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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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京都大虐殺 終

 カニ――葛西二葉が勝利を求めることに特別な背景は無い。
 幼い頃に生涯拭えぬトラウマを負って勝利を渇望するようになったとか、
そういう雑多な理由は無く――――純粋に勝ちを求めている。
 普通の両親の下に生まれ、普通の愛情を注がれ、普通に育った。
 ただ、物心ついた時から何となく勝ちが欲しくなったのだ。
 繰り返すがそこに理由は一切無い。
 ただただ在るがままに勝利を求めている。
 それは半端な想念ではない、想念が形になるならどんな怪獣になることだろう。

 例えばアイリーン・ハーン、ルドルフ・フォン・ジンネマン。
 彼らは各々が物語に触れてクー・フーリンやオーディンに強い憧れを抱くようになった。
 そしてそれを超えようと強い想念が生じた。
 例えば外道天魔、彼女は偶然命の危機に触れて、
それを忌避する心とそれ以上に楽しいということに気付き、狂おしいまでにスリルを求めた。
 まあ、今はその強い想念が別ベクトルに向けられてはいるが。
 例えば醍醐栞、彼女は普通に正義感の強い少女だった。
 しかし両親の悪徳を裁いたその瞬間から、正しさに対する妄念を抱いた。
 その強い想いも今は天魔同様に別の方向に向いているが。
 例えば逆鬼雲母、彼女は喪失によって天地を割るような愛に目覚めた。

 何某か強い想念が発露するには切っ掛けがあって然るべきなのだ。
 勿論、見つける以前から強い想念を抱く素養はあっただろう。
 しかし見つからなければ強い想念は花開かない。
 どうしてそこに強い想いを抱くようになったか、春風紫苑と葛西二葉にはそれらの理由が無い。
 本当に何の理由も無く見栄や保身、勝利といったものを何よりも重んじている。
 憧れやトラウマなんて切っ掛けが微塵も存在していないのだ。
 だからこそ誰よりも純粋――――まじりっけが一切無い。

 一切存在しないままに己が想念に従って生きている。
 葛西二葉にとっては生命活動そのものが勝利を得るためのものでしかない。
 呼吸も、食事も、睡眠も、娯楽でさえも、大元にあるのは勝利のため。
 細胞の一つ一つにまで勝利に対する渇望が根付いている。
 だからこそ、今でも勝利を諦めていない。

「……女、お前何笑ってんだ?」

 全身傷だらけ、直撃だけは辛うじて避けてはいたものの既に満身創痍。
 右腕は千切れかけているし、流し過ぎた血のおかげでロクに頭も回らない。
 武器を持って立っている現状こそが異常なのだ。

「ここまで追い詰めて未だに私を殺せないお前がおかしいのさ。
それと、ここからお前に敗北の苦渋を飲ませてやれると思うとついつい二ヤけちまう」

 霧という要素を度外視すれば、この鬼はそこまで強くない。
 完全に反応出来るわけではないが動きは目で追えるし、
直撃さえしなければ一発で死ぬこともない――――だったら大丈夫。
 以前アレクにはまったく反応が出来ずにしてやられた。
 しかしこの鬼相手では戦いになっている。
 だったら問題無い。勝てる、勝てる、勝利以外の結果は要らない。

「……馬鹿なのか?」
「かもな。だが、良いさ、それで。馬鹿の方が人生楽しめる。
つーわけでよ――――馬鹿なりにまだまだ足掻かせてもらうぜ」

 言うや両足に力を込めてめいっぱい後ろに飛び退いた。
 距離にして五十メートル、しかし後退が足掻くこと?

「足掻くってのは逃げるってことかよ! 情けねえぞ女ぁあああああああああ!!」

 カニを追うために鬼も地を蹴ったが、

「あ?」

 何かに引き寄せられるように無数の死体が鬼に向けて殺到する。
 細い細い触れたことも気付かない、それでいて強靭な糸。
 それを死体と鬼に括りつけて鬼が激しい動きをした瞬間に、
死体が一気に引き寄せられるようにカニが仕掛けを施していたのだ。

「――――爆ぜろ」

 瞬間、死体に仕込んでいた爆弾が鬼の至近距離で炸裂する。
 三十もの同時爆破、しかしミサイルの一撃すら通じない相手だ。
 カニもダメージを与えられるとは思っていない。
 精々が目くらましのはずだったのだが……。

「う、ぐぅううううう……!!」

 爆炎の向こうに見える鬼は重傷でこそないが、そこそこのダメージを負っているように見える。
 これは一体どうしたことか。いや、異常ならば最初の時点で既にあった。
 小さな傷とはいえ明らかにミサイルよりも劣る鋏で鬼を傷付けることが出来ていたのだ。

"判明していない別の要素で、私らが奴と渡り合える可能性もあるんじゃないか?"

 カニは車内で自分が口にした言葉を思い出していた。
 ちょっとした期待レベルだった、だが今の状況を見るにそれは正しいのかもしれない。
 そう思うと俄然勝利への欲求が激しくなって来る。

「ひ、ひひひ……うきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃ!!!!」

 千年の都に響き渡る哄笑。
 この鬼に勝てば、その勝利には様々なものが付随してくるだろう。
 金銭、名誉、しかしカニにとってはそんなもの塵屑でしかない。
 彼女は純粋に勝利という事実のみを欲しているのだ。

"理由なんかねえよ。卑怯非道、なんとそしられようと私は勝ちたいんだよ。
いや、特別過去に何かあったわけじゃない。ただただ勝利を積み上げ続けたいんだよ!!
他人からすれば賽の河原よりも非生産的で虚しい行いだろうが一向に構わん!
擦り切れた勝利を心臓が止まる瞬間まで積み上げ続けるために私は生きている!!
だって楽しいもん! 勝つって気持ち良いもん! どんな過程を経ていようとも勝ちは勝ち!
クカカカカカカ! ワキャキャキャ!! あー! 最高!
私がこのコロッセオに来たのもここで最強って言われてるコイツを負け犬にするためだ。
富士の頂で御来光を拝むより爽快だわ。良いね、やっぱ止められんわこれェ!!!"

 何時か何処かでそう言ったように、カニにとっては勝利とはそういうものだ。
 ただただ勝利を積み上げたい、意味も生産性も求めていない。
 楽しい、気持ち良い、それすらも所詮は二の次。
 重要なのは勝つこと、勝った結果として楽しさや気持ち良さが生じるだけ。
 別にそれらを感じなくても、勝てるのならばそれで良い。

「勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ
勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ
勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ
かぁああああああつ! ふひゃひゃひゃひゃ!
何かカツカツ言い過ぎて家計が危ない感じにも聞こえるなぁ!?」

 その瞬間、彼女の身体に異変が訪れる。
 あれだけ深く刻まれていた傷がみるみるうちに癒え始めたのだ。
 勝つためには負傷なんて邪魔だ――――そう言わんばかりに。

「……んだテメェはよぉ!!」

 鬼の咆哮が衝撃波となってカニを襲うがまるで揺るぎもしない。
 今、彼女の中では何某かの変革が起きているのだ。
 そう、よくあるヒーローがピンチになると覚醒するアレかもしれない。
 問題はカニがヒーローなんて可愛いものではないことか。
 どんな力も使う人次第、これまた陳腐な文句だが正にその通り。
 力を得てはいけない人間というのが世の中にはどうしても存在していて、
葛西二葉という少女はそのカテゴリーに入る人間だった。

「喧しいわカマセ野郎が。テメェは私の踏み――――ああ、私達の踏み台か」

 カニの視線は京都タワーホテルに向けられている。
 そんな彼女に釣られるように鬼もまた視線を向けると……。

「高いところから見ればよく分かる――――ここは地獄だな」

 悲痛な表情を浮かべ、心にもないことを口にしているのは、誰あろう春風紫苑だった。
 投げ入れられた際に開いた大穴の縁に立ち、静かに下界を見下ろしている。
 その御髪は半分ほどが純白に染まっており、明らかな異常が見て取れた。

「はは、そうか? 私は別にそうは思わんがな」

 その言葉を無視して紫苑は建物から飛び降りた。
 決して軽くは無い衝撃が彼を襲ったが、今はそんなこと気にもならない。
 紫苑はカニの隣に並び立つと、静かに宣言する。

「――――鬼退治だ」
「――――ハ、やる気じゃないか大将。お互い、何か色々変わったみたいだな」

 確かに二人はある種の変革を果たしていた。
 しかし、二人揃って具体的に何がどうなったかは把握していないしそれを気にしてもいない。
 だというのに自信だけは後から後から湧き出て来る。
 誰が二人をこうしたのか――――言うまでもなく鬼だ。
 鬼が引き起こしたこの状況が彼らを覚醒させた。良きにしろ、悪しきにしろ……。

「何つーか、私とお前で紅白揃っておめでたい感じがするよな」
「めでたいか……そんな気分にはなれない。余りにも人が死に過ぎている」
「ホント良い子ちゃんだなおたく。まあ良いさ、しかしこう……アレだな。
京都で鬼退治っつーと歌を思い出すわ……何だっけなぁ……」

 紫苑とカニ、そして鬼。
 三者はそれぞれ仕掛けるタイミングを狙っていた。
 鬼は今、最大級の警戒をしていた。目の前に居る二人が余りにも異質過ぎるのだ。

「そうそう、大江の山に来てみれば~♪ ってアレ」

 そこまで出ていて何故、最後の一本が繋がらないのか。
 どう考えてもおかしい、しかしこの場において人間二人はそれに気付かない。
 また、化け物二匹もそれを口にすることはない。

「つーわけで、だ――――逝っとけや腐れ鬼ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
「逝くのはテメェらだ人間がぁああああああああああああああああああああああああ!!」

 鬼とカニ、その両方が同時に地を蹴った。
 ぶつかり合う額と額、しかし人間である彼女はまるで力負けしていない。

「くぁ……!?」

 同時に仰け反る、互いの頭突きは互いに同程度のダメージを与えた。
 しかし忘れてはいまいか、鬼は一匹で人は二人。

「(俺の名を上げるために死ねよ化け物、お前の屍を踏みつけて俺は輝くんだ!!)」

 薄汚い欲望を撒き散らす邪悪な少年が生み出したものは巨大な白蛇だった。
 紫苑の真下から飛び出した数十メートルを超えるそれは、
自らの頭に創造主を乗せてそのまま鬼へと襲い掛かる。

「うががががが……! は、離しやがれぇええええええええええええ!!」

 蛇の顎が鬼を捕らえ、そのまま疾走を開始する。
 鬼が何度も何度も蛇の頭を叩くが蛇は欠片も力を緩めることはない。

「……何かおかしくねえか?」

 蛇と並走するカニの脳裏に一つの疑問が浮かび上がった。
 幻術魔法というのならば、どうして自分にもこの白蛇が見えている?
 自分を騙したところで意味は無いだろう、魔力の無駄だ。
 紫 苑 は 一 体 何 を 騙 し て い る ん だ ?

「お、お前……こ、小僧ぉぉおおお……!!」

 本人ですら良く分かっていないそれをいち早く看破したのは鬼だった。
 まやかしだ、まやかしだ。
 しかし戦いを始めた当初に自分がかけられていたそれとはまったく別種。
 騙す対象が違うのだ。鬼でも人でもなく――――

「世 界 を だ ま く ら か し た か ! ?」

 鬼のミスがあるとすればそれは霧を使ったことだ。
 京都府内という世界から見れば極小さな領域を己が異界に変えてしまった。

『カカカ、この規模ならこういう騙し方も出来るってか……つくづく、反則だぜ。
けど、こういうのはこれっきりだ。紫苑は個として超越の存在になっちゃいけねえからなぁ。
しかしまあ……まかり間違ってりゃこう生まれてたってのも恐ろしい話だぜ』

 霧を使わねば鬼は活動もままならず、
しかし霧を使えば紫苑の反則技を許容することに――――つまりは最初から詰んでいたのだ。
 それを理解しているのはカス蛇のみ。

「お前は……お前は何なんだぁあああああああああああああああ!?」

 白蛇の巨体が大きくうねり、鬼の身体が空へと投げ出される。
 同時にカニが蛇の身体を蹴って宙に飛び上がり、鬼の顔面を鷲掴む。

「ごちゃごちゃやかましいんだよ負け犬が! とっとと勝ちを寄越せよ!!」

 鬼の身体が凄まじい勢いで大地に叩き付けられ轟音と共に巨大なクレーターが形成される。
 カニは即座に飛び退きクレーターから脱出。
 その瞬間、クレーターの中心に居る鬼めがけて剣の雨が降り注ぐ。
 千か、万か、あるいはそれ以上か。
 絶え間なく降り注ぐ剣雨が鬼の身体を貫いてゆく。

「(ああ、ああ! 今だけは同感だぜ怪奇カニ女!
そうだ、化け物! 俺に勝利を――その先にある栄光を寄越せ!
テメェを倒したという事実が装飾品となって俺をより輝かせるんだよ!!!)」

 表面上は鬼気迫る真剣な顔をしている紫苑だが、内面は浅ましい欲の泥で満ち溢れていた。
 彼はこの戦いを見つめている一般人が居ることに気付いているのだ。
 ゆえに彼らに向けてアピールをしている。
 僕はあなた達を助けに来て、これだけ必死で戦っていますよ――と。

「俺を舐めるんじゃねえ……!!」

 重傷を負いながらも鬼はまだまだ健在だった。
 クレーターから飛び出した彼はカニと紫苑目掛けて火球を放つ。
 口から無数の火球を出す様は怪獣そのものだ。

「舐めるもクソもねえよ、何時まで醜く抵抗してんだとっとと死ねバーカ!!」

 カニが両の手で自分に向かう火球を打ち払う。
 払われたそれはあちこちの建物に直撃し一瞬で蒸発させると思われたが……。

「カニ! 払うならば空にしろ空に!!」

 紫苑は生み出した巨大な岩壁によって自分と、カニが打ち払った火球を完璧に防いでのけた。
 この戦いは人域のそれではない。
 超常の領域に住む何某かが神話の戦いを繰り広げているようにしか見えない。
 鬼から身を潜めていた一般人達はこの現実離れした光景に唖然とするしかなかった。

「(見てる見てる見てる見てるぅううううううううううううううううううううう!!)」

 一般人達にとって紫苑とカニは救いの主だ。
 しかし、凶笑を浮かべて猛るカニは酷く恐ろしく、鬼と同じ怪物に思えてしまう。
 対照的に歯を食い縛って苦しそうにしている紫苑は、健気な勇気を振り絞る英雄に思える。
 それは何故か、騙しているからだ。
 紫苑は戦いのために幻術魔法を使うと同時に印象操作のためにも魔法を使用していたのだ。
 こんな時に何を……そう思うかもしれない。
 だが、これが見栄を張ることのみに没頭し続けている春風紫苑なのだ。
 余分な一切をが成りを潜めている今しか成れない春風紫苑。

「うひゃひゃひゃひゃひゃ! どうしたどうした、最初とはまるで立場が違うぜ化け物!?
私達が上ぇ!(↑)お前は下だぁ!(↓)笑えるぜマジでよぉ!
ほらほらほらほらぁあああああああああああ! 十六連射だぁあああああ!!」

 鬼の身体に刺さっている無数の剣。
 その柄目掛けてカニはひたすらに拳を打ち出し続ける。

「我がががぁああああああぎぃいいいい!!」

 柄を殴られる度に剣が貫通して飛び出してゆく。
 剣を射出する機械と成り果てた鬼は苦悶の表情を浮かべながらも反撃を繰り出す。
 確かに劣勢、しかし鬼の憎悪はまるで消えちゃいない。
 だからこそ痛みに叫びながらも反撃の手を緩めることはないのだ。

「(チッ……これが俺の一人舞台なら良かったのによぉ!!)」

 何時もの不満――――のように思えるがこれは少々違う。
 自分より目立つな、普段の彼ならばそれぐらいの悪態は当然のように吐くだろう。
 しかし一人舞台――己一人でやれたら良かったなどとは言わない。
 何せ命のやり取りをしているのだから。
 ゆえに今の発言は石橋を叩いて渡る慎重思考の紫苑らしくない。

「こ、の……化け物どもが……!!」

 鬼の身体は穴だらけ、だけども倒れない。しぶといにもほどがある。
 紫苑がクルリと槍を一回転させる、
すると鬼の立っている場所から鎖が出現してその身体を縛り付けた。
 鬼はどうにか振り解こうと身を捩るが鎖は千切れた瞬間から再生を果たしてしまう。
 これで動きは完全に封じることが出来た。後は仕上げをするだけ。

「(良い的だなぁオイ。ケケケ……)化け物でも良いさ、お前を討てるならば!!」

 全身の筋肉をフル稼働して投擲した槍が鬼の左胸を貫く。

「化け物に化け物って言われるとは光栄だなァ! クケケケケケケケ!!」

 閉じられた二本の鋏が鬼の左右から迫り、首を断ち切る。

「(これで仕舞い……か?)」

 頭部を失った身体が崩れ落ちた、しかし問題は首だ。
 鬼は首となってもまだ息があるようだった。

「ようやく……ようやく、分かった……小僧、小娘、お前らの正体がな……」

 息も絶え絶え、一応生きてはいるがもう何も出来まい。
 紫苑はそう判断して黙ったまま生首を見つめる。
 別に末期の言葉に耳を傾けようとかそういう殊勝な気持ちがあるわけじゃない。
 単純に沈黙したままじっと死に往く者を看取るのが絵的にカッコ良いと思っているからだ。

「小娘、お前は単純だ……ああ、狂気的なまでに勝利を求める性……。
それが、この空間に適応出来た理由だろうよ……化け物め……」

 小首を傾げるカニ。鬼の言葉はイマイチ要領を得ない。
 だが、鬼に疑問に答える気はないらしい。
 自分一人で納得しているようだ。
 ゆえに今発している言葉も別に紫苑達に聞かせるものではない。

「小僧、お前は特級だ。思想や性格、そんなものは何も珍しくはねえ。
同族が泣いたり殺されれば、それを成した者に怒りを抱く――この場では俺か。
ただの善人だ、戦いの中でお前が口にしていた言葉は総て善人のそれだよ」

 死に往く者すら道化芝居からは逃れられない。
 あいつもそいつもどいつもこいつも、皆悉く道化なのだ。
 何て滑稽、何て無様、誰も彼もがまっとうに役をこなすことが出来ない。

「ただ、深度が桁違いだ。小娘と同じくな……なあオイ人間、お前が気付いてないことを教えてやる」

 嘲り、一矢報いてやるという表情だが……。

「お前は人の幸せを願っている。だが、誰も彼もが幸せになることはないと諦めてもいる。
誰も彼もが幸せになるなんて――――そ ん な の 幻 の 中 だ け だ。
お前のまやかしは素晴らしいよ、誰も彼もが幸せな夢に溺れることが出来る。
ああ、そんなの本当の幸せじゃないって顔をしてるなぁ?
だが、お前は心の底でそれぐらいしか方法が無いと理解し強く想っている」

 何言ってんのこの化け物? 紫苑の感想としてはそんなものだ。
 ただまあ、一応空気を読んで苦い顔はしているが。

「だが、それを認めたくない。
無力の理由を己が天地に向かい合って生きるちっぽけな人間だからと思い込んでいる。
それこそ強く、強く……多分、俺はその人の皮に穴を開けたんだろうなぁ……。
だから皮の下にあるものを露出させちまった。
その分厚い人の皮、霧は中にあるものを刺激することで皮に穴を開けはしたがどういうわけか駆逐は出来なかった。
完全に取り払っちまえばお前もそこらに転がってたはずなのによぉ……。
もしかしてあれか、俺は最初から詰んでたのかねえ」

 ゲラゲラと己を、他者を、総てを嘲笑う鬼。
 負け犬はいい加減死んどけ――紫苑はもういい加減白けていた。

「俺が死ねばこの霧も消える、そうなれば穴は修復されるぜ。
だがなぁ……お前次第で皮を完全に取っ払うことは出来るは――――」

 鬼の言葉が最後まで続くことはなかった。
 何時までも死なないカニが痺れを切らしてその生首を踏み潰したのだ。

「ごちゃごちゃごちゃごちゃ喧しいんだよ負け犬が。
死ねよ早く、どうでも良いんだよお前の泣き言なんかな。とっとと私に勝ちを寄越せバーカ」

 二度三度踏み付けて完全に鬼が息絶えたことを確認する。
 そして絶命を確認した途端、カニはビクンと大きく身体を震わせる。

「は……はぁあああ! か、勝った……嗚呼、私の勝ちだ!!!!」

 ケタケタと笑うその表情はあどけない童女のそれと同じくらいに純粋だった。

「(……付き合いきれんわ。気持ち悪いわぁマジで。
いやまあ、コイツがこんなだから俺の素晴らしさが際立つんだけどさ。良い踏み台だわ)」

 白蛇を消して軽やかに地面に着地する紫苑。
 だがそこで、あることに気付く。

「(あれ……俺、そういや魔力どうなってんだ?)」

 これまでに使用した幻術魔法は明らかにキャパオーバーだ。
 だというのに何故使うことが出来たのか、そう考え始めようとした矢先のことだった。

「なあオイ紫苑」

 カニの言葉で紫苑の思考が霧散する。
 そのことに若干苛つきつつ目を向ければ彼女はニタニタと気味の悪い笑顔を浮かべていた。

「(キモいなマジで)何だ? 俺は早く生き残ってる人の救助に向かいたいんだが……」
「――――まあ待てよ」

 一瞬で紫苑のすぐ傍まで距離を詰め、彼の首筋に鋏の刃をつきつける。
 傍から見ていれば乱心したとしか思えないだろう。

「例えばさ、私が百万人の人間をぶっ殺すために動いたとしよう」
「いきなり何を……」
「良いから黙って聞けって。テロだとしよう、私は百万人の人間を殺すテロを目論んでいる」

 突拍子の無い仮定だ。
 しかしカニに限っては勝利のためとあらばそれぐらいはしそうなので怖い。

「ただ、仕掛けのためには時間がかかる。
一週間、一ヶ月、とりあえず私と止められる期間があると思え」
「(別に俺以外の百万人が死のうとも知ったこっちゃねーよバーカ)」

 ゆっくりと、徐々にだが霧が薄まり始めている。
 鬼が死んだからとて一瞬で消えるわけではないらしい。

「紫苑、お前はそんな私を止めようと奮闘するわけだ。
実際、私がそんなことやらかせば本気で止めに来るだろうなぁ……ひゃひゃひゃ!」

 何が楽しいのか知らないが紫苑はそんなことしない。
 少なくとも必要に迫られなければ自主的に動くことは百パーセント無い。

「で、お前は私を止める術を見つけるわけだ。
しかし私の企てを破壊するためには十万の人間の命を犠牲にする必要がある。出来るか?」
「そんなこと……」

 苦悩、紫苑の表情を端的に表現するならその言葉がピッタリだろう。

「そうだろうそうだろう、悩むよなぁ。何度も吐くくらい葛藤するだろうなぁ。
で も 本 来 お 前 は 躊 躇 い な く そ れ を 出 来 る 人 間 な ん だ よ。
今は、ってか常に余分なものが邪魔して実行に移せないだけで本質的には出来る人間なんだ。
お前は人を救うためなら手段を選ばずに行動出来るはずなんだよ」

 人(自分)を救うためなら確かに手段は選ばないだろう。

「お前と私は酷く似通ってるんだよ。
私は勝利のために手段は選ばない、お前は誰かを救うために手段は選ばない。
口だけじゃない、実際に行動に移せる人間なんだ。何度も何度も繰り返せる人間なんだ」

 それは先ほど鬼が言っていた言葉とも似通っていた。
 幻の中に人間を叩き込み望むものだけを見せ万人を幸せにする。
 それも一つの手段を選ばない結果と言えるだろう。
 まあ紫苑が他人に幸せな夢を見せるなんて真似をするわけないのだが。

「……」
「違う、とでも言いたげだがそうだよ。間違いねえ。
なあ、私が電車の中で言ったこと覚えてるか? この戦いを生き残れば……ってやつよ」
「……諸々の疑問に対する答えが出る、か?
(疲れてるのに屑のクッソつまらねえ戯言に付き合わせるとか俺不幸過ぎる。俺美少年過ぎる)」

 美 少 年 は 関 係 無 い だ ろ う。

「(なあカスカスカッス)」
『何か俺様の中身が無いみたいだからその呼び方止めろ』
「(お前の中身とかどうでも良いんだよ。それよりさぁ……)」
『あんだよ?』
「(何で俺こんな意味の分からない馬鹿な長話に付き合わされてんの?)」

 そういう紫苑も結構な頻度で他人を長話に付き合わせている件について。
 更に言うなら中身が説教なのだから、カニのこれよりも最悪だ。
 しかも相手を想うがゆえの説教ならともかく、自己満足のための説教なのだから救えない。

「私は、何よりも勝利を希求している。それは分かるな?」
「……ああ、人の生き方に口を出すのもどうかと思うが――――」
「まあ待て、説教は良いんだ。私の話を聞いてくれよ」

 紫苑の言葉を途中で遮ったことで彼の不機嫌ゲージが四本目に突入してしまう。
 後一本溜まれば超必殺技が出せる――――わけがない。

「自分に勝つ、って言葉あるじゃん? ありゃ己の欲を律したりとかそういう意味だろ?
私はそういう意味での"自分に勝つ"に関しちゃ興味は無い。
私は言葉通りに"自分に勝ちたい"んだよ。
本当の意味で何もかもに背を向けて手段を選ばない奴と勝負がしたい。
なあ、覚えてるか? 夏休み前にあったギルドからの課題だ。
私とお前は示し合わせたわけでもないのに召喚魔法を使った戦法を編み出した」

 カニはようやく自分が感じていた何かを形に出来た!
 と喜んではいるが、見当違いも甚だしい。
 いや、彼女の望みに関しては正しいのだろう。
 ただ一つ、春風紫苑という人間を見誤っているだけ。

「つまりなあ、分かるか?
私が今までどうにもお前を攻めきれなかったのは、私が望む形じゃなかったからだ。
一切合財余分なものを削ぎ落としたお前と地獄のような戦いをしたいんだよ私は!
何でもしよう、何でもしようじゃないか。
そうやって何もかもを食い散らしながらどっちが上でどっちが下か決めようじゃないか!!!!」

 言うやカニは紫苑の頭を引っ掴んで乱暴に引き寄せる。
 荒々しいキス、彼女の口内は血塗れで酷い鉄の味だ。

「ぷはぁ……! つーわけであれだ、そういうことでよろしく頼むわ」
「……俺は、お前と戦う理由が無い」
「ああ、だからお前と親しい人間を何かをぶっ殺してキレさせるってのもありっちゃありだが……」
「(マジで!? じゃあ天魔と栞とルドルフと麻衣とアリスとルークとハゲと沢山殺してくれ!)」

 外道過ぎる言葉に外道過ぎるリアクションを返す。
 反吐が出そうな通じ合い方をしている二人だ。
 もういっそ付き合ってそのまま二人で地獄に堕ちれば良い。

「ただまあ、それだけじゃ削ぎ落とせそうな気もしねえし……ま、色々考えるかね」
「……」

 ポーズのためにキッ、と睨み付ける紫苑とそれを受け流すカニ。
 この睨み合いはもうしばし続くと思われたが……。

『紫苑、霧が晴れる』

 霧が消え去り青空が顔を出す。

「(あ?)」
『――――最大級の揺り返しが来るぜ』

 瞬間、紫苑の口から夥しい量の血が噴き出す。

「!? おいお前、紫苑! どうした!?」

 口だけじゃない、目や鼻からも血が出ている。
 全身を襲う地獄のような痛み、鬼の攻撃なんて一度も喰らっていないのに酷く痛む。

「~~~~~~~ッッッ!!!!」

 脳みそを小人がスプーンで抉り取っているかのような頭痛。
 身体は熱く焼却炉の中に叩き込まれたよう。
 心臓が過剰なまでに拍動して酷く気持ちが悪い。
 あちこちの骨が軋み、罅割れ、砕けていく。
 内臓が捻れる、吐血が止らない。
 春風紫苑が歩んで来た人生の中で初めて味わう想像を絶する苦痛。
 それでも泣き喚いたり無様に叫ぶことなく、必死で苦痛を噛み殺しているのは流石と言えよう。

「おいしっかりしろ! お前、私とやる前に死ぬとか赦さねえぞ!?」

 そんなカニの言葉も今の紫苑には届かない。
 一瞬、その身体が時間が止まったかのごとく完全制止し、

「――――あ」

 春風紫苑は糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
明日から出張で遠方に行くので今日以降、しばらく更新できません。
早ければ一週間、もう少しかかる可能性もあるかな?
とりあえずちょっと更新止ります。
+注意+
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