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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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チート女を堕とす冴えたやり方

「バスト、88、ウェスト58、ヒップ87……一体何処で調べて来たんだこれ?」
「……方法については私も知りませんが、それは流石に省いていても良かったでしょうに」

 食事を終えた二人は大部屋でアイリーンについての情報を取捨していた。
 何でも構わないと言う大雑把な指定だったために、スリーサイズや昨日の夕飯、トイレの回数なんてどうでも良いことまで集められている。
 と言うかスリーサイズとトイレの回数はセクハラだ。
 しかも後者に至っては一体どうやって調べたと言うのか。
 ぶっちゃけこれ犯罪だろう――金持ちって怖い。

「名前の通りアイルランド出身で日本には親の都合で十歳の時に来日した……ねえ」

 親を人質に取る? なんて考えが浮かんだ紫苑だがそれはやり過ぎだと考え直す。
 良心は痛まないがそこまでやると責任問題に発展する。
 そうなれば困ることになるのは自分、そんなのは絶対嫌だ。

「出身中学は白星しらほし……あら、これって紫苑さんの出身中学では?」
「ん、そう言えばそうだな。む、住所も結構近いじゃないか」

 近くに化け物が住んでいた上に中学まで同じだとは奇妙な縁である。
 だが紫苑には一つ腑に落ちないことがあった。
 アイリーンは控えめに言って美少女である。
 空と海の中間ぐらいの蒼さを誇るベリーショートの髪に紅玉のような瞳、日本人のそれとは一線を画する美貌を持つ彼女の名をどうして知らなかったのか。
 紫苑は中学でも当たり障りなく他人に良く思われるように生きていた。
 なので当然友人も多く噂話なんかもよく聞いていたものだ。
 それでもアイリーンなんて少女のことは聞いたことがない。

「不思議――――あ」

 首を捻っていると一枚の写真がファイルから零れ落ちる。
 それを見た瞬間、さっきまで抱いていた疑問が一気に氷解した。

「……成るほど、そりゃ気付かんわけだ」
「どうされました?」
「いやな、あれだけ美人のアイリーンのことを同じ中学の俺が知らなかった理由が分かったんだ」

 ほれ、と写真を放り投げると栞が目を見開き口元に手を当て上品に驚きを露にした。

「これはまた……随分、印象が違いますね」
「だろう?」

 写真の中に居るのは野暮ったい瓶底眼鏡の三つ編み少女だった。
 顔の造詣が整っていてもこれでは目立つわけがない。
 どう言う意図でこんな格好をしていたかは知らないが、少なくともこの容姿では幾ら外人とは言え騒がれることもなかっただろう。
 いや、逆に目立つか、こんなにもベタだと。

「ところで栞」
「はい?」
「気になってることが一つあるんだが」
「何でしょうか?」
「――――お前、何で俺の出身中学知ってるんだ?」

 アイリーンが紫苑と同じ白星中学出身だと指摘したのは栞である。
 けれど紫苑は一度足りとも自分の出身中学を口にした覚えは無い。
 自己紹介の時だってそうだ。
 黒歴史ものの演説はかましたものの個人情報などは一切語っていなかった。
 だと言うのに何故栞は出身中学を知っているのか。

「……」
「……」

 沈黙が流れる。

「そ、それは……」

 視線から逃げるように顔を逸らす栞の顔は着物と同じ桜色に染まっていた。
 一体何が恥ずかしいのか紫苑にはまったく分からない。

「それは?(コイツ、ストーカーじゃないよな……幾ら俺がイケメンだからって勘弁してくれよ)」

 その容姿に対する自信は一体何処からやって来るのだろうか。
 チラチラと秋波のようなものを送っている栞だが、当の紫苑にはまるで届いていない。
 想いを察せられぬほど愚鈍ではないが、応える気は無いと言う意味で。

「(ん、これは図書館の借り出し記録か……)」

 ふと目に入った書類に目を通す。

「(同じ本を百回以上借りてるな……タイトルは、アルスター伝説? アルスターと言えば……)」

 と、何かを思いつきかけたその時だった。

「御嬢様、御客人をお連れしました」

 ここへ来る時に車を運転していた老紳士がルドルフらを連れて部屋に入って来たのだ。

「やっほー紫苑くん。お勉強中かい?」
「天魔か……ん、ちょっと待て。お前、腕どうしたんだ?」

 黒い七分丈のパンツに赤色の長袖シャツを羽織った天魔だが、おかしい。
 通常ならば袖は中身が無くて揺れているのに揺れが無い――ってか腕がある。

「ああこれ、午前中に義肢つけに行ってたんだよ。中々に良い具合だよ?」

 ぐーぱーぐーぱーと手を開け閉めしているがそこに淀みは一切無い。
 見た目はメタリックな感じだが動き自体はとても滑らかだ。
 生身のそれと遜色無い動きとまでは言えないが、少なくとも不便はなさそうだ。

「それより紫苑、卿はどうして我らをここに呼び寄せたのだ?」
「まー他の人らの試合見物してから暇やったし別にかまへんけど理由は知りたいな」

 ルドルフと麻衣の疑問は尤もだろう。

「ああ、それを説明するから皆、テキトーに座ってくれ」

 言うや、自然と三人は紫苑を囲むように腰を下ろした。
 そのことに居心地の悪さを覚えつつ咳払いを一つ。

「まず、俺達が明後日戦うことになるのはアイリーン・ハーンのパーティだろう」

 そのことに異論は無いようで四人が四人共に頷く。

「そして直に奴の戦いを見た三人、栞、ルドルフ、桝谷は彼我の実力差が隔たっていることは承知の上だと思う」

 渋い顔をして頷いたのはルドルフ、同じ槍使いとしての矜持があるゆえだろう。
 それでも実力を認めないほど狭量ではないのが救いか。

「僕も戦いぶりは見ちゃいないがあの人が段違いってのは分かってるよ」
「だろうな。しかしだからと言って戦る前から負けるつもりで居る人間は居ないと思っている」

 紫苑はそんな人間を赦さない、だって負けたら痛い目に遭うんだもん。
 彼の一番の希望は棄権なのだがそんなことを赦してくれる面子でも無いし、そもそも天魔がぶち上げた演説もありここで逃げることは間違いなく評価を下げることになる。
 となれば紫苑には勝つ以外の選択肢はあり得ないのだ。

「当たり前だ。昨日卿らに無理矢理叩き起こされたからな、寝惚けていようはずもない」
「そやね。スロースターターにもほどがあるけど、うちらもいい加減エンジンかかったわ」

 アイリーンの力を直に見ただけあって既に甘えは消え去っている。
 だからこそ、勝つために紫苑の指示に従うつもりだと言う全幅の信頼が見て取れた。
 勘違いも甚だしいのだが、ことここに至っては好都合。

「(踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆ならとは言うが俺は見てる方が良いね……上手く踊らせてやるよ)」

 ケタケタと内心でほくそ笑みながら紫苑は全員を見渡す。
 その顔は引き締まっており、戦う者の顔をしていた。

「俺が乾坤一擲の策をぶちかますにしても不確定要素の排除は必須だ」

 そう言ってチラりと問題児に目を向ける。

「大丈夫だよ。流石にアレはね、僕の性癖を満たす暇もなくやられるだけだろうし」

 馬鹿をするつもりはないと肩を竦める天魔を見て、とりあえず一安心。

「そいつは重畳。話を戻すがどんな策を立てるにしても、成就させるには少しでも可能性を上げなきゃならないのは分かるな?」

 事前に聞いていた栞以外の三人が揃って頷く。

「だから――――今日、アイリーン以外の面子を潰す」

 渋面、驚愕、愉しげな笑顔、三者三様のリアクションが見て取れる。
 まあそれも当然だろう。明後日開かれるはずの戦端を今日開くと言ったのだから。

「不意打ち、闇討ち、何でもござれだ。此方の消耗を最小限にして潰す」

 三人で一人を潰す、それを四回繰り返すも良し。
 入浴中や寝込みをいきなり襲うも良し、手段は問わずに潰す。
 紫苑の宣言にまず異論を挟んだのはルドルフだった。

「待て。それは流石に、道を外れてはいないか?」
「ああその通り、人道の外っかわを行ってるだろうよ。
(綺麗ごと抜かすな! お前らが強けりゃ必要ないんだよこんな策!)」

 自分が強ければと言わない辺りに他力本願が骨身に染みているのが見て取れる。

「だが――――俺達は戦う人間だ、そしてこれはそう言う戦いなんだ(これだからボンボンは嫌いなんだ!)」

 逆にお前が好きな人種ってどんなだよ。

「矜持一つを貫くにしても楽じゃない世界だ。誇りを謳い上げたきゃ力を見せろ。
それが出来ないなら二択なんだよ。
這い蹲って泥を啜ってでも前に進むか潔く負けを認めて自ら戦いの道を降りるかのな。
どちらでも構わない、選ぶのはお前だよ。権利は前で戦うお前達にこそある。嫌ならば皆で別の方法を考えよう」

 厳しく、突き放した物言い。
 パーティ同士の対抗戦、そこにどんな目的ががあるかは分からない。
 ただ、本気でやらねばならぬことは確かだ。
 授業だからと手を抜くのかどうかは結局のところ自分次第。

「う、ぐぅ……!」

 選択を提示されたルドルフは歯が砕けんばかりに悔しさを噛み締める。
 彼は戦士であり、男だ、だからこそ紫苑の言葉が強く突き刺さったのだ。
 矜持、若さ、青さ、理性、雑多な感情が鬩ぎ合う。

「そんな顔をするくらいなら強くなれば良い。違うか?(一応フォローも入れておくか)」
「……ああ! 分かっている!!」

 蒼天のような瞳から零れる雫は、悔しいし情けないけれど自分は戦う者だから紫苑の提案を受け入れると言う証だ。

「……見とるこっちが照れそうなくらい、男の子やね二人共」
「男子足る者、これぐらいの心意気を必要でしょう」

 一連のやり取りを見ていた麻衣と栞が照れくさそうに笑っていた。

「だよね。良いじゃん、薄っぺらくカッコつけるより情けなくてもこの方がずっと良い」

 本人にその気はないだろうが天魔の言葉はさりげに紫苑をディスっている。

「(チッ……何だその優しく見守る母のような目は! 舐めんなよ!?)」

 何処まで劣等感に塗れているんだこの男は。

「ゴホン! さて、話はまとまったな。四人の居場所についてだが……」
「ええ、こちらで既に調べさせております。夜までには全員把握出来るでしょう」
「と言うわけだ。襲撃方法なんかについては各自で考えてくれ」
「それはええけど、他に指示は無いん?」

 それだけしか思いついてなかったの?
 と言う嘲りではなく純粋に他に自分達がするべきことは無いのかと言う質問だが、

「(馬鹿にしてんのか!?)そうだな……」

 当然の如く紫苑には伝わっていなかった。

「ボコボコにした後はこの家まで相手を拉致って来てくれ。監禁場所に使わせてもらうがどうか?」
「問題ありません。回復魔法を専門に使う人間にかかってしまえば意味がありませんものね」
「すまない。それじゃあ俺はまだ資料の整理を続けるから他の四人で襲撃について会議してくれ」
「会議も何もさ、一人一殺で良いんじゃないのかな?」
「……待て待て。人数的にはピッタリだろうが桝谷は俺と同じ後衛だぞ」

 回復は要だ、とても重要だ。主に紫苑にとって。
 そんな麻衣を単独で襲撃に行かせるなど言語道断。
 サポート役として呼んだのに鉄砲玉に使われては意味が無い。

「いやね、僕そう思うけど……何か、匂うんだよね」
「ちゃんとお風呂は毎日二回入っとるわボケ! しばき殺すぞ!?」
「いやいや、そう言う意味じゃなくて」

 臭いと言われたと勘違いした麻衣が天魔の胸倉を引っ掴むが当人はヘラヘラ顔を崩さない。

「隠し玉、的な? 案外やれそうな気ぃするんだよね――――勘だけど」
「…………」

 天魔の指摘に麻衣は黙り込んだ。
 沈黙は時に何よりも雄弁に語ることがある。
 彼女の沈黙は既に答えと言っても良いのではないだろうか?

「(黙り込むなよ。もう既に見抜かれてるんだから勿体つけるなっての!)」

 反応を見て何かあると分かった紫苑が毒づく。
 もっともな毒ではあるがそれでも個人には事情があると言う点を考慮すべきだろう。

「――――まあ、確かにその通り。うちも一応、一撃必殺的なんは持っとる」
「(一撃必殺!? じゃあそれでアイリーン殺せよ!)」
「ただ、誤解せんといて欲しいんやけど……うち自体は正直、運動神経とかええないんよ」

 一般人よりかは上だが冒険者クラスとなると下の下だ。

「んで切り札は"触れ"やなあかん。まあ、そこらが……なあ?」
「(うわ、使えねえ!)」

 確かにアイリーンには通じないが雑魚の処理には使えると紫苑は思いなおす。
 アイリーンには通じなくても他の人間には通じるのだからまったく役に立たないわけではないのだ。

「だったら変装でも何でもしてこっそりサックリ通り魔みたいにやっちゃえば良いじゃん? ねえ」
「ええ、変装の手筈なら此方で整えさせて頂きますよ」
「そう? ほなら頼むわ」

 と、そこで麻衣の視線が紫苑の方を向く。

「……隠しとったのはな、今は皆学生で仲間やけど、いずれはしのぎを削る仲になるから。
せやから秘中の秘として隠しとった。せやけど、止めるわ。
目先のことにも全力出せへん奴は大成しようはずもない。うちの全部預けるよ、紫苑くん」

 穏やかな笑顔でありながらその顔には強い決意が宿っているように見える。
 桝谷麻衣と言う少女が一つの殻を破ったのだ。
 ゆえに、ルドルフも、栞も、天魔ですらも優しげな笑顔を浮かべている。
 他人の成長を喜べる人間だからこそ、彼らは強いのだ。

「(切り札が見えたのは良いけど、さり気に俺のことを名前で呼んでるなよ馴れ馴れしい)」

 その点紫苑はこれである。自分至高の人嫌いなこの男は決して成長しないだろう。
 何度失敗を繰り返しても省みないし、他人の成長を僻みまくるのだから成長など望めるわけもない。

「ちゅーわけでうちのこともこれからは麻衣って呼んでな?
他の皆だけ名前やのにうちだけ苗字って何か疎外感やし。あ、他の皆もよろしゅう」
「うむ、受け取った。私のこともルドルフと呼んでくれ」
「同じく、栞と呼んでくださいな」
「僕も好きに呼んで良いよ」
「(うわぁ……何だこのフワっとした空気。青春かよ)」
『お前、ホント空気読めないよな』
「(口に出してねえから良いだろうが!)」

 それでも蛇に空気を読めないと指摘されるのは良くないことだろうよ。

「色々良い空気だね。さて、話を戻そう。僕ら襲撃担当の打ち合わせを再開しよう」
「(それなら他所でやれ。俺は今色々考えごとしてんだからよぉ!)」

 手元の資料を読みながら紫苑は策の形を描いていく。
 成れば勝機を手繰り寄せることも可能になる。
 少なくとも無策に五人でかかるよりはよっぽどマシなはずだ。

「念には念を、僕の流儀じゃあないが今回ばかりはリーダーの顔を立てるよ。
良いかい? 確かに四人で一人ずつを潰すのも悪くは無いが、窮鼠猫を噛むと言う言葉もある。
四人でかかることにより重圧を与え過ぎて鼠に噛まれちゃ世話無い。
そう、例えば――――最後の力を振り絞って仲間に警告を与える、とかね」

 それで地下にでも潜られれば面倒なことになる。
 明後日までに潰せる保障は何処にも無い。

「だから1ON1でかかろうじゃないか。襲撃をかける時間帯も同じ、それなら一人も逃がさない」

 勝つのを前提で話を進めているのは他の面子を信じているから。
 口には出さない信だが、それは皆にも伝わっていた。
 だからこそ、それぞれの顔は自負とやる気に満ちているのだ。

「加えて、誰に当たるかも――――いや、正確にはどの場所に居る者に、か」
「だねえ。麻衣ちゃんの切り札とやらを使用するのならばなるべく人が多い場所が良い」

 通り魔のように、と言うのは比喩でも何でもない。
 本当に通り魔の如く人ごみに紛れて一気に勝負を決めるのだ。

「けど、それは所在を掴んでからの話だね」
「ええ、それに関しては私にお任せください。直に情報が入って来ます」
「リアルタイムで情報は更新されるのかい?」
「無論、そのように仰せ付かっていますので」
「成るほど、流石リーダー。下準備は整えてくれてるわけだ」
「(誰がリーダーだっつの! いやだが、リーダーと言う響きは案外悪くない?)」

 持て囃されるのは嫌いじゃない、むしろ大好きだ。

「ほんなら、うちはなるべく……街中とかにおるんを狙うんやね?」
「しかし、本気で通り魔として逮捕されやしないか?」

 ルドルフの危惧は尤もだろう。
 逮捕された場合、連座で自分にも責任が及ぶかもしれない。
 なので紫苑は皆にも情報を明かすことにした。

「その場合は学校と教師の名前を出せば良い。一般人に危害を加えなければ恐らくは大丈夫なはずだ」
「へえ、そりゃまた何でかな?」
「事前に薬師寺先生に確認は取ってある」

 あの電話が真実である以上、幾らか学校からの援助があると見て構わないだろう。
 身一つで責任を負う立場ではないとの言質も取っているのだから。

「確認とは何だ?」
「――――戦いは既に始まっている、その認識で構わないとな」
「それは、そう言うことなのかい?」
「ああ。ついでに言うならこの襲撃自体も先生は読んでいたみたいだ」

 紫苑の言葉に栞を除く面子の顔色が変わる。
 戦いは既に始まっている、それは言葉通りの事実だ。
 加えて襲撃も読んでいる、その上で制止の言葉を投げなかったと言うことは黙認。
 ラインを超えさえしなければ問題はないと受け取っても構わないはずだ。

「ふぅん……そこまで、先生方は今回の催しに気合入れてるわけだ」
「冒険者の本分ではない人間同士の戦いにそこまで、か」
「これ、裏あるやろ。どう考えても」
「でしょうね。無ければおかしい」
「(また何か面倒そうだなぁ……)」

 人間同士の戦いにここまで熱を入れると言うのはおかしい。
 そもそも冒険者は孔に潜り、ダンジョンを探索しモンスターと戦うのが役目なのだから。
 それなのに学校側が責任を負ってまでこんなことをする、裏があって然るべきだろう。

「(いや、ネガティブな想像は止めよう)確かにそうかもしれないが、今は目先のことを考えよう」

 と言うか現実逃避である。

「うむ、卿の言う通りだ紫苑。まずは勝つこと、それのみに視点を置くべきだろう」
「考えるのは後でええもんね」
「それにそんなに重大なことならば学校側から説明も来るでしょうし」
「ぶっちゃけ僕は愉しめればそれで良いんだけどね」

 話がまとまったところで紫苑は再び資料に目を落とす。

「(ん……やっぱり、これなら……いける、か?)」

 今彼が読み上げていたのはアイリーンの図書館利用記録だ。
 それは公的なものだけでなく、小学校、中学校の図書施設の利用記録も含んでいる。

「おや、紫苑くん。何か良い顔してるねえ。策は浮かんだのかい?」
「ん、まあ……どうかな。とりあえず試してみなければ分からない」
「勿体ぶらんと教えてや」
「駄目だ。俺の目論見が当たったのならば全容を教える」
「慎重だな。しかしまあ、内容は分からずとも信じているぞ紫苑」

 だってドヤ顔で披露して外したら恥ずかしいから。
 紫苑の見栄っ張りゆえの秘匿だが、仲間はこれもポジティブに捉えてくれたようだ。
 だから、

「ああ――――アイリーン・ハーンを浅瀬に引き摺り込んでやるさ」

 つい大きなことを言ってしまった。
 大口を叩いてしまった当人を除いた者らは浅瀬? とハテナ顔をしている。

「(フン! これだから教養の無い連中は嫌いだ!)ところで栞」

 などとほざいてはいるが単純な学業成績において紫苑はこの中では三番目である。

「はい?」
「一つ確認したいんだが、今日御馳走になった昼食は誰が作ったんだ?」
「うちのお抱えの料理人ですが……気に入って頂けたのならまたどうです?」
「それは嬉しい……が、俺の策にも関わって来るかもしれないから確認しておきたかったんだよ」

 浅瀬? 料理人?
 ますます意味が分からないと言った表情の仲間達だが紫苑は説明する気が無い。
 ここまでヒントを出してしまったが、やっぱり説明して失敗してしまったら嫌なのだ。

「(あ、これも後で確認すりゃ良かった……)」

 勝てる可能性が思い浮かんでしまったばかりに浮かれているようだ。
 そんな自分を引き締めるために両頬を叩き栞に問いかける。

「栞、車を出してもらって良いか?」
「構いませんが……何処へ?」
「――――アイリーン・ハーンに会いに往く」

 たった一人、ニヤニヤしている彼を除いて唖然としている皆を置いてそのまま紫苑は部屋を出る。
 部屋の外では老紳士倉橋が待機しており、一礼して歩き出す。

「アイリーンの場所は把握していますか?」
「無論で御座います。しかし……」
「しかし?」
「いえ、成るほど。御嬢様が熱を入れている理由がよく分かりました」

 何処か嬉しそうな倉橋の顔、それを疑問に思いつつも紫苑は車に乗り込む。
 そのまましばし走り続け、見慣れた町並みに辿り着く。

「(本当に近所だったんだな……近所にあんなの住んでるとはビックリだ)」
「あちらの家ですが、如何されましょう? 私も同行しましょうか?」
「いや良い、駐禁取られたらアレだし車内で待っててください」
「承知致しました」

 栞の家に比べれば小さいと言えるレベルだが、アイリーンの家は普通の一軒家にしてみればかなり大きい。

「(どうして俺の周りは金持ちが多いのか。死ねブルジョワ!)」

 妬み嫉みの心が表れてしまったのだろう、インターホンを押すのに少しばかり力が入ってしまったようだ。
 そのせいで軽く指が痛い、紫苑ってばホント馬鹿。

「……どちら様?」

 一分ほどで声が聞こえて来るが、インターホン越しゆえ顔が見えず機嫌が良いのか悪いのかも分からない。
 更に言えば声も平坦だし、判断材料がまるで無いのだ。

「ああ失礼、名乗りの礼を取ろう。知らないと思うが俺は春風紫苑だ」

 これで知らないと言えば心の中でキレるし、知っていると言えば目ぇつけられてんのかよ! とキレるだろう。
 まだ繁華街をうろついているチンピラとかの方がナンボかマシである。

「! すぐ出る、待ってて」

 平坦な声に波が現れた。それは良いことなのか悪いことなのか。

「……待たせた」

 ショートパンツにロング丈のパーカー、シンプルだが美人が着ると何でも似合ってしまう。
 その事実に嫉妬しつつも紫苑はまず、アイリーンに一礼する。

「わざわざ出て来てもらってありがとう」
「構わない、用件」

 やけに言葉が短いのは日本語が苦手だからだろうか?

「(フハハハハ! 七年住んでて日本語覚えられねえのかよ!)」

 実際はそうじゃないのかもしれないが紫苑には関係のないことだ。
 イチャモンのような形でも他者を虚仮おろすのが大好きだから。

『いきなりどうしたんだよお前は』
「(うるせえ! 気圧されないように自分を奮い立たせてるの俺は!)」
『相手を馬鹿にすることで奮起するとか聞いたことねーよ』

 なんてやり取りをしつつ居住まいを正し、真っ直ぐアイリーンの瞳を見つめる。

「――――食事の誘いに来た」

 紫苑の言葉に無表情だったアイリーンの顔が変化する。
 困惑しているのか、驚いているのか、あるいはその両方か。

「郷に入っては郷に従えと言う言葉は御存知か?」
「知ってる」
「この国では年齢が上の者を目上として敬うんだ。例え同学年でもな」

 資料によるとアイリーンは、どう言う理由でかは調査中だが小学校を卒業するのが一年遅かった。
 そのせいで学年がズレているが本来なら高二なのだ。

「加えて母方の血は貴族に連なっているらしい。その点でも君は目上だ」
「…………」
「無論、断ってくれても構わない。浅ましい俺の意図はもう分かっているだろうしな」

 だが、と一呼吸置き舌の回転数を上げる。

「英雄に焦がれたままで良いのか? 英雄を超えると言う気概は無いのか?
そのために俺は君を浅瀬へと引きずり込む準備を整えたんだがな。
勝つために、そして負けたとしても納得出来る勝者が生まれると信じて」

 瞳を閉じてアイリーンは紫苑の言葉に耳を傾ける。
 一言一句、呼吸さえ聞き逃さぬようにと。

「狙いは国じゃない。浅瀬での決闘のように一対一と言うこともない。
全員でかかるし、先の提案で分かるように俺は三脚巴の悪女が如き悪辣さも見せよう」

 芝居がかった言い回し、これには勿論意図がある。
 強い人間と言うのは何処かこう言うやり取りを好んでいる節があるのだ。
 加えて貶すための挑発ではなく、やってみせろと言う挑発には弱い傾向がある。
 だからこそアイリーンもそれと同じだと賭けたのだ。

「それでも尚、気概が絶えぬのならば――――この手を取ってくれ(乗れ乗れ乗れ乗れ乗れ!!)」

 不敵な笑顔の下ではこんなにも――情けない。
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