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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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強くなればなるほど好感度が下がる罠

 見舞いに行った翌日、紫苑パーティの四人プラスミラー兄妹とアイリーン、雲母は、
大阪から少し離れた場所にあるギルド所有の山へと来ていた。
 目的は無論、四人のリハビリだ。
 全力で暴れても良い場所となると山ぐらいしかないのだ。

「準備完了」

 準備体操を終えたアイリーンがパシっと両手を叩く。
 今日は平日で、まだ13時を少し過ぎたところなのだが、
彼女とアリス、ルークは四人と同じく特例により実習の公欠が認められていた。
 四人は言うまでもなく身体の調子が戻っていないから、
そしてアイリーンとアリス、ルークの三人はギルド側の配慮があったからだ。
 四人とも面識があり、尚且つこれからはダンジョンの探索に加わる。
 であればそれなりの配慮を見せるのが当然というものだ。

「まず私と、誰がする?」

 リハビリがてらの組み手、その相手を担うのは四人だ。
 挑戦者側が相手を選ぶことが出来、一対一で組み手を行うことになっている。
 一人が組み手を行っている間、残る二人は見学。
 見ることもまた勉強というわけだ。ちなみに麻衣は言うまでもなく救急箱の代わりである。
 彼女が居ることによってかなりハードな戦いが可能になっている。

「じゃ、僕が行こうかな?」

 アイリーンと同じく動きやすいスポーツウェアに身を包んだ天魔が名乗りを上げる。

「よろしく」
「ああよろしく。ちなみに槍は使わないのかい?」
「ハンデ」

 何を舐めきったことを――とならないのがアイリーンだ。
 彼女の場合はリアルチートなので武器を使用せずとも問題は無い。
 それに徒手での戦闘が苦手というわけでもないのだ。

「そいつはどーも。出来れば槍を使わせるくらい追い詰めてみたいねえ」

 タンタン、と軽くステップを刻む天魔の表情には不敵な笑みが浮かんでいた。
 かつてアイリーンと戦った時、彼女は毒に侵されており、全力の状態ではなかった。
 ゆえにこうやって万全のアイリーンと戦えることが嬉しくてしょうがないのだ。

「行くよッッ……!」

 先手は顔面目掛けて放たれた天魔の左回し蹴りだった。
 しかしこれが当然のことながら当たらない。
 アイリーンは紙一重で見切って僅かに上体を逸らすことで回避してしまう。
 だがそれは天魔の狙い通りだった。

「む」

 上体が戻って来るタイミングに合わせて最初の蹴りの勢いのままに、
反対側の足を用いて後ろ回し蹴りを繰り出した。
 これには僅かばかり虚を突かれたらしくアイリーンは迫る蹴りを手で受け止める。

「押し切れない……か。とんだ馬鹿力だね」

 押し切ろうとするものの蹴り足をビクともしない。
 この細腕の何処にこんな強力があるのか、天魔は思わず笑ってしまった。

「酷い」

 乙女に向かって酷い、と抗議するアイリーンだが表情はまったく変わっていない。
 そのことがまた面白かったが今は組み手の真っ最中だ。
 思考を切り替えた天魔が蹴り足を戻してバックステップで距離を取る。

「事実じゃないか」
「……次はこっちの番」

 言葉と同時に放たれたのはジャブ。
 本気は出していないのだろうが見て回避するのは少々キツイ代物だ。
 ゆえに天魔はギリギリまで拳を引き付けて、皮膚に触れた瞬間に顔を滑らせる。
 力の流れに逆らわずに前に流れるようにして拳を逸らしたのだ。

「これならどうだい!?」

 伸びきった肘を押さえながら懐に入り込みその胸に肘鉄を打ち込む。
 一瞬にして呼吸困難に出来るであろう一撃だったが、

「ちょっと駄目」

 伸びきった方とは逆の手を挟み込まれて防がれてしまう。
 どんな超反応だと褒めてやりたくなるくらいの速度だ。

「アイリーンちゃんは強いわねえ……学生さんなのに凄いわ」

 戦いを眺めていた雲母が感心したように呟く。
 千丈ヶ嶽での一件もあり、その強さは知っていたが改めて見るとやはり凄いのだ。

「彼女は多分、うちの学校で一番強いですからね」
「……今思うと、よくあれに勝てたな私達」

 ルドルフがしみじみと頷くが、そもそもあれは勝ちと言えるのだろうか?

「いや、正確に言うと勝ってないんちゃうかなアレ。
紫苑くん以外、全員アイリーンちゃんに叩きのめされたわけやし」

 思わず顔面を押さえてしまう麻衣。
 彼女はアイリーン戦において焦りからミスを犯し、顔面を地面に叩き付けられたのだ。

「む……そう言われればそうかもしれんな」
「私も一撃で意識を飛ばされましたしね」

 腹部に入った重い一撃は一瞬で栞の意識を遥か彼方へ追いやった。
 タフさに自信があったわけではないが、それでも一撃。
 しかも相手は猛毒に犯された身だ。栞が苦い顔をするのも無理はないだろう。

「ホント、馬鹿みたいに強いわよねアイリーンお姉さんって」

 アリスは神社での戦いを思い出して心底忌々しいと舌打ちをする。
 今の天魔のように攻撃が当たらなかったわけではないし自分は一撃も貰っていない。
 洗脳の力で歯車を狂わせることが出来て圧倒的優位だった。
 なのに幾ら殴っても幾ら蹴り付けてもロクな手応えがなかった。

「毒のついたナイフでもくれてやるんだったわ」
「……」

 ルークが勘弁してくれよマジでと言いたげな顔をしているがアリスは気付いていない。

「ちなみに雲母さん、あなたならどうですか?」

 栞は初対面の時に雲母とも手合わせをしている。
 その時は良い勝負をしたが、それでも彼女は本気ではなかった。
 ゆえに本気を出せばどうなるかが多少気になったのだ。

「んー……そうねえ……勝てないんじゃないかしら?」

 特に強さというものにプライドが無い雲母は素直に負けを認める。

「経験とか技量ではまだ私がほんのちょっと上だと思うけど、
肉体の性能が私とは違うように思うわ。特にあの反応速度……本当に人間?」

 先の天魔が繰り出した肘鉄。
 もしも自分ならどうなっていたか、恐らくは喰らっていたはずだ。
 見えていても反応が間に合わない――それが雲母の見立てだった。

「謙遜するのね雲母お姉さんってば」

 今はもうあの夜の雲母ではない。
 しかし、いざとなればあの夜に戻れるであろうことは想像に難くない。
 同じ領域に居たアリスだからこそ、自信を持って断言出来る。
 もしあの領域の雲母とアイリーンが戦えば勝つのは確実に雲母だろう。

「ふふ、そうでもないわよ。素直に強いと思うわ、アイリーンちゃん。
勿論天魔ちゃんも強いけどね、天魔ちゃんを見てると、何処となく女威ちゃんを思い出すわねえ」

 桃鞍女威もまた天魔と同じく徒手空拳での戦闘を行い、尚且つ我流という点も似通っている。
 まあ、モジョの場合は単純に早くに家を飛び出したせいで習う機会がなかっただけだが。

「女威ちゃん……って桃鞍先生のことですか?」
「そうよ。女威ちゃんも素手で奔放に戦ってたから随分と懐かしいわ」
「懐かしいってか、実際に桃鞍先生と割りと最近戦ったじゃないの」

 アリスが呆れを滲ませた口調でツッコムと雲母はシュンと項垂れてしまう。

「にしても天魔お姉さんの戦い方って滅茶苦茶よね」

 攻撃というものは途切れず上手く繋げていくものだ。
 しかし天魔のそれは少々違う。
 意味も無いところで流れを断ち切ったり、
繋げても意味が無さそうなところでどんどん繋げていったりする一見不合理な戦い方なのだ。

「だろうな。混乱を誘うという見方も出来るが……あれは単純に楽しんでいるだけだ」

 戦いもまた命を懸けた遊びの一つでしかない。
 ゆえに定石というものを余り重んじることがないのだ。

「とは言っても真面目に型に嵌った戦い方をさせれば持ち味が消えてしまいますからね。
自由に、思うがままに、伸び伸びと――――それが天魔さんには一番なのでしょう」

 型に嵌った戦い方をさせれば、どうにも弱くなってしまいそうな気がしてならない。
 明確な根拠があるわけではないが、
戦う者としての勘のようなものが天魔はあのままが良いと思ってしまうのだ。

「あ、そろそろ終わりっぽいわ」

 アイリーンのストレートが天魔の胸に吸い込まれる。
 情け容赦の無いそれは確実に胸骨を圧し折っているだろう。
 麻衣は吹っ飛んでいった天魔の下に駆け寄って回復魔法をかける。

「いづぅ……あー……悪いね麻衣ちゃん、助かったよ」
「ええてええて。これがうちの仕事やもん」
「にしても、もうちょっと動くと思ったんだが……やっぱ身体が鈍ってるよ」

 背筋の力で飛び上がるように起き上がった天魔が小さくぼやく。
 そう長い間寝たきりだったわけでもないのに、予想以上に鈍っている。

「あの酒、ホント嫌な酒だよ。
次、どっちがやるか知らないけど思うように動かないのは覚悟しといた方が良いよ」
「ええ、分かっています。ルドルフさん、次は私でよろしいでしょうか?」
「ん? ああ、構わんぞ。私はルークとやりたいからな」
「ありがとうございます。では、雲母さん」
「ええ、よろしくね栞ちゃん」

 アイリーンと入れ替わりに栞と雲母が輪から外れて距離を取る。

「私は素手でというのは苦手だから、武器を使っても良いかしら?」
「勿論、なるべく本気で来て頂けると嬉しいです」
「うーん……」

 本来、逆鬼雲母という人間は人間を傷付けることに向いていない。
 女の子で、それも自分よりも年下の栞に本気を出すというのは難しいだろう。

「まあ、頑張るわ」

 後手に回るのはあまり得意ではない雲母が駆け出す。
 初撃は喉下を狙った刺突、栞は左手を手繰った糸で刃を絡め取る。

「(力押し? それとも引きますか?)」

 二択を提示したつもりだったのだが、

「離した!?」

 雲母はあっさりと刀を手放して栞へと突っ込んで来た。
 徒手での戦いは不得手、あれはブラフだったのか?
 一瞬栞はそう考えたが、すぐに違うことに気付く。

「小柄ですか……!」
「ええ、これはこれで中々切れ味が良いのよ」

 片手で器用に小柄を手繰って栞に斬撃を放つ。
 流石の彼女も超近距離での戦いは厄介だと悟ったのか絡め取っていた日本刀を解いて距離を取る。
 得物を拾い直すために雲母も下がるだろうと思っての選択だったが……。

「駄目よ栞ちゃん。武器は拾うものじゃない、呼び寄せるものよ」

 雲母の左手に刻まれた召喚陣が光を放ちその手に日本刀が戻って来る。
 小柄と太刀による二刀流で攻めは更に激しさを増す。
 彼女が得物を絡め取られた際に召喚をしなかったのはこれを狙っていたからだ。
 小柄による攻めで栞が下がることを予想し、更なる攻勢に繋げるために放置を選んだ。

「べ、勉強になります……!」

 前提として栞は武器を召喚魔法で呼び出さない。
 彼女の糸は体内に埋め込んである糸を生成する人工器官から出しているものだから必要が無いのだ。
 第二に、戦いの最中に武器をわざと手放すというのは定石から外れる。
 絶対にしないというわけではないが、余りそんな手は選ばない。
 ゆえにわざと手放して召喚魔法で呼び寄せるという戦法が即座に思いつかなかった。

「それと召喚を使った戦法にはこんなものもあるわ」

 攻めの手を緩めたと思ったら雲母は後ろに飛び退きながら太刀を投擲。
 顔面目掛けて迫り来るそれを回避する栞だが、

「あ……回避、させられた?」

 即座に意図を察知する。
 距離を取った雲母が栞の横を駆け抜けてゆく。

「そう、察しが良いわね」

 栞の背後で急ターンをすると同時に手の中に投擲した太刀を召喚しそのまま振り抜く。

「……ありがとうございます」

 首筋に触れる寸前で止められた刃が放つ冷気に思わず鳥肌が立ってしまう。

「栞ちゃんはぁ……そうねえ、もう少し糸以外も使ってみれば?
確かに糸で編めば刀も槍も斧も作れるし、盾にだってなる。
後はさっき刀を絡め取ったみたいに拘束のためにも使えるわ。
糸だけに頼るんじゃなくて糸と別のものを併用するのはどうかしら?」
「と、言いますと?」
「そうねえ……例えば、だけど」

 ゴソゴソと腰に付けたバッグを漁る雲母、取り出したのは小柄の束だった。
 投擲用に使ってそのまま無くしてしまうことも多いのでスペアも多数持ち合わせているのだ。

「えい!」

 百本近い小柄を手裏剣の要領であちこちに投擲する。
 カカカ、っと小気味の良い音を響かせて突き立った小柄。
 それらを指差しながら雲母は解説を始める。

「戦う前に糸を結びつけた短刀なんかをこうやってばら撒いておいたら面白いと思わない?」

 不意打ち気味に背後や横から引き寄せて突き立てることも出来るだろうし、
敵の身体に糸を巻き付けて激しい動きをすれば引き寄せられて敵に刺さるようにも出来る。

「成るほど……」

 一度、栞は似たような戦法を三つ目との遊びで使ったことがある。
 あの時は煙幕弾だったが、成るほど確かにこれは色々と応用が利きそうだ。
 なまじ糸繰りに優れ過ぎていたがゆえに思いつかなかったことだが、中々悪くない。

「本当に勉強になります。先達として、これからも御教授いただけると嬉しいです」

 ペコリと頭を下げる栞に雲母がわたわたと手を振る。

「も、もう……そんな大したものじゃないのよ?
食べていくためにとりあえず冒険者になっただけだし、
踏んだ場数で今のところは私の方が上に見えるけど、きっとすぐ追い越しちゃうわ」

 照れで顔を赤らめながら謙遜する雲母を見て栞がクスリと笑みを漏らす。
 年上だが、どうにも可愛らしいところがある人だと。

「そうなると嬉しいですね。さ、戻りましょうか」
「ええ」

 二人が戻るのと入れ替わりに今度はルドルフとルークが前に出る。

「一つ、聞きたい。何故、自分を?」

 同じ槍を使うアイリーンと最初にやれば良かったのでは?
 ルークの指摘は至極尤もだ。

「ああ、それか。いやな、確かに槍の使い手としてアイリーンは申し分無い。
良き勉強になるだろう。だが、私も彼女も攻めの戦いしか知らんからな。
その点ルーク、卿は実に守勢に秀でた男だ。呼吸やら立ち回りを学ばせて欲しい」

 攻め一辺倒の方が好きだし、それを捨てる気は無い。
 だがそれは護りの戦いを疎かにして良い理由にはならないのだ。
 これまでは驕りがあった、攻めの護りでやっていける――と。
 しかしあの動画の戦いを見ていたらそんなことは欠片も思えなくなってしまった。
 吸収出来るものは何でも吸収しなければならない。
 そうやって少しでも自分を強くし、友が安心して頼ってくれるような自分にならねばいけないのだ。

「……成るほど、我流ゆえ参考になるかは分からんが、そういうことならば付き合おう」
「感謝する」

 感謝の言葉を告げ、ほんの少しだけ踏み出した。
 そこはもう槍の間合い、徒手では届かないが槍ならば十分に届く。

「来い」

 大きな身体、それでも小さな構え。
 ルークの姿は正に盾そのものだった。そこに穴を穿つには……。

「初撃から全力でいかせてもらう!!」

 全身全霊の突きだった。
 ルークはそれを身体で受け止めることが出来る。
 どれだけの威力を秘めた攻撃であろうとその身は人形。
 痛みなど感じようはずもなく、受けて反撃に転じることが出来る。
 しかしそれはルドルフの望むものではない。
 ルークもそこら辺はしっかり分かっている。ゆえに技術で全霊の突きを捌く。

「フン……!」

 ルークの拳が槍の頭を叩いたようにしか見えなかった。
 それだけで神速の突きは勢いを狂わせられ、攻撃を放ったルドルフの体勢まで崩れる。

「最短ルートを最小限の動作と最大の速度で進み最小限の力で叩いた、か」

 ルドルフは槍を引き体勢を整え、再び槍を構え直す。

「真っ直ぐ来るものはまだ弾きやすい。勢いが乗っているからな、挫いてやれば楽なものだ」

 ルークが行ったことは酷く単純だ。
 真っ直ぐに進む強い力の横っ腹を突付くことで乱れを生じさせただけ。
 しかし、単純だからと言って誰にでも出来る芸当ではない。

「寸分の狂いもない肉体の運用、観察眼、ずば抜けているな」
「性能が良いだけだ」

 ルーク・ミラーの誕生は偶然によるものだった。
 しかし、それでも生まれた時から一つの想念を抱いていた。
 アリスを護る、アリスを護る、アリスを護る、それが何処の誰の思念かは分からない。
 産まれるはずだった本当の兄の魂がこびりついているからかもしれない。
 そのせいか、ルークはアリスを護ることだけを芯にして戦い続けて来た。
 アリスを護ること以外の雑念が存在しない、それゆえ、守勢に長けているのだ。
 まあ、最近は紫苑というアリスを任せられる相手が出て来て随分と緩くなってしまったが。
 それでも劣化というものが存在せず、身に付けた技術は今でも錆びることはない。

「さあ、盗むのだろう? 手を止めている暇は無いぞルドルフ」
「分かっているさ!!」

 ルドルフの姿が掻き消え、ルーク真上に出現する。
 正面からではなく上からの突き、さあこれをどう捌く?
 ルドルフは期待を込めながらルークの頭蓋に槍を叩き込む。

「やることは変わらない」

 先ほどと同じように、だが力は幾分強めて槍の頭を叩く。
 そして叩いた反動で僅かに立ち位置を変えることで槍を回避する。

「上下左右前後、何処からでも対応出来るのだな」
「対応出来るような攻撃ならばな」
「ふむ、ならば私の一撃が弱かったわけか」
「そういうことだ」
「ありがとう。では、授業を続けてくれ」

 最初の立ち位置に戻って正面からやり合うことを選んだルドルフ。
 何処からでも対応出来るにしてもルークにとってもっとも容易いのは正面からの攻撃だろう。
 そしてそれは学ぶ側のルドルフにも言えることだ。
 真正面から打ち合うことでその呼吸、立ち回り、必要な技術をじっくり観察することが出来る。

「でぃいいいいいいいいいいやぁああああああああ!!」

 ルークの視点から見れば弾幕。
 そう表現することしか出来ない連続突きが繰り出された。
 一撃一撃に込められた力の入りも違うそれらだが、

「フッ……!」

 その総ての突きをルークは見事に凌いでみせた。

「ふむ、総ての突きに的確な力で対応してみせた……か。そこらはやはり経験か?」
「ああ。そこらは経験による感覚だ。これぐらいかな? と予想して打っている」

 その後もこんな感じで質疑応答をしつつ、リハビリ兼授業を二十分ほど続ける。
 先の二人の戦いのようにどちらかが負けという形ではなかったが、
それでも実りある組み手になったことをはルドルフの満足そうな顔を見れば明白だろう。

「じゃあ一巡したし、次はまた僕で……誰にしよっかなぁ?」

 アイリーンとは既に戦った。では次の相手は誰を選ぼうか?
 修羅場の中で磨き上げた技量と蓄積された経験が素晴らしい雲母か。
 守勢に長けており攻撃を通すための工夫を学べるルークか。
 割とトリッキーな戦いをするアリスか。

「んー……迷うなぁ……」
「――――ちょっと良いかしら?」

 これまで静かに見物を続けていたアリスが小さく手を挙げる。

「何でしょうか?」
「私やアイリーンお姉さん、雲母お姉さんも交代制でそちらのパーティに加わるわけでしょう?」
「そうだな。前三人の誰かが抜けて誰かが入る形になるだろう」
「だったら私も少し、身体を動かしておきたいのよ」

 チラリとアリスが視線をやったのは雲母だった。

「えーっと、私かしら?」

 アリスのラブコールを受けた雲母は少しばかり困惑気味だった。
 どうせならリハビリがてら天魔、栞、ルドルフの相手をした方が効率的だ。
 特に身体が錆びているわけでもない者同士が戦うのは如何なものだろう?
 そんな疑問はアリスにも伝わったらしく、

「雲母お姉さんじゃないと駄目なのよ」

 真剣な口調で畳み掛ける。
 雲母もここまで言われてしまえば否とは言えず、
他の者らも一体何をする気なのかと興味深そうにことの成り行きを見守ることにする。

「ねえ雲母お姉さん、あの夜のことは覚えているわよね?」
「……ええ」

 紫苑と違って自分の罪を都合良く忘れられないのが逆鬼雲母という女だ。
 ゆえに当然、自らが犯した愚行についてもしっかり覚えている。
 半ば夢心地だったがそれでも自分が前途ある若者を攫い、
愚かな己の道を正すために随分と無茶をさせてしまった。

「私と桃鞍先生を一撃で倒すような常軌を逸した力、
私もリベンジでは同じ位階に達したけど……紫苑お兄さんの乱入で正気に戻れた」
「そうね……あのままだったら、どうなっていたことやら」
「まあ、今はそれは良いのよ。焦点としてるのはあの異常な力について」

 このまま欝寸前に堕ちてしまいそうな雲母を推し留める。
 ここで話を別の方向に拗らせるつもりはないのだ。

「私達は紫苑お兄さんが来たからあの力が霧散した。
でもそれは――――使 え な く な っ た わ け じ ゃ な い。
そうは思わない? あの感覚、思い出そうと思えば思い出せるんじゃないかしら」
「それは……」

 電車の中で紫苑に慰められたことでアリスの恐怖感は拭えた。
 だからこそ、あの力についても冷静に考えることが出来るようになった。

「出来ることなら使わない方が良い類のもののような気もするわ。
でも、この前の京都のアレ。アレを見てからはそうも思えなくなった。
多分、紫苑お兄さんは大きな流れの中に居るんじゃないかしら?」

 根拠の無い妄想ならばそれで良い。
 しかし、そうじゃないのならば出来ることはやるべきだろう。
 ゆえに出し惜しみなんて以ての外。
 アリスの考えは雲母にも痛いほど伝わっていた。

「……分かったわ。じゃあ、少し試してみましょうか?」
「ああ、他のお姉さん達にも見せておくべきだと思うから」

 そして二人は心の中から余分なものを削ぎ落としていく。
 奪われてなるものか、どんな理不尽にも我が子は渡さない。
 愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる。
 逆鬼雲母、アリス・ミラーの存在が愛で塗り替えられた。
 その変化は見物をしていた六人にも最大級の警戒を促す。

「それじゃあ……」
「ええ、始めましょう」

 爛々と鮮やかな光を放つ蒼い瞳と重く沈んだ暗い光を湛えたヘーゼルの瞳が交わる。

「――――行くわよ!!」

 アリスが左腕を天に突き出した瞬間、周囲の土が隆起して上空に射出される。
 上空で寄り集まったそれらは彼女の意思に従って一つの形を成す。
 全長50メートルはあろう魚に似た頭を持つ西洋風のドラゴン。

「……何だ、あれは……」

 空を仰ぎ、呻くような呟きを漏らす。
 土で出来ているとは思えない存在感を放つ怪物。
 ルドルフは知らず槍を握り締めていたが、
同時にあの怪物を相手取るには己一人では不足だろうとも感じていた。

「し、栞ちゃん……天魔ちゃん……」
「大丈夫、大丈夫ですよ」
「ああ、僕らが居る」

 震える麻衣の背中を擦りながら二人はそう言うが、
彼女ら自身も土くれの怪物に対して明確な脅威を感じていた。
 そんな少女らの恐怖を他所にドラゴンは遥か上空へと飛翔してゆく。
 100メートル、200メートル、300メートル、400メートル。
 そこまで辿り着いた時点で動きを止め、

「■■■■■■■■■■■■!!!!」

 山を鳴動させる咆哮と共に逆鬼雲母を喰らわんと急降下。

「――――おイタはダメよ?」

 くすりと蕩けるような笑みと共に上空へ向けて振り抜かれた刃。
 無造作に振るったとしか思えないそれは一撃でドラゴンの首を刎ねる。
 しかし斬撃はドラゴンの首を刎ねても止らずそのまま遥か彼方へと消え去ってしまった。

「うふふ♪」

 頭部を失い自由落下するドラゴン目掛けて再び刃が振るわれる。
 しかし刃を振るうその手はアイリーンをして視界に捉えることが出来なかった。

「……ここらが潮、かしら」

 数十の斬撃がドラゴンを細切れにしたのを確認し、アリスがそう漏らした。
 これ以上は本当にどうにかなってしまいそう、自力で引き返せるのはここまでだ。

「雲母お姉さん」
「ッッ……そ、そうね」

 二人は同時に心の拠り所である紫苑の顔を思い浮かべた。
 このままどうにかなってしまえばきっと彼は悲しむ――そう強く自己を律して平時の己に回帰する。
 まあ紫苑ならばどうにかなろうとも悲しむことはないだろうが。

「今のは……一体、何ですか?」

 アリスと雲母が正気に戻ったのを見計らい、栞が代表して問いを投げる。
 十分にも満たない短い時間だった。
 それでも今目の前で起きたことは決して忘れられるようなものではない。

「紫苑お兄さんから聞かなかった?
雲母お姉さんに攫われたお兄さんを助けに行った時、私がおかしなことをしてたって」
「それは……聞いて、いるが……だが、これは……」

 動画の中で紫苑が見せた力と同種のような――否、違う。
 全員が同じ考えを浮かべ、同時に打ち消した。
 アリスと雲母が見せたそれはレベルが違う気がしたのだ。
 紫苑が見せた力の方が恐ろしい。

「私がこの力に目覚めたのは雲母お姉さんに恐怖を抱いたから。
紫苑お兄さんを取り返さなきゃいけないのに、恐れてしまったから。
そんな自分に怒りを抱いて、愛以外は何も要らないって考えて……気付けばああなった」
「私は……ただ、もう喪いたくなくて、気付けばあんな力を出していたわ」

 アリスと雲母がそれぞれ力のトリガーとなったであろう事柄を口にする。
 本人にも分からないが、怪しいのはそれぐらいなのだ。

「凄い、けど怖い」

 凄まじい力だ、けれども何処か恐怖を感じる――アイリーンの指摘に当事者二人が頷く。

「そうねえ、とても恐ろしいわ。あのままで居たら本当にどうにかなってしまいそうだもの」
「でも、紫苑お兄さんが居る。お兄さんのことを考えたらどうにか戻って来れたわ」

 一線を超えさせるのも紫苑ならば一線を超えた先から引き戻すのも紫苑。
 それだけ二人にとっては彼の存在が重いのだ。
 紫苑を護るためならどうなっても良い、
同時に紫苑を悲しませたくないから戻って来なければいけない――矛盾だ。
 しかし、それもまた人間というものの性である。

「デカブツルークと麻衣お姉さんはちょっと分からないけど……それ以外の四人。
あくまで私の見立てだけれど、お姉さん達も同じような状態になれると思うわ。
それ以外は要らないってものだけで自分を塗り替えるの、そうすればきっと出来る。
ルドルフお兄さんのトリガーとなるものと、セーフティになるものは私には分からない。
でも他の三人は多分、私や雲母お姉さんと同じようなものじゃないかしら?」

 それは悪魔の囁きか、天使の啓示か。
 少なくとも女三人にとってはどうでも良かった。

「それは朗報」
「ですね。もし、本当にあんな力が出せるならば紫苑さんにばかり無理をさせずに済みます」
「だね。上等だよ。リスクが無い力なんかよりよっぽど良い」

 とまあ、乗り気な三人だが、もしアリスや雲母と同じ力に目覚めたとしよう。
 紫 苑 か ら の 好 感 度 は 更 に 急 降 下 す る だ ろ う。
 妬み嫉みの化身を前にして特別な力とかは使ってはいけないのだ。
次回がアイリーンの話になると思います
+注意+
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