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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

54/204

調子に乗った結果がこれだよ! 肆

 紫苑が空気の読めないツッコミをかましているとは知らないルドルフは冷静に思考を巡らせていた。
 どうすれば目の前の鬼神を倒し得るか。それを見つけることにのみ集中を注いでいる。

「(あの薙刀の一撃を喰らえば首も胴もバッサリだろうな……)」

 打ち合ってみた感触から考えるに、かなりの業物だ。
 柄もそうだが、刃も頑丈だ。切れ味だって低いわけではない。
 剛力を以ってあれを振るえばどんなものでも両断出来るだろう。
 まずは、武器だ。武器をどうにかしなければいけない。

「(だが、破壊は不可能……となると、手は一つか)」

 速さと力のみを武器に戦うと言うのならば技術で対抗するのが良いかもしれない。
 だが、ルドルフは知っている。自分にそこまでの技術がないことを。
 加えて、技術があったとしても勝利を収められるかどうかは怪しい。
 現に技術で戦っていたであろうあの剣士は敗北が目に見えていた。
 となると、最後にものを言うのは心だ。
 これからルドルフが取ろうとしている戦法は傍から見れば狂気の沙汰に見える。
 やろうとしている彼自身そう思ってしまうのだ。

「……ふぅ」

 小さく息を吐き出す。
 捨てるのだ、怯えを。
 捨てるのだ、培った技術を。
 捨てるのだ、余計な思考を。
 捨てるのだ、確かな重み以外のあらゆる一切を。

「む」

 鬼神は確かに感じていた。
 ルドルフが纏う空気が明らかに変わったことを。
 余計な強張りが消えうせ、柳のようなしなやかさだけが残った。
 だが、ここからどうする? それが分からない。
 ルドルフが一体何をして来るのかが予想出来ない。
 その困惑が鬼神の動きを止めていた。

「せぇ――――」

 タン、と地面を蹴る。
 ルドルフは力いっぱい握り締めた槍を、

「のぉ!!!!」

 全身を使って鬼神に叩き付けた。
 そこには技も何も無い。己の全身全霊を込めた力任せの一撃だ。

「ッッ……!」

 叩きつけられた衝撃で鬼神の身体が泳ぐ。
 ルドルフは着地するや、間髪入れずに再び地面を蹴った。

「まだまだぁ!!」

 そしてもう一度渾身の一撃を放つ。
 一撃一撃に全霊を込めて力任せに叩きつける、
こんなものは隙だらけで戦う者としては三流以下の戦法だろう。
 それでもルドルフは敢えてこの戦い方を採用した。
 己の全存在を乗せた一撃、これより上は無いと信じているからだ。

「これはまた思い切ったことを……!」

 天魔は同じ戦う者として、ルドルフの姿に興奮を隠し切れなかった。
 あんな風に戦えたら――――それはどれだけ気持ちの良いことか。

「何と、凄まじい……」

 栞は純粋に感心していた。
 格上の相手にあんな自殺行為とも言える戦法を取ったルドルフ。
 だが、間違いではない。現に鬼神は若干ではあるが気圧されている。
 自分ならばこの局面でこんな選択が出来ただろうか?
 前衛二人はルドルフ・フォン・ジンネマンと言う男の凄味を感じていた。
 それは後衛である麻衣も同じ。
 栞や天魔ほど明確に凄さは分かっていないが、それでもその勇敢さだけは分かっている。

「(ア イ ツ は 馬 鹿 な の ?)」

 それに比べてこの男の冷めた感想よ……。
 一人の男が己が総てを出し切って戦っているのに微塵も心が動いていない。
 震度2の地震で情けないくらいに動揺するのに何故ここで心を動かさないのか。

「……良い男じゃないか。吾も素直に美しく思う」

 人外の心をも打つ崇高な戦いだと言うのに紫苑と来たらもう……。

「っだらぁ!!」

 外野の声などまるで聞こえていないルドルフは、未だに攻撃を続けていた。
 だが、鬼神とて何時までも受けに回っているわけではない。
 最初こそ困惑していたがそろそろ慣れて来た。

「憤ッッ!!!!」

 ルドルフの一撃を薙刀で弾き飛ばし、返す刀で彼を斬ろうとするが……。

「――――この瞬間を待っていたぁあああああああああああああああ!!」

 今のはわざと弾かれたのだ、ゆえに復帰は素早かった。
 鬼神の一撃に合わせるようにルドルフもまた渾身の一撃を放つ。

「ハ……随分、世話になったな。すまん、そしてありがとう」

 二つの長柄物が交わり、ルドルフの槍が砕け散る。
 だが、鬼神の得物も部屋の隅に弾き飛ばされてしまう。
 よく見れば薙刀の刃部分も砕け散っている。
 これでは拾って武器にしようにも攻撃力は半減だ。
 と言うより、そもそも拾わせる気も無い。

「小僧、お主……」

 初めて、鬼神が大きな驚きを示す。

「お互い武器も無い。であれば、やることも限られるだろう?」

 大きく広げられた足は大木のように地面に根付いている。
 察せぬわけがない、何せ同じ男なのだから。

「……何とも、猛々しき童よ。いや、童と言うのも失礼か。見事な漢ぶりだ」

 意を酌んだ鬼神が射程距離に踏み込む。
 彼奴もまた、ルドルフと同じように大きく足を広げる。

「よし――――殴り合うか! 私と卿、どちらかが折れるまで!!」

 不釣合いなほどに明るい声。
 悪童の笑みを張り付けたルドルフには気負いなど微塵も窺えない。
 さしもの鬼神もこれには呆れたのだろう。小さな苦笑を浮かべている。

「……ああ、そうだな。きっと、気持ち良いだろう」

 ミシミシミシ、と骨が軋むほどに強く握られた互いの拳。
 これは実にシンプルだ。言葉で説明せずとも子供にだって分かる。
 固く固く握られたそいつをぶつけ合うだけ。
 さあ――――馬鹿らしくも心底楽しい男比べを始めよう。

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「かぁああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 互いの拳が互いの頬にめり込む。
 当然のことながら、威力は鬼神の方が上だ。
 それでもルドルフは怯まない。吹き飛びそうになる身体を無理矢理縛り付けて耐える。
 耐えながらも次の一撃のために力を溜める。

「この馬鹿力め!!」
「クハ……だったらもう少し怯んだらどうだ?」

 次は互いの顎を真下からかち上げる。
 強く噛み締めていた奥歯が砕け散るがこれはこれで好都合だ。
 ルドルフは砕けた歯を力の限りに鬼神の顔面へと吹き付ける。

「これぐらいは愛嬌だろう!?」

 そのまま顔面に拳を叩き付けて鬼神の顔に付着している歯の欠片を深く押し込む。
 そう、歯を吹き付けたのは目くらましのためではない。
 こうやって僅かでもダメージを上げるためだ。
 小細工と言えば小細工だろう。
 だが、ルドルフ自身が言っているようにこの程度は御愛嬌である。
 決め手にもならないちょっとした悪戯なのだから笑って赦すのが器量と言うもの。

「ああ! 我が主に比べればこの程度、卑と言うのもおこがましいわ!!」

 鬼神は一時的に視界を奪われている。眼球に刺さった歯のせいだ。
 それでも何も問題は無い。
 確かな場所に敵は居て、そこに拳を放てば良いだけなのだから。
 ほら、また気持ち良い衝撃が拳を突き抜けた。

「ッハ……!」

 胸を強打されたことで呼吸が困難になる。
 ああ、だが何も問題は無い。
 そもそも呼吸をすることなど頭に無いのだから。
 ルドルフは呼吸も忘れて夢中の領域を疾走しているのだ。

「ぜあぁあああああああああ!!」

 右頬を貫いた鬼神のフックの衝撃が顔のみならず身体全体を回転させようとする。
 稼動領域限界まで身体が捩れてしまうが――――ルドルフは倒れない。
 それどころか捻り戻しの反動を使ってお返しのフックを見舞った。

「……何故」

 鬼神の呟きは決して絶えることのない打撃音に掻き消されてしまう。
 だがまあ、答えを求めての言葉ではなく独り言の類だ。
 相手に届かなくても問題は無い。

「~~~ッッ! き、効いたァ……!!」

 真正面から顔を射抜いた一撃は鼻骨を砕き、一瞬ではあるが意識すら断絶させた。
 そのまま仰向けに倒れてしまいそうだったが大きく足を広げて踏み止まる。

「お返しだ!!」

 仰け反った体勢から反動をつけて飛び上がり頭突きを叩き込む。
 人の顔面と鬼神の顔面、どちらが硬いかなど言うまでもない。
 それでも頭突きを放ったルドルフはそのようなことを考えてすらいない。
 そう言った思考は余分だと斬り捨てているからだ。

「……何故」

 再び鬼神の口から"何故"が漏れ出す。
 ルドルフと言う男の限界はとうに超越しているはずなのだ。
 この拳を放つ度に彼奴の肉が裂けて骨が砕けている。
 もう倒れてしまった方が楽だし、倒れないのは理に反している。
 立っていられるわけがないのだ。
 しかしどうだ? 満身創痍ではあるが、どう言うわけか倒れるビジョンが浮かばない。
 鬼神は幾ら打ち据えてもルドルフを倒せると思えないのだ。
 だからこその"何故"。
 何故、立っていられるのか。
 何故、優位に立つ己が倒すことは出来ないと思ってしまうのか。

「おらっしゃぁああああああああああ!!」

 最初は楽しんでいた殴り合いに困惑を覚え始めた鬼神とは対照的に、ルドルフは更に熱くなっていた。
 このダンジョンを満たす業火すら温いとばかりに吼えるその姿は御伽噺の英雄のようだ。

「ふぅ……ふぅ……! ああ、鬱陶しい!!」

 血の滲んだ衣服が不愉快でしょうがない。
 片手で鬼神を殴りつつ片手で衣服を引き千切り上半身を露にする。
 鬼神の刻んだ疵は凄まじく、
その逞しい身体には目を背けたくなるような惨状が広がっていた。

「……ッ!!」

 直に目にすることで、己が刻んだダメージの大きさを実感する。
 それでも尚、ルドルフは倒れない。
 困惑が若干拳を鈍らせはするものの、
それでも常人であれば絶命必至の一撃が惨状を更に加速させる。

「んぐ……!?」

 どてっ腹に打ち込まれた拳に身体がクの字に折れ曲がる。
 胃液や血が裡から込み上げて来るが、無理矢理飲み戻す。
 膝が気の毒ならくらいに笑っているが――――それでもルドルフは倒れない。

「ええい! 口の中が鉄臭い!!」

 ルドルフは倒れない、綺羅星が如き光を放つ男が自分を信じて命を預けてくれたから。
 ルドルフは倒れない、恐ろしくもあるが恋するその姿が美しい少女達が命を預けてくれたから。
 ルドルフは倒れない、己が倒れれば優しい少女に重き荷を背負わせてしまうから。

「……麻衣よ、お前に我らの命が散るところは見せんよ」

 もしも自分が同じ立場だったら死んでしまいたいくらい辛いはずだ。
 一生を後悔の泥に囚われて過すなど耐えられそうもない。
 であれば一時の痛みなど何するものか。

「……天魔、栞、恋した相手と心中するのも良いが、どうせなら結ばれたいよな」

 であればここで殺させるわけにはいかない。
 彼女らが堅物紫苑を口説き落とすのに比べたらこの戦いはまだ簡単と言えるだろう。
 であれば一時の痛みなど何するものか。

「……紫苑、卿は眩い男だ。その光は、もっとずっと多くを照らせるだろう」

 それをここで絶やすわけにはいかない。
 春風紫苑は多くを救える男だ。そんな男の命を自分のためだけに使わせるのは申し訳ない。
 であれば一時の痛みなど何するものか。

「私は――――勝ァつ!!!!!」

 ルドルフ・フォン・ジンネマンと言う男の背にある確かな重み。
 それが彼の不屈の根源だ。
 要らぬものを総て捨ててしまった今だからこそ、より強くそれを感じられる。
 だから戦える、だから倒れない、だから負けない。
 この論理に疵は無い。
 根性論大いに結構、心こそが人間の強さだ。
 さあ、高らかに謳おう――――勇気を! 愛を! 命を!

「……何故、お前は折れない?」

 今度の呟きは今まで以上に大きく、ルドルフの耳にも届いた。

「何故?」

 言うまでもない、だが聞きたいと言うのなら口にしてやろう。

「教えてやろう」

 しかと心に刻み込め。

「私が不屈で在る理由」

 命の炎よ、燃え上がれ。

「こ の 背 に あ る 重 み を 愛 し て い る か ら だ ! !」

 あらゆる重みを乗せた拳が鬼神の胸に大穴を穿つ。

「……嗚呼、そうだったな」

 技も無い、飾り気も無い、無骨な、だからこそ美しい――――そんな正拳だった。
 それが鬼神の身体のみならず心をも射抜き、何時かの己を思い出させた。
 どんなになっても倒れなかった……それは自分も同じ。
 それが何故だったか、もう思い出せなくなっていた。
 けれど、ようやく思い出せた。
 己もそうだった。ただただ、背にある大事な何かを愛していた。
 愛しくて、護りたくて、だからこそ最後の最期まで決して倒れずに居られたのだ。

「るどるふ、と言ったか」
「ああ」
「――――お前の勝ちだ」

 鬼神は、気の遠くなる時間の果てにようやく倒れることが出来た。
 天井を仰ぐその瞳には波紋一つ無い。

「……主、今度はお先に逝きます」

 鬼神の身体が光に溶けてゆく。

「はは……ああ、そうだな。あの時は、どっちが先か分からなかったものな」

 天狗面は苦笑しつつもそう答えた。
 その瞳は鬼神と同様に穏やかで、優しさだけが満ちている。

「よく仕えてくれた……吾も直に後を追う。先に逝って待っておれ」
「ええ……お待ち、しています……」

 そうして鬼神は完全に消滅した。
 彼を思い出させるのは部屋の隅に転がっている刃が砕けた薙刀のみだ。

「(うわぁ……何アイツ、腹立つわぁ……)」

 速報、ルドルフのイケメンっぷりにジェラシーを燃やしている模様。

「(大活躍じゃねえかクソが!)」

 そ れ の 何 が い け な い ん だ。
 そもそもこれで死なずに済むのだから感謝の一つ二つはするべきだろう。
 この男はどれだけ歪んだ性根をしているのか。

「麻衣、ルドルフの治療を頼む!!」
「う、うん!」

 それでもこうやって即座に指示を飛ばしてしまうのが紫苑だ。
 保身の道を走らせたらコイツほど上手く走破する男もそうはいまい。

「ルドルフくん、傷とかは大丈夫やけど……欠損部分は……」

 時間が経ちすぎているから瞳は戻せない、そう言いたいのだろう。
 だが、それを言わせるのは酷だしそもそも目玉が欠損したのは自分のせいだ。
 麻衣が気にすることではないと彼女の言葉を手で遮る。

「分かっている。何、隻眼と言うのも悪くはないさ。
奴ほどの猛者と槍を、拳を交えた証なのだからな。これは私の誇りだ」
「……そか。うん、ならもう何も言わん」

 麻衣がルドルフの身体に触れると総てのダメージが消失する。

「天狗よ、この勝負は我らの勝ちと言うことで良いのだな?」
「無論、約定は違えんさ。金色の益荒男よ、実に見事な戦ぶりであったわ」

 短い賞賛を贈った後で、天狗は紫苑に向き直る。

「この槍は返そう――――そいつで心臓を貫くが良い」
「……何を言っている?」
「お前達は命を懸けた、ゆえに吾が勝てばお前達の命を貰う手筈になっていた」

 ならば、負けたのなら此方の命を差し出すのが筋だ。
 天狗面は何の気負いもなくそう言ってのけた。

「(圧倒的優位なのに馬鹿か……? あ、いや、そうでもないか。
ルドルフも全快したしこっちはフルメンバーだ。いざとなったら袋叩きで殺せる。
分かった! コイツ、潔く振舞ってカッコつける気だな!? このええかっこしいめ!)」

 それはお前のことではなかろうか?

「上にぶら下がっている愚か者共も連れて行くが良い。何も手出しはせん」
「……天魔、栞!」

 紫苑の言葉に小さく頷くと、
二人は天井から吊り下がっている男女を降ろすべく行動を始める。

「さて……末期の言葉も遺しても良いか?」
「……ああ、好きにしろ。
(生きて帰れるしあの爺の鼻っ柱は圧し折れるしで、今日の俺は最高だな。流石俺!)」

 頑張ったのはルドルフであって紫苑ではない。
 そもそもコイツは勝てばラッキーぐらいにしか考えておらず。
自分の見栄を護るためだけに他三人の命を道連れにしようとしていたのだ。
 だと言うのに罪悪感を抱くどころか、俺SUGEEE! なんて考えている。
 この場で死ぬべきなのはこの男の方だろう。

「さて……改めて、何を話そうかな?」
「(何だコイツ、やっぱり命が惜しいんじゃねえのか? だが残念! しっかり殺すよ)」

 立場が弱い者に対しては何処までも強気になれる、典型的な小物である。

「潮の流れってのは大切だ。そいつを正確に把握して、見極めねばらない。
そうすることで勝利と言うやつの輪郭が見えて来るのだ。
吾はそれを理解していたつもりになっていた。だが、結局のところは分かっていなかったのよ」

 それは今この場でのことか、あるいは……。

「ゆえに敗れたのだ。敗れて――――折れた。
それは吾だけではない。多くの者が同じように敗れた。折れたかどうかは別だがな」

 その視線は紫苑の槍に注がれていた。

「何にしろ、機を読むのは重要だ。お前は読み違えるなよ。
……ああいや、それについては心配ないか。
お前達の場合はもっと分かり易い形でそれが訪れる。であれば心配は無用だったか」

 天狗面が何を言っているのか、紫苑にはまったく理解が出来なかった。
 それは他四人も同じようで首を傾げている。

「(何か意味深なこと言っとけばカッコつくと思ってんのか? むしろださいわ!)」

 一々文句をつける男はださくないと言うのか。

「ならば……そう、別のことか。お前、紫苑と言ったな?」
「ああ、春風紫苑だ」
「紫苑よ。決断は己が裡に留め置くものではない、それが重大であればあるほどそれはいかん」
「(……そういや岩手って何が名物だっけ?)」

 紫苑はいい加減飽きてきたらしい。

「でなくば辛い思いをすることになる。己も、決断を明かされなかった者にとっても」

 涙なんて出ていない。それでも、天狗面は泣いているように見えた。

「るどるふ、それに娘達よ。
紫苑がお前達を愛しているようにお前達も紫苑を愛しておるのだな? 友として、あるいは女として」
「ああ、終生の友よ」
「(そ ん な 友 情 を 築 い た 覚 え は あ り ま せ ん)」

 そう取られてもおかしくない言動行動を省みるべきだ。

「主従ではない、対等の立場での愛……それもまた一つの形よ。
この男は中々に難物だ。放って置けば何もかもをも抱えて自壊しかねん。
ゆえに、護ってやれ。傍で、共に痛みを分かち合いながら進め」

 モンスターがこんな言葉をかけるのは誰にとっても予想外だった。
 いや、敗北を認めてからの発言を振り返ってみると……ずっとそうだった。
 気遣っているのだ、この天狗面は。

「言われるまでもない。無茶をしがちなのは重々承知よ」
「ま、その分うちらも迷惑かけたりしとるし……持ちつ持たれつやな」
「耳が痛いね。だが、天狗。あんたに言われるまでもなく僕は紫苑くんから離れないよ」
「例え神仏であろうとこの愛を侵すことは赦されません」
「(これはひょっとしてストーカー宣言? 警察に行かなきゃ!)」

 天狗面は四人の言葉に満足したのか、柔らかな笑みを浮かべる。

「そうか……はは、愛されておるな。ところで紫苑よ、誰が本妻で誰が妾なのだ?」
「私です」
「僕だよ」
「(お 前 ら も う 死 ん で く れ)」

 何て息の合わないジェットストリームだろうか。

「ふふ……この様子だと、まだまだ妾が居そうだな」
「(俺に恋愛感情持ってる奴ロクなのいねえな……あ、欝になりそう……)」

 自縄自縛でそのまま死んでしまえ。

「おっと……忘れていた。るどるふよ」
「何だ?」
「これをくれてやる」

 天狗面が片手を振ると、
隅で転がっていた薙刀と彼自身が腰に差していた太刀がルドルフの手元に収まった。

「刃を溶かし、それと合わせて新たな槍を誂えるが良い。あいつも喜ぶだろうて」
「……ありがたく受け取っておこう」

 ルドルフの感謝を受け取った天狗面は天を仰ぐ

「さて……これで、もう本当に心残りはなくなったな。
随分と長い間、彷徨っていたが……あてのない旅路もようやく終われそうだ。
思えばアイツには随分と苦労をかけたな……あっちで会えたら、存分に労ってやろう」

 最後の最期まで己が傍を離れることなく寄り添い続けてくれた一番の従者。
 もう随分と長い付き合いで、かなり無理をさせたと天狗面は申し訳無さそうに笑っている。

「それと、謝らなきゃなぁ……」

 天狗面の顔は穏やかだ。
 これからやって来る死に対してまるで恐れを抱いていない。

「っと……悪い悪い。もう構わんぞ」
「(ようやく終わりか……長話する奴は嫌いだ)他に言い遺すことは?」

 鏡を見れば大嫌いな奴が映っているだろう。

「ない! さあ、やれい!!」
「(えばってんじゃねえよ!)ああ――――安らかに眠れ」

 槍が天狗面の胸を貫く。
 血も何も出ない、ただの光となって彼は消滅した。

「(ん?)」

 そこで紫苑は異変に気付く。
 降り注ぐ残光が槍に絡み付いているのだ。

「(……ま、また変なことされた! もうこれ売り払おうかな!?)」

 これまで槍は黒い光を放っていたが、今は黒と白の二色の光が絡み合っている。

『まあ落ち着けって。別に身体に異常あるわけでもないんだしさ』
「(これで異常があったら速攻で焼却場に叩き込んどるわ!!)」

 槍は燃えるゴミに入るのだろうか?
 兎にも角にもゴミの分別はしっかりしましょう。

「(まあ良い……とりあえず、面倒だがやらなきゃならんこともあるしな)」

 薙刀と太刀を握ったまま立ち尽くしているルドルフの下に歩み寄り、拳を突き出す。

「ありがとう……俺のワガママに付き合ってくれて」
「フッ……余り水臭いことを言うな」

 太刀を腰に差して、フリーになった片手で拳を作り始まり同じように拳を合わせる。
 言うまでもなくこれは演出で、ルドルフはまんまとそれに付き合わされたわけだ。

「われらは、と……も……」

 傷は癒せても失った体力までは戻せない。
 総てが終わったことで緊張の糸が切れたのだろう。
 ルドルフは意識を失って紫苑へともたれかかった。

「おっと……(うへぇ……上半身マッパの男とかマジ勘弁)」

 血も涙もないとはこのことである。

「麻衣、ちょっとこっちに来てくれ。俺の槍とルドルフの薙刀を頼みたい」
「あ、うん!」

 邪魔になるものを総て麻衣に持たせてからルドルフを抱き上げる。
 俗に言うお姫様抱っこと言うやつだ。

「栞と天魔はその人らを頼むよ」
「任されました」
「うん。この剣士の人はともかく……他二人は簀巻きのままでいっか」

 逃げようとした腰抜けにかける情はないらしい。

「いや……大丈夫です。僕は動けますから」
「おや、目が覚めたのかい?」
「ええ、おかげさまで……どうやら、終わったようですね」

 目を覚ました剣士が周囲を見渡して、そう呟く。
 状況を説明する手間が省けて何よりだ。

「それと、彼らも僕が運びますから」
「大丈夫ですか?」
「ええ……流石に、荷物を抱えたままではあなた達に迷惑がかかる。
……いや、既に迷惑をかけていましたね。ご迷惑をおかけして本当に申し訳ありません」

 深々と頭を下げる美丈夫。
 かなり憔悴していると言うのに律儀な男である。

「(ホントだよ! お前らのせいで踏んだり蹴ったりだ!)それより、大丈夫なのか?」
「ええ、おかげ様で……あなた達はギルドからの指示で僕らを探しに……?」
「うん。でもまあ、そんなに気にすることないからさ」
「私達の実力を示す良い機会でもありましたからね」
「……本当に、本当にありがとうございます」

 自分より年下であろう子供達にも素直に頭を下げられる。
 どうやらこの男は出来た人間のようだ。

「それより、君も報われないねえ。仲間のために命懸けてたのにさ」

 未だ簀巻きにされたままの男女に侮蔑の視線を注ぐ天魔。
 どうやら意識はあるようで、後ろめたそうな顔をしている。

「いえ……彼らは夫婦で、子供も居ますからね。
生きたいと願うのは当然のことでしょう。僕は独り身だし、家族も居ませんので」
「(何良い子ぶってんだこの似非イケメンが!!)」

 どっちが似非かと言うとそれは紫苑の方だろう。
 仲間に見捨てられても恨み言の一つも口にしない彼に比べて何と矮小なことか。

「あ、名乗っていませんでしたね。僕は聖義人です」
「(聖人ってか!? 余計にむかつくわ! 俺なんかハルジオンだぞ!?)
俺は春風紫苑だ。それで、この金髪の男がルドルフ・フォン・ジンネマン」
「私は醍醐栞と申します」
「僕は外道天魔」
「うちは桝谷麻衣です。一応怪我は治しときましたけど……大丈夫ですか?」
「はい。何から何まで御世話になって……ルドルフくんにも後でお礼を言わねば……」

 聖人の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。
 絶命必至の状況から救われたことで安心したのだろう。

「それより聖さん……その、殺されたもう二人の方は?」

 申し訳なさそうに問うが、勿論演技である。
 自分以外の誰が死のうとも決して心を動かさないのが紫苑クオリティーだ。

「殺されて、この炎に焼かれて灰になりました……遺品も残っていません」

 悔しそうに語る聖人、彼はこれから先どうするのだろうか?
 パーティのうち二人が欠けてしまったのだ。
 普通ならば補充が出来るだろうが……状況が状況だ。
 選別を超えたパーティを埋め合わせるとなると中々骨が折れるだろう。

「(新たに選別を行うのか……。
あるいは、選別に漏れたが個人としては光る連中を抜擢?
何にしろギルドの連中は仕事が増えるだろうな……ざまぁ!!)」

 こんな状況でも他人の不幸を楽しめる紫苑は筋金入りだ。

「そう、ですか。ならもう外に出ましょう。長居するのも危険ですからね」

 やり切れない想いを抱えていますぅ……アピールをしつつ帰還を促す紫苑。
 他の者らもそれに同意し、外へ向かって歩き始める。

「(さぁて――――戻ったらあの爺にどんな罵倒をくれてやろうか?)」

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