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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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裸のまま通天閣の下で踊り狂ってなさい

「うん……特に異常は無いわね。まあ、家事しかしてないから当然だけど」

 その日、アリスは早くに目が覚めた。
 やることもないので寝ていたルークを蹴り起こした彼女は久しぶりにと身体の調整を行うことにしたのだ。
 壁役であり近接戦闘を主に担当するルークは以前ならもっと頻繁に調整を受けていたのだが、
大阪に来てからは授業以外で戦うことも無くなり随分とご無沙汰だった。
 ぶっちゃけルークはもっと寝ていたかったのだがそれを言えば……まあ、沈黙は金と言うことである。

「……」

 上半身裸のルークは黙ってアリスの嫌味を受け止めているのだが、
その背中が哀愁漂うオッサンリーマンにしか見えないのは何故なのだろうか?

「そう言えば前に天魔お姉さんにお腹ぶち抜かれたんだっけ?」
「? ああ」
「だったらどう? 腹部にミキサーとか仕込んでみる?
起動させればデカブツルークのモツもグッチャグチャだけど」

 色々改造を施されてはいるがルークは限りなく生身に近い人形だ。
 痛みこそないものの内臓がズタズタになるのは勘弁して欲しかった。
 腹の中にミンチがあると考えただけで食欲減退間違い無しだ。
 まあ別に喰わなくても問題は無いのだが。

「勘弁してくれ……」
「つまらない男ね」

 ルークの背面には中身を調整するための蓋がついている。
 アリスは蓋を開けて中に手を突っ込んでグッチャグッチャと調整を繰り返しているのだが……。
 血や臓物に生理的嫌悪がまったくないらしくこの童女、まったく動じていない。

「でも、武器ってのは悪くないと思うのだけど?」
「……自分は徒手で十分だと思うが?」

 そもそも武器の扱い方などルークは知らない。
 今の近接格闘術だってそう、実戦の中で磨いて来たものだ。
 武器を装備するのならば一から学習しなければならない。

「いやいや、剣とか槍とかじゃなくて――――小型核爆弾とか」

 何と言うファンタスティック不謹慎。
 長崎に住んでいたのにどうしてそう言う発想が出て来るのか。

「御主人――――非核三原則って知ってるか?」
「核兵器をもたず、つくらず、もちこませずでしょ? どうでも良いわよそんなの」

 栄作が草葉の陰で泣くようなことを平然と言うな。

「ああでも、核じゃ殺せそうにないわね……」

 思い浮かべるのは人生で対峙した中で戦闘能力が一番高かった敵のことだ。
 逆鬼雲母、悲しき鬼子母神。
 アリスには雲母が核で死ぬイメージが浮かばなかった。

「……例の母親、か?」
「ええ。もう戦うことはないでしょうけど、備えは怠りたくないのよ」

 とは言っても具体的にどうすれば良いかはまったく思いつかない。
 ルークの改造だってそうだ。
 単体戦闘能力にしても彼よりアリスの方が勝っている。
 だからルークを改造したところで意味があるかと言われれば首を傾げざるを得ない。
 強力な武装を積むと言うのも確かに一つの手ではあるが、
雲母のような手合いはその程度でどうにかなるようには思えない。
 アリスは深い溜息を吐いてルークの背中から手を引き抜く。

「はい、これで終わり」

 近くに置いてあった水桶と消毒液で手を清めながらぼんやり時計を眺める。
 時刻は午前八時半、大体二時間ほど調整をしていただろうか?
 それにしてもまだ早い時間帯だ。
 世間は動き出しているが学生のアリスは夏休みでやることがない。
 紫苑はまだ眠っているので一緒に二度寝しようかな? とは思うが眠気も無い。

「朝食はどうする? 空腹ならば作るが……」
「いらない。お腹減ってないもの」

 テレビをつけるがアリスの興味を引くようなものはやっていない。
 夏休み子供アニメ劇場だって甲子園のせいでお休みなのでマジで見るものがない。

「む、アレクサンダー・クセキナスが各国のギルドを訪問中か……」
「どうでも良いニュースだわね。デカブツルークってば暇人」
「……」

 そりゃお前もだろ、と言いたいがぐっと我慢。
 ルークはアリスの野次を無視してテレビ画面に集中する。
 こう見えて彼はテレビっ子だったりする。
 政治、経済、芸能ゴシップ、バラエティ、通販番組、二時間ドラマ、
ジャンルは問わずに何でも見て何でも面白がれるお得な性質なのだ。

「はぁ……私、ちょっと出かけて来るわ」
「ん? ああ」

 巷で人気のスイーツ特集に集中しているルークの生返事を咎めることもなくアリスは家を出た。
 外は予想通りに暑く、人を小馬鹿にしたような太陽を見ていると殺意すら沸いて来る。
 それでも家でじっとしている気分でもなかったので戻ると言う選択肢は無い。

「図書館にでも――――ああ、ダメね。まだ開館してないわ」

 考えごとするのに良さそうな場所として図書館が浮かんだが開館時間は十時だ。
 となるとファストフード店にでも行くか? と思いはしたがああ言う場所は騒がしい。
 落ち着いて考えごとなんて出来やしない。

「戦力強化……手っ取り早いのは人形を新しく揃えることだけど……」

 ルークのような高性能のものを造ろうと思えば素材は当然人間になる。
 モジョ、アイリーン、ヤクザ、この辺を殺して人形にすればさぞ役に立つだろう。
 だが教師二人はともかくアイリーンに関しては癪だが殺せる気がしない。

「それに先生達も人形にしたら紫苑お兄さんが怒るだろうし……」

 表面上は激怒するだろう、だが内心ではきっとどうでも良いと笑っているはずだ。
 しかしそれを知らない彼女は戦力強化案として人形を揃えることを諦めてしまう。
 つまらなそうに小石を蹴飛ばしながらあてもなく歩き続けるアリス。

「あー……ダメダメ! 思いつかないんだったら考えても無駄だわ」

 となればもっと生産的なことを考える方が良いだろう。
 そう、例えば紫苑へのプレゼントのことだ。

「紫苑お兄さんの好きなもの……本?」

 だが聞く限りではジャンルを問わず読み漁っているようだ。
 本をプレゼントしたら喜んでくれるかもしれないがインパクトが薄い。

「服……はダメか。あんまり興味無さそうよね」

 紫苑はファッションにこだわりを持っていない。
 強いて言うなら無難で安いものだけを選んで買っている。
 自分が贈れば喜んでくれるだろう、だがこれもインパクトが薄い。

「何でも喜んでくれそうだし……」

 自分が贈れば――と言うより他者からのプレゼントなら何でも喜んで受け取ってくれるだろう。
 アリスはそう考えているがとんだ勘違いである。
 誰に何を貰っても奴は必ず内心でケチをつけるはずだ。

「あーうー……ん?」

 そのままぶらぶら歩いていると公園の前に辿り着く。
 中からは肌を刺す気配を感じる。
 わざわざ面倒ごとに首を突っ込む性質ではないが、ここは近所だ。
 万が一紫苑に害を成す存在が居ては困る。
 アリスはほんの少し気を引き締めて公園に踏み入り気配の発生源を探し、見つけるのだが……。

「……」

 そこに居たのは無心に槍を振るっているアイリーンだった。
 そう言えば紫苑から近所に住んでいると聞いたことがある。
 若干拍子抜けしつつ足元に転がっていた石を拾い上げて――――全力で投擲。
 が、アイリーンの顔面にぶつかる前に空中で粉微塵に砕かれてしまう。
 アリスは見えなかったがどうやら槍を使って砕いたらしい。

「アリス?」

 槍を振るう手を止め、石を投げられた方向に視線をやると見知った金髪ロリ。
 アイリーンは軽く手を挙げて挨拶するが、石を投げられたことは気にしてないのだろうか?

「ええ、私よ。朝っぱらから何やってるの?」
「ラジオ体操的な?」
「何処の世界に槍を使うラジオ体操があるのよ」
「む……散歩?」

 むぅ、そう言われたら困る……ところで、アリスは散歩中?
 アイリーンはそう言いたいのだろうが余りにも言葉が少な過ぎる。
 会話が成り立たないわけではないが、これでは伝えたいことが総て伝わらないだろう。
 紫苑のようにコッテリ言葉を飾り付けろとは言わないがもう少し何とかした方が良い。

「まあ、そんなところね。でも丁度良いわ。少し、遊びましょ。私も身体を動かしたいの」

 タンタン、と踵で地面を叩き手招きする。
 何時か神社で対峙した時のような殺気は感じられない。
 これは軽い手合わせの誘いだとアイリーンは判断した。

「分かった」

 槍を地面に突き刺したアイリーンは軽く指を鳴らす。
 アリスに合わせて徒手空拳で相手をする気なのだ。

「ねえ、あなたは負けたことがある?」

 顎をかち上げるつもりで放ったアリスの前蹴りは片手で叩き落とされてしまう。
 それどころか蹴り足にかけられた上からの力で彼女の小さな身体が空中で勢い良く回転し始める。

「ある。けどそっちも同じ」

 回転している小さな身体めがけての回し蹴り、だがこれは本気の蹴りではない。
 その証拠にアリスは空中でアイリーンの蹴り足に掴まり鉄棒の要領で一回転して距離を取ることが出来た。
 もしこれが本気だったらこんな曲芸染みた軽業は出来なかっただろう。

「そうね、確かに私達は同じ人に負けて同じ人を好きになったけど……それは除いてよ」
「それ以外の負け?」

 軽い打ち合いを続けながらも雑談は続く。
 一般人から見ればハードどころではない動きなのだが彼女らにとっては所詮軽い運動でしかないのだ。

「ない」
「……でしょうね」

 アリスもそれは嫌味だとは思わない。
 自分との相性は最悪だがそれでもアイリーンは規格外の人間だ。
 奇を衒った能力があるわけではない、単純に強いのがまた厄介なのだ。
 武器である槍を扱う技量と、培った技術を存分に活かせる肉体。
 大雑把に言うとそれが彼女の強みで、だからこそ正攻法では勝てない。
 紫苑は毒を、アリスは洗脳を使わなければ勝負にすらならないだろう。

「アリスは?」
「ついこの間、一撃でのされたわ」

 さて、目の前の女が雲母と戦っていたらどうなっていただろうか?
 やはり初見で一度は敗北していた――――それがアリスの見立てだった。

「凄い」

 アリスは強い、並みの相手では太刀打ち出来ないことをアイリーンは知っている。
 ゆえにそのアリスを一撃でのした相手に賞賛を送った。

「小学生みたいな感想は止めてよ」

 アリスは更に仮定する。一度目は敗北、では二度目なら?
 アイリーンは自分のように不可思議な覚醒を果たしただろうか?

「(……多分、してるわね)」

 対峙したのが天魔でも、栞でも、アイリーンでも、恐らくは自分と同じになっていたはずだ。
 理由は分からないが何となくそんな気がする。
 であれば彼女らの場合はどうだっただろう?
 紫苑が我が身を削って説得する前に雲母を殺せたか否か。

「……出来そうなのはやっぱコイツだけね。あーあ、マジで人形に出来ないかしら?」
「ぬいぐるみ?」
「意味が分からない。単語で会話するの止めなさいよ」

 人形がどうしたの? ぬいぐるみでも欲しいの? 分かり易く訳すとこうだ。
 最早コミュニケーションを放棄したと取られても不思議ではない会話である。
 アリスは呆れながらも、それから二時間ほどアイリーンと手合わせをし続けた。

「……ふぅ、スッキリしたわ。ありがとう」

 ギャラリーも増え始めたしこれ以上続けるのは気分的にも良くない。
 アリスはアイリーンにおざなりな感謝を告げて去ろうとするが……。

「待って」
「何よ?」
「少し付き合って欲しい」
「はぁ? 何で私が……」
「プレゼント、何を贈れば良いか分からない」

 プレゼント、それはアリスにとってもホットな話題だった。

「どう言うこと?」
「春からずっと考えていた」

 春に紫苑達と戦って完膚なきまでに敗北を貰った。
 それは決して不愉快なものではなく、とても心地良い敗北だ。
 だからこそ、その勝利に敬意を表している。
 特に自分の心を掴んだ紫苑には代表として何か贈り物をしたい。
 女の子の大事なファーストキスを贈ったが、それだけでは足りないのだ。
 後々もっと大事なものもあげる予定だが、それはそれとして何か物品も贈りたい。
 だが誰かにプレゼントなどを贈ったことも無いのでどうすれば良いか分からない。
 加えて自分にセンスがあるとも思えないのでセンスがありそうなアリスにアドバイスして欲しい。
 と、アイリーンの主張はこんなものだ。
 アリスはここまで聞きだすのに一時間もかかった。
 コミュ障ここに極まれリである。

「後々もっと大事なものもあげるとか聞き逃せない発言もあったけど……言いたいことは分かったわ」
「頼める?」
「はぁ……」

 ライバルの手助けなんてする気はない。
 だが、他人がどんな贈り物を考えるかには興味があるし参考になるかもしれない。
 諸々の利点を踏まえてアリスはアイリーンの頼みを承諾する。

「じゃあ、ちょっと街に出ましょう。良いわね?」
「問題ない」

 アイリーンはショートパンツにTシャツと言う少々ラフな格好だが、
素材が良いのでお出かけをするには十分な出で立ちだろう。

「とりあえず……難波にでも出てみる?」
「任せる」
「あのねえ、私大阪に出て来て二ヶ月くらいよ? むしろそっちが……ああ、良いわ」

 アイリーンが地理やお店に詳しいとは思えない。
 アリスは早々に諦めて駅に向かうことにした。

「人がいっぱい、驚いた」

 難波に出てすぐの発言がこれだ。
 五、六年は大阪に居るはずなのにどれだけ行動範囲が狭いのだろうか?

「手、繋ぐ?」
「私が手を繋ぐのは紫苑お兄さんだけよ。それより、とりあえずぶらつきましょうか」

 それで目を引かれるような店や物があれば足を止めて見れば良い。
 アリスの提案にアイリーンもコクコクと頷いて同意を示す。

「ねえアイリーン、パッと思いつくプレゼントって何? 採点してあげるから行ってみなさいな」
「……蟹?」
「そう言うのはお歳暮か何かにしなさい」
「お酒? 前に約束した」

 何時か故郷の酒を飲ませると紫苑に約束している。
 それならお酒をプレゼントするのも良いのでは? そう思ったのだが……。

「飲むなとは言わないけど未成年がおおっぴらにお酒を贈るのはどうなの?」
「む……防具?」
「まあ確かに冒険者には必要だけど……紫苑お兄さん、持ってるわよ?」

 紫苑が装備している防具はギルドが用意した高品質のものだ。
 それを超えるとなればオーダーメイドしかないだろうし、
そもそも後衛である彼にそこまで強力な防具は必要じゃない。

「……武器?」
「あの槍も魔法の発動媒介としてはかなり優秀だと思うけど?」

 サブで使ってる魔道書の方を送ると言う手もある。
 だが、プレゼントするからには使って欲しいと願ってしまうのが人情だ。
 ならばサブで良い魔道書をプレゼントするのもちょっと……と言ったところか。

「……難しい」

 情けない顔で肩を落とすアイリーン。
 脇目も振らずに強くなるために生きて来た彼女にとってこの手の問題は難しいので仕方ない。
 だがそれはアリスとて同じこと。
 ダメだしは出来るが他人が喜ぶと言うものが分からない。

「ねえねえ君、ちょっと良いかな?」

 アイリーン、アリス、タイプは違うもののどちらも一級品の容姿を誇っている。
 なので当然こう言うチャラそうな男が粉をかけて来たりもするのだが……。

「ダメ」
「まま! そう言わないでさ。ちょっとだけお茶でもどう? 勿論、妹さんも一緒で良いからさ」

 このチャラ男はひょっとしてロリのケもあるのだろうか?
 さて、妹扱いされたアリスだがアイリーンの妹扱いをされても特別不愉快そうではない。
 それよりも鬱陶しさが勝っているようで……。

「ねえねえお兄さん」
「何かな? あ、ケーキとか好き? お兄さん良い店知ってんだよね」

 アリスの手を掴むチャラ男。
 本命はアイリーンだがアリスを強引に連れ出すことで本命を釣ろうとしているのだ。

「――――裸のまま通天閣の下で踊り狂ってなさい」
「ああ、分かったよ!」

 男は弾かれたように去って行った。
 きっとこのまま通天閣まで行って命令通りに踊るのだろう――警察が来るまで。
 ナンパしただけで前科持ちになるとは、あのチャラ男も不運な男である。

「? 変な人」
「そうね……で、話を戻すわよ」

 鬼畜な命令でさらりと他人の人生を台無しにしたのにアリスはまるで気にしていない。
 きっとこのロリには良心回路が備わっていないのだろう。

「とりあえず武器とか防具はどう考えてもプレゼントに向いて……」
「――――アクセサリーは?」
「あ」

 紫苑がハルジオンを象ったピアスを付けていることを思い出す。
 実用性もあるし、プレゼントとしても申し分ない。
 どうしてこんな簡単なことを思いつかなかったのか。
 アリスは自分の間抜けさ加減に頭を抱えたくなった。

「どう?」
「……悪くないと思うわ」

 どんなアクセサリーをプレゼントするかは分からない。
 だが、役に立たないものは贈らないだろう。

「(私はどうしよう……同じって言うのも芸が無いし……)」

 と、そこまで考えて良いアイデアが閃く。
 アイリーンが実用性も兼ねたアクセサリーを贈るなら自分はその逆。
 実用性なんかは無くて本当にただのアクセサリー。
 そこに想いと手間をかけてプレゼントするのだ。

「よし! 決めた。それじゃアイリーン、決まったのならここでお別れってことで良いかしら?」
「構わない」
「そう。じゃ、さようなら」

 そのまま別れて目的の場所に行こうとしたのだが……。

「すまない、君たちはアイリーン・ハーンさんとアリス・ミラーさんかな?」
「そうだけど……お兄さん、だぁれ?」

 二人に声をかけたのは七三眼鏡の青年――――そう、鎌田桐緒だった。

「僕は鎌田桐緒、ギルドの人間だ」

 差し出された名刺を受け取った二人は同時に首を傾げる。
 アリスも、アイリーンも、ギルドの人間に声をかけられる覚えなどないのだ。

「何用? 私、忙しい」
「それは私もよ。悪いけど用事があるなら手早く済ませてくれないかしら?」

 好いた男へのプレゼントを一刻も早く用意したい。
 そんな気持ちが威圧となってカマキリに降り注ぐ。
 それでも彼は大人の威厳を保つべく逃げ出したい気持ちを押し殺して口を開く。

「んん! 少し、場所を変えようか」
「紫苑お兄さんに知らない人に着いてっちゃダメって言われてるからここで」
「事案発生」
「僕は犯罪者じゃないよ!? って言うか……ああもう、分かった! ちょっと待ってくれ」

 言うやカマキリは携帯を取り出して何処かにかけ始めた。

「ああ、春風くんかい? 僕だよ僕、鎌田だ。少し良いかな?
うん……少し仕事で難波の方へ出て来たら偶然、ハーンさんとミラーさんに出会ってね。
え? 知ってるのかって? ああうん、選別に関わった子らで特に優秀な子達はね。
とりあえず少し話したいんだけど……君の方からも頼んでみてくれないかな? ああ、すまない」

 カマキリが差し出した携帯を受け取り耳元に寄せると、確かに紫苑の声が聞こえた。

『アリスか? 昼飯の時間になっても戻って来ないからルークが心配していたぞ』
「ああごめんなさい。今日は外で取るから大丈夫よ。それより紫苑お兄さん、この鎌田さんって?」
『ん、まあ……色々世話になってるんだ。滋賀やら岩手に行った時にもサポートしてもらった』

 その言葉でアリスは紫苑の言いたいことを察する。
 これまで何度かあった除け者にされた機会、例のギルドの関連の何か。
 それに関わっているのが目の前に居る鎌田と言うことなのだと。

「この人の話、聞いた方が良いかしら?」
『そうしてくれるとありがたいが……でも、アリスが嫌ならそれで良い。俺が何とかする』

 と、一見すればアリスを気遣っているように見えるだろう。だが本音は違う。
 特に意味は無いけどカマキリの仕事を邪魔したい――――それが本音だ。
 善意の皮を纏って他人の足を引っ張るとか性質が悪いにもほどがある。

「ううん、大丈夫。悪い人ではないんでしょ?」
『ああ(そのせいで最近はクソつまらない野郎になったがな。小物っぽいカマキリ帰って来いよ……)』

 そう言う紫苑はそのまま土に還れば良い。

「紫苑お兄さんがそう言うなら問題はないわね。うん、それじゃあ」

 携帯を切ってカマキリに携帯と了承の意を返す。
 アイリーンも紫苑絡みならばと承諾し、カマキリの背を追う。
 連れて来られたのはギルド系列の弁護士事務所だった。
 カマキリは一言二言、事務所の人間に何かを告げると奥へと通される。

「まあ、座ってくれ。少し長い話になるかもしれないからね」

 促されるままに座る二人。
 ふと、対面に座るカマキリがやけに疲れた顔をしていることに気付く。

「お疲れ?」
「大丈夫、仕事は楽しいからね……基本的には」

 一瞬だけ鬱病患者の目をしたカマキリだがすぐに気を取り直して本題に入っていく。

「君達は覚えているかな? 四月五月に同校や他校の生徒と戦ったことを」
「忘れるわけがない」
「あれのおかげで紫苑お兄さんと出会えたんだもの。一生忘れないわよ」
「そうか……実は、と言うわけでもないがあれには特別な意図があったんだ」

 そう言ってカマキリは少女らに秘密を明かしていった。
 特殊な孔、その向こうにあるダンジョンに出現する知能を有したモンスター。
 そこで得られる特殊なアイテム。
 そして春風紫苑らが定期的にそんなダンジョンに挑んでいると言うことも。

「お出かけが多かったのはそう言うことなのね」

 複雑そうな表情のアリス。
 想い人が自分の知らないところで命の危険に晒されていたのが嫌なのだろう。

「何故?」
「えーっと……その何故はどう言う何故だろうか?」
「ああごめんなさい。その女はコミュニケーション障害なの。
今の何故? は多分だけど何故選別に漏れた私達にそれを話したの? って何故だと思うわ」
「酷い」
「酷くないわよ。もうちょっと会話する努力をしなさい」
「……紫苑は、分かってくれる。それで、良い」

 口下手なものはどうしようもない、アイリーンはそう開き直っているようだ。

「は、ははは……モテるね、彼は。いやまあ納得だけど。で、何故話したかだね?
実は少し前に選別したパーティが例のダンジョンで仲間を失い、解散してしまったんだ。
春風くんらが救助に行かなければ全滅していたから仕方ないと言えば仕方ないんだがね。
生き残った三人のうち二人は引退し、一人は残ってくれたんだが……一人じゃどうにもならない。
それで、新規パーティとして今まで選別に漏れたが光るものを持っていた人達に声をかけてるんだ」

 アイリーンとアリスも選別から漏れはしたものの惜しいと評価されているのだ。
 特にアイリーンなどは純粋な実力で負けたわけではないから余計に。

「それで、どうだろうか? 何も今この場で返事をしろとは言わない。
それに、断ったって良い。ただその場合はこの場で聞いたことは他言無用に願うけどね」
「興味はある、でも断る」
「即答だね……理由を聞かせてもらっても?」
「パーティの皆に、悪い」

 知能を持つ強敵との戦いに心惹かれないわけでもない。
 だが、参加すればパーティに穴を開けてしまうことになる。
 これがパーティ単位ならば良かったが誘われたのは自分だけ。
 それではクラスで組んでいるパーティが四人になってしまう。
 流石にそれは申し訳ないとアイリーンは申し出を辞退した。

「成るほど……ミラーさんは?」
「私もお断りするわ。紫苑お兄さんと一緒のパーティならともかくそれ以外の人間とは嫌だもの」

 学校ではルークとその他の人形を併用して実習を受けているアリス。
 基本的に他人と相容れる性質ではないのだ。

「ああでも、紫苑お兄さんと一緒って言うなら良いわよ」
「あ、それなら私も良い」
「ちょっと……パーティに悪いんじゃなかったの?」
「それはそれ、これはこれ」

 やいのやいのと言い合いを始めた二人を他所にカマキリは思案する。
 確かにそう言う方式もありかもしれない、と。

「交代でやれば、学校へ行く機会も増やせるだろうし……ああでも、後衛二人が問題か」

 どうしたって紫苑はリーダーとして外せない。
 交代で学校に行けるのは前衛三人と、少し無理して麻衣だけになるだろう。
 ああでもないこうでもないと頭の中で絵を書き続けるカマキリ。

「それで? 話はそれだけならもう帰っても良い?」
「え? あ、ああ。そうだね。うん、もう良いよ。でも今日のことは……」
「他言無用、了解」
「ありがとう。もしかしたら、また連絡することもあるかもしれないが……まあその時はよろしく頼む」

 二人を見送るべく立ち上がるカマキリだったが、フラついて尻餅をついてしまう。

「大丈夫?」
「何か顔色悪いわよ鎌田お兄さん?」
「だ、大丈夫だよ。まだ仕事があるからね。ふ、ふふふ……部下がアホなことをしたばかりに……」
「? よく分からないけど過労死に気を付けてね」
「頑張って」

 事務所を出てアイリーンと別れたアリスは材料集めのためにあちこちを回った。
 総てを手に入れて家に帰る頃にはもうすっかり日が暮れていた。

「ただいま紫苑お兄さん!」

 ソファーに座ってテレビを見ていた紫苑に抱き付くアリス。
 彼は苦笑しながらその頭を撫でる。

「ああ、おかえりアリス。買い物に行ってたのか?
(これで気楽な時間が終わった……もうこのクソガキ土にお還りしないかな?)」
「え? うん……まあ、楽しみにしておいてね!」
「よく分からないが分かった。それより、今夜の夕食は手巻き寿司だそうだ」
「手巻き寿司? 別に良いけど……道具とかあるの?」
「今朝方やってた通販番組で取り上げられてた簡単手巻き寿司セットをルークがつい買っちゃったそうだ」

 即日宅配の言に偽りはなくついさっき届いたばかりだ。
 ルークがネタを買ってくれば何時でも始められる。

「何やってるのかしらあのバカ……」
「はは……ん? おいおい……ギルド職員が公然わいせつ罪で緊急逮捕?」

 テレビで流れていたニュースが紫苑の目に留まる。
 何でもギルド大阪の職員が通天閣の下で全裸になり踊り狂ったと言う。
 現行犯で逮捕されたが本人は何も覚えていないと供述しているらしい。

「……そう言えば電話口の鎌田さんがやけに疲れていた感じがしたが……そうか、これか。
(ざまぁねえなwww他人の不幸をネタに手巻き寿司が作れそうだわ!)」

 今頃関係各所に謝罪行脚をしているのかもしれない。
 本当に善人ばかりが損をする世の中だ。

「しかし全裸って……アリスも変質者には気を付けろよ?」
「うん、気を付けるわ。全裸で踊りだすなんて変質者って怖いわねー」

 しれっと同意するアリス――――本当に怖いのはこのロリである。
+注意+
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