俺には似合わないだろう」
「似合うって! 紫苑くん素材良いんだしさ。ほら、ちょっと見てみようよ」

 天魔に連れられてメンズコーナーへとやって来るが、ここも暗色系ばかり。
 黒黒黒黒白白白紅とかそんな感じの比率で目がおかしくなりそうだ。

「このコートとかどう? ファー付きだし温かそうだよ?」

 天魔がチョイスしたのはファー付きの少し長めの黒いコートだった。

「(いや、寒いだろ。だって右腕の袖がないものコレ)……俺に似合うか?」

 しかも唯一ある右袖には白蛇の刺繍が施されている。
 これを着た場合紫苑は両腕に蛇を宿すことになる――パネェ厨二病だ。

「絶対似合うって! ちょっと羽織ってみてよ」
「(嫌だ……心底嫌だ。だってもうこれ殆どコスプレじゃん)分かった」

 心底げんなりしつつ制服の上を脱いでコートに腕を通す。
 首筋のファーは確かに温かいが……。

「(これ、着るとしたらインナーは半袖じゃなきゃ変だろ)どうだ?」
「イケる! 今でこそコレだもん。ちゃんとした組み合わせならかなり映えるよ」
「そうか……自分では分からないが、そう言ってくれると嬉しいな」
「じゃあこれは僕からのプレゼントってことで」
「え(嫌だなぁ)それは悪い。今日は……」
「別にデートだからって男の子だけがプレゼントしなきゃいけないわけじゃないでしょ?」
「確かにそうかもしれないが……(プレゼントされたら最低一回は着なきゃいけねえだろうが!)」
「決まりだね! 店員さん、これ取っておいて。まだ買い物続けるからさ」

 近場に居た店員にコートを渡して次は二階へ。
 二階はランジェリーコーナーで男としてはひっじょーに居心地が悪い場所だ。

「その、天魔?」
「なぁに?」

 艶やかさが滲む挑発的な笑顔に心臓が止まってしまいそうだった。
 勿論色っぽい意味ではない。紫苑は嫌な意味で危険を感じているのだ。

「男の俺がこういうところに来るのは……なあ?」
「大丈夫だよ。そりゃ男一人で入るならともかく僕が居るじゃないか」
「そう言われてもなぁ……」
「良いの。それより、下着も選んでよ」
「(馬 鹿 じ ゃ ね え の コ イ ツ ?)」

 天魔は妖しい笑顔のままだが、同時に逃がさないという意思も感じ取れた。
 これは冗談でも何でもない。

「ねえ、僕には何が似合うかな?」

 首筋に吐息がかかる距離での囁き、
これで反応しないのは不能かよっぽどの捻くれ者だけだろう。

「(首筋にテメェの臭え息がかかってんだよ死ねよマジで)」

 不能ではないが捻くれ者の紫苑はとっても不快だった。

「選んでくれるまでここから離れないよ?」
「……分かった」

 紫苑は瞑目し、一つのイメージを固める。
 目の前に居る女は外道天魔ではない、黒姫百合だ。
 大天使の下着を選ぶのならば苦ではないと強く強く自分に言い聞かせる。
 そうすることでストレス軽減をはかったのだ。

「(これは大天使これは大天使これは大天使)」
『デートの最中に別の女を思い浮かべるとか最低だよな』
「(シャラップ! アーンドダァアアアイ!)」

 カス蛇を黙らせた紫苑は意を決して目を開け、
あちこちに飾られている下着を見てどれが良いかを真剣に考え始めた。

「(大天使に着けさせたい下着かぁ……。
二十歳にもなってねえガキンチョで、尚且つ容姿は地味め。
なんで大人びた感じのちょっと不釣合いじゃね? ってのが案外そそると思うのだがどうだろうか?)」
『知らねえよ』

 紫苑が選んだのはサイドで結ぶ黒のシースルーショーツとセットのブラだった。
 それを選ぶ際に顔を赤らめることで、
あくまでこれは無理矢理やらされているんですようアピールも忘れない。

「大人っぽい感じだね……うん、でも気に入った。
じゃあこれと……あのベビードールも買おうかな?」

 天魔は紫苑が選んだ下着とは別に何処か黒い蝶を思わせるベビードールを手に二階のレジで清算を済ませる。
 下着を買わせなかったのはせめてもの情けなのだろうか?

「お待たせ。じゃあ下で取っといてもらってる服の清算も済ませよっか」
「ああ(ふぅ……もう帰りたい……)」

 一階に降りた二人はレジで取ってもらっていた服を清算する。
 結構高級志向の店だったらしく一着だけでも結構な値段だった。
 そのせいで更に紫苑が憂鬱になるのだが彼の総資産からすれば実に微々たるものだ。
 だというのに無駄な金を使ってしまったと思う辺り根っからのケチである。

「ねえ、紫苑くんは行きたいとこないの?」

 次は紫苑の希望を聞くということだろう。

「……良いのか?」
「勿論。僕にばっかり付き合わせるのはフェアじゃないからね」
「ん、ありがとう。なら映画を観たいんだが良いかな? 気になるのがやっててな」

 勿論嘘である。
 映画を観ている間は天魔の相手をしなくて良いから行きたいだけだ。

「映画かぁ……小学校の時以来かな? ねえ、何を観るんだい?」
「この間CMでやってたアクション映画が無性に気になってな。
ルドルフか花形でも誘って観に行くつもりだったんだが……天魔が良ければ、一緒に観るか?」
「うん!」
「なら行こう。上映時間が無かったら別のでも良いしな」

 近場にあった映画館へと入った二人は三時間半ほど映画を観て過すことに。
 映画館では私語をしないというマナーがあるので、
その間は一切会話をしなくても良いということもあり紫苑は大そうご満悦だった。
 好きでもない女とデートをするというのは予想以上に疲れるのだ。
 映画を観終えると天魔の誘いで彼女の家に行くことになった。
 初めて訪れる天魔のマンションのグレードは紫苑のアパートとは比べるのも悲しいくらいで、

「(妬ましいぜぇ……! 俺なんてあんなアパートなのによぉ……!!)」

 彼のヘイトを大いに溜める結果になってしまった。
 が、コイツも住もうと思えばこのレベルのマンションに住めるので文句を言うのはお門違いだ。

「広いなぁ……(ソファーフッカフッカ! 俺ん家のとは大違いだなオイ!)」
「一人暮らしなのに父さんと母さんがここにしろってうるさくてね。
ま、テレビでも見ててよ。僕はシャワー浴びて来るからさ」
「ああ……んん?」

 バ! っと勢い良く振り向くが天魔は既に浴室へと向かってしまった。
 流れる冷や汗、このシチュエーション、どう考えてもヤバイ。

「(逃げるか……? いやだが、逃げたら逃げたでそれは怖い……!)」
『お前の恐怖がこれでもかってくらい伝わって来るぜ』
「(男でも無理矢理されたら被害届け出せるよな?
ああでも女にってのも世間体が悪いし……いや待て落ち着け。まだそうと決まったわけじゃない)」

 カス蛇の言葉も耳に入らない、何せこれは色んな意味で死活問題なのだ。
 別に後生大事に守っているわけでもないが、簡単に明け渡せるものでもない。

「(そうだよ、ちょっと汗掻いたからとかそういうことかもしれないじゃないか。
第一俺の貞操を天魔如きが奪うなんて不敬にもほどがあるからな。
流石にそこまでの無礼は奴も働かんだろうよ。うん、大丈夫大丈夫……大丈夫だよな!?)」

 男の癖に一体何処まで自分の貞操を高く見ているのだろうか?
 一度も砦を落としたことがない槍と一度も侵入を許していない砦では価値も違うのに。
 さて、紫苑がそうやって不安に襲われ続けて数十分――遂に審判の時が来る。

「や、お待たせ」

 戻って来た天魔は下着姿で、しかもそれは今日買ったものだ。
 紫苑は一瞬、気が遠くなったもののどうにかこうにか踏み止まった。
 このまま気絶してしまえばヤバイと本能で悟っているからだ。

「……天魔? その格好は――――」

 何かを言う前に唇で唇を塞がれた挙句押し倒されてしまう。
 紫苑の腹部に跨るような形となった天魔はその体勢のまま静かに語り出す。

「言いたいことは色々あるだろうけど、まず僕の話を聞いて」

 そう言われてしまっては何も言えない。
 だってここで止めろ、とか落ち着けとか発言したら空気読めてない奴になってしまうから。

「苦悩を突き抜けて歓喜に至れ《Durch Leiden Freude》――あの日君が言ってくれた言葉だ」
「……ああ」
「あれからね、ずっとずっと考え続けてたんだ」
「答え、出たのか?」
「うん。紫苑が寝ている間にさ、色々あってね」

 瞬き一つせず、天魔は紫苑の瞳を見つめていた。
 伝えたいことをちゃんと伝えるために、一瞬たりとも目を逸らしてはいけない。

「僕にとって自分の命はやっぱ軽いんだと思う。
じゃなきゃ命をチップにして遊べないもん。それはいけないことだって分かってる。
命は大事にしなきゃってのも分かる、分かるけれど僕はこの性を捨てることは出来ない」
「そうか(どうでも良――いや、良くねえわ。迷惑かけないようひっそり死んでくれ)」
「ふふ、やっぱり頭から否定はしないんだね。大人だなぁ」

 紫苑の真剣な表情を見ていると自分が酷く子供のように思えてしまう。
 天魔は一瞬目を逸らしそうになったが、それでもグッと堪えて続きを語る。

「僕のような人間は他人を危険に晒す。破滅を招く、何時か君に言われた通りだ。
紫苑くんはそう言いながらも僕のことを見捨てずにいてくれたよね。
嬉しい、本当に嬉しい。だから我慢しようと思ったんだけどそれも無理だった。
その上で僕は答えを出した――――背反の棘に苛まれながら生きる、それが僕の選んだ答えだ」
「(ようはどっちつかずってことだよな? 何を偉そうに言ってんだコイツ)」

 少女の一大決心すら紫苑には届かない。
 どうでも良い、他人なんて彼にとっては何の重みも持たない存在なのだ。

「卑怯な答えかもしれない。僕自身ですらそう思うよ。
でもね、これが外道天魔が選んだ道なんだ。僕はこのまま生きていく。
灰色の道は苦難に満ちたもので、何時だって揺れ続けるだろう。ねえ紫苑くん、僕の答えは正しいかな?」
「(知らんわ)正しいか正しくないか……そんな答えは何処にもないよ」

 心底うんざりとしつつもあくまでその態度は真剣そのもの。
 紫苑のお家芸は押し倒されている間も健在のようだ。

「大事なのはその選択が胸を張れるものであるか、
そして何があろうとも責任を背負うことが出来るかだと思う。天魔はどうだ?」
「無論、誇っているし自分のケツくらいは自分で拭くつもりだよ」
「そうか――――ならば春風紫苑はお前の選択を尊重するよ。
俺の正しいと思う道とぶつかったり、余りにも人の道を外れ過ぎているようならば全力で止める」

 それが春風紫苑の示す親愛の情だと笑顔を浮かべる。

「そう言ってくれて良かった。僕は自分を偽ったまま好きな人の前に立ちたくなかったからさ」

 誰の前でも自分を偽ってる紫苑ディスってんのか。

「今話したのが僕の総て、裸の外道天魔だよ。ありのままの僕を君に見て欲しい」
「(何処の雪の女王だよ……)」
「好き、大好き。僕は君をどうしようもないくらい愛してる」

 身体を折り曲げ、紫苑の頭を胸に掻き抱く天魔。
 彼女の身体は石鹸と仄かに香る女の匂いで満ちていた。

「(小せえ胸だなぁオイ。嬉しくも何ともねえぜ……って待てよこのシチュエーション)」

 くだらない自分語りに付き合わされて白けていた紫苑だが、
ようやく今の自分の状態を思い出す――――これはヤバイ。
 さっきの告白の後にこの体勢、どう考えてもヒャウィゴー! 一歩寸前である。
 身体能力では逆立ちしても届かないので、力づくで何とかするのは不可能。
 つまるところこれは……。

「一回抱いてもらったからって、責任取れなんて言わないよ。
ただ、これが最初で最後の恋だからね? 想い実らずとも純潔くらいは捧げときたいのさ」

 それに、と付け加えて紫苑の耳元で囁く。

「無茶をしがちな君の鎖になるよ」

 そうすれば少しは無茶もしなくなるでしょ?
そう告げて天魔は胸に抱いていた紫苑の顔を離して代わりに深い深い口付けを交わす。

「(アッーーーーーーーーーーーー!!!!)」
「――――春風紫苑は狂おしいくらいに愛されてるんだって刻み付けてあげる」

 愛 に 溺 れ る 不 埒 な 夜 の 始 ま り だ。
+注意+
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