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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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ありのままの僕を見て欲しいから

伝説虚神シオンの復活は次の次です
 城峯山での一件から二日後、予定通りに一行は京都市内に居た。
 まあ、市内と言っても街の真下なわけだが。

「ホントにあったよ大空洞」
「……普通、こんな規模の空洞あったら気付かへんかなぁ」
「というか、水気が欠片も無いのはおかしいですね」
「水気ってどういうこと?」

 雲母が疑問を呈すると栞は一つ頷き軽く解説を始める。

「山に囲まれた地形と地質、
そのおかげで京都の地下には豊富で良質な水が蓄えられているんです。
まあ、地下鉄を通し始めた頃にそれらも抜けて徐々に減ったようですが……。
それでも完全に消えたわけではなく、今も地下には水があるはずなんです。
この深度だと結構な水溜りがあっても不思議ではないのですが……」

 懐中電灯で辺りを照らしてみても水気は欠片も無い。
 そのことが不思議と言えば不思議だった。

「それより雲母お姉さん、孔は何処にあるの?」
「えーっと、もうすぐよ」

 地図を片手に先に進む雲母。
 一応この場では彼女がリーダーであり、他の面子も異を唱えてはいない。
 頼りなく見えるが実力は折り紙つきで経験豊富、加えて判断力もある。
 総合的に見て一番リーダーに適していると言えるだろう。

「っと、ここねここ」
「……そういえば、この孔があるのって都市部ってことになるのかな?」

 以前、ルドルフが言っていたことを思い出す。
 確かにここは山間部とは言えないだろう、何せ真上は京都市内なのだから。

「なります、ね。これで一つ、これまでの前提が崩――――」

 瞬間、孔から五本の尾っぽのようなものが飛び出した。
 五本の尾は五人を拘束して孔に引きずり込む。
 こんなアプローチをされたのは初めてで驚きはしたが、ここで取り乱すわけにはいかない。
 全員が全員、逃れることは不可能だと悟り、次の行動に思考を巡らせる。
 すなわち、この後どうするか――だ。

「!」

 ダンジョンに辿り着いた途端、尾っぽは幻のように消え失せてしまった。
 皆の心にあったのは――――困惑、ただそれのみ。
 先手を打って攫っておいたのに、攻撃を加えないのはおかしい。
 一体全体何だってあんな風に招き入れたのか。
 そして――――この風景は何だ?

「な、なぁ……こ、これって……」
「大河ドラマとかで見たような感じだねえ」
「……当時の資料などで見たものとそっくりです」

 ど う し て 大 昔 の 京 都 の よ う な 風 景 が 広 が っ て い る ?
 人が何となくイメージする平安時代辺りの京都の光景、それが今目の前にある。
 人はおらず、あくまで街並みだけが広がっている。

「どうにも、造りもののような感じが拭えないわね」
「アリスちゃん、何か分かるの?」
「具体的にどうとは言えないけど、ミニチュアのような感じがするのよ」

 アリスは人形を作るし、それに合わせて専用のミニチュアも作ったりする。
 ゆえに目の前の光景が作り物めいていることに気付けた。
 どうにも不自然なのだ、無理矢理誂えたようなそんな違和感が拭えない。

「天魔お姉さんも、何か気付いているんじゃない? そんな顔してるけど」
「え? いや、僕のは大したことないよ」

 ケラケラと笑う天魔だが、アリスや他の面子は気になるらしい。
 天魔はあくまで個人的な感想だけど、と前置きして語り始める。

「何か、からかうって言うか……遊ばれてるような気がするんだよねえ」
「そらまた何でやの?」
「いや、だからあくまで個人的な感想だって。根拠なんかはぜーんぜん無いよ」

 ただ何となく、特に意味も無く、くだらない遊びに興じるそんな稚気を感じただけ。

「ふぅん……遊ばれてる、か。余り好きじゃないわねそういうの」
「それより雲母さん、どうしますか?」
「進みましょう。でも、言うまでもないけど油断は禁物で少しでもヤバイと思ったら即時撤退よ」

 雲母の言葉に頷き、全員で進もうとした矢先だった。
 空から十二の光が降り注ぎ、形を成して彼女らに襲い掛かったのだ。
 出鼻を挫くようなやり方、しかしそこに殺意は無い。
 やはり遊ばれていると天魔は思った。

「アリスちゃんは麻衣ちゃんの護衛、栞ちゃんと天魔ちゃんは私と一緒に!」

 羽の生えた蛇、炎の鳥、金色の蛇、白虎などバリエーション豊かな敵を迎え撃つ三人。
 しかしそこで、畳み掛けるように混乱が襲い掛かる。
 天魔の足下に浮かび上がった五芒の星が浮かび上がったのだ。

「罠か!?」

 飛び退こうとした天魔だがそれより早くに光がその身を包み込む。

「……城壁の上?」

 視界が開けるとそこは何処かの城壁の上だった。
 キョロキョロと周囲を見渡すが仲間達の姿は見えない。
 端的に状況を述べるならば分断された――だろうか?

「何だっけ、これ見たことあるぞ。あー……歴史の勉強しっかりしておくべきだった」

 城壁に見覚えがあったのだが天魔は中々思い出すことが出来ない。
 正解は羅城門――羅生門という名の方が通りが良いだろう。
 この城壁は羅生門にそっくりなのだ。
 まあ、京都の街並みを再現しているというのならばこれがあっても不思議ではない。

「定石通りなら、分断したら即座に始末にかかると思うんだけど……そんな様子は無いな」

 天魔は瞳を閉じて意識を集中させる。
 ここが何処だか分からないが、仲間と合流せねばならない。
 かと言っても無闇に走り回るのは下策だ。
 確実に仲間が居る方向を探るべく、戦闘音に耳を澄ましているのだ。

「聞こえない、ね。あのモンスター、かなり強そうだったんだけどなぁ」

 ゆえに現在でも戦闘は続いていると見て良いだろう。
 しかし音は何一つ聞こえない。
 考えられる原因は幾つかある、一つは距離が離れ過ぎているから。
 二つ目は単純にまったく別の場所に転移させられた。
 三つ目は遮音結界のようなものが張ってあるから。
 どちらにしろ、音で居場所を探ることは出来なさそうだ。
 若干消沈しつつ瞳を開く天魔だが、

「!」

 目を開けた瞬間に飛び込んで来たものに完全硬直する。
 目の前に見たこともない女の顔があるのだ、それもキス出来そうなくらいの距離に。

「……」

 気配なんて微塵も感じなかった。
 というかそもそも、コイツは何だ? 何がしたい?
 攻撃するでも何をするでもなく自分を見つめているだけ――全く以って意味が分からない。

「(何で黙って見つめ合ってんだよ僕は……にしても、おっかないくらいの美人だな)」

 狩衣を纏い栞のそれよりも妖しい黒髪を靡かせる女。
 切れ長の瞳はぞっとするほど美しい。
 絶世の美女と評しても差し支えは無いのだろうが……。

「――――遊ばんかえ?」
「は?」

 少し低めの、臓腑に染み渡る声。
 しかし、声となった言葉の意味が分からない。
 天魔が思わず馬鹿ヅラを晒してしまったのも無理からぬことだろう。

「遊ばんか、と言っておるのよ。わらわとそなたでな」
「え……いや……」

 天魔はそこでようやく思考が正常に働き始める。
 これだ、この目の前に居る女こそがこのダンジョンの主だ。
 遊ばれている、そう考えたのは間違いではなかった。
 何せこの女自身が遊ばんかと言っているのだから間違いではないだろう。

「当たりを引いたのか、それとも外れを引いたと見るべきかねえ」

 女から距離を取ってファイティングポーズを取る天魔。
 するとどうだろう、何処か愉快そうだった女が酷くつまらなさそうな表情になってしまう。

「え、ちょ、マジノリ悪いんですけどー。何それ? 引くわー」
「――――ん? んん?」

 突如とした容姿にそぐわぬ馬鹿っぽい口調になったことで混乱は加速する。
 折角立て直したというのに何てことをしてくれるのだろうか。

「その空気の読めなさパないわぁ。わらわビックリ」

 古いんだか新しいんだか分からない口調で女は天魔を非難する。
 だが非難された当人からすれば訳が分からない。
 目の前の敵は一体何がしたいのだ?

「普通遊ぼうとか言った相手に殺気飛ばす? 何処の蛮族よマジあり得んわー」
「……悪かったよ」

 そう口にして何で自分は謝っているのかと軽く苛つく天魔。
 どうにもペースを乱されてしまう。
 それもこれも目の前の敵が悪い。
 殺気を飛ばして殺しに来てくれれば対応は楽なのに、
こんな風に悪意を欠片も含ませないまま語りかけて来るのだから。

「で、遊ぶって何さ? 僕はこれでも忙しいんだけどねえ」
「その前に普通名乗らない? いやほら、自己紹介とか当たり前のことじゃん」

 モンスターが人の当たり前を説くな――天魔は喉元まで出かかったツッコミを飲み込む。

「僕は天魔、外道天魔だ。名乗ったからにはそちらも名乗れよ、それが礼ってもんだろう?」

 そう言うものの、名乗り返されることは期待していなかった。
 これまでもそうだったが、相対したモンスターは己が名を口にすることはなかった。
 概念そのものが無いのか、あるいは名乗れない何かがあるのか。
 兎に角考えられる要因は幾つかあるが、事実として名を名乗った者はいなかった。
 ゆえに目の前の女もそうだと考えたのだが……。

「そうさなぁ……葛葉(かずは)と呼ぶが良い」

 女――葛葉はあっさりと名乗りを上げた。

「真の名ではないし、その上正しい読みでもないが、まあ無関係ということもないからの」
「(偽名ならいけるってことか……?)ってかさ、いきなり真面目な口調になるなよ」

 これはあくまで天魔の主観だが、
葛葉はババ臭い喋りの方が馴染んでいるように思う。
 崩れた口調は無理に若者に合わせている老人のような感じがする。

「さて、こうして互いの名も交わし合ったし遊ぶってことで良いっしょ?」
「(無視かこのアマ……!)悪いけど、僕は忙しくてね」

 戦う気が無いというのならばそれで良い。
 気配も無く自分の領域まで踏み込まれたのだ。
 そんな相手と戦っても分が悪い――――天魔はそう考えているが、それは酷くおかしいことだ。
 "らしさ"が欠如している。そしてそれは、

「己を殺すのが趣味とは変わっておるの」

 葛葉にも看破されていた。
 彼女の瞳は何処か紫苑のそれとも似ている。
 深く心を覗き込まれているような――――だが天魔にとって葛葉のそれは不快でしかない。
 紫苑が相手を知ろうとするのは、親愛の糸を結ぶため。
 しかし葛葉のこれはそんな意思もなく無遠慮に、好奇のままに覗かれているようにしか思えない。

「(つってもなぁ……腹立つけど、どうにか出来るとは……)」
「――――そなたの想い人がどうして目覚めないかを知りとうないかえ?」

 撤退の意思で染まっていた天魔の足を絡め取ったのはそんな一言だった。
 前の時と同じような理由で知られたのか? あるいは読心の力を持っているのか?
 天魔の脳裏を幾つもの疑問が駆け巡る。

「肉体と魂は不可分である」

 しかし、そんな天魔の困惑を他所に葛葉は講釈を垂れ始めた。

「とは言っても比重で言えば勿論魂の方が重い。
何せ肉体が傷付いても魂に傷は付かんからの。が、その逆は別。
魂が傷付けばその傷は肉体にも牙を剥き、肉体そのものが持つ治癒力を受け付けなくなる。
結果として、今もそなたの想い人は目覚められずに居るのよ」

 神便鬼毒酒は魂に作用するという仮説自体は既にあった。
 しかし魂の存在証明が出来ずに居たので仮説は仮説の域を出ず。
 が、葛葉はあっさりと魂の存在を肯定してそれが理由だと言い切った。

「今、彼の者の魂は酷く傷付いておる。
大きく均衡が崩れ、それを戻そうとする揺り返しによってな。
時間に任せるならば数年、それぐらいは確実に眠り続けよう。
しかし、わらわならばそれを一月と少しで完全回復させられような」

 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて天魔を見つめる葛葉。
 ここまで来れば彼女の言いたいことぐらいは分かる。

「遊びに付き合え、その景品として治してやるってとこかい?」

 ならば是非も無い、幾らでも遊びに付き合ってやろう。
 天魔の瞳は雄弁だった。その反応には葛葉も思わずニッコリ。

「そうこなくちゃ。じゃあアレね、鬼ゴッコしよう鬼ゴッコ」
「鬼ゴッコ……どっちが鬼かな? それと、何か痛々しいから普通に話して良いよ」
「わらわが鬼、ルールは……わらわがそなたを食い殺せば勝ち。
しかし、ただ逃げるというのもつまらんだろう? わらわの首筋に僅かでも触れればそなたの勝ち。
加えて二十分、逃げ切ってもそなたが勝ちということにしよう。
想い人を助ける術をやろう。ハンデとしてわらわは攻撃にこの口と、髪の毛以外は使わん。
そして言っておくが無理なんかしてないし、わらわピッチピチだもん」

 舐められている――そう受け取っても問題の無いルールだ。
 触れる箇所を限定されてはいるが、首筋に僅かでも触れる、もしくは二十分逃げ切るだけで勝ち。
 その上相手は口と髪の毛以外では襲って来ない。
 余りにも天魔に有利なルールだ。

「百数えるから好きにせえ。ま、向かって来るなら回避ぐらいはするがな」
「そうかい、じゃあ好きにさせてもらうよ!」

 天魔は即座に眼下に広がる街目掛けて飛び出した。
 優先すべきは紫苑の治療手段、であれば逃げの一手以外にはない。
 そう判断したのだが……。

「つまらん奴。己を殺してまで生きるのが楽しいのかえ?」

 己を殺し、他者を欺き生きてる紫苑ディスってんのか。
 というのはともかくとして、葛葉は酷くつまらなそうな表情だ。

「寝た子が起きるかどうか……」

 目を瞑って一つ、二つ、三つと律儀に数え始める葛葉。
 そして百を数え終えたところで目を開けて天魔の気配を辿って走り出す。
 百秒もあれば全力で走ればかなりの距離を稼げる。
 大方、仲間との合流も視野に入れているのだろうが……。

「負け犬の発想よな」

 葛葉からすれば嘲笑ものの選択だった。
 確かに頭の良い方法ではある、しかしそれは外道天魔の選択ではないだろうと。

「ふむ、ここらかの? じゃなくて、ここら辺かな☆」

 気を抜くとババア口調になってしまうのが本人的には気に入らないらしい。
 人外であろうとも女ならば誰だって若く見せたいと思ってしまうのだろうか。

「すぅ……」

 大きく息を吸い込み――――吐き出した。
 それは深呼吸、しかしただの深呼吸ではない。
 葛葉が吐き出した息が周囲の建造物を根こそぎ吹き飛ばしたのだ。
 これによって隠れていた天魔の所在があっさりと見つかる。

「ッッ!?」

 天魔は驚きに思考を一瞬停止させることすら出来なかった。
 葛葉の首が伸びて自分に喰らい付きにやって来たのだ。
 間一髪で回避するものの首の皮が抉り取られてしまった。
 しかし出血を止める暇も無い。
 そうするよりも伸びきった首に触れることを選んだのだ。
 一見すれば英断、しかし本質は違う。
 向かうと決めたのならば最初の時点でするべきだった。
 現に、

「甘い」

 触れようとした瞬間長い髪の毛が首筋に巻きついてそれが棘に変じた。
 これもまた間一髪で触れる前に手を引けたが触れていたのならば間違いなく刺し貫かれていた。
 義肢であるがゆえに痛みはなくても、確実に腕一本を失っていただろう。

「クソ……!」

 棘の弾幕が天魔を襲う。
 アクロバティックな動きでそれをどうにか回避しながら悪態を吐く。
 今、天魔は確実に遊ばれていた。
 口と髪しか使っていないのにどう足掻いても埋められそうに無い歴然とした差。
 加えて己というものを見失っているがゆえの不調。
 性質が悪いのは不調であることに天魔自身が気付いていないということだ。

「ほれほれ、どうしたどうした? 何がしたいのだそなたは?」

 葛葉その気になれば一瞬で詰みへと持っていける。
 しかし彼女にはそんな気は一切無かった。
 別に天魔を教え導くだとか、何やら遠大な目的があるとか思うかもしれない
 だ が そ う い っ た 理 由 は 一 切 無 い。
 精々が楽しむために軽く突付いてやろうとかその程度だ。
 今はまだ見切りをつけていないだけで、つけたのならば即座に始末するだろう。
 それで「あーつまらなかった」と今回の出来ごとの一切を忘却する。
 何せ記憶に留めておく価値も無い時間だったのだから。

「はっ……はっ……!」

 息を切らせながら天魔は回避行動を続ける。
 アリスや雲母、アイリーンが発揮した力を使えば良いと思うかもしれない。
 そ ん な の さ っ き か ら や っ て い る。
 教えられたように強い強い想いを以って純化し、更なる領域へ踏み込もうとしているのだ。
 そうでなければ勝てない、死ぬ、紫苑を目覚めさせられないから。
 しかし出来ないのだ。あの三人に出来たことが自分には出来ないのだ。

「何で……何で……!?」

 紫苑への愛が足りない? 劣っている? もうワケが分からなかった。
 無様に逃げ回り続けることで着実に刻まれてゆく傷。
 迫る死神の足音。自分の愛はその程度なのかという絶望。
 あらゆる事象が天魔に牙を剥き破滅へと導いてゆく。
 その最中、彼女の脳裏によぎったのは一つの言葉だった。

"苦悩を突き抜けて歓喜に至れ《Durch Leiden Freude》"

 あの日、あの場所で教えられた大切な言葉。

"お前がただ享楽に耽るだけの人間ならどうにもならなかった。
かける言葉の一つすら見つからなかっただろう。だが違う。
お前は葛藤している。自分の性と正しさの狭間で揺れに揺れ、苦悩の棘に苛まれている。
俺は祈っているよ、その苦悩の果てに辿り着く歓喜がお前を満たすものであると"

 なあなあで済まして来たが、結局今でも答えは出ていない。
 悩めと言ってくれて、その答えを尊重してくれるとも言った。
 なのに、自分はここで終わってしまう。
 そのことが酷く心残りだ。
 一体自分は苦悩の先に何を見出せたのだろうか?

「僕は……」

 命を賭け金にして遊ぶのが楽しかった、
でもそれを続けるならば迷惑をかけないために一人でするべきだ。
 それは分かっていた、でも一人は寂しかった。
 寄り添うなら我慢しなきゃいけなくて、でもそれも出来なくて。
 ただ最近は大きく占める紫苑が居たから我慢は出来ていたが……。

「……紫苑くん」

 そうだ、紫苑は別に自分を否定していなかった。
 我慢しろなんて一言も口にしなかった。
 悩んで悩んで悩み抜いて出した答えを待っていると言ってくれた。
 無理矢理押し殺して日々を惰性で生きる、それは自分が勝手にしたこと。
 自分で自分を殺していたのだ。
 そうだ、本当に簡単なことだったんだ。

「む」

 葛葉は目敏く異変に気付く。
 天魔の動きのキレが徐々にだが良くなっていることに。

「やっぱり、こういう遊びが僕は好きだ」

 瞳を閉じて気配のみで葛葉の猛攻を躱し続ける。
 ともすれば一瞬で終わってしまいそうな、薄氷の上を渡るこの感覚が好ましい。

「でも、こんなことをしてる自分が嫌になる」

 人と寄り添うのならば自分を殺すこともするべきだ。
 尚、紫苑はある意味で自分の完全抹殺に成功している模様。

「じゃあ遊びを止める? それは無理だ」

 だって、心が求めてしまうから。

「じゃあ孤独になる? それも無理だ」

 だって、一人は寂しいから。

「どちらも捨てられない」

 だって、捨てることを自分を殺すことだから。

「好きな人が居て」

 その人の前では偽りたくない。

「ありのままの僕を見て欲しいから」

 そして好きになって欲しい。
 だってそうだろう? 好きになった人と裸のまま向き合えないなんて悲し過ぎる。
 尚、紫苑は誰とも裸の心で向き合っていない模様。

「――――背反の棘に苛まれながら生きる、それが真実の正答だった」

 それは灰色の道かもしれない。だって結局解決していないのだから。
 しかし、誰が二択だと決めた? 人は1と0の数列で生きる機械ではないのだ。
 ままならず、割り切れないからこその人なのだ。
 背反に悶えながらもどうにかこうにか生きていく――――それの何がいけない。
 悩んで悩んで悩み抜いた答えだ。
 否定するというのならば命を懸けてもらおうじゃないか。
 外道天魔は今、完全に羽化した。

「ほう……寝た子が起きたか」

 そろそろ殺そうと思っていた矢先のことだった。
 葛葉にとってもこの状況は歓迎すべきものであり、ここからが本番と言えよう。

「僕は僕だ、僕に嘘は吐けないし大好きな人にも嘘は吐きたくない」

 それは誰に聞かせるでもない静かな決意だった。
 その決意に呼応するように天魔の肉体からは黒い靄が噴出し、それがベールのように纏わりつく。

「第二ラウンドだ。白けさせた侘びだ、口と髪以外も使いなよ」

 ニヤニヤと不敵な笑みを貼り付けたその姿こそが外道天魔の在るべき姿。
 葛葉もまた同じ笑みを浮かべて問い返す。

「わらわに対する侘びだけというわけでもないであろ?」

 そう指摘すると天魔は悪戯がバレた子供のように照れ臭そうに笑って頷いた。
 その通り、これは葛葉に対する侘びだけではない。
 天魔自身が楽しみたいからこその提案だった。

「それと、僕が死んだ場合は僕の仲間にも鬼ゴッコの権利をあげてくれない?」

 そうすれば紫苑の目覚めへの可能性は残る。
 遊ぶのならば憂いだけは無くしておきたいということだろう。

「良かろう。では……」
「ああ」

 始めよう、同時に叫んで地を蹴り距離を詰める。
 初撃もまったく同時左右の回し蹴りが宙で交差するかと思われたが……。

「ん?」

 接触する寸前で天魔が足を引いたのだ。
 今の状態ならば早々力負けをすることはない、
何せ己は肉弾戦が本領ではないのだから――葛葉の脳裏に微かな疑問が浮かび上がる。
 その間隙を縫って天魔は牽制用のマシンガンを放つ。
 もっとも、それらは総て髪の盾で防がれてしまうがそれで良い。
 一瞬でも視界を奪えればそれで良いのだ。

「右……いや左!?」

 背後に回られたことは気配で分かった。
 しかし左右どちらかがブレていて一瞬葛葉の判断が遅れる。
 結果として思いっきり背中を蹴り飛ばされた彼女は瓦礫の海に突っ込んでしまう。
 何故首を狙わなかったのか、それは単純な理由だ。
 せめて右か左で迷った葛葉が狙って来るであろう首筋に髪を巻き付けたので触れられなかっただけ。

「やぁるねえ、僕、ちょっと楽しくなって来たよ」

 天魔の頬には薄く赤い線が引かれていた。
 葛葉が防御と同時に髪を一本だけ使って目を抉ろうとしたのだ。
 しかしそれを寸でのところで回避しかすり傷だけに留まらせた。
 が、

「何ぞ……?」

 どういうわけか天魔の右腕に着いている義肢が砕け散ったのだ。
 それは葛葉の攻撃ではない、何せ彼女自身もいきなりのことに困惑しているのだから。
 この場で唯一理解しているのは天魔のみ。
 当人だけがこの意味の分からない現象に対しての解を持っている。

「ボーっとしてる暇は無いんじゃない?」

 ケラケラと笑いながら天魔が躍りかかる。
 助走をつけての飛び回し蹴りは残念ながら葛葉の右腕で防がれてしまう。
 しかし即座に逆足で挟み込むようにもう一撃を放つ。
 これはヒットし葛葉の身体が軽く泳ぐ。
 彼女は攻撃によろめきながらも反撃として顔面へ向けて手刀を繰り出す。
 天魔は身動きの取れない空中だというのにそれを皮一枚で回避する。

「――――読めたわ」

 距離を取った天魔の顔には二筋の線が引かれている。
 だが、それは重要なことではない。こんなものは掠り傷だ。
 葛葉はようやくカラクリに気付いた。
 そもそもからして疑問だった。
 ただでさえ身動きが取れない空中で回避行動を取るのはおかしい。
 あの手刀だって防げないレベルではなかったのだ。
 なのに天魔はあえて回避行動を取った、これは少しばかり腑に落ちない。
 だがそのからくりも今の彼女の身に起きたことを見れば瞭然だった。

「次は足かえ?」

 少し離れた場所に立っている天魔の重心がおかしい。
 右側に偏っているのだ、そうせねば立っていられないように。

「御名答、どうやらランダムらしいねコレ」

 コンコンと左足を叩く天魔、今現在彼女の左足にはまるで感覚がなかった。
 足が足としての機能を無くし、棒になってしまったかのように欠片も動かないのだ。
 それでも天魔の顔には悲壮感など微塵もなく、むしろ何処か楽しげだった。

「攻撃に触れる、それが罰――ぺ、ペナルティか?」
「無理に横文字使うなっつーの。でもまあ、そうみたいだね」

 今の彼女には一つのルールが適用されていた。
 攻撃を喰らえば身体の一部が機能を停止してしまうという不条理なルール。
 しかもその判定は厳しい、掠り傷一つでもペナルティが適用されてしまうのだ。

「初撃の蹴りを引いたのも……中空で激突すれば罰則が適用されるから、か」
「多分ね。僕ぁ何となくヤバイかな? って思って引いただけさ」

 自らの弱点――看破されているとはいえそれを晒すなど正気の沙汰ではない。
 一気に天魔が不利になってしまった。
 何せ葛葉は小さな傷でも負わせれば大幅にスペックダウンさせられるのだから。
 一つ二つと削っていけば最後には木偶になる、あっさりと殺せるだろう。
 それでも天魔の心に不安は無かった。
 あるのは生死を秤に乗せて遊ぶことへの興奮と、
勝利を得られれば紫苑を回復させられる術を手に出来ることへの歓喜のみ。
 人として間違っている、馬鹿だ、アホだ、愚かだ――――しかし外道天魔だ。
 "らしさ"を取り戻した彼女を倒すことは至難の業だろう。

「ふ、フフフ……随分と面白いことになったな。それで戦えるのかえ!?」

 両の五指の間に挟まれていた符のようなものを放り投げる葛葉。
 すると符は空中で制止し炎の雨を降らせ始めた。
 それも一つ二つではない、周囲一帯を焼き尽くさんばかりの量だ。
 それでも天魔は器用に片腕と片足を使って変態的な機動を繰り返してそれを回避していく。
 結果、彼女には火の粉の一つすら触れることが出来ない。

「さぁあああああねぇえええええええええええええ!!」

 なんてことを言っているが炎雨の間をすり抜けて反撃が出来ているので問題はなさそうだ。
 というよりもますます動きのキレが良くなっていく。
 追い詰められれば追い詰められるほどに胸が高揚する。
 そしてそれに呼応するようにパワーアップしているように見える。
 まあ、何が言いたいかというと……。

「ククク……フハハハハハハハハ!! 終わってくれるなよ!?」
「アッハハハハハハハハハハハ!! 当たり前だろ? まだまだこれからさぁ!!」

 遊 び の 時 間 は ま だ 終 わ ら な い。
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