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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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闇討ち大好き★

『おーい紫苑、お前学校行かなくて良いのかよー?』

 現在の時刻は午前十時半。通常の学校では既に授業が始まっている。
 それは冒険者学校でも同じだ。しかし紫苑は未だにベッドの中に居た。

「あー……るっせえなぁ。今日休みなんだよ」

 ちなみに今日は火曜日で祝日でも何でもない。
 なのに未だにゴロゴロしているのには理由があった。
 冒険者学校が嫌になってサボり――――と言うわけではない。
 表面上は優等生ムーブをしている紫苑がそんなことをするわけがない。
 昨夜、紫苑、ルドルフ、栞、麻衣、天魔の五人にヤクザからメールが来たのだ。
 "明日、お前達がやることは特に無いので登校するかは自由にして良い"と。
 なのでお言葉に甘えて紫苑は惰眠を貪っているのだ。

『俺様腹減ったんだけどぉ?』
「知らねえよ、餓死しろカスが」

 順当に考えれば今日戦っている四パーティのうちどれかと戦うことになるのだ。
 だからこその"自由にして良い"との文言。
 敵情視察に来るも良し、自己鍛錬に時間を費やすも良し、そう言う意味でのメールだった。
 なのに紫苑はこれである。大喜びで布団とイチャついている向上心が欠片も見えないこの姿を見れば、ヤクザやモジョもガッカリだろう。
 とは言え、彼らは紫苑が今この瞬間も何某かの努力をしていると思っているのだろうが。
 紫苑もそれが分かっているからこそこうやって惰眠を貪っているのだ。

「俺はまだまだ寝……zzz……」

 再び夢の世界に落ちようとしたその時だった。

「ッ! 誰だよ畜生が!!」

 少し古いラブソングが大音量で鳴り始める。
 その聞き覚えのある歌は携帯の着信音だ。
 自分でマナーにするのを忘れておいてキレる、そこはかとなく駄目さが匂って来る――って言うか駄目な奴そのものだ。
 何時だって自分に責任を求めないその在り方は人間として最悪の部類に入るだろう。

「はいもしもし……」
「栞です。紫苑さん、あなたと外道さんはこれが分かっていたから学校に来なかったのですか?」

 電話越しに響く栞の声には硬さがあった。
 それは学校に来なかったことに対する怒りではなくもっと別の理由によるものだ。

「(あに言ってんだこの日本人形は?)」
「始まって数分で片が着くとは思いませんでした。誰がこんな結果を予想したでしょうか」
「(会話する気あるのかコイツ……!)」

 眠っているところを起こされた上に要領の得ない会話。
 紫苑がキレるのも無理からぬ話だ。

「いえ、あなたと外道さんは予想していたんですね。見る必要は無い、と」

 いい加減電源を切ろうかと紫苑は本気で悩み始めた。

「――――アイリーン・ハーン。明後日、我々と戦うのは彼女のパーティ、いえ彼女でしょうね」
「(む……)」

 アイリーンの名が出たことで思いとどまる。
 その名には聞き覚えがあった、入学初日にテレビで特集されていた将来有望な冒険者の名だ。
 優秀であると言う時点で紫苑にとっては唾棄すべき存在だった。

「始まるや否や一人で突貫し五人を瞬く間に半死半生の状態にしてしまった」
「(ファッ!? 何だそりゃ化け物かよ!? え、そんなんと戦うの!?)」
「……正直、怖気が走りました。あまりにも隔たった力の差に」
「(んなん俺もだよ! 無双ゲーのキャラかよ!!)」

 五人、五人やられたと言うことは前衛後衛関係無しと言うことだ。
 となれば当然、戦う場合は紫苑だって対象から漏れることはない。
 それはとても怖い、半死半生? 絶対嫌だ!
 彼の保身エンジンに火が点る。
 危機が間近に迫ったことで小賢しい頭脳もようやく覚醒を果たしたらしく寝惚けた顔はすっかり引き締まっていた。

「……それでも、勝ちたいのだろう?」
「……はい。昨日の紫苑さんと外道さんの"目覚まし"には胸を打たれました」

 恥ずかしい、己が恥ずかしい。
 浅はかな考えで戦いに臨もうとしていた浅薄な己を心底恥じる。
 ゆえに栞はどうしても勝ちたいのだ。
 自己紹介で大言を吐いていてこの体たらくじゃいけないと強く思うから。

「認識の甘さは理解しました。お知恵を貸して、頂けますか?」

 紫苑や天魔が自分達に何も言わなかったのは未だ認識が不十分だったから。
 栞はそう考えているようだが勿論そんなことはない。
 そもそも今聞かされるまでアイリーンのことなんてすっかり忘れていたのだから。

「ああ、勿論だ。ようやく足並みが揃って来たな――俺の方こそ頼む、力を貸してくれ」
「私にお任せください。私に出来ることは何でもしましょう」

 ん? 今何でもするっつった? と言うのはともかくとして。
 紫苑は金持ちであろう栞に一つの依頼をすることに決める。

「なら、探偵でも何でも良い。そいつらを雇ってアイリーンの情報を集めてくれ。
別に戦い方とかそう言うのじゃないぞ? 調べて欲しいのは彼女の個人史だ。
どんな生い立ちで、どんな趣味趣向をしているのか……。
それこそ図書館でどんな本を借りているのか、そんな些細なところまで余さず調べて欲しい」

 順調に行けば明後日が決戦になる。
 それまでに――出来るなら明日中にでもそれらを集めて欲しいと希望を伝える。

「弱点を探ると言うことですか? ですが……」
「そんなものは出て来ないし戦いの最中にそれを突けるかどうかは分からない」

 でも、やらないよりはずっと良い。
 だって諦めたら半死半生コース一直線なんだもん。
 紫苑の脳内にはボロボロで横たわる己の姿が克明に描かれていた。
 そんな未来予想図はNO THANK YOU!
 痛いのも辛いのも紫苑には無理ー! 怖すぎー!

「嗚呼、申し訳ありません。確かにその通り……全力は、尽くさねばいけませんね。
気付けば何時か靴紐が解ける距離を歩くには、迷っている暇なんてありはしない。
只管に前へ進む……それが"靴紐の紫苑"の生き方ですものね。私も肖りたく思います。」

 心底気に入ってない二つ名を呼ばれ、紫苑の額に青筋が浮かぶ。
 確かに靴紐って言う二つ名は少しばかり滑稽だが、尊敬を込めて呼ばれるのなら別に良いじゃないか。
 そう思わなくもないが紫苑からすれば違うのだろう。

「(誰が靴紐だ! お前なんか呪いの日本人形だろうが!)ああ、分かってくれたなら良い。頼めるか?」

 呪いの日本人形と(心の中で)呼称しているのは紫苑だけである。

「はい……今、うちの人間に命じました。今日中に調べ上げるようにとも」
「(うちの人間!? カーッ! これだから金持ちは嫌いなんだよ)すまんな」

 頼んどいて内心で唾を吐くのは人として最低な行為だ。
 だが何よりも最低なのは紫苑に自分が最低であると言う認識がないことだろう。

「それと、今から会えますか?」
「ん? そりゃまたどうして?」
「無性に紫苑さんの顔が見たいという気持ちもありますが、お手伝いしたいのです」
「手伝い?」
「ええ、情報を纏めた資料は順次家に持って来るよう申し付けたので」

 オーダー内容からして玉石混交になるのは避けられない。
 その中から玉を捜す作業を手伝いたいと栞は申し出ているのだ。

「私の家ならば作業もやり易いでしょう?」
「まあ、確かにそうだな」

 使用人の存在が栞の言葉の節々から感じられる。
 となると家だって相当広いはずだ。
 少なくとも紫苑の住むこのアパートなんかよりはよっぽど。
 それがまた紫苑の嫉妬心と悪意を煽っているのだが栞は当然気付かない。

「そろそろ昼時、食事を用意させるようについでに命じていたのですが……御迷惑、でしたか?」

 不安が混ざった声色、それは電話越しでも十分伝わった。

「いや、ありがたい。行かせてもらう……手伝い、頼めるか?」

 だがその感情を斟酌するほど紫苑は善人ではなく、即答したのはタダ飯と言う言葉に食いついただけだ。
 天魔の時と言い今と言いタダと言う単語に弱過ぎである。

「ならば迎えをそちらに送りますので、住所を教えて頂いても?」
「ああ分かった。うちは――――」

 住所を伝え電話を切った紫苑は寝室を出て洗面台へ向かう。

「喜べカス、金持ちの家で飯が食えるぞ」

 濡れた顔をタオルで拭いながら紫苑が口にしたのはそんな言葉だった。

『え、まずそこ!? 何かすんげえ強い奴と戦うことになるんじゃねえのかよ!!』

 これにはカスもビックリだった。

「馬鹿、二日後のことよりまずは目先の美味い飯だろうが」
『お前の視野狭すぎね?』

 一寸先くらいしか見えてないんじゃなかろうか?

「るっせえ。んぐ……俺は、ひやなこふぉはにゃるべふかんがえないんだよ」

 嫌なことはなるべく考えない、世界はそれを現実逃避と呼ぶんだぜ!

「ペッ……よし、OK。今日も俺の歯は白い」

 歯磨きを終え、鏡の前で無意味に歯を見せ笑って見せる。
 歯は爺になっても使うので紫苑は特に気を遣っていた。
 それだけあってとても綺麗だ。

『……まあ、良いけどさ。俺様も美味い飯は楽しみだし?』
「だろう?」

 言いながら寝室に戻り壁にかけてあった学校指定のシャツを羽織る紫苑。

『おい、今日は学校じゃねえのに何で制服着てるんだよ?』
「馬鹿。これから行くのは良いとこのお嬢さんの家だぞ? ドレスコードってのがあるんだよ」

 時と場所に応じた身嗜みは当然のことだ。
 ええかっこしいの紫苑はそこらを非常に気にしている。

「貴い血が流れてるであろういけ好かない女だからな……正装が良いんだろうが……」

 生憎とスーツなどは持ち合わせていない。
 いや、和風の屋敷と予想出来るから紋付袴? どちらにしろそんなものはない。
 なので学生の正装たる制服を着ることを選んだのだ。

「制服、便利だよな。葬式でも結婚式でもコレ一着でOK、礼を欠かないんだもん」

 紫苑は制服を好んでいる。それは只管に便利だからだ。
 冒険者学校は私服可だが、毎日別のものを着れるほど服は持ってないし、勿体無くてわざわざ買う気にもなれない。
 そんな時、制服と言うやつは便利だ。
 これ一着でこと足りるのだから。金も服を選ぶ時間もかからない。
 その上正装としても使えるのだから文句なしの百点満点だ。

『お前が礼ぃ? 呪いの何たらとか言ってるのは礼に満ちてるってのかよ』
「それはそれ、これはこれ。表向きはバッチリやってんだから文句言うな殺すぞ」

 口に出さなければ何の問題も無いと本気で思っているようだ。

「さて、後はバッジ……バッジ……っと、机に置いてあったか」

 若葉をモチーフにしたバッジを襟元につける、これで完璧だ。
 このバッジは学年を示したものである。
 一年生は若葉、二年生は五分咲きの花、三年生は七分咲きの花をそれぞれモチーフにしている。
 敢えて最高学年を満開にしない辺りに小粋な心遣いが見え隠れしていて何だかとってもむかつく。

「よし、これでOK。ところでなあ、知ってる?」
『あん?』
「このバッジ、わざわざ超のつく有名で勇名なデザイナーに依頼してデザインしてもらったらしいぜ」

 有名はともかく勇名なのはその昔、冒険者として一線級で活躍していたからだそうだ。

「それまで使っていたのがダサいからって十年くらい前にリデザインしてもらったらしくてな。
俺もこのデザインは良いなとは思っているんだが……幾らかかったんだろうなこれ、気になってしゃあないぜ」
『お前の興味はそこか、そこにあるのか。金が好きにもほどがあるだろう」

 なんて馬鹿話をしていると玄関のチャイムが鳴る、迎えが到着したようだ。
 ハンカチとティッシュを懐に忍ばせ紫苑は部屋を出る。

「やあ、おはよう栞。いや、こんにちは、かな?(つか、何だよその格好……ケッ)」

 玄関を開けると白梅の香りが鼻腔を擽る――玄関先に立っていたのは栞だった。
 淡い桃色の着物は桜をモチーフにしているのだろう。
 目を引くが下品な派手さはなく、上品な美しさを演出している。

「ふふ、どちらでもおかしくない時間帯ですものね」

 長い髪をアップにしているのもまた憎らしい!
 ナチュラルに男心を擽る術を心得ているとしか思えない。

「そうだな。ところで、学校からそのまま来たのか?(私服が和装とかないわー)」

 まあこの男には通用しないわけだが。

「それでは車を待たせているので参りましょうか」
「ああ、すまないな」
「いえいえ」

 ドアの施錠をして下に降りると――――これはまた如何にもなリムジンがアパートの前に止まっていた。
 もしかしなくても栞が乗って来たのだろう。

「御嬢様、御客人、どうぞ」

 老年の紳士が後部座席の扉を開ける。
 この待遇事態はVIPな感じで嬉しいものだが、それ以上に紫苑は住む世界が違い過ぎることへの嫉妬が大きかった。

「倉橋、状況は?」
「は、区別なく集めさせている最中で御座います。纏め終わったものは既に屋敷へ」
「よろしい」
「(何がよろしいだ、テメェは何様だっつの)」

 頼んだのお前だろうが。

「(まあ良い。それより、だ)栞、直に見た感想はどうだった?」
「アイリーン・ハーン――――誇張なくAクラス最強かと」
「Aクラスだけ、か?」
「正直、彼我の実力差が開き過ぎていて……底が見えませんでした」

 だから暫定で、確実な基準としてAクラス最強と言う評価を口にしたのだ。

「ルドルフさんも同じ槍の使い手として彼女は強過ぎると仰ってましたし」
「そう、か」

 車内に重い空気が流れる。
 Aクラスに属している者は、その才、実力は単なる学生レベルを大きく超えていると言って良い。
 いきなり本職に混じっても難なくやっていけるだろうと言うのが最低基準。
 その中でも頭一つどころか二つ三つ以上飛び抜けているアイリーン。
 一体どうすれば抑えられると言うのか。

「道筋は、立てられますか?」
「……どうかな」
「ある、とは仰らないのですね」
「気休めを言えるほど器用ではない」

 と言うか気休めの言葉を欲しているのは紫苑の方だ。

「(天魔を肉壁にしたゴリ押し? いや駄目だ。話によるとずば抜けてるらしいからな……)」

 アイリーン以外の四人が居ないと仮定し、五人がかりで天魔を肉壁に使ったとしてもさてどうだろう?
 喰らいつけはするが盾が盾としての用途を終えた時、呆気なく崩れ去るのは自明の理。

「(どうやって……どうやって……俺が無傷で終われる……?)」

 五人を半死半生にしたと言う点を見るに手を抜くような人種ではないだろう。
 であれば前衛三人がやられれば後衛である紫苑にも槍の切っ先が向かうはずだ。

「(まずはチート女以外を排することから始めるべきか)」
「? どうしました?」

 いきなり携帯を取り出した紫苑、何をする気なのか。

「薬師寺だが、どうかしたかね春風くん」
「……戦いは既に始まっている、俺はそう言う認識です」

 紫苑が電話をかけたのはヤクザだった。

「ほう……」

 電話越しに聞こえるヤクザの声は何処か楽しげだ。

「だがまがりなりにも俺達は学生ですからね。
身一つで責任を負う冒険者と違い、学生と言う枠組みに守られている。
となれば伺いを立てておくべきだと判断し、電話をした次第です」

 これから自分がやることに対して、学校側から何かペナルティが与えられるのかどうか――――それを知りたかった。
 だからこその戦いはもう始まっているのかと言う言葉。
 具体的には何も言っていないが、もし咎を負わされた場合、その言葉は盾に出来る。
 ようは――――逃げ道を作っていると言うわけだ。

「戦いは既に始まっていると言う認識に齟齬はありませんね?」

 断定口調だが、紫苑とて馬鹿ではない。
 天魔の一件で何のお咎めもなかったのだ、このパーティ同士の戦いはかなりガチであると理解している。

「……かなり高く評価していたが、その期待に応えてくれて嬉しいよ」

 二人の会話を横から聞いている栞には何が何だか分からなかった。
 それでも紫苑と言う人間が取り繕って見せた表層部分が総てだと思っている彼女は、春風紫苑がやることならば信を置くに値すると考えている。
 ゆえにこそ冷静な面持ちで状況を見守っているのだ。

「何をするかは予想がつかんでもない。甘さと言うものが欠片も無いな春風紫苑」
「(ったりめえだタコスケが)」

 良いからとっとと是非を教えろと苛立つ紫苑。

「ならばこそ私も答えねばなるまい。義理を通してわざわざ連絡してくれたのだから。
これがただ確認するだけと言うのならば黙秘していたが、君は言ったな。
"身一つで責を追う冒険者と違い、学生と言う枠組みに守られている"と。
自分の立場を弁えた上で、その問いを投げたのならば答えざるを得まい」

 紫苑の質問は甘えではない、そう判断したがゆえにヤクザは答える。

「認識に齟齬は無い、まったく以ってな」
「……ありがとうございます。それでは最後に一つ、先生は中立であられる?」
「無論。バラすような真似はしない。ただ、君と同じ質問が来た場合は答えるつもりだがね」

 紫苑と同じように甘えではなく、立場を弁えた上での質問ならば答えると言うヤクザ。
 とは言っても紫苑が質問をして来たことや、何かをしようとしていることまで教える気はない。
 あくまで公平を期すべき部分はしっかりと弁えている。

「これで、先の君の問いで本当に知りたかったことは知れたかな?
「ええ」
「君の強かさで彼女とどう戦うか、個人的にも楽しみにしているよ。ではな」

 それだけ言って電話は切れた。
 紫苑はとりあえずの確認が取れたことで、脳内で練っていたプランの実行を決意する。

「――――やはり、策はあったのですね」

 電話が終わるのを見届けてから栞が声をかける。
 その顔は花のように綻んでいるが、紫苑からすれば何が嬉しいのかまったく分からない。
 何せそのプランは、

「……違うな。あくまでこれは最低限やっておくべきことだ」

 アイリーン打倒に繋げる策ではあるが致命傷を与えられるものではないのだから。
 やるからには徹底的に。
 敗北に繋がる可能性は徹底的に殺ぎ落とし、勝利に至る可能性はどんな小さなものでも積み上げる。
 紫苑はやれる限りを尽くすつもりだ。

「私には紫苑さんが何を考えているか分かりません」
「(だろうな。俺のように高尚な人間の考えは貴様如きには理解出来んよ)」

 どの口で高尚とか言っちゃってるのか。
 どう考えても下賤とか下劣とかそう言う類のものだろうに。

「ですが、そうやって本気で戦っている姿は――――見ているだけで勇気をくれます」
「勇気?」
「そう、勝てる可能性は零ではないのだと」
「……」
『どうしたよ?』
「(いや、褒められるのは気分良いんだがコイツが調子に乗ってるのはむかつくなぁって)」

 何て七面倒臭い男なのだろう。

「勇気、か。俺が他者に勇気を与えられる人間ならばそれほど嬉しいことはない」

 くすくすと笑い合う二人。絵にはなっているが、片方が酷いので何とも微妙な気分だ。
 まあ、ある意味で両方酷いのだが栞の場合はまだ未覚醒なのでセーフと言えよう。

「御嬢様、御客人、着きましたよ」

 紫苑が話に夢中になっている間に車は目的地に到着していた。
 高級住宅街の一角にある馬鹿でかい御屋敷、格差社会ここに極まれリだ。

「紫苑さん、まずは食事にしましょう。お腹が空いては何とやらです」
「あ、ああ……」
「? どうされました?」
「いや、少しばかり気後れしてな。一応正装として制服を着て来たりしたのだが……」

 やっぱり場違いな気がして来たと紫苑は苦笑する。
 よくよく考えればリアル豪邸にお邪魔するなど初めての経験だった。
 誰にもバレずに放火出来る能力とか欲しいなぁと考えてしまう辺り紫苑は最低だ。

「ああ、どうして制服なのかと思っていましたが……ふふ、真面目な方ですね」

 そう言う形式ばったことは必要ないと笑う栞。

「ですが、やはり好感が持てます。ささ、こちらへ」

 馬鹿長い廊下を進む二人。
 所々で置かれている調度品の値段などを妄想すると眩暈がしそうだ。

「ああ、失念していたのですが紫苑さんは好き嫌いなどは?」
「……恥ずかしながらトマトだけはどうも」
「まあ、それは何故?」
「あの感触がなぁ……ぷちゅっと口の中で潰れて汁と種が……」

 想像するだけで吐き気がすると紫苑は首を振る。

「存外、子供らしいこともあるようで。御安心ください、今日の昼食にトマトはありませんので」
「それは助かる」

 二人が食堂に入り席に着くとすぐさま一品目がやって来る。

「……飯、汁、向付――――懐石か?」

 おしぼりで手を拭きながら運ばれて来た料理について栞に問う。

「ええ、ですが形式は不要です。御好きに召し上がってくださいな」
「助かる」

 食事が始まってしばしの間無言だったが、吸い物が出て来た辺りで栞が口を開く。

「食事中に無作法な気もしますが、よろしいでしょうか?」
「何だろうか?(美味いなぁ……つか、ナチュラルに酒とか出されてるけど良いのか?)」
「車内で聞いた"最低限やっておくべきこと"についてお聞かせ願えますか?」

 信じているとは言え不安は不安なのだろう。

「……そうだな、先に説明しておくか。ああ、だがその前に」
「その前に?」
「この家にルドルフ、天魔、桝谷を呼んでも構わないか?」
「ええ、それは構いませんが……」
「直接言っておくべき事柄だからな」

 一旦箸を置き、真っ直ぐ栞を見つめる。

「まず前提として俺達の敵はアイリーン・ハーンだけではない。そこは分かるな?」
「ええ、パーティですからね。承知しています」
「如何な策を練ろうともアイリーン以外の人間に阻止される可能性がある」

 つまり前提としてどんな策を実行するにしても不確定要素である、他の四人を除いておくことが必要不可欠なのだ。

「――――決戦までに闇に乗じて他の四人を襲い戦いに出て来れないようにする」
「ッ! そ、それは……」

 紫苑の構想としてはこうだ。
 パーティとしての時間を終えて個人の時間に入っているであろう他の四人を各個撃破。
 その際にこちらに消耗があってはいけない。
 一人に対して前衛三人で確実に潰すのが良いだろう。

「ルドルフやお前には戦士としての矜持と言うものもあろう。それは理解している」

 ちなみに紫苑にはそんなもの欠片も無い。

「だが思い出せ」

 栞が難色を示すことは分かっていた。
 だからこそヤクザに連絡を取ったのだ。
 無論、保身のためと言うのもあるがそれだけではなかった。
 頭の固い連中を説き伏せる材料を得るためでもあったのだ。

「戦いは既に始まっていると言う認識に齟齬は無いと先生は言っていただろう?」

 加えてヤクザは紫苑のやろうとしていることに見当がついているとも。
 闇討ちに関しての許可証を貰ったも当然だった。
 それくらいやってみせてこそだとあの教師は言っていたのだ。

「……」
「俺の案に乗るも乗らぬも自由だが、しかしこれは勝つための策だ」

 俯く栞を諭すように紫苑は言葉を連ねていく。

「……四人を排したとて決戦が延期されれば?」
「それはあり得んだろう」

 戦いは既に始まっていると言うのならば欠員が出たからとて延期はあり得ない。
 むしろヤクザならこう言うだろう"やられる方が悪い"と。

「何も殺せとは言っていない。明後日戦いの場に出て来れないようにするだけだ」

 それで最低条件はクリア出来る。
 まだ本命を射止めるための策は出来ていないが、それでも下準備として四人の排除は必須。

「……つくづく、恥ずかしい」
「ん?」
「昨日、紫苑さんと外道さんに喝を入れられ気持ちを入れ替えたのに……まだ認識が甘かったようです」

 本気になることの意味を分かっていなかったと栞は懺悔する。
 紫苑や天魔の足を引っ張りかねない自分の甘さが心底憎いと。
 とは言え、栞が非情になれないのも無理からぬこと。
 かつて犯した罪、それがあるからこそ正道を行きたがる。
 醍醐栞が抱える闇、その弊害と言えよう。

「分かりました、やりましょう。他の四人の所在などについては此方で調べさせます」
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