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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

71/204

嘘から出た真

 長かった夏休みも終わり、今日からは学校――――とはならなかった。
 そう、例のダンジョンを探索することが決まったのだ。
 何も始業式の日に被せて来なくても……と紫苑も思ったのだが、
ギルド側は平泉の一件以降彼らに対する認識が変わり遠慮が無くなったようだ。
 さて、以前からその傾向はあったのだが、例のダンジョンに繋がる孔の数が増えているらしい。
 今回紫苑が行くことになった場所もそう、つい四日前に孔が開いたらしい。
 結果、近畿圏に居る彼らに探索の命が下ったと言うわけだ。

「そりゃ近畿圏だから僕らが行くのも納得だけどさぁ……毎度毎度いきなりなんだよ」
「しかもまた山ですしね。別に登山が好きなわけではないんですが……」

 一行が今居る場所は京都府西部にある千丈ヶ嶽。
 そこに出現した孔を目指して山道を歩いているのだ。

「しかし……今更ながらに思ったが、例のダンジョンに通じる孔は都市部には出来ないのだな」

 ふと、ルドルフがそんなことを口にする。
 確かに通常の孔ならば都市部に出ることもあるが、
今目指しているような孔が都市部に出たと言う報告は今のところ無い。

「そう言えばそうだな。安土、平泉、そして京都と言っても山間部だし」
「ギルド側で隠蔽し易いっちゃそうやけど……うちら人間の都合に合わせとるわけないやろしなぁ」

 であれば何らかの法則があるのかもしれない。
 まあ、考えたところで一学生である彼らに答えが導き出せるわけはないのだが。

「そもそもからして普通の孔ですら、よく分かっていませんからね。
調べている人間が居ないわけでもありませんが……納得が出来る説が出ていませんし」

 原因究明をしている人間は黎明期より存在している。
 いるのだが、如何せん完全な手探り。遅々として解明は進んでいない。
 だと言うのに平気で孔から得られる恩恵を求めて人は命を懸けるのだから人類と言うやつは愚かで強かだ。

「だってのに新たな謎まで出て来るんだからねえ。いやいや、世界は不思議に満ち溢れてるよ」

 安土にある孔に至っては侵入者を拒み始めたのだ。
 もう訳が分からない、研究をしている人間からすれば堪ったものじゃないだろう。

「(おう、カッス。お前ら一体何なんだよ?)」
『前も言ったけど分かんねーよ。お前だって別に何が何でも知りたいってわけじゃねーだろ?』
「(そうだけどさぁ……気になるのは気になるんだよ)」
「ところで、今回行く場所ではどんなモンスターが居ると思う?」

 閉じられた左目をそっと撫ぜる。
 ルドルフは平泉の時のように血沸き肉躍る戦いを期待しているようだ。

「さあ? ってかさ……あの天狗っぽいのとか、あれって敵なんかなぁ」

 実際にその場面を見たわけではないが、天狗面はあっさり人を殺せる性質だろう。
 だが、そんな奴が遺した言葉は明らかに此方を気遣うものだった。

「三つ目もそうだよね。知能があるってことを差し引いても僕らの認識とは随分ズレたモンスターだよ」

 通常のダンジョンで出現するモンスターは、人間を見つけると即座に殺しにかかる。
 本能として人間への敵対心が刷り込まれているかのように。
 しかし、三つ目も天狗面からも敵意と言うものを感じないのだ。

「あの猿とて最初はアレだったが、最終的には敵対心を剥き出しにしていたのにな」
「とは言え話し合いが通じるかと言えばそれはまた別の話でしょう?」

 敵だと認識し辛くはあるが、だからと言って友好的な存在かと言えばそれも首を傾げてしまう。

「天狗や三つ目は特殊な例だと思うがな。
他所のパーティが探索したダンジョンでは俺達と同じようなことはなかったらしいし」

 聖人達も確かに言葉を交わし遊びに巻き込まれはしたが、
一番最初に明確に言葉を交わしたのは紫苑達が最初だろう。

「当たりクジを引いてんだか外れクジを引いてんだか判別がつかないよね」

 と、そうこうしているとようやく孔の前に辿り着く。
 紫苑は何時ものように兎を先行させて中の様子を窺うのだが……。

「どうです?」
「視界が酷く悪い。濃霧がかかっている」

 ただ、平泉の時のように建物の中と言うわけではない。
 地面は土と草で、あちこち歩き回らせても似たようなもの。
 多少の傾斜はあったりするので完全な平地と言うわけでもなさそうだが……。

「毒ガスと言う可能性はあるのか?」
「不明だ。一応あの兎が行動出来ると言うことは人間にとっても害ではなさそうだが……」

 あの兎には日々機能が追加されている。
 例えば今言ったように人間が生存出来る環境であるかなどを探知する機能なども最近追加されたものだ。

「とは言えダンジョン由来のまったく未知のものならば分からない」
「一応ガスマスクなんてのも支給品にあるんやし……とりあえず被っとく?」
「うむ、その方が良いだろうな」

 ゴソゴソとバッグから取り出したガスマスクを装着する五人。
 山中でこんなものを被った集団とか普通に危険だ。
 マナーの良い登山家だって挨拶も無しに駆け出すだろう。

「それにいざとなれば各自が持ってるアムリタ(薄)もあるからね、それ飲んで即撤退も視野に入れよう」
「(出来れば飲むなよ。お前らが飲むとまた補充しなきゃいけねえからな)」

 人の命がかかっていようと貴重品を惜しむ。
 こう言う局面でケチるかケチらないか、実に器が透けて見える。

「それじゃあ、行くぞ!」

 全員が糸に繋がれたまま孔の中に飛び込む。
 地面の中に関しても最初に調べてあったので問題は特に無かった。
 紫苑は兎を一撫でして周囲を見渡すが、濃霧に阻まれて何も見えない。

「これ、帰りとか迷いそうだよね」
「ああ。だから俺達の歩みに合わせて兎に土中を進ませようと思う」
「帰りのナビに使うわけやな?」
「そうだ。と言うわけで頼むぞ」

 シャキーン! と可愛らしい敬礼をして兎は土の中に潜り込んで行った。
 これで帰還ルートに関しては確保出来たと言えるだろう。

「天魔、栞、ルドルフ、敵の気配は?」
「今のところ感じない――――が、どうかな。どうにもこの霧のせいか、感覚があやふやだ」
「視認距離に入るまでは敵の接近に気付けない可能性があります」
「と言うか、この霧って吹っ飛ばすこと出来ないのかな?」

 言いながら天魔が取り出したのは小型爆弾だった。
 爆風でこの霧を散らそうと言うのだろう。

「良いかい?」

 リーダーである紫苑に伺いを立てる。

「ああ」
「じゃあ……行くよ!!」

 投擲と同時に全員が地に伏せる。
 爆発はそれなりの規模ではあったが効果は無し。
 僅かな霧すら散らすことは出来なかった。
 となるとこれは普通の霧ではないと言うことになる。

「参ったな……となると霧中を行かざるを得ないと言うわけか……なあ栞」
「はい?」
「お前の糸を俺達の視界が届かない範囲に張り巡らせられないか?」

 糸に何かが触れたのならば繰り手である栞は気付ける。
 ちょっとした簡易センサー代わりと言うわけだ。

「可能ですが恒常的に張り続けるならば、私は戦えませんので……」
「その分は我らが動けば良い」
「だね。栞ちゃん、やっちゃってよ」
「分かりました」

 胸の前で両手を交差させ五指を伸ばす。
 紫苑には見えないがこれで糸が張り巡らされたのだろう。

「これで糸に動くものが触れれば気付けるでしょう」
「ありがとう。じゃあ、進むか――と言っても指針になるようなものは無いが」
「正に五里霧中ってね」

 何時までもじっとしているわけにもいかない。
 一行はあても無いままに歩き出す。
 紫苑は歩きながらも片目を瞑って土中の兎と視界をリンクさせていた。
 土の中に何か異常が無いかを確かめるためだ。

「しかしさぁ……ガスマスク被った集団がのったのった歩いてるって怪しいこと極まりないよね」
「せやな。街中やったら事案発生やで」
「口元だけを被せるのならまだ良かったのだがな」
「目に入ると言う可能性も有りますので仕方ないでしょう。と言うか口元だけでも普通に怪しいです」
「(おいカッス)」
『あん?』
「(ガスマスクで俺のご尊顔が隠されてるわけだが、これは一種の世の損失ではなかろうか?)」

 紫苑が顔を隠そうとも焼け爛れようとも世界には何の影響も無い。

『知らんわ。つーか隠さなくても見る奴は他四人だけじゃねーか』
「(それもそうか。にしても……妙なダンジョン来ちまったなぁ……)」

 視界が利かないと言うのは予想以上に堪えるものだ。
 少し先に何か危ないものがあるかもしれない、そう考えるだけで欝になる。

「何や、こう言うとこ来るとダウナーになるなぁ……」

 憂鬱なのは紫苑だけでなく麻衣も同じようだ。
 他三人は図太いが彼女だけは一般的な感性を持っているのでしょうがないだろう。

「僕はそうでもないけど……気晴らしにしりとりでもする?」
「しりとりて……いやまあ、それぐらいしかないけどさ。でも何や子供みたい」
「だったら少し捻ったものをしてみては? 形容詞オンリーで答えるなんてどうでしょう?」
「ほう、それは適度に頭を使うな。順番はどうする?」
「(何でちょっと乗り気なんだよ……)」
「あいうえお順で良いんじゃない? 栞ちゃん紫苑くん、僕、麻衣ちゃん、ルドルフくんって感じでさ」

 とは言え気が紛れるのならばガキ臭い遊びに付き合うのも吝かではないと紫苑も無言で頷く。

「どうせやったら簡単な罰ゲームもあった方がええかもな」
「だったら最近あった恥ずかしいこと、とか情けないことなんかで良いんじゃないか?」
「ほう……良いなそれは。ペナルティがある方がやる気が出る」

 罰ゲームに反対する者もおらず、しりとりが始まった。

「では私から。最初はしりとりのりで……凛々しい、です紫苑さん」
「(うん、知ってる!)」

 そ う 言 う 意 味 じ ゃ な い。
 いや、栞もちょっと恥ずかしそうにしているのでそう言う意図があったのかもしれない。

「い、だな。いやらしい、だ天魔」
「え? 僕を性的な目で見てるってこと?」

 そ う 言 う 意 味 じ ゃ な い。
 いや、紫苑の場合はマジでそうじゃないので妙な流し目に意味は無い。

「寝言は寝てほざいてください。ほら、い、ですよ、い」
「分かってるよ。いじましい、だ」
「怒涛のい攻めやな……ってか待って。形容詞って最後絶対に、い、やない?」
「ええ、そうですよ。ですから英語の形容詞を持って来たりなどしてもよろしいのでは?」
「あ、そか。ほなら……いんてれくちゅある、や」

 少々自信なさげな麻衣だったが、
これはIntellectual、知的なと言う意味の形容詞なのでセーフだ。

「Rude――無作法な、と言う意味だ」
「思ったんだけどこれって判定する側にも相応の知識が必要だよね」
「そうですよ。だからちょっと捻ったもの、なんです」

 これで一巡。
 その後もしばらくの間は途切れずにしりとりが続いたのだが麻衣のところで止ってしまう。

「……言い出しっぺのうちが罰ゲームかいな……」
「(ざまぁwww)」
「じゃ、恥ずかしい話してよ」

 ニヤニヤ笑顔のまま天魔が促すと麻衣は渋い顔のまま語り始める。

「……これはうちが小学生の時のことや。まあ、当時ちょっと気になっとった男の子がおってんよ」
「おお! コイバナかい?」
「いや待て、恥ずかしい話と言うことは結末が……」
「まあまあ、とりあえず黙って聞きましょう」
「(他人の恥を知れるならそれで良いや)」

 他人の恥部をオカズにすれば丼三杯は平らげられる――それが紫苑なのだ。

「友達とかに冷やかされたりして、テンパって気付けば告白することになってんよ。
でも直接言う勇気はなくてなぁ、ラブレター書いたわけ。
んで放課後に体育館裏に呼び出して手紙渡してそのまま逃げるつもりやったんよ」
「(直接渡せるのに直接告白出来ねえのかよ……とんだヘタレだぜ)」

 だがまあ、この辺りの大胆なんだか謙虚なんだか分からない感じは麻衣らしい。
 以前彼女が紫苑にクッキーを渡した時のことを彷彿とさせる。

「掃除が終わったらすぐに体育館裏行って近くにあった倉庫の影から、
その好きやった男の子が来るのをドキドキしながら待っとった。
んで、来た! ってなった瞬間、焦りが生まれたんやな。
早ように渡して早ように帰ろ! ってな。
んで勢い良く飛び出してその男の子のとこまでダッシュで向かってる時に転んで……」
「パンツが見えちゃった♪ とか言うオチかい?」
「いや、うちそん時スパッツ穿いとったから大丈夫やった」

 どうやら天魔が予想したオチは外れていたらしい。
 では一体何があったと言うのだろうか?

「うちは顔面から地面に突っ込んだわけよ……でもな、一応うちも冒険者の身体持っとるやん?
普通より運動神経良かったんが幸いしてもうた……。
咄嗟に両手を着いたらその勢いのまま足が飛んでって男の子の顔に絡み付いてもうてん。
どうにかせな! そう思て、外そうと下半身に力入れたら今度は身体が後ろにいってな。
しかも男の子の顔を足で挟んだままバク転みたいな形になってしまって……後は分かるやろ?」

 男の子の顔面を地面に叩きつけた挙句、
自分はその彼の身体にケツを乗せる状態になってしまったわけだ。
 確かにこれは恥ずかしい、恥ずかしいし、バイオレンス過ぎる。

「ピクリとも動かん男の子を見てうちは青褪めたわ。え? まさかこないことで人殺しを……ってな」
「(間抜け極まったなwww)」

 神妙な表情で語る麻衣とは裏腹に紫苑は超ご機嫌だった。
 こう言う他人の失敗談が面白くてしょうがないのだ。

「あの時、うちは初めて回復魔法を使ったんよ。
まあ、無我夢中で滅茶苦茶なもんやったけどな。あれも火事場の馬鹿力なんかなぁ」
「ちなみに、恋の行方はどうなったのだ?」
「恋もクソもないやろ。申し訳なさで学年上がってクラス上がるまで目ぇ合わせられへんかったわ」

 ほろ苦いどころか苦くて渋くてエグイ恋のメモリー。
 成るほど、確かに恥ずかしい話としては申し分ないだろう。

「はぁ……これがうちの恥ずかしい話や」
「フッ……確かにキツイな」
「あー! 笑ったな紫苑くん!?」
「すまんすまん。で、どうする? まだ続けるか」
「いや! あかん、何かまたうちが負けそうやし」
「(カーッ! チキンですわぁ……)」

 これ以上他人の恥部が見られないのは残念でしょうがない。
 だが、震度1の地震でも内心ではビビるような男に他人を臆病だと非難する資格は無い。

「あはは、でもそうだね。ちょっとは気も紛れただろうしこれで終わりにしよっか」
「うむ。しかし、結構な距離を歩いているが何も無いな」

 敵も、何か目に付くような木や石なども何も無い。
 僅かに焦れたルドルフは足元に転がっていた拳大の石を蹴り上げて手に収める。

「どうするんですか?」
「こうするのだ!!」

 全力で投擲された小石はそのまま遥か前方へと消えていった。
 石が何かに当たることでとりあえずの目標を定めようとしたのだ。
 しかし……。

「全然聞こえないね。これってこのままずーっと先へ続いてるだけ?」

 本気で投擲したのならば軽く数kmは飛ぶはずだ。
 少なくとも前方数kmには何も無いらしい。

「他の方向にも投げてみたらどうでしょう?」
「じゃあ僕も手伝うから投げよっか」
「うむ」

 そうして石やらバッグの中に入っている比較的要らないものなどを
四方八方に投擲し始める天魔とルドルフだが結果は最初と同じ。

「しばらくはこのまま歩き続けるしかないようだな(何つー不毛な時間だぁ……)」
「うん……身体の方は楽やけど、精神的にクるなぁ……」
「仕方ありませんよ」
「とりあえず僕らはダレて警戒が緩まないように気を付けなきゃね」
「うむ、我らの緩みが死に繋がるかもしれんしな」

 そのまま歩き続けて三十分ほど経った頃だろうか。
 何故か紫苑以外の四人が足を止めてしまう。

『またお前だけハブだな』
「(うるせえよ!)どうしたんだ?」
「いや、どうもこうも……紫苑くん、気付かない?」
「何でしょう、これ……すごく、甘くて……良い匂い……」
「何処から香ってくるんやろ……」
「どうしようもなく、惹かれる……」
「(待て待て待て! ガスマスク越しで何で匂いなんか分かるんだよ!?)」

 もうその時点で怪しかった。
 ガスマスクの向こうに見える表情が何処か陶酔しているように見えるのも気になる。

「(思考能力が鈍って……? いやだが、何故俺だけ?)」

 毒と言うのならば耐性を付加するピアスを全員している。
 だが、肉体的なスペックも加味すれば毒が効き難いのは前衛三人だ。
 しかし麻衣も同じく甘い香りとやらを感じているらしい。
 となると前衛後衛やピアスのことは関係ないように思える。

『才能の差じゃね?』
「(シャラップ! アーンドダイ! 才能がある奴が罠っぽいのにかかるんですかぁ!?)」
『分かった言い換える。単純なスペックの差?』
「(スペック高いと罠にかかるの!? セキュリティホールガッバガバじゃねえか!
だったら俺のが凄いってことだよなぁ! そう言うことだろカァアアアッス!!)」

 あくまで自分は凄い、それだけは譲りたくないようだ。

『いやさぁ、罠じゃなかったらどうするのよ?』
「(罠に決まってるだろこんなもん!!)」

 論理的な根拠が無いでもない、
しかし今の紫苑はそれ以上に感情で反論している――悔しくてしょうがないのだ。

「とりあえず行ってみようか」
「ええ、行ってみましょう」
「なあなあ、どっちから匂って来る?」
「あっちだ!!」
「待て! 落ち着け! 何かおかしいぞ!?」

 こともあろうに四人はガスマスクを外して走り出してしまう。
 カス蛇と言い争いをしていたせいで行動を始める前に制止することが出来なかった紫苑。

『おい! この霧の中で置いてかれるとガチ迷子になるぞ!!』
「(迷子なんて可愛い表現で済むか! ガチ遭難者だよ!!)」

 紫苑もすぐさま四人が走り去って行った方向に走り出す。
 少し出遅れてしまったものの、それでも五分ほどで追い付いた。
 辿り着いた先には馬鹿デカい湖が広がっており、四人はその前に立ち尽くしている。

「はぁ……はぁ……お、おい!」
「紫苑も来たか、やはりこれは良いものだな」
「ち、違う! 怪しいと思わないのか!? 如何にもなシチュエーションじゃないか!」

 甘い蜜にたかる蟲を狙う捕食者など珍しくも何とも無い。
 平時であれば彼らも気付けていただろう。
 だが、気付けないと言うことはつまりそう言うこと。
 目の前にある湖にどうしようもなく惹き付けられているのだ、それこそ思考が鈍るほどに。

「何、大丈夫だって……ほら」

 湖の水を手に掬って飲み干す天魔、異常は無いらしく、ニコリと笑んでいる。
 他三人もそれに倣うように湖の水を口にしているが、紫苑にはやはり理解が出来なかった。
 それだけ心惹かれる何かがこの水にはあるのか?

「これ、お酒やな……でも全然大丈夫。幾らでも飲めそうやわ」
「うむ。我が祖国にもこれほどの銘酒は無いぞ。栞、これは日本酒か?」
「どうでしょう? ここまで雑味も無く透き通った酒精は私も初めてです」
「ほら、紫苑くんも飲んでみなよ」

 グイ、と手を引っ張られた紫苑はガスマスクまで取られてしまう。

「ん♪」

 天魔は口に酒を含んだまま唇を紫苑のそれに重ねる。

「(ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!)」

 天魔の唇から流れ込む酒が紫苑の喉を通って臓腑に染み渡る。
 この悲鳴はキスをされたことが嫌だったのか、
毒か何かかもしれない酒を呑まされたのが嫌だったのか――――言うまでもなく両方だ。

『よう紫苑、無事か?』
「(た、ただちに異常は無さそうだが……しかし、何だこれ?)」

 確かに口当たりも良く、甘くはあるがしつこくはない。
 酒などとんと分からない紫苑にも良いものだと言うことは分かる。
 しかし、これにそこまで惹き付けられる何かがあるか?
 そう問われたら首を傾げざるを得ない。

「(お前も味分かんだろ? どうよ)」
『ん……あー……そう、だなぁ……』

 妙に歯切れが悪いカス蛇だったが、紫苑はそれを自分と同じ疑問ゆえだと受け取った。
 首を傾げる彼を他所に四人はそのまま酒の湖へと入って行ってしまう。

「(うわぁ……衛生的にどうなんだよ?)」

 身体を浸したまま湖の酒をかっ喰らう四人に冷めた感想を抱く紫苑。
 この酒の良さがまったく分からないのだ。
 これが平時であればもう何杯かは飲んでいたかもしれない。
 だが四人のあの姿を見たことで疑念が強く出てしまったのだ。

「(これを成果として持ち帰るのか……? でも、美味いだけだしなぁ……)」

 だが一応はダンジョンで見つけたものだ。
 しょうがないと割り切ってバッグから取り出した専用容器に湖の酒を入れ始める。

「(何リットルぐらい持って帰れば良いんかねえ……。
つか、これも変若水みたいなやつなら嬉しいんだがな。酒って……なあ?)」

 不満に思いながらも黙々と酒を汲み続ける。
 未知のものである以上、研究のために量があった方が良い。
 そう考えて大量に持ち帰ろうとしているのだ。

「(とりあえずこれ汲み終わったら一旦撤退が安定かな?
他に何があるか分からないし、この霧だ。これ以上無策で進むのも問題だろう。
それに、この酒に何か異常があるかもしれんし、検査もしな――――)」

 その瞬間、バシャーンと水飛沫が四つ上がる。
 慌てて音が聞こえた方向に視線を向けると、あの四人が倒れていた。

「あ、れ……なんやの、これ……」

 ヨロヨロと立ち上がるが彼らの身体は小刻みに震え、目の焦点も合っていない。
 明らかな異常事態で、考えられるのはあの酒だ。
 しかし紫苑には未だ何の症状も現れていない。
 時間か、量か、前者ならばそう大差は無い。では後者か?

「おい皆! アムリタだ、アムリタを飲め!!(とりあえず俺も飲もう)」

 自分の分のアムリタを飲むと、紫苑はすぐさま湖に飛び込んだ。
 震える四人がアムリタを飲む手助けをするためだ。

「す、すいません……」
「気にするな。それより早く飲め」

 各々が持っている小瓶のアムリタを飲み干した瞬間――――全員が意識を失った。
 バシャン! と再び湖に沈んでしまった四人を見て紫苑は……。

「(何でだぁあああああああああああああああああああああああ!!!!)」

 理不尽にツッコんでいた。
 意味が分からない、何故万能の霊薬を飲んで全員が意識を失うのだ。
 顔色の悪さを見るに治っていないことは一目瞭然。
 それどころか症状が悪化したようにすら見える。

「(何処のクソゲーだオイ!? 回復アイテムすら信用出来ないって何だこれ!!
前提めちゃくちゃじゃねえか! 霧だらけのダンジョンで回避不可能の罠!
それ飲んでバッドステータスになっても回復手段ないじゃねえか!
……ってこれゲームじゃねえから超有効的な手段じゃん!)」

 若干テンパりながらも表面上は鉄面皮で眉を顰めるだけにとどまっているのは流石だ。

『おー……アイツら放置してて良いのか?』
「(分かってるよ!!)」

 一人一人に平泉で使ったのと同じタブレットを飲ませる紫苑。
 これで酸素の問題はクリアされた、沈めていても何も問題は無い。

「(しかしどうする? 四人背負って戻るのは普通にキツイぞ?)」

 行きはモンスターも出なかったが帰りは分からない。
 ただでさえ戦闘能力の無い紫苑だ。
 一人ならまだしも誰かを背負ってなんて不可能に近い。

「(ん? いや待てよ……コイツら、アムリタ飲んでも駄目だったし……。
この湖に浸かったままなら時間経過とかでも治りそうにないよな?
となるとコイツらそのまま死ぬんじゃねえか?
あれ、あれれ、あれれー!? これひょっとしたチャンス来たんじゃない!?)」

 諦めなければ何時かきっと、夢は叶う。
 そんな陳腐な文句が浮かんで来るくらい今の紫苑は希望に満ちていた。
 仲間が危ないと言うのに何て野郎だ。

「(何かモンスターに囲まれて湖から上がれなかったとかでっち上げよう。
んで一時間かな? 二時間かな? コイツらが死ぬまでじっとしてる。
そして死んでから俺はすぐさまダッシュで外に戻る!
何かコイツらが力を振り絞って俺を逃がしてくれたとか何とかでって上げれば良い。
リアルさと悲壮感を出すために、多少自分の身体に傷は付けといた方が良いな。
どれぐらいが良いか……外に出た瞬間、貧血でぶっ倒れるぐらいかな?
ああ、演出として泥なんかを顔につけておくのも悪くない。
後はそうだな、服もちゃんと破っておかなきゃな。
出来るだけ雑に、如何にも決死の逃走の中で破れた! って感じに!)」

 フルスロットルで未来予想図(屑)を描き始める紫苑。
 明るい未来に就職が叶いそうで大喜びだ。

『おい紫苑』
「(外に辿り着いた俺は仲間の救助を頼んで意識を失う。
病院で目を覚ました俺の下に悲痛な表情を浮かべてやって来るカマキリ。
俺は縋るようにこう言う――――"皆は無事なんですか!?" ってな)」
『なあ紫苑』
「(悲しげに目を伏せるカマキリを見て、俺は総てを悟ったァ!
泣き崩れる俺、大事な大事な仲間を喪ったことで俺は再起不能! やったね紫苑ちゃん!
んでまあ、後は……学校も辞めるか。普通の高校に編入しよう)」
『ちょっと紫苑』
「(冒険者学校卒業で得られるメリットを失うのは惜しいが……残ってたら変だしな。
多分ギルド側からは雲母のババアと同じように大量の口止め金と報酬が出るはずだ。
それと今までの稼ぎも合わせりゃウッハウハ! ウッハウハやで!!)」

 ここまで下衆い妄想をして狂喜する男、そうは居ないだろう。

『ねえってば紫苑』
「(天魔、ルドルフ、栞、麻衣、お前らのことは大嫌いだったけど大好きになれそうだ。
さあ――――俺 の た め に 役 立 っ て 死 ね ! !)」
『だからオイってば!!』
「(やかましいんだよカァアアアアアアアアアアアアアアッス!
お前人が明るい未来を夢想してるのに何なの? 馬鹿なの? 死ぬの? 殺してやろうかァ!!)」
『良いから周囲を見ろって!!』
「(あ? 周囲って……)」

 顔を上げれば霧が若干薄れたように見える。
 だが、問題はそこじゃない。

「(――――え)」

 湖から少しばかり離れているが、湖を包囲するように大量の鬼が居る。
 紫苑が不埒な妄想に身を委ねている間に音も無く忍び寄ったようだ。

「(……俺ピンチ?)」
『おう、だからさっきから呼んでたんじゃねえか』

 嘘 か ら 出 た 真 で あ る。
素敵なイラストを頂きました。
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