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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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レンタルお姉さんなんぞ頼んだ覚えはねーんだよ

 朝、昨日の川遊びの――と言うよりはしゃいでいた女達の相手をした疲れが残っているせいか。
 紫苑は縁側に腰掛けてぼんやりと外を見ていた。
 別に何があるわけでもないが、こうやってのんびりしたい気分だった。
 昼前からは忙しくなるし、こうやって心を休める時間は今しかないのだ。

「……遊びをせんとや生まれけむ」

 ふ、っと何時か何処かで聞いた歌が口から飛び出す。
 何処で聞いたのだったか、紫苑にも思い出せない。
 だが、思い出せないと言うことは大したことではないのだろう。

「戯れせんとや生まれけむ」

 紫苑が口ずさんでいるのは梁塵秘抄と言う、
今で言うところの流行歌を集めた歌集の中にある特に有名な歌の一つだ。

「遊ぶ子どもの声聞けば、わが身さへこそゆ揺るがるれ」

 "遊びをするために生まれたのだろうか、戯れるために生まれたのだろうか。
 楽しそうに遊んでいる子らの声を聞けばもう大人になった私の心も楽しくなってくる"。
 解釈は一つではなく様々だ。
 "私は遊女として遊び戯れるために生まれたの?
 外から聞こえる子供らの無邪気な声を聞いていると、とめどない後悔に身が震える"
 前者のように楽しい解釈もあれば、後者のようにもの悲しい解釈もある。
 紫苑は言うまでもなく後者が大好きだった。

「(ビッチの哀愁とか超受けるんですけどー!)」

 歌っているうちにテンションが上がって来た紫苑。
 前者の解釈で捉えているのならば素敵なことだが、後者なので最悪だ。
 人の不幸は蜜の味を、ここまで自然に体現出来る男が他に居るだろうか?

「おはようございます」

 少し肌蹴た襦袢を直しながらやって来たのは栞だった。
 どうやら朝はそこまで強いわけではないらしく、少しだけ眠そうだ。

「ん、栞か……おはよう」
「はい。ところで、さっき歌っていたのは梁塵秘抄の一節ですよね?」
「ああ。外ではしゃいでる子供らの声が聞いてたら、気付けば口ずさんでいた」

 子供と言うのは早起きだ。
 まだ八時半を過ぎたばかりだと言うのにもう外ではしゃぎ回っている。
 紫苑からすれば不快極まりないことだ。

「(クソガキどもに泥団子ぶつけてやりてぇなぁ)」
「成るほど、確かに……遊ぶ子らの声を聞いていると、こっちも楽しくなりますよね」

 隣に腰掛けた栞がその身を紫苑に預ける。

「(ざってぇ! 何コイツ!? マジうぜえ!
こんな風によりかかるとかドラマじゃねえんだからリアルじゃキモいんだよ!!)」

 自分がフィクションに出て来そうな臭い台詞や行動をする分には良いが他人は赦せない。
 栞のせいで紫苑のテンションは急降下、もう今日は一日楽しくない。

「梁塵秘抄と言えば本編十の口伝が十だそうですが、現存しているのは僅か。
そう思うと少し悲しいですね。
後白河法皇は己の死後、歌が伝わっていかないことを惜しんだからこそ編纂させたのに」
「そう、なのか? 悪いが、俺はそこまで詳しくないんだ。
さっきのだって昔、誰かに教えてもらったものでしかないからな」
「ああ、そうでしたか。なら、今度私が持っているのを貸しましょうか?」
「そうだな……気が向いたら頼むよ」
「はい」

 尚、紫苑の気は一生向かない模様。

「……(何時までくっついてんだよ暑苦しいマジで)」

 無言の帳が降りる。
 栞にとってそれは決して気まずいものではなく、むしろ心地良いものだった。
 好きな人と縁側で寄り添って寛ぐ、小さな幸せ、でも掛け替えの無い幸せ。
 こう言う些細なことで幸せを感じる辺り、栞と百合は本当に良く似た姉妹と言えるだろう。

「皆、ただいま戻ったぞ!!!!」

 栞の小さな幸せは僅か二十分ほどで幻と消えた。
 朝食を買いに行っていたルドルフとルークが戻って来たのだ。

「……」

 じとーっと恨みがましい目でルドルフを見つめる栞だが、当人は全然気付いていない。
 それどころかパン屋の袋を手にキラキラと目を輝かせている。

「やはり焼きたてのパンの匂いは良いな。思わず買い過ぎてしまった。
だがまあ、朝はしっかり喰わねばならんので丁度良いだろう。む、起きているのは紫苑と栞だけか?」
「ああ(コイツも朝からうぜえなマジで)」

 やる気は既にマイナスゾーンに突入である。

「ったく……うるさいなぁ……朝はもう少し静かにしなよルドルフくん……」
「おはようさん」
「おはよう紫苑お兄さん――って何やってるのよ栞お姉さん!」

 ルドルフの声に皆も目覚めたようで二階から女子組が下りて来る。
 天魔も流石に紫苑以外に裸は見せたくないようで、しっかりと寝間着を着ている。

「卿らも起きたか。では朝食にしよう、飲み物も沢山買ってある。好きに選ぶと良い」
「僕フルーツ牛乳」
「私はお茶を頂きます」
「うちはオレンジジュースな」
「んー……私は普通の牛乳にするわ」

 騒がしい朝食が始まる。
 大きめの卓袱台の上に広げられた大量のパン、ルドルフの言葉に嘘はなかったらしい。
 だがまあ、このくらいの量ならば全員で消費し切れるだろう。

「昨日の夜も言ったが、俺は昼前からお寺さんに行って打ち合わせやらで夕方まで帰って来れん。
皆はその間どうするんだ? 出掛けるのならば合鍵の場所を教えておくが」
「うむ、私とルークは観光に行くつもりだ。飛鳥、速玉、徐福などにも行くつもりだ」
「場所は……大丈夫か?」
「問題ない。自分もルドルフも観光案内は既に買ってあるからな」

 新宮市観光案内と書かれた本を取り出したルーク、どうやら結構乗り気らしい。

「そうか……なら、存分に楽しんで来ると良い。で、そっちは?」

 女子組は女子組で別に行きたいところがあるのだろう。
 だからルドルフはさっき、私とルークと言ったのだ。

「ええ、それなんですが……地図を、書いてくれませんか?」
「地図? 俺がか?」
「うん。いやね、折角だし紫苑くんがよく遊んだ場所とか巡ってみようかなーって」
「はい! これメモ帳ね!」

 想い人の思い出を辿りたいと言う純な乙女心なのだろう。
 まあ、紫苑からすればストーカー行為でしかないわけだが。

「分かった。さて……よく遊んだ場所か」
「後はお気に入りの場所とかも知りたいね」
「(んなすぐ思い出せねえよ……)」

 なんて思いながらもアリスから手渡されたメモ帳に地図を書き込んで行く紫苑。
 小学校、公園、山の中、団地、思いつく限りを書き終えたところでメモ帳を返す。

「パッと思いつくところを書いたが……これで良いか?」
「うん! ありがとう紫苑お兄さん」

 メモ帳を受け取った嬉しそうにパンを摘まみ始める。
 大量にあったパンは三十分ほどで総て消費されて朝食が終わった。
 それから身支度を整えてテレビを見ているとあっと言う間に出る時間になった。

「じゃあ合鍵はここに隠しておくから、早く帰って来たのなら勝手に使ってくれ」

 その言葉に頷き、一旦解散。
 紫苑は寺へ、ルドルフとルークのコンビは観光へと向かって行った。

「それでは、私達も行きましょうか」
「だね。最初は何処行くよ?」
「近場の小学校で良いんじゃない? まあ、私と天魔お姉さんは前にも行ったけど」
「ちゅーか入れるんかな?」
「大丈夫よ麻衣お姉さん。いざとなれば私がどうとでもしてあげる」

 アリスの洗脳は嫌になるくらいのチートだ。
 冒険者でも今のところ紫苑や狂っていた雲母ぐらいしか抗えていないのに、
どうして一般人に防ぐことが出来ようか、もう何処でも入りたい放題である。

「あ、そうそう。実はね、前に行った時天魔お姉さんってばモテモテだったのよ――――女に」
「あー……天魔ちゃん中性的やからなぁ」
「へえ、ならそのまま若い子と百合ん百合んしてれば良かったでしょうに」
「僕にそっちのケはないっての……つーか、モテモテってんなら君もだろクソガキ。
小学生男子に熱視線送られてたじゃないか。見た目相応なんだし付き合ってやれよ」
「ぶち殺すわよ?」

 朝から血圧高過ぎである。

「もう……何で呼吸するように喧嘩を売り合うねん!? 穏やかにいこうや穏やかに!」

 放置すれば良いだろうに律儀な女である。
 だがまあ、麻衣の気持も分からないでもない。
 ただでさえ田舎では見かけないハイレベルの美少女が揃っているのだ。
 それだけでも目を引くのに喧嘩までしたらもう最悪。
 悪目立ちして喜ぶような変態でない限りは誰でも避けたいだろう。

「着いた着いた。えーっと、メモによると……卒業生の手形が残された壁があるんだって」
「ああ、記念にぺタっとするアレね」
「私は分からないけど多分そうね。あっちよ、行ってみましょ」

 校門を飛び越えて侵入した三人。
 麻衣だけは良いのかなぁ……と思いつつも、監視のためにと少し躊躇いながら門を飛び越える。

「これですか。年度別で……逆算すると、もう少し向こうでしょうか?」
「これって昔からずっとやっとるんかな?」
「違うでしょ。多分、どっかの年代が思いつきでやり始めたんじゃない?」

 壁を辿っていると紫苑が卒業したであろう年代に辿り着く。
 全クラスで100名にも満たないので、すぐに紫苑の名がある手形を発見する。

「ほへぇ……やっぱ今よりだいぶちっちゃいな」
「アリスさんより少し大きいくらいですからね」
「写真でも見たけど、でもやっぱり小さい紫苑お兄さんって何だか不思議だわ」

 紫苑の手形に自分の手を重ねるアリス。
 栞の言うように手形は自分の手より少し大きいくらいだ。
 他の手形を見れば分かるが、同年代では小柄な方だったのだろう。
 今でこそ百八十近い身長と適度に鍛えられた身体を持っているからこそ余計に感慨が深い。
 これで健全な精神まで宿っていたら完璧と言えるだろう。

「健やかに育ったんだねえ……」

 しみじみと呟く天魔――母親か。

「あはは、でも確かにクラスに一人くらいおるよな。いきなりグーンと成長する子」
「分かる分かる。女の子の場合は背ってより肉付きだけどね。ボーンとデカくなるよね」
「でも天魔お姉さんはならなかったのね?」
「お前にだきゃ言われたくないよ」

 そんな雑談を交わしながら小学校を歩き回る。
 ここに幼き日の紫苑が通っていたと思うと、何とも不思議な気分だった。

「ここらは大体見終えましたね。次、何処へ行きます?」
「そうね……えーっと、これ何て読むのかしら?」
「? てん……あま? 何とか神社だね。
そこにある大きな木の上に秘密基地作ってたって書いてある」
「あはは、男の子っぽい。せやけどこれ何て読むんやろ?」

 首を傾げる三人、読めるのはどうやら栞だけらしい。

「天之御中主神――あめのみなかぬし、と読むんですよ。
天地開闢の神が一柱、割とメジャーな神様ですが……確かに読み難いですね」
「へえ……そう読むんやね」
「じゃあ次はそこだね。ちょっと離れてるけど……どうする?」

 どうする、と言うのは一人だけ身体能力が劣っている麻衣に合わせるかどうかだ。

「ゆっくり行くのも悪くありませんが……他にも回りたいところはあるので」
「やー、迷惑かけるなぁ」
「良いさ良いさ。じゃ、しっかり掴まっててね」

 麻衣の身体を抱き上げた天魔はそのまま地を蹴って小学校の屋上に飛び上がる。
 このまま屋根伝いに真っ直ぐ行くつもりなのだ。

「便利やけど……やっぱ目立つなぁ……」
「他人の視線なんて気にすることないわよ」

 どうにも感性のズレがあるが、運んでもらっている手前文句を言うのも筋違いだ。
 麻衣はそこら辺を弁えているのでそれ以上は何も言わなかった。

「えーっと……ここかな?」

 飛び続けること六分ほどで目的地に辿り着く。
 普通に歩いていたならば二十分近くかかっていたので随分な時間短縮だ。

「ねえ栞お姉さん。普通神社って神主さんが居るんじゃないの?」

 階段を上って境内に辿り着くが、そこは閑散としており人影がまったく無い。
 以前アリスは神社でアイリーンと戦ったことがあるが、
その際はわざわざ洗脳で人払いをしなければならなかった。
 だからこそこの寂れ具合に驚いているのだ。

「地方ではこう言う神社も多いんですよ。特に小さいものなら……。
でも、極偶に来ては手入れしているようですよここは。まだマシな方でしょう」
「ふーん……まあ良いわ。それより例の木を探しましょう」
「大きい木って言うんならあれやない?」

 麻衣が指差した方向には二十メートルに届くか届かないかの巨木があった。
 敷地内で一番大きな木と言えばあれだ。
 ならばあれこそが紫苑が秘密基地を作っていた木なのだろう。
 四人が近付き上を見上げるが、そこには何も無い。
 恐らくは撤去されてしまったのだろう。
 そのことを残念に思ったその時だった。

「わ! ちょ……め、目が……!」

 突如吹き付けた突風に全員が怯む。
 風が運んだ砂塵が目に入りごしごしと目を擦る四人。
 視界が晴れた頃、彼女らの目に映ったのは……。

「あ、あれ……ちょ、これうちの見間違い? 何か、上に出来てるんやけど……」

 木の頂上に近い枝に子供一人が乗れそうな一枚の板切れで出来た床と、
その付近にはクラシックなランプが吊り下げられている。

「いえ、確かに先ほどまでは何もなかったはずですが……」
「狐に化かされたってやつかい?」

 命の危機やそれに類するものは感じない。
 ただただ不思議である、それ以上の意味は存在しない。

「ごちゃごちゃ言ってても始まらないわよ。
こんなもの見せられて無視も出来ないでしょ? 無視して帰ったら気になって眠れないもの」
「……そりゃそうか。じゃあ、とりあえず登ってみよう」

 天魔の言葉に全員が頷き、木に登り始める。
 高校生の女四人が木に登っていると言う図は何とも言えないシュールな光景だ。
 紫苑がこの場に居たら良い歳こいて何やってんだ馬鹿どもめ! と哂っていただろう。

「!」

 秘密基地らしき場所に到着した途端、全員が驚きを露にする。
 板に寝転がったまま怪訝な眼差しで自分達を見つめている子供が――どう見ても紫苑なのだ。
 歳の頃は七つか八つといったところだろう。
 しかし言うまでもなく少女らが知る紫苑は目の前に居る彼よりに八つか九つ歳を重ねている。

「し、紫苑お兄さん……?」
「――――お姉さん達、誰ですか? どうして、俺の名前を……。
(おいおい、人の秘密基地入ってんなよ。つか良い歳こいて木登りかよこのババアども)」

 これはニセモノでも何でもない――――本物の紫苑くずだ。
 如何なる理の下にこの邂逅が成されているのか、
あるいは幻なのか――――どちらにしろこれは完璧な紫苑だった。

「え? い、いやぁ……僕らは……ねえ?」

 おいどうする?
 そんなこと聞かれても困ります!
 いやいや、うちら白昼夢でも見とるん!?
 ガチで不思議の国に迷い込んだのかしら? 兎を追った覚えは無いのだけど……。
 四者四様のテンパり方をする少女達。
 だが、そのせいで紫苑(小)の不審人物を見る視線は益々強くなっていく。

「わー! ちょ、ちょう待って! お姉ちゃんら怪しいもんやないから!!」

 携帯を取り出して110番をプッシュしようとした紫苑(小)を麻衣は必死で押し留めた。

「……怪しい人の常套句だと思います」
「クソ! 流石紫苑くん! この歳からしっかりしてるよ! でもそのしっかりさが今は憎い!」

 通常なら公僕なんて気にしない三人だが、
余りにも奇妙な現状ゆえか、何故だかとっても焦っている。

「と、とりあえず自己紹介をしましょう。私は醍醐栞です」
「えーっと……わ、私はアリスよ?」
「う、うちは麻衣や」
「んん! 僕は天魔だ」

 それぞれが近場の枝に腰掛けて自己紹介をする。

「……春風、紫苑です。見ない顔ですけど、俺と同じで他所から来たんですか?
ああでも、俺もほんの少し前に来たばかりだし……知らない人って可能性もあるか」

 紫苑の言葉で四人は即座に彼が何時の紫苑なのかを把握する。
 恐らくは両親が亡くなってからそこまで時間は経っていないのだろうと。

「そうよ。私達は旅行で来たの。それより紫苑お兄……さん? はどうしてここに居るの?」
「どうしてって……」
「今、夏休みぐらいじゃない? だったら友達と遊んでるんじゃないかな。君ぐらいの年頃ならさ」

 蝉が鳴いていると言うことは今は夏、葉の具合を見てもそれが分かる。
 これが夢か現かは四人にも分からないが、
少なくとも自分達が居た時間と季節はリンクしていると見て良いだろう。

「(え? 何? 何なのコイツら? 何でぐいぐい食いつくの? ショタコン?
おいおい勘弁してくれよ。幾ら俺がエンジェルイケメンだからって……ババアは趣味じゃねえよ。
つかコイツらちょっと顔が良いからって調子乗ってね? 子供だからって舐めんなバーカ)」

 エ ン ジ ェ ル イ ケ メ ン っ て 一 体 何 だ。

「……夏休み前に引っ越して来たばかりだし、友達が居ないだけです」

 それは嘘だ、四人は即座に紫苑の嘘を看破した。
 春風紫苑と言う男は表情こそ乏しいが人当たりが良く、誰にでも好かれるタイプだ。
 その彼に友達が居ないと言うのは信じられない。
 考えられる可能性は一つ――――紫苑自身が深く踏み込んでいないと言うこと。
 子供らは紫苑を友達と思っているが、当人が距離を開けている。
 そしてその理由は……。

「……友達を作るのが、怖いんですか?」

 恐らくは両親の喪失に伴う悲しみゆえだと少女らは推測した。
 見当外れも甚だしいのだが彼女らにとっては確信そのものだ。

「(は? 何言ってんの? 俺は今、悲しみに暮れてますキャンペーンやってんだよ。
まだ父さん母さん死んだばっかだからこうしてると面倒な干渉を受けずに済むんだよタコが)」

 性根の醜さは筋金入りだったようだ。
 ここまで頑固な汚れはどんな洗剤でも落とせないだろう。

「その……お父さんとお母さんのことが関係しとるんやない?」
「(あー……コイツ、うちの爺に言われて来た系か?
余計なお世話極まりねえな。この偽善者どもめ!
レンタルお姉さんなんぞ頼んだ覚えはねーんだよあのクソ爺!)」

 同情を滲ませる四人の顔を見て紫苑は勘違いをした。
 だがまあ、これは仕方の無い勘違いだろう。
 まだ出会ってすらいないのだから。

「(良いさ良いさ、サービス精神旺盛な俺だもんな。
お前らのクソみたいな偽善を満たしてやるよ。
思う存分に俺に同情して同情する私って素敵! な気分を味わうが良いさ)」

 薄汚い本音を忍ばせながら紫苑は俯く。
 それを見て四人はやはり、と苦々しい顔をする。
 冷静になって考えればこれは触れるべき話題ではなかったのだ。

「……父さんと、母さんが少し前に居なくなりました。
こんなところで腐ってちゃ駄目だって言うのは分かります。
父さんも母さんは優しい人だったから、悲しみ続ける俺を見ても喜ばないと思います」

 ぽつぽつと虚言を打ち出し始める紫苑。
 どうやらこの頃から虚飾を弄するのが得意だったらしい。

「それが分かっているならさ、こんなとこでしょぼくれてる暇は無いんじゃない?」

 若干辛辣な言葉ではあったが、それは相手を想うがゆえだ。

「ちょっと天魔お姉さん! 小学生に何言ってるのよ!」

 天魔の言葉にアリスが噛み付く。
 子供相手に厳しい言葉を投げるのは酷いと言っているわけだが……。
 このロリはもっと酷いことを色んな人にしているので言えた立場ではない。

「(いや、テメェも小学生だろうがクソガキ。何俺のことを庇ってんだ舐めんなや)」
「あー……いや、そうか」

 紫苑ならば厳しい言葉もしっかり受け止める、天魔の発言はそう思ってのものだった。
 だがアリスが言うようによくよく考えれば目の前に居る紫苑は小学生なのだ。
 少しばかりマズかったかな? 天魔は困ったように頬を掻いている。

「いえ、良いです。天魔さんは間違ってませんから
(偉そうに言いやがってよ。そんなに説教が楽しいか? 腐った性根だぜ!)」

 八年後か九年後の彼が説教かまして悦に浸っている件について。

「でも、怖いんです。人が……何時か居なくなるって知ったから。
祖父さんも、友達も、いずれ――居なくなる。
父さんと母さんのようにある日突然居なくなることだってある。それが、怖いんです」

 愛することも愛されることも怖い、つまりはそう言うことだろう。
 失うことを知っているのならばいっそ愛さない方が楽だ。
 子供ながらに、いや子供だからこそ心の痛みに敏感で耐えることが難しい。
 喪失を厭うているのは未来の紫苑も同じだが、それでも、だからこそ一瞬一瞬を必死で生きている。
 出会った人々との思い出を刻むために。
 だが、目の前に居る紫苑にはそれが出来ない。
 単純に重ねた時間が少ないからだろう。

「成るほど、確かに居なくなると言うのは怖いですよね」

 自分が手にかけたとは言え、かつては両親も姉も愛していた。
 だからこそ、厚顔と言われようとも痛みと悲しみを抱き続けていた。
 栞には紫苑の気持ちがよく分かった。
 喪失の痛みと言うやつは一回だけで十分なのだ。
 二度、三度と続くことを想像すると恐怖で身が竦んでしまう。

「でもね紫苑お兄さん、居なくなることも怖いけど……ひとりぼっちも怖いと思わない?」

 自分は特別だからと周囲を拒絶していた過去。
 痛みから目を逸らしていたけれど、結局は逃げられなかった。
 孤独の辛さを痛感させられて――――救われた。
 だからこそアリスは目の前の紫苑にも道を指し示す。
 これもまた、一つの成長なのだろう。

「なあ紫苑くん、おらんようになるってホンマに怖いよな。
でもな、だからこそ大事な人と過す一瞬一瞬を大切に想えるんとちゃうかな?」

 これはきっと余計なこと、お節介の類だろう。
 自分の知っている春風紫苑は一人で立ち上がれる男だ。
 だからここで沈んでいる小さな紫苑もそう。
 そのうち自らの足で正しい道に戻るはずだ。
 それでも、言わずにはいられなかった。これは自分だけじゃないほかの三人もそうだろう。
 助けられてばかりだから、せめて何かをしたい。
 例えこれが夢であろうとも構わない。

「(クッサーーッッ!! え、何この人達恥ずかしくないの?)
一人の、寂しさ……一瞬一瞬を大切に、刻み込む……」
「ま、あんまり難しく考えなくても良いよ」

 どだいこのまま腐っていることなんて出来ないのだ。
 春風紫苑と言う人間は己の停滞を赦せる人間ではないし、
人と言う存在を愛しているから人と接さずにはいられない。

「(じゃあほざくなや! つか何で俺説教されてんの?)」

 ふと、何処からか子供達の楽しげな声が聞こえて来る。
 ああそうだ、良い歌があった。栞は優しい声で紫苑に語りかける。

「紫苑さん、こんな歌を知っていますか?」

 すぅ、と小さく息を吸って栞は歌を紡ぎ始めた。

「遊びをせんとや生まれけむ、戯れせんとや生まれけむ。
遊ぶ子どもの声聞けば――――わが身さへこそゆ揺るがるれ」

 梁塵秘抄、紫苑が今朝方歌っていたものだ。

「どう言う意味、ですか?(何だコイツ電波さん?)」
「"遊びをするために生まれたのだろうか、戯れるために生まれたのだろうか。
楽しそうに遊んでいる子らの声を聞けばもう大人になった私の心も楽しくなってくる"
そんな意味の歌です。つまり、深く考えずに心の赴くままに動けば良いんですよ」

 ほら、耳を澄ませよう。

「聞こえませんか? 楽しそうな声が。心が弾みませんか? どうしようもなく
その気持ちに正直になって良いんです。
誰も皆、何時か居なくなることを分かっているのなら、余計に正直になるべきです。
決して忘れないように刹那を刻み込みましょう」

 悲嘆に暮れるよりはその方がずっと良い。
 栞達は優しく紫苑の背を押した――――つもりになっている。
 そもそもからしてファッション悲哀でしかないのだから何を言っても無駄だ。

「俺、は……(えー……何だろこの人達すっごく面倒臭い……)」

 それでも対応を雑にするわけにはいかない。
 閉じていた涙腺を解放し、一滴の涙を流し頬を伝わせる。

「おれ……さみ、しいです」

 心の底から零れ落ちた本音。
 天魔も、栞も、アリスも、麻衣も、皆が優しい笑顔を浮かべた。
 抱え込んでいるものが少しでも軽くなったのならもう大丈夫。

「そっか。じゃ、折角だしお姉さん達と遊ぶかい?」
「(え? それはやだなぁ)」
「いやいや、この年頃の子からしたら女子と遊ぶの恥ずかしいんちゃう?」
「そうでしょうか? よく分かりませんが……」
「私も同感。良いじゃない、男女で一緒に遊んだって」
「(よし、撤退準備に入ろう)あ、あの!!」

 その声に全員の視線が集まる。

「――――ありがとう、ございます」

 満面のと言うわけじゃない。微かな笑顔、それでも満点の笑顔。

「いえいえ、どういたしまして。何と言うか……せめてものお返しですから」
「夢か現か、自己満足っちゃ自己満足なんだけどね」
「でも、小さな紫苑お兄さんと会えて良かったわ」
「やね。写真で見るより生で見た方が……ん? これ生なんか?」

 空気が弛緩したその瞬間を狙い打つように再び突風が吹きつける。
 最初と同じように視界を奪われてから回復するまで数分。
 全員がゆっくりと目を開けると……。

「あ、あれ? こりゃ一体どう言うことだい?」

 巨木を見上げるように地面に仰向けになっている自分達。
 木登りに失敗して落ちたのか? 一見すればそう思ってしまうような体勢。

「ゆ、夢なんかな……な、なあ皆……小さい紫苑くん、見んかった?」
「……見ました」
「見たわ。え? 何なのこれ?」

 全員が同じ夢を見る、その可能性は低いだろう。
 であればさっきのあれは現実?
 だとしたら白昼夢染みたあの現象をどう説明するべきなのだろうか。
 全員がうんうんと唸っていたが……。

「やめた! 一々理屈つけて考えるのは何か無粋だしね」

 勢い良く立ち上がった天魔が尻を払いながらそう宣言する。

「……ふふ、確かにそうですね」

 栞も気の抜けた笑顔を浮かべて天魔に同意する。

「そもそも考えたって分からへんしなぁ」

 そもそも分かったところで何だと言うのか。
 どうしても言葉にしたいなら一言だけで十分。

「素敵な夏の思い出――――それで良いわよね」

 つまりはそう言うこと、それ以上の答えは必要無いのだ。
明けましておめでとうございます、今年もよろしく御願いします!
+注意+
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