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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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チート女を堕とす冴えたやり方 弐

 すっかり日も落ちて暗くなった室内。
 アイリーンはベッドの上に寝転がったまま微動だにしなかった。
 流れ出る鮮血よりも赤いその瞳が映すのは視線の先にある天井ではなく一人の少年。

「春風紫苑」

 記憶の中にある紫苑をじっと見つめているのだ。
 今日までの彼女にとって春風紫苑と言う少年は面白い人間と言う評価だった。
 自己紹介、そして昨日の"目覚まし時計"の件で目を引き、クラスの中では一番興味があると言っても差支えが無かった。
 しかしまさか、ここで更に興味を引くようなことをやって来るとは予想もしていなかったのだ。

「興味津々」

 まず第一に、まさか家に訪ねて来るとは思ってもいなかった。
 中学が同じであったため近所だとは知っていたが、いきなり過ぎた。
 何故? と言う疑問よりも先に身体が動き玄関先に向かうと、

「目」

 紫苑の瞳は大きな決意と必死さに彩られており――――魅せられてしまう。
 その感情の向かう先が己であると気付くのに時間はかからなかった。
 "食事の誘い"それだけならばまだ問題は無い。
 その後に続いた言葉でアイリーンは思い知らされる。

「郷に入っては郷に従え」

 この国では齢が上ならば例え同学年でも目上として敬う、母方の血は貴族に連なっている。
 そこまで言われれば嫌が応にも気付く。
 彼の少年は自分が胸に秘めているものに気付いているのだと。

「驚愕」

 そう、驚愕だった。
 元より口下手で人付き合いがよろしくないアイリーンは、身内以外の人間に自分のことを誰かに語ったことなど一度足りとて無い。
 だから当然、知らないはずなのだ。
 しかしそれをどうやってか調べ上げ胸に宿る憧れを看破されてしまった。
 それは口にしたことはない、だがそれでもアイリーン・ハーンと言う少女にとっては何よりも重いもの。

「赤枝、クランの猛犬」

 ク・ホリン、あるいはクー・フーリン、それが憧れの名前。
 日本ではマイナーだがアイリッシュである彼女にとっては絶対の英雄。
 幼少期から優れた武勇で止むを得ずとは言え国一番の番犬を叩き殺し、その子供を育て子が成長するまで己が番犬を務めると言ってのけた誠実さ。
 そんな煌びやかな伝説に彩られながらも非業の終わりを遂げる哀しき英雄クー・フーリン。
 アイリーンは心の底から彼を尊敬している。

「……伝説の、再現」

 クー・フーリンが死に至る遠因となったのはメイヴと言う悪女の姦計だ。
 ゲッシュ――――禁忌を意味する言葉。
 アルスター伝説などで語られる各人に課せられる義務や誓い。
 ゲッシュを厳守すれば神々の祝福が得られるものの、それを破れば途轍も無いしっぺ返しがやって来ると言う。
 クー・フーリンもまたそのゲッシュを破らされて非業の死を遂げた。

「犬の肉を食べない」

 幼少期に番犬を殺したがゆえにクー・フーリンは犬を食わぬと誓った。

「目下の者からの食事の誘いを断らない」

 彼の母は王の妹で彼自身も尊き血に連なる人間だった。
 同時にその武勇も凄まじく彼より目上の人間など数えるほどしかいなかった。
 メイブは先に挙げたものに加えて後幾つかのゲッシュをクー・フーリンに破らせ弱体化させる。
 結果として彼は半身の麻痺と言う致命的なハンデを背負い、敵に奪われてしまった愛槍ゲイ・ボルグに刺し穿たれ命を落とす。
 その際、最後の矜持だろうか?
 彼は零れ落ちた内臓を水で清めて腹に戻し石柱に己が身体を縛りつけ、最後まで倒れることがなかったと言われている。

「凄絶な生き様」

 現代を生きる人間にとってはゲッシュなど愚かなものにしか思えないだろう。
 強力な恩恵を得られどもリスクが大き過ぎるのだから。
 確かにその通りだ、真っ当な頭をしているならゲッシュなんてものを自分に課しはしない。
 それでも――――アイリーン・ハーンと言う少女は心底から彼の生き様に魅せられた。
 哀しい最期も含めて、愛しているのだ。クー・フーリンの物語を。

「胸が、熱い」

 春風紫苑は伝説の再現をしようとしている。
 そのために今日、アイリーンの下へと足を運んだのだ。
 強い強い己に勝つために必死で策を練り、勇気を持って敵地へ赴いた。
 その勇気に敬意を、だがそれ以上に――――感謝を。

「予想外」

 これまでアイリーンは憧れてはいたが、超えるなんて思いもつかなかった。
 けれども紫苑は言った――――英雄を超える気概はありや? と。
 それは彼女にとって心臓を雷に貫かれたような衝撃だった。

「"勝つために、負けても納得出来る勝者が生まれると信じて"」

 紫苑の言葉をなぞる度に心臓が強く脈打つ。
 勝つために――――それは当然だ。
 負けても納得出来る勝者が生まれるために――――成るほど。
 確かにそうだ。負けるのならば、躓くのならば大きな石に躓いたのだと思いたい。
 彼女自身も戦士であると言う自負の下に生きている。
 なればこそ紫苑の願いは痛いほどに分かってしまう。

「"三脚巴トリスケリオンの悪女が如き悪辣さも見せよう"」

 勝つために己はメイブにも成ろうと言う宣言。
 それはどう言う意味を持つのか分からないほどアイリーンは愚かではない。
 十中八九食事に毒を混ぜるだろう、半身麻痺どころでは済まない可能性もある。
 それどころか致死性の毒を混ぜて来るかもしれない。
 何せ憧れてはいるし実際同じゲッシュを立てているが、伝説のクー・フーリンと違ってアイリーンのゲッシュは"ただの言葉"でしかないのだから。
 逆説的に言えば"破っても問題は無い"のだ。
 つまり紫苑の策に乗らないと言う選択肢もあるのだが、

「論外」

 論外である――――少なくともアイリーンにとっては。
 敬愛するクー・フーリンはこの程度で背を向けて逃げ出すか?
 つまりはそう言うことだ。
 それに、逃げたら勝ちを一つ拾って生涯拭えない敗北を味わう羽目になるのだ。
 たった一つの瑣末な勝利を手にするために、決して譲れぬ矜持を破られる――――それはどんなに惨めだろうか。
 アイリーンが逃げ出すことで紫苑達は瑣末な敗北と引き換えに重い勝利を手にする。
 どちらが敗者か? そう問われたのならば彼女は自分こそが敗者と断ずるだろう。
 そんなことは出来ない、するくらいなら死んだ方がマシだ。
 それに智慧を振り絞り、格上の存在である己に本気で向かって来る相手を無視しろと?

「戦士の礼ではない」

 礼節を失うのもまた苦しい、であれば選択肢は一つしかないのだ。
 それに、勝てば憧れの果てへと辿り着ける。
 これに奮えない戦士は何処にも居ない。
 今、彼女の胸には途方も無い感謝が満ちていた。

「感謝」

 自分のために全力を尽くしてくれて。

「感謝」

 自分に憧れの先にある道を示してくれて。

「春風、紫苑。あなたに感謝を」

 冒険者学校に入学して得られたものは?
 何時かそう問われたのならばアイリーンはきっとこう答えるだろう。
 弱くて強い素敵な英雄――――春風紫苑と出会えたことだと。
 紫苑が仕掛けようとしている策を卑劣と罵る輩も居るかもしれない。
 しかし違う、それは違うのだ。
 靴紐の紫苑はひたむきで愚直で一生懸命なだけ。
 本気で認めて本気で向かっているからこそ自分の要を突いて来たのだと。
 それはつまり誰よりも自分を認めてくれていると言うことに他ならない。

「歓喜、大歓喜」

 とまあ、アイリーンは只管テンションをアゲているわけだが……
 ――――当然のことながら紫苑にそんな意図は一切無い。
 痛い思いをしたくないから全力で潰しに来ているだけ。
 憧れの果て云々なんて考えても居ない。
 これしかないし、アイリーンを馬鹿だと思っているから策を仕掛けて来たのだ。
 どれも鉄面皮と綺麗な言葉で覆い隠されているから気付かないだけ。
 ある意味でそれが春風紫苑と言う男の本当の"力"なのだろう。
 もしアイリーンの心中を察することが出来たならば紫苑は大爆笑していただろう。
 まんまと引っかかりやがって、馬鹿じゃねえの? と。
 本音は誰にも知られることはないだろう、それは幸なのか不幸なことなのか。
 そんなものは暇な人間が考えていれば良いことだ。

「血が熱い」

 ともあれ上手に騙されたアイリーンはやる気に満ち満ちていた。
 血が熱い、たった一言なのに彼女にとっては万感の想いが篭っている。
 闇の中で爛々と輝く紅い瞳は、
来たるべき好敵手との戦いを今か今かと待ちわびていた。
 明日の――――いわば準決勝などまるで眼中に無い。
 あるのは春風紫苑と、彼が率いる者達との戦いだけ。

「そう言えば……」

 ふと、思い出す。
 紫苑は言った、一対一の決闘ではないと。
 しかし同じパーティの人間は自分の――――客観的に見ると愚行を赦すだろうか?
 そこまで考えて意味の無い思考を笑い飛ばす。

「本気」

 本気で来る以上、既にパーティメンバー排除のために動いていると見て間違い無い。
 それを阻止したい気持ちが無いでもない。
 本気で来るのなら本気で迎え撃ちたいから。
 それでも、アイリーンは他の面子の居場所を知らない。
 と言うか連絡先すら交換してないエリートボッチなのだ――同じパーティなのに。

「不思議」

 口下手なのが災いを招いたと言うべきか、邪魔をされずに済むので幸運を招いたと言うべきか。
 何にせよ、アイリーンにとっては良い展開だった。
 だからだろう笑みが自然と零れ、小さな欲まで芽生えて来る。

「……」

 勝敗がどうであれ互いに死なず戦いが終わったのなら、

「初めてのお友達」

 友達になりたいな、と。
 連絡先を交換して、一緒に遊びに行ったりしてみたい。
 エリートボッチ足るアイリーンの憧れ……何とも哀しくて涙が出て来そうだ。

「お嫁さん」

 若干頬を赤らめながら恥ずかしそうに呟く。
 最初は友達で、次は恋人、やがてはお嫁さん、女である以上その憧れだって当然ある。
 エリートボッチ足る彼女は案外チョロいらしく、勘違いの果てに紫苑へ慕情を抱いてしまったようだ。
 確かに奴は顔もそこそこで、アイリーン視点では素晴らしい精神の持ち主だが……。
 一言で言って男の趣味が悪いと言わざるを得ない。

「……とりあえず、明後日の午前九時」

 食事の時間は戦いを始める前、午前九時から始めると紫苑は告げた。
 前日に毒を喰らわせても解毒されては意味が無いからだ。
 ゆえに直前、直前に即効性の毒を仕込むつもりで居る。
 アイリーンはそれに対策を立てる気はなかった、と言うよりも立てられない。
 どんな毒を使用して来るかまったく読めないのだ。
 万能の解毒剤なんてこの世に無い以上、普通に毒を喰らうしかないし彼女自身もそれで良いと考えている。

「全部、そこから始める」

 にっこりと笑って、開きっぱなしですっかり渇いてしまった瞳を閉じる。
 そしてそのまま甘い願望を大事に抱きながら眠りの中に落ちた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「(昼もそうだが夜も美味いなぁ……やっぱ金持ちは良いもん喰ってやがる)」

 時刻は二十三時三十分、紫苑は未だに醍醐家に滞在していた。
 既にやることは終わっているのだが、ルドルフらの報告が終わるまで帰るわけにはいかないのだ。
 まあ、そのおかげで美味しい夕食が食べられたので役得だろう。

「(なあ、お前もそう思わないかカス蛇?)」
『それは同感だけど、だったらお前も食に金を使えよ』
「(馬鹿野郎、他人の金でなきゃ俺は上等なもんは喰うかよ)」

 それにしてもこの環境は快適だった。
 何も言わずとも上等な食事が出て来るのだ。
 金持ちへのジェラシーは変わらずあるが、それでも紫苑はご機嫌だった。

「春風様、まだお腹の方に余裕はありますかな?」
「ええ、ですけど……余り迷惑をかけるわけにもいきませんから(これ建前だからな爺さん!)」
「はっはっは、御気になさらず。栞様の想い――ゴホン、御学友なのですから」
「重ね重ね申し訳ない。あまり役に立っていないのに(これも建前だからな! 俺超頑張ってる)」

 確かにアイリーンを型に嵌めたのだから、頑張ったと言えるだろう。
 しかしそれを心の中とは言え声高に主張するのは如何なものか。

「いえいえ、栞様や御仲間の皆様を立派に引っ張っているではありませんか」
「……ありがとう御座います。器ではないと分かっていても嬉しいです」

 言うまでもなく本当は嬉しく無い。
 こうして美味い食事を食べられるのは良いが、個人としては栞もルドルフも天魔も普通に関わり合いにはなりたくないのだ。
 唯一マシなのは麻衣だが、それでも彼女も優秀だから余り好きになれないって言うか嫌い。
 何とも身勝手な男である。

「ふふ、ご謙遜を。さて、それはともかく次は鍋など如何でしょう?」
「鍋、ですか?(季節ズレてね?)」
「ええ、良い鮭が手に入ったので石狩鍋にでもと思いまして」
「それは素敵ですね」
「もう直皆様も帰って来ますのでその時にお出ししますね」

 これは一つの鍋を囲むことで団結を深めてくれと言う気遣いだが、

「(うへぇ……一人で食わせろよ……報告聞いたら帰るつもりだったのに)」

 哀しいかな、老紳士倉橋の想いは伝わっていないようだ。

「ところで春風様」
「何ですか?」
「アイリーン・ハーン様とは一体何を話していらっしゃったので?」

 紫苑の立てた策、それに興味があるらしい。
 別に秘匿するほどのものではないので話しても何ら問題は無い。

「矜持、誰しもが持ってるそれを突かせて貰っただけですよ。
(まんまと乗りやがったよあの女、大爆笑だわ。いやマジで!)」

 ちなみに紫苑はそんなもの欠片も持っていない。

「ほう……それはまた、如何なるもので?」
「それは――――」

 と、良い具合にペラ回そうと思った丁度その時、

「ああ、お腹空いたねえ。もうちょっとで日付変わるじゃん」
「そっちはどうだった天魔。卿の方は歯応えがあったか?」
「いや全然。当たりっぽいのは栞ちゃんじゃない?」
「まあ、確かに中々の御方でしたね。麻衣さんは?」
「うちはほら、コッソリサックリやった口やから」

 皆が帰って来た。
 多少の汚れはあるはものの、全員大きな傷はない。
 とりあえず消耗は避けられたようで一安心と言ったところだろう。

「おかえりなさいま御嬢様、皆様」
「ええ、申し訳ありません。紫苑さんも随分お待たせしてしまったようですね」
「いやそんなことはない」

 嘘だ、本当は待たせやがってと思っているだろお前。

「それより御苦労様。全員上手くいったようで何よりだ」
「まあね。半殺しにして全員この家の地下にある座敷牢に入れといたよ」
「(座敷牢!? そんなもんあるのかよ、金持ちこええ……)」

 ビビってしまうのも已む無しだ。
 一体何処の世界に自分の家の地下に地下牢を設置していると言うのか。

「まあ、これで卿の期待には応えられたかな?」
「ああ。本当によくやってくれたよ(そのドヤ顔何かむかつくんですけど)」
「えへへ、照れるわぁ。そんでやけど紫苑くん、教えてくれるよね?」
「こちらが全部上手くいったのなら策の内容を説明すると言っていましたものね」
「分かっている。とりあえず皆座ってくれ」

 紫苑の言葉に全員が腰を下ろす。
 気付けば全員の座る場所には座布団が設置されているがこれは倉橋がやったのだろうか?

「食事をお持ちしますので食べながら御歓談ください」
「よろしく御願いしますね。ああでも、先に飲み物を頼んでも?」
「かしこまりました。リクエストなどはおありでしょうか?」
「俺は茶が既にあるから問題ないです」
「僕はコーヒー牛乳」
「私は紅茶を頼む」
「うちはスポドリでよろ」
「私は緑茶で御願いします」

 好き勝手な注文だが文句一つ言わずに倉橋は一礼をした。
 よく躾けられていると言うべきだろう。

「さて、俺が昼間にアイリーンを訪ねたのは」
「闇討ち――とかじゃないよね。お昼だし」
「ちゅーかそもそも紫苑くん後衛やし襲撃は無茶やろ」
「……勿論そうじゃない。策を仕掛けるためだ。皆、アルスター伝説は知っているか?」

 その言葉に頷いたのはルドルフだけだった。
 他三人は日本人だしケルト神話なんてものを知らなくても無理は無い。

「アルスターサイクル、英雄クー・フーリンの活躍を中心として物語だろう?」
「そうだ、アイリーンは名前通りアイリッシュで、よくアルスター伝説を読んでいたらしい」
「ほう……私と同じだな。まあ私の場合は神話体系が違うが」
「ならばクー・フーリンについては?」
「槍の名手だったことくらいしか知らんな」

 ならば最初から説明した方が良いかもと思い、記憶を辿る。

「クー・フーリン、幼名はセタンタ。彼は幼い頃から勇猛だった。
止むを得ずとは言えその国一番の番犬を叩き殺したりしている。
しかしただ勇猛なだけでなく義理堅くもあった。番犬の主人に彼はこう言ったそうだ。
"自分が番犬の代わりを務め、更には殺した犬の仔を立派な番犬に育ててみせる"と」

 それを聞いた番犬の主クランはクー・フーリンのような勇者に、そんなことはさせられぬと寛大な心で赦しを与えたそうだ。
 もしも紫苑ならば謝罪と賠償を吹っ掛けた上にクー・フーリンをタダ働きさせていただろう。

「その出来事を切っ掛けにクランの猛犬と言う二つ名を得て、同時に己にゲッシュを課した」
「げっしゅ、とは何でしょう?」
「制約だ。それを守れば神々の祝福を受けられるが破れば禍が降りかかると言う制約」
「そりゃまた面白いねえ」

 縛りプレイ、現代っ子風に言うならばそれだ。
 自身に枷を嵌めると言うのも天魔が好む遊びのスパイスとしては悪くはない。

「だろう? 他にもクランの猛犬を象徴するエピソードがあるんだがそれを一つ紹介しよう」

 ルドルフと天魔はクー・フーリンの逸話にわくわくしているようだが、女二人はそうでもないらしくフラットだ。

「ある日彼は祭司の
"今日騎士になるものはエリンに長く伝わる英雄となるがその生涯は短いものになる"
と言う言葉を聞き即座に王の下へ向かい騎士になる旨を伝えた。
そなたにはまだ早いと諌める王に対しクー・フーリンは城中の槍や剣、戦車を破壊し武勇を見せた」

 結果として彼は騎士になることが出来た。
 それを聞いた栞と麻衣は僅かに顔色を変える。
 クー・フーリンの行動が功名に逸った愚か者か、勇者なのかが気になるのだろう。

「だが予言通り彼の生涯は短いものになる。先に挙げたゲッシュの他にも彼は、
"目下の者からの食事の誘いは断らない"、"詩人の言葉には逆らわない"などの誓いを立てていた。
結果として彼はそのゲッシュのせいで死に追いやられたと言って良いだろう」

 何となく読めて来たのだろう天魔の唇が吊り上る。

「ゲッシュとやらを破ったペナルティか」
「ああ、当時戦争をしていた国のメイブと言う女の姦計で彼はゲッシュを破らされた」

 結果として愛槍を失い、半身の自由を奪われた。
 予言通りに彼はその短い生涯を終えることになったのだ。

「罰として半身が麻痺し、愛用していた槍も失ってしまう。
その状態でどうして敵に勝てると言うのか。最後は奪われた愛槍に貫かれ絶命する。
しかし死の間際、零れ落ちた内臓を水で清めて腹に戻し石柱に己が身体を縛りつけたそうだ。
彼は最後まで倒れることはなかった。戦士としての矜持を貫いたのだろう」

 それを愚かと取るか誇り高いと受け取るかは個々の自由だ。
 しかし四人は感銘を受けたように頷いている。
 紫苑以外は皆、クー・フーリンの生き様に感銘を受けたようだ。

「英雄足る者の矜持よな」
「戦う者としてかく在りたいものですね」
「強い人なんやねえ」
「長いだけのクソつまらない生よりも短いけれど華々しい生を望む……カッコいいじゃん」
「(マジかよ。犬野郎の物語なんて馬鹿が馬鹿やって馬鹿なまま死んだだけだろうに)」

 心の距離は開くばかり、悪いのは歩み寄らない紫苑だろう。

「さて、そんなクー・フーリンに心底から憧れる少女が居る。
それこそ小中学校の図書館で、街の図書館で、何度も何度も本を借りるくらいに。
俺はそこに賭けた。昼間訪ねたのは――――アイリーンを食事に誘うためだ」

 全員の顔色が変わる。
 ここまで言われて分からないほど頭の巡りが悪い人間はここには居ない。

「……乗った、のだな?」
「(うん、馬鹿なことにね)ああ。"俺"は目下の人間だ、誘いは断れない」
「でもさ、ゲッシュなんて実際には関係ないよね? つまり……」

 愉しげに笑う天魔は既に紫苑が何をしようとしているかを察したようだ。

「そうだ――――毒を盛る。考えられる限りのな(と言うか策に乗ったこと自体に疑問は無いのか?)」
「あっくらつ~♪ いや正味、そこまでやるかねって感じだよ」

 口ではそう言いながらも天魔の顔にはやる気が満ちていた。
 彼には確信があったのだ、どれだけ毒を盛ろうともアイリーンはそれに耐えて向かって来ると。
 そしてそうなった彼女は鬼神の如く強いだろうと。

「心底から憧れていて、同じように誓いを立てていたのならば断れようはずもない」
「断った時点で彼女はたった一回の瑣末な勝利と引き換えに生涯拭えぬ敗北を得てしまう」
「……つまりは半ば詰んどるっちゅうわけや」

 紫苑を見る皆の目に浮かぶ感情は様々だ。
 よくもそんなえげつない手を思いつくものだと言う感心、よくもそんなことをやれるものだと言う畏怖。
 共通しているのはそれらと一緒に、矢張り紫苑がリーダーで間違いはなかったと言う確信。
 何処までも全力で勝ちに往くその姿勢にこそ敬服しているのだ。

「(生涯拭えぬ敗北? 何言ってんだ?)日時は明後日の朝九時、戦いが始まる前だ」

 無論のこと、紫苑には理解が出来ない。
 自分ならば躊躇いなく食事を断るし、幾ら憧れていようとも命を無下にするほどの重さは持たないと。
 とは言え紫苑がアイリーンと同じ憧れを掲げていたのならば見栄を張るために遵守していただろう。
 だと言うのにアイリーンをアホだ何だと罵れるのだからやってられない。
 心に棚を作るとは言うが、紫苑の場合は何段積み重なっているのか。

「ああ、だから昼に料理人について尋ねたのですね。委細承知致しました」

 張り詰めながらも適度に脱力した顔で栞が笑う。

「だったら毒の調達は僕がやろうかな? えげつないのくれてやるよ」

 心底愉しみで仕方ないとニヤニヤ笑っている天魔。

「それならうちも付き合うわ。伊達に回復役やないからね、医療についての知識もあるもん」

 幾分緊張しながらも天魔に追従する麻衣。

「ならば私は紫苑、卿の正装を用意しよう。尊敬すべき敵手と食事を共にするのだからな」

 真面目な顔でそう提案するルドルフ。

「(……話が早いのは良いけど、何か不安になって来たな)」

 小心ゆえに緊張感が無いように見える他の面子を見て不安が顔を出す。
 毒を盛った時点で半ば勝負は決すると思っているものの何処か嫌な予感がする。

「必要ないかもしれないが、一応言っておこう――――油断はしないでくれ。
例え猛毒に侵されていようとも、アイリーンは戦うだろう(戦える……のかな?)
憧れを超越する好機なのだからな。アイリーン・ハーンは強い、そうとしか言えない。
小さな慢心一つの代償が心臓だなんて笑い話にもならないだろう?」

 大丈夫だよね? 分かってる? マジで頼むよ?
 そんな小心から来る言葉だとは露ほども思っていない皆は不敵に笑っている。

「ああ、分かっているとも。だからこそ超え甲斐があると言うものだ」
「紫苑さんが立てた勝利への道筋、見事踏破してみせましょう」
「この戦い、勝っても負けても――――きっと得るもんがあるはずや」
「下腹部にこう……キュンって来るよね」
「(もうやだコイツら、俺の胸は不安でいっぱいだよ……)」

 そうこうしていると鍋が運ばれて来て円状に座っている彼らの中心に設置される。

「ほう、これは美味そうだ。何と言う食べ物だ?」
「石狩鍋っつー鮭使った鍋だよ。時期じゃないけど……まあいっか」
「あやや、これだけ食べると眠たくなりそうやわ」

 鍋はかなり大きい、五人全員でも食べきれるかと言うほどだ。
 戦闘を終えて空腹だろうと言う配慮なのだろう。

「ふふ、それなら皆さん御部屋を用意しますので泊まって行ってくださいな」
「ほんまに!? せやったら皆でお泊まり会やなぁ」
「枕投げか!?」
「ルドルフくんってさぁ、何か変な文化ばっか知ってるよね」

 和気藹々とした空気でお泊りが決定するも、

「(は? 俺飯食ったら帰るつもりなんですけど!?)」

 紫苑は一切空気に馴染もうとしていなかった。これでこそ春風紫苑である。
+注意+
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