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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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誰もテメェらなんぞ痴漢しねーよって言うね

 千丈ヶ嶽での敗走より一週間、紫苑は通常の学校生活に戻っていた。
 天魔、栞、麻衣、ルドルフの四人は未だに病院だが何の問題は無い。

「(これでクソガキも消えてくれたらもっと良い感じなんだがなぁ……)」

 四人が居ないおかげで伸び伸びと学校生活を送る紫苑。
 まあ、表面上はおくびにも出さないので傍目には何時もと変わらないように見えるのだが。

「おい紫苑、次お前だぜ」

 広げたトランプを突き出すハゲ、
今は四時限目で本来は授業中なのだが、教師の都合により急遽自習となってしまった。
 なので暇潰しにとハゲに誘われて紫苑とルークはババ抜きに興じているのだ。

「ああ」
「……!」

 ピクリとほんの僅かに動く表情筋、目を逸らしていなくても気付き難いであろう変化。
 他人の顔色と心の裡を覗くことに長けた紫苑はこの手のゲームが滅法強い。
 即座にハゲがジョーカーを手にしていることと、
今自分が触れたカードがジョーカーであることを看破する。

「(分かり易い男だなオイ)」

 紫苑は最終確認がてらジョーカーのカードを強く摘む。
 その瞬間、再びハゲの表情に変化が現れた。
 それもまた極僅かでありともすれば気のせいかな? とも思えるような変化。
 しかし大嘘吐きの奴にとっては容易く見破れる変化でしかない。

「じゃあこれで……あがりだな」

 つつ、っと指をスライドさせて二つ隣のカードを引くと丁度紫苑の待ちカードだった。
 パサリと机の上にカードを放ってあがりを宣言。
 これで八戦中八回が一位あがりだ。
 となると残されたのはハゲとルーク。
 今回も、これまでの七回も、ずーっとこの二人が最下位争いを続けていた。

「うがぁああああああ! また紫苑かよ!? お前何かサマやってんじゃねえの!?」
「(アホ抜かせ。お前が間抜けなだけだよバーカ)ババ抜きのサマって何だよ……」

 例えばあの兎を使って後ろから覗かせるなんてことも可能と言えば可能だが、
このようなお遊びにそこまで本気になる方がカッコ悪いと考えているのが紫苑だ。
 決してイカサマなどはしない。
 そもそもそう言うものは土壇場でするからこそ大きく効果を発揮するのだ。
 使い続けて勝ち続けるなんてのは馬鹿のすることである。

「……むぅ」
「またこのタイマンかよ。しゃあねえ! ドベだけは避けてやる!!」

 そんな二人を呆れたように見ているのは紫苑の隣で縫い物をしているアリス。
 一位になる見込みが無い遊びにどうしてここまで熱中出来るのか、
二位の椅子に納まるのに必死な二人の気持ちがどうにも分からないのだ。

「ビリ争いなんて心底馬鹿らしいわ」
「(ハゲしく同意だわ)」
「にしても紫苑お兄さんは強いのねえ」
「仏頂面だって偶には役に立つのさ。それより、何を縫ってるんだ?」
「ほら、あの子の新しいお洋服と勲章よ」

 アリスは自分の足元を指差す、
そこには一週間前に大活躍をしてくれた兎が居た。

「成るほどな、素敵なのを作ってあげてくれ」
「ええ、任せてちょうだい」
「にしても……この子は一体何を警戒して足ダンしているんだ?」

 アリスの足元に居る兎はどう言うわけかひたすら足で床を叩いている。
 スタンピング、通称足ダン。
 これは兎が警戒している時などに行うアクションなのだが……この兎はそもそも人形だ。
 人形なのに生きた兎と変わらない行動をするのがどうにも奇妙で仕方ない。

「さあ? 一応、人形を造れば意思らしきものは宿るけど……」

 アリスは自分の能力を正確に把握していないのだ。
 自分の命令通りに動くことが分かっていればそれ以上は深く考える必要はなく、
人形が何を考えているかなどについて深く思案に暮れたことはない。

「単純に知らない人がいっぱいだからじゃないかしら?
私と紫苑お兄さんはこの子にとっては御主人だけど、他の人達は違うもの」
「そんなものか」

 床を叩いている兎を抱き上げた紫苑は真正面から兎の瞳を覗き込む。
 兎と言う生き物は基本的に表情が無い。本当に無だ、無。
 彼をして何を考えているかがまったく分からないほどに無。
 いやまあ、兎の気持ちが分かる人間と言うのもおかしな話だが。

「っと……何だ、ちょっと……おい、くすぐったいぞ」

 兎が紫苑の手に顎をすりつけ始める。
 モフモフとした感触が気持ち良いっちゃ気持ち良いが、
生憎と彼に動物愛護の精神などあるはずもなく、ただただ鬱陶しいだけだ。

『何してんのこれ?』
「(確か……匂い付けだったかな? 犬のマーキングと似たようなもんだ)」

 兎の臭腺は顎にあり、そこを対象に擦り付けることで縄張りを主張したりする。
 つまるところ紫苑は自分のものだ! とアピールしているのだろう。
 どうやらもう一人の主人であるアリスの性格を酌んでいるらしい。

「(このまま思いっきり黒板に叩き付けてやりたいぜ)」
『こんな可愛い小動物に何て言い草だ!』
「(小動物つっても普通の兎よりかなりでけえぞコイツ)」

 と言うか蛇からすれば兎なんてのは所詮餌の一種でしかないはずだ。
 だってのにカス蛇は何をトキめいているのか。
 爬虫類としての誇りは一体何処へ――――ああいや、元々無いか。

「(つーか蛇が兎に絆されてんなよ)」
『馬鹿野郎、可愛いは正義なんだよ』
「(カッコ良くて可愛い、つまり俺は大正義と言うことか?)」

 いや、その理屈はおかしい。
 普通男ならば可愛いと言われたら顔を顰めるものだろう。
 なのに何故自分から可愛い申告をしているんだ、恥を知れ恥を。
 男児の矜持は何処へ行った。

『お前が……可愛い?』
「(可愛いだろ。カッコ良いし綺麗だし可愛いパーフェクト人類だよ俺。
容姿を褒め称える形容詞は大体俺当て嵌まってるからな)」
『すっげえ自信な』

 これで嫉妬の心がもうちょい穏やかで、
妬み嫉んで醜悪な罵倒を繰り返す悪癖さえ無ければ人生はもっと楽しかったはずだ。
 他ならぬ自分の人生の足を引っ張っているのが紫苑自身と言うのだから皮肉なものである。

「よし、出来たわ! 紫苑お兄さん、ちょっとその子を貸してちょうだい」
「ああ」
「ありがと。さ、お洒落しましょうね~♪」

 兎の左耳に赤いリボンを結び付ける。
 白い毛に赤は良く映えており、アリスの裁縫を見守っていた女子などは口々に可愛いと褒め称えている。
 だが、当然のことながらこれで終わりではない。
 メインはあくまで先ほど縫い終えた黒のスカートワンピース。
 アリスは鼻歌交じりにそれを着せて、
最後の仕上げにハルジオンの花を模した勲章を左胸に貼り付ける。

「これで完成! どうかしら?」
「こりゃまた随分と可愛らしい感じになったな。おしゃまさんな兎だ」

 紫苑がそう言うと兎は照れたように身体をバタつかせる。

「良かったわね。さ、そろそろ戻りなさい」

 アリスが命じると兎は小さくなってトランクの中に戻って行く。
 これは一体どう言う原理なのだろうか。

『お前、こう言う特殊能力何も無いよなぁ……』

 しみじみとした口調のカス蛇、これがまた紫苑の逆鱗を逆撫でるのだ。
 男の子なら誰だって特別な力とかそう言うものに憧れてしまう。
 オンリーワンの能力とか超カッコ良い、そう思ってしまう。
 だけども悲しいかな、紫苑にそんなものはない。
 アリスの人形作成や洗脳などと言う魔法に属さない超常の力なんて羨ましいに決まってる。
 雲母との戦いで見せた非常識な力だってそう。
 出来るなら欲しい、アリスから奪って自分のものにしたいと思っている。

『アクロバティックなカッケー戦いが出来る身体能力もねえし』

 あるのはショッボイ強化魔法だけである。
 しかも最近は殆ど使っていないのでガチで産廃寸前だ。
 四人の後ろを着いて行くだけのマジニートと言われても否定出来ない。

「(うるさいうるさいうるさぁあああああああああ!)」

 男の癇癪ほどみっともないものはない。

「(俺至高! 他クソ! これがこの世の真理なんだよバーカバーカ!!)」
『悲しい男やでぇ……』

 なんて馬鹿なやり取りをしているとチャイムが鳴り四時限目が終わりを告げる。
 午後の実習に入る前の貴重な昼休みの始まりだ。

「紫苑お兄さん、一緒にお弁当食べましょ」

 返答は聞くまでもないとばかりに机をくっつけて来るアリス。

「ああ(嫌だ)」
「あ、じゃあ俺も一緒させてもらうぜ」
「悪いハゲも一緒ぉ……?」
「あの……そろそろ赦してくださいよアリスさん……その悪いハゲって何かすっげえ嫌」

 げんなりとした顔のハゲ、むっつりルーク、
邪悪ロリアリスの三人と食事をすることになった紫苑は当然のことながら不機嫌だ。
 どうせなら大天使百合と一緒に食べたいと心底から願っている。

「ん? 全員同じ包みだなお前ら」

 基本的に昼食は各自で用意するのがスタンスだ。
 ルークが作るのはあくまで朝食と夕食のみ。
 なので普通なら同じ包みになることはないのだが……。

「むぅ……」

 ハゲの指摘にアリスが不機嫌そうな顔をする。
 それも当然、これは雲母が作った弁当なのだ。
 息子である紫苑だけではなくアリスとルークにも用意する辺り母性が溢れ過ぎていると言えよう。

「あれ? また俺変なこと言った?」
「悪いハゲで空気も読めないハゲだなんてどうしようもないハゲね、少しは有益なハゲになりなさいよ」

 ハゲ、ハゲ、ハゲ、ハゲ、一文の中で四つとは、少々使い過ぎである。
 ハゲと言う言葉が資源ならばこのペースで使っていると即座に枯渇してしまうだろう。

「お、俺何でこんな集中砲火されてんだ……」
「(ファーwwwこりゃ美味い飯が食えそうやでえ!)まあ、何だ……」
「……うむ、元気出せ」

 優しくハゲの肩を叩く男二人、片方は同情心なぞ欠片もなく歓喜でいっぱいだった。

「サンキュ……にしても、美味そうだなお前らのお弁当」
「ああ(気に喰わないことに料理が出来るらしいんだよなあのババア)」

 他人の優れているところは反吐が出るほど大嫌い、
でもタダ飯が食えるのでお弁当を残すつもりはない、ホントもうどうしようもない。

「うむ……自分もまだまだ勉強が足りんな」

 ちなみに、雲母の料理の腕が良いことには理由があった。
 あれはまだ冒険者として現役だった頃のこと。
 彼女本人を除くモジョとその他三人はお世辞にも女子力が高いとは言えなかった。
 食事はコンビニ飯、外食、出前が基本。
 キッチンを使うのなんてカップ麺のお湯を沸かす時くらいだった。
 そんな四人を見かねた雲母が必死に料理を勉強して健康的な食生活を提供したのだ。
 田舎に戻ってからは料理などまったくしていなかったが、
それでも腕は衰えていないらしく、今でも十二分に美味しい料理を作れるようだ。

「(クソぅ……この唐揚げ良い味染みてやがる……悔しい!)」
『ちなみに、だけどよ。んなにジェラるんなら自分で料理覚えようとか思わねえの?』
「(わざと欠点を作っておくことも重要なんだよ。ほら、完璧過ぎると嫌味じゃん?)」

 ただの怠慢に重要もクソもない。

「そういやルークは家事してんだっけ?」
「ああ。だが、そう言うお前も偶にやっているとか言ってなかったか?」
「(何でそんな情報知れるほどコイツら仲良くなってんだよ気持ち悪い)」
「まあそうだけどよ。俺はすんげえ偶にだぜ? 母ちゃんとか居ない時とかだけ」

 それでも弟妹のために家事をするのはエライことだ。
 紫苑も同じ立場ならやっていたが、内心では不満だらけだったろう。
 が、ハゲにそんな様子は無い。
 家族のために何かをすることを苦に思っていないのだろう。

「ハゲ、お料理出来るの?」
「つっても焼きそばだったりチャーハンだったりの簡単なのだけだがな」
『紫苑くんはどうなの?』
「(やれば出来る子だから俺。でも敢えてやってないだけだから)」
『迷い無く言い切ったな』

 お喋りしながらの楽しい昼食は二十分ほどで終わり。
 ここからはゆったりしつつ実習に備えるのが常だが……。

「そういや気になってたんだがよ。紫苑、お前今どうしてんの?
不可抗力とは言え、あんまり長いと成績にも影響すんじゃねえか?」

 パーティメンバーが四人居ない状態と言うのはそうそう無いことだ。
 一人二人ならダンジョンのランクを下げたりは出来るが、
流石に一人――それも後衛のみならそれも出来ない。

「ん? ああ……そこらについては問題無い」

 普通の授業ならばともかくダンジョンを探索する実習。
 それの成績については特に何の問題も無い。
 学校外の危険度が高い例のダンジョンに潜っているからだ。
 実習の成績が最上級なのは揺ぎ無い。

「ふぅん……まあ、何かよう分からんが、お前らちょい特別っぽいからな」

 深く知らされてはいないが、それでも頻繁にパーティ揃って欠席、
しかも公欠をしていれば何らかの事情があることくらいは察せる。
 それでも深くツッコまないのが大人と言うものだ。

「さて、んじゃあ俺ぁそろそろ準備するし行くわ」
「ああ、気を付けてな」

 紫苑はこのまま教室でのんびり――――とはいかない。
 実習が無い代わりにやるべきことがあるのだ。

「紫苑お兄さんもそろそろ出るの?」
「うん。今出たら丁度快速が駅に着いてる頃だしな。じゃあ、行って来るよ」
「いってらっしゃい!」

 アリスの笑顔をバックに鞄を持って学校を出る紫苑。
 彼が実習を免除されている代わりにすること、それはギルドでの検証を手伝うことだ。
 千丈ヶ嶽のダンジョンから持ち帰った例の酒。
 あれが効かない人間は多々居るが、不可思議なパワーアップをしたのは紫苑だけ。
 ゆえにその検証の手伝いをしなければいけないのだ。

「(女性専用車両ってあるじゃん?)」

 電車に乗り込んだところで紫苑がふとそんなフリを口にする。

『あるじゃんって俺様蛇だよ?』
「(妙な知識あるんだから知ってるだろ?)」
『まあ知ってるけどさぁ……で、それが何よ?』
「(たまーに、ホームから女性専用車両覗いて見るんだけどさ――――ブスばっかじゃね?)」

 電車を利用している女性総てを敵に回すような発言だ。
 もしこれが声に出ていたのならば大ブーイング待ったなしである。

『そうなん?』
「(おお、実際に統計取ったわけじゃねえが、見た感じな。
そこそこ容姿良いのはふっつーに普通車両乗ってんだよ。
俺と比べるのも可哀そうな、顔面偏差値がマイナス突っ切ってるような女ばっか専用車両利用してんだよ)」
『ほうほう……して?』
「(俺が言いたいのはね、自信過剰じゃねってことよ。誰もテメェらなんぞ痴漢しねーよって言うね)」

 自信過剰――――こ の 男 が 言 っ て 良 い セ リ フ で は な い。
 これまでの偏見に塗れた悪罵もそうだが、自信過剰、それは決定的だ。
 常に根拠の無い自信を無駄に溢れさせている紫苑が、
自信過剰と言う言葉で他人を非難するのは判定するまでもなくアウトである。
 ジャッジも満場一致で賛成するはずだ。

「(とまあ、そんな風に俺は常々不満に思ってたわけだが、最近ちょっと考えを変えたんだ)」
『はいはい、どんな風に?』

 律儀に相槌を打つカス蛇、何だかんだ本当に付き合いの良い爬虫類である。

「(ブスばっかでも良いじゃないって思うのよ)」
『そりゃまた何で?』
「(え? いやだって女性専用車両見れば何時でも良い気分になれるじゃん?
探さなくてもブスが居るわけだしさ。ほら、そう考えると……素敵やん?)」

 最低やん? と言う言葉では言い足りないほどに最低だ。
 何よりも酷いのは紫苑は自分が下衆いことを言っている自覚がないこと。
 天然ものの、吐き気を催すレベルの屑である。
 女性蔑視とかそんな次元じゃない。フェミニストが助走をつけて殺しにかかるレベルだ。

『前にも言ったけど俺様ぶっちゃけ人の美醜分かんねえから』
「(じゃあ何? 蛇の美醜は分かるの?)」
『……よくよく考えたら同族の美醜も分かんねえや』
「(って言うか俺は蛇に性別があるのかも分からん)」

 ちなみに、ではあるが蛇の性判別には二種類ある。
 ポッピングとプロービング――まあどちらも実体の無いカッスには試すことも出来ないのだが。

『あ、ここで降りなきゃな』
「(お前も駅とか覚えたんだなぁ……無駄なのに』

 誰かと会話をしていると、時間の流れは早くなる。
 カス蛇と中身の無い話をしているとあっという間にギルドの研究施設に辿り着く。
 首から下げたパスがあるので入り口で止められることもなく紫苑は奥へと進んで行く。

「やあ、よく来たね」
「おや……今日は鎌田さんも居たんですか」

 何時もは雲母が実験相手として来ているのだが、今日は彼女だけでなくカマキリも居る。

「うん、ちょっとこっちの方にも用事があってね。
ま、そっちの用は済ませたから君らの実験を見せてもらうよ」
「分かりました。じゃあ、雲母さん」
「ええ」

 雲母が差し出した500mlペットボトルを受け取る。
 中身は勿論例の酒なのだが……。

「そう言えば、ちょっと気になってたんですが……こんなにポンポン飲んで大丈夫なんですか?」

 実験に参加するのは今日で五日目、飲んだ酒の量は決して少ないものではない。
 まあ、紫苑も結構な量を持ち帰りはしたのだが……それでも深く考えずに消費し過ぎだ。

「大丈夫さ。他のパーティが取りに行った分もあるからね」
「? 俺達以外にも?」
「そうよ。あのお酒がモンスターを弱らせるのに役立つって分かったもの。便利でしょ?
だからちゃんと事前に危ないことを言い含めて、その上で取りに行かせたのよ」

 実験の結果、その一つとしてあの酒は鬼以外のモンスターにも効くことが分かった。
 刃を酒に浸して切る、そのままぶっかける、可能ならば飲ませる、色々試したらしい。
 尚、一番弱体効果を得られるのは最後の経口摂取のようだ。

「成るほど……」
「それに伴ってと言うわけでもないが、一番最初に鬼に効くのが分かったからね。
土地にちなんで、あのお酒を神便鬼毒酒と呼称することになったからよろしく頼むよ」
「神便鬼毒酒……ああ、頼光の?」
「そう、大江山のアレさ」
「えーっと……何かしら?」

 紫苑とカマキリの二人は通じ合ったようだが雲母だけは蚊帳の外。
 物語などに触れる余裕もなかったので仕方ないだろう。

「(これだから低学歴は……)ざっくり言うとアル中の鬼を退治するために源頼光って人が、
神様から貰った神便鬼毒酒って酒を飲ませて弱らせてから殺したんですよ」
「それが京都の大江山でのことって言われてるんだ。で、僕らもそれに肖ったわけだ」
「へえ、そんなことがあったのねえ」

 感心したように何度も頷く雲母、年齢に似合わないとても素直なリアクションだ。

「御伽噺ですがね。じゃ、始めましょうか」

 最初こそ得体の知れない酒を飲むのは嫌だった。
 が、一回研究に協力するだけで心が揺れる金額が支払われるのだ。
 ゆえに今では紫苑も神便鬼毒酒を飲むのに躊躇いは無い。

「……ふぅ」

 半ばほど飲み干したところでペットボトルを床に置き、槍を召喚する。
 既に幻術魔法が使えることは分かっている。
 ならばどれくらいの量を飲めばどれくらいの精度で発動するか。
 飲んでからあの疲労がやって来るまでの時間や魔力消費との関係の有無。
 それらを調べるのが主な目的だ。
 詳しいことが分かれば強力な切り札になることだろう。

「あなたと私、彼我を別つ境界はいずこにありや? あっちこっちそっちどっち?」

 呪文と言うのは唱えても良いし唱えなくても良い。
 ただ、唱えれば多少効きが良くなると言うこともあり紫苑は基本的に呪文を使用する。
 これもそう、幻術魔法の呪文と言うのは基本的に中身や意味の無い言葉の羅列だ。
 今謳い上げた呪文にしても即興で考えた無意味な言葉。
 しかし呪文としての機能は果たしていたようで……。

「僕の目には何も見えないが……」

 カマキリの目には紫苑が一瞬にして掻き消えたようにしか見えなかった。
 眼鏡のレンズをよーく磨いて辺りを見渡してみるがやっぱり居ない。

「雲母さん、あなたの目にも?」
「ええ。完全に消えてしまったわ」

 一流どころであろうとも問答無用で騙し切る幻術、酷く恐ろしいものだ。
 雲母も幻術魔法にかかった経験が無いわけではない、
だがその時でも何処か違和感を覚えるものだった。
 しかし紫苑のそれにはまったく綻びが感じ取れない。

「ここ数日の実験でも分かっていたけど……本当に、恐ろしいわね」

 頬を伝う冷や汗、雲母は神経を研ぎ澄まして周囲を探るが――何処にも見つけられない。
 この実験は幻術の精度を確かめる目的もある。
 ゆえに彼女は幻術を看破せねばならないのだが、今まで一度も見つけられていない。

「ッッ!」

 カマキリの目には突如雲母が大きく身体を震わせたようにしか見えなかった。
 それもそのはず、紫苑はカマキリに対しては姿が見えないように。
 雲母に対しては別の幻を仕掛けたのだ。

「き、着ぐるみが……ゆ、遊園地が……」

 今雲母の目にはこの場所が遊園地に見えている。
 本当は手合わせだって出来るだだっ広い部屋だって分かっているのに。
 それでも真に迫り過ぎているがゆえに気付けない。

「や、止めて……教科書を持って来ないで!」

 遊園地の広場に佇む雲母に擦り寄って来る多種多様な着ぐるみ。
 常であれば「あら可愛い」ぐらいの感想しか沸いて来なかっただろう。
 だが、この着ぐるみは別。
 教科書を片手に擦り寄り、やたらとファンシーな声で勉強をするよう促すのだ。

 "ここに数学の教科書があるでしょ?"
 "こっちには生物の教科書! さあ、メンデルの実験を始めようよ★"
 "さあ、一緒に英語を学ぼう? 上手に出来たらハチミツあげる♪"
 兎が三角定規を振り回し、鼠がエンドウを齧る、クマは何故かハチミツで打ち水をやっている。
 嗚呼、これぞファンシー地獄。

「む、無理だから! 因数分解とか全然分からないから!!」

 雲母の嘆きは傍から見ているカマキリや、
モニタリングしている研究員からすればまったく理解出来ないものだった。
 何せ無間ファンシー地獄は彼女にしか見えないのだから。

「……一体、どんな幻が――――!?」

 瞬間、カマキリは荒涼とした寂れた大地に投げ出された。
 暗雲立ち込める空を埋め尽くすのは一匹の巨龍、
そいつは巨体をうねらせながら巨大な顎を開けてカマキリに向かって来る。
 尋常ならざる恐怖に身が震える。

「うわぁあああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 生存本能が掻き立てられ、口から漏れたのは生存を願う絶叫。
 後一秒もしないうちに全身を呑まれて噛み砕かれる――――寸前で幻は幻に還った。
 まるで邯鄲の夢のように消え失せた幻、残ったのは絶大なる恐怖のみ。

「う、あ、あぁ……そ、そうか……まぼ、ろしだったんだな……」
「……こ、怖かったわぁ……」

 胸を撫で下ろす雲母の眼前では紫苑が大の字で転がっていた。
 そう、彼は最初の立ち位置から微塵も動いていなかったのだ。

「ま、魔力が……き、切れました……」

 神便鬼毒酒を摂取することで崩れた何かの均衡、
その揺り返しの疲労がその身体を縛っていた。
 喋るのも億劫で、もうこのまま寝てしまいたい。
 そんな欲求を捻じ伏せつつ紫苑は実験の終了を告げる。

「だ、大丈夫かい春風くん!?」
「ええ……まあ、しんどくはありますが……ね……」

 あり得ないものであればあるほど、それを見せる度に魔力が激しく消費される。
 幻術魔法とはそう言うものだった。
 例えばそう、最初に二人の視界から見えなくしたのは楽な部類に入る。
 やったことは至極単純。
 春風紫苑と言う人間に周りに合わせた何の変哲も無い景色を被せただけ。
 現に二人は見えなくなったと認識していても、この場所に紫苑が居ると言う認識は変わらなかった。
 しかし初めから存在しなかったと思わせるならば魔力の消費は激しい。
 雲母に見せた遊園地もそう。
 ここは遊園地ではないことは明白なのに、遊園地だと思わせて着ぐるみ軍団に精神攻撃をさせた。
 あれだってかなりの魔力を消費する。
 だが、一番魔力を使ったのはカマキリに見せた龍だ。
 荒涼とした大地――と言うだけならば雲母に見せた遊園地もそう変わらない。
 しかし、龍だ。天を覆い尽くすほどの龍など非現実的にもほどがある。
 例えモンスターであろうともあんなのは存在しない。

「……恐ろしいわね」

 紫苑を抱き起こして膝に乗せつつ雲母が呻く。
 そう、この幻術は本当に恐ろしいのだ。
 激しい魔力消費? そんなもの彼が見せた幻に比べれば安い対価だ。
 何 せ ど ん な あ り 得 な い も の で も 信 じ 込 ま せ て し ま う の だ か ら。
 幻術魔法の使い手はそれなりに多いだろう。
 だが、神便鬼毒酒を飲んだ状態の紫苑に比する者は誰も存在しない。
 何だこれは、どんなチートだ? 時間制限や反動で動けなくなるなんてリスクすら小さく思える。

「じ、時間にして十分も経っていないが……」
「二人に対して全力行使をすればこの程度ですね……。
これが、一人で……もっと、軽いのならもうちょい出来そうですがぁ……」

 息を荒げながらも補足を入れる紫苑にカス蛇は一つ、疑問を持った。

「分かった。とりあえず、詳しい話はもう少し休んでからにしよう。
傍目にも尋常じゃない疲労だってことが見て取れるからね」

 労わるように紫苑の肩を叩くカマキリ。
 あんな恐ろしい幻を見せられたと言うのに文句の一つも無いらしい。
 この人間が出来ている辺りが癪に障ってしょうがない、それが春風クオリティーである。

『なあ紫苑』
「(あ゛ー……?)」

 地の底から聞こえるような呻き声、
それに少々ビクつきながらもカス蛇は先ほど抱いた疑問を呈する。

『何でお前こんな必死にやってんの?』

 金を貰える、だがこの疲労だって決して気持ちの良いものではない。
 だと言うのに紫苑は積極的にこの実験に協力しているように見える。
 これが一回二回ならば分かるがそうではない。
 だと言うのに未だ悪態も吐かずに実験に協力している――これが解せない。

「(これはなぁ……切り札、なんだよ……)」
『切り札?』

 確かにこれがあればどんなダンジョンでも撤退の役に立つかもしれない。
 しかし、だからと言って……まだ腑に落ちないカス蛇。

「(酒さえありゃあ、いざとなれば俺はメンヘラ共から完全逃走出来るってわけよ。
そして最終手段としても使える。
例えばそう……ダンジョンでアホ共を幻術にかけて殺させるって感じでな。
いやまあ、そっちは後の言い訳やら何やらが面倒そうだからあくまで最終手段だが。
それでもな、メンヘラに対する絶対逃走手段を確保出来るってのはありがたい。
だったら必死で出来ること出来ないことを把握しなきゃいけねえだろうが!!)」
『……ああそう』

 徹頭徹尾自分のため、呆れるほどにブレない紫苑にカス蛇は大きく溜息を吐いた。
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