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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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フッ……貞操帯買わなきゃな

 夜が明けて山を下り、逆鬼家に戻った四人は泥のように眠りについた。
 疲労は重くそのまま全員一日寝て過し期せずしてもう一泊することになってしまう。
 そして翌日、大阪に帰る前に紫苑らは墓地へと足を運んでいた。

「……ごめんなさいね、お母さんは今までずっとあなたを苦しめていた」

 我が子の墓の前に屈んで手を合わせる雲母に倣って三人も手を合わせる。

「でも、もう大丈夫だから。私は生きるわ。あなたが生きられなかった今日を、明日を」

 堕ちるところまで堕ちた、だからもう上を向こう。
 後は這い上がるだけだ。這い上がって――――新しい道を探すのだ。
 痛みを抱えたままでも良い、大事なのは一歩踏み出すこと。
 それを知った今の雲母には強さとしなやかさが生まれていた。

「改めて、皆にも謝らなきゃね。女威ちゃん、アリスちゃん、そして――――紫苑ちゃん」

 立ち上がり、三人と向かい合う。
 その瞳は澄んでおり、あの夜の狂気は完全に消え失せていた。

「ごめんなさい。私のせいで多大な迷惑をかけてしまって……」
「そうだな。だが、それでも私達は友達だ。困っていたら手を差し伸べたい……それは当然だろ?」
「(お 前 大 し て 活 躍 し て ね え だ ろ)」

 紫苑の言わんとすることは分かる。
 だが、友のために総てを捨てて戦ったモジョの気概も酌むべきだろう。

「正直かなりムカツクけど……紫苑お兄さんが戻って来たし不問にしてあげるわ」

 紫苑が雲母の狂気を祓った際にアリスの狂気も霧散した。
 冷静になって色々思いなおすと心から憎めないのだ。
 母の愛はやはり理解出来ない、でも強いものだと言うことは分かった。
 その強さだけは認めてあげるべきかも――そう思ってしまうのだ。
 だからアリスは雲母を心底から憎めずにいた。

「(俺は一生忘れないけどな!)
雲母さんが生きると決めてくれたのならば、俺は何も言うつもりはありません。
だから、ごめんなさいじゃなくて――――ありがとう、それで良いんだと思いますよ」

 一瞬雲母はその言葉にキョトンとするもすぐに笑顔を浮かべる。

「そうね……うん、皆――――ありがとう」

 私と本気で向かい合ってくれてありがとう。
 私が立ち直る切っ掛けをくれてありがとう。
 雲母の"ありがとう"には万感の想いが込められていた。

「雲母、お前はこれからどうするんだ?」

 このまま田舎で穏やかに暮らしていくのか、それとも再び外に出るのか。
 これまでだったらどちらを選ぶにしても心配だった。
 それでも今ならばどの選択でも心から祝福出来る。
 モジョは友の再出発が嬉しくて嬉しくてしょうがなかった。

「まだ、考えてはいないけれど……とりあえず、髪を切ろうかしら?」

 冗談めかして笑う雲母に釣られてモジョも笑った。
 紫苑はそんなくすぐったい空気が心底うざくて唾を吐きたい衝動に駆られる。
 こんな時でもフルスロットルで腐ってるのは流石としか言いようがない。

「なら、決まったら連絡をくれ」
「ええ、必ず」

 そろそろ駅へと向かわねば電車に乗り遅れてしまう。
 名残惜しさを滲ませながらもモジョは親友に別れを告げるが……。

「あ、待って。紫苑ちゃん……これ、持って行ってくれる?」

 そう言って雲母が取り出したのはアムリタが入ったペットボトルだった。

「これは……良いん、ですか?(っしゃキタコレ! 正当な報酬としてバッチリ貰ってやるよ!)」
「ええ。これはきっと、紫苑ちゃんが持っていた方が良いと思うから」

 この先どうするかは決めていないが自分は一度戦いから退いた身だ。
 ならば、今も尚戦い続けている紫苑に渡すのが一番だ。
 そう考えての贈り物だった。
 そこには自分のような喪失を味わって欲しくないと言う雲母の気遣いが込められていた。

「――――ありがたく頂戴します」

 深く頭を下げて、今度こそ墓地を後にし紫苑らは駅へと向かった。
 辿り着くと丁度電車が来たところで三人は即座に電車に乗り込んだ。

「……なあ、春風」
「何ですか?」
「随分と遅れたが――――本当にありがとう」
「(だったら形で示せよ。それが誠意ってもんだろうがクソ婆)
どういたしまして……でも、友達のためって気持ちは分かりますから気にしないでください」

 このええかっこしいめ。
 僅かでも本音を漏らせば随分と生き易いだろうに……。

「私は……本当に、良い生徒を持ったよ。ミラー、お前もありがとうな」
「礼を言われることでもないわ。私は私のしたいようにやっただけだもの」

 紫苑を巻き込んだことは赦せない。
 それでもこうして生きて傍に居てくれると言う事実がアリスの怒りを鎮火させているのだ。
 これで万が一紫苑に何かあったらモジョは……いや、言わぬが花か。

「ああでも、どうしてもって言うなら成績とかに色をつけて良いわよ?」
「(おお! ナイスクソガキ!)」
「フッ……そうしてやりたいが、そんなことをすれば春風は怒るんじゃないか?」
「それもそっか。なら良いわ」
「(何 で だ よ ! !)」

 上げて落とす――――基本である。
 と言うかアリスは冗談で言ったのに何故本気で食い付くのか。

「それより先生、私と紫苑お兄さんは夏休みだから良いけど……先生は大丈夫なの?」
「ん? ああ……そう言えば、そうだった」

 学生はめいっぱい夏休みを享受出来るが教師はそうもいかない。
 夏休みだってちゃんと仕事があるのだ。
 元々二日分の休みしか取っていなかったので今日は無断欠勤と言うことになる。

「やれやれ……大阪に戻ったら一度学校に顔を出さねばな」
「(いっそクビにでもなれば良いのに……)」

 と、そこでふと思い出す。
 紫苑は着替えなどが入っているバッグを探って携帯を取り出す。
 ずっと電源を切りっぱなしだったので着信が入っているかもしれない。
 仲間達やハゲからのクソくだらないメールなどであっても返信しなくてはならない。
 こう言うところで手を抜かない辺り本当に芸が細かい男である。

『電車の中で携帯弄って良いんか?』
「(妙な知識持ってるな……けどそりゃ何百年も前の話だよ。
今でも会話はマナー違反だがメールくらいは咎められないのさ。
携帯だってペースメーカーやらに影響を与えるようなやつじゃねえからな)」

 そんな説明をしながら着信画面を開いて――――速攻で後悔した。
 電話が数十件、メールが数百通……全然笑えない。
 大半が天魔と栞からと言うのも笑えない。

『いっつもすぐ返信してるから心配したんだろうな。愛されてるじゃねえか(笑)』
「(テメェ……何が(笑)だ! 三年林檎抜きだ馬鹿野郎!!)」
『な、何てケツの穴の小さい男だ!?』
「(るっせー! バーカバーカ!!)」

 幼稚な罵倒合戦を繰り広げながらも紫苑は即座にメールを打ち込む。
 内容は謝罪と無事を知らせるのがメインだ。

「(詳しい説明はまた後日……っと、これで良し)」

 まずは優先度が高い天魔と栞にメールを送り、次いでルドルフや麻衣。
 粗方返信し終えると携帯を胸ポケットに放り込み一息つく。

「えらく熱心に携帯を弄っていたが……ふふ、彼女か?」

 その瞬間、アリスが人殺しの目でモジョを睨み付けた。

「ふふ、やぁねえ先生。紫苑お兄さんに今はまだ恋人は居ないわよ?」

 そして将来的に恋人に、ひいてはお嫁さんになるのは自分だ。
 アリスの瞳は何よりも雄弁に語っていた。

「はは、モテモテだな。で、実際どうなんだ?」
「パーティの皆ですよ。返事が出来なかったから心配させたみたいです(嫌味だぞ? 分かってるな?)」
「む……そう、か。すまんな」
「いえ、こちらこそ」

 嫌味のような形になってすまないとフォローは忘れない。
 そうすることで深く考えず発言してしまったとアピールしているのだ。

「変なの。どうして二人して謝り合ってるの?」

 アリスの無邪気な発言に二人は苦笑を浮かべる。
 まあ、片方は意図して作った苦笑だが。

「そうだな……っと、そろそろ乗換えだ。ここからは天王寺まで直だ。忘れ物はないな?」
「大丈夫です」
「私も!」

 特急に乗り換えると車内はガラガラだった。
 荷物を棚に置いた紫苑は深く席に腰掛けて目を閉じようとしたが……。

「ん? どうしたアリス」
「ちょっと聞いて欲しいことがあるの。だから先生は私が声をかけるまで眠っててね?」

 洗脳の力でコテンと寝入ってしまったモジョ。
 ちゃんと寝ていることを確認してからアリスは紫苑に相談を持ちかける。

「えっとね……私が雲母と戦ってる時のことなんだけど……」
「どうかしたのか?」
「いま思うと不思議でしょうがないんだけど、私また変な力が使えたのよ」

 それは紫苑も知っている。あの人の常識を外れた突然の異常なパワーアップだ。
 森中の木々を自由自在に操り、ただの泥から雲母を傷付け得るだけの人形を創造する。
 そんな事象はこれまで見たことも聞いたこともなかった。

「思うだけで木が武器になって、思うだけで泥から下僕が生まれた。
それだけじゃない、それまではあの女にダメージを与えることも出来なかったの。
私と先生の渾身の蹴りだってまるで通じていなかった。
だけど、ああなってからは普通のパンチやキックでもダメージを与えられるようになった」

 冷静になって考えてみるとおかしいことだらけだ。
 どうにも道理を外れている。
 元々洗脳や人形作成など外れ気味ではあったが、あの夜のアリスは輪をかけて異常だった。

「全身に力が漲っていた。出来ないことなんて何もないんじゃないかって思えたわ。
でも、今は不思議とその全能感も不思議な力も消えてしまっている。
あれから木を動かそうと念じてみたりしたけどピクリとも動かなかった」

 そして、異常なのはアリスだけではない。

「それは雲母も同じ。紫苑お兄さんがあの女の狂気を癒した瞬間だったわ。
対峙しているだけで押し潰されてしまいそうな存在感が消失した。
多分今もう一度戦うことになれば、苦戦はしても勝てない相手ではなくなっていると思うの」

 パワーダウンをしたのは雲母も同じ、これは一体どう言うことだ?
 狂気の愛が彼女達を遥か上のステージに押し上げたのかもしれない。
 だが、それにしたっても何かがおかしいのだ。

「精神一つで上下出来る幅を超えている……か(どうでも良いわ)」

 その異常に翻弄されたと当事者だと言うのにこれである。
 喉元過ぎれば何とやら――――紫苑はもう少し過ぎ去ったものに関心を向けるべきだ。

「少なくとも私の常識ではね。紫苑お兄さんは、どう思う?」

 不安げに揺れるアリスの瞳。
 そう、彼女は恐れているのだ。
 現実を侵食しかねないほどに愛を謳った結果、未開の領域に足を踏み入れてしまった。
 そしてそこには理由の分からない恐怖があった。
 単純なそれではない。もっと、根源に刻まれた恐怖だ。
 言語化するのも不可能なそれがアリスに怯えを齎していた。

「お前の不安を解明出来るだけの頭脳、そんなもの俺には無い。でも……」
「でも?」
「分かることだってある――――アリスは俺を護ろうとしてくれた」

 面倒臭くなった紫苑はアリスに飴をやることでこの話題を終わらせようとしている。
 実際、彼女が望んでいるのは原因の究明ではない。
 己が裡に巣食う得体の知れない不安をどうにかして欲しがっているのだ。
 だからこそ紫苑の選択も正しくはあるのだが……何ともスッキリしないのが紫苑らしさと言うべきか。

「未開の領域に立ってしまったお前の恐怖を理解することは出来ない。
でもな、その恐怖に震えるお前を抱いてやることは出来る。
震えが止まるまで抱き締めよう、何時までだってお前の心と身体を抱いてやる。
少しでもその恐怖を忘れられるように、少しでもその恐怖が薄らぐように……な」

 無力な俺を赦してくれ、こんなことしか出来ない俺を赦してくれ。
 アリスを抱き締めたまま耳元でそう囁く紫苑――今日日ホストでもここまではしないだろう。

「伝えるのが遅れたが、言わせてくれ。俺のために戦ってくれて――――ありがとう」
「~~ッッ!」

 耳にかかる紫苑の吐息がやけに熱い。
 ぞくぞくと恐怖以外の理由で震える身体、アリスは今――――興奮していた。

「随分と痛い思いや怖い思いをさせてしまっただろう? ごめんな、そして本当に本当にありがとう」
「……ううん、良いよ。だって、アリスは紫苑お兄さんが大好きだもん」

 そう、何を恐れることがあろうか。
 未知の恐怖や物理的な痛みなど何するものぞ。
 本当に大事な想いを一つ抱き締めていればそれで良いのだ。
 それさえ忘れなければ何があっても大丈夫。
 世界を敵に回そうとも、地獄の炎に焼かれようとも、笑っていられる。
 紫苑の言葉と行動はアリスの中にあった淀みを見事に押し流した。

「でもね、一つだけワガママ言って良い?」

 膝に座ったまま上目遣いで紫苑を見つめるアリス。
 若干卑猥な体勢なので思わず通報したくなってしまう。

「(嫌だ)何だ?」
「キス、して良い?」

 そう問いかけながらもアリスの身体は既に動いていた。
 両手を紫苑の首に回してその顔を下げさせて自分の唇と重ねる。
 何時もの触れるだけのキスではない。
 小さな舌を懸命に動かしながら紫苑の舌を絡め取って総てを貪るような深い口づけだ。

「紫苑お兄さん……紫苑お兄さん……!」

 人間は心の生き物だ。そこが満たされることを何よりも望んでいる。
 アリスの心は誰よりも満ちていた。
 好きだよ、大好きだよ、何万回繰り返しても足りないくらい。
 その気持ちを知ってもらいたいからこそ呼吸も忘れてアリスは口づけに没頭し続ける。

「ん、んん……!」

 淫靡な水音が静かな車内に響き渡る。
 それを奏でている少女の何と妖艶なことか、とてもこの世の生き物とは思えない。
 そんな少女に愛される。世のロリコンからすれば死んでも良いくらいのシチュエーションだが……。

「(ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアス!!!!)」

 紫苑にとっては拷問以外の何ものでもなかった。
 ロリコンじゃないと言うのは正常で良いことなのだが何ともまあ……。
 ここまで想われているのだから少しくらい絆されてもバチは当たらないだろうに。

「(お、おおおおおお俺に唾を飲ませやがった!? 何たる不敬!!
俺がイエスなら十字軍結成してそのまま殺しにかかるレベルの無礼だぜ!!)」

 紫苑とイエスを同列に語るのも十字軍結成レベルの不敬である。
 法皇が助走つけて殴りに来てもおかしくないだろう。

「んぐ……」

 吸い出した紫苑の唾を飲み込み、そっと唇を離す。
 唾液で築かれた橋がやけにイヤラシイがそれを咎める者は誰も居ない。

「えへへ、大人のキスしちゃったわね」

 そして紫苑の耳元に唇を寄せて一言、

「――――次は、この先、かな?」
「(フッ……貞操帯買わなきゃな)」
『あっても引き千切られるのが関の山じゃね?』

 速報、紫苑の貞操は片手で毟り取れるレベルの模様。

「これで一歩リード~♪」

 その後もイチャつくこと数時間、ようやく天王寺だ。
 ホームに着くとモジョを起こして最寄り駅までの電車に乗り換える。

「んー……随分と眠ってしまったな。やはり疲れていたのかもしれん」
「(クソガキにあっさり操られやがって……! お前が起きてればなぁ!!)」
「お前達も今日はゆっくり休むと良い」
「そうしたいところなんですが……今日はもう一つ用事がありまして」
「用事?」
「ええ。花形からメールが来てて……何か相談があるそうなんです。しかも割りと深刻そうなもんで……」

 普通の相談なら理由を付けて断っていただろう。
 だが、大事そうな話ならばそう言うわけにもいかない。

「(薄情な人間だと思われたくねえからな……畜生、何であんなメール寄越すかなあのハゲ)」

 そんな物言いをする人間の情が厚いとはとても思えない件について。

「人気者だな。青春の悩みか何かかな?」
「さあ? 内容は会ってかららしいです。今は学校で俺を待ってるようなので」

 家に帰る前に学校に寄らねばならないのだ。
 心底嫌で心底帰りたいがそれが出来ないのが見栄っ張りの辛いところ。

「そうか……なら、学校までは一緒に行くか」
「あ、紫苑お兄さん。私も着いて行って良い?」
「ん? ああ……花形が席を外してくれと言ったらちゃんと離れてるんだぞ?」
「はーい!」

 とまあ、そう言うことで紫苑は学校にやって来たわけだ。
 待ち合わせ場所である教室に行くと既にハゲはそこに居た。
 若干顔色が悪く、本当に深刻な悩みのようだ。

「おぉ……来てくれたか。まあ座れよ」
「(若干頭の輝きも鈍いな……)ああ、アリスも一緒なんだが……どうする?」

 精神状態で頭頂部の輝きが変わるわけがないだろう。

「いや、構わねえ。別に聞かれて困ることでもねえしな」
「で? 相談ってのは一体……」
「ああ……」

 最初は言い難そうに言葉を濁していたハゲだが、やがて意を決したように口を開く。

「――――俺がストーカーを受けている件について」
「(知 っ た こ っ ち ゃ ね え。と言うか警察行け警察)」

 最近どうにも正論を吐くのが多くなっている件について。

「ハゲストーカーされてるの?」
「おう……いやな、最初は俺も気のせいだと思ってたんだよ」

 アリスにハゲ呼ばわりされているが気にしている様子は無い。
 もう皆にハゲハゲ言われているから慣れたのだろう。

「(じゃあそのまま気のせいってことでスルーしとけや鬱陶しい)」
「気付いたのはゴールデンウィーク明けでな。どうにもその辺りから誰かに見られてる気がしてな」
「ハゲが自意識過剰ってだけじゃないの?」
「こらこらアリス(激しく同意)」

 さらりと毒を吐くアリス。
 一応咎めはするものの紫苑も内心ではハゲの自意識過剰だと思っている。
 大体からして見られている――なんて曖昧な感覚あてになるとは思えないのだ。

「いやな、俺も最初は気にしすぎかしら? なんて思ったわけよ。
何かナルシーみたいでカッコ悪いじゃん? アリスちゃんが言うように自意識過剰かなってさ」

 紫苑のことディスってんじゃねーよ。

「確信を持ったのは例の合コンの後よ」
「あ、そう言えば!」

 ガタン、と音を立てて立ち上がったアリス。
 あの合コンをぶち壊しに来た一人である彼女には何か心当たりがあるのだろうか?

「アリス、何か心当たりがあるのか?」
「このハゲ! よくも紫苑お兄さんを誑かしたわね!? 悪いハゲ! 悪いハゲ!」

 机の中にあった50cm定規でハゲの頭をぶっ叩く。
 バチーン! と景気の良い音が鳴り響き紫苑は思わず吹き出しそうになった。

「痛い痛い痛い!? 痛いってアリスちゃん!」
「お坊さんを見習いなさい! あのハゲは良いハゲよ良いハゲ!」
「(ファーwwwでも坊主は坊主であこぎな商売やってるけどな)アリス、止めなさい」

 祖父の葬儀を取り仕切っただけあってそこらについての知識もある。
 戒名一つにどれだけ金を払わねばならないのかと当時は憤慨したものだ。

「だってぇ……このハゲとっても良くないハゲなのよ?」

 ペチペチとハゲの頭を叩きながら不満を露にしているが、それがまた愉快でしょうがない。
 ここ数日は胃がもたれるようなことばかりだったので尚更そう思う。

「よ、良くないハゲって……」
「……すまんな、花形(ついでに落書きでもしてやりゃ良いのに)」
「いや、まあ良いわ。それより話続けるぜ?」
「ああ。合コンの後に確信を持ったと聞いたが……それは何故?」
「……実はな、手紙が来たんだよ」

 そう言って懐から取り出したのは一枚の可愛らしい便箋だった。
 紫苑はそれを受け取り目を通し始めるのだが……。

「(うわぁ……ふほほほほwwwちょ、やべえこれ……!)」

 "ずっと見ていました。あの、合コンとかそう言うの良くないと思います。
 あんな場所に行かなくても恋人が出来ると思います。
 だって花形くんはとっても良い人だから。
 場を和ませる明るい笑顔、さりげなく人を気遣える優しい心。
 弟さんや妹さんの面倒もしっかり見ていて……きっと素敵な旦那様になると思います。
 あの、きっと居ると思います。花形くんを好きな人。
 なのでああ言う場は……ふしだらだし良くないと思います"

 とまあ、これが触りだ。
 この後も延々とハゲについて書き連ねられている。

「(思います使い過ぎだ馬鹿野郎。どこの低能女が書いたのやら……)」

 これは手紙ではあるが手紙ではない、感情の殴り書きと言うべきか。
 何にしろ手紙の主はコミュ力のある人間ではない――――それが紫苑の見立てだった。

「素敵なラブレターじゃない。付き合っちゃいなさいよ」
「……ところで花形、何故この件を今になって相談したんだ?」

 合コンをやったのは七月の始めで今はもう半ばをとおに過ぎている。
 何だってこんなタイミングで相談して来たのかがまったく分からない。

「と言うかこれをどうしろって言うの? 紫苑お兄さんは警察でも何でも無いわよ?」

 残念ながら紫苑にストーカー規制法を執行出来る権限は無い。
 であればアリスの言う通りしかるべき機関に相談するのが一番なのだが……。

「ああいや、そう言うことじゃないんだ。まだ続きがあってよ」
「(今までの前フリかよ、なげーよ)」
「まあ、何だ……? お前にも分かると思うんだけどよぉ……」

 ポリポリと頬を掻くハゲ、何故だか照れ臭そうだ。
 しかし二人には照れの理由がまったく分からないようで首を傾げている。

「そこまで強く想われたら……満更でもねえって言うかさぁ……」

 重さで地殻をぶち抜くレベルの女達に好かれている紫苑。
 そんな彼ならば自分の気持ちも分かるはずだとハゲは考えているがそれは違う。

「(コ イ ツ 正 気 か ?)」

 どれだけ強く想われてもコイツは絶対に絆されることがないのだ。
 ゆえにハゲがストーカーに情を抱いている現状が信じられない。

「でもよぉ、どうにも照れ屋みてえだから何処の誰かも分かんなくてさぁ」
「(……じゃあ何か? コイツが憔悴してたのって――――恋煩い?)」
「どうすれば良いかな?」

 雲母と言う近年稀に見るアレな女に胃壁を削られた挙句に自傷行為までして、
ようやっと大阪に戻って来たと言うのにそんなくだらない用件で自分を呼び出したのか?
 その理解した瞬間、富士の噴火に匹敵する赫怒が紫苑を襲った。

「(ふ、ふふふふふふざけるなよこのハゲェエエエエエエエエエエエエエエエ!!
全身のあらゆる毛と言う毛を引き抜いてパーフェクトハゲにしてやろうか!?
テメェとストーカーの小さな恋の物語なんて興味ねえんだよ!!
んなもん自分で何とかしろや! 他人に頼るな! それでもタマついてんのかゴルァ!!)」

 紫苑は激怒した。必ず、かの邪智暴虐のハゲの毛を刈らなければならぬと決意した。
 とまあ軽くメロスったところで言わせてもらおう。
 そもそも紫苑には断ると言う選択肢もあったのだ。
 自分のためにここへやって来たのだから素直に協力を示すべきだろう。

「なあ、何か良い案ねえか?」
「そう言われてもなぁ……(思いついたがゼッテー言わねえ)」

 困ったような顔で言いよどむ紫苑だが、策は既に思いついていたりする。

『じゃあ俺様にだけ教えろよ』
「(簡単だよ、ストーカー引きずり出したいってんだろ? ハゲ餌にすれば良いじゃん。
例の視線を感じる時にハゲを逆さ吊りにでもして、下で火を熾せば良い。
んでこう叫んでやれば万事解決だ。
ハゲがどうなっても良いのか!? 出て来い!――――ってな。それで釣り出せるだろうよ)」

 本当に好きならば出て来るはずだし、そうでないならばスッパリと切れるだろう。
 それで万事解決、無駄の無い策だ。

『坊主ファイヤーか』
「(ああ、坊主ファイヤーだ。まあ、穏当な手段が他に無いわけでもないがな)」
『そっちは?』
「(このハゲは言ってなかったが、多分手紙は合コンのことを咎める手紙だけじゃねえ)」

 一通で情が沸くほどにハゲもチョロくはない。
 恐らく合コンの件で危機感を持ったストーカーが他にも手紙を送っているはずだ。
 それを読んでいくうちにハゲも絆されてしまったのだろう。

「(だったらストーカーが覗きそうな……下駄箱や自分家のポストだな。
そこに返信の手紙を置いておけば良い。"俺を見ている名も知らぬあなたへ"って感じでな。
そうやって文通でも始めて距離を詰めてけばそのうち恋も成就するだろうよ。
つかなぁ、こんなんちょっと冷静になって考えりゃ分かるだろ?)」

 それが思いつかないくらい恋の病に蝕まれているハゲに内心で唾を吐く紫苑。
 表面上は良い友人関係を築いていると言うのに何て態度だ。

「ハゲは馬鹿ね。紫苑お兄さんは恋愛ごとはからっきしなのに。
誰かの想いに鈍いわけじゃないけど、そこからどうすれば良いか分からない人よ?
だからこの件に関しては紫苑お兄さんに相談するのは間違いね」
「つってもよぉ……真面目に聞いてくれるのコイツくらいだし」

 いいえ、聞いてません。妙案があるのに口が裂けても言わないつもりです。

「だから私がハゲの恋を手伝ってあげる。ねえハゲ、手紙って実はそれだけじゃないでしょ?」

 得意気なアリスの問いにハゲは若干驚きながらもコクコクと頷く。

「よ、よく分かったな」
「まあね。だったら話は簡単だわ。良い?
その手紙が何時も何処に届くかは知らないけど、消印とか無いから直接届けに来てると見て良いわ。
だったら手紙が届く場所にハゲも手紙を置いておくのよ。
そうね……"名も知らぬ君へ"みたいな感じでね。
そこから文通を始めて徐々に仲良くなって行けば良いんじゃないかしら?」

 胸を張ってドヤ顔をかますアリス。
 ハゲもその手があったか! と驚愕を露にしている。

「(言うんじゃねえよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!)」

 紫苑はハゲの恋が実らないことを心の底から願っているのだ。

「成るほどなぁ……サンキュ、アリスちゃん! 助かったぜ。流石女の子だな!」
「えへへ♪ 私だって恋する乙女だもん」
「やっぱ恋の話題は男より女だな。着眼点が違うぜ!」
「(俺だって思いついてたわ!!)」

 じ ゃ あ 素 直 に 言 え よ。
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