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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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おいおい加齢臭塗れのマフラーとか止めろよ

 目覚めて一週間、紫苑は一時帰宅を許された。
 丁度文化祭の日に重なったこともあり、今日は雲母と共に学校へ行くことに。

「ふむ……こんなもんで良いかな?」

 ジーパンに黒のジャケット、顔には伊達眼鏡。
 本来は制服で行くべきなのだろうが、生憎と今の紫苑は顔が売れ過ぎているし、
そもそも生徒として文化祭に参加するわけでもないので変装も兼ねて私服を着ているのだ。

『伊達眼鏡は高校入学を機に止めたのに一応まだ取ってあったんだな』
「(まあな。だって勿体ねえじゃん?)」

 鏡を見て最終チェックを終えた紫苑は杖をつきながらリビングへ。
 そこでは雲母がコーヒーを飲みながら寛いでいた。

「あら、もう準備は良いの?」
「ええ。これならまあ、大丈夫でしょう」
「そうねえ……仲の良い人じゃないとちょっと気付き難いでしょうね」

 伊達眼鏡に加えて髪型だってロン毛を結い上げているので、
世間に出回っている春風紫苑像とは重ならないだろう。

「ふふ、いめちぇん? だったかしら。今の紫苑ちゃんも可愛いわよ」

 ほんわかとした笑顔で紫苑を褒める雲母。
 似合っていないわけではないが、
それでも彼女の瞳には子供フィルターがかかっているので余計に可愛く見えるのだろう。

「ありがとうございます。じゃ、行きましょうか母さん」
「うん!」

 人前ではあまり呼ばないがプライベートでは結構な頻度で(ご機嫌取りのために)母と呼んでいる。
 それでも何度呼ばれても嬉しいらしく雲母の笑顔は三割り増しだ。

「~♪」
「(ふぅ……接待も大変だぜ)」
『打算ありありの交友関係だよな、改めて思ったけど』

 アパートの下には可愛らしい軽自動車が止められており、二人はそれに乗り込む。
 学校はそう遠くない距離なのだが今の紫苑に歩かせるのも酷だと雲母が用意したのだ。

「シートベルトは締めた?」
「はい、バッチリ(つーかこの女、免許持ってたんだな……)」

 意外かもしれないが雲母は免許を所持している。
 女だらけで暮らしていた際に友人に勧められて取得したのだ。
 まあ、年単位で車には乗っていないので運転技術には疑問符がつくわけだが。

「身体は大丈夫?」
「(何度目だよその質問鬱陶しいなマジで)大丈夫ですって」
「そう? なら良いのだけど」
「それより母さんは大きめの文化祭は初めてなんでしょう? 色んなところを回ろう」
「……ええ、ありがとう」
「(ハンドルから手を離すな!!)」

 助手席に座る自分の頭を撫でる雲母に対する珍しくもまともなツッコミである。

「えーっと……学校の駐車場は何処かしら?」

 学校の付近までやって来たが
何処に止めれば良いか分からず迷っていると紫苑がある人影を見つける。

「母さん、あそこに桃鞍先生が」
「あらホント。女威ちゃんが誘導してくれるのね」

 モジョの誘導に従って教員専用の駐車場に行き車を停める。
 ドアを開けると少し冷たい空気が吹き付けて来て紫苑が僅かに首を竦めた。
 それを見て雲母は無言で自分が巻いていたマフラーを彼の首に。
 優しい気遣いだが、

「(おいおい加齢臭塗れのマフラーとか止めろよ、俺の若さを吸い取る気か)」

 その優しさが届かない人種が存在することに涙を禁じ得ない。

「一月と少しぶりだな春風」

 二人の様子を微笑ましげに見ていたモジョが声をかけて来る。
 相も変わらずジャージ眼鏡でひっじょーに野暮ったい。

「はい、お久しぶりです桃鞍先生(相変わらずモジョはモジョだなオイ)」
「身体の方は――まあ、万全ではなさそうだがそれなりのようだな」
「ええ。杖を使えば歩ける程度には回復しました」
「それは結構。京都での一件、雲母から連絡が来た時は本当に心配したんだぞ?」

 生徒のことを想わない教師などこの世に居るだろうか?
 少なくとも桃鞍女威は生徒を愛しているし、より良い道に導きたいと常々思っている。
 ゆえに人の良さで突っ走りがちな紫苑のことも普通の生徒より気にかけている。

「すいません……でも、あれに関しては後悔していませんよ。
俺にしか出来ないことだったし、やらなければ生涯拭えぬ後悔になっていたはずだから」
「まったく……困った子だな」

 紫苑の行動は間違っていると糾弾することも出来ないし、
かと言って諭して無茶を止めさせようにも彼は頑な過ぎる。
 モジョは深い深い溜息を吐き出した。

「ところで雲母、お前と春風は文化祭を回るんだろう?」
「そうよ。でも、その前に紫苑ちゃんの担任の先生とかに顔を見せた方が良いかしら?」
「いや、それは終わった後でも良いんじゃないか? それより今日はゆっくり楽しめ。ほら」

 モジョが取り出したのは名刺サイズの分厚い紙束だった。
 受け取った雲母はこれが何か分からないようで首を傾げている。

「女威ちゃん、これなぁに?」
「屋台などで使える食券だ。教師用に配布されていたのを貰って来た」
「(うはwwwラッキー! これで無駄金使わずに済むぜ!)」
『あれ? 金は全部雲母に出させるつもりじゃなかったの?』

 そう、紫苑は雲母の母性につけ込んで金を出させるつもりだったのだ。
 そこには一切後ろめたさなどはない。

「(そうだけど、よくよく考えたらそれは何かヒモっぽいしな。世間体が悪い)」

 が、流石に女にばかり金を出させるのは風聞が悪い。
 なのでモジョのタダ券は渡りに船だった。

「でも先生、良いんですか?」
「構わんさ。教員の中には京都出身の者も居てな、
文化祭に顔を出すことを聞いて是非渡してくれと頼まれたりもしたんだ」
「(ふぅ……感謝の気持ちが食券とはしょぼいのう。現ナマ寄越せよ現ナマ。
でもまあ俺は謙虚だからこれで我慢してやる)そうですか、ならありがたく」

 しっかり頭を下げて感謝を態度で表す紫苑。
 内心がどうであろうとそこら辺は本当にしっかりしている。
 別の言い方をするなら小賢しいというべきか。

「構わんさ。私は部活の出し物を見て来るからお前達もゆっくりしていくと良い。ではな」
「色々ありがとうね女威ちゃん」

 モジョと分かれた二人は一先ず紫苑の教室へと向かうことに。
 彼は別に何処でも良かったのだが、
雲母が級友に元気な顔を見せた方が良いと強く言うのでそうなった。

「おかえりなさいませ、御嬢様、御主人様」

 教室に入ると執事服に身を纏った栞が二人を迎えた。
 さらしを巻いているらしく、その胸部は何時もより小さく見える。

「ふふ、やだぁ……御嬢様なんて言われちゃったわ」

 女というのはどうしてこんなことで喜べるのだろうか?
 単純な生き物だぜ――そんな女性蔑視の感想を忍ばせながら紫苑は愛想笑いを返す。

「紫苑さんも雲母さんもようこそ、御席に案内しますのでこちらへ」
「はは、似合ってるじゃないか栞(何で片眼鏡なんてすかしたもんつけてんだコイツはよぉ)」

 男装の麗人風の栞を見て紫苑のご機嫌は急降下。
 俺の方がイケメンだし! 何度も何度も自分に言い聞かせることで精神の均衡を保つ。

「そう言って頂けるのは嬉しいですが……何とも複雑な気分です」

 女が男の格好をして褒められても素直に喜べないだろう。
 紫苑はそれを分かってて似合っていると言ったのだ。

「あ、そうか……すまない(ちっとは溜飲が下がったかな)」
「それにしても、本格的なのねえ。本当のお店みたいだわ」

 教室の内装はシックな喫茶店そのもので、
テーブルや椅子なども普段使っているものを利用したものではない。

「実際に今日のために買い揃えたんですよ。
Aクラスはお給料を貰っているので、身銭を切って本気で出し物をしようということになりまして」
「(たかが文化祭のために? アホだなコイツら)」
「では、こちらメニューになります」

 手渡されたメニューも単純に紙に書いたものではなく、しっかりとしている。
 どうやら本気で執事喫茶をやっているらしい。

「そして、別途指名用のものがこちらに」
「指名って……ああ、そういえばそんなことも言っていたな」

 指名して欲しそうにしている栞だが敢えて気付かないフリをする。
 ぶっちゃけ紫苑は指名制度というものを利用する気は無い。
 ただでさえ鬱陶しい女(雲母)が傍に居るのにこれ以上増やすなんて……。

「ちなみにこちらの醍醐栞など、今なら無料で指名が可――――」

 尚もアピールを続けようとした栞の即頭部に数本のナイフが飛んで来る。
 咄嗟に糸で絡め取ったが今の攻撃には明確な殺意が込められていた。

「押し売りとか見苦しい」
「そうそう、ちょっと慎み足りてないんじゃないの栞ちゃんってさぁ」

 執事服に身を包んだアイリーンと天魔が紫苑らのテーブルにやって来る。
 どう考えても喧嘩を売りに来ています、本当にありがとうございました。

「ええい! とっとと消えてください! 今日は! 私が! 紫苑さんを接待するんです!!」
「(何でコイツ何時もよりちょっと気持ち悪いの?)」

 入り口で迎えた時からそうだが、どうにも栞は興奮しているように見える。
 その証拠に今に至るまでずーっと頬を赤らめて紫苑をチラチラと見ていたのだ。

「ははぁん……眼鏡だね。紫苑くんが眼鏡かけてるから興奮してるんだろこのアバズレ!」
「誰がアバズレですかぶっ殺しますよ!?」

 しかし図星だった。
 眼鏡にキュンキュン来てる栞は一分一秒でも長く紫苑を見ていたかったのだ。
 そのせいで朝から盛っているわけだ――もうどうしようもねえ。

「……アイリーン、流石に店内でこれはマズイと思うんだが?」
「うん、任せて」

 アイリーンの容赦ない拳が栞の腹に突き刺さる。

「よ、よくも……!」

 親の仇を見るような憎悪を滾らせた目でアイリーンを睨み付ける栞。
 どうやら今のでも意識を絶てないらしい。

「てい」

 なので追撃として首筋に手刀を叩き込む。
 今度こそ完全に気絶したようでアイリーンは栞を抱えて奥に引っ込んでいく。

「じゃあ紫苑くん、注文決まったらベル鳴らしてね」
「ああ」
「それと、僕を指名してくれたら嬉しいな――なんてね」

 ウィンクをして去って行く天魔の背を思いっきり蹴り付けたい衝動に駆られる紫苑。
 ああいう気取ったことをするのはどうにも腹が立ってしょうがないのだ。

「んー……何にしようか迷うわねえ」

 今の今まで黙っていた雲母だが、どうやら何を頼むかで迷っていたらしい。
 小娘のじゃれ合い程度で動じないのは年長者の風格といえよう。

「紫苑ちゃんはどれにする?」
「そうですねえ……サンドイッチセットとコーンスープにします」
「じゃあ、私も同じのにするわ。すいませーん」

 ベルを鳴らすと新たな執事がやって来る。
 今度は男装した少女ではなく本物の男で、しかもそれはハゲだった。

「よう紫苑! 元気そうで安心したぜ。しかし何だよその格好?
醍醐らが騒いでなきゃ分からなかったよマジで。服装もそうだけど髪! 何だそれ?」
「目が覚めたら髪が伸びててな(お前と違ってな!)」
「へえ……変わったこともあるもんだな。っと、それでどうするよ御坊ちゃま?」
「(キモッ! いや、冗談抜きで本気で気持ち悪い)
その呼び方は止めてくれ。サンドイッチのセット二つとコーンスープ二つ。食後にコーヒーも二つ頼むよ」
「おう、かしこまりました。ちなみに指名は良いのか?」
「ああ。そういうキャバクラみたいなのはちょっと……な」
「ハハ! 真面目だなぁ。じゃ、ちょっと待ってな」

 カラカラと笑いながら去って行くハゲの後頭部がキラリと光る。
 紫苑は今、とっても不満だった。

「(容姿が良い奴選ばれるなら何であのハゲだよ! 良く見積もってもフツメンだろうが!)」

 それでも性格だけなら紫苑よりも遥かにイケメンである。

「紫苑ちゃんも元気だったらここで執事さんの服を着てたのかしら?」
「(当たり前だろ。指名ナンバーワン執事として伝説になってたわ)さあ、どうでしょう?」

 裏で主人を悪罵する従者なんか欲しくない。
 そんな従者は従者失格だ、面従腹背を体現する従者なんて傍に置きたくもない。

「にしても、皆楽しそうだ」

 クラスメイト達は生き生きと仕事に勤しんでいる。
 時折紫苑に軽く手を振って来たりするところを見るに、その人気が窺える。

「そうねえ。私もちょっと学生時代を思い出したわ」

 もう戻らない青春に思いを馳せる雲母の顔には少しばかりの寂しさが滲んでいる。
 暗い青春を送って来た彼女を見ていると紫苑は――――とっても気分が良くなった。

「(ごめんねー(笑)お前と違ってリアル充実しちゃってて(↑)!)」

 常に他人を見下していたいというどうしようもない性癖がありありと滲み出ていた。

「……俺に母さんの時間を戻してあげることは出来ないけれど、
これから先の時間を楽しいものにする手伝いくらいは出来ると思う。
だからさ、そのためにも今日は楽しもう。俺と母さんで、めいっぱいこのお祭りをさ」

 敢えて丁寧語を止めるのがポイントだ。
 そうすることで心の距離を近付け想いがこもっているように見せかけることが出来る。

「――――うん、その通りだわ」

 一瞬キョトンとする雲母だったが、すぐに優しい笑顔に変わる。
 過ぎた時間は戻らないし、亡くしたものだって戻りはしない。
 だからせめて、今この瞬間を大切にしよう――雲母は強くそう思った。
 自分がネガティブな性格だとは自覚している。
 だがこうやって引っ張り上げてくれる優しい我が子が居てくれる、それは何て幸福なことだろう。

「ありがとう、紫苑ちゃん。お母さん、とっても嬉しい」
「(サービス精神旺盛だなぁ俺って)いえ、説教臭くなったようでごめんなさい」

 そうこうしていると注文の品が届く。
 持って来たのは垂れ目が特徴的な男子生徒で、これまた執事服が似合っている。

「それではごゆっくりどうぞ」
「(いけ好かねえ野郎だぜ。女受けしそうな顔でさぁ、絶対コイツこんな顔して女癖悪いぜ)」
『すっげえ偏見な』

 恐らく紫苑の瞳には偏見&妬み嫉みのフィルターが設置されているのだろう。
 そのせいでこんなくだらないことで一々機嫌を損ねてしまう。

「あら、美味しいわねこれ」
「(サンドイッチなんぞ誰が作っても同じだろーが)」
「コーンスープも……うん、丁寧に作ってるわ。とってもまろやか」
「(ケッ! 粉溶かすやつとそう変わらんわ)」

 とまあ真っ二つに分かれた評価だが、どちらが正しいのかは言うまでもない。
 逆鬼雲母は料理が上手、つまり舌だって確かだ。
 春風紫苑は料理はしないし、ルークが来るまではインスタントばかりでそれに不満を持ってもいなかった。
 考えるまでもなく前者の評価が正しい。

「お値段も安いし、良い店だわ。文化祭限定っていうのが勿体ないくらいだわ」
「ですね。こうやってゆっくり客として楽しめたのはラッキーですよ。
ただまあ、ほんの少し参加する側でありたかったという気持ちもありますが」
「大丈夫よ。来年はきっと参加出来るわ。その時は何をするか分からないけど、お母さん絶対に来るから」
「はい(来るなよ)」

 (表面上)和やかな朝食を終えて会計をしようとしたのだが、

「いやいや、二人は御代結構です」

 とレジの女の子に断られてしまった。

「(マジ? ラッキー! ああでも払うの俺の金じゃねえし、他人の金は使わせたいんだよなぁ)
結構って……それはマズイだろ。払わせてくれ」

 ここは屋台ではないので食券は使えない、
なのでポーズとして財布を取り出そうとするがやっぱり止められてしまう。

「良いって良いって。これはクラス皆からの快気祝いってことで」
「(え? 祝いにしてはショボくね? もっと盛大であるべきだと思うんだが)いやしかし……」
「紫苑ちゃん、ご好意には素直に甘えておきましょ?」
「そうそう。そっちのお姉さんの言う通り! というわけで、ありがとうございましたー!」

 遠慮する体を装う屑を無理に押し切って会計を無料にする女生徒。

「さて、次は何処に行きます?」

 ルドルフ、天魔、栞、麻衣、アリス、アイリーンなどが合流するのは昼から。
 午前中は雲母と二人っきりで回ることになっている。
 なので一応彼女に伺いを立てるのだが、

「んー……私は紫苑ちゃんに付き合うわ」

 この返答である。

「(主体性のねえ奴だなオイ、こういうんが一番むかつくぜ)そうですか。じゃあ……」

 とはいえ強烈に行きたい場所をアピールしてても紫苑は苛ついていただろう。
 積極的でも消極的でも癪に障るなんて一体どうすりゃ良いのか。

「(大天使のとこ行くか)他のクラスは展示をやってるみたいなのでそこに行きましょうか」

 百合が所属しているDクラスは女子達による編み物の展示らしく、
紫苑も彼女から良ければ見に来てくれと誘われていたのだ。
 雲母を伴ってDクラスの教室に行くと様々な編み物が展示されていた。

「あらまあ、可愛いわね。この編みぐるみ」
「これはまた器用な……(で、大天使の作品はどれだ?)」

 キョロキョロと周囲を見渡し一番出来の悪い作品を探す紫苑。
 百合は何をやっても駄目と頭から決め付けているので一番不出来な作品がそうだろうと思っているのだ。

「あ、春風さん! 来てくれたんですね」

 作品を探していると百合が教室の中に入って来る。

「ああ、折角誘ってもらったからな。雲母さん、この子は黒姫百合。俺の友人です」
「は、はじめまして黒姫百合と申します」
「これはご丁寧に。私は逆鬼雲母よ。紫苑ちゃんが何時も御世話になってます」

 腰の低い二人はぺこぺこと何度も何度も頭を下げている。
 それがまたどうにも滑稽で紫苑的には好ポイントだった。

「(御世話してんのは俺だがな)」

 まんまと騙されているの間違いではなかろうか?
 いやまあ、百合も騙されている側なので互いに騙されている被害者とも言えるが。

「なあ黒姫、お前の作品はどれなんだ?」
「え……あ、その……あのネコの小さな編みぐるみです」

 百合が指差した先には犬だかネコだか分からない不恰好な編みぐるみがあった。
 一生懸命作ったのは伝わるが、それでも技量が追いついていない。
 感想としてはそんなところだ。

「(ファーwwwやっぱり何やっても駄目だな大天使は!)ああ、あれか。可愛いな」
「ふ、不出来な作品でごめんなさい……」

 なーんて縮こまっている百合だが、彼女の得手とする武器は糸。
 それを使って一瞬のうちに武器や盾を編み上げることが出来る。
 そんな彼女が編み物程度こなせないわけがない。
 あれは意図して下手に作ってあるのだ。
 編み方一つとっても癖というものが出て来る。
 万が一栞がこの教室に来たとして、その癖を見抜かれてしまう可能性が無いわけではない。
 なので完全に癖を殺してわざと下手くそに作ったのだ。

「(良いよ良いよ、俺は不出来な作品大好きだ! 駄目さが滲み出てるからな!)
頑張って作ったのならばそれで良いじゃないか。俺は味があって好きだよ」

 そうとは知らずに大喜びしている紫苑に涙不可避。
 もしも意図して自分を劣っているように見せかけていることがバレれば大そうキレるだろう。
 腹の中で笑ってやがったな!? と大激怒すること間違いなしだ。

「あ、ありがとうございます!」
「(いえいえ、こちらこそありがとう)って、どうしたんですか雲母さん?」
「んー……」

 百合作の編みぐるみを見つめて小首を傾げている雲母。

「いや、何か違和感があるなぁと思って」
「(下手糞だからしゃあない)そうですか?」
「ええ、何がどうというわけではないのだけど……もっと上手に出来そうな気がするのよねえ」

 目が曇りきっている紫苑と違って雲母は小さな違和感を確かに感じ取っていた。
 とはいえあくまで引っ掛かる程度なので、わざと下手に作ってあることまでは見抜けていないが。

「練習すれば上達するってことでしょうか?(マジかよ、勘弁してくださいよ)」

 他人の成長は一切赦さない、それがこの男、春風紫苑。

「そう、なのかしら? うん、多分そうね」

 深く考えることもなくうんうんと頷いている雲母だが、
違和感があると言われた百合はたまったものではない。

「あ、あの……私、クラスのお仕事もありますのでこれで失礼しますね?」

 そんな彼女が取った行動は撤退。
 長くこの場に居ても逆鬼雲母に尻尾を掴まれるリスクを増やすだけ。
 百合はペコリと頭を下げて慌しそうに去って行った。

「(あぁ……天使が、天使が行ってしもうた……)俺達も次に行きますか?」
「あ、それなら女威ちゃんの生徒さんがやってるお店に行ってみない?」
「良いですよ」

 その後も二人は昼まであちこちを見て回った。
 屋台や大道芸、演劇、合唱、見るものが多いので時間はあっと言う間に過ぎていった。

「ん? 他の皆はどうしたんだ?」

 中庭のベンチで仲間達の合流を待っていた紫苑と雲母だが、やって来たのは二人だけ。
 それも栞とアリスという珍しい組み合わせだ。

「ああ、予想以上に店が繁盛していまして……」
「女子に人気のあるルドルフお兄さんや天魔お姉さんは来れなくなったのよ。
麻衣お姉さんやアイリーンお姉さん、ルークも裏方の人手が足りないってことでそっちに回ってるわ」
「(つまり人気の無い栞と役に立たないアリスだけが暇なわけか!)」

 若干気を良くするが、

「じゃんけんで勝った私とアリスさんだけが合流することが出来ました」

 ニコニコ笑顔で否定されてしまう。

「私にもウェイターやって欲しいって言われたんだけど元は客寄せだけでしょ?
それ以上のことはやりたくなかったのだけど……まあ、じゃんけんで勝ったから問題無いわね」
「成るほどな。二人とも、お疲れ(血尿出るまで労働して過労死すれば良いのに……)」
「それなりに空いている朝のうちに行って良かったわねえ」
「それより栞、アリス、昼食はまだだろう?」

 二人が頷くのを確認して紫苑は懐からタダ券を取り出す。

「屋台のタダ券だ、先生に貰ったんだがこれを使わせてもらおう」
「でもそれ紫苑お兄さんが貰ったんでしょう? 私達まで良いのかしら?」
「良いんだよ。俺と雲母さんだけじゃ使い切れないしな」
「そうねえ。それに、女威ちゃんも紫苑ちゃんならこんな風に使うって分かってたと思うわ」

 だから多めに渡したのだろうという雲母の予想は間違っていない。
 実際モジョもそのつもりで渡していたのだ。

「というわけで、これで何か買って皆で昼食としようか」

 片目を瞑ってウィンクする紫苑。
 この男は今朝方憤っていた理由をもう忘れてしまったらしい。
 気取った行動をしやがって! と天魔をディスったのにその天魔とまったく同じ行動をしている。
 ここまで自分を棚上げ出来る男、そうは居ないだろう。

「ふふ、それなら甘えさせてもらいます」
「沢山あるから迷うわね。紫苑お兄さんは何が良い? 買って来るけど」
「俺か? そうだなぁ……アリス達に任せるよ」

 しかし問題は何処で昼食を摂るか、だ。
 普通ならば食べ歩きしつつ腹を膨らませられるが生憎と今の紫苑はそうもいかない。

「ですがその前に落ち着ける場所に行きましょうか。中庭は人が多いですし……」
「なら屋上はどうかしら? 今日って外から人が来るからって封鎖されてたでしょう?」
「ああ、それは良い考えです。雲母さん、あの校舎の屋上まで飛んでもらえますか?」
「分かったわ。紫苑ちゃん、しっかり掴まっててね」

 紫苑を抱き上げた雲母は校舎の壁を蹴って一気に屋上まで飛び上がった。
 突然のことに周囲の一般人はどよめいたが、
すぐにここは冒険者学校だと気付き騒ぎはすぐに収まる。

「じゃあ私も栞ちゃん達と一緒に何か買って来るから紫苑ちゃんはここで待っててね?」
「はい、よろしく御願いします」

 屋上から飛び出して行った雲母を見送り紫苑は小さく溜息を吐く。
 少しの間だけだが心休まる一人の時間を手に入れることが出来た。

『お疲れだな』
「(まあな。肉体もそうだがアホの相手も精神的に疲れるわ)」

 だったら妙な気を回さず自然体で振舞えば良いじゃないか――と言ってはいけない。
 それが出来るくらいなら紫苑はもっと幸せになれただろう。

「(ところでカッス、ちょっと気になってたこと聞いて良いか?)」
『……あん?』

 若干ではあるがカス蛇は緊張していた。
 改めて聞きたいこと――そう言われると色々身構えてしまう。
 京都での戦いの際、余計なことを口走った覚えもあるし、
如何な紫苑といえどもいい加減に自分のようなモンスターについて気になり始める頃だ。
 だが、まだだ。まだ言うわけにはいかない。
 しかし春風紫苑が本気で攻めて来るのなら下手な誤魔化しは――――

「(蛇って変温動物だよな?)」
『…………はい?』

 紫苑の言葉はカス蛇の予想からは大きく外れたものだった。

「(いや、変温動物だろ?)」
『ク――ふふ、はははは……そうだな。そうだよな、お前はそういう奴だもんな』

 喉元過ぎればの例えもある。
 紫苑もそうなのだ、如何に不信を募らせようとも危機を過ぎればすぐに安寧に浸る。
 目の前に確たる脅威が迫らねば基本的にはすっとぼけた男なのだ。
 本当に本当に――――何て人間らしい。
 カス蛇は春風紫苑のこういうところが大好きだった。

「(は? 何言ってんのお前?)」

 心底馬鹿にしたような声色だがカス蛇は気分を害することもなく、
いやむしろ機嫌良くその言葉に答える。

『何でもねえよ。で、蛇が変温動物かって? そうなんじゃねえの?』
「(だったらお前冬眠しなくて良いのか?)」
『逆に聞くけどお前にくっついた状態でどう冬眠すれば良いんだよ』

 そもそもカス蛇は肉体を持っていないので変温動物もクソもない。
 紫苑にくっついている状態でどうやって温度の変化を感じ取れば良いのか。

「(チッ……小うるせえのが静かになると思ったんだがな)」
『カカカ! そりゃすまなかったな。……なあオイ紫苑』
「(あん?)」
『俺様とお前は春に出会ったっけ。それから色々あったよなぁ』
「(やだ、何コイツ気持ち悪い……)」

 紫苑は割とマジでドン引きしていた。
 これがカス以外なら空気を読んで合わせていただろうが、
この蛇に関しては何もかも筒抜けなのでそんなことをする意味が無いのだ。

『……お前ってさぁ……ホントさぁ……まあ良いや。それがお前だわな』
「(はぁ? 何言ってんの? 電波? 電波さん?)」
『ほっとけ。それよりまあ、その何だ……』

 屋上を冷たい風が吹き抜ける。

『――――これからもよろしく頼むよ』
「(おい、お前マジで気持ち悪いぞ)」

 台 無 し だ。
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