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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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京都大虐殺 弐

「たまには……んにゅ、ファストフードも悪くないわね」

 その身長には少しばかり高すぎる椅子の上で足をぶらつかせつつ、小さな賞賛を口にする。
 アリスが小さな両手で持っているのは大きなハンバーガー。
 昼前に病院を出た紫苑は昼食にと、少し高めのバーガーショップで食事を取っていた。

「そうだな……勿論、ルークの作ってくれる御飯も美味しいがな」
「あら紫苑お兄さん、余りあのデカブツを褒めちゃダメよ?」
「やれやれ……」

 和やかに食事をする二人は余人にはどう見えているのだろうか。
 仲の良い兄妹? いいや、片方は日本人で片方は外国人だ。血縁があるようには見えない。
 ならば恋人? いいや、それだと男の方がロリコンになってしまう。事案発生だ。

「(にしても、これからどうするかねえ……)」

 仕方無しに行った見舞い、
それは紫苑の中では嫌々ながらやるべきことにカテゴリーされている。
 しかし見舞いイベントは既に消化済み。ここから先は完全なフリーだ。
 このまま家に帰るのも悪くはないが、今日は休日で、しかも市内に出て来ているのだ。
 折角だからショッピングなんてのも悪くないかな? なんて思い始めている。
 珍しいことに今日の彼はケチが若干ナリを潜めていた。
 それはひとえに四人の回復がまだ先だと分かったからだ。
 ゆえにまだまだ穏やかな時間は続く――何なら目の前に居るアリスと一緒にデートしたって良い。
 紫苑にしてみれば大盤振る舞いと言っていいほどご機嫌だ。

『――――』
「――――」

 そんなご機嫌に水を差すように、まったく交わらぬ一匹と一人が同時に上の空になった。

「(あん? 何だコイツら……)」

 自分の中に居るカス蛇も、目の前に居るアリスも、ピクリとも反応しない。
 (頭の)病気か? などと考えてしまったのも仕方ないことだ。

「どうしたんだアリス?(んでカッス)」
「うん、何か……」
『ああ、何か……ダメだ、上手く言葉に出来ねえから邪ロリに話聞け』

 それきりカス蛇は黙り込んでしまう。
 そのことに若干苛つきつつも、今はアリスの話に集中するべく耳を傾ける。

「朝から、何か妙な胸騒ぎがしてたの。
そうね……うん、あの時とほんの少し似てるかも。雲母お姉さんとやり合った時と」

 アリス・ミラーという存在の奥の奥を刺激するような何か。
 彼女は今日起きてから、何となくではあるがそれを感じていた。

「多分、天魔お姉さんや栞お姉さん、麻衣お姉さんもルドルフお兄さんもそうだと思う。
根拠があるわけじゃないけど、きっとそう。紫苑お兄さんが居なかったら……もっと不安だったかも」

 漠然とした不安、しかしどういうわけか紫苑の傍に居るとそれが薄れる。
 だからこうやって暢気に昼食を摂っていられるのだが、
それでもふとした瞬間、何かを感じ取ってしまう――しかもそれが何かは分からない。

「今、ちょっとボーっとなったのはその胸騒ぎが特に強かったから」
「(おいおい、俺の楽しい休日に不吉な影を落とすなよ)大丈夫なのか?」

 影を落とすどころか不吉は既に紫苑のすぐ傍まで来ている件について。

「ええ、紫苑お兄さんが一緒だと安心出来るもの」

 それは嘘偽り無い本音と笑顔だった。
 午後の穏やかな日差しを浴びて微笑むアリスはキラキラと輝いている。
 愛らしさだけを凝縮した笑顔はチラチラとコチラを窺っていた客達は一斉に息を呑む。
 今彼らは絵本の中から飛び出して来た幻想の少女に完全に心を奪われていた。

「(俺を差し置いて他人の視線を集めて目立つとは良い度胸だなぁ……!)フッ……そうか」

 自分以外は嫌い、でも他人からの賞賛は欲しい。
 ワガママナルシストな紫苑からすれば今のアリスはとても赦せるものではなかった。

「うん! それより、御飯食べたら何処へ行く?」

 好きな人と二人きりなのだ、デートする以外に選択肢は無い。
 少なくともアリスの中ではそうなのだ。

「そうだなぁ……(お前だけ地獄へ逝けよ)アリスは、何処へ行きたい?」

 こんな時は自分を出さず、相手の希望を聞くのが一番良い。
 そうすることで謙虚で控えめというキャラ付けの補強になる。
 些細なことではあるが、塵も積もれば山となるという言葉通り、
紫苑はこういう日々の小さな積み重ねで自分のキャラを浸透させていくのだ。

「私? うーん……」

 悩むアリスの答えをシェイクを飲みながら待っていると……。

「ねえねえ、何か京都ヤバイらしいよ?」
「ヤバイって何が?」
「ほら、ニュースサイト見てみ。鬼が暴れてるとか何とかでかなり死んでるらしい」
「嘘……大変じゃん……やっば、何かすんごい気持ちが沈んで来たわ」

 不幸なニュースが耳に飛び込んで来る。
 だが、紫苑にとってはそうではない。
 今その話題を口にしている高校生達と同じように、
いいやそれ以上に彼は他人ごととして受け止めている。
 自分とは何も関わりが無い、何処かの誰かが今この瞬間にも無慈悲に殺されている。
 ああそれがどうした? 良いじゃないか、他人の不幸は蜜の味だ。
 不謹慎? 良識ぶってるんじゃないよ。
 そんなことを口にする輩だって所詮は当事者じゃないんだ。
 むしろ不謹慎だと攻め立てることの方が不謹慎だ。
 安全圏からさも人道的と言わんばかりに悲しみや怒りを露にする人間こそが滑稽且つ不謹慎。
 不幸というやつは他者が測れるものではない。総て当人の視点なのだ。
 それを分かったような口ぶりでどうこう言う方がよっぽど不謹慎
 赤い血が通っているかも怪しい紫苑は心の底からそう思っていた――とんだブーメランである。
 とは言っても、勿論表立って哂うことはないのだが。
 あくまで表面上は怒りと悲しみを滲ませてやる。
 だが腹の中ではめいっぱい哂わせてもらうというのが紫苑のスタンスだ。
 臓腑まで腐っているのではと錯覚するほどの屑である。

「もう……無粋な人ね」

 高校生達の世間話は当然アリスの耳にも入っていた。
 それで顔を見上げてみれば案の定――――紫苑は厳しい表情だ。
 こうやって誰彼構わず他人の痛みを自分まで感じてしまうのは美徳であり悪徳だとアリスは思う。
 それに救われた自分が文句を言うのも御門違いかもしれないが、
それでも時折思うのだ――――息苦しくないのかと。
 別に紫苑が聖人君子だと思っているわけではない。
 聖人になるには弱いし、脆い、何よりも分を弁えている。
 自分ではどうやったって届かないこともあるのだと知っている。
 だから届くかもしれない範囲では平気で己を削って必死で手を伸ばすのだ。
 だけど、分を弁えていたって歯痒く感じてしまうのが――これもまた彼の美徳であり悪徳。
 無理だと分かっていても簡単に割り切れない。
 だから自分の世界とは無関係な場所の痛みまで感じ取ってしまう。

「(……そんなに眩しいあなただから、私は愛されたいと、愛したいと強く想ってしまう)」

 紫苑は一見すると大人だ、この年頃にしては酷く大人びている。
 だが、傍で彼を見続けて来たアリスは大人びた顔と相反する子供の顔があることも知っていた。

「(紫苑お兄さんの心や頭脳は立派な武器だし、お兄さん自身もそれを理解してはいる)」

 だがどうしたってそれだけじゃ届かないものもある。
 単純な力が必要だ。そして紫苑はそれを自分が得られないと理解している。
 理解していながらも欲している、誰かを助けられる力を。
 理不尽な暴力を前にして一番役に立つのは理不尽に対抗する暴力だ。
 それを欲している、どうしようもないほどに。
 リビングに飾られたあの腕が何よりもの証拠だ。
 かつてアリスは紫苑とこんなやり取りをした。

"ねえ紫苑お兄さん、どうして腕をくっつけずに……あんなところに?"
"……戒めだ。無力な俺が殺してしまった女の子を忘れないために、
俺という人間が何処までも弱い男だってことを忘れないために飾っておくんだ。
あれが目に付く限り俺はそれを忘れられずに済む。
じゃないと俺は、何時か自分の無力を逃げ口上にしてしまいそうだからな"
"……紫苑お兄さん、人間は神様じゃないのよ?"
"分かってる。俺は何処まで行っても人間だし、万能の神にはなれない。
だがな、諦めて手を伸ばすことすらしなくなるなんて俺には耐えられないんだ"
"諦めるのは悪いこと?"
"いいや、それはきっと悪いことじゃない。届かぬ壁を前にして膝を折るのは賢明な選択だ。
だからこれは俺の主観の問題だ。俺自身は俺が諦めることを赦せはしない。
醍醐紗織、もしまた彼女のような人と出会った時に、前に無理だったからって諦めたくない。
諦めなければ……少しでも、力になれるかもしれないじゃないか"

 泣き笑いの表情が今でも忘れられない。
 助けると口にしないのはそれが出来るほど自分は強くないと思っているからだろう。
 力が欲しい、助けると胸を張って言えるくらいの力が。
 それでも叶わぬことだと分かっている。
 それでも諦めきれない。自分が強ければこの手はもっと遠くに届くから。
 そんな風に願い続けている彼は悲しくもあり、愛おしくもある。
 少しでも紫苑の心を軽くしてやりたいと願うが……。

「(私には――ううん、他の誰にも無理でしょうね)」

 そ の 頑 固 さ は 筋 金 入 り だ。
 当たり前に人が持っている程度の善性、しかしそれが並外れて強固なのだ。
 別に度を越した善というわけではない。
 誰かに奉仕することが至上の喜び、
あれもしてあげたい、これもしてあげたい、何から何まで面倒見てやりたい!
悪い奴をこの世から一人残らずぶっ殺して世界を平和にしたい!
 そんなものでは決してない。あくまでその善性は普通だ。
 道端で重い荷物を持っている御婆さんが居れば持ってあげる、
子供が迷子になっていたら一緒に親を探すか交番に連れて行ってあげる、
泣いている誰かがいたのならばその涙を止めてやりたい、その程度のレベルだ。
 しかしそれを尋常ならざる領域で実行出来るのが春風紫苑。
 自分が攫われようと傷付けられようとも泣いている人がいたら放って置けない。
 例 え 何 が あ ろ う と も。
 とまあ、それがアリスの心の裡に描かれている偽りの紫苑像だが……。
 見 当 違 い も 甚 だ し い。
 だが彼女を節穴と言うのは酷だろう、完全に騙し切っている紫苑が異常なのだ。

「(だからせめて傍で、その心を抱き締めてあげたい)」

 ままならない現実の中を、歯を食い縛って懸命に生きている。
 頑張っている、頑張っているのよ、だから私の総てで抱き締めてあげたい。
 それは一つの成長と言っても良いだろう。
 かつて神社でアイリーンと戦った時に気付いた利己と利他の愛。
 今のアリスはそれが高度な次元で調和していると言っても過言ではない。

「(さしあたって、この空気をどう変えるかよね?)」

 紫苑に見えない位置で苦笑しつつ、
どうやって彼の気持ちを楽しい方向へ傾けようかを思案するアリス。
 しかし、往々にして現実とは厳しいものだ。
 恋する乙女が好いた男を思い遣る時間すらくれない。

「着信……鎌田さんから? 一体何だってんだ」

 胸ポケットから取り出した携帯の通話ボタンをプッシュすると……。

『春風くん! 今何処に居る!?』

 かなり焦った様子の鎌田の大声が紫苑の鼓膜を攻撃する。
 そのことにかなりの不快感を抱きつつも問い返す。

「(るっせえなぁ……)落ち着いてください。どうしたんですか?」
『話をする時間も惜しいんだ! 君が何処に居るか教えてくれ!!』

 かなり切迫している――紫苑にはそう感じられた。
 同時に、自分に忍び寄る厄ネタの気配も嫌になるくらいに感じ取っていた。

「皆が入院しているギルド系列の病院、そこの近くにあるバーガーショップですが……」
『あそこか! 分かった、今すぐ迎えを寄越す。そこで待機しててくれ!!』

 一方的にそう告げて電話は切られた。
 一体何があったのか、こんな形で宙ぶらりんにされたのでは堪ったものではない。
 紫苑は苦虫を噛み潰したような顔でアリスを見つめる。

「……何か、良くないことがあったみたいね」
「ああ……(いや待て、このタイミングで……)」
「まさか……」

 紫苑とアリスは同時に答えの一端に手をかけた。
 先ほど聞いた京都で暴れているという鬼の話、
孔からモンスターが出て来るのはそう珍しいことでもないが……。
 場所が京都、そして鬼。あるじゃないか、心当たりが。
 千丈ヶ嶽は京都にあって、紫苑らが探索したダンジョンで出て来た敵は鬼。
 これを偶然の一致と片付けられるか? いいや、そこまで平和ボケしていない。
 明確な危機を感じ取った紫苑の思考と勘は冷たい刃の如くに冴え渡っていた。

「鬼相手に人がましい価値観を押し付けるのもアレだが……」
「紫苑お兄さんは鎌田お兄さんのメールでこう書いてあったわよね。
"片腕の鬼が暫定リーダー、上手くは言えないがこの場ではリーダーだが正式な頭ではない気がする"
って。その後にあくまで私見だがって付け加えてたけど……」

 紫苑の"目"は恐ろしいほどに正確だ。アリスはそれをよく知っている。
 人の痛みを知り、癒してあげるために何からも目を逸らさず真っ直ぐ向き合う。
 どんな些細なことであろうとも掬い上げることが出来るその"目"。
 ゆえに紫苑の私見はかなりの割合で正確なはずだ。
 それは惚れた男への欲目だけではなく、一歩引いた上で判断しても同じ答え。

「敵討ち、かしら?」
「もしそいつが存在するとすれば――という但し書きが付くがな」
「だとすれば何故紫苑お兄さんに?」
「(俺が雑魚だって言いてえのか!)ああ、そこだな」

 実 際 雑 魚 じ ゃ な い か。
 紫苑が喧嘩で勝てるのは精々が一般人くらいだろう。
 その一般人にしたってプロの格闘家や本職の軍人ならば怪しいものだ。
 少なくとも人知を超えた領域に居るモンスターなどには手も足も出ないだろう。

「それも、考えられるピースがあるわよね?」
「そうだな――――神便鬼毒酒だ」

 二人の頭の巡りは悪くない。
 ゆえに今手の中にあるピースを正確に組み上げて全体図を掴むことが出来る。

「そうね。でも……」
「ああ、とりあえず向こうで詳しい話を聞かせてもらおうか」

 バーガーショップの前に乱暴に車が乗り付けて来た。
 言うまでもなくギルドからの迎えだろう。
 二人は席を立って車に乗り込み、ギルド大阪へと向かう。
 途中で何度も信号無視をしたが、それだけに事態がかなり深刻であることが窺えた。
 もう紫苑はこのまま家に帰って寝てしまいたかった。

「……よく来てくれた、休日だったのにすまないね」
「(ホ ン ト だ よ。万死に値するわ。
だってお前こ俺をヤバイことに巻き込もうとしてるだろ? 流れで分かるんだよ流れで)いえ」

 目で事情説明を促す紫苑にカマキリは黙って机に置いてあったPCを指差す。

「? 何です、これは?」

 鬼が暴れている映像でも映っているのかと思えば違った。
 上空から地上を映しているのだろうが、白い何かしか映っていない。
 雲のような――――霧のような。

「これは京都府を上空から映したものだ」

 心なしか声が震えている、そう、恐れているのだ。
 まるで天災のように容赦なく人の命を奪ってゆく悪い鬼を恐れている。

「……?」
「現在、京都府と定められている場所には深い霧がかかっている。
外からは中の様子を窺うことは出来ない。とは言っても、中に侵入出来ないわけではない」

 淡々と話そうとしているつもりなのだろう、本人的には。
 しかしこの場に居る誰もがカマキリの恐怖が重く深いものだということを察していた。

「今も、警察や自衛隊に属している一般人達が府内の人間を避難させようとしている。
とは言え、市内に近い場所の人間を救出するのは困難だ。
何せ人が密集している市内とその近辺ではあの鬼が暴れまわっている。
だから、助けられない。助けに行っても二次被害が出るだけだから。
出来うる限りの人間を京都府から避難させているが、それでも沢山死ぬ。
沢山殺される! 奴に、おぞましい化け物に無慈悲に殺されてゆく……!!」

 血を吐くような嘆きだった。
 ああ、この男は冷静じゃないな――紫苑は冷めた心境でカマキリを見つめていた。

「(落ち着け……と言っても無駄だろうな。アホらしい)鎌田さん、落ち着いてください」

 無駄だとは分かっていても一応ポーズを取ることは忘れない。

「鬼が暴れてるというのは聞いたわ。
でも、京都市内――いえ、府内にはそれなりの数の冒険者が居るでしょう?」

 半ば予想はついている。
 それでも確実な情報を得るためには一つ一つを確認していくしかない。
 とは言ってもアリスは別に京都府内で起きている惨状に心を痛めているわけではない。
 あくまで彼女は紫苑の助力になるべく情報を引き出そうとしているのだ。

「無駄だ……冒険者であるという時点で、詰んでる。
何処に居たって動くことさえ出来ない。あの霧の中で冒険者は一般人にも劣る存在だ」

 ガチガチと噛み合わない歯が不協和音を奏でる。
 今この瞬間にも沢山の人が殺されているという事実が、
そんな地獄に尊敬する少年を送り込まねばならない事実が、恐ろしくてしょうがないのだ。

「……つまり、今京都を覆っている霧は神便鬼毒酒が気化したものだと?」
「ああ……そう、だ。成分を調べたが間違いない。
濃度も毒性も桁違いの神便鬼毒酒の霧が京都には満ちている。
数秒でどんな冒険者も動くだってままならなくて、戦うどころじゃない」

 モンスターに対抗出来るのは冒険者で、しかしその冒険者は役立たず。
 今の京都に鬼を止める術は無い。
 そして京都の外も同じだ。例外二人を除けば鬼を止める術は無い。
 自衛隊や機動隊が向かったところで無残に殺されるだけ。
 そしてその例外二人だって確実に鬼を倒せるとは限らない。

「戦闘機が霧中に突っ込んで鬼を補足しミサイルを放った。でも、駄目だった。
一発は直撃したが鬼に傷一つ付けられず、
もう一発は火球であっさり撃ち落された。じゃあ次は何だ?
広島や長崎にそうしたように、原爆でも撃ち込むか? それで死ぬか?
死ななかったら無意味に放射能を撒き散らすだけだ!!」

 あの場で動ける二人を送り込んだとしよう。
 しかし、ミサイルでも傷一つ付けられない桁違いの災厄をどうにか出来るか?
 むざむざ死にに行かせるだけではないのか?
 もしも二人がそこで死ねば本格的にヤバイんじゃないか?
 京都という地そのものが人の手から離れてしまうのでは?
 いや、それで済めばまだマシだ。
 今は霧も京都府内だけだが、これから県境を越えて勢力を伸ばしていく可能性は?
 そうなった時、現状の鬼札とも言える二人が居なくてどうにかなるのか?
 最悪の想像だけが次から次へと浮かんで来る。

「避難させられるだけ避難させても、何万人死ぬ? 何十万人か?」

 府民やそれ以外の県や国から観光に来た人間も含めばどれくらいになる?
 最終的にどれだけの人間が理不尽に死んでいく?

「……は、吐き気がする……今にも、気を失ってしまいそうだ……」

 本来、話をするべき人間が居るならばそれはもっと上の人間だろう。
 決してカマキリに任せられるような役目ではない。
 対応に追われているであろう日本支部の長はともかくとして、
最低でもここ大阪の責任者が紫苑と話をするべきだ。
 しかし現実は違う、今ここで状況の説明をしているのはカマキリだ。

「(責任逃れっちゅーことかねえ……ああそりゃそうだ、分かるよ。
俺がコイツらの立場なら俺と奴を投入するべきかどうか、心底迷うはずだ。
最悪の事態を想定するならば、ここで貴重な戦力を投入して良いのか?
はは、緊急事態だってのに薄汚ねえ野郎どもだぜ)」

 紫苑はカマキリがここに居るのは彼だけの意思ではないと看破していた。
 勿論カマキリ本人の責任感の強さもあるだろう。
 だが、こんな状況でも我が身を可愛いと思う人間の思惑だってあるはずだ。
 何とも浅ましい連中だと紫苑は自分を棚に上げてここに居ない者らを罵る。

『よう相棒、やけに冷静じゃあないか』

 自分が危機に追い込まれているというのに紫苑は冷静だった。
 死にたくない、死ぬかもしれない目は断じて嫌だ。
 表面上はともかく腹の中ではみっともないくらいに喚きたてても良いはずだろう。
 しかし彼はそんな素振りすら見せない。

「(馬鹿が――――詰んでるんだよ、俺は)」

 その言葉の裏に隠された赫怒をカス蛇は深く感じ取っていた。
 自分をこんな目に追い込むカマキリやその他の人間共に対する怨み辛み、
それが静かな言葉の裏側でザワザワと蟲の大群のように蠢いている。

「(こっからなぁ、カマキリは二つの選択肢を提示するはずだ。
つっても? その選択肢はコイツだけじゃなくて他の人間の思惑も孕んでいる。
まず一つ目、戦いに向かうか。
そして二つ目、君には戦わない選択肢もある――――ってな。
逃げ道を作ることで諸々の保身を織り交ぜてるのさ)」

 貴重な札の投入、それは当事者が決めること。
 決してギルドが強制したわけではない。
 そうすることで幾つかの事柄に対する言い訳が生まれる。
 紫苑が失敗した場合、たった二人の子供を危険地帯へ赴かせたギルドへの非難。
 何の対策も無しに切り札二つを投入してしまったギルドへの非難。
 それらが当事者達の意思であったという事実があるだけで幾らかは抑えられる。
 そもそも二人を行かせなければ良いのでは? それも無理だ。
 鬼札があるのに躊躇ってそれを切れなかったとなればそれに対する非難も来る。
 人命を優先しないとは何ごとか! そんな感情論がギルドを襲う。
 こんな時に何をと思うかもしれないが、それが人間というものだ。
 基本的に愚かで、救いようがない。

「(人間って奴は何処までも汚いんだよ。
どう選択したって文句を言う奴が出て来る……クソだなマジで。
行かせたらその非難を、行かせなければその非難を。
論理と感情、両側から凄まじいのが来るだろうぜ。身勝手な奴ばっかだからなぁ。
だからそれを最小限に抑えるために、コイツらは選択肢を提示する)」

 行くも行かぬもあくまで彼らの判断です――と。

「(止めなかった、って非難も来るかもなぁ。
だが失敗したらそれこそ死人に口無し。俺ならば目を盗んで勝手に行ったと釈明するね。
むざむざ逃がしたことへの非難も来るだろうが……まあ、それにも別の言い訳をすりゃ良い)」

 ゴタゴタした状況でどうしようもなかった。
 あるいは、紫苑の幻術魔法の特性を開示するのも良いだろう。
 何にしろ強行突破のような形で京都に向かったということにすれば良い。

「(どちらにしろな、ギルドの方では自主的に行かせるって方針で固まってるらしい。
それがどんな考えの下に固まったかを考えるのは馬鹿らしいから考察はしないがな)」

 少なくとも紫苑にはそのように思えた。

「(そしてまあ、そもそもの問題なんだが……)」

 これが一番重要なことだ。

「(俺 が 断 れ る と 思 う か ?)」
『あー……』
「(別に俺は俺が行かないことで何万死のうと知ったこっちゃねえよ。
いやむしろ嬉しいね、沢山の不幸が撒き散らされるってことだからな。
ああ良いさ、それだけで白飯を三合はペロリといけちゃうね。
だがな、俺に耐えられないことがある。それは俺自身のことだ)」

 世間から非難を浴びたとしても、別に心無い言葉に傷付くことはない。
 だが、自分の見栄に傷が付くことが耐えられない。

「(崇めろよお前ら、俺は凄いんだよ、お前らとは違うんだよ。
俺は俺が情けなく見られることや、冷血だと思われることが耐えられない。
塵カス共の言葉で傷付くことはない。だが、下がった評判が俺を傷付ける。
俺は俺という無謬の存在に傷をつけることが耐えられない)」

 それは天を割るような自愛だった。
 素面で自分を無謬だなんて言い切れる存在が何処の世界に居る?
 何たる倣岸、何たる不遜、何たる愚かしさ。
 誰よりも臆病なくせに誰よりも見栄っ張り、
背反するその性がゆえに紫苑は己の命だけを護ることが出来ない。
 自分の命だけを優先していればもっと長生き出来るだろう。
 だが、春風紫苑は強欲だった。
 ただ長生きするだけじゃ物足りない。
 自分を良く見せたい、良く思われたい、そうすることで自尊を満たしたい。
 ゆえに断るという選択肢を選ぶことが出来ないのだ。

「(まあ良いや。詰んでるってんなら、美しく最期を飾り立ててやるさ)」

 この切り替えの早さよ。
 生存が絶望的だと判断するや否や、
即座にどうやって自分の名を後世に美しく遺すかだけを考えている。

「春風くん、君には――――」

 震えながら選択を開示しようとしたカマキリを手で制す。
 それ以上は何も言わなくて良い、と困ったような顔で笑う。
 もう既にデコレーションタイムは始まっているのだ。

「鎌田さん、俺は――――行きますよ」

 迷い無く言い切った。
 カマキリの顔が悲哀に歪む。
 ああ、そうだ、分かっていた。こんな状況を放って置くことが出来ない男だと。
 誰よりも尊敬しているこの少年はそんな人間なのだ。
 実質選択肢なんて無いに等しい。

「僕は……僕は……!」

 辛い選択肢を突きつける自分の立場を慮って止めてくれた。
 情けない、こんな時でも彼に気を遣わせている。
 カマキリは己が惨めで惨めでしょうがなかった。

「なあ、アリス」

 何を言うつもりかは分からない、だから先に自分の言葉を伝えよう。
 あなたが悲しいくらいに優しい人なのは知っていて、
きっと止められないだろうから、これだけは赦して欲しい。
 アリスは紫苑の言葉を遮るように言葉を放った。

「――――紫苑お兄さんが死んだら私もすぐに後を追うわ」

 純真無垢な笑顔でそう言い切ったアリスにも迷いは無い。
 紫苑は悲しそうに眉をハの字に寄せているが、彼女にとっては譲れないラインなのだ。

「……俺は、俺が確かに存在したのだと覚えててくれる人間が居なきゃ寂しいよ」

 何としてでも私に生きていて欲しいのだろう、そのことは嬉しく思う。
 だが、アリス・ミラーにとっての生きる意味は春風紫苑なのだ。

「それは他の人に任せるわ。
尊き善性を胸に戦った人の名は、絶対に語り継がれるはずだもの」

 ならば自分の役目は彼の傍にいること。
 死出の旅路だって二人ならばきっと楽しいものになる。
 ああいや、他にもうるさいのが着いて来るか。
 そのことに若干の不満はあるものの、アリスは仕方ないかと割り切った。

「紫苑お兄さんを止められないのは分かってる」

 死なないで、どうか生きて帰って来て。
 今にも泣いてしまいそうだ。でも、そうすれば紫苑を困らせてしまう。
 アリスは無理矢理にでも笑顔を作った。

「だからせめて……ねえ、少しだけ屈んでくれる?」

 言われるがままに膝を折ってアリスを目線を合わせる紫苑。

「――――どうか御武運を」

 勝利を祈る乙女の口付け、これで奮い立たないのは男じゃないだろう。

「(最悪だけど……まあどうでも良いや。さて、華々しく散って来るか!)」

 やる前から負けること考える馬鹿が居るかよ!
闘魂に満ちた人間ならそう言ってビンタすること間違い無しの負け犬思考である。
+注意+
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