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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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調子に乗った結果がこれだよ! 参

 岩手行きが決定すると、手早く準備を整えて即座に大阪を出発。
 一時間半ほどで孔が存在する岩手県平泉町に到着する。
 平安時代には京の都に次ぐ大都市と栄えたが盛者必衰の理の通り今は……いや、言わぬが花か。

「ふむ、流石に東北地方だけあって涼しいな。良い避暑になる」
「やること終わったらここでのんびりするのも良いかもね」
「旧跡でも巡りますか?」
「そらまた渋いなぁ……うちら花の高校生やのに」
「(俺何も悪いことしてないのに……小さな祈りすら届かぬこの末法の世よ……神仏は何処にありや!?)」

 そんな冗談を飛ばす四人の何と剛胆なことか。
 肝の小さい紫苑の卑小さがよりいっそう際立っている。

「……しかしこの孔、何だろうねえ。滋賀の時もそうだったけどさ」
「慣れません、よね。どうにも孔の前に居ると胸が締め付けられます」
「(そういやコイツら前もそんなこと言ってたな。郷愁がどうとかって)」
『お前は感じねえのか?』
「(全 然 感 じ な い)」
「紫苑よ、頼むぞ」
「ああ、分かっている」

 例のトランクから兎を取り出して血を垂らす。
 以前はハートマークのベストを羽織った白兎だったが、
今回はちょっと目つきと耳が鋭い黒兎になっている。

「行け」

 紫苑が命じると黒兎はぴょいーんと孔に飛び込んで行った。
 リンクした左目を閉じたまま兎の瞳を通して中の様子を窺うと……。

「どうだい?」
「これは……木造の迷宮か……? だが……燃えている」

 ぼうぼう、と燃え盛る火炎。
 それでも不思議なことにダンジョンは焼け焦げていない。
 ではあの炎は見せかけか? いや違う。
 兎がポケットから取り出した温度計は凄まじいことになっている。
 だから特別なのはダンジョンを構成する木の方なのだろう。

「耐熱の必要がありそうだ。それと……」

 前のようなことがあっては最悪だ。
 一応のこと、兎に床板を剥がさせようとするが……ビクともしない。
 紫苑の腰ぐらいまでの大きさの黒兎だが、それでも筋力に関しては中々のものだ。
 ルドルフ、栞、天魔の三人には劣るが一般的な前衛となら肩を並べられるレベル。
 それでもビクともしないと言うことはよほど硬いのだろう。
 鉄板くらいなら豆腐のように切り裂ける爪で試しても同じ。

「うん、今のところはそれだけだな。
目に見える部分と思いつく限りを調べさせてみたが他に異常はなさそうだ」
「ほんなら熱にだけ気ぃつければええんやね?」
「後は酸素だな。だが、どちらも対処は出来る(涼しいとこ来て暑いとことか最悪だわ……)」

 避暑なんて束の間、もっと暑い場所へ行かねばならないのだ。
 テンションが下がってしまうのも仕方ない。

「となると、火鼠の外套が必要ですね」
「酸素の方はタブレットがあったからそれ使おっか」

 全員が腰のバッグからギルド支給の品を取り出す。
 火鼠と言えばかぐや姫が所望した宝の一つ火鼠の皮衣を思い出すだろう。
 実際にそれと同じで彼らが身に着けた鮮やかな朱色の外套は高い耐熱性を誇っている。
 これは火鼠と名付けられたモンスターの毛と蜘蛛女の糸で編まれたもので、
厭らしい話をすると結構なお値段なのだがギルドの支給品なので無料だ。

「タブレットの方は……持続時間が一時間だったな?
長引きそうなら折を見て補給しておくのを忘れないようにしよう」

 紫苑の言葉に全員が頷く。兎にも角にもこれで準備は完了。

「栞、糸はバッチリか?(はぁ……やだなぁ……)」
「ええ。皆さんは感じていないでしょうがしかと巻き付けております」

 これは滋賀の一件で学んだこと。
 離散しないように最初から栞の糸で全員を繋げているのだ。

「よし……往くぞ!」

 揃って孔の中に飛び込む。
 中は事前情報通り火炎が満ちており熱くて熱くてしょうがない。

「うへぇ……これは暑いねえ……」

 外套で覆われている部分はまだ良い。
 だが、フードを被っていても顔だけは露出してしまうので熱気がモロにぶつかって来るのだ。

「良いダイエットになる――――そう思わんとやってられへんわ」
「ダイエットと言うのならば、私は普通のサウナの方が好きだな」
「愚痴っていても仕方ありませんよ」
「その通りだ。前衛の三人に聞きたいんだが、人の気配などはあるか?」
「んー……どうだろ? ちょっと待ってね」

 三人が神経を研ぎ澄まして周囲を探り始める。

「駄目だな。少なくとも付近には居ない」
「まあ、近くに居れば普通に出ているでしょうしね」
「そう、か。ならしょうがない。とりあえず進もうか」
「了解。紫苑くんと麻衣ちゃんは何時も通り後ろに居てね」

 天魔とルドルフが先行し、
その二人と後衛二人の間に栞が挟まる形で探索を開始する。
 栞が中に入っているのは後ろへの警戒と、何かあればすぐにでも前に出られるようにするためだ。

「ん? 何だあれ……さ、猿?」
「猿、だな。卿の目にもそう映るなら間違いなく猿だ」

 前衛二人が遠目で確認したのは六匹の猿だった。
 だが、どうにも動物園や野生で見れる猿とは趣が違う。
 感じる気配が普通の動物のそれと異なっているのだ。

「あれがモンスターみたいだね。ルドルフくん、栞ちゃん、出るよ」

 猿も此方に気付いたようで近付いて来る。
 後ろに通す前に叩き潰そうと三人が駆け出すも……。

「うぬ?」
「へ?」
「ん?」

 ルドルフを避けて四匹の猿は栞と天魔に抱き付く。
 残る二匹は後ろに居る麻衣へと向かっている。

「きゃっ! こ、この猿……ど、何処に潜り込んで……!
し、紫苑さんにもまだ触らせたことがないのに……! は、離れなさい!!」
「くっ……こ、このエロ猿……僕の身体は安かないんだよ! 紫苑くん専用だクソ!!」

 一心不乱のセクハラが始まる。
 思わぬ展開にルドルフはポカーンと大口を開けて固まっている。

「(まだとか言ってるけどそんな予定は未来永劫ねえから!
それと、専用? お断りだよ! 俺がエロいことをするならそれは大天使百合ちゃんだけだ!)」

 健全な青少年の目を侵す毒となりうる光景だが、紫苑はまるで動じていない。
 ルドルフに合わせてポカーンと口を開けているが、それは呆気に取られているフリをしているだけだ。

「ひゃん!? あ、あかんて! 何やのこのお猿さん!?」

 外套の中を這いずり回る猿。
 紫苑は女の趣味が悪い猿に軽蔑の感情を抱いていた。

「(やるならやるで相手選べよ……目の保養にもなりゃしねえ)」

 仲間がセクハラを受けていると言うのにこの感想である。普通に最低だ。
 さて、女三人はいい加減にブチキレたのか、這いずり回る猿の排除に取り掛かる。

「弾けんかいこんドアホぉおおおおおおおおおおおおおお!!」

 自分に触れていると言う状況を利用して過回復を叩き込む麻衣。
 外套の中で破裂した猿の血肉が身体に付着するが、
それでも乙女的にはセクハラをされるよりはマシなのかもしれない。

「離れろ!」
「離れなさい!」

 残る女二人は猿を両手で掴んで遠方へ放り投げる。
 この近距離で麻衣のように一瞬で殺す術を持たないので仕方ないだろう。

「む、様子が変わったな。殺気立っている」

 ようやく復帰したルドルフが猿らに鋭い視線を飛ばすが……。

「まあ待ってくださいルドルフくん。あれは私達が殺ります」
「セクハラ失敗したら今度は実力行使か? 上等、ミンチにしてやるよ」

 能でよく見る顰み面のような顔をした女二人に気圧されて後ずさってしまう。
 全身から立ち上る怒気と殺意が邪魔をするなと声高に主張している。

「ええわええわ! やったれや! ぐっちゃぐちゃにしたりぃ!!!」

 野次を飛ばす麻衣もまた顰み面になっている。
 全身に付着した血と肉片を気にするよりも猿への殺意が勝っているようだ。

「行くよ」
「ええ」

 片や徒手、片や意図で編み上げた槌を手に床板を蹴る。
 ダン! と大きな音が響いたと思ったら、既に二人は猿との距離を潰していた。

「死ね」

 天魔の両拳が二匹の猿の脳天に。

「殺します」

 栞の槌が横薙ぎに振るわれて二匹の猿をまとめて壁に叩きつける。
 が、感触がおかしい。肉が潰れた感触ではなく、硬い何かを殴った時の痺れが二人を襲う。

「砂の鎧!? まあ良い、それならそれでやりようはある」

 猿の身体を覆う砂の甲冑、これが硬さの正体だ。
 猿はすぐさま反撃を仕掛けようとするが、天魔は既に攻略法を見出した。
 猿の頭を鷲掴みにしてそのまま壁や地面に叩きつけ始めたのだ。

「ヒャハハハハハ! こりゃ良いこりゃ良いね! 良い鈍器だ! 栞ちゃん!?」
「ええ、分かっていますよ」

 栞も既に対処法は見出していた。
 糸で縛り上げた猿二匹を天魔と同じように振り回し始める。

「それじゃ、いっくよー!」
「はいどうぞ!」

 二人は互いの猿をぶつけ合う。
 渾身の一撃で砕けない硬度を誇るのは既に分かっている。
 ならば同じ硬度を持つ者同士ぶつけ合えば良いのだ。

「アハハハハハハハハ!」
「ふふふふふふふふふ……」

 狂ったように猿を叩き付け合う女二人。
 その度に猿が耳をつんざくような悲鳴を上げるが僅かも手を緩めない。

「ええでええで! こりゃ愉快やわ♪」

 猿の叫喚が女達の歓喜を煽る。
 セクハラは大罪、それも好きな男の前でされたのだ。
 その怒りは推して知るべし――――と言ったところか。
 にしても、怖い。普通に怖い。

「……どうしよう紫苑、私ちょっと膝が震えるんだが」
「……ああ、俺もだよ(改めて思ったがコイツらはねえな)」

 残虐劇はその後も十分ほど続いた。
 砂の甲冑が崩れ、中身の猿がグチャグチャになったのを確認すると……。

「ケッ、根性の無い猿だねえ」
「その程度でよくもまあ、あんなことをしたものです」

 骸となった猿に唾を吐きかけるその姿は柄が悪いにもほどがある。
 一昔前のヤンキーでもここまで酷くはないだろう。

「次に猿が出て来ても対処はバッチリです」
「何ならうちがボン! したってもええけどね」
「はは、そりゃ良いや。じゃ、行こうか」

 男二人は壊れた人形のように首を振ることしか出来なかった。
 そうして探索を再開した紫苑達だが、今度は猿が出て来ない。
 仲間達が無残にやられたのを見て仕掛けるのを止めたのだろうか?
 何にせよスムーズに探索が出来るのはありがたいことだ。

「おや……これは、金属音ですね……」
「近いな……誰かが戦っているぞ。急ごう!」

 大急ぎで音がする場所へ向かう。
 数分ほどで大きく開けた場所に辿り着く一行。
 そこでは予想通りに激しい戦いが繰り広げられていた。

「はぁああああああああああああああ!!」

 美丈夫が大剣を手に立ち向かうは白と黒の奇怪な肌を持つ鬼神。
 鬼神は手に持った薙刀を手に応戦しており今のところ力は互角のようだ。
 ゆえに、加勢があれば流れは変えられる。
 そう判断したルドルフと天魔が動き出そうとするが……。

「――――無粋は駄目だよ。そうなるとおれも手を出さなきゃいけなくなる」

 横合いから伸びた太刀によって阻まれてしまう。
 気配はまるでなかった。だが、そいつは確かにここに居る。

「……人間、じゃないよね。どう見ても」

 一見すれば朱色の襤褸を纏った美少年。
 死人もかくやと言うほどの白貌と顔の横につけている天狗面が少々気になるが……。
 まあ、それを含めても少し風変わりな少年にしか見えない。
 だが、纏う空気背中から生えている烏のような片翼は間違いなく人のそれではない。
 常に刃を交える位置に在る三人はほぼ正確に天狗面の力量を把握していた。
 アイリーンより少しばかり劣ると言うのが彼らの見立てだ。
 天狗面だけならば全員でかかれば倒せないこともないだろう。
 だが、そう言うわけにもいかない事情がある。

「あれは、人質と言うことですか?」

 少なくとも会話が出来るのは分かった。
 現状を把握すべく栞が問いを投げる。
 彼女の視線の先には天井から吊り下がっている男女の姿があった。
 猿轡を噛まされて声を出すこともままならないようだが目で必死に訴えている。
 "助けてくれ"、と。

「どうにも誤解されてるね。吾らが何かしたわけではない、あっちが仕掛けて来たのだ」

 曰く、この場所を探索していた五人の人間が途中で天狗面を見つけたと言う。
 その時、今戦っている美丈夫は止めたのだが残る前衛二人が仕掛けてしまった。
 選別を超え、多くのダンジョンから生還していたことで驕りが生まれていたのだろう。
 二人はあっさりと殺されて、残るは今戦っている美丈夫と吊るされている後衛だけになったらしい。
 美丈夫は死を覚悟したらしいが、後衛二人は命乞いを始めたと言う。
 意思疎通が出来るので、藁にも縋る思いだったのだろう。
 だから天狗面はこう提案した。

「吾の一番の部下と戦って勝てば見逃してやる……とな」

 だが、戦っている最中に美丈夫が不利かもと思ったのか、後衛二人は逃走を図った。
 なので今現在はああして天井から吊るされているのだ。

「あれら二人はともかく、あの益荒男は見所がある。アレと一両日も戦えるんだからな」

 確かに、その技量は隔絶していた。
 速く重いと言うシンプルな強さを誇る鬼神相手によく喰らいついている。
 一撃でも貰えばそこで終わり。
 だと言うのに心を乱すこともなく必死で避け、いなし、時折反撃に転じている。
 だが、どうやっても所詮は人間。スタミナの差もある。
 一両日も戦っていたのなら消耗も激しいだろう。
 ミスの許されない戦いは心身を激しく削り取る。
 いずれ来る終わり、恐らくは美丈夫の負けで幕は降りるだろう。

「(そうなると……あの二人も殺される。そう言う遊びみたいだからな。
さてはてどうしようかなぁ……あー……多分、こっちが仕掛けなければ俺らの命は助かるだろう。
でもなぁ……そうなると絶対あの爺に馬鹿にされる。
あのまま罵倒を続けて放逐されてたらそれでも良かったんだが……今は勝負だしな。
遺体を持ち帰ろうとも、助けるチャンスを見逃したとなれば絶対に馬鹿にされる。
大口叩いておいてそれか――とか言われたら耐えられねえ!
結果としては放逐されるけど、俺は自分の言葉を曲げて逃げ帰ったことになる。
無理無理無理無理。それであの爺に馬鹿にされるくらいなら死んだ方がマシだ!!)」

 この間、実に0.5秒である。
 自分の自尊心を守るために何が最善か、紫苑は僅かな時間でそれを導き出した。

「……ルドルフ」

 ちらりとルドルフに視線を向けると、彼もその意を悟ったのだろう。
 些か緊張しているようだが、それでも頼もしい笑顔を返す。

「天狗よ、俺は彼らを助けに来たのだ」
「ほう……それで?」

 突然の言葉に天狗面が目を細めた。
 何を考えているかは分からないが無視をしないと言うことは望みがあると思って良いだろう。

「今ここで俺達がお前に襲い掛かれば、少なくともお前は殺せる」

 だが、その前に人質を殺される可能性も高い。
 現に紫苑は天狗面と同じ会話をするモンスター三つ目にそう言うものを仕込まれた。
 同じことが出来るかは分からないが、出来ないと楽観するのは間違いだろう。

「だが、その場合だと色々厄介なことが起こる。
まず一つ、人質の命。最後っ屁とばかりに殺されてしまえばどうしようもない。
二つめ、こちらが戦っている最中にあちらの戦いが終わり、鬼神が参戦すること」

 天狗面を倒すことは出来る、それでも瞬殺なんて夢のまた夢。
 どうしたって時間はかかる。
 そうなれば勝負を終えたあの鬼神が天狗面に加勢に来るだろう。
 実際のところどうなるかは分からない。
 美丈夫が粘れば天狗面を殺すことも出来るだろう。
 出来なければ混戦必至で、先の展開が読めなくなる上に人質も死んでしまう。

「それはお前達にとっての都合で吾には関係無いだろう?」

 値踏みするような瞳、やはり三つ目と似ている。
 であれば、まだまだチャンスは繋がっているはずだ。
 そう判断した紫苑は更に回転数を上げる。

「その通り。お前には自分が死ぬかもしれないと言う以外の不安要素は無い。
それにしたってお前が命をどうとも思っていない。
あるいは死んでも復活するような特性があるのなら一考する余地も無いだろう」

 ゆえに、今から口にする提案は相手次第と言うことだ。

「――――お前の遊びに俺達も参加させてくれ」
「へぇ……」
「あの剣士に代わって戦うのはこの男、ルドルフ・フォン・ジンネマン。加算する命は俺とルドルフと……」

 天魔と栞に視線をやる。

「俺と一緒に死んでくれるか?」

 一瞬、驚きを露にするも、二人はすぐに穏やかな笑顔を浮かべる。

「是非も無し、地獄までの道行き、お供致します」
「好きな人と一緒に死ねるなら、そりゃ素敵なことだと思うよ」
「ありがとう。麻衣、お前はこの提案の成否如何に関わらず逃げろ」

 その言葉にショックを受ける麻衣。
 どうして自分だけ? 一緒に命を懸けるのが仲間ではないのか?
 そんな困惑がありありと見える。

「な、何で……そんな……うちだって……」

 一緒に死なせてくれ、その言葉を口にする前に紫苑は首を横に振った。

「気持ちはありがたい。だがな、考えてもみろ。
天狗が提案に乗った場合でも勝利の天秤がどちらに傾くかは分からない。
負けてしまったのなら、それをギルドに伝えて二次被害が起こらぬようにせなばならん。
無理矢理にでも救出するために乱戦へもつれ込んだ場合もそう。確かに回復役が居なくなるのは痛い」

 勝率はグン、と下がるだろう。
 だが、居たところで確実に勝てるとも限らない。ならば、後に繋げることを考えよう。

「だが、全員死んでしまっては元も子もない。後に繋げることが出来なくなる。
俺達の後に続く冒険者に情報を残す、それも大事なことだ。
……本来は、役立たずの俺がそうするべきなのだろう。
だが、皆に命を懸けさせるよう頼んだ俺が生きて帰るのは赦されない」
「そ、それやったらうちらだけでも……!」

 逃げよう、人質や今戦っている美丈夫を見捨てて逃げよう。
 今ならば逃走も可能だ! 麻衣はそう懇願するが……。

「ああ。それが正しいんだろう。仲間の命を最優先にするならばな……。
でも駄目だ、こうやってこの場で助けられるかもしれない命を前にして……俺は逃げられない。
ルドルフが断ったのならば、逃げる道を選んでいたかもしれないが……受け入れてくれた。
天魔も、栞も、俺に命を預けてくれた。こんなどうしようもない俺のワガママのために」

 命を預けてくれた、ならば最後まで信じぬくのみ。
 その言葉はアピールだ。
 かつて滋賀で言われたことを忘れていませんよぅ……と言うアピール。

「だったら、俺は自分の正しいと思う道を進むまで。
ことここに至って愚痴愚痴言うのは――――信じてくれた皆に失礼だからな」

 不安を滲ませながらも、それでも清清しい笑みを浮かべる。
 良い具合に決まってるぅ! 紫苑は絶好調だった。

「麻衣、お前には辛い役目を背負わせることになる。
だが、それも必要なことだ。命を懸けるより辛いかもしれないが……頼む、お前にしか出来ないんだ」

 麻衣の額に自分の額を当て、優しい声色で語りかける。

「……ずるいわ」

 それがせめてもの抵抗だった。
 断ると言う選択肢は既に無くなってしまった。

「ああ、俺はずるくて悪い男だ
(よし、これで仕込みは完了だ。不合理ではあるが、日本人が好みそうな美談への布石は打てた)」

 人質を助けられずに生きて帰る=馬鹿にされる。
 どうにか人質を助けようと乱戦の中で死ぬ=名誉は守られる。
 冒険者としては仲間を道連れにしたようなものだから、不適格だ。
 それでも誰かを助けるために命を懸けるのは間違いではない。
 人として正しいことをするために戦って死んだのだと伝える誰かが居れば、
あの老人には馬鹿にされても他の者には馬鹿にされない。
 と言うよりあの老人も流石に死者を罵倒すると自分の評判が落ちることくらいは分かっているはずだ。
 であれば、自分に都合の良い美談に変えてしまう可能性が高い。
 "今時何と立派な若者か! わしが見込んだだけはある!"と。
 何せあの場でのやり取りを知っているのは紫苑と藤堂、カマキリだけなのだから。
 となれば紫苑自身の見栄だけはどうあっても守られることになる。
 そう考えて打ち出した策だった。

「(他人がどうなったっていい!
世界がどうなったっていい! だけど見栄は――――せめて見栄だけは、絶対守る!!)」

 腐 っ て や が る。

「乱戦になった場合、今戦ってる人は助けられないね」
「可能性があるのはぶら下がっている二人のみ。それにしたって成功する確率は低いでしょう」
「だが、やるだけの価値はあろうよ」

 前衛三人が麻衣を背に庇う。
 何時でも逃げられるようにするためだ。
 三人居れば少なくとも彼女が逃げる時間は稼げるだろう。

「と言うわけだ。どうする天狗よ――――遊びに付き合ってみるか?」

 今まで黙っていた天狗面だが、堰を切ったように笑い声を上げる。

「ハッハッハッハ! 良い、こりゃ良い。口先だけじゃあない。命を懸けている。
天井からぶら下がってる腰抜け共とは違う。さてどうしようか……遊んでみるのも悪くないが……」

 もう一押し、そう判断した紫苑は自らの槍を差し出す。

「(ん? 魔力込めてねえのに光ってんな……まあ、どうでも良いか)
もし、ルドルフが勝てないと判断したら――――この槍で真っ先に俺を貫くが良いさ」

 天狗面の判断に任せる、それは生殺与奪を握らせるに等しい行為だ。
 だからこそ、矜持ある者ならば退くことは出来ない。
 ここまでされて逃げるのか、と考えてしまうから。

「……」

 沈黙する天狗面。その視線は槍に向けられていた。
 迷っているようにも見えるが、どうやら違うらしい。
 では何を? そう問われても難しい。一体彼は何を考えているのだろうか……。

「――――よし分かった。おいお前達。聞こえていただろう? 戦いを止めろ」

 槍を受け取った天狗面は意を決したようにそう言い放つ。

「(っしゃあ! 一番楽で尚且つ生き残れる可能性があるルート入ったぁ!!)」

 大歓喜、それでも顔には出さない。

「麻衣(とりあえず保険のためにとっとと出てけ)」
「う、うん……」

 分かっている、それが自分の役目だ。
 だが、どうしたって踏み切れない……それもまた人情だろう。

「構わないさ。その娘には手を出さん。
先に述べたお前と、他三人の命は並べてもらうが……その娘は良い。
まあ、信じるかどうかはそっちに任せるがね」

 紫苑らが負けて殺された場合でも麻衣には手を出さないと言うことだろう。
 信じるも何も、紫苑からすれば万全を期しておきたい。
 なので当然、麻衣には今すぐ逃げてもらいたいのだが……。

「うちだけ生き残るかもしれんのや。なら、せめて見届けさせて」

 こんなこと言ってる相手に逃げろと言うのは空気が読めていないにもほどがあるだろう。

「(逃げるチャンスだろうが馬鹿じゃねえの!?)」

 なので心の中で罵倒するだけに留めておく。
 どうにも総てが紫苑の思い通りにと言うわけにはいかないらしい。

「おい天狗、すまんが少しばかり槍を返してくれ」
「ん? 構わんが……」
「すまんな(一応これぐらいはやっておかなきゃ後で何を言われるか分からんしな)」

 槍を受け取ると手早く呪文を唱えてルドルフに強化魔法を施す。
 魔法をかけ終えた紫苑は天狗面に槍を返し、ルドルフに向けて拳を突き出す

「これぐらいしかしてやれん……勝てよ、ルドルフ」

 その言葉を受けてルドルフもまた拳を突き出す。
 コツン、とぶつかり合う拳、それだけで十分だった。

「構わん。その信頼が何よりも私を強くしてくれる」

 外套を脱ぎ捨て、勇ましい背中を見せつけながらルドルフは鬼神の下へと歩いて行く。
 入れ替わりに戻って来た剣士は申し訳無さそうな顔をしているが、
紫苑が何も言わなくて良いと告げると緊張の糸が切れたのか気を失ってしまう。

「さて、鬼神よ。休まなくても平気か?」

 中央で向かい合う人と鬼。

「……構わん」

 ルドルフの言葉をバッサリと斬り捨てる鬼神。
 べらべらと喋っていても始まらない、やることは決まっているのだ。
 であれば早く始めよう――――鬼神の目は雄弁だった。

「そうか……」

 槍を握る手がじんわりと汗ばむ。
 目の前に居る鬼神は天狗面よりかは劣るだろう。
 だが、自分より強いのは間違い無い。
 見立てではギリギリで届かないと言ったところか。だが、

「おぉおおおおおおおおおおおおお!」

 それでも退けぬ理由があるのだ。
 鬼神のどてっ腹目掛けて放たれた突きは横に飛ぶことであっさりと回避される。
 だが、それで良い。それは織り込み済みだ。

「っせやぁ!」

 ミシミシと軋む筋肉を無視してそのまま横薙ぎの一撃に移行する。
 渾身の力で放った攻撃は見事鬼神の横っ腹にヒット。
 思いっきり大木を殴りつけたような感触と痺れがルドルフを襲う。
 しかしそれも無視だ。気にかけている暇は無い。
 鬼神は打たれながらも既に反撃の体勢に入っているのだから。

「ッ……!」

 片手で振るわれた薙刀が首のあった場所を通過する。
 屈んでいなければ首を刎ねられていただろう。
 ルドルフはすぐさま槍を引いて体勢を整える。

「……まだ終わらんぞ」

 鬼神の言葉と共に始まった苛烈な攻撃。
 息つく暇も与えぬ連撃を、受けて、避けて、いなして、どうにかこうにか戦いの体裁を保つ。
 それだけでガリガリと心身が削れていくのが分かる。
 鬼神の攻撃に技術の匂いは無い、それでもただ速い、ただ重い。
 シンプルな強さを体現する敵の厄介さは直に相対することでよーく分かった。

「ふ、ふふ……ハハ!」

 だが、ルドルフは笑っていた。
 タイトロープな攻防の中でも尚、彼は笑っているのだ。
 強い、確かに強い。今の自分では追い付けない。
 なら、成長すれば良い。今の自分を先へと進ませてやれば良い。
 噴出する脳内麻薬がルドルフのテンションを何処までも上昇させてゆく。

「ッッ!?」

 横合いから飛んで来た一撃。
 上体を逸らすことで回避しようとしたが、コンマ数秒遅かった。
 切っ先がルドルフの左目を通過したのだ。
 バックリと横に避けた眼球からは完全に光が消え失せた。
 片目の視力を失ったわけだが、それでも彼は笑みを絶やさない。
 それどころか自ら左目を抉って口に放り込んでしまった。

「フフフ……何、私が憧れるオーディンも隻眼だ。まずは形から、と言うやつだな」

 不敵に笑うルドルフを見て紫苑は思った。

「(目 玉 喰 う の は 夏 侯 惇 だ ろ。)」

 空気を読めていないことを除けば実に正しいツッコミである。
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