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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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雲母、再び 後

 大阪に戻った翌日、紫苑はアリスと二人で昼食を摂っていた。
 ちなみにルークは二人よりも早くに済ませて今は配膳係をやっている。

「おかわりはどうだ?」
「(コイツも飯炊きが堂に入ってんなぁオイ)いただこう」

 白飯に鮭の塩焼き、浅利の味噌汁と漬物、昼食のメニューは如何にも和食。
 これを作ったのがルークで、尚且つ美味いのだから腹が立つ。
 紫苑はこんな小さな才能であろうとも赦せない性質なのだ。

「ちょっと塩っ辛過ぎるわよデカブツルーク」

 紫苑には丁度良い塩加減だったが、子供舌のアリスには少々辛かったらしい。
 眉を顰めながら抗議をする小さな主人にルークはすまない、と一言謝罪をする。

「(コイツはコイツで……箸の使い方しっかりしてんなぁ……)」

 血筋は外国人だが、アリスの背景を鑑みるに生まれと育ちは日本の長崎だ。
 でなくば長崎にある墓にルークの遺骸が埋まっていないだろう。
 だから箸の使い方が達者でも不思議ではないのだが、どうにも見た目と似合わない。

「綺麗に魚を食べるんだな(可愛くねえ奴だ)」

 箸の使い方関係無しにこの男がアリスを可愛いと思うことは未来永劫無いだろう。

「え? まあそりゃ私って手先が器用だもの」

 人形造りをしているおかげだと笑うアリス。
 確かに人形造りだけでなく針仕事なども達者な彼女だ、箸ぐらいはお手の物だろう。
 と言うか地味にアリスは女子力が高い。
 裁縫などの針仕事や掃除も得意だし、衣装を扱う関係上洗濯の腕だって高く、
料理にしても自分が納得していないから紫苑に披露していないだけで中々のものだ。
 加えて見た目も整っているし、ロリが平気ならばかなりの優良物件と言えよう。

「でも紫苑お兄さんも綺麗よ?」
「(知ってる)祖父さんにお行儀良くしなさいと躾られたからな」

 とは言え、祖父に言われるまでもなく紫苑は綺麗な食べ方を学んでいただろう。
 何せ食事と言うのは所作一つで品位が滲み出てしまうもの。
 魚を汚く食い散らかすなどみっともないにもほどがある。

「しかしまあ、ルーク」
「ん?」
「何時も何時もありがとう。お前のおかげで日々、美味しい御飯が食べられる。
こんなに幸せなことはない。一人暮らしを始めてからは、こんな温かいもの食べたことがなかった」

 こう言う細かいフォローが大事なのだ。
 日々の何でもない場面でしっかり告げるからこそ、感謝が際立つ。

「フッ……自分達は随分お前に世話になったからな。構わんよ」

 それは正直な気持ちだった。
 紫苑に出会う以前は殺伐とした生活だった。
 アリスの意のままに動き、彼女より劣るものを殺したり半殺しにしたり……。
 別に誰かを傷付けること自体に忌避感は無い。
 ただ単純に面倒だと言うだけ。
 だが今はその面倒も無くなり実に穏やかな日々を過せている。
 家事をしてテレビを見てゴロゴロする――――ルークにとっては天国のような環境だった。

「むぅ……」

 一方でアリスはルークだけが褒められるのが不満だった。
 だが実際に家事をやっているのは彼なので不平を述べることも出来ない。

「(ざまぁwww良い顔してんぜクソガキ!)」

 どうやら紫苑はアリスが不満顔をするのを分かった上で褒めたらしい。
 とは言えこっちに対するフォローを欠かすつもりも無い。
 この顔が見れたのだからそれぐらいはしてやっても良いと思っている。
 一体何処から目線でものを見ているのだろうか?

「アリスも、ありがとうな。時々、一人の夜が無性に悲しくなる時もあった。
そんな時にお前が居てくれたから……うん、俺も随分と救われた」

 パァっと顔を輝かせるアリス、もう紫苑の思うがままだ。
 どちらが人形遣いとして優れているのかと言えばそれは紫苑ではなかろうか?

「うん! 紫苑お兄さんに寂しい思いなんてさせないんだから♪」
「ありがとう……さて、ごちそうさまです」

 パンと手を合わせて食事を終える。
 さてこれから何をしようか? 宿題は既に終わらせてあるのでやるべきことが無いのだ。
 ぼんやり本を読むのも良いし、このままテレビをつけてダラダラするのも良い。

「(久しぶりに美術館に行くのも良いかな? んでその後に図書館にでも……)」

 思い浮かぶのは金があまりかからない娯楽ばかり。
 一般人では考えられないくらいに稼いでいるのにセコ過ぎである。

「あら、お客さんかしら?」

 インターホンが鳴り、アリスが玄関に出ると……。

「な! あ、あなた……!」

 目の前に飛び込んで来た雲母に驚きを露にするアリス。

「こんにちはアリスちゃん」
「(おいおい、何でこのババアここにいんだよ……)雲母さん、どうして大阪に?」
「紫苑ちゃんもこんにちは」
「こんにちは。とりあえずあがってください」
「ええ、おじゃまします」

 ルークは来客の時点で茶と菓子の準備をし、リビングにある隣家への扉を通って席を外していた。
 彼は空気が読める男なのだ。

「その節、本当にありがとうね」
「いえ、それより……」
「ええ。実は私、ギルド大阪の職員になったのよ」
「(はぁ!? 最終学歴中卒以下の低学歴乙! な女がギルドに!?)それはまた……」

 紫苑はナチュラルに雲母が自分より馬鹿だと決め付けている。
 まあ勉学に関してはそうなのだが、それでも……なあ?

「一応、先駆者でしょう? だから、紫苑ちゃん達の担当になったのよ」
「……成るほど、しかし大丈夫なんですか?(マジかよカマキリ大変だなオイ。コイツ同僚かよ)」
「うふふ、大丈夫よ。ありがとう」

 トラウマ染みたものがあるはずなのに大丈夫なのか?
 そう言って心配してくれることは嬉しいが、それは少し気にし過ぎだ。
 雲母は苦笑しつつ紫苑の頭を撫でる。

「(俺の頭を撫でるとかダイナミック不敬な女だぜ……!)」

 ファンタスティック傲慢野郎の戯言はさておき。

「そうですか。ちなみに、前々から打診があったので?」
「えーっと……そ、そうね。うん、結構前からあったわ。
ただ、私もあんな感じだったからこれまでは断っていたのだけど……」
「(嘘 だ な)」

 雲母はアレクのことを誤魔化すつもりのようだが紫苑にはバレバレだった。
 嘘の中身までは看破出来ないものの、偽りであることくらいは楽に看破出来るのだ。

「とにかく、そう言うわけでこれからよろしくねえ」

 アレクのことを伏せたのは要らぬ不安を与えぬようにとの気遣いゆえだった。
 そもそもからして話を聞いた雲母でさえ要領を得ていないのだ。
 それを紫苑に聞かせたところで分かろうはずもない。
 徒に不安を煽るくらいなら黙っておくと言う良心ゆえの判断だったのだが……。

「はい、御願いします(ったく他人に嘘を吐くとか最低だなこの女)」

 お 前 が 言 う な。
 総てを欺いている紫苑が他人の嘘について糾弾する資格は無い。

「しかし、そうなると住居も大阪に?」
「ええ。この近所に家を用意してくれたのよ」
「(用意した……ってこたぁ、何かワケありか?)」

 雲母のそれは不用意な発言だった。
 家を借りた、と言うのならばまだしも用意してくれた。
 となると用意したのは誰だ、ギルドか? だが何故そこまで?
 先駆者と言えども恵まれ過ぎている。
 紫苑は疑問に思いはしたもののすぐに考えるのを止めた。

「(まあ良いや。こんな女のことで頭捻るのもアホらしいわ)」

 この無関心さ、自分に関係があることとは露ほども思っていないので仕方ないと言えば仕方ないか。

「……紫苑お兄さんに変なことしたら殺すわよ」

 ポツリとアリスが呟く。
 心から憎んでいるわけではないが、またあの時のようなことがあってはたまらない。
 ゆえに彼女は釘を刺したのだ。

「分かっているわ。信じてもらえないかもしれないけど、あんなことはもうしない」

 困った顔で笑う雲母を見てアリスも一先ずは納得したのか、それ以上は何も言わなかった。

「(もっとネチネチ責めろよぉ……お前マジで駄目なガキだなオイ)」

 駄 目 な の は ど っ ち だ。
 未だに怨み骨髄の紫苑からすればアリスの責めでは満足出来なかったらしい。

『流石だなお前』
「(褒めるならもっと褒めろよ)」
「ねえ紫苑ちゃん、これから時間はあるかしら?」
「(暇だけど自分以外のために使う時間は無い)ええ、ありますが……」
「なら、一緒にギルドに来てくれるかしら? 他の子達とも顔合わせすることになってるのよ」

 そう言われて携帯の電源をつけてみるとメールのアイコンが光っていた。
 差出人はカマキリで、紹介した人が居るので午後三時までにギルドに来て欲しいと書いてある。

「分かりました。ならば同行しましょう。アリス、留守を頼んでも良いか?」
「うん、気を付けて行って来てね?」
「はは……大丈夫さ。雲母さん、少し待っててください。準備しますので」

 財布と携帯をポケットに入れて薄手のシャツを羽織るだけで準備は完了。
 紫苑は雲母を伴ってギルドへと向かう。

「ねえ紫苑ちゃん、お腹の傷は大丈夫?」

 道すがら雲母は心配そうに問いを投げた。
 モジョから聞いてはいたが、それでもやはり気になるのだ。

「え? ああ……問題ありませんよ」

 どう言うわけか傷跡こそ残っているが、別に痛みがあるわけでもない。
 むしろモジョに対して罪悪感を抱かせられるので紫苑からすれば万々歳なのだ。

「少し、見て良いかしら?」
「? ええどうぞ(お前のそれよりきめ細かなスキンを見て嫉妬するが良い)」
「じゃあ失礼して……」

 雲母の白い指がシャツを摘んで捲り上げる。
 そこには槍によって刻まれた傷跡が痛々しく残っていて思わず目を背けたくなった。

「痛くない?」

 軽く触れてみるが紫苑の表情はまるで変わらない。
 痛みを我慢するタイプなのは何となく分かっているので雲母は直接言葉で確認をする。

「ええ、全然。アムリタのおかげですよ」

 紫苑自身は先述の事情もあって傷跡に対する疑問は持っていなかった。
 そもそも痛みと言う明確な事象が無いので気にかけようとも思えないのだ。

「そう……」

 だがやはり雲母は気になってしょうがない。
 自身もかつてアムリタを摂取して命を繋いだからこそ気になるのだ。
 かつて彼女は腹に大穴を開けられると言う致命傷を負った。
 しかしアムリタを飲ませられたことで綺麗さっぱり大穴は消えて健常な肉体になった。
 その時の傷は紫苑のそれよりも遥かに大きかったのに……何故?
 何故あれよりも小さい傷が今でも消えないのか。

「……ふぅ、御馬鹿な私が考えても駄目ね」

 このままでは知恵熱を起こしてしまいそうだ。
 結局、分からぬものは分からぬと、雲母は深い溜息を吐いた。

「(よう分からんがお前が馬鹿だってのには同意する)」

 今更ながらに紫苑には敬意と言うものが足りない。
 仮にも年上の人間で冒険者としての先輩である相手に対してお前だのババアだの、
挙句馬鹿とまで言っている――――かなり礼を欠いていると言えるだろう。

「着いたわね。私は偉い人とお話があるからまた後で会いましょう」
「ええ、それではまた後で」

 入り口のところで雲母と分かれた紫苑は、何時も自分達が通される部屋へと足を運ぶ。
 中に入ると予想通り他の四人は既に集まっていたのだが……。

「……どうしたんだそのぬいぐるみ?」

 どう言うわけか女子三人の傍にある大きな紙袋には大量のぬいぐるみが詰め込まれている。

「ああいや、麻衣ちゃんに誘われて僕らゲーセンで遊んでたんだよ」
「この二人もっそいんやで。バンバンぬいぐるみ取るんやもん!」
「まあ、それなりに手先は器用ですので」
「アームとかの微調整とか力加減もちゃんと見極めれば余裕だよねアレ」

 どうやら大量のぬいぐるみは戦利品らしい。
 無駄に高いスペックを発揮して乱獲したのがこの有様のようだ。

「それより紫苑、今日は何で呼ばれたか知っているか?」
「急に呼び出されたので事情がまったく分からないんですよ」
「紫苑くんて鎌田さんと仲ええやろ? 何か知らんの?」
「(誰がアレと仲良しだ馬鹿野郎)ああ、一応知っているがすぐに分かるだろうよ」

 言って紫苑も椅子に腰掛ける。
 テーブルにはティーポットが置かれており喉が渇いていたのでそれに手を伸ばす。

「ふぅん……じゃあお楽しみってことで聞かずにおこうかな」
「(ふぅ……美味い。クソ暑い中歩かされたからなぁ……。
ん、ちょっと良い茶葉使ってんな……贅沢しやがって! 市民感覚が欠如してんなぁギルド!)」

 そんな政治家にイチャモンつける団体じゃあるまいし……市民感覚て。
 と言うか文句を言うならばお茶を飲むの止めろ。

「あ、せやせや。紫苑くん、写真プリントアウトしといたで」
「ん? ああ……向こうで撮ったやつか」
「他三人にはもう渡しとるからこれ、紫苑くんとアリスちゃんとルークくんの分な」

 麻衣から手渡された三つの封筒のうち、
自分の名前が書かれているものを開けると中にはギッシリ写真が詰まっていた。
 新宮に行った時に撮ったもので、ぶっちゃけると忌々しい思い出だ。
 今すぐ焼き払いたいと言う欲求を押し殺しながら紫苑は感謝の言葉を口にする。

「ありがとう、部屋に飾っておくよ」
「いえいえ、どういたしまして」
「(しかし……何か俺の分だけ妙に分厚くないか?)」

 他二つに比べてどうにも厚みが違う。
 疑問に思いつつ中を改めていくとすぐにその理由が判明する。
 栞や天魔のセクシーショットが混入されているのだ。
 明らかに別途で気合を入れて撮ったであろうそれらは……言わぬが花か。

「すまない、待たせたね」

 そうこうしているとカマキリが雲母を伴って部屋に入って来た。
 紫苑以外の面子は名前こそ知っているものの彼女の顔は知らず、
あの女の人は一体誰だ? とはてな顔をしている。

「鎌田、その御婦人は誰かね?」
「せめてさん付けをしてくれよ……ってのはまあ今は良い。
彼女の名前は逆鬼雲母さん、世界で初めて例のダンジョンに潜った――いわば君らの先達だ」

 カマキリは紫苑と雲母の関係については知らない。
 あの一件を知っているのは当事者四人と、後から紫苑に聞かされた者だけ。
 なので当然のことながら室内には緊張が走った。
 その人生に同情はする、だがそれ以上に規格外の怪物だと言う印象が強いのだ。
 モジョとアリスを一撃で屠り、人知及ばぬ戦いを繰り広げた鬼母。
 精神が不安定であればまた……そう思ってしまうのも無理からぬこと。
 現に紫苑以外の四人は雲母を見ているだけで何処か不安になるのだ。

「え、えーっと……何だいこの空気?」
「……いや別に、何でもないさ。で、どうしてその雲母さんがここに居るんだい?」
「ん? あ、ああ……今日から僕と同じく君らの担当になったんだ」
「うちらの担当に?」

 四人の視線がカマキリではなく紫苑に向けられる。
 二対四つの瞳に見つめられている当人はと言うと……。

「(何見てんだよ。説明ならカマキリに聞けや阿呆)大丈夫だよ、もう雲母さんは大丈夫だ」
「……あなた達の大切な人に酷いことをしてごめんなさいね。
信じて欲しい――とは口が裂けても言えないけど、これからの行動で証明していくつもりよ」

 弁解を口にしないのは実に潔いことだ。
 そして真摯な思いと言うのは往々にして相手にも伝わるもの。
 雲母の言葉を聞いた四人は一先ずのところ、これ以上の追求は止めることにした。

「? すまないが、何かあったのかい?」

 一人蚊帳の外に置かれているカマキリが困ったように視線を彷徨わせている。
 とは言っても簡単に話せる話題でもないのだ。

「既に済んだことですから気にしないでください(カマキリハブられてるぅ(↑))」

 ハブにされたカマキリを見て紫苑はご機嫌のようだ。
 思考回路が生粋のイジメっ子のそれである。

「そ、そうかい? まあとにかくそう言うわけだからよろしくしてやってくれ。
先達として、タメになる話も聞かせてくれるだろうし、前衛三人には良い鍛錬相手にもなるだろう。
加えて、万が一の時の補欠要員にもなっているから、そこのところも頭に入れておいてくれ」

 万が一の補欠要員、確かに必要だろう。
 これまでは例のダンジョンに潜れる人の数が少なかったからそう言うことも出来なかった。
 しかし雲母ならば問題は無い。
 真実はどうあれたった一人であろうとも生き残ったし、
あの常軌を逸した力が消え失せた今でも高い実力を誇っているのだから。

「んー……じゃあさ、この後少しだけ付き合ってもらって良いかな?」

 実際に手を合わせることで見えることもある、そう考えての提案だった。
 が、そこに水を差すのはやっぱり紫苑。

「その前に自己紹介だろう?」
「おっと……そうか、まだ名乗っていなかったな。私はルドルフ・フォン・ジンネマンだ」
「醍醐栞です」
「僕は外道天魔だよ。雲母さんのことは一応知ってる」
「うちは桝谷麻衣です。よろしゅうに」
「ルドルフちゃんに栞ちゃんに天魔ちゃん、それと麻衣ちゃんね? よろしく」

 ルドルフの頬が引き攣る。
 流石にちゃん付けで呼ばれるのは年齢的に恥ずかしいのだろう。

「それで雲母さん、さっきの御願いなんだけどさ」
「ええ、私で良ければ付き合うわ。鎌田さん、施設をお借りしても?」
「勿論、構わないよ。ああ、春風くんは少し残ってくれるかい?」
「(毎度毎度俺ばっかりぃ……!)分かりました」

 五人が出て行き、部屋に残されたのはカマキリとシオンの二人。
 どうにもこのツーショットになることが多い。
 その事実がどうしようもなく紫苑の心を打ちのめす。

「(何で男と……)」
『女だったら良いの?』
「(ああ、俺より劣ってて見てて楽しめるような奴なら大歓迎だ!)して、何の用ですか?」
「うん、それなんだがね……」

 どこか言い難そうにしているカマキリ、一体どうしたのだろうか?

「あの雲母さんと言う女性、信用出来るのだろうか?」
「? ギルド側でスカウトしたんじゃないんですか?」
「いや、僕は君らの担当をしているのを見ても分かる通り、
例のダンジョンに関連することには深く関わっているんだ。
実際に知らされたのは本部から選別について知らされた時だけどさ」

 だからこそ、人事などについてもこの関連ならば耳に入って来る。
 だけどもそれがなかったのだ。

「でもね、この件に関しちゃ僕は何も知らされてなかった。
つい最近いきなりだよ? 支部長から連絡があってこう言うことになったからってさ」
「それはまた……変ですね」
「だろう?」

 だからカマキリは紫苑と話したかったのだ。
 こう言う考えごとをするならば彼と一緒の方が良いと評価しているから。

「以前から雲母さんにそう言う打診があったのならば、鎌田さんに知らされているはずだ。
だって鎌田さんに隠す理由が無いでしょう? そして支部長と言うのもおかしい。
あなたの直属の上司って言えばまた別になるでしょう?」
「そうだね。この歳にしては良い位置に居るが、それでも支部長直属ってわけじゃない」
「ちなみに支部長には疑問を?」
「ああ、一応ぶつけてみたがね。どうにもしっくり来る答えは返って来なかった」

 あくまで返って来たのはそれらしい答えであって、真実ではない。
 何せカマキリに返された答えすらも、疑問の残るものだったのだから。

「彼女は重い背景を背負っているから断られる可能性が高かった。
だから期待させないためにも黙っていた――――は? って思うよね」
「思いますね。成否はどうであれ、知っておく方がやり易くはあるはずだ」
「そう。しかも僕は君と彼女が知り合いだってのも今日知った。
知り合いの子を助けるためならば、むしろ乗って来る可能性の方が高いだろう?」

 その通りだ。
 自分達と同じ轍を踏ませないためにサポートしたい、そう思っても不思議ではない。
 まあ、実際のところは紫苑が闇を祓うまで雲母はあの状態だったので無理だっただろうが……。
 と言うよりギルド側は彼女がああなっていたことを事前に知っていたはずだ。
 何せ雲母から情報を聞き出したのはギルドなのだから。
 となると可能性が低い云々の前に打診すらしないはずだ。
 紫苑は支部長の杜撰な誤魔化しを鼻で哂った。

「となると、最近ねじ込まれた?」
「やはり君もそう思うかい? 僕もそう思うんだが……」
「何故、ですよね」
「ああ。しかも彼女のギルドでの地位を知っているかい?」
「いえ、知りません」
「特別顧問で僕より権限は上で実質大阪に居る他の職員じゃ彼女に命令なんかは出来ない。
加えて業務内容なんかも不鮮明でねえ……事務方に聞いてみても分からないってさ」

 これが老人などならば天下りと言う線も考えられるだろう。
 だが、雲母はまだ若いし金銭にも執着が無いように見える。
 カマキリは独自の伝手で当時支払われた口止め料なんかの使い道を辿ったが、殆ど使われていない。
 彼女は金銭に対して無頓着なのだ。
 だからこれは後ろ暗い背景があるわけではないと予想出来る。

「……もっと上、ですかね?」
「かもしれない。本部の意向――でもその理由が分からないんだ」

 実質アレクの私情の結果とも言える人事なのだ。
 紫苑やカマキリに分からなくて当然と言えよう。

「いやね、これが例のダンジョンに関連する情報の口止めとかって理由なら分かるんだ。
ギルド側で逆鬼雲母を監視するって言う名目でさ。でもそれにしては時間が経ち過ぎだし……」
「それ以前に口止めをするならもっと先にやっておくべき人間が居る、でしょう?
数年経っても口を噤んでいる雲母さんより先に人間的に信用出来ない聖さんの元仲間。
仲間を見捨てて逃げようとするような人間にこそ先手を打ってしかるべきだが……」
「そう、彼らに関してはノータッチ」

 その後も二人はあーでもないこーでもないと議論し続け時間が過ぎ去っていく。
 気付けば数時間ほど経っており、
他の面子が部屋に戻って来たところで二人は議論を打ち切った。
 どうやら手合わせをして打ち解けたらしく、雲母とそれ以外の面子の間から緊張は消えていた。
 そのことに面白くないものを感じつつも、紫苑はその場で解散を宣言。
 帰り道が同じ雲母と連れ立って家路に着いた。

「少し、休んで良いかしら?」

 その途上で雲母がそう言うものだから紫苑は渋々近くの公園に入ることに。
 別に休憩と言ってもラブな宿泊施設に入るわけじゃないので当然の選択だ。
 そして今、二人はジュースを飲みながら他愛無い雑談に興じていた。

「天魔達はどうでした?」
「ふふ、とっても強かったわ。若いって良いわねえ」

 それは素直な感想だったが、実際に勝利したのは雲母だ。
 ブランクがあるとは思えないほどに身体がよく動き、
否、以前よりも軽いことに誰よりも驚いたのは彼女自身だった。

「雲母さんだって十分御若く見えますけどね。
(言うまでもなく社交辞令だがな! 見た目はともかく年齢はババアだよババア)」
「やだぁ……もう、お上手ね」

 頬に手を当て微笑む雲母は本当に嬉しそうだ。
 だからこそ、知らぬことは本当に幸せなのだと実感出来る。

「……ねえ、紫苑ちゃん」

 少しだけ途切れた会話、最初に口を開いたのは雲母だった。

「はい?」
「天魔ちゃん達から聞いたのだけど……もう少し、自分を労わってあげても良いんじゃない?」

 雲母の瞳には悲しみの色が滲んでいた。

「(俺だってそうしたいよ! でも皆俺をイジメる屑ばっかだから! お前含む!)」
「私が言えた義理じゃないし、説得力も無いと思うのだけど……。
それでも、皆紫苑ちゃんのことを心配しているのよ?」
「……分かっている、つもりなんですがね。でも、そう言う生き方が一番楽なんですよ」
「他人が傷付くぐらいなら自分が? 気持ちは、分からないでもないわ。でも、それは……」

 それは経験則によるものだった。
 雲母は困ったように眉をハの字にし、それでも何とか紫苑を諭そうとしている。

「――――違うわね」

 ああ、こう言うのは間違いなのだ。
 言葉で曲げられるほどに簡単なものじゃない。その生き方は変えられない。

「ねえ、あの夜に言ってくれた……あなたを息子と想って良い、ってまだ有効かしら?」
「え……」
「勿論、紫苑ちゃんと死んでしまったあの子を重ねているわけじゃないわ」

 無私の心でこの提案をしているわけじゃない。
 これは利己であり利他、人として当然の感情ゆえの願いだ。

「私自身が寂しいって気持ちも無いわけじゃない、でもそれ以上に心配なの。
まだ十八にもなっていないのに紫苑ちゃんはその背中に沢山のものを背負ってる。
あなたはそれを重い、苦しいなんて言わないけれど――――それが哀しいのよ」

 人はどうして涙を流すのだろう? 少しでも悲しみを和らげるためだ。
 人はどうして痛いと叫ぶのだろう? そうすることで痛みを薄れさせるためだ。
 しかし、紫苑にはそれが出来ない。生まれつき苦手なんだろう。

「私、あなたを放って置けない。ぎゅって抱き締めてあげたいの。
頑張ってるのよ、頑張ってるんだもの、えらいねって褒めてあげたいし、
心が疲れている時は何時まででも抱いてあげたい。
女威ちゃんから聞いたけど、紫苑ちゃんは早くにお父さんとお母さんを亡くしているんでしょう?
お祖父ちゃんが居たそうだけど一緒に居たのは数年で、
中学校を卒業する頃にはまた一人になったって聞いたわ」

 自分のように親元を飛び出したのならば、それは自己責任だろう。
 だが紫苑の場合は違う。ある日突然、理不尽がやって来て家族を奪っていったのだ。
 今、彼は誰かに甘えられる立場ではない。
 周りに居るのが同年代で、傷を持つ子ばかりだから余計にそれが出来ない。
 それは何て悲しいことだろうか。

「だから、私で良ければ母親だと思って甘えて欲しいの」

 夕焼け空に重なる優しい微笑みは、正に慈母のそれだった。

『どうするの?』
「(フッ……ここで秘密情報を明かそう。俺は奴が怖い)」

 それは秘密でも何でもないような気がする。

『うん、知ってる』
「(ノーで断るのも怖いが、イエスと言うのも怖い)」

 イエスにしたとしよう。
 また愛が振り切れてキチってしまったらと考えると胃痛で夜も眠れない。
 だからと言ってここで断るのも怖い。
 断っても付き合いは続くわけだから、向こうがそう言う目で見ていると思ってしまう。
 ふとした瞬間、また振り切れてしまうのでは?
 そう思うと怖くて怖くて布団から出られなくなってしまう――――紫苑の肝の小ささを舐めてはいけない

「(しゃあねえ……)……参ったな。俺、そう言うの弱いんです。
この間、祖父の家に帰った時に……父さんと母さんからの手紙見つけて……。
俺、余計に親が恋しかったのに……そんなこと言うなんて、ずるいです……」

 困ったような顔をしながらも一歩一歩雲母に近付き――――身体を預ける。
 彼女は突然のことに驚きながらも優しくその身体を抱き締めた。

「ホントにどうしようもない時だけ甘えさせてください――――"母さん"」
「ええ、何時でも、何時でも甘えさせてあげるわ」

 重なる影二つ、血の繋がりはなくとも、それは確かに親子のそれに見えた。

「(肯定して上手いことコントロールするっきゃねえなぁ……はぁ……)」

 まあ、ガキの方はとんだ畜生なわけだが。
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