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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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合体事故?

 お盆と言うのは地方によって異なるが、紫苑の郷里では八月十三日から十六日までとなっている。
 親類縁者が集まるのがお盆の特徴だが生憎と紫苑に親族は居ない。
 なので準備のためには少し早めに地元に戻る必要がある。
 八月十日、春風紫苑はパーティの人間プラスミラー兄妹を供にして新宮へ戻って来ていた。

「ほう……長閑なところだなぁ」
「何や時間がのんびり流れてるような気ぃするわ」

 祖父の家に辿り着いた一行は荷物を置いて一息。
 そこまで大きな家ではないので七人も居れば多少手狭になるが紫苑以外は誰も気にしていない。

「(すっかり寛いでやがる……何て厚顔な奴らだ! 恥を知れ!!)」

 紫苑のツラの皮の厚さには負けるだろう。
 恥のはの字も知らないようなこの男が言って良いことではない。

「……とりあえず先に言っておこうか。男子は一階で、女子は二階で寝てくれ。
多少狭いことになるだろうが、そこらは我慢してくれるとありがたい。
布団に関しては夕方、涼しくなってから買いに行こう。
田舎にしては大きめのスーパーが少し離れたところにある。夕飯も……まあ、そこで買えば良いか」

 あらかた言い終えると元気な返事が返って来る。
 他五人は良いがルークの野太い声ではーい! と言うのはどうにも腹筋に悪い。

「それよりさ、前に言ってた紫苑くんのお父さんとお母さんの写真見せてよ」
「あ、そうですね。ここで見せていただく約束でしたし」
「(んな約束してねえよ)……分かった。ちょっと待っててくれ」

 さて何処に仕舞っていたかなと記憶を辿りつつ押入れを探ると、
割と大きめの段ボール箱が発見され、中を見るとビンゴ。
 両親の形見やら小さい頃のアルバムなどが大量に出て来た。
 紫苑がそれらのうち何冊かを天魔らに手渡しすと彼女らは楽しそうに中身を見始める。

「わぁ……親子揃って仏頂面だぁ……」
「でも、本当に紫苑さんそっくりですね」
「これが紫苑お兄さんのパパとママかぁ」

 少女らが見ている写真には三、四歳の紫苑とその両隣に立つ両親が映っていた。
 父親と息子は仏頂面で困ったように眉をハの字にしており、
母親はそんな二人を見ておかしそうに笑っている。

「紫苑くんがもうちょい成長したらこのお父さんみたいになるんやねえ」
「本当に全体的な顔の形などはそっくりですね」
「髪と目の色はママさん似ね」
「と言うか紫苑くんのお父さんどの写真でも困った顔してるよ。お母さんはすっごい愛想良いのに」
「(親父とお袋か……)」

 やいのやいのと盛り上がっている少女らを見てか、
紫苑も少しだけ両親のことが気になって来たようだ。

「(お袋は何だって顔が良いだけで愛想も無い、こんな陰気臭い野郎と結婚したんだ?)」

 顔だけしか良い部分が無いと言うのならばそれは紫苑も同じだろう。
 他に所持している能力はどれも褒められたものじゃないし。

「(お袋、ツラは良いのになぁ……男の趣味が悪いわ。
俺ならぜってー親父みてえな暗い顔だけの男とくっつこうとは思わんね)」

 父親に対する熱いディス、紫苑は本当に情を抱いていないのだ。
 余りにもドライ過ぎる我が子の心を知れば両親はきっと涙を流すだろう。
 どうしてこんな子に育ってしまったのか……と。

「紫苑さん紫苑さん」
「ん?」
「この写真が前に話してくれた菜の花畑の?」

 それはゴールデンウィークにチラリと零したことだった。
 だと言うのに栞は覚えていたらしく嬉しそうに写真を指差している。

「ああ。母さんが歌ってるところを撮ったんだろうな(一銭の価値も無い思い出だな)」

 どうせやることもない、そう思い立った紫苑は段ボール箱の中を漁り始める。
 よくよく考えれば彼はこの中身を詳しく知らないのだ。
 両親が死去した時、紫苑はまだ幼かった。
 両親を亡くしたばかりの幼子に荷物整理を手伝えなどとまっとうな大人なら口が裂けても言えない。
 なので紫苑はこの中身に関しては完全にノータッチ。

「(金目のものでも出て来ねえかなぁ……)」

 セコいことを考えながら中身を物色するがどうにもお目当てのものはない。
 父が愛用していたライター、母のお気に入りだった髪留め、
そんなものはあれども宝石のような金銭的価値があるものは皆無だ。

「ん、何だこれ……手紙?」

 手にしたのは随分と古ぼけた手紙。
 自分に宛てたものかとも思ったが、宛名が違う。
 宛名には春風雨龍様――――つまりは紫苑の父親の名が書かれている。

「差出人は……母さん? だが、苗字が……ああ、旧姓か。しかし、一体……」
「――――恋文ではないか?」

 気付けばルドルフが紫苑の肩口から顔を出して手元を覗き込んでいた。
 そのことに不快感を滾らせながらも紫苑は成るほど、と頷く。

「ああ、確かにそうかもな。2年A組って書かれてるし……学生時代に送ったものかな?」

 両親の馴れ初めにまるで興味が無い紫苑は、
どうやって自分の両親が結ばれたのかなんて知らなかった。
 だが、これは丁度良い機会だ。

「(暇潰しに哂わせてもらうか)」

 哂 う の 前 提 か よ。
 母親とは言え乙女の純情を一体何だと思っているのか。

「ねえねえ、僕らも読んで良い?」
「ん? 別に良いと思うが……」

 どうやら全員興味津々らしく、いそいそと紫苑の傍に集まって来る。
 ならば聞かせてやろうとほんの少し大きな声で手紙を読み上げる。

「"拝啓、春風雨龍様。
突然の手紙、お許しください。
どうしても伝えたい、それでも言葉では伝えきれる自信が無い。
あなたを前にすると言葉に出来ないのです。なのでこうして手紙と言う形を取ることにしました"」

 出だしは何とも可愛らしいものだった。
 乙女の純真が滲み出る文面に紫苑以外の面子はホッコリとした顔をしている。

「"雨龍様、私はあなたに恋をしています。好きで好きでしょうがないのです。
今、あなたはどんな顔をしているでしょうか? 何時ものように眉をハの字にした困った顔?
それとも――――その逆でしょうか? だとしたら嬉しいです。
でも、きっとどうして? そう思っているのでしょうね。雨龍様は少し鈍感ですから。
ことの始まりは入学式の日です。
高校生活が始まることで浮ついていた私が通学路で転んで足を挫いた時、
偶然通りかかった雨龍様が何も言わずに私をおぶってくださりました。
あれが始まりだったのです。広い背中にどうしようもなく心を奪われてしまいました。
それから、今に至るまでずっと……ずーっと雨龍様を見て来ました。
時間が経つごとにどんどん好きになっていく、想いが際限なく湧き出して来る"」

 この辺りでルドルフとルーク、そして麻衣の表情に不安の色が混ざり始める。
 ちなみに三人娘は素面だ、繰り返すが素面だ。

「"星の数ほどあなたの好きなところが増えていく。嗚呼、私は幸せです。
この世に生を受けた理由があるのならば、それはきっと――――あなたに出会うため。
それ以外に意味なんて無い、私はそう断言出来る雨龍様は私に総てをくれました。
太陽のようにこの心に熱を与えてくれました。
月のようにこの心に癒しを与えてくれました。
星のようにこの心に愛の煌きを与えてくれました。
だからこそ、私もあなたにとっての太陽であり月であり星になりたい。
太陽のようにあなたの心に温もりをあげたい。
月のようにあなたの心を抱いてあげたい。
星のように"あなたの心に光を灯したい"」

 朗読者である紫苑と聞き手の常識人三人の顔色が悪い。
 余命半年の病人でもまだ顔色が良いんじゃない?
 思わずそう言ってしまうほどに血の気が失せている。
 ちなみに三人娘はやっぱり素面だ、繰り返すが素面だ。

「"好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き
好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き
好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き
好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き
好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き
好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き
好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き
好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き
好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き。
将来的にはつがいになりたいと思っています。
ですが、生憎と私は生娘で恋愛経験もありません。
なので、この気持ちを受け止めて頂けるなら――――まずは交換日記から御願いします"」

 何 か お か し い だ ろ こ れ。
 こんな嫌がらせ一歩手前どころか嫌がらせK点越えの手紙を寄越しておいて交換日記?
 古風だとかどんな顔でこれ書いたんだとか、そんなチャチな問題じゃない。
 も っ と そ れ 以 前 の 問 題 だ。
 と言うか母親の狂気をこんな形で知ることになった紫苑が不運過ぎる。

「……これで終わりだ(婆 馬 鹿 じ ゃ ね え の ?)」

 遂に母親呼びすら止めてしまったが残念でも何でもない、当然だ。
 母親の吐き気を催すほどに濃密な"女"の部分を垣間見てしまって、
これまでと同じように母親と呼べるわけがない。

「純愛だね」
「純愛ですね」
「純愛だわ」

 感銘を受けたように深く頷くメンヘラ三連星によるジェットストリーム肯定。
 この手紙を読んで浮かんで来る感想がそれなのだから心底終わっている。

「(コ イ ツ ら 頭 お か し い ん じ ゃ ね え の ?)」

 尚、彼女らがおかしくなった原因は紫苑にある模様。

「……卿が色々と引き寄せるのは、血だったか」
「……血縁って恐ろしいわぁ」
「……何と言うか、すまない」

 常識人三人が紫苑の肩を叩く。

「(同情するならコイツら皆殺しにしてくれよ……)」
「ねえねえ、この手紙に出て来る交換日記とかは無いの?」
「え……いや、俺もアルバム以外には基本的に手をつけてなかったからな」
「ちょっと探してみてもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ……」

 天魔がダンボールを漁るとすぐにそれらしいものが見つかった。
 古ぼけた日記帳、タイトルを書く部分には愛の交換日記と書かれているので間違い無いだろう。
 だが、その数がまた多い。結構な冊数がダンボールには収められていた。

「読んでも良いかな?」

 しっかり日付も書かれていたので一番古いものがどれかも分かる。
 恐らくは手紙の少し後から始まったであろう交換日記を手に持ちながら天魔が問う。
 先達のことが気になってしかたないのだろう。

「……ああ(と言うか爺は手紙とか日記を見たんだろうか?)」

 だとしたらどんな気持ちだったのか。
 自分の息子がかなりアレな女に目をつけられているなんてリアクションに困るだろう。

「じゃあ読むね。"今日から交換日記をすることになった。俺は何を書けば良いか分からん"」
「お父様からなんですね」
「あの、一日目、これで終わってるんだけど……」

 どう反応して良いか分からない天魔はとても微妙な顔をしている。
 アレな女と結婚しただけあって父親もアレな奴だったのだろうか?

「と、とりあえず続きよ続き。次はママさんでしょ?

 アリスの促しに頷き、再び天魔は朗読を始める。

「"あはは、深く考えなくても良いんですよ。思ったことを書き連ねれば良いんです。
例えば今日何があって、どう思ったか。明日はどんな日になれば良いか、とか。
と言うわけで僭越ながらお手本となるべく私の一日を書かせて頂きますね。
朝、目覚めは爽快でした。その理由は明白、雨龍様の夢を見たからです。
とても、とても素敵な夢でした。まあ、そのせいで下着が……と言うのはともかくとして。
気持ち良く目覚められたので朝食も大変美味しゅうございました"」

 下着のくだりを聞いた瞬間、紫苑は首を吊りたくなった。
 予想以上に母親が馬鹿なのだ。
 どんなおめでたい頭をしていればこうなってしまうのか。
 少なくとも紫苑の記憶にある母親は普通だったのに……。

「"登校するとまだ雨龍様は来ていませんでした……それが少し残念でした。
あ、遅刻ギリギリで来るのは良くないと思いますよ? 夜は早く寝ましょうね。
少し寝癖がついていたので気付かれないようにこっそり直しましたが……。
時間があればちゃんと整えられるので朝は余裕を持った方がよろしいかと。
ああでも、寝癖がついた雨龍様も可愛らしいし……どうしましょう?"」

 知 っ た こ と で は な い。
 と言うか一体どうやって気付かれずに他人の寝癖を直せると言うのか。
 地味に嫌なスペックの高さが見え隠れしている。

「"授業中は何時ものように教師の言葉を聞き流しながら雨龍様を見ていました。
何時もと変わらず幸せな時間でした。あ、そうそう。
雨龍様は部活を頑張っているので仕方ない面もありますが、勉強も大事ですよ。
今度のテストで順位を上げればお義父様もきっと喜んでくれます。
ふふ、お小遣いだって貰えるかもしれませんね。
私で良ければ何時でも教えますので、遠慮なく言ってください。
何なら私と雨龍様で学年一位二位を独占してしまいましょう。
毎度毎度私の下、つまり二位に居るあの女……嫌いなんですよね。
だってやけに雨龍様にくっついたりするし……転校すれば良いのに……"」

 授業を聞き流している奴が勉強も大事? 一体どの口で言っているのか。
 こう言う微妙にブーメランな辺りが血の繋がりを感じさせる。
 そして、こんなダメな女なのに勉強が出来ると言うのが納得出来ない。
 毎度毎度学年一位って言うのがあり得ない。
 ストーキングに熱中して勉強なんてしていないだろうに……。

「"放課後、雨龍様が部活で汗を流している姿を見て、やっぱり幸せな時間を過せました。
部活が終わった後は一緒に帰れたし、最高の一日でした。
こうやって日記を書いている今も幸せです。では、そろそろ筆を置きます。
夜更かしは美容の大敵ですからね。おやすみなさい"」

 読み手の天魔と栞、アリスを除く四人は今にも逃げ出したい衝動に駆られていた。
 それでも何故か身体が動かないのは怖いもの見たさか、あるいは呪いか……。

「"成るほど、書き方は分かった。今日あったことを書けば良いんだな?
朝、七時半に起きた。八時に学校に着いた。十二時まで勉強した。
昼休みの給食が好物だったので嬉しかった。一時半から四時までまた勉強した。
放課後、七時半まで部活した。終わって家に帰った。飯食って風呂入って今、日記書いてる。
書き終わったらお菓子食べて歯を磨いて寝る予定だ。それでは、失礼する"」

 父親も父親で日記の内容がダメすぎる。
 語彙が貧弱だとか表現が小学生のそれだとか、
言いたいことは多々あるがどれからツッコめば良いか分からない。
 紫苑も父親の馬鹿っぷりにやられたようで軽くコメカミを抑えて呻いている。

「(……馬鹿夫婦だ、俺はコイツらから生まれたのかよ……)」
『何でメンヘラと馬鹿からお前みたいなのが生まれたんだろうな。合体事故?』

 その後も朗読は続く。
 基本的に母親の方が熱の篭りすぎた日記を書き、父親が素っ気無さ過ぎる日記を書くと言う体だ。
 だが、どちらも気分を害した様子はなく、
余人には理解し難いがどうやら上手くやっていたらしいことが窺える。

「二人の卒業で終わり……か。
まあ、三年の冬に正式に付き合い始めたって書いてるし」
「でも、もう一冊ありますよね? こっちは違うんでしょうか?」
「どうだろ? こっちも読んでみようか」

 紫苑には最早止める気力すらなかった。
 アレな両親を持った後悔で胸がいっぱいなのだ。

「"久しぶりに交換日記を始めることになった、切っ掛けは私の妊娠が発覚したから。
生まれるまでの私達夫婦の喜び、不安、その他諸々を記録に残し、
生まれて来る子供に何時か見せてあげたらどうだ?
そう雨龍さんが提案したので私も良い考えだと同意し、期間限定の交換日記を始めることにしました"」

 どうやらこの日記は紫苑に宛てたものらしい。
 勿論、妊娠期間中の夫婦の感情を分かち合うことで
諍いを起こさないようにするなどの狙いもあるのだろうがメインは紫苑だ。

「"生まれて来る君へ、今は何歳ですか? 健やかに育っていますか?
一人で読んでいますか? それとも私達と一緒に読んでいますか?
気になること、伝えたいこと、沢山あって困ります。
何から話しましょうか……そう、まずは私のお腹に君が居るって知った時のことを書きます。
喜び――――よりも先にまず不安がありました。私はちゃんとした母になれるのかって。
でも、君のお父さんが私の肩を抱いて言ってくれたんです。頑張ろう……って。
その瞬間、遅ればせながら泣きそうなくらいの幸福が私を満たしました。
私達夫婦の愛の結晶がお腹の中に居るんだと思うと……嬉しくて嬉しくてしょうがなかったです。
ふふ、最初に不安があった……なんて書いたから驚かせてしまったでしょうか?
でも、忘れないで。君は、望まれて生まれて来るんだってことを"」

 母性愛に溢れる文章に紫苑以外の面子は優しい気持ちになっていた。
 麻衣などはほんの少し涙ぐんでいるくらいだ。

「(何ちょっと良い奴ぶろうとしてるか知らねえけどお前メンヘラだからな婆よ)」

 だってのに実の息子はこれである。

「"男の子かな? 女の子かな? どちらでも良いです。
どちらであろうとも世界で一番可愛い私達の子供だと言うことに変わりはありませんから。
お母さんもお父さんも、早く君に出会えることを心から願っています"」
「(とりあえず目に涙溜めておくか……)」

 この男の目蓋はダムか何かなのか。

「"俺は、昔から口下手だし文章を書くことだって苦手だ。
だから……お前に上手く気持ちが伝わるかどうかは分からない。
でも、俺も眠夢と同じくお前に伝えたいことがあるから頑張ってみる。
俺はお前の父親の春風雨龍だ。よろしく頼む"」

 自己紹介から始まるとは思っていなかったのか小さな笑いが巻き起こる。
 春風雨龍と言う男は本当に不器用な男のようだ。

「"何から書こうか……眠夢に倣って妊娠を知った時のことから書こう。
驚いた、すっごく驚いた。八連続で皆中を出した時よりも驚いた。
だが、同時に不安にもなった。俺は父親になれるのかって。
言っちゃ何だが、俺は酷く不器用な男だ。
でもな、隣で不安そうな顔してる眠夢を見て思ったんだ――――頑張ろうって。
愛する女が居て、そいつとの間に出来た子供だ。
嬉しくないわけがない。だから眠夢とお前に恥じない夫で親父になろうと思ったんだ。
えーっと、他に何を書けば良い? とりあえず希望を書いておこう。
俺は愛想が良くないから、出来るならお前は眠夢に似てくれると嬉しい"」

 不器用だ、確かに不器用だ。それでもそこには確かな愛が宿っていた。
 春風紫苑はこの上なく両親に愛されていたのだ。

「"最近、お腹が大きくなって来ました。
不安は募ります、でもそれ以上の喜びがあるから私は平気です。
ああそうだ、今日ね? お父さんがもう名前決めようって言い始めたんですよ。
まだまだ先なのに気が早いでしょう?
でも、嬉しそうなお父さんを見てると私も嬉しくなって来て……二人で考えました。
まだ男の子か女の子かは分からないから、どっちにも使える名前を決めました。
紫苑、君の名前は春風紫苑。春風家の命名法則にも則ってるし、響きも素敵でしょう?
と言うわけで今日からは紫苑ちゃんと呼ばせてもらいますね!"」

 ふと、気付く。アリスが少しだけ寂しそうな顔をしていることに。
 紫苑は心底嫌ではあったがご機嫌取りのために彼女の身体をそっと抱き寄せた。

「紫苑お兄さん……ありがとう」

 嬉しそうに身を預けるアリス、どうやら憂いは消えたようだ。

「"産婦人科の医者が近いうちに産まれると言っていた。
正直もう仕事を休んでずっと眠夢の傍に居てやりたいんだが……スケジュールがなぁ……。
だが、お前達を養うためだと思って我慢して頑張る。
だから紫苑、お前も頑張って産まれて来い。俺も眠夢も楽しみに待ってるからな"」

 愛に溢れた日記は紫苑が生まれるまで続く。
 天魔が読み終えると全員が感慨深そうにほう、と溜息を吐く。

「紫苑、卿の御両親は……とても素敵な御仁だったのだな」

 優しげな笑顔を浮かべたルドルフがそう口にすると他の者らも同意を示す。
 紫苑のルーツがこの二人ならば当然だと。
 まあ、対外的にはパーフェクト善人やってるのでそう思っても仕方ないだろう。
 実際はこんな出来た両親から生まれたとは思えない畜生なのだが。

「優しい御両親に育てられたからこそ、紫苑さんは優しいんですね。少し、羨ましいです」

 両親と姉がド畜生だった栞にとって紫苑の両親は羨望の対象だった。
 自分の父母もこんな風だったら良かったと笑っているが、
娘も娘で両親に因果応報を叩き込んでいるので何とも言えない。

「そう、だな。俺も誇らしいよ、父さんと母さんの子供であることが」

 少しつっかえながら話すのがポイントだ。
 こうすることで両親の愛に感動しているよアピールが出来る。

「はは……でも、お父さんは紫苑くん以上に不器用だったみたいだね」
「"俺はお前の父親の春風雨龍だ。よろしく頼む"――――やからねえ」
「紫苑お兄さんより不器用ね。でも、素敵なお父様だと思うわ」

 その時、天魔が持っている日記から二枚の封筒が零れ出す。
 全員の視線がそこに向く、どうやら手紙らしい。

「表紙の裏に貼り付けてたみたいだね……紫苑くん?」

 宛名は春風紫苑となっている、差出人はそれぞれ春風雨龍と春風眠夢。
 この時点で紫苑は中身がどんなものか予想がついた。

「うん……頼む(どうせ大人になった俺へ……みたいなノリだろ? 分かるんだよ、芸がねえ奴らだ)」

 このぐうの音も出ない畜生っぷりよ。

「"二十歳なった紫苑ちゃんへ……元気でやっていますか?
これを書いている私達の傍に居るのは四歳の君です。
今日は紫苑ちゃんの誕生日でした。
でも、紫苑ちゃんはワガママを言わないからお父さんとお母さんもとっても困りました。
もっと玩具を買いたいとか言ってくれても良かったのに……。
ふふ、でも大人になれば欲しいものもいっぱい増えるだろうしその時はワガママ言ってくれるかな?
お母さんもお父さんも楽しみにしています。
さて、何故私達が筆を取ったかを教えましょう――――雨龍さんの思いつきです。
どんどん大きくなる君を見ている私達の感動を大人になった君に伝えたかったんですって。
だからセットで読んでもらえるように日記の表紙に隠しておきました。
私はともかく雨龍さんは忘れっぽいからちょっと心配です。
二十歳の紫苑ちゃん、今君はどんな風に日々を過していますか?
大人になると辛いことも増えていると思うけど……でも、それだけじゃない。
世界は悲しみ、苦しみ、そんな辛い色だけで満ちているわけじゃないんです。
だから、一人で抱え込まないでください。私は君のお母さんで雨龍さんはお父さんです。
辛くなったら私達に沢山甘えてください。泣いたって良い、怒ったって良い。
そうやって辛いものをぜーんぶ吐き出してください。そして、嘆きに飽いたら幸せを探しに行きましょう。
私も、雨龍さんも、ただただ君の幸福だけを願っています"」

 紫苑の予想通りで御座る。

「"二十歳の紫苑へ……元気か? 俺は元気だ、きっとな。昔から身体だけは丈夫だし。
そんな俺の息子だからお前も元気でやっていると信じている。
だが、良くないところも似てしまったな。最近のお前を見ていると強くそう思う。
俺と同じで不器用で、自己主張が苦手のようだ。この前コケた時もだ。
泣かずにぐっと我慢してただろう? えらいっちゃえらいがそれでも痛い時は口にしろ。
心配で俺が泣きそうになるからな。俺は将来が心配だぞ。
悲しくても一人で溜め込むんじゃないかって。でもな、お前には俺が居る、眠夢が居る。
それだけは忘れないでくれ、お前のためなら俺は命だって惜しくない。
まあ、普段の行動からじゃ信じられないかもな。
お前が泣きそうな時や不貞腐れてる時だって、お菓子を買いに行こう! としか言えないしな。
ああいや、口にはしてないか。黙って手を伸ばすことしかしてないな……反省する。
でもな、ちゃんと愛してるんだ。お前が父さんって呼んでくれる度に嬉しくてしょうがない。
なあ紫苑、お前も何時かは愛した女と結ばれ子を成すだろう。
その時は俺を反面教師にして言葉を惜しむなよ。
上手く言えなくたって良い、ただ気持ちを伝える努力だけは怠るな。
何もそれは妻や子供だけじゃない、お前と関わる総ての人に対してだ。
そうすればきっと想いは伝わるはずだ。俺もそう思って日々お前と接している。
最後に……紫苑、俺達の下に生まれて来てくれてありがとう。
俺も眠夢も、お前を誰よりも愛している――――何があっても俺達だけはお前の味方だ"」

 朗読を終えた天魔は静かに瞳を閉じた。
 何時か子供が生まれた時、自分もこんな風になれるだろうか?
 いや違う。なれるかじゃない、なるんだ――――少女は小さな決意を固める。

「紫苑お兄さん……?」

 温かな雫がアリスの顔を濡らす。
 見上げてみれば紫苑が静かに涙を流していた。

「ッッ……とう、さん……かあさん……大丈夫だよ、俺は大丈夫。
辛いことだってたくさんあるけど、でもそれだけじゃないことは知っている、から……!」
「紫苑さん……」

 今は亡き両親からの愛に満ちたメッセージ。
 もう居なくなってしまった、けれども確かに愛されていた。
 そのことが嬉しくて嬉しくてしょうがない――――と言う演技だ。

「俺は、恵まれている……! 幸せなんて、探す必要も無い……。
大切な人達が傍に居て、支えてくれている……こんなにも幸せなことはないからね……。
俺は今、幸せです。世界中の誰よりも幸せです。
俺……俺、父さんと母さんの子供に産まれて良かったよ……ありがとう、俺も愛してる……!」

 虚飾を用いれば三千大千世界に並ぶ者なし。
 紫苑の嘘に他の者らはすっかり騙されて貰い泣きしている者まで居る。

「……なあ紫苑、後で墓参りに行こう。そして、我らを紹介してくれ」

 あなた達の息子は懸念通り無茶をしがちだ。
 それでも自分達が傍で見守っているから安心してくれ、
ルドルフは雨龍と眠夢にそう伝えてやりたかった。

「そうですね、皆で行きましょう」
「うん、そしてお礼を言わなきゃね」
「紫苑お兄さんと出会わせてくれてありがとうって」
「それと、不器用だけど何時でも必死に想いを伝えとるってのも報告せなあかんな。心配してるやろし」

 優しい空気が満ちていく、多分これが幸せと言うものなのだろう。
 だと言うのに……。

「(ふぅ……余計な水分流しちゃった。真夏だってのに勘弁しろよマジで)」

 思 い っ 切 り 顔 面 に 水 を ぶ っ か け て や り た い。
+注意+
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