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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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人より金持ってるだけで優越感に浸れるじゃねーか

 八月十一日、明日は紫苑も色々忙しいが今日は暇だった。
 なのでかねてよりの予定だった川遊びをする運びとなった。

「ねえねえ紫苑くん、これ自然プールって看板に書いてるけど……」
「ああ、ぶっちゃけただの川だ。近くに更衣室があるだけで他に何があるわけでもないしな」

 後は道路と山の間に流れる川へ下りるための階段が設置されているくらいだ。
 それ以外は監視員が居るわけでもないし、売店なども存在しない。

「あの吊り橋は何なん? 山の方に続いとるみたいやけど」

 更衣室のすぐ傍から真っ直ぐ向こうの山へ伸びる橋を指差す麻衣。

「さあ? 向こう側は立ち入り禁止だし正直よく分からん。精々が飛び込み台代わりか?」

 川までの高さが大体15mほどなので子供達には人気の飛び込み台だが、
紫苑にはそれ以外の用途が思いつかなかった。

「紫苑くんも昔は飛んでたりしたのかい?」
「ああ、友達と一緒にな。当時は小学生だったから飛べない奴は臆病者だなんて言われたっけ」

 そんな挑発をされて紫苑が動かないわけがない。
 勢い良く橋から飛び出し空中で回転しながら川に飛び込んだりもした。

「だがまあ、こうして久しぶりに来ると……大した高さじゃないなぁ」

 小さな子供の時分には随分と高く見えた橋も今では低く見える。
 まあ、当時から冒険者としての肉体があったので紫苑も然程恐れていなかったのだが。

「ふふ、子供の頃の紫苑さんは今よりずっと小さかったようですね」
「(誰がチビだ髪の毛引き抜くぞクソが)はは……とりあえず、着替えようか」

 と、そこで全員が気付く。ルドルフの姿が見えないのだ。
 何処に居るのかと視線を彷徨わせるとすぐに発見、彼は橋の上に居た。

「いやっほぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおう!!!!」

 紫苑らの視線など意に介することもなくルドルフは橋の上から川に飛び込んだ。
 高校生にもなっていやっほー! などと叫ぶ者が居るとは……。

「(アホだな)……楽しそうで何よりだ」
「前々から思ってたけどルドルフお兄さんってちょっと馬鹿?」
「と言うより子供っぽいんやろ。ほら、うちらも着替えに行こう」

 男女別れて更衣室に入り、着替えを始める。
 紫苑はルークと二人きりと言う状況に物凄くげんなりしていた。

「常々思ってたが凄い筋肉だな(でも下は勝った!!)」

 そこで勝ったってどうしようもないだろうが。
 とは言え紫苑は僅かばかり自尊心が満たされたようで若干機嫌ゲージが上昇する。

「む、そうか?」
「ああ。その……聞いて良いのか分からないが、鍛えているのか?」
「いや……自分は人形だからな。特にそう言うことはしていない」

 強いて言うならばハードな家事はしているがそれだけだ。
 それ以外には特に筋トレなどはしていない――まあ、人形なので当然だが。

「じゃあその筋肉は後付け? いやだが、成長したとも聞いたが……」

 そう、アリスが墓から掘り出した赤子の肉体は彼女に合わせるように成長したと言う。

「中身は多少弄っているが外は特に何もしていない。気付けばこうなっていた」
「……不思議だな」
「ああ、だが問題は無い」

 強靭な肉体があればアリスの盾になってやれる。
 ルークにとってはそれだけで十分だった。

「そうか……ところで、心なしか楽しそうだが泳ぐのが好きなのか?」
「む……自分はそんな顔をしていたか?」

 若干照れ臭そうにしているが表情事態は乏しい。
 紫苑が理解出来るのは単純に観察力がずば抜けているからだ。

「俺にはそう見えたな。で、どうなんだ?」
「嫌いじゃない。水の中に深く潜っていると……とても落ち着くからな
さて、スクリューの調子も確かめねばならんから自分は先に行かせてもらうぞ」

 そう言ってルークは大量の荷物を持って更衣室を出て行った。
 中身は飲み物や食べ物だ。売店が無いので事前に買い込んでおいたのだ。

「(……スクリュー?)」
『サイボーグみてえだなアイツ』

 紫苑も少し遅れて着替えを終えて、釣竿を片手に外に出る。
 泳ぐのも嫌いではないがどちらかと言えば川でするなら釣りなのだ。

「(うへぇ……)」

 外に出た紫苑を女四人が迎える。
 麻衣は何処か申し訳なさそうな顔をしているので先の展開も読めると言うものだ。

「どうした?(どうせこの水着、どうかな? とか聞くんだろ読めてんだよ既に)」

 表面上は不思議そうな顔をしているが内心では既に先の展開を見抜いてうんざりとしていた。
 鈍感な男よりはまだマシなのかもしれないが、
この男が鋭いと言う事実はどうにも笑えない類のジョークだ。

「ねえねえ紫苑お兄さん! どう!?」

 喜色満面のアリスが代表して問いを投げる。
 ちょっとポーズを作っているところが紫苑の癪に障っていることを彼女は知らない。

「(ほらな! っとに分かり易い馬鹿な生き物だぜ!)皆、良いと思うぞ」

 分かり易いと言うなら、ある意味では紫苑もそうだ。
 利にあっさり釣られ己が欲求に逆らえない――――つまりは紫苑は馬鹿なんだぁ!

「どのようなところが、でしょうか?」

 ぐぐいっと迫って来る、どうやら簡素な一言では満足が出来ないようだ。
 栞などは普段を見せないバストが強調されているので、
男心を擽ってくれるのだが……やっぱり紫苑には通じていない。
 この瞬間でさえ欠片も情欲を抱いていない。
 別に不能と言うわけでもないだろうに……。

「不器用でも良い、伝える努力をしろ、言葉を惜しむなって紫苑くんのお父さんも言ってたよ?」
「あはは……」
「(テメェも同じ穴の狢だろうが!)むぅ……分かった」

 麻衣は苦笑を浮かべているが、
それでも表情には期待が混じっていることを紫苑は看破していた。

「じゃあ、栞から」
「は、はい!」

 ホルターネック型の白のビキニに、
下半身には白を基調として桃色の花弁があしらわれたパレオが巻かれている。
 お堅い少女のちょっとした冒険――と言ったところか。
 紫苑はうんざりとしながらも美辞麗句の製造を始める。
 お盆であろうと工場はフル稼働である。

「改めて思ったが――――栞には白が一番似合う。純粋、だからだろうな。
一雫でも別の色が混じれば壊れてしまうような危うさもあるが、それでも目を惹かれてしまう。
ただ、やはり触れるのを躊躇ってしまいそうになるな。
その純白に手を伸ばすことで穢れてしまうんじゃないかって……ああそうだ、ピッタリの表現がある。
高嶺の花だ。けど、嫌味っぽく自己主張しているわけじゃない。
ただただあるがままに、優しく咲き誇っている。触れなくても良い、見ているだけで満足してしまう」

 紫苑は生まれる時代を間違えた。
 然るべき時代に生まれていれば女衒業界期待の星になれただろうに。

「後、泳ぐから変えたのか? 結い上げた髪のせいか何時もより大人に見えるな。
何て言うか……少し、照れ臭くなる。何時もの髪型も好きだが偶になら良いんじゃないか?」

 栞の紫苑に対する愛情が4060上がった!
 天魔とアリスの栞へのヘイトが3210上がった!
 紫苑のやる気ゲージが大幅に下がった!
 メッセージウィンドウがあるならばきっとこんなものが浮かんでいただろう。

「あ、ありがとう……ございます……」

 消え入りそうなか細い声で感謝の言葉を述べる栞。
 その顔は想い人に褒められた歓喜と照れに彩られていた。

「か、過分な御言葉ですが……」
「(だ ろ う な !)」

 だったらもう少し飾りを少なくすれば良いのではなかろうか?

「私は高嶺の花などではありません。だから、何時でも摘んでくださって――――」
「次は僕ね!」

 栞の天魔に対するヘイトが1000上がった!
 ともあれ、紫苑は内心で唾を吐きながら次なる麗句を紡ぎだしていく。

「天魔」
「う、うん……」

 天魔は麻衣のススメ通りに黒いマイクロビキニを纏っている。
 だが、普通のビキニよりは過激であるがマイクロビキニのカテゴリーで言えば少々大人しめ。
 下品になるかならないかのラインをしっかりと見極めた水着だ。
 素材はラバー系でピッタリフィットする競泳水着系のそれなのも下品さを散らしている一因だろう。

「正直に言って――――クラクラするくらいに妖しい。
ボーイッシュでありながら目も眩むような色気がある。
だがそれは単純な露出だけのものじゃない。本人の気質とも絡み合っている。
普段は女性らしさを感じさせない振る舞いをしているからこそ、ふと見せる女が痺れるくらいに艶かしい。
名は体を現すと言うが天魔、お前は正にそれだよ。
気を抜けば理性を溶かし欲に溺れそうなくらいにお前は魅力的だ」

 理性を溶かして欲に溺れさせているのはどちらかと言えばこの男である。
 思えばこの場に居る少女らは何て歪なのだろうか。
 恋に気付かせた男の心が隔絶していることすら気付かず、
実像が不在のまま歪んだ栄養を吸って育ってゆく。
 やがて実るのは妖しく恐ろしい仇花だ。
 そしてその香りは紫苑に絡み付いて永劫離れないだろう。
 少女らにとっては想いの成就であり、紫苑にとっては無間地獄の始まり。
 想像するだけで愉悦が止らない。

「ぃ……こ、これは結構クるなぁ……やっば、かなり嬉しいんだけど……」

 何時も不敵な笑顔を浮かべている天魔だが、今は違う。
 本当に純粋な笑顔だ。心の底から紫苑に褒められて喜んでいる。

「うー……紫苑お兄さん! 私は!?」

 待ちきれない、私も私も! 拗ねたように紫苑を促すアリス。
 フリルが可愛らしい藍色のキュロットパンツに上は同じ色のバンドゥ系。
 シンプルではあるが、だからこそ素材であるアリスの愛らしさが際立っている。

「(あー……何で嫌いな奴らを褒めなきゃならねえんだよぅ……俺って超不幸)」

 じゃあ止めれば良い。
 意思一つで止めてしまえるだろうに体面を気にして止められない。
 そのせいで何度も何度も不本意を繰り返す。
 完全な悪循環に陥っているがそれも自分の選択の結果だ。
 甘んじて受け止めろとしか言えない。

「アリスはひたすらに愛らしいな。
前々から思ってたし言われ慣れているだろうが絵本の中から飛び出して来たヒロインそのものだ。
何時もはエプロンドレスやワンピースだからかな? 水着がとっても新鮮だよ。
普段、一緒に暮らしているからアリスのことは見慣れてるつもりだったんだがな。
うん、まだまだ新しい魅力が眠ってるんだって再確認出来た。まるでキラキラ輝く万華鏡だ。
覗き込んでいると甘い夢に囚われてそのまま眠りから覚められなくなりそうだよ」

 地獄の三人抜きはこれで終わりだ。
 喜びを隠し切れずに抱き着いて来るアリスに困った顔をしながらも、
紫苑は確かな達成感に身を委ねていた――いや、女褒めるのに達成感と言うのもおかしな話だが。

「えへへ♪ 万華鏡かぁ……うん、アリスの知らないとこ紫苑お兄さんにならぜーんぶ教えてあげる!」

 妖艶な笑みで首筋を舐める童女に激怒したのは紫苑だけではない。
 天魔と栞の拳がアリスの頭頂部に落とされた。

「痛い!? な、何するのよ!」
「そっちこそ何してんだクソガキ!」
「セクハラですよセクハラ。紫苑さんが何も言えないのを良いことに……!」
「(お前らも俺に精神的苦痛を与えてるがな……ケッ)おい、喧嘩は駄目だぞ」

 内心で唾を吐きながらもそれを感じさせない善人発言。
 三人娘は分かっているとばかりに剣呑な笑みを浮かべて頷いている。

「折角だ、水泳で勝負といこうじゃないか」
「上等よ。お姉さん達になんか負けないんだから」
「ルールは何でもありと言うことでよろしいですね?」

 一体何がよろしいんだろうか? 欠片もよろしい部分が見えない。
 階段を下りる時間すら煩わしいと言わんばかりに三人娘は一足飛びで川へと飛び込んで行った。
 残されたのは紫苑と麻衣の二人だけだ。

「……何ちゅーか、何処でもアレやなぁ。紫苑くん、お疲れ様」
「麻衣」
「ん、なぁに?」
「(まだ褒めてと直接言う辺り、奴らの方がまだマシだ。カマトトぶりやがって)」

 麻衣が若干残念そうにしているのを見抜いての発言。
 だがそれは見事に自分にも返って来ることをどうして紫苑は気付けないのか。

「お前も、似合っているな――その水着(面倒だが不平不満が残ったら嫌だしな)」

 紫苑の言葉が一瞬何か分からずキョトンとした顔をする麻衣。
 三人はともかく自分が褒めてもらえるとは思っていなかったのだ。
 勿論、褒めて欲しくなかったわけではないが。

「え……」

 麻衣は大人しめのタンクトップビキニを選んだ。
 下はショートパンツで、基調となっている色はオレンジで何とも彼女らしいチョイス。
 自己主張するような華やかさこそ無いものの、確かな魅力がそこにはあった。

「麻衣は、何時もそうだな。何時だって一歩引いて皆のことを見てくれる。
激しい自己主張こそないが、それでも影が薄いってわけじゃない。
当たり前のようにそこに居てくれて、優しい存在感を放っている。
それは見え難いものだけど、とってもありがたいことなんだ俺は思うよ。
そんな麻衣だから水着もちょっと大人しめだが、それが良い。
優しくて温かいお前らしい。凄く――――癒される」

 麻衣の立ち位置が回復役なのも関係しているのかな?
 なんてほざきながら微かな笑みを浮かべる紫苑に麻衣の心臓はうるさいくらい高鳴っていた。

「あぅ……あ、あかんて……紫苑くん、ちょう卑怯や……」

 顔を真っ赤にして俯いてしまった麻衣を見て紫苑は成功を確信――サービスタイム終了である。

「思うところを正直に語っただけだよ。
まあ、正直変態臭いと思われるかもしれないから黙っていたかったんだがな……」

 恥ずかしそうに頬を染めているの麻衣だけではなく紫苑もだ。
 まあ、こっちは照れてる自分アピールでしかないが。

「そうでもないよ。だって、紫苑くんは下心無いもん。
純粋に思ったことを口にしとるんやなぁ……って感じる。だからめっちゃ照れるんやけどな」

 麻衣は正直嬉しくて嬉しくて今にも踊りだしたいくらいだった。
 天魔、アリス、栞、彼女らの気持ちがよく分かる。
 こんなにも純粋に褒められたら嬉しいに決まっている。

「下心、か(テメェらじゃ俺の股間の紫苑くんはピクリとも反応しねーよ)」
「うん。ずっと思ってたけど紫苑くんの理性って凄いよね」
「そうか? 女の子に言うことでもないが、別にそう言う欲求が無いわけでもないんだがな」

 ただ、選り好みが激し過ぎるだけ。
 自分のストライクゾーンに入らない女に欠片も欲情出来ないのだ。

「ただ、俺は獣でも何でもない、人だ。
そう言う欲求を他者にぶつけるのならば愛が伴っていなければならないと思う。
ただまぐわうだけならば獣と同じ、だが俺は人だ。人だからこそ愛した人と……ってな」
「愛かぁ……」

 麻衣は思わず苦笑してしまった。
 春風紫苑と言う男は真面目過ぎる、と。
 それがちょっとした疵であり、それ以上の美徳なのだろう。

「しかしまあ、困ったことに俺は子供過ぎるのかな……どうにも、恋愛が分からない。
両親を愛しているし友を、仲間を愛している。だが、その……なあ?」

 女性に対する男としての愛、それが分からないのだと紫苑は語る。
 嘘八百極まりないが麻衣は信じ込んでいる。
 信じ込んでしまうだけの土壌が既に存在しているのだ。

「天魔、栞、アリス、アイリーン、彼女らが好意を抱いてくれていることは分かる。
分かるのだが……どう答えれば良いか分からない。
ごめんなさい、そうやって断るにせよ恋愛感情一つ知らない俺が言うのは不義理だろう。
想いに真正面から向き合った上で断るのならば分かるが……。
まあ、その結果として恋愛が分からないなんて情け無い答えしか返せてないんだがな」

 明確にテメェなんて嫌いだよバーカ! と言えないのは単純にメンヘラが怖いからだ。
 チキンハートの子守唄がエンドレスで流れているこの男に勇気は欠片も無い。
 ちなみに麻衣にこんな話をしている理由、それは弁解だ。
 女の好意に気付いていながら動けない男は情け無い、だから理由をでっち上げた。
 それも相手が綺麗に受け取ってくれる理由を。
 愛情ねえ! 誠意もねえ! 度胸もねえ! おらこんな男嫌だ!

「ふふ」
「(何笑ってんだクソアマ)」
「紫苑くんは、お父さんそっくりなんやねえ」

 不器用で真面目だから恋愛一つに対しても手を抜くことが出来ない。
 同年代の男子でここまで深く考えている者は居ないだろう。
 僅かな呆れとそれ以上の微笑ましさが麻衣の胸を満たしていた。

「紫苑くんは、愛に溢れた人やもんなぁ」

 好きの範囲が広過ぎるのだ。
 他者の存在を尊いものだと強く理解しているがゆえだろう。
 手紙で知った紫苑の両親、彼らの人となりを見ても分かる。
 元々愛情が深い家系なのだろう。
 だが、紫苑の場合は早期に家族を喪失してしまったから深い愛が広がってしまった。
 それは悪いことではなく、むしろ麻衣は尊敬している。

「紫苑くんは誰かを嫌うとか無いんちゃう?」

 いいえ、自分より優れた人間は軒並み嫌いです。

「いや、そんなことはないさ。俺だって怒るし嫌うことだってある」
「そうなん?」

 それはほんの少し意外だった。
 誰からも好かれて誰でも好いている、それが紫苑と思っていただけに本当に意外だった。

「ああ。そりゃ俺だって人間だ、好悪ぐらいはある。
ただ、心の底から嫌いになれないからそこまで態度には表れていないだけだよ」
「好悪はあるのに心の底から嫌いになれないってのも不思議な話やね」
「そうか? そうでもないさ」

 紫苑の好き嫌いは激しい。
 だが、その好きにしたってとても一般的なそれとは言えない。
 劣るものを好むのは優越に浸りたいと言う感情に起因している。
 であれば結局のところはそれも自己愛でしかない。
 なので正確に言うならば紫苑は自分以外誰も愛していないのだ。

「平泉に行く前にギルドで集まったことあるだろ?」
「うん、それがどしたん?」
「あの時、俺だけ鎌田さんと一緒にお偉いさんに会いに行ったの覚えてるか?
そこで出会った爺さんが、どうしようもなく癪に障ってな。後先考えずに怒りを向けてしまった」

 今では反省している、と殊勝な態度を取ってはいるが別にそんなことはない。
 あくまでこの場限りのポーズで微塵も省みてはいないのだ。

「俺達が救出に行くことになった理由も、俺の馬鹿が起因している。
爺さんに食って掛かった俺を鎌田さんが庇ってくれてな。
見事聖さんらを救出すれば俺に謝罪をしてくれと言ってくれたんだ。
負けた場合は例のダンジョンに潜るパーティから外れてしまうって条件付でな。
とは言っても外れるのは俺だけで他の皆はそのままだがな」

 麻衣は初めて聞かされた事実に目を丸くする。
 あの裏でそんなことがあったとは知らなかったのだ。
 言ってくれたのならばもっと気合が入ったのにと唇を尖らせて不満を露にする。

「余計なプレッシャーになるかもしれないだろ?
それに、俺のことなんて二の次だ。あの場で大事なのは聖さんらを助け出すこと。
救える命を前に余計なことを考えさせるのは不純だし、俺自身もあの場では忘れていたよ」

 そこまで言って紫苑は頭を下げた。
 突然の謝罪に困惑したのは麻衣だ。何故彼が頭を下げる必要がある?

「危険な場に赴かせてしまった理由の一端には俺の馬鹿も関係している。
いずれ皆にも謝るが――――本当にすまなかった。特に麻衣には辛い役目を担わせてたかもしれんしな」
「……はぁ」

 思わず溜息が漏れ出てしまう。
 どうして彼はもう少し利己的になれないのだろうか。
 そもそもからして例のダンジョンに潜るのは決定事項だった。
 であれば紫苑が悔やむ理由など何処にも無い。
 堅物過ぎるところも長所短所で表裏になっている。

「うちとしては、そっちよりも勝負のことを黙っとったことの方が気になるかな。
紫苑くんはうちらの要で、居なくなったらきっと……瓦解してまう。
紫苑くんがうちらのことを好きでおってくれるようにうちらも紫苑くんが大好きなんや。
馬鹿にされたら自分のこと以上に腹立つし、笑ってくれたらすっごい嬉しい」

 だからもっと遠慮なく甘えてくれと麻衣は微笑む。
 癒し手らしい柔らかな笑顔で見るものの心を和ませてくれる。
 が、万人に響く笑顔もこの男には通じないのが通例だ。

「(臭いこと言いやがって恥ずかしい奴! ドン引きー!)むぅ……」
「四歳の時から成長してないなぁもう。甘えるの下手過ぎやわ」

 からかうような物言いが紫苑の自尊ゲージを傷付ける。
 何てこのないやり取りにすら怒りを燃やすこの男はもっとカルシウムを摂取するべきだ。

「ま、そこが紫苑くんのええとこなんやろけど。
男の子にこう言うのもアレやけど――――すっごい可愛い」

 女性が持つ包容力と言う面で言うなら麻衣は仲間うちでは一番高い。
 こんな魅力的な女性に気に懸けてもらえるならば男冥利に尽きるのだが……。

「ん、何だか照れ臭いな(あー……大天使百合ちゃんと川遊びしたい)」

 女 を 見 る 目 が 無 さ 過 ぎ る。

「さっきのお返しや!」
「フッ……」
「っと、そういや紫苑くんは釣りするん?」
「ああ。少し上流に行ったところでよく釣れるんだ。祖父さんにもよく連れてってもらった」
「そか。ほならうちは軽く一泳ぎしてこよかな」
「大丈夫だとは思うがそれなりに水深もあるから気を付けろよ」
「うん!」

 階段を下りて川辺で分かれた二人。
 紫苑は釣竿を背負ってそのままのったりのったり上流へと。

『しかし……人いねえなぁ』
「(まーな。自然プールつっても、俺らがガキの頃にゃ既に寂れてたしな。
それに、ちょっと遠くまで行けばレジャー施設もあるから人はそっちに行くんだ)」

 加えて今日は少しばかり流れが激しい。
 冒険者にとっては何でもないが一般人には少々厳しいだろう。
 それもまた人気が無い原因の一つだ。

『紫苑はそう言うとこ興味ねーの?』
「(水の中で泳ぐんなら金のかからないこっちのがお得じゃねーか)」
『結構稼いでんのにケチだよなぁ……お前、そんなに金貯めてどうしてえの?』
「(特に何も? ただ、人より金持ってるだけで優越感に浸れるじゃねーか)」

 自尊を金で買うと言うのもまたしょっぱい話である。

『金は天下の回り物だぜ? もうちっと経済回そうや』
「(俺は俺だけが満ちてればそれで良いんだよ。経済なんて知らねーよ)」

 良さげなポイントを見つけた紫苑は川辺の石に腰掛けて竿のセッティングを始める。
 ゴールデンウィークの時もそうだったが、
祖父から習っているだけあって手際は良く、あっという間に準備を整え終えた。

『釣れるかな?』

 釣り糸を垂らせば後は待つだけ。
 お喋りをするのは良くないが自分にしか聞こえないカス蛇ならば問題は無い。

「(さぁな。でもまあ、釣れなくても良いだろ)」
『おや、お前らしからぬ発言だな。俺様ちょっとビックリだぜ。つか、何でよ?』
「(だってお前――――釣り糸垂らして物憂げな顔してる俺ってカッコ良くね?)」

 紫苑はやっぱり紫苑で御座った。
 釣りにやって来てナルシーを発揮させるなんてどう言う神経してるんだ。

『ん? おい、何か来――――』

 ふと、カス蛇が何か気付く。
 その意識は下流に向いており遠くから水飛沫を上げながら何かが迫っている。

「(んぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?)」

 水中を魚雷の如く進む影は三つ――水泳勝負をしている三人娘だ。
 紫苑が最初に見た時は川辺から川辺までの勝負だったが、
どうやら上流から下流までのレースに切り替えたらしい。

「(な、何やってんだアイツら……)」

 通り過ぎたのは一瞬、だが撒き散らした水飛沫は凄まじい。
 一体どんな勢いで泳いでいるのか……。

「(何て奴らだ……! 水浸しじゃねえか!!)」

 泳ぎに来たのだから何の問題もないだろう。
 紫苑は悪態を吐きながら釣り糸を引き揚げる。
 アレらが往復で戻って来ることを考えたら糸を垂らしていても無駄だと判断したのだ。

『向こう戻るか?』
「(いや、一人の方が気楽だし……持って来た菓子でも摘んでらぁね)」

 クーラーボックスからジュースと菓子を取り出す。
 冷えたスナック菓子と言うのも中々乙なのだ。

『しかしアイツら、女だってのにすげえなぁ……』
「(前衛適正があるってことは肉体馬鹿ってことでもあるからな。ま、あのクソガキは微妙だが)」

 人形や洗脳なんて力を行使するので、後衛――かと言われればそうでもない。
 そもそもそれらの力を発動する際に魔力を行使していないし、
前衛職の人間とも肉弾戦を張れるだけのスペックも持っている。
 なので正確な位置がイマイチ分からないのだ。

『ふぅん……あ、戻って来たぜ』
「(早えなぁ……つか、何処まで行ってたんだろ……)」

 ぼんやり眺めていた紫苑だが、次の瞬間理解不能の事態が起こる。
 どう言うわけだか泳いでいたであろう栞の身体が天高く舞い上がってしまったのだ。

「(…………んん?)」

 紫苑の動体視力では捉えられなかったがことは単純。
 泳いでいる際に天魔とアリスが栞を蹴り飛ばしたのだ。
 スポーツマンシップに背を向ける行為だが、
そもそもあの少女らはそんな爽やかな存在ではないので何も問題は無い。

『おい、お前んとこ落ちて来るぞ!』
「(え?)うぐぅ……!?」

 天から降って来た栞が紫苑の身体に着弾。
 普通に考えて空中で体勢を整えてしっかり着地することぐらい出来るだろうが、
どうやら彼女は蹴りで意識を飛ばされていたらしい。

「う、うぅう……あ、あの腐れコンビ……! ってあれ……あ、紫苑さん?」

 意識を取り戻した栞が現状の把握を開始する。
 男を押し倒していると言う状況を完全に理解した瞬間――彼女の中を葛藤が駆け巡った。
 これは恥ずかしいしはしたない、だがしかし――チャンスでは?
 お互いに水着で肌が直接触れ合う面積が大きい。
 そのことが無性に興奮を掻き立てる。

「(うへぇ……)」

 ふくよかな栞の肢体をダイレクトに感じているがこの男にとっては何の得にもならない。
 辟易しながら起き上がろうとするのだが……動かない。
 気付けばガッチリホールドされている。
 脚で、腕で、柔らかに絡み取られている。
 丁度栞の局所が当たる部分がやけに熱を帯びているような気がして、紫苑の不快感は更に加速。

「し、紫苑さん……」

 息を荒げながらゆっくりと紫苑の唇に己が唇を重ねようとする栞だが、

「何してんだこの痴女!!」
「とんだビ●チね! 天罰をくれてやるわ!!」

 嫌な予感がして引き返して来た天魔とアリスの飛び蹴りにより吹っ飛ばされてしまう。

「う、うぅ……よくも邪魔をしてくれましたね!
と言うか天魔さんだけには痴女とは言われたくありません!!」
「だまらっしゃい!」
「油断も隙も無いわね!」

 やいのやいのと言い争いを始める三人娘。
 一方の紫苑は仰向けのままぼんやり視線を彷徨わせていた。

「(不思議だなぁ……俺、何で夏休みだってのにこんな思いしているんだろう……)」

 夏の空は何処までも蒼かった……。
今年最後の更新です。
九月から投下始めて気付けば2500件以上のブックマーク。
それだけの方が少しでも気に入ってくれていると思うと嬉しいです。
読んでくださった方、更には評価等をしてくださった方、本当にありがとうございます!
期待に応えられるよう来年も頑張りたいと思います。
皆さんお正月のお餅には気を付けてくださいね。それでは良いお年を!
+注意+
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