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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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ふざけんな! エンジェルだろ当時の俺! いや、今だって大天使だよ!!

 ハゲのお悩み相談の翌日、紫苑はルドルフの屋敷に来ていた。

「と言うわけでな、それで連絡が出来なかったんだ」

 馬鹿っ広いルドルフの自室に対するジェラシーを燃やしつつ事情を説明し終える。
 四人は何とも言えない表情で黙り込んでしまったが無理もないだろう。
 母の妄念が齎す衝撃を受け止めるには若過ぎるのだ。

『話して良かったのかよ? 個人情報じゃねーのか』
「(蛇が個人情報気にするな。それに、話しても問題は無いんだよ)」

 雲母は自分もリーダーだったからこそ紫苑の立場をよく分かっている。
 だからこそ自分のことも含めてちゃんと説明してあげてと言い含めていたのだ。
 彼女の過去は必ずしも知っておくべきことではない。
 だが、命を預ける仲間に対して隠しごとをするのは良いことではない。
 だからこそ正直に話してあげてと言ったのだ。

「(まあ、吹っ切れたとは言えまだまだ陰気な女だからな。
コイツらの誰かに怨まれたかったんだろうよ。何せ俺ってばモテモテだし?)」

 雲母のやったことは明確な敵対行為だ。
 パーティの要たる紫苑を誘拐し返す気が無かったのだから。
 ゆえに、自分の所業を明らかにすることで怨まれたかった。
 実際に顔を合わせるかどうかは分からないが誰かに怨まれている実感が欲しかったわけだ。

「(それに? 俺だけいやーな思いしたんだからコイツらもいやーな思いするべきだろ常識的に考えて)」

 それは何処の次元の常識だろうか?

「な、なんちゅーか……その……重い、話やなぁ……」

 どんよりと淀んだ空気を壊すべく声を上げる麻衣だったが、そのトーンは低い。

「ああ。だからこそ彼女も俺に話せと言ったんだろう。
喪失の痛み、それに伴う狂気、自分のように堕ちてはならない……と。
先達のありがたい気遣いだ。辛かろうともしっかり飲み込んでやってくれ」

 またまた心にもないことを(笑)。
 だが確かにそう受け取れないこともないだろう。
 反面教師として知って欲しい――――それもまた雲母の願いかもしれない。

「……喪失の痛み、か。うん、確かに分かるかもしれない。
僕も紫苑くんがもし死んでしまったら……って考えるのも恐ろしいけど……」
「ええ……その雲母さんのように……」

 愛に満ち溢れている女二人からすれば雲母の体験は身に抓まされるものだった。
 何時か自分が母になる、それはよく分からない。
 だが愛する人を喪う恐怖と言うのは分かる。
 今ここに居る掛け替えの無い彼が死ぬ――――想像するだけで凍えてしまいそうだ。

「うむ……私も、少し母と話をしたくなった」
「(マザコンかよだっせえwww)だったら今夜にでも電話してやると良い。きっと喜ぶぞ」
「ああ」

 少し照れ臭そうに笑うルドルフ。
 タフな彼はもう雲母の衝撃体験から立ち直ったようだ。
 紫苑にはそれがまた癪に障るのだが表面上はあくまで柔らかな表情である。
 こんな風に己の感情を殺していたらそのうち自分が分からなくなってしまいそうなものだが、
そこはそれ、春風紫苑は決して嘘の仮面を本当にすることはなく性根は汚いまま。
 お風呂やキッチン周りの水汚れよりもしつこいので世界が終わろうとも変わりはしないだろう。

「さて、説明も終えたし皆の意見を聞かせてくれ。このアムリタ、どうすれば良いと思う?」

 五人の中心に置かれたアムリタ入りのペットボトル。
 紫苑は自分で独り占めしたいところだったが、
これを貰ったことはモジョも知っているのでそうは出来ない。
 なので渋々ではあるが他の面子にも伺いを立てるために持って来たのだ。

「起死回生を狙える品ですが……難しい、ですよね」

 強力な回復アイテムと言うのはそれだけでありがたい。
 だが、これは定期供給出来る代物ではない。
 あるものを崩していくしかない、となれば扱いには気を付けるべきだろう。

「だよねえ。貴重過ぎてどう使えば良いか分からないよ」
「薄めても使えるって話やけど、その濃度も考えやなあかんし」
「大元は紫苑が管理し、薄めたものを各自で持っているのが一番ではないか?」
「あー……無くなれば補充する感じかな?」
「確かに今のところはそれがベターでしょうね」
「加えて、これがあるからと油断しないことも我ら三人にとっては重要だな」

 大体話はまとまったようだ――――紫苑の狙い通りに。
 アムリタをどうするかなど選択肢はそう無い。
 ルドルフの案がベターなのは考えるまでもなかった。
 紫苑が引き出したかったのは大元を自分が管理すると言う言葉だ。
 それによって実質の占有状態を維持したかったわけである。

「ならルドルフ、良い具合の小瓶か何か無いか? この場で早速分けてしまおう」
「相分かった。ちと待っておれ」

 指を鳴らすと日本橋に居るニセモノではなくマジモンのメイドが部屋にやって来る。
 ルドルフが一言申し付けるとすぐに小瓶と水、そして計量カップを運んで来た。
 実に教育が行き届いている。
 同じ使用人を持つ家格の栞は関心したようでしきりに頷いている。

「これがメモだ。各自、これで良い具合に調整してくれ」
「りょーかい……そう言えばこれ、紫苑くんがアイリーンに口移しで飲ませたんだっけ」
「……でしたね。気絶してたので直接は見ていませんが」
「ラッキースケベだよね」
「ええ」

 女にもラッキースケベは適用されるのだろうか?
 さて、何処となく不穏な空気を漂わせ始めた女二人に
他三人は頬を伝う冷や汗を止めることが出来なかった。

「ふむ、真面目な話もこれで終わったし菓子でも摘まみながら雑談でもしようか。
卿らもこの後予定があったりするわけではないだろう?」

 アムリタを分配し終えたところでルドルフがそう切り出した。

「ええ。差し当たって急ぎでやる仕事もありませんので」
「僕も今日の集まりなかったら昼寝ぐらいしか予定なかったし良いよ」
「うちは本買いに行こかなーて思てたけどそれは明日でもええしなぁ」
「(この暇人共め!)」
『お前もだろ?』
「(俺は昨日まで頑張ってたから良いの!)」

 メイドが持って来た菓子を摘まみつつ五人は他愛ないお喋りを始める。
 宿題は終わったか? 最近暑いよなーなどと実に普通の話題だ。
 ふと、紫苑は面白い話の種を思い出す。そう、昨日のアレだ。

「ところで皆、花形がストーカーされてるの知ってるか?」

 全員が目を丸くしているのを見るに誰も知らないらしい。
 これならば茶飲み話の話題になるだろうと紫苑は軽く笑った。
 言うまでもなく楽しいお喋りが主題ではない。
 ストーカーに絆されると言うハゲの間抜けっぷりを晒したいだけだ。

「すとーかー……ですか?」
「え? 何あのハゲそんなモテてんの?」
「天魔、卿なぁ……あれで花形は中々の好漢だぞ」

 呆れたようにフォローするルドルフだが彼の評価に間違いは無い。
 実際のところクラス内でもハゲはよく人に頼られている。
 軽い悩みはハゲに、割と重めの相談なら紫苑に。
 Aクラスの生徒らはぼんやりとそんな風に考えているのだ。

「そういや前もクッキー結構もろてたなぁ」

 合コンの翌日は学校に出て来れなかったがその次の日。
 前日に習ったクッキー作りの腕を奮ってハゲにプレゼントした女生徒がそこそこ居るのだ。
 数でこそルドルフに負けていたが、こう言うものは数ではない。
 大事なのは想いだ――――であればルドルフのそれとも遜色は無いはず。

「こう、花形くんて親しみやすい感じやもんなぁ。好きな女の子がおるのも納得やわ」
「ふぅん……まあ確かのあのハゲ、芸人かってくらいリアクション過剰になる時あるしね」
「とっつきやすい……んでしょうか? それはともかくとして、紫苑さん。詳しく聞かせてくださいな」

 年頃の女子だ、やっぱり他人の色恋にも興味があるらしい。

「これは昨日、大阪に戻って来てからの話なんだがな――――」

 今回に限っては妙な脚色をすることもなく、ありのままを語って聞かせる。
 そもそもからして飾る必要が無いのだ。
 ストーカーに絆されて恋愛感情を抱くなど喜劇以外の何ものでもない。
 何ものでもないのだが……。

「一途に想い続ければ報われる、素敵な話ですね。殿方の趣味はともかくとして」
「良かったねえそのストーカーちゃん。男の趣味はともかく幸せになって欲しいもんだよ」

 栞と天魔は深く感じ入ったらしく何度も頷いている。
 と言うか――――男 の 趣 味 を ど う こ う 言 え る 立 場 で は な い。

「(あるぇー?)」

 不思議に思いつつルドルフと麻衣に目をやると……。

「花形くんって心広いなぁ」
「少々寛大過ぎるとは思うが丸く収まったようで何よりではないか」

 こっちはこっちでハゲの器の広さに感心していた。
 間抜けだ阿呆だ馬鹿だと思っているのは紫苑だけのようだ。

「しかしまたあれだね、文通からって古風にもほどがあるよね」
「ですね。あ……紫苑さん、私達も交換日記など……」

 紫苑さんが、紫苑さんに、紫苑さんは、日記の何パーセントが紫苑で占められることになるだろうか?
 軽く想像するだけでもホラーだ。正常な人間なら書いた人間に入院を勧めるだろう。

「(コ イ ツ ら 感 性 お か し い よ)」

 紫苑の性根が捻くれているだけではなかろうか?

「って言うかあのクソロリが真っ当なアドバイスしたことも驚きだよ」
「クソロリて……でもまあ、あれや。恋する乙女やから応援したかったんちゃう?」
「成るほど、その気持ちは分かります」
「(……超テンション下がったわ。やっぱ俺コイツらと根本的に合わねえ)」

 合わせる気もないだろうに。

「にしても花形くんにホの字の子ってどんな人なんやろねえ?」
「下駄箱に手紙入ってるとか言ってたから同じ学校ではあるんだろうがな(超ブスだったら良いのに)」
「同じクラスだろうか? だとすれば中々に興味をそそられるな」

 ストーカーとその被害者が同じクラスで何食わぬ顔をして授業を受けている。
 何処か薄ら寒いものを感じるのは気のせいだろうか。

「どうせなら夏休み前に知りたかったよね。観察してたら分かったかもしれないし」
「学期明けの楽しみっちゅーことでええやん」
「そうは言ってもまだ一ヶ月以上あるからねー。何か忘れちゃいそうだよ。ハゲのことだし」

 終わりに近付いているとは言えまだ七月は終わっていない。
 まだ八月が丸々と九月の最初だけが休みとして残っている。

「ですねえ。しかし、長期休暇と言うのも気が抜けていけません」

 それも狙いなのだろう。
 休ませて緩ませておいてからの授業だ。切り替えの速さを養うためには丁度良い。

「だが私達はまたギルドからお達しが来るかもしれんぞ?」
「や、それは無いんちゃう? 鎌田さんもうちらが学生やゆーて気ぃ遣ってくれてるみたいやし」
「と言うかルドルフ、お前その目……そのままにしておくのか?」

 岩手での一件でルドルフは左目を失った。
 代替となる義眼も多少値は張るが造ろうと思えば造れる。
 それも生身の目より高性能なものを。だが、彼の左目蓋は未だに閉じられたまま。

「うむ。特に不便も無いし……あの戦いは、私にも大きなものを齎してくれた」

 だからこそ左目は失ったままにしておきたいのだろう。

「(アホじゃねえのコイツ……?)大丈夫なのか?」

 そう言う紫苑も繋げようと思えば繋げられた腕を、
薄汚い思惑で繋げなかったのだからどっこいどっこいである。

「距離感も完全に把握出来たしな。以前と何ら変わりはない
むしろ視覚を一つ失ったことで感覚が鋭くなったくらいだ。
鎌田も気にしてくれていたようだが、私はこの通り何の問題もない」

 身体の一部を欠損する、それは結構な一大事だ。
 だと言うのにルドルフはまるで気に病まずに笑っている。
 ならばこれ以上何を言っても無駄だろう。

「そうか……ならば良いさ(真性のアホだわ。付き合いきれん)」
「カマキリと言えばさ、変わったよねあの人。紫苑くん、何かしたの?」

 楽しげな笑みを浮かべた天魔が話題転換がてら問いを投げる。
 一応問いの体を取ってはいるが彼女は半ば確信していた。
 人を良い方向に導くと言ったら紫苑が関わっているとしか思えないのだ。

「さぁて、な」

 ニヒルな笑みを浮かべて煙に巻いた紫苑だが、
彼にとってカマキリの意識改革は望むところではなかった。
 カマキリのあの神経質で小物っぽいところが大好きだったのだ。
 それが今では真面目さを持ち合わせながらも寛容さを忘れない好漢になってしまっている。

「(つまんねえ野郎になっちまったもんだぜ)」

 世の人間はコイツを楽しませるために生きているわけではない。

「男二人の秘密ってやつかい?」
「(ホモ臭いこと言うなや!)そう大したことではないさ」
「そう言われたら気になるやんな」
「まあまあ余り詮索するのも良くありませんよ」

 とにかく、夏休みの間はギルドからの依頼も来ないだろう。
 そもそもからして既に岩手での救助依頼をこなしているのだ。
 次にギルドの依頼でダンジョンを探索するのは学校が始まってからと言う可能性が高い。
 となると伸び伸び夏休みを満喫出来るわけだ。
 自然と話題もそちらの方向に移っていく。

「お盆に紫苑の郷里に足を運ぶとして、海などにも行きたいものだな」
「(何でもう決定済みなんだよ……そもそも厳密にゃ郷里じゃねえし)海か。随分と行ってないなぁ」
「僕は海苦手なんだよねえ。どっちかって言うと川派」
「私もです。どうにも髪が傷んでしまいますからねえ」
「女の子にとっては死活問題やよね」
「(同感。パサつくあの感じがかなり不愉快だわ)」

 女の子だけでなく紫苑にとっても死活問題のようだ。
 真性ナルシーの奴にとって自慢の髪が傷むのは嫌なのだろう。

「むぅ……海派は私と紫苑だけか?」
「いや、俺もどっちかと言うと川派だな」
「あれ? でも紫苑くんが住んでた御祖父さんの家って海のすぐ近くだよね?」
「まあな。それでも祖父さんは山派だったんだ」
「四面楚歌ではないか! だがまあ、ぶっちゃけ泳げれば何処でも良いのだが」
「せやったら紫苑くんの田舎行く時、水着持ってって皆で川遊びしたらええやん」

 それは良いと盛り上がる四人とは裏腹に冷めていく紫苑。

「(初盆だけでも面倒なのにコイツらまで来るって最悪じゃねえか……)」
「後は浴衣とかも必要じゃない? お盆だし花火やら祭りやらあるだろうし。ねえ?」
「ん? ああ……お盆の時期に開かれる祭りはあるぞ。そう派手なものではないが」

 紫苑自身も少年会に属していたから(嫌々)そう言う行事にも参加している。

「地方の祭りだと、独特なものが多いと聞いたが……。
紫苑の地元の祭りもふんどし一丁の男が一万人くらい集まって、
たった一人の選ばれた男がその中を突っ切ったりするのか?」
「そ ん な わ け が な い だ ろ う」

 少なくとも紫苑の地元でそんな変態染みた祭りは行われていない。

「ちょっと待ってろ……」
「ん?」
「ほら、これ」

 携帯の画像フォルダには祭りの光景が収められた画像が多数あった。
 小学生の時に撮ったものを地元の同級生が送って来たのだ。

「ふむ……普通だな」

 画像に目を通して浮かんだ感想がそれだった。
 だが、ルドルフの感想は正しい。実際に普通なのだ。
 屋台があって、人が居て、花火が上がる……普通の夏祭りでしかない。

「そうだよ。奇を衒ったようなものはやっていない。
伝統芸能の踊りやらはするが、それだって特別目を引くものじゃないしな」
「あ、これひょっとして紫苑くんなん?」

 ルドルフの手元にある携帯を覗き込んでいる麻衣が指差したのは子供達の集合写真だった。

「え、どれどれ?」
「あ、私も見たいです」

 麻衣の言葉に興味を引かれた天魔と栞も画面を覗き込む。
 視線が集まっているのは子供らしからぬ仏頂面をしている子供だ。
 ここから幼さを取り除いて成長させれば今の紫苑になることは想像に難くない。

「この難しそうな顔してる子がそうだよね?」
「……ああ。それが俺だよ」
「うわぁ……ちっさ! 嘘、これ小学生くらいやよね?」

 今でこそ百八十近い身長になったが中学生のある時期まで紫苑は小さく、
当時は自分より大きい人間に対して常にジェラシーを燃やしていたものだ。

「最後にこの祭りに参加した時に撮ったやつだから……六年生だな」
「ふむ、これで笑顔ならば可愛らしい男児なのに……だがまあ、そこが紫苑らしいか」

 クツクツと笑うルドルフ、確かに仏頂面のガキなんて可愛くはないだろう。

「(ふざけんな! エンジェルだろ当時の俺! いや、今だって大天使だよ!!)」

 ちょっと何を言っているか意味が分かりませんね。
 紫苑が天使ならばそこら辺をうろついてる野良犬だって神獣になれるはずだ。

「ちなみに皆の小さい頃はどうだったんだ?(どうせクソ生意気なガキだったんだろ?)」

 そりゃお前だよ。

「ちょっと待ってね……僕は、こんな感じ。これだけは携帯に入れてるんだ」

 これだけは、と言うことは相当思い入れが強いのだろう。
 興味をそそられた四人が画面を覗き込むと……。

「ん、んん? えーっと……こーれーはー……何やろ?」

 画面には小学生くらいの天魔が血塗れのままライオンの頭を足蹴にしてピースサインをしていた。
 背景を見るに何やらアフリカっぽい――――つまりはこれ野生のライオンである。
 全員が全員頬をヒクつかせているが当人は懐かしそうに目を細めている。

「思えばこの頃だったかなぁ……命を賭けて遊ぶことの楽しさを覚えたのは」

 しみじみと語っているが一体どんなシチュエーションを辿れば
野生のライオンとガチバトルする羽目になるのか誰にも分からない。

「(コイツ馬鹿じゃねえの? いや、割と初期から気付いてたけどさ)」
「ドヤ顔してるとこにちょっと腹が立ちますね」
「私も腕白だとよく叱られていたが、流石にこの年齢でここまでのやんちゃはしなかったぞ」
「何だよぅ……つか、他の皆はどうなのさ?」

 そうは言うが小さい頃の写真なんて常に所持しているわけではない。

「んー……なら見せっこする? 今から取って来てもええけど」
「あ、それなら家の者に行かせましょうか。私のを持って来させるついでに」
「ホンマ? せやったらお母さんに連絡しとくわ」
「ふむ……私の写真、祖父が持っていないかな? ちとメイドに聞いて来てもらおう」

 どうやら見せ合いには乗り気らしく未だ幼少期を晒していない三人が動き始める。
 ちなみに紫苑だが、彼は幼少期の写真などは総て祖父の家に置いてあったりする。
 思い出を振り返る性質でもないしアルバムと言うのはこれで結構かさばるのだ。

「紫苑くんは取りに行かないの?」
「ん、俺はもう見せただろ?」
「いやほら……紫苑くんのお父さんとかお母さんがどんな人かなぁって」
「あ、それはうちも興味ある! 紫苑くんそっくりのお父さんと歌が上手なお母さんやよね?」
「(あんなコミュ障と似てる? 冗談じゃねえ!)とは言ってもなぁ。そう言うのは祖父の家だ」
「家に置いていないのか?」
「まあ、な」

 それらしい嘘を吐いておくかと紫苑はカバーストーリーをでっち上げる。

「天魔は知ってるだろうが、父さんと母さんが死んでから俺は新宮に行ったんだ。
で、中学に上がる時にまた大阪に……これからは一人暮らしをするわけだろう?
だったら少しでも強くなろうと思って、昔を感じさせるものは全部置いて来たんだよ」

 思い出は偶に振り返るだけで良い、つまりはそう言うことだ。

「男の旅立ちだものなぁ……うむ、気持ちは何となく分かるぞ」
「そっかぁ……それならお盆に行った時まで我慢するよ」
「(もう決定事項なのかよファック……)ああ、そうしてくれ」

 と、あれこれ話しているルドルフのアルバムが部屋に届く。
 何でも日本に居る祖父のためにルドルフの両親が息子の成長記録も兼ねて送ったそうな。

「何と言うか……今よりも目つき悪いですね」
「うん。何か服とかもわざと着崩してる感じ」
「反抗期やったん?」
「堅苦しいのが嫌な時期だったのよ。しかし何もこんな写真ばかりを送らんでも良いだろうに……」

 とまあ、ここまでが前フリだ。
 紫苑も、他三人も敢えてスルーして来た事実が一つだけある。

「聞きたいんだが……ルドルフ、どの写真にも写ってるこの娘は誰だ?」

 大きな木の前に立ってふんぞり返っているルドルフ(小)。
 だが、写真に写っている人間はルドルフだけではない。
 彼が立っている木の裏側から顔を半分だけ出した少女が存在しているのだ。
 その娘はじとぉ……っとした湿り気のある視線をルドルフに向けている。
 銀髪翠眼でお人形のような顔立ちをしているのに形作る表情はホラー系のそれだ。

「もっそい怖いんやけど。何か怪談に出て来そうな感じ」
「怨み女――――と言った感じですね」
「ひょっとして心霊写真だったりする?」

 だとすればそんな写真をチョイスして送って来たルドルフの両親が怖い。
 成長記録なのか怨み節なのかどう判断しろと言うのだ。

「いやいや、これは当時屋敷に滞在していた許婚よ」
「……お前、婚約者放って日本に来たのか?」
「いやいや、今時家が決めた結婚とないだろう?」

 だったら卿とか言う二人称だって時代錯誤が過ぎるだろう。

「自由恋愛の時代だからな。それに私はこの女が苦手なのだ。
昔から傍にはやって来るが終始この表情で無言なのだぞ? 私にどうしろと言うのか」

 確かにその通りだ。
 大人ならばまだ子供が考えていることを察してあげられるかもしれない。
 だが十にも満たない子供に同年代の子供の気持ちを察しろと言うのは少々難しいだろう。
 尚、紫苑と言う例外は除く。

「好いていた……んでしょうか?」
「この表情じゃ分からないよね」
「だろう? いやな、私もこれでニコニコ笑っているなら良かったのだ」

 そうすれば漠然とではあっても好かれているのだと実感出来る。
 だが無言のままだとどう反応して良いのか分からない。
 スルーするしかないだろうこんなもの。
 もしかしたらルドルフが日本に来た理由の中には彼女から離れたいと言うのもあったかもしれない。

「(コイツも面倒なのに付き纏われてたんだな……)」
『お、同情?』
「(ざまぁねえぜ! やっぱり俺だけが不幸なんてのは間違ってるよな!)」

 雲母にすら同情しない紫苑がルドルフに同情するわけがない。

「まあ私のはそろそろ良いだろう。どれ、次は麻衣だ。見せてくれ」
「ええよー……言うてもうちのは普通やけどな」

 言葉通り麻衣のアルバムに収められている写真はどれも普通だった。
 大量のぬいぐるみに囲まれてピースしているもの、おしゃまなドレスを着て笑っているもの。
 ほっこりとするような写真ばかりだ。

「麻衣さん、昔は髪が長かったんですねえ」
「まあなぁ。でも長い髪って手入れ大変やん? ほら、これこれ」

 指差した写真の中に居るボサボサ頭の麻衣はハサミを掲げて笑っていた。
 麻衣十歳、馬鹿をやらかす――――と書いてある。
 恐らくは母親が書いたのだろう。端的にことを表現し過ぎだ。

「ハサミでスパーっとやったんよ」
「お転婆にもほどがあるでしょ麻衣ちゃん」

 ライオンとガチる天魔はお転婆ではないと言うのか。
 少なくとも自分で髪を切る麻衣の方がよっぽどおしとやかだろう。

「では次は私ですね。どうぞ」
「あ、座敷童。しかも二人」

 栞が差し出したアルバムの中身は圧倒的にツーショットが多かった。
 まったく同じ顔をした童女二人、言うまでもなく栞と紗織、梅香の姉妹だ。
 と言うかこのアルバムを見ていると色々な意味で考えさせられてしまう。
 例えばこのアルバムが最後の一冊なのか……なんて。

「むぅ……その、何だ……色々な意味で反応に困るのだが?」

 ルドルフの言葉は麻衣と紫苑の気持ちを代弁したものでもあった。
 既に崩れた幸せな家族の肖像など見ているだけで欝になりそうだ。
 尚、紫苑の場合は単純に忌まわしい女を思い出したと言う理由だが。

「ああ、愚かな姉のことですか? 私は気にしてませんので皆さんも御気になさらず」

 特に紫苑さん……と静かな声で告げられた瞬間紫苑の背筋に怖気が走る。
 そう、栞は今でも紗織の焼身自殺を根に持っているのだ。

「(安心しろ。紗織のアホが死のうが死ぬまいがお前と付き合う未来はねーから)」

 冷血硬派紫苑くんは他人の生き死にでそのスタイルを変えることはないのだ。

「ところでさぁ、これどっちが栞ちゃんなの?」
「(あ、そう言えば俺も分からねえや)」

 成長した醍醐姉妹はやはり瓜二つだったが顔の傷や火傷と言う差異があった。
 香や傷で区別が出来たのだが写真の中に居る人間の匂いなんて分からないし、
何よりこの段階では栞と紗織が殺し合ってないので傷も刻まれていない。

「赤い髪飾りが愚劣な姉で、白い髪飾りが私ですよ」

 愚劣さで言えばどっこいどっこいではなかろうか?
 共通しているのはどちらも度し難いヤンデレであると言うこと。
 個人の特性としては妹は涼しい顔で元婚約者の家を破滅させるレベルでダークサイドに堕ち、
姉に至っては自分を殺して架空の人間に成りきっている――――もうホントどうしようもない姉妹だ。
 だがまあ惚れてる男もどうしようもないのである意味ではお似合いかもしれない。

「(愚かさで言うなら俺の腕ぶった斬ったお前もだよ)あやとりをしている写真が多いな」
「ええ、糸繰りの練習がてら昔からやっていたんですよ。今でも手慰みにすることもあります」

 瞬時に武器や盾を編み上げるだけあって栞の指先はとても器用だ。
 この写真にあるように幼い頃からあやとりなどで指の訓練をして来たのだろう。

「うちもやったなぁ。天の川が出来た時はめっちゃ嬉しかったもん」
「僕は東京タワーだな。あれ出来た時は思わずガッツポーズしちゃったよ」

 そうして今度は子供の頃やっていた遊びに話題がシフトしていく。
 今でこそ鉄火場で命を懸けて戦っている面々だが子供の頃は普通だったらしい。

「んでなぁ、行き着けの駄菓子屋さんい置いとるチープなお菓子が結構ええ感じなんよ」
「分かるよ。俺もタバコ型チョコとか――――」

 と、その時だった。

"紫苑お兄さんだーい好き♪"

 突然響いたアリスの声に全員が噴き出す。
 音の発生源は床に置かれている紫苑の携帯――――つまり今のは着信音と言うことになる。

「ごほ……ごほ……な、何だ……?(何で俺の携帯の着信音変わってんだよ!!)」

 最近はずっとマナーモードだったから気付かなかったが、
もしかしたら随分と前からこの着信音だったのかもしれない。
 そう考えると紫苑は冷や汗が流れるのを止められなかった。

「(下手なところで鳴らしてたら人間性を疑われてたわ……あんのクソガキィ……!!)」
「あのクソロリが声吹き込んで勝手に設定したんじゃない?」

 ヒクヒクと怒りで頬を震わせる天魔を他所に紫苑は携帯を確認する。
 届いたメールはルークからで帰りに醤油を買って来て欲しいとの内容だった。

「(すっかり主夫業が板についてんな……まあ、便利だから良いけどさ)」

 ふと、天魔がこちらを見ていることに気付く。
 何やら難しい顔をしているようだが……。

「どうした?」
「いや……ちょっと僕の携帯に紫苑くんの声吹き込んでくれない? 天魔、愛してる! って感じで」
「あ、ずるいです! なら、私も……」

 堂々と頼む天魔ともじもじしながら追従する栞に紫苑は眩暈が止められなかった。
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