挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

57/204

■■の宴

 百合との事故キスより三日後のこと。
 桃鞍女威ことモジョは天王寺駅にて人を待っていた。
 今日も今日とてジャージ眼鏡のポニーテールと言う女を捨てた出で立ちだが本人はまるで気にしていない。

「……ふぅ」

 普通の女性に比べれば肝が据わりすぎているモジョだが、今日は些か緊張していた。
 これから待ち人と共に会いに行く人間のことを考えると、どうしても身体が強張ってしまうのだ。
 だが、教師として務めは果たさねばならない。
 その責任感がゆえに逃げることは出来ない。

「――――すいません、お待たせしました」

 待ち人来る、それは誰あろう春風紫苑だった。
 黒のパンツに清涼感のある青い薄手のカーディガンを羽織ったラフな格好だが、
今日は別に学校に行くわけでもないので問題は無い。

「む、来たか春風……って、ミラーも?」

 モジョが少し驚いたように目を見開く。
 そう、紫苑の傍らに居るアリスだ。
 背中が大きく開いてはいるが上品さを損なわせていない黒のワンピースは余所行きのものだろう。
 つまりは紫苑に同行するつもりなのだ。

「すいません。どうしてもってごねられまして……。
ですが、大事な話をする時は席を外させますのでご勘弁ください」
「私も行って良いわよね? 桃鞍先生♪」

 妖しく煌くアリスの瞳。
 洗脳の力を行使することによって同行を許可させるつもりなのだ。

「分かった。それならば良いだろう」

 モジョは全学年のAクラスを統括している。
 その立場に居る以上、実力は確かなものだ。それでもアリスの洗脳には抗えない。

「わーい! やったぁ♪」
「はぁ……ちゃんと言うことを聞くんだぞアリス」
「むぅ……分かってるもん。でも、紫苑お兄さんも酷いわ」

 唇を尖らせて抗議するアリス、彼女の言い分は実にシンプルだ。
 岩手から戻って来たと言うのに数日でまた遠出。
 自分を独りにしないで欲しい――――それがアリスがここに居る理由だ。

「それは……すまない(何で謝らにゃならんのだクソが!)」
「ううん、私もワガママ言ってごめんなさい。でも、本当に寂しかったの」

 シュン、とうな垂れたアリスを紫苑は嫌々抱き締める。
 こうやって機嫌を取らねば色々と不安なのだ。

「それで桃鞍先生、何処へ行くんですか?」

 生き残った一人に会いに行くとは聞いていた、だが場所までは聞いていないのだ。

「ん、む……まあ、私の田舎だ。そこに、アイツも居る」

 多くは語らずにキップを差し出すモジョ。

「ミラーの分は私のを使え。私は新しく買って来るから」

 少し待っていろと言い含めてモジョは窓口へと向かって行った。

「(奢りか……ラッキーだな。でも、奢りは俺だけで良いのに……)」
「桃鞍先生、ちょっと緊張してるわね」

 ポツリとアリスが呟く。
 モジョの空気が少しおかしいのは紫苑も察していたので素直に同意を示す。

「ああ。鉄火場にでも向かうような緊張感を放っている」
『危なくないんか?』
「(バーカ。モジョとクソガキの二人が居るんだぜ? 大抵のことは何とかならぁ)」

 これがダンジョンならまだしも向かうのはモジョの故郷。
 そこに一体何の危険が待ち受けていると言うのか。
 紫苑の楽観は今日も絶好調だった。
 こんな風に甘く見て何度も痛い目に遭っているのにこの男、まるで成長していない……。

「そうね……うん、確かにそんな感じ。でも大丈夫、紫苑お兄さんはアリスが護るわ」
「フッ……それは頼もしいな。なら、安心して護られるとしよう」
「うん! 任せて頂戴な♪」

 わー! と両手を挙げてやる気をアピールしているのだろう。
 すれ違う人々はそれを微笑ましそうに見ているが紫苑は別。
 小さな笑顔の下に心底うざいと言う本音を忍ばせている。

「ねえねえ、紫苑お兄さん。抱っこして?」
「アリスは甘えん坊だな」

 苦笑しつつもアリスを抱きかかえる紫苑だが、ふとあることを思い出す。

「(……そう言えば俺、あの馬鹿金髪を抱っこしたんだよな)」
『ああ、見事なお姫様抱っこだったぜ』
「(うっわ……テンション下がるわぁ……まだこのクソガキのがなんぼかマシじゃね?)」

 男を抱くよりかは女を抱く方が良い、男にとってそれは真理だ。
 ルドルフよりは……そう考えると今腕に抱いているアリスが愛おしく思えなくもない。
 羽のように軽い小さな小さな少女。中身はともかく外見は紛うことなき美少女なのだ。
 それをお姫様抱っこ出来ると言うのは幸せ、

「(あ、やっぱねえわ。お姫様抱っこするなら大天使百合ちゃんのが良いわ)」

 と言うわけでもなさそうだ。

「待たせた。そろそろ電車が来る、行こう」
「分かりました」

 改札を通ってホームに辿り着くと既に電車は到着していた。
 手元のキップを眺めながら乗り込む紫苑だがそこに書かれた地名には見覚えが無い。

「ねえ桃鞍先生、先生の故郷って何処なの?」

 それはアリスも同じようで小首を傾げている。

「まあ……あまり知られているような場所ではないな。
このキップで行けるのは一番大きな駅までで、そこから更に鈍行を乗り継がなにゃならん。
正直、子供のお前達にはつまらない町だろう。私もそうだった」
「へー、じゃあド田舎なのね?」
「こらアリス!」
「構わん。その認識で間違えはないしな。そこそこ有名なのは温泉ぐらいだ」

 若者が楽しめるようなものは何一つない、そう言ってモジョは笑った。
 彼女が知る生き残った一人に会うのは複雑な心境なのだろう。
 それでも田舎に帰ること自体は楽しんでいるようだ。

「ふぅん……それが嫌で先生は先生になったの?」
「(おら大阪さ行ぐだ! ですね、分かります。東京に行けよ東京に)」

 そしてベコを飼うのだ。

「最初になったのは冒険者だ。でなくば教師になれんだろう?」
「ああ、そう言えばそっか」

 冒険者学校の教員は単純に教員免許を取得すれば良いと言うものではない。
 確かに高校の教員免許も必須だが、
それにプラスして冒険者として一定期間活動している必要もあるのだ。
 これがギルド職員なら活動期間が必要ない場合もあるが教師の場合は必須。
 次代の冒険者育成を担う以上、現場を知らなければいけないのだ。

「十七年前……つまり十五の時だな、私は田舎を飛び出した」
「と言うことは先生、冒険者学校は卒業してないので?(低学歴乙)」
「ああ。直にギルドで登録を済ませたが……今になっても思えば学校は行くべきだった」

 学校を卒業せずとも素養と一定年齢を超えていれば正規の冒険者になるのは可能だ。
 しかし普通の勉強もそうだが、冒険者学校で学ぶことの多くは実戦で役に立つものばかり。
 それを学んで損はなく、だからこそ多くの子供達が冒険者学校に入学するのだ。
 それ抜きでいきなり冒険者としてスタートすると言うのは中々に度胸が必要だろう。

「私も若かった。少々無謀だったと言わざるを得んな」
「ですが先生は今もこうやって生きて、立派に教師やってる……凄いですね」
「辛いこともあったが……私と共に郷里を飛び出した幼馴染が三人も居たからな」
「お友達と冒険者を始めたの?」
「ああ。女ばかりで少々舐められもしたが、それに屈するかと我武者羅に頑張った」

 四人で借りた小さなアパートでの共同生活。
 炊事も掃除もロクに出来ない駄目女ばかりで、下着なんてあちこちに転がっていた。
 今にして思えば何とも情けない生活ぶり。それでもあの時間は掛け替えのない思い出だ。
 喪った今だからこそ余計にそう思える。
 モジョの顔には僅かばかりの哀切が滲んでいた。

「クローニンなのね」
「いいや、そうでもないさ。友達が居たからな、辛さは四分割で喜びは四倍だ」
「(何カッコつけてんだか。考え無しの馬鹿が馬鹿やってただけだろうに)」

 考え無しの馬鹿ならここにも一人居る模様。

「でも先生。冒険者学校を出ずに直でってことは……。
ダンジョンに入った経験なんて無いわけですよね?」
「まあな」
「大丈夫だったんですか?」

 知識としてモンスターなどが存在しているのは知っている。
 だが、直に対峙して戦うとなるといきなりでは身が竦んでしまうかもしれない。
 それが女の子なら尚更だ。
 そうならないように学校ではまず最初に振り分け試験で
学校の管轄にある比較的命の危険が少ないダンジョンに生徒を送り込む。
 そこで軽く空気と言うものを肌に染み込ませるのだ。
 それから後も実習の授業などで徐々に慣らしていくと言うのが定石である。
 だと言うのにモジョと愉快な仲間三人はそれを経験していない。

「戦い自体は大丈夫だった。言っちゃ何だが、私が頭一つ二つ抜きん出ていたからな」
「(ってことは俺らと同い年くらいの時、コイツはA相当だったわけだ……ケッ)」

 頭一つ二つ飛び抜けていたと言うのは何も単純なスペックだけではない。
 初めて入るダンジョン、初めて戦うモンスター。
 それらを前にしても動じないだけの精神性を持っていたと言うわけだ。
 学校に入っていれば確実にAクラス入りしていただろう。

「ただまあ……倒した後が問題でなぁ……」

 照れ臭そうに笑うモジョだが紫苑もアリスもいまいち意味が分からない。

「どうして? 倒したのならそこで終わりじゃないの」
「いやほら、モンスターを倒すと血やらモツが飛び出すだろう?」
「……ああ、そう言う意味ですか」
「うん。私以外の三人はキャーキャー言ってたよ」

 血や臓物にはどうしたって生理的嫌悪を抱いてしまう。
 同じ種族である人間のそれですら忌避してしまうのに異種族のものなら尚更だ。

「血ぐらい何だってんだと思うがな。私ら女は月に一度ドバドバ血を流してるんだし」

 呵呵大笑するモジョだが……その発言は如何なものだろうか?
 端的に言ってセクハラ。この場に男が居ることを少しは考えるべきだ。

「……先生、その発言はどうかと(んなだからお前は喪女なんだモジョ!)」
「おっとすまんな」
「???」
「(あれ? 何でこのクソガキは首を傾げて――――え? マジ?)」

 よく分からないと言った風に首を傾げているアリスを見てある可能性に辿り着く。
 いや、その可能性があっても不思議ではないのだが……。

『どうしたよ?』
「(……このガキ、多分月のもの来てない)」

 むしろ気付くのが遅過ぎると言うべきか。
 同棲状態なのにそう言う用品や様子が窺えなかったのだから。

『お前マジであのガキに関心ねーのな』
「(ったりめぇだろ。何で俺があんなクソガキを気にかけにゃならんのだ。にしても……)」

 チラリとアリスを見やる。
 その特異性については紫苑も知っていた。
 だがこうして日常の何でもない場面でそれを実感させられるのは妙な気分だ。

「(ま、どーでも良いやな)ところで先生。
初任給――と言うのも変ですが初めて自分で稼いだお金は何に使ったんです?」
「初めて稼いだ金か……うーん、何に使ったかな? 多分公共料金とかの支払いだ」

 電気代かガス代のどちらかを滞納してて止められる寸前だったので、
慌てて二十四時間営業、働く皆の頼れる味方であるコンビニに駆け込んだとモジョは語る。

「それはまた何とも夢が無い……」
「そう言う春風は何に使ったんだ?」
「俺は……少し贅沢して美味しいものを食べに行きました」
「普通――だがまあ、学生らしいっちゃ学生らしいか」

 初任給、親に何かを買ってあげると言う選択をする人間も多いだろう。
 実際にハゲなどは四月分の給料で両親に旅行をプレゼントしたらしい。
 だが生憎と紫苑は親類が居らず自分のために使うしかない。

「ちなみにアリスはどうなんだ?」

 アリスが元居た長崎校では表向き特別クラスは存在しなかった。
 なので大阪校のように給料が払われると言うこともなかったらしい。
 だが今の彼女は大阪校のAクラスに属している。
 六月からの転校だったからその月の分は既に支払われているはずだ。

「あー……そう言えばお給料が出ていたのね」
「忘れてたのか?」
「うん。特に興味も無かったし」

 これまでアリスは金銭に不自由したことがないし稼ごうと思えば幾らでも稼ぐことが出来る。
 なので金銭に対する執着が酷く薄い。
 Aクラスに入ると言うことで新たに口座を開設したものの確認すらしていないのだ。
 管理はルークがやっているもののアリスが大阪校で得た分には手をつけていないだろう。
 生活費などは自分の給料でまかなっているはずだ。
 その他必要に応じて引き出す分にしても家賃収入だったり遺産用の口座だったりから引き出している。
 なので初任給に関しては手付かずのままで残っているはずだ。

「(……俺やっぱ金持ち嫌いだわ! 反吐が出るぜ!!)」
『まあまあ落ち着きなさいよ』

 紫苑もアリスと同じように金銭に不自由したことはない。
 特別金持ちと言うわけでもないが普通に生活する分に関してはまったく問題がなかった。
 だが、根がケチなのでアリスのそう言う素っ気無さが鼻についてしょうがないのだ。

「ならばミラーはまったく使っていないのか?」
「そうよ。でも、使った方が良いのかしら?」
「それは好きにしたら良い。だが、初めて自分の力で稼いだお金だ」

 特別であるのは間違いない。
 だから、使う時が来たらちゃんと考えて使うべきだ。
 モジョの教えにふんふんと頷くアリス。

「なら……紫苑お兄さんに、プレゼントを買いたいわ」
「(だ っ た ら 丸 々 金 寄 越 せ)」

 先ほどまでディスっていたと言うのにこれだ。
 日本人のくせに恥の文化が備わっていないのだろうか?
 この人間失格男は恥の多い生涯を送っているにもほどがある。

「お兄さん、何か欲しいものある?」

 上目遣いでアリスは問うた。
 アリス・ミラーにとって春風紫苑と言う人間は語るまでもなく特別だ。
 孤独の闇から自分を救い出して惜しみない愛をくれる大切な人。
 だから感謝の気持ちを伝えたい。
 言葉で、態度で、行動でそれを伝えて来たがまだ足りない。
 贈り物と言うのならば兎人形を贈ったこともある。
 だがそれは余りにも色気が無さ過ぎるだろう。
 どうせならちゃんとした形でプレゼントを贈りたいと言うのが乙女心と言うものだ。

「欲しいもの……か(富と名声が欲しい)」

 俗物め! と一喝して引っ叩いてやったらさぞ気持ち良いだろう。

「何でも良いのよ?」
「困ったな……そう言うの、慣れてないんだ」

 両親が生きていた頃もそう。
 誕生日プレゼントやクリスマスプレゼントで何が欲しい? と聞かれても答えられなかった。
 昔から富と名声は欲しがっていたがそれをプレゼントで望むわけにはいかない。
 表面上良い子を装っているのなら尚更だ。
 結果として、何もワガママを言わない子供が出来上がってしまった。
 両親が死んだ後もそう。
 祖父が誕生日やクリスマスの度に祝ってくれたが何も希望は言わなかった。
 祖父もまたプレゼントを考えるのが苦手で、結果としてお金と言う形に落ち着いてしまった。

「(改めて思ったが……自発的に望んで何かを貰った覚えねえや)」

 両親と祖父が死去してからもそうだ。
 ルドルフから正装をプレゼントされたがそれにしたって自分から欲したわけではない。

『じゃあ林檎系のスイーツ頼もうぜ!』
「(スイーツ(笑)って……つーかお前は関係ねえから黙ってろ)」
「欲しいもの、無いの?」

 悲しそうな顔をしているアリスを見て良い気味だとは思うが放置しておくのはよろしくない。
 心底面倒だがケアをせねばと紫苑は気を引き締める。

「……ワガママを言って、良いかな?」

 その言葉を聞いた途端にアリスの瞳がキラキラと輝きだした。
 紫苑のワガママ、そしてそれを叶えられるのは自分だけの権利。
 そう思うと嬉しくて嬉しくてしょうがないのだ。

「うん! 何でも言って!!」
「アリス――――沢山悩んでくれ、沢山考えてくれ、ああでもないこうでもないって。
お前が俺のために、俺だけのために一生懸命悩み抜いて選んだ贈り物が欲しい」

 それは結局のところ希望が無いのと同じではなかろうか?

「その贈り物が何であれ、アリスの心が詰まったそれは……きっと掛け替えの無いものになる」
「アリスの心……」

 予想外の返答。
 だがそれは決して嫌なものではなく、嬉しくも照れ臭いワガママだった。

「……分かった。私、沢山悩むわね。
そして、アリスの気持ちが沢山詰まったプレゼントを贈るわ!」

 多分どんなに気持ちを込めても足りないだろう。
 それでも精一杯をあなたに届けたい――――純真無垢な少女の祈り。
 それはきっと、どんな宝石にも勝る美しいものだ。

「ああ、楽しみにしている(欠片も期待しちゃいないがな)」

 美しい祈りもこの男にとっては路傍の石以下でしかないのだから泣けて来る。

「……仲が良いな、お前達は」

 二人の様子を黙って見つめていたモジョがポツリと呟く。
 哀愁滲むその声色は過ぎ去った青春への後悔か。

「当然よ。私と紫苑お兄さんは将来結婚するんだもん!」
「(お前と結婚するくらいなら俺は腹を掻っ捌いてやるよ)」
『ホントにホントに?』
「(世界の果てまで逃げてやるよ!)」

 あっさり前言を覆した挙句、恥じらい一つも混じっていない。
 春風紫苑の手首は常にフル稼働である。

「お嫁さん、か」
「えへへ、旦那様と二人っきりで幸せに暮らすのよ♪」

 明るい未来予想図を描くアリスだが、一つだけ気になることがあった。

「先生は結婚しないの?」
「(空気読めてないけどナイスだなお前!)」

 三十路女の痛いところを突きたくて突きたくてしょうがなかった。
 だが世間体が邪魔をしてそれを赦してくれない。
 なのでアリスのこの発言は渡りに船だった。

「結婚なぁ……」
「正直服とか眼鏡とかダサいけど外して着飾れば凄い美人じゃない」

 アリスチェック的に言うならばまずジャージ、これはない。
 部屋着としてなら悪くもないが常にジャージと言うのは良くない。
 次に眼鏡、これが良いと言う人も居るだろう。
 コンタクトにしろとは言わないが洒落っ気のある眼鏡にするべきだ。

「後は髪型ね。ポニーテールも悪くないけど服装によっては変えるべきよ。
それと最低限の手入れしかしてないようだし、これからは気を付けた方が良いわ。
私はそんなことしなくても平気だけど……普通はもっと手間をかけるべきよ」

 現にアリスは母の人形を稼動させている時はしっかり手入れを行っていた。
 別に愛着があったわけではく、あくまで自分のため。
 表向きは自分の母と言う役割を担わせるのだから、
それがみっともない格好をしているのはプライドが許さなかったのだ。

「アクセサリーなんかは……そうねえ、先生は先生だものね。
派手なものは駄目だろうけど、イヤリングくらいなら着けても損はないかも。
ああでも、着けるならジャージは駄目よジャージは。不釣合いにもほどがあるから」

 マシンガンの如く放たれる指摘に流石のモジョもたじたじだ。

「い、いや……私はこれで特に不満はないんだが……」
「もう! そんなんじゃお嫁さんになれないわよ?」
「お嫁さんなぁ……昔はともかく、今はもうなりたいとは思えんのだ」

 一瞬、ほんの一瞬少しだけ寂しそうな顔を覗かせたが気付いたのは紫苑だけだった。

「じゃあ昔は憧れてたの? 何で今はなりたいと思えないの? 年齢のせい?」
「(ズバズバ言いやがるなぁ……ある意味羨ましいわ)」
『そう言うお前もあの紗織とか言う女にはズバズバやってたじゃん』

 加えて言うならズバズバ質問してるアリスも紫苑の被害者である。
 自覚していない疵を自覚させられただけでなく、その疵口をグリグリと抉られたのだから。

「……そう、だな。丁度良い、話しておくか」
「もしや、これから会いに行く方とも関係が?」
「ああ……何処まで口にするべきか迷うが……話せるところまでは話す」

 どの道会いに行くのは避けられない。
 躊躇っているのはモジョ自身が消化し切れていないだけ。

「私が冒険者だった頃の話に戻るぞ。
最初の数年こそ苦労の連続だったが十八になる頃にはそれなりに上手くやれるようになっていた。
さっき、私は三人の幼馴染と一緒に冒険者をやっていると言ったな?」
「ええ。ダンジョンに潜る最適数に届いていませんよね」
「そう、そこだ。基本的には四人でやっていたが時々臨時で五人目と組んだりもした」

 その場限りの増員と言うのはそう珍しいことでもない。

「ある時受けた依頼は五人指定でな、ギルドに冒険者の斡旋を頼んだ。
その時に来たのが……私の、私達の幼馴染だった」
「三人とはまた別の、と言うことですか?」
「ああ。私達より一年早くに田舎を飛び出した子でな……冒険者をやっていることすら知らなかった」
「(……これから会うのはその五人目、か。話の流れ的に)」

 そしてそいつは厄介な人間なのだろう。

「四年、たった四年会わなかっただけだ。なのに、彼女――逆鬼雲母は随分様変わりしていた。
……色々な喪失があったんだ。酷い男に騙されたりして、な」

 そのこともあってモジョから結婚願望が消え失せたのだろうか?

「悲しい、とても悲しい瞳をしていたよ。
仲が良かったからな……皆ショックだったし放って置けなかった。
それで臨時じゃなく正式なメンバーとして雲母を迎え入れたんだ。
優秀だし、よく気がつく良い子でな。随分と助けられたよ……私が教師になれたのも彼女のおかげだ」

 リーダーとしてパーティを率いていたモジョだが、
ある時から冒険者学校で教師を務めたいと言う夢が生まれた。
 冒険者としての活動期間は十分、だが教員免許が無い。
 取得するためには大学に通うべきだがリーダーをやっている現状ではそれも厳しい。
 だが、その負担を雲母が肩代わりしてくれたことで問題がクリアされた。
 そのおかげでモジョは教員免許を取ることが出来たのだ。

「大学を卒業して、大阪校の内定を手に入れた私は彼女にリーダーを譲った。
申し訳ないとも思ったが……皆、私のやりたいことを応援してくれてな。
私が教師になってからも良く飲みに行ったりしたよ。
互いの近況や日々変化していく現場の話、皆で会った日は話題が尽きなかった」

 だが、それも最早過去の話。
 もう二度とそんな優しい時間は訪れない。

「……数年前のことだ、ある日雲母が一人だけで私を訪ねて来た。
尋常じゃない様子に嫌な予感がして――――それは当たっていた。
お前も知っての通り、全滅だ。辛うじて生き残ったのは雲母だけ」

 雲母はまた喪失したのだ。

「壊れたようにごめんと言っていた。
そして、女威ちゃんだけは死なないでと泣いていたんだ」
「……だから、逆鬼さんはアレを?」

 アレ、とはアムリタのことだろう。
 名前を口にするくらいなら平気かもしれないが一応ぼかしておいた方が良いと判断したのだ。

「ああ。ペットボトル一本分、それが彼女が手に入れた分でな。
それを丸々私に渡そうとしたんだよ……だが、受け取れなかった。
第一私は既に一線を退いていたしな。私よりも雲母が持つべきだと思ったのだ。
二度と冒険者としては復帰出来ないかもしれない、だがアレを持っているなら……」

 何時かまた大切な人が出来て、
その人が怪我や病気で命の危機にある時にアムリタを所持していたのならばきっと救える。
 モジョはそう考えて雲母の申し入れを断ったのだ。

「だがまあ、それでも雲母は押しが強くてな……あの薄めた分だけ貰ったんだ」
「逆鬼さんは今?」
「引退して田舎で静かに暮らしている。ギルドからも多大な金が支払われたからな」
「……俺が、そこに行って良いんでしょうか?」

 トラウマを負って冒険者を辞めた。
 これが一度の喪失ならば良かった。
 だが二度目、それも親しい友を喪ったのだ。心の疵が深いことは容易に想像出来る。
 そんな相手とはまともな会話が成立するかすら怪しい。

「俺の予想以上に逆鬼さんの疵は深そうだ。それを思い出させるのは……(つかもう帰ろう)

 アムリタを今でも持っているのなら上手いことだまくらかして手に入れたい。
 だが、そのためだけにしんどい思いをするのは嫌なのだ。

「喪失の痛みを知るお前ならば大丈夫さ」

 桃鞍女威は強い女だ。
 仲間が死んだ時は悲しかったし、教え子の訃報を聞いた時も残念だとは思う。
 だがそこまで、悲しみはしても深く傷付くと言うことがないのだ。
 だからこそあの日、春風紫苑に深く感じ入った。
 ほんの少ししか関わっていない仲間のために深い悲しみを示し涙を流した。
 その時に思ったのだ、紫苑は雲母と同じくらい情の深い人間なのだと。

「お前は自分と仲間が生き残る可能性を少しでも上げたい……。
だからこそ私に話を持ちかけて来たのだろう? だから大丈夫。
雲母は喪うことの痛みを知っている。悲しいくらいに……。
お前と同じくらい、いやお前以上に情が深い女だからな」

 だからこそ紫苑の来訪を無下にはしないはずだ。

「……その雲母ってお姉さんのことはよく知らない。
でも、紫苑お兄さんが優しい人なのは分かるわ。だからきっと大丈夫よ!」

 事情はやっぱりよく分からない。
 何を聞きたいのかも、紫苑が何をやっているのかも。
 だがどうしても必要と言うのならば洗脳でも何でも使えば簡単に聞き出せる。
 そう、自分は紫苑のお手伝いが出来るのだ。
 笑顔で励ましを送るアリスは、その笑顔の下にドス黒い考えを秘めていた。

「(他人事だからって好き勝手言いやがって……!)だが……」

 これまでの発言を総て振り返るべきだ。
 数多のブーメランが紫苑の下に帰ってくるだろう。

「実はな、春風。今回雲母を紹介したのは何もお前のためだけってわけじゃないんだよ」

 申し訳無さそうな顔をしている紫苑を見てモジョがフォローに入る。

「先生?」
「実はな、私は下心込みでお前を雲母の下に連れて行くつもりなんだ」

 保身センサーから警鐘が鳴り響く。
 モジョにこれ以上口を開かせてはいけない、だが止める術が無い……!

「優しいお前ならばアイツの心に近付けるかもしれない」
「(ち ょ っ と 待 て)」
「あの日からずっと涙を流している雲母の心を、ほんの少しでも癒せるかもしれない」

 だからこそモジョは決断したのだ、紫苑を連れて雲母に会いに行こうと……。

「私じゃ無理なんだ。アイツの痛みを分かち合ってやれない……。
生徒にこんなことを頼む駄目教師で本当にすまん。だが、叶うのならば――――」

 雲母の心を癒して欲しい――それは教師桃鞍女威の言葉ではない。
 大切な友を想う一個人桃鞍女威の心からの願いだった。

「(俺はカウンセラーじゃねえぞ……!!)」
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ