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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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――――僕、心底惚れちゃってる

 無我夢中、その言葉通りだった。
 天魔は時間の感覚すらも忘れてこの遊びに没頭している。
 その身体はパッと見ただけではダメージが軽微に見えるだろう。
 しかし、戦いの中で機能を停止したもののことを考えると笑えない。
 左足と右手は早期にその機能を停止し、その後の攻防でも様々なものが喪われた。
 片肺が機能を停止し、右目の視界も消えたし平衡感覚だって無くなった。

「ハハ……ハハハハハ!!」

 それでも天魔は笑っていた、童女のように曇りない笑顔で戦っていた。
 まともに立つことすらままならない現状。
 それでも器用に左手と右足を使って立ち回り、攻撃と回避を続けている。
 尋常ならざる領域の戦い、普通ならば緊張感の一つや二つあって然るべきだろう。
 だというのに外道天魔にはそれが無い。
 純粋にこのスリルを愛し、全力で楽しんでいる。
 死ぬかもしれない、でも勝って生きれば愛しい愛しいあの人を目覚めさせることが出来る。
 自分の選んだ答えを聞いて欲しい、抱き締めて欲しい、抱き締めたい。
 狂気と乙女心の綴れ織は歪ではあるが、ある種の美を感じさせる。

「楽しいのう、楽しいのう、遊びとはこうでなければ!!」
「ヘイ! ババア口調に戻ってるぜ葛葉よぉおおおおおおお!!」

 葛葉の頭上に出現した天魔がオーバーヘッドキックを叩き込む。
 そしてその蹴りの勢いのままに遠くへ跳躍。
 近場にあった瓦礫を蹴って再び宙へと舞い上がった。

「ほんに調子付きおってからに」

 言いながらも葛葉は楽しそうだった。
 天魔に負けず劣らずでこの遊びを満喫しているのだ。
 ゆえに萎えるような手抜きはしない。
 演出のための手抜きなら幾らでもするが、ただただ引き伸ばすためだけなんて真似はしない。

「そうら!!」

 数十本もの短刀が投擲される。
 空中に居る天魔にそれを回避する術は――――あるのだ。
 先ほど瓦礫に飛び込んだ際に拾い上げていた拳大の瓦礫を手から離す。
 そしてそれを足場にして離脱し地面に着地。
 一瞬の攻防ではあったがその技量は極まっていると言って良いだろう。

「あー……くらくらするねえ」

 そう軽口を叩きつつ天魔は改めて葛葉を観察する。
 口と髪以外も使って良い――そう言ったのは自分だし、相手も遠慮なく使っている。
 しかし、この女の本領はこれじゃない。
 肉弾で相対しているものの葛葉の得手とするものはもっと別にある。
 そう、例えば先ほど降らせた炎の雨のようなもの。
 どちらかと言えばああいったものの方が本領に見える。
 そしてそれを使わないのは全力で楽しみたいから――それが天魔の見立てであり真実だった。

「さて、まだまだ遊んでくれよ葛……葉?」

 どういうわけか急に葛葉がその動きを止めたのだ。
 ここまでテンション上がっているのに水を差すような真似をするな。
 そんな意思を込めて抗議の視線を送る天魔だったが……。

「時間」
「へ?」
「忘れたのかや? 二十分逃げ切ればそなたの勝ちだと」

 二十分逃げ切る、それも勝利条件の一つだった。
 そのことを失念していた天魔はポカーンと大口を開けて固まってしまう。

「え……あー……もう、二十分経ってるの?」
「わらわも今気付いたが、既に三十分は経過しておる」
「お、おう……そ、そっか……」

 何とも言えない空気が流れる。
 あれだけテンション上げて戦っていたのに終わってみればタイムアップで勝利。
 勝ったのにどうにもすっきりしない天魔だったが勝ちは勝ち。
 さっさと思考を切り替えて約束の履行を求める。

「ねえ、約束覚えてるよね?」
「覚えておるわ。しばし待てい」

 言うや葛葉から九つの尾っぽが飛び出す。
 そのサイズは一本一本が彼女の身長と同じくらいで毛並みはフッサフサだ。

「やっぱ僕らをこっちに呼んだのは君だったわけか……」
「まあの」

 葛葉は無造作に一本の尾に手をやり――――引き千切った。

「……何してんの?」
「これを持ってゆけい」

 投げ渡された尻尾をキャッチすると手の平サイズに縮小。
 持ち運びには便利だが……これが紫苑の目覚めの一助となるのだろうか?

「このバイクのキーホルダーとかに良くありそうなコレをどうしろと?」
「それは兎の足であろうが。使い方は至極簡単、それを寝ている想い人の腹の上にでも乗せてやれ」
「それだけ?」
「そうよ。それだけでこと足りる」

 胡散臭いにもほどがある。
 見た限り本当にキーホルダーか何かにしか見えないのだこの尻尾。
 さてどうしたものかとそれを眺めている天魔だったが……。

「どっちに着くか決めあぐねていたがそなたらの側の方が面白そうだ――――では、いずれまた」
「ちょ……!」

 再び五芒星が足下に出現して天魔を包み込み転移させる。
 光が晴れた先で彼女が見たのは、

「外?」

 眼前にある孔と周囲の地形だった。
 ここは大空洞の中だ、どうやら葛葉に追い出されてしまったらしい。

「……どうしたもんかね。他の皆は居な――ああ、来たのか」

 天魔に少し遅れて孔の中から残る四人が弾き出された。
 戦闘の真っ最中だったらしく雲母と栞は武器を構えている。

「え……あ、あれ? な、何で私達は外に居るんですか?」
「それに天魔ちゃんも! 良かった……無事だったのね」
「いきなりペンタグラムが出現したと思ったら何これ……」

 困惑する三人だったが、麻衣だけは唯一違った。

「ちゅーか天魔ちゃん! だ、大丈夫なんか!?」

 癒し手であるがゆえに天魔の異常に気付いたのだ。
 地べたに座り込んでいる彼女をパッと見ただけでもおかしいのが分かる。
 破壊されている義肢、不自然な左足、片目も焦点が合っておらず異常だ。
 慌てて駆け寄る麻衣だったが、

「ちょっと待って麻衣お姉さん。ねえ天魔お姉さん、使った?」

 アリスがそれを制して確認の問いを投げる。

「ああ、まあね。その結果としてこんなんなっちゃった。敵に直接負わされたダメージじゃない」
「そう……なら、戻れる?」

 純化しているというのに天魔は平時と変わらないように見える。
 こういうパターンもあるのかとアリスは内心で感心しつつ、元に戻るよう促す。

「ああ、大丈夫」

 静かに、ゆっくりと背反の毒を抜いてゆく。
 少々――いや、かなり残念だ。答えを得たというのにそれを押し込むのだから。
 しかし、そうせねばどうにかなってしまいそうだという気持ちもある。
 ゆえに天魔はアリスの促しに従って元の状態へと。

「ん?」

 瞬間、全身を結構な痺れが襲う。
 感覚のなかった足や目が僅かだが機能を回復したようだ。
 これならば機能を喪失した瞬間に解除してまた純化すれば――と考えたところで首を振る。

「いや、そりゃ無理か……これ、そんなに都合が良いものじゃない」

 そういう心持ちならばきっと純化することすら不可能になるだろう。
 根拠は無い、しかし天魔はそう確信していた。

「一つの遊びの最中が終わるまで……かな? いや、良いかそんなのは」

 深く考察することそれ自体が楽しさを消しているような気がして天魔は考えることを止めた。
 四人はそんな彼女の様子を不審な眼差しで見つめていたが、

「それより天魔さん、その手にあるのは?」

 それよりも何よりも天魔の手に握られている尻尾のようなものこそが気になる。
 加えて言うならば離脱した後何をしていたのかも。

「ああ、これかい?」

 掻い摘んで自分の身に起きたことを説明する天魔だが、
話を聞いた四人の顔には何処か胡散臭そうなリアクションが浮かんでいた。

「……前行ったところもそうだけど、何なのあのモンスター達って?
訳知り顔で何か言えばカッコ良いとか思ってる系なの? むしろ痛いだけじゃない」

 ロリッ子の無情判定に世のボスキャラは涙不可避。
 とは言えアリスのそれも正論だ。
 言葉を交わせるのならばコミュニケーションをする努力を欠かしてはいけない。
 でなくばアイリーン・ハーンという悲しい存在と並んでしまうだろう。

「でも、天魔ちゃんが貰ったそのモフモフの尻尾が薬になるのかしら?」
「どやろ? ちゅーかさらりと魂がどうとか言うてたけど……ホンマなんかな?」
「とりあえずギルドで軽く調べてから試せば良いのでは?」
「そうね。アイリーンお姉さんの時みたいに早くしろとは言われていないわけだし」
「まあ、何にしても地上へ出よう。僕も少し休みたいし――――ん?」

 天魔が気の抜けた声を上げる。
 その視線は孔に向いており他の面々も釣られて同じ場所を見ると……。

「何やのこれ?」
「五芒星……よね?」

 孔には巨大な五芒星が浮かび上がっていた。
 まるで来るものを拒絶しているかのように。
 試しに雲母が手を伸ばしてみるが中には侵入出来ない。
 これは安土の時と同じ事例なのだろうか?

「これも報告しておかねばなりませんね。雲母さん、御願いします」
「ええ、諸々の些事は私がやっておくわ。さ、とりあえず帰りましょうか」

 地上へ出て迎えを呼ぶとすぐにやって来て宿へと戻ることに。
 宿に着くと細々とした仕事を雲母に任せて学生四人はフリーとなった。

「なあ天魔ちゃん、腕の手配とかええん?」
「うん。家に帰ればスペアあるしね。つか、良い機会だし召喚陣刻もうかなぁ」

 ペナルティを受けた際、生身の部分は普通に機能を停止した。
 しかし、義肢だけは完全に破壊されてしまった。
 この差異は一体何処にあるのだろうか――なんてつまらないことをつらつら考える天魔。

「それより14時までは暇がありますし、どうしますか?」

 尻尾は京都にあるギルドに預け解析を任せることになった。
 結果が出るのは14時ということで四人も京都に留まっているが……。

「観光――なんて余裕も無いしなぁ。うちらやなくてこの街そのものが」
「でしょうね。まだ一月も経っていないもの」

 京都大虐殺で破壊された建造物や喪われた人命。
 それが最終的にどれほどの規模になったのかは分からない。
 それでも決して軽いものではなかったはずだ。

「まあでも逆に無事そうな観光地なら行けそうだけどね。閑古鳥鳴いてるだろうし」
「かもしれへんけど……こんな時に観光言うんもなぁ」
「あら、麻衣お姉さんはそういうの気にするタイプ?」
「そらまあ……なあ?」

 正直、京都の暗さは半端ではない。
 物理的な明度ではなく人の活気という意味でどん底だ。
 紫苑とカニが鬼を倒したことで被害は最小限に抑えられたが、
それでも多くの人間が死んでいるのだ、日本人だけではなく外人も沢山死んでいる。
 そんな場所でのんびり観光という気分になる方が難しいだろう。

「なら、お風呂にでも行きますか? ここのお風呂、結構良い感じだそうですよ」
「へえ……そりゃ良いね。大阪戻ったら紫苑くんに会いに行くし身を清めていくのも悪くない」
「じゃあ着替えを取りに行って来るわ。浴場で会いましょう」

 結局やることがないので日も高いうちから風呂に入ることになった。
 四人はそれぞれの部屋に着替えを取りに行ってから大浴場で合流。
 客も彼女ら以外には居ないので実質貸し切り状態だ。

「わぁ……何やええ感じやね」

 この宿の風呂はダンジョン由来の素材で作られているらしく、
効能豊かな温泉が沸いて来るらしく麻衣などは興味津々だ。

「そう? 私はあまりそういうの気にしないから分からないわ」

 一応のマナーとして軽く湯を引っ掛けてから湯に飛び込むアリス。
 それに倣って残る三人も掛け湯をしてから浴槽に。

「そういや栞ちゃんとこのお風呂もめっちゃ広かったっけ?」
「親が馬鹿でしたからね。これみよがしに凝ったものを作っただけですよ」
「でもさ、使用人とかも沢山居たじゃん。あの人らも使うんだったら良いんじゃないの?」
「いえ、使用人専用の浴場も別にあるんですよ。あれらは今は亡き愚か者三人と私専用です」

 金持ちであるし必要とあらば躊躇わずに金を使えるが、
別に栞は典型的な成金のように贅沢を好んでいるというわけでもない。
 ゆえに不必要なほどに豪華な浴場などには良い印象を抱いていない。

「まあ、そのうち改築するかもしれませんね」
「ははは……でも、初めて栞ちゃん家にお泊りしてからもう半年は経っとるんやなぁ」
「え? 紫苑お兄さんもお泊りしたことあるの?」
「ありますよ。アイリーンさん対策を練っている時に家を使いましたので」

 尚、その時紫苑はひたすら屋敷をディスっていた模様。

「まだ一年も経ってないのに随分懐かしいねえ……」

 春に紫苑と出会い、大切な言葉を貰った。
 そこから幾つもの戦いを彼や仲間達と乗り越えて今に至った。
 学生とは思えないほど濃密な時間を過した――天魔は感慨深げに頷く。

「それだけ濃い時間でしたからね」

 殺したと思っていた姉との再会、そして二度目の殺し合いと二度目の別離。
 炎の中に消えてしまった紗織の姿を思い浮かべると、
どうしようもない憎悪だけが滾って来る――栞の顔が一気に苦いものに変わった。

「確かに、本当に本当に強烈な思い出やね」

 振り返れば何時だって皆、一生懸命だった。
 それは多分、リーダーが誰よりもひたむきだったからだろう。
 そんな背中が大好きで、これからも一緒に居たい――そこまで考えて麻衣は照れ臭くなり湯船に顔を沈めた。

「私は五月に出会ってだから半年も経っていないけど……。
これまでの十数年よりも濃密で、尊い時間を過せたわ」

 雁字搦めになっていた自分を解きほぐし、
孤独の傷を癒して惜しみない愛をくれた――これが幸福だ。
 これから先もずっと紫苑と一緒に居られれば良い、アリスは静かに祈りを捧げた。

「って……何やめっちゃ恥ずかしいこと言っとるなうちら」
「そうかい?」

 恥ずかしそうにわたわたと手を振る麻衣に湯をかける天魔。
 本当に可愛らしいじゃれ合いだ。

「でも、確かに何処か感傷的な気分になりますね」

 京都に現れた鬼、城峯山の異形が言っていた大きな戦。
 漠然とした不安、日常が終わることへの寂寥感。
 そんなものを感じているのかもしれない。

「嫌なものね。先に待っているのが不吉だなんて」

 それも異形の言葉を信じるならば不吉と相対するのは紫苑だ。
 アリスが苦い顔をするのも無理はない。

「誰も彼もが戦いに巻き込まれる、それも中心に居る者の一人が紫苑さん……」

 戦いから逃げることは恥ではないし、紫苑もそれは理解しているだろう。
 だがそれでも、全人類が巻き込まれるような戦いならば……。
 彼はきっと逃げない。身を削ってでも成せることを成すはずだ。

「これで紫苑くんがものっそい強かったら安心出来るんやけどなぁ」
「僕らが知らないだけで表面的な力もあるのかもしれないよ」

 それは京都の一件を見ても確かなことだ。
 しかしその力は本人すら理解していないうえに、
現状で発揮するならば魂を傷付けて下手すれば死んでしまうかもしれない。
 誰一人としてそんな未来は望んでいないのだ。

「でも嫌よ。京都で無茶をしたから今、紫苑お兄さんはああなっているんだもの」
「ええ。ですから力は私達が担いましょう」
「僕らの心は弱いけれど幸いなことに力だけはそれなりにあるみたいだからねえ」
「強い心を紫苑お兄さんが、力を私達が――そうするのが一番よ」
「うちは皆が傷付いたら全力で治す」

 そこまで言って全員が顔を見合わせ――笑った。
 全裸で何をシリアスなことをやっているのか。
 気負い過ぎたら紫苑が目覚めた時に心配をかけてしまう、そんなの駄目だ。

「……ホント、気付けばこんな風になっちゃうんだもんなぁ……」

 何時如何なる時でも紫苑のことばかり考えてしまう。

「――――僕、心底惚れちゃってる」
「私の方が惚れてます」
「一番は私だけどね。というか用済みになったらお姉さん達消えてちょうだい。
私と紫苑お兄さんの明るい未来予想図に邪魔者は要らないのよ」

 ちょっと良い感じだと思ったらすぐこれだ。
 これが冗談ならば良いのだろうが、アリスは至って本気である。

「ハハ、消えるのはそっちだよ。僕の恋路を邪魔するなよ」
「私と紫苑さんの間に割って入らないでくださいよ無粋にもほどがあります」
「お風呂入っとる時くらい落ち着こうや!?」

 この連帯感を持ちながらも隙あらば殴り合いを始める関係。
 これを抑えるには自分では力不足だ……麻衣は泣きたくなった。

「そ、それより天魔ちゃんが貰ったモフモフあるやん?
あれで紫苑くんが治るとして……一月やん? ちゅーたら十一月や。
文化祭もあるし、楽しみちゃう? 高校の文化祭って何か中学までとイメージ違うし」
「あー……文化祭ねえ……最近学校行ってないけど、もう店とかどうするか決めてるのかな?」
「無難なところでは飲食系でしょうか?」
「喫茶店とか屋台とか? そんなのするなら人形展でも開かせて欲しいわ」

 そうなった場合大量の生き人形が教室に存在することになる。
 ちょっとしたホラーハウスになること間違いなしだ。
 というかその場合分類的には生徒兼人形のルークはどうなるのだろうか?

「僕らは部活とか入ってないけど、部活系でも出し物多いのかな?」
「演劇部とかは絶対やるやろな。アリスちゃんとか誘われたことないん?」

 容姿だけで言うならばこの場に居る女性陣は皆一級品だ。
 しかし、演劇という要素を加えるのならばアリスが一番だろう。
 御伽噺の中から飛び出して来たような容姿。
 不思議の国アリスを演じさせればアリス一人で劇のクオリティを大幅に上げられるはずだ。

「あるけど興味ないもの」

 しかし演劇部の人間も見る目が無い。
 演技という点にかけては異常な領域に居る屑が一人居るのに……。

「不思議の国のアリスでアリス役でって言われたけど……。
いや、そりゃ私もあのお話は好きよ? でもアリスがアリスって痛いってレベルじゃないわよ」
「ハハハ、大丈夫だよ。そんなことしなくても君は痛いからさ」
「女で僕とか言ってる人ほどじゃないわよ」
「両方痛いってことで良いんじゃないですか?」
「呪いの日本人形みたいな奴にゃ言われたくないね」
「もしくは座敷童(凶)? どっちにしろ栞お姉さんだって痛いわよ」

 つまり全員痛くて重い女でFAということですね。

「だから喧嘩やめぇや! もうあれや、何か乙女っぽいトークしよ?」

 麻衣の軌道修正が入る、毎度毎度お疲れ様です。

「乙女っぽいトークって……何話すのさ?」
「えーっと……じゃあ、演劇の話題や。周りの男子がどんな役似合うかみたいな?」
「男子と言ってもそう知り合いは多くありませんが……誰からいきます?」
「じゃあうちのデカブツルークは? 私、あれは背景の木とかに使えると思うの」

 本人が居なくてもルークの扱いは変わらないらしい。

「金太郎とか力太郎、力持ちで気は優しい……みたいな感じでいけるんじゃないかな?」
「金髪の金太郎っちゅーのも何かアレやけどなぁ」

 だが心優しく力持ちというのならルークにはピッタリだろう。
 アリスを第一に考えてはいるが、
それでも今の環境になってからはそれ以外の人間のことも気に掛けている。
 そのおかげで割りと女子生徒からの人気は高い。
 まあ紫苑は、

"あんなゴッツイブサメンがモテるとか美的感覚おかしい奴ばっかな!"

 などと言ってディスっているが。
 自分以外の誰かを認めることが出来ない欠陥人間なのでしょうがない。

「では鎌田さんはどうでしょうか?」
「あー……あの人ねえ……脇役? つっても割りと目を引く脇役かな」
「目立つところは無いけど、かっちゅーても地味やないしな」
「何か先生役とかがピッタリじゃないかしら?」
「あ、ちょっと分かります」
「ほな次は花形くんとかどや?」

 これ以上話は膨らまなさそうだと判断した麻衣が次に移るが……。

「耳なし芳一とかで良いのでは?」
「ハゲだしね」
「ハゲだもの」

 ハゲに対するこのセメント対応よ。
 未だに合コンのことを根に持っている辺り、紫苑には劣るが中々の粘着気質だ。

「もしくはあれ、浦島太郎やってタコ役でもやらせれば良いんじゃない?」
「……せ、セメントやなぁ」

 メンヘラ系女子には不評なハゲだが、
一般女子からの好感度は高いのでコイツらに嫌われても何の問題もないだろう。
 というか彼は地味に恋愛面でも先を行っているので負け犬の戯言を切って捨てれば良い。

「まあね。で、紫苑くんとルドルフくんだけど……」
「二人は典型的な王子様よね」
「陰のある王子様と天真爛漫な王子様、タイプは違いますがね」

 容姿端麗、性格も良い、誰の目をも引きつける二人にはそれがピッタリだろう。
 まあ片方は意図的に性格を良く見せて意図的に注目を集めているだけだが。
 しかもそのくせ人嫌いだというのだから身勝手が過ぎる。

「どちらも脇に置くには存在感がありすぎるからねえ」
「メインを食べちゃうでしょうね。そうなると主役とかそういうのにしか据えられないわ」

 ルドルフは意図せずに主役を喰うだろうが紫苑の場合は狙って喰うだろう。
 しかも当人は意図せずそうしてしまったようにしか見えないよう振舞うこと間違いなしだ。

「特に紫苑くんの場合は最近知名度もめっちゃ上がったからなぁ」
「うちの学校でも結構騒いでるらしいね」
「ええ……鬱陶しいことこのうえないです」
「まったくだわ。これで調子に乗ってお兄さんに近付こうとするならば……」

 温かい湯船に居るはずなのに冷たくてしょうがない。
 麻衣はブルリと身体を震わせて恐ろしいものから目を逸らす。

「えーっと……うん、そろそろ身体洗わへん? 皆でお互いの背中流したりしよ!」

 その後も他愛ない雑談を交わしながら背中を流し合ったりと表面上は和気藹々とした時間を過した。
 風呂から上がる頃には十三時を少し過ぎたところで丁度良い按配に。
 天魔らは雲母と合流し尾の解析を待って異常が無いことを確認して大阪へ。
 こんな怪しいものに頼らねばならない現状に歯噛みしつつICUの扉を開けて中に入る。

「じゃあ、やるよ?」

 天魔がICUの外に居る面々に最終確認をすると、揃って頷く。

「さて、どうなるか……」

 若干緊張した面持ちで紫苑の腹の上にそっと尻尾を置く。
 するとあのダンジョンで見た五芒星の陣が尻尾を基点に浮かび上がる。
 五芒星はクルクルと回転して陣から漏れ出した幾重もの光の線が彼の身体に絡みつく。
 大丈夫なのか? 一旦この尻尾を外すべきか?
 そう考えていた天魔だが、

「あれ……?」

 紫苑の顔色が良くなったことで尻尾に伸ばしていた手を引っ込める。
 あれだけ悪かった顔色に血色が戻り、何処か苦しそうだった表情も和らいでいる。
 弱弱しかった呼吸だって安定したように聞こえる。
 これだけ効果覿面だとは思わなかった天魔はこれは夢ではないか?
そう思って何度も何度も自分の頬を抓ったが痛みはちゃんある――夢ではない。

「やったー……って喜びたいんだけど……この尻尾、どうすりゃ良いんだ?」

 まだ五芒星はグルグル回っているので置いといた方が良いのだろうか?
 天魔は少し悩んだ後で、尻尾を置いたまま部屋を出た。

「て、ててて天魔さん! あ、あれ!」
「うん。目に見えて回復するとは思わなかったよ」

 病院ということで大声ではしゃぐことは出来ないので小さく皆でハイタッチ。

「学校行っとるルドルフくんらにも知らせなあかんな! ちょっと外で連絡してくるわ!」

 病院内での携帯の使用はお控えください、つまりはそういうことだ。

「良かった……本当に、本当に良かったわ……」
「もう……泣き過ぎですよ」

 静かに涙を流している雲母にハンカチを差し出す栞。
 そんな彼女の目にも光ものが見えるが……まあ、無粋は止めよう。

「これなら紫苑お兄さん、一ヶ月と言わず一週間くらいで目覚めるかもしれないわね♪」

 部屋の中に入って紫苑に抱きつきたい気持ちをグッと堪えてアリスがそんなことを言う。
 しかしどうだろう? 彼女らより葛葉は今の紫苑の状態を熟知していた。
 そんな彼女が一ヶ月と言った以上は一ヶ月は眠り続けるのではなかろうか。
 それに、良くなったのはあくまで表面上だけという可能性もある。

「あ、そうだわ。鎌田さんにも連絡しなくちゃ。私、ちょっと席を外すわね?」

 カマキリはギルドに寄って些事を済ませてから病院に来る手筈になっていた。
 それでも容態が変化したのならば知らせておくべきだ。
 そう判断した雲母が場を離れる。

「これ、病院の先生に知らせた方が良いですよね? ちょっと行って来ます」

 雲母に続くように栞も、残されたのは天魔とアリスだけだ。

「僕らも席を外すかい? 騒がしくなるだろうし、邪魔しちゃいけないからさ」
「そうね……ずっとここに居たいけど、今は我慢するわ」
「じゃあ屋上でも行こうか」

 二人連れ立って屋上に足を運ぶ。
 天魔も、アリスも、久しぶりに心が軽くなった実感を噛み締めていた。

「空、蒼いねえ……」

 毎日が辛かった。不安で不安で、それに押し潰されまいと必死だった。
 誤魔化すように振舞っていても、決して心の泥は拭えなかった。
 でも、今は違う。こうやって明確な快復を見たことで心底から安堵している。

「ええ、お空、とっても綺麗だわ」

 これまでは青空を見ていてもむしろそれが忌々しかった。
 けど、今は素直に空の美しさを感じることが出来る。
 心の持ちようで世界は変わる――至言だ。
 二人はどちらからともなく心からの笑顔を浮かべた。

「なあアリス、紫苑くんが目覚めたらどうしようか?」
「いっぱいギュっとしたいしギュッとして欲しいわね。それと盛大にお祝いしましょ!」
「そりゃ良い。まあでも、ちゃんとしたものを食べられるようになってからにしなきゃね」
「あ、そっか……確かに目覚めてすぐは無理かしら?」

 美味しい料理を用意しても主役が食べられないのでは意味が無い。
 流石に病み上がりすぐはお粥とかが限界だろう。

「普通病室に移った辺りでお医者さんの判断を仰いで、それでお祝いをしよう。病室一つ貸し切ってさ」
「そうね。それぐらいは赦されるわよね」

 楽しそうに明るい未来を語る二人、紫苑の目覚めはもうすぐそこだ。
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