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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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あわよくば舐めたい

 午後二時、暑さは極限に達し、外を歩くだけで滂沱の汗が流れる。
 少し先のアスファルトですら熱気で霞んで見えるような時間帯。
 こんな日は冷房の効いた家でゴロゴロしたいと思うのが人情だ。
 だが、そんな炎天下の中、女二人は外に居た。

「八月に入ってから更に暑くなったねえ……栞ちゃん、暑くないのその格好?」

 公園のベンチに腰掛けてアイスを咥えている天魔は隣に座る栞に問いを投げる。

「昔からなので慣れました」
「慣れるもんなの……?」

 自分は黒のキャミソールにショートパンツと言う軽装だが栞はこんな日でも和装だ。
 通気性も悪そうなそれをよくも着れるものだと呆れ半分感心半分の眼差しで栞を見つめる天魔。

「そう言うものです。と言うか天魔さんこそどうなんです?」
「あー……何が?」
「義肢ですよ義肢。肌を露出する格好だと目立つのに何もカモフラージュしてないじゃないですか」
「別に気にしてないもん」

 紫苑の義肢は生身の腕と殆ど変わらないが、天魔の不揃いの義肢は違う。
 武器を仕込んでいるからと言う理由もあるが、
元から誤魔化す努力をしていないそれは明らかに人工物だと主張している。

「人の目とか気にならないんですか?」
「ならないね」

 気になるのならメカメカしい義肢をカモフラージュする人工皮膚を被せていただろう。
 鋼の無骨な腕を晒しているのは天魔が他人の目を気にしていない証拠だ。

「女性なんですからもう少し気にした方が良いのでは?」
「うーん……まあ、言いたいことも分からないではないよ? でもねえ……」

 これは証なのだ。春風紫苑と言う人間と出会えたことの記念。
 それを覆い隠すことはしたくないのだ。
 カモフラージュしてしまうと実感が薄くなってしまう。
 天魔はそれを嫌っているのだ。

「思い出の傷、と言うことですか?」
「うん……まあ、最近はそれだけってわけでもないんだけどね」
「と言いますと?」
「多分紫苑くんは今でも僕の腕のことを気に病んでいる。
斬り飛ばしたのをそのまま放置するって思ってなかっただろうしね」

 腕を失ってすぐならば処置は出来た。
 紫苑もそのつもりだったのだろうと天魔は考えている。
 だからこそ時折彼の視線を腕に感じるのだ。

「だったら何故、あの時処置しなかったのです?」

 栞は咎めるように言い放つ。
 紫苑の関心を注がれているのが少し悔しいのだろう。

「まあほら……あん時はまだ明確な好意じゃなかったからさ。
何て言うか……うん、ちょっとテンション上がってたからワガママ言っちゃった」

 だが、それは結果的に正しかったと天魔は今になって思う。

「でも、多分僕の選択肢は正しかった。
この腕を見て心を痛めてくれることで知って欲しいんだよ。
紫苑くんが僕を心配してくれてるように、僕らも彼の心配をしてるんだって。
栞ちゃんも聞いたでしょ? 例の雲母さんとの一件をさ」

 苦い顔の天魔、それは雲母を想ってのことではない。
 そもそもからして面識の無い彼女にそこまで情を抱けるはずがないのだ。
 だからこの渋面の理由は紫苑にある。

「それは……」

 栞もまた天魔が言わんとしていることを理解した。
 彼女自身はどちらかと言うと加害者側なので強くは言えないが、
それでも紫苑が傷付くことを望んでいるわけではないのだ。

「幾ら何でも無茶をし過ぎだ。自分の腹を貫いて道を諭すなんて……。
あれからアリスにも聞いてみたんだが、結構ヤバかったらしい」

 実際のところ雲母がアムリタを飲ませたタイミングは絶妙だった。
 少しでも遅れていたら出血多量で死んでいたかもしれない。
 まあ、紫苑本人は自分の策を疑ってすらいなかったので死ぬとは思っていなかったが。
 一体何処からその自信が沸いて来るのだろうか?

「紫苑さんは……涙を流す誰かを放っておくことが出来ませんからね。
御両親や御祖父さんとの別離、それによって生じる悲しみ。。
その度に涙を流したからこそ、心の痛みをよく知っている」

 だからこそ、放って置けないのだろう。
 すれ違う誰かが落として行った涙にすら心を痛め、それを拭ってやりたいと願ってしまう。
 喪失の果てに逃避した自分にはない強さ、ゆえに栞はどうしようもなく紫苑に惹かれるのだ。

「うん……そのおかげで僕や君、アリスや例の雲母さんも救われた。
その生き方はとても尊いものだと思う、僕が外れた側の人間だからこそ余計にそう思う」
「それは……私も分かります。自身に無いものだからこそ、その輝きに目を奪われる」

 人は誰でも自分が持っていないものに憧れや嫉妬の感情を抱いてしまう。
 それは紫苑を見ていればよく分かるだろう。
 彼のディスはアレも欲しいコレも欲しいと言う無いものねだりの浅ましい欲望の発露だ。

「でも、きっと本人は自分がどれだけ頑張ってるのか気付いてないんだろうね……。
どれだけ尊く厳しい生き方をしているか、分かっていないんだ。自分の価値が酷く軽いと思い込んでいる」

 いいえ、全宇宙よりも自分が尊いと妄信しています。

「だから平気で自分の心と身体を削る」
「……まるで、幸福な王子様のようですね」

 だが、自己犠牲と言うやつは往々にして他者の心を傷付けるのだ。
 身を削るその人を想う誰かは何時だって心を痛めている。

「そうだね。でも、僕はあの話……好きじゃないよ。
そりゃ最後は神様にツバメ共々天国へ召し上げられたけどさ、僕らは人間だ。
生きて、この世で幸せをまっとうする方が良いに決まってる」

 だからこそ、この腕を見る度に気付いて欲しいと願う。
 あなたが僕を想うようにあなたも沢山の人間から想われているのだと。
 余りにも純な少女の願い。
 それを一身に注がれているのがあの男だと言うのだから泣けて来る。

「その腕は、紫苑さんに対しての戒め……ですか」
「うん。それでも……どれだけ役に立つかは分からないけどね。
だってさ……本当に頑固なんだもん。苦しいくせに、悲しいくせに、歩みを止めない」

 初志貫徹、紫苑が入学初日に言い放ったように今も我武者羅に歩き続けている。
 靴紐の紫苑――――その二つ名が外れてくれれば、どんなに楽なことか。

「……平泉のダンジョンで出会ったあの天狗も言ってましたからね。
"放って置けば何もかもをも抱えて自壊しかねん"――――と」
「僕はそんな結末赦さない」
「私だってそうです」
「だから寄り添って、自分に出来ることをしなきゃいけない」

 その出来ることの一つがこの腕だ。
 他人にどう見られたって構わない、大切な人を支えるのに役立つならそれで良い。

「難儀な人に懸想してしまいましたね」

 そう言いながらも栞の顔は穏やかだった。
 春風紫苑を好きになった己が心底誇らしいのだ。

「ライバルも多いしね。あーあ、恋敵全員消えないかなぁ……」
「おやそれは同感。私も消えて欲しいと思ってますよ」
「あ゛?」
「何です?」

 メンチを切り合う女二人、さっきのしんみりとした空気は何処に行ったんだ?

「ごめーん! 遅れてもうたわぁ……って、何しとるん?」
「ちょっとライバルの排除を、ね」
「買い物行く前に何やっとるんよ!? ほら、喧嘩はあかんよ!!」

 二人を落ち着かせた麻衣は手に持っていたジュースを手渡す。
 遅刻したお詫びと言うことだろう。

「やれやれ……それより麻衣ちゃん、今日は任せて良いんだよね?」
「私も天魔さんも詳しくないので今日は御願いします」
「うん! ほなら行こうか」

 このクソ暑い中、彼女達が外に居る理由、
それは紫苑の故郷に行く時に持って行く水着を買うためだ。

「しかし、水着買うなんて随分久しぶりだなぁ」
「私もです。と言うより泳ぐの自体が小学生の時以来です」
「え? 水泳の授業とかなかったん?」
「ええ、私の通っていた中学校ではありませんでしたので」
「僕はあったけど、でもそれだけだね。海とかには行かなかったからずっとスクール水着だったよ」

 こうして他愛ない雑談をしている姿は本当にただの女の子にしか見えない。
 約二名がキチっているとは誰も思わないだろう。

「うわぁ……二人とも青春に潤いが無さ過ぎやわ……」
「ま、だから麻衣ちゃんにしっかりアドバイスしてもらうよ」
「アドバイスも何も、ぶっちゃけ気に入ったのを買えばええと思うけどなぁ」

 デパートの中に入ると三人は一直線で水着売り場へ向かった。
 売り場は女の子達で賑わっており、天魔と栞は若干気圧されてしまう。
 こんな場に来た経験が無かった二人にはこの熱気が理解出来ないのだ。

「さ、天魔ちゃんも栞ちゃんも好きなの選び!」
「つっても……ねえ?」
「ええ、ちょっと種類が多過ぎて……」

 困った顔をする二人。本当にこんな場所には縁が無いらしい。

「そう言う時はとりあえず色だけ決めたらええと思うよ?」
「色、かぁ……なら僕は黒かな?」
「私は白ですね」

 二が口にしたのは私服でもよく使っている色だった。
 無難ではあるが、この場合奇抜さは要らないので問題は無いだろう。

「あのさ、男の子――ってか紫苑くんが喜ぶような水着ってどんなのかな?」

 気になるのはそこだ。
 恋する乙女でそこを気にしない者はまず居ない。
 この売り場に居る他の女性客の中にも天魔達と同じ気持ちを抱えている少女は多々居るだろう。

「殿方はやっぱり露出が多い方がよろしいのでしょうか?」
「うちに言われてもなぁ……男の子やないし。そもそも紫苑くんって水着とかに興味ある?」
「あー……そういやエロ本とかも持ってないって言ってたっけ」

 何 で 知 っ て い る ん だ。

「それは一体何処情報やねん……」
「いや、クソガキと話してた時に話題に出たんだよ。あれ? じゃあどうやって処理してんのかな?
と言うか……クソガキが居るから処理出来て無いんじゃないか? ん、これチャンスか?」

 欲求不満のところを畳み掛ければ――天魔の口角が吊上がる。
 発想が肉食系のそれで、麻衣はぶっちゃけドン引きだった。

「ふふふ、ここで切り裂かれたいのでしょうか?」
「栞ちゃんここ公共の場ぁあああああああああああ! とりあえず水着探そ? な!?」

 麻衣の気苦労に涙不可避である。

「とりあえず……そやなぁ、栞ちゃんは露出多いのは苦手な感じ?」
「紫苑さんだけに、と言うのなら幾らでも肌を晒しますが……」
「ああ、ルドルフくんもおるもんね。つっても色ごとに興味はなさそうやけど」

 小学生の男子並に子供っぽいところがあるルドルフだ。
 誰がどんな水着を着ていても気にしないだろう。

「まあええわ。それなら……タンクトップ型のビキニかな?
ああでも、ちょっとくらいは出したいんやったらホルターネックのビキニにパレオもありかも」

 言いながら手近にあった水着を取って栞に合わせてみる。
 素材が良いだけあって何を着ても似合うことは間違いなしなので問題はサイズだろう。

「その、余り露出が無いのも……えっと、アピール出来ないので……」

 恥ずかしそうに頬を染める栞を見て麻衣は笑顔で頷く。

「分かった。せやったらワンピタイプやなくてビキニ系やね。
ホルターネックは結構ガーリーなんが多いから男の受けは悪くない思うで?
ちょっと露出が多いな思たらパレオを別途で買って巻いとけばええよ。いざとなったら外せるし」
「成るほど……御助言感謝致します」
「いえいえ、見るんならここらがそうやね。気に入ったの試着して来たら?」
「ええ、そうします」

 気合十分で水着を物色し始めた栞、これでまずは一人。
 次は天魔だ。ボーイッシュ且つ大胆な彼女にお似合いなのは……。

「ビキニしかないわな」
「そうなの?」
「見せたいんやったらビキニやろ」
「つっても僕、乳そんな大きくないんだよねえ」

 ペタペタと自分の胸を触る天魔。
 この年代の平均よりちょっと下でパーティの中では一番胸が小さい。
 別にコンプレックスがあるわけではないが純然たる事実として小さいのだ。

「ちょっと乳くれよ麻衣ちゃん」

 わしわしと麻衣の胸を揉む天魔、
同性にもセクハラが適用されると言うことを知らないのだろうか?

「や れ る か ド ア ホ。ちゅーか女の子が乳乳言うなや! そしてうちの胸から手ぇ離し!」
「えー、乳は乳じゃん乳」
「……まあええわ。それより天魔ちゃんは希望とかある?」
「ん? 貧相な身体を補える色気のあるやつが良いかな」
「となると……普通のやなくてマイクロ系が一番かな?」

 だが、露出が多過ぎると下品に見える欠点もある。
 その点も踏まえて慎重に選ぶべきだろう。

「普通のビキニより布面積は小さいけど、
マイクロ系にしてはちょっと隠し過ぎ……みたいなんがええかな?」
「成るほど……」
「素材も色々あってラメやったりちょい透明なんやったりがあるけど、
そっちよりはスポーティな感じのが一番ええと思うで? 天魔ちゃんボーイッシュやし」
「分かった。アドバイスありがとね。僕一人だけだったら案すら浮かばなかったよ」
「どういたしまして。マイクロビキニはあっちの方やから選んどいで」
「ん、サンキュ」

 これでようやく自分の水着選びに打ち込める。
 麻衣は達成感に笑顔を浮かべながら売り場の中を歩き始めた。

「去年はビキニやったし……今年はワンピ……? いや、タンクトップ系やな」

 そう口にしながら麻衣もまた紫苑の顔を思い浮かべていた。
 あの二人のように狂気的なまでに好いているわけではない。
 だが、同年代の男子で初めて気になる存在となったのは彼だけ。

「……まあ、多少は褒めてもらいたいもんな」

 可愛いね、そう言ってもらえることを望むことくらいは赦されるだろう。

「上がキャミで下はホットパンツ系かな?
ああでも、何かこれはこれで若いママさんとか着てそうな感じ?」

 ああでもないこうでもないと悩みつつ全員が水着を購入したのはそれから二時間後だった。
 時刻は三時を少し回ったところ、このまま帰るにしてはちと早い。
 そう判断した三人は購入した水着を手にデパートの中をうろつくことに。

「そういや知ってる? ちょっと前にギルドの職員がやらかしたやつ」
「それって通天閣であったってアレ?」
「私もニュースで見ましたよそれ。一体何やってるんでしょうね……最低です」
「逮捕されてから色々余罪出て来たらしいけど、結構アレな奴だったみたいだよ?
援交やらギルドの品を横流しやら……何て言うか、腐った人間は何処にでも居るんだねえ」
「人が群れれば腐敗は必ず起こりますよ」

 この歳で幅広い事業に手を出しているだけあって、栞の言葉は重い。

「大事なのは腐敗が起これば一切の躊躇いもなく腐った部分を斬り捨てること。
腐ると言うことがどう言うことなのか知らしめるのです。痛くなければ人は覚えませんからね」

 尚、紫苑は痛い目を見ても懲りない模様。
 彼が人間なら誰もが持っている"反省"と言う初期装備を持っていないのだ。
 だから何度でも調子に乗って何度でも後悔する。
 こんな輩は一生旅立ちの酒場から出してはいけない。

「馬鹿は死ななきゃって言葉もあるね。ま、それはともかくアレだよ。
あんな事件が起きたし鎌田さんとかまた仕事増えたと思わない?」
「あー……かもしれんなぁ。丸なったのはええけど、何か過労死とかしそう」
「手を抜くのが苦手な感じですからね。そう言う意味では紫苑さんとも似ているかも」
「ああ、だから何のかんの仲ええんかもなぁ」
「二人ともタイプは違えども委員長気質っぽいもんね」

 典型的な堅物委員長がカマキリ、
基本的に真面目だがそれなりに融通が利くのが紫苑と言う感じだろうか?

「あの、委員長と言う言葉で思い浮かんだのですが……。
紫苑さん、眼鏡とか似合いそうじゃないですか?」

 あー……と肯定のリアクションを漏らす二人。
 実際紫苑はクッソくだらない理由で眼鏡をかけていたこともあるので似合わないことはないだろう。

「何か何か、こう……クイ! とかやる仕草めっちゃ似合いそうやない?」
「分かります! ……すっごい御願いしたら、眼鏡かけてくれませんかね?」

 少しだけ恥ずかしそうに願望を口にする栞。
 どうやら彼女は眼鏡に対して興奮する性質のようだ。

「あれ? 栞ちゃんって眼鏡フェチ?」
「ふぇ、フェチと言うほどではありませんが……まあ、多少は惹かれるものがあります。
欲を言うなら片眼鏡――――モノクルなどを着けて頂きたいですね。
私も体育祭で執事服と共に着けましたが、アレは中々良いものです。
元が貴族階級の人間が着けていただけあって気品に溢れています。
だからでしょうか? こう、紫苑さんが着けているのを想像すると……滾ります。
透明なレンズの向こうに見えるヘーゼルの瞳。
光の加減で色が変わり妖しく煌く……ああ、その目で見つめられたら私は……私は……!」

 これでもフェチではないらしい。
 そもそもモノクルなんてものを現代でリアルに着けていてもコスプレにしか見えないのだが……。

「お、おう……何やよう分からんけど……とりあえず落ち着き」
「え――――ま、まあ……私ったらはしたない」

 口元を抑えて照れ臭そうに笑っているが全然誤魔化せていない。

「ちなみに、麻衣ちゃんはフェチとかあるの?」
「うち? フェチって言うほどでもないけど……せ、赤面に……その、ドキドキする」

 麻衣のカミングアウトにイマイチしっくり来ない二人が首を傾げる。
 赤面にドキドキすると言うのはどう言うことだろうか?

「えーっと……照れ顔、と言うことですか?」
「まあそうと言えばそうなんやけど、でも頬が赤くないとあかん。
何て言うかな……男の子がふとした瞬間、カァ! ってなるの可愛くない?
前に紫苑くんが何か面白いこと言うて! って男子に無茶ブリされてた時あったんよ。
そん時、うんうん唸っててなぁ……ようやく搾り出したんやけどスベったわけ。
いやまあ、それはそれでスベリ芸として笑い取れてたんやけど。
まあでも本人としては恥ずかしかったんやろうね。
こう、あの困った表情のまま……でも、ほっぺはほんのり赤いんよ。
あれ見た瞬間――――ああ、可愛いなぁ……無性に頭撫でたいなぁ……って衝動に駆られたわ」

 これでもフェチではないらしい。
 分かるようで分からない興奮ポイントを告げられた二人は若干頬を引き攣らせながら麻衣の背を撫でる。
 ようは落ち着けってことだ。

「あ、あらら……い、いや……ちゃうねんよ? うちは別に変な性癖持ちやないからね?」

 わたわたと手を振って否定する麻衣だが

「分かってます」
「大丈夫大丈夫」

 二人の菩薩のように優しい眼差しが妙に痛い麻衣だった。
 とりあえず落ち着こうと休憩コーナーに来た三人は自販機でジュースを買ってベンチに腰を下ろす。

「何て言うか二人ともディープだよね」
「だから違います! それに私のは普通のですから!」
「ちょい待てや! ほならうちのが普通やないみたいやん!?」
「皆違って皆良い、それで良いじゃん」
「……ちゅーか天魔ちゃんだけズルない?」
「そうですよ……私達だけ話して……」

 恨みがましい視線を向ける二人だが、別に天魔は隠し立てする気は無い。
 言えと言われれば普通に口にするつもりだ。

「それなら僕も話そうか?」
「是非――――あ、でも欠損フェチとかは勘弁してくださいね?」
「安心して、僕はそんなニッチな性癖は無いから」
「じゃあ何なん?」
「僕の場合は……何て言うかな、つい最近まではそう言うのなかったんだよ」
「と言うことは最近フェチに気付いた、と?」
「そう、なるのかな?」
「何かそう言うのも珍しいなぁ……で、何フェチなん?」
「僕は――――傷フェチだ」

 堂々と言い放った天魔だがこれもまたイマイチ分からないフェチだ。
 傷フェチとは一体どう言う意味だろうか?
 そんな疑問が顔にありありと書いてるある二人に説明すべく天魔は口を開く。

「この間ルドルフくん家に集まったじゃん? そん時にさぁ……偶然見えたんだ。
紫苑くんのシャツがめくれて……その、例の槍で射抜いたらしき傷がね。
それを見た瞬間――――こう、胸の一番深い場所から何かが込みあがって来たんだ。
あの時の僕はかなりドキドキしてた。何だろ……イケナイ気分ってやつ?
ぶっちゃけ人目が無ければ紫苑くんのお腹に頬を擦り付けてた思う。
何て言うのかな……あの傷はさ、彼が誰かを救った証なんだ。
自分の正しいと思ったことを貫くために負った傷……胸が締め付けられるくらい辛いけど……。
でも、それと同じくらいに尊い傷だ。分かるかな、この気持ち」

 外道天魔と言う人間の根っこにあるのは背反だ。
 紫苑と出会って恋をするまで抱えていたのもそう。
 命をチップにした遊びに熱を上げる一方でそんな自分を嫌悪していた。
 人の世に馴染めないと分かっていながらも温もりを求めた。
 ゆえに紫苑の腹部にある傷にも相反する想いの抱いてしまったのだ。
 傷付いて欲しくない、悲しい、そう思いながらもどうしようもないくらいに惹かれてしまう。

「もう……何だろうね……頬擦りしたいし……あわよくば舐めたい」

 舐 め て ど う す る つ も り だ。
 紫苑の腹部に顔を寄せて舌を這わせる天魔――――想像するだけで犯罪的だ。
 絵面が余りにも背徳的過ぎる。

「とまあ、これが僕のフェチ……かな?」
「……何ちゅーかうちらのよりよっぽどアレやな」
「ええ……いやまあ、気持ちは分からないでもないですけど……」

 理解出来る辺り栞もやっぱりアレな女である。

「ですが、舐めたいと言うのは少々行き過ぎのような……」
「と言うかうちらはこんなとこで何話しとるんやろな」

 余りにも今更過ぎるツッコミだ。
 何でこの三人娘はデパートの中で自分の性癖をカミングアウトしているのか。
 そりゃすれ違う人は彼女らの話しに耳を傾けているわけではないが、
それでもそう言う話は時と場所を選んでするべきだろう。

「それもありますし、仮にも女である私達が……何と言うか、はしたない……」
「はぁ? 何でさ」

 栞と麻衣は色々な意味で自分を省みているが天魔は全然気にしていないらしい。
 まあ、好きな男の手を取って自分の股間にあてがうぐらいだから当然か。

「いやいや、何でって……こんなん男の会話やん……」

 いや、以前似たような話題をしていた紫苑達の方がよっぽどピュアだ。
 ここまでディープな趣味を語ったりはしていない。

「男も女も関係無くない?」

 男だから、女だから、そもそもからしておかしいのだ。
 男も女も関係無い、それが天魔の持論だった。

「だってさ、性欲あるのは男だけじゃないよ? 僕ら女だってあるよ。
まあ……君らだから言うけどさ。結構な頻度で紫苑くんを思い浮かべて自分慰めてるよ僕」

 まさかの自●宣言に栞と麻衣が飲んでいたジュースを噴出す。
 病んでいるとは言え栞にも一般的な感性が残っていたらしい。

「え? 栞ちゃんとかは無いの? あるでしょ欲求。
紫苑くんにキスして欲しい、その先まで行って欲しい。
押し倒して僕って人間を滅茶苦茶に喰い荒らして欲しいってさ。
互いに喰らい合うように愛し合いたいって思わない? 思うでしょ?
だって好きなんだもん、好きだからそこに性欲だって絡んで来るよ。
いやさ、僕もちょっと前までは照れ臭かったよ? でも、結局のとこ嘘は吐けない。
性欲だろうと何だろうと紫苑くんに付随する感情や欲求は何一つとして否定したくないんだ」

 だってそれを否定するのは好きと言う気持ちを否定することだから。
 一体誰に憚ることがあろうかと天魔は胸を張る。
 が、問題はそこじゃない。
 こんな場所でそんな発言をすることが問題なのだ。

「ことが終わった後は腕枕とかもして欲しいなぁ……」

 淡々と願望を語る天魔とは裏腹に置いてけぼりの二人は茹蛸のように赤くなっていた。

「良い機会だから言うけどアレだよ、紫苑くん時々ヤバイ。
ふとした時に見せる表情とかがどうしようもなくそそるんだよ、何だよずるいよアレ。
泣きそうだけどそれを必死に堪えてるって顔とかは特にヤバイ。
もうキスして押し倒してそのまま行けるとこまでイっちゃいたい!
つーか紫苑くんも性欲あるだろうし押し倒してよ! ロリが居るせいで溜まってるでしょ?
僕の部屋に招くから夕食に招待するとかって口実で部屋に誘うからさ。
もう何か美味しい御飯の後にそのまま僕もいただいちゃってくれよ――――ペロリと」

 何て欲望に正直な少女なのだろう……ある意味純粋とも言えるほどだ。
 紫苑も在る意味正直っちゃ正直だがあくまで表には出さない。
 彼も天魔のように正直に生きられれば少しは幸せになれるだろうに。

「とまあ、栞ちゃんにはこんな願望無いの?」
「な、無いわけではありません……た、ただそれを堂々と口に出すのは……」
「へえ――――その程度なんだ」

 その言葉が栞の理性を焼き切った。

「言ってくれますね。ええ、そりゃ私だって……浅ましい欲はありますよ。
紫苑さんに抱かれる己を夢想して褥に狂う夜だってあります。
具体的に言うなら婚儀を済ませた後の初夜を夢想しています。
湯上り、月を肴に静かに盃を傾ける二人。
その時、私が言うんです――――月が綺麗ですね、と。
それが合図です。紫苑さんは私を押し倒して荒々しく寝間着を剥ぎ取る。
幸福と初めての不安に揺れる私の瞳を見つめて口付けを一つ。
それだけで不安は霧消し、愛し合う二人は遂に結ばれるわけですよ」

 桜色の頬を抑えながら願望を吐き出す栞に最早羞恥の色は窺えない。
 恋敵の挑発によって箍が外れてしまったのだ。
 いやまあ、それ以前から外れてるっちゃ外れているわけだが。

「あるじゃん、したいこと」
「ありますよそりゃ」

 ハッハッハ、と笑い合う二人。
 吹っ切れた人間と言うのは本当に幸せそうだ。

「さて、こっからどうする? このまま下着でも見に行くかい?
「あ、良いですね。備えあれば憂い無しとも言いますし」

 一体何に備えると言うのか……。

「……」

 気付けば三人が居る休憩所からは人影が完全に消え失せていた。
 幾ら美少女とは言え人目を憚らずにあんな会話をしていれば当然だ。
 好き好んで近付きたがる人間なんて居ない。

「あれ? どうしたんだい麻衣ちゃん? 何か遠い目してるけどさ」
「具合でも悪いんですか?」
「う、ううん。大丈夫(うちも……うちもこの二人と同類に見られたんやろか……あかん、ちょっと欝になりそう)」

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