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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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調子に乗った結果がこれだよ! 弐

 残された四人は資料に目を通すこともなく他愛ない雑談に興じていた。
 司会進行役が居ないので他にやることもないのだ。

「……紫苑さん、大丈夫でしょうか?」

 栞の口からポツリと不安が漏れ出てしまう。
 過保護と笑うなかれ、彼女は紫苑が会っている人間がどう言うものかを知っているのだ。
 本人と面識があるわけではない。同じようなタイプの人間を知っているだけ。
 そしてその知っているタイプと言うのは悉く面倒だ。
 正しさを自分に課していたかつての栞、正しさを捨てて春風紫苑に依存し切っている今の栞、
どちらの栞から見ても老いて腐りきった人間は嫌悪の対象でしかない。

「んー……よう分からんけど、何で栞ちゃんとルドルフくんは苦い顔しとるん?」

 一般人の感性を持つ麻衣からすれば少々過保護に見えてしまう。
 だからこその問い、しかしこう言うものは知らぬ方が良いのだ。
 関わり合いになる機会が無ければ一生知らなくても問題は無いのだから。

「何となく分かるような気もするけど、僕の場合は想像でしかない……そんなに面倒なの?」

 天魔は今ここに居る四人の中で三番目くらいに理解している。
 とは言ってもあくまで想像。実際に会ったことのある二人とは比べるべくもない。

「何と言うかなぁ……いや、紫苑が会っている御仁がそうだとは限らん。
しかし、話に聞く限りでは私の知るタイプの嫌な老獪と同じ匂いがするのだ。
そう言うタイプの人間と言うのは得てして、妬み嫉みの権化でな」

 妬み嫉みの権化と言うのなら紫苑も負けてはいない。
 常時ジェラってる男も中々居ないだろう。

「性格が捻じ曲がり、初心を忘れ、若きを嫌う醜い枯れ木。あるいは肥え太った油狸でしょうか?」
「あー……そう言えばそうだな。そう言う手合いは太っているか、
ガリガリに痩せているのが多いな。うむ、思い当たる節は幾つかある」

 学生にしては苦労の多い二人である。
 まあ、そう言う家に生まれてしまったのだからしょうがない。
 庶民には分からない苦労だが、それに釣り合うだけの幸福もあるのだろう。
 いや、栞の場合は不幸か。特に家族関連が最悪と言って良いだろう。
 悪事に手を染める両親と姉。
 特に姉の方は目の前で偽りの焼身自殺をして妹の恋路を邪魔したのだ。
 挙句、今では姿を変えて栞の知らぬ間に想い人に這い寄っている。

"アハ……紗織わたし百合わたしであなたを独り占めです♪"

 素面でこんなことを言える姉とか生まれて二秒で縁を切るレベルだ。
 栞が歪んでしまうのも仕方なかったのかもしれない。

「あやー……栞ちゃんもルドルフくんも、ええ思い出ないんやねえ」

 イマイチ実感が沸かない麻衣だが、
二人の虫唾が全力疾走している顔を見れば悪い思い出であると言うのはよく分かる。
 特に二人共に美男美女、その辺もやっかみの対象になることは想像に難くない。
 男ならばまだマシだが女の場合はセクハラ染みた展開もあり得る。

「何か栞ちゃんってそう言う爺とか糸でバラバラに引き裂いてそうだよね」

 ケラケラと笑う天魔も高級マンションを買ってもらったりと、
一応良いとこのお嬢さんではあるのだが歴史が長いわけではない。
 そのおかげで面倒な付き合いとは無縁でやって来れた。
 その点で言うなら彼女は恵まれていると言えるだろう。

「しませんよ。頭の中以外では」
「……そ、想像の中ではしとるんや……」
「それはもう。会話をしている間はどうやって解体してやろうかと何度も何度も……」

 振り切れた今の栞なら、そのうち本当に解体してしまうかもしれない。
 そう考えると背筋が寒くなる麻衣であった。

「まあでも、ルドルフさんはルドルフさんで大変そうですがね。
この前も遠目で見ていて同情しましたし……本当に、ご愁傷様です」
「どっかで会ったのかい?」
「ええ。そう言う集まりの場に居合わせましてね」
「……祖父が隠居の身だからな。名代として出たのだが、面倒なことこの上ない」

 苦虫のペーストで歯を磨いたような顔をするルドルフ。
 天魔と麻衣は興味津々と言う顔をしている。
 一体何があったのだろう? そう思ってしまうのは人の性なのでしょうがない。

「とあるご婦人に愛人にならないかと言われていたんですよ」
「あ、愛人とな!? ふわぁ……何それ……すっごいやん……」

 見知らぬ世界の出来ごとに目を輝かせる麻衣。
 確かに野次馬根性が刺激されるのも無理からぬことだろう。

「家の繋がりも持てますし、尚且つルドルフさんは美男子ですからね」

 愛人にならないかと持ちかけた女にとっては良いこと尽くめだ。

「それで、そのご婦人の旦那様が婿養子なんですよ。
容姿は十人並みで、妻の尻に敷かれている典型的なお婿さん。
何が酷いってご婦人は隣に旦那様が居るのに愛人にならないか? とか言い出すんですよ」

 栞も女の子、お喋りが嫌いなわけではない。
 回り出した舌は語り終えるまで止ることはないだろう。

「……まあ、私もその場はテキトーにいなしたのだがな。
ご婦人が席を外した途端に、旦那が食ってかかって来たのだ。もうそこからは笑えない修羅場よ」

 名代で来ている以上、下手な真似は出来ないし、何より相手は一般人。
 向こうが殴りかかって来ようと応戦することも出来ない。

「結局、他の同席者が止めてくれたが……もうあんなところへは行きたくないな。
そもそも私が日本に来たのは、この国に興味があったからと言う理由の他に、
ああ言う場に出たくないと言うのもあったのだ。だから祖父の下に身を寄せたと言うに……」

 貴人の苦労と言うやつは中々に大きいのかもしれない。
 麻衣はしみじみと自分が庶民であったことの幸運を噛み締めていた。

「っと……話がずれたな。とにかく、そう言う場では嫌な老人も多いのだ」
「勿論、総てがそう言う方ではありませんが……」
「紫苑が会っている御仁は間違いなく嫌な老人だ。鎌田の顔を見るに間違い無い」
「それに、紫苑さん自身も察していたようですし……」

 自分達ならばまだ、場数を踏んだ経験があるから対処の仕方も心得ている。
 しかし紫苑は言い方は悪いが庶民で、そう言う人間と対面した経験は少ないだろう。
 だからどうしても心配になってしまうのだ。

「成るほどなぁ……」
「まあでも紫苑くんなら大丈夫じゃない? 器用にこなせるような気もするし」
「いいやどうかな? あれで紫苑の奴は中々に激情家だ」
「鎌田さんと初めて会った時も結構辛辣でしたし」
「話が拗れるかも……って思ってるわけだ。でも、そこも含めて大丈夫そうだけどね」

 どう言う形に収まるかは分からない。
 それでも何とかしてくれそう……そう思ってしまうのだ。

「ま、ここで我らが論じても詮無きことか……。どれ、建設的な話でもしようではないか」
「言いだしっぺの法則ー! ルドルフくんが何か話題振ってーな」
「うむ、分かっているさ。卿らはどう思う? 他のパーティについて」

 他のパーティは精力的にダンジョンを探索している。
 同じ選別を乗り越えたはずなのに、自分達はまだ一回だけ。
 カマキリの言い分も理解できなくはないが……それでもルドルフは不満だった。

「私達が軽んじられている、と言うことですか?」

 涼しい顔をしているが栞とて自尊心ぐらいはある。
 自分とここに居る三人の仲間達、
そして想い人である紫苑が揃っているこのパーティは最高だ。
 だと言うのにどうしてもっと動かせてくれないのか。そこが不満でしょうがない。

「ああ……確かに、個々の力では私や卿らよりも優れた者が居るだろう。
身近で言うならアイリーンがそうだな。無双と言う言葉がピッタリだ」

 それでもアイリーンは選別を超えられなかった。
 戦いで負けたと言うのもあるが、それ以上にチームワークが良くない。
 彼女の仲間達も悪感情を抱いているわけではないだろう。
 それでも、圧倒的な強さを誇るアイリーンが居るせいで多少の緩みが出てしまう。
 緩み、それだけなら良い。心の何処かで諦観を覚えてしまわないだろうか?
 つまり、アイリーン・ハーンは個としては優れているが群になると不完全になるのだ。

「しかし、我らは個の力で戦うわけではない。冒険者に必要なのはチームワークだ」

 高い実力を持つ者らが、たった一人の凡人を要に強い結束を誇っている。
 それがこのパーティが選別を超えられた理由だ。
 そしてギルド側もそこは評価しているだろう。
 彼らがこの場に居ることが何よりもの証左である。

「そのチームワークにおいては最高だと自負している。なのにこの現状は何だ?」
「そこは僕も同感だね。飼い殺しにされるなんてつまらないにもほどがある」
「天魔さんは単純にスリルを欲しているだけでしょうに」
「悪い? 滋賀の一件でも、色々と不完全燃焼だったんだ。ちょっとくらい楽しませてくれよ」

 命をチップにした遊びへの執着は愛によって薄れた。
 それでも、興味がないわけではないのだ。
 偶にで良いから遊びたいと思っている。だからこそ、現状に不満を持っている。

「怪我したの治すのうちなんやけどなぁ……」

 苦笑する麻衣だが、彼女も不満が無いと言えば嘘になる。
 自分の力に自負を持っているし、
未開の地を切り開くと言う冒険者としての気概にも溢れているのだから当然だ。
 このパーティの中で消極的なのは紫苑だけである。

「うむうむ、皆もそう言うと思っていた。紫苑も同じ気持ちだろう」
「でしょうね。我慢強い方ですから裡に裡にと秘めて表には出さないでしょうが」
「初日の自己紹介からしてそうやもんな。真っ直ぐひたむきに歩きたいって言っとったし」

 悲しい悲しい一方通行。
 逆走禁止の心の道、通じ合うことは一生無いだろう。

「……まあ、立ち止まるのが苦手な性質だからね。紫苑くんはさ」

 天魔は屋根の上で語り合った夜を思い出していた。
 紫苑が見せた弱さ、喪った者に突き動かされる悲しい悲しい生き方。
 それでも否定はしない。それに、何時かその道が正される時も来る。
 他ならぬ彼が言った言葉だ――――"苦悩を突き抜けて歓喜に至れ"。
 何時か紫苑も苦悩の先へ往く時が来るだろう。
 だから、そこへ至る道行を支えるのが自分の役目だと天魔は強く自覚している。

「ま、とにかくさ。近々潜るのは決定してるんだ。魅せ付けてやろうじゃないか、僕らの力を」

 天魔の言葉に全員が強く頷く。

「つーわけで早く決まらないかなぁ……ふわっとし過ぎなんだよ」
「近いうちって何時やねん! って何度ツッコミそうになったことか……」
「今度は滋賀の時のように情け無い姿は見せたくないものだ」
「滋賀と言えば……あの三つ目です」
「奴がどうかしたのかい?」
「他のダンジョンを探索していたパーティは会話を持ちかけられたことなどなかったそうですね」

 それは資料に書いてあったことだ。

「それどころか問答無用で殺しに来たとも書かれています」
「そう考えると……僕らは何だったんだろうね?」

 天魔らが最初に接触した餓鬼のようなモンスターもそうだ。
 明確な殺意を以って襲って来たわけではない。

「私が戦ったあの髑髏もそうよな。殺意が感じられなかった」

 鍵はあの三つ目だ。あの三つ目はダンジョンの主なのだろう。
 主の命に従っていたからこそ、他のモンスターは殺さなかったのかもしれない。
 だが――――何故だ? 他のモンスターは命令を受けていたから。
 では三つ目自身は何故殺そうとしなかった?
 気紛れと言えばそれまでだろう。
 実際に三つ目も気分次第では谷底で紫苑を殺す気だったし、
ゲームをクリア出来ねば全員死んでいたはずだ。
 やはりおかしい。他のダンジョンに出て来たモンスターは問答無用で殺しに来たのだ。
 報告書を読む限り異端なのは三つ目だけ。

「分からないと言うのは……どうにも気持ちが悪いな」
「しゃあないよ。人間は、理解の枠に当て嵌まらないものを忌避するからねえ」
「この先、冒険を続けていけば何か分かるんやろか?」
「そう祈るしかありませんね」
「現状ではピースが少ないからねえ。絵が全然見えない」
「だからこそ進むのだろうよ」

 そうやって四苦八苦しながらほんの一欠片ずつ拾い集めて行って、
やがては一枚の絵を完成させる……それもまた冒険者の在り方の一つだろう。

「ま、それでも焦らず急がず一歩一歩やな」
「うん……でも、何か真面目な話しちゃってるね僕ら」
「良いことではありませんか」
「だが、こう言う会話ばかりでは肩が凝るな」
「発端となったのはルドルフくんやん……」
「まあ、そうなのだが……あれだ、今度は何か気軽に出来る話題が良い」
「紫苑くん居ないとまとまらないなぁ……どうにもこうにも」

 苦笑してはいるが、ルドルフの提案には天魔も賛成だった。

「言いだしっぺの法則……と言うのも酷でしょう」
「流石に二度目だもんね。だから、僕が話を振るよ」

 丁度良い機会だ。恐らくは栞も同じことを考えているはず。
 そう察した天魔が代表して話題をぶち上げる。

「――――どっかの馬鹿が紫苑くんを合コンに誘い出した件について」

 室内から音が消え去った。痛々しい沈黙だけが場を満たしている。
 ルドルフは二対四つの瞳から逃れるように窓の外を眺めているが……。

「え? 紫苑くん合コンとか行くん?」

 無表情と眉をハの字にした困っている顔が基本の紫苑。
 その彼が合コンなんて場に行くと言うのは意外だった。

「うん……どっかのハゲとどっかの金髪がねえ……」
「ええ……誘い出したんですよ七月の頭に……」

 女二人の濁り切った瞳が何とも怖い。

「ちょっと待て! 誤解だ! 私は誘われただけだ! 主犯は花形だ!!」

 怒れる女を前にしてルドルフが必死に弁解を始める。
 直接的な暴力は振るって来ないだろう、いいやそうしてくれた方が楽だ。
 ルドルフ・フォン・ジンネマンと言う男は精神的にクるような小言には弱いのである。

「でも、止めること出来たんじゃなぁい?」
「……知ってますよね? 私達の気持ち」
「と、と言うかだな! 卿ら自分で止めたじゃないか!」

 ルドルフの反論、確かにその通りだろう。

「卿らとアリスが店に乗り込んで来ての女子会(笑)と言う名の圧力!
そしてその後の乱闘! あれで完全に合コンはおじゃんになったのだぞ!?
その後我らがどうしたか分かるか!? ホテルで男三人悲しく飲み明かしたんだぞ!!」

 そこで麻衣は思い出す。クッキーを贈ったあの日を。

"風邪じゃなくて怪我――――それも自業自得のな。少しは反省してくれれば良いんだがな"

 紫苑は確かにそう言っていた。
 その怪我と言うのは件の乱闘で負ったものだろう。
 彼の元気が無かったのも頷ける。
 女三人の乱行に胃を痛めて、
その後飲み明かしてから学校に来たのだからそりゃしんどいに決まっている。

「何やってんだよ君ら……」
「何と言うむさ苦しい……」
「い、いや……卿らがあんなことしなければ私達も酒宴なぞ開かなかったぞ!?」

 白けた目でルドルフを見つめる二人。見事な棚上げである。
 惚れている男のそんなところまで真似しなくても良いだろうに。

「あはは……それにしても合コンなぁ。相手どんな人らやったん?」
「ん? ああ……普通の女子高生だったぞ」

 腕を切り落としたり実の姉とマジで殺し合ったり、
墓を暴いて遺体を弄くるような女子は誰一人として居なかった。

「あー……せやったら栞ちゃんらも放っといて良かったんちゃう?」
「いやいや、万が一もあるかもしれないでしょ?」
「そう? でもよう言うやん。冒険者と一般人は長続きせーへんって」
「そう、なのでしょうか?」
「うん。結構雑誌とかにも載ってるよ?」

 伴侶や恋人が冒険者なんて危険な職業をしていると不安になるのだろう。
 待ち続ける身と言うのは、これで中々辛いものだ。

「そうなのか。だが、花形は本気で恋人を見つけに行ったようだがな」

 大家族を築くことに憧れを持っているハゲだからだろう。
 伴侶が冒険者だと、夫婦揃って何時死ぬか分からない。
 そうなれば子供が居た場合は親を両方失うことになる。
 それだけは避けねばならない。だからこそ、伴侶には一般人を望むのだ。

「へえ……花形くんってそうなんや」
「だったら自分一人で行きゃ良いのにさ」
「ですよね」

 むすっと膨れている女二人。
 少々勝手な物言いではあるが、これもまた恋する乙女ゆえ。
 受け流すのが男の度量と言うものだ。
 まあ、紫苑にそのような寛容さは微塵も無いわけだが。

「ほんまにモテモテやねえ紫苑くん」
「厄介な女ばかりだと思うがな」

 余計なことを言ったルドルフの両頬を何かが掠める。
 つぅっと流れた赤い血。冷や汗を掻きながら後ろを振り返ると……。

「ぼ、ボールペン……」

 二本のボールペンが壁に深々と突き刺さっていた。

「いやでもまあ……天魔ちゃんとか栞ちゃんはまだええやろ」

 本人の性格はともかくとして、傍から見る分には美男美女でお似合いと言える。
 だが、約一名ほどアウトな女が居るのだ。

「アリスちゃんとか、あれ知らん人見たら犯罪やで犯罪」
「我らは事情を知っているが……見た目はガチ小学生だからな」
「あ、ふと思ったんだけどさ。あのガキに変若水とやらを飲ませたら成長するのかな?」

 特殊な体質であるのはもう知っている。
 如何なる理由か、アリスの身体は時間が止っているような状態だ。
 食べれば排泄はするが、食べなくても大丈夫だしそうすれば排泄の必要も無い。
 寝ようと思えば寝られるが特に疲れるようなことをしなければ寝なくても問題は無い。

「どうでしょうか? 説明では肉体を全盛期に……と言う話でしょう?」
「今が全盛期ならば関係は無いのかもしれんな」
「ちゅーか、あっても飲むかな? 今の状態でも不都合無さそうやし」

 紫苑が飲めと言うのならば喜んで飲むだろう。
 だが、そうでなければ自発的に飲むとも思えないし効果があるとも思えない。
 麻衣の言葉に天魔も納得したのか、それもそうかと苦笑している。

「アリスさんと言えば他にも気になることがありますよね。彼女は、不老不死なんでしょうか?」

 人間は皆、老いへと向かっている。
 時間に背中を押されての強制進行、それを止めることは出来ない。
 それこそ、変若水のようなものを使わなければ。
 しかしアリスの場合は老いと言う概念が無いように見える。
 となればそれは――――人類が抱く永遠の夢を体現していると言えるのではないか?

「いや、不老はともかく不死じゃないと思うよ。
大阪ドームで、アイツは紫苑くんに殺されることを望んでいた」
「となると……死はあるわけか」
「恐らくはね。いや、正確なことは分からないけどさ」

 アリスは自身の肉体に纏わりつく異常に対しては無頓着だ。
 ひょっとしたら死ななかった可能性もある。
 それでも天魔は不死ではないと思っている。
 死と人間は切り離せない。人間である以上は死から逃れることは出来ない。
 いや、どんな命も死からは逃れられない。
 もしも人間が死を超越してしまったらそれはもう人間ではない。
 人間と言う種から何か別の種になってしまう。
 そうなれば人間の形をしていても、言いようのない違和感を抱くはずだ。
 しかしアリスからはそれが感じられない。ならば彼女は人間だ。
 そして人間であるなら矢張り死ぬ。
 それが天魔のアリス不死説を否定する論拠だ。

「まあ、不死って何か辛そうやもんね。でも、不老かぁ……」

 "時よ流れろ――――老いさらばえてもお前は美しい"紫苑はそう言った。
 あの言葉に一定の理解を示した麻衣に不老への憧れは余り無い。
 しかし、他人が不老を体現しているかもと思うと……。
 まあ、多少は気になってしまうものだ。

「変若水なんぞよりあのガキ解剖して調べた方が良いんじゃないかな」

 えげつないブラックジョークである。ああいや、本音か?
 どちらにしろ性質が悪いことに変わりは無い。

「卿はどうにもアリスと相性が悪いな」
「いや、喧嘩するほど何とやらちゃうかな?」
「――――あん?」

 強烈な視線が飛んで来る。
 思わずたじろいだ麻衣はすぐさま話題の転換を決めた。

「そ、そう言えば変若水とか一般的な名詞やないよね?
栞ちゃんも紫苑くんもよー知っとったなぁ……何処で習ったん?」
「別に習ったとかそう言うわけではありません。本を読んでいたら自然に……ですね」

 日本文化を愛する栞だ。
 万葉集などに目を通していても不思議ではない。

「紫苑くんもそうなんかな?」
「恐らくは。紫苑さんがそらんじた歌も万葉集の中に記されているものですし」
「万葉集って和歌集だっけか……面白いの?」
「面白いですよ。歌には詠んだ人間の心が宿りますからね。
そこに思いを巡らせると言うのは……中々どうして、楽しいものです」

 言うまでもなく紫苑はそんな健全な楽しみ方をしていない。
 今の人間の感性からすれば恥ずかしいとしか言いようが無い表現。
 奴はそれらを哂っているのだ。自分も恥ずかしい表現を多用しているくせに……。

「ルドルフくんは興味ありそうやね」

 キラキラと目を輝かせながら耳を傾けているルドルフを見て三人は苦笑を浮かべる。
 外国人で日本好きの彼にとっては興味深い話題なのだろうが、
ここまで楽しそうにされるとリアクションに困るのだ。

「学校の図書室にも置いていると思いますよ」
「ふむ……機会が無いから余り足を運ばなかったが、これを期に寄ってみるか」
「夏休みでも開放されてるからね。何時でも行くと良いさ」
「うむ! ところで栞よ、伝奇小説や剣豪小説などでオススメはあるか?」
「いや……あの、私女ですよ? そう言うのは読みませんから」

 強いて有名なのを挙げるならば八犬伝辺りだろうか?
 それにしたって栞は簡単なあらすじぐらいしか知らない。

「そう言うのは紫苑さんに聞いた方がよろしいかと」

 そんな話をしていると、ようやく紫苑とカマキリが戻って来る。

「ああ、戻ったか。大丈夫だったか紫苑よ」
「少々気疲れしたが、何とかなったよ」

 なってません。

「……春風くん、手筈通りに進めるよ」

 小声で確認を取ると紫苑も小さく頷いた。

「……頼む」

 紫苑とカマキリはここに戻る前に一つの取り決めをしている。
 曰く、先ほどの話をすれば仲間達は俺のためにと動いてくれるだろう。
 それでは申し訳が立たない。
 気持ちは嬉しいが、それで死地に駆り立てるのはリーダーとして不適格極まりない。
 だから自由意思に任せよう。
 それで岩手行きが無しになった場合は素直に頭を下げる。
 まず間違いなく特殊なダンジョンを探索する資格を失うが、
嫌っているのはあくまで自分だけなので構わない。
 とまあ、聞く者にとっては耳障りの良い言葉でカマキリに真実を伏せさせたのだ。

『回りくどいことするよな』
「(うっせー! 理由話したら絶対動くんだよこの偽善者共は!!)
『だが、パーティ救助ってのは良いのかよ。そんなの聞けば義憤に駆られるんじゃね?』
「(大丈夫だ。情で判断を見誤るような奴らではない)」

 天魔と今の栞はともかくとして、ルドルフと麻衣は善人だ。
 倫理道徳を胸に人道から外れずに生きている。
 目の前で困っている人が居れば迷わず手を差し伸べるだろう。
 が、善で目が曇っていると言うほどでもないのだ。
 件のパーティが消息を絶ったのは普通のダンジョンではない。
 多くの冒険者の中から掬い上げられた一握りの冒険者しか探索することの赦されないダンジョンだ。
 そこの恐ろしさは滋賀の一件もあり身を以って知っている。
 ただ探索するだけなら頷いただろう。しかし……。

「(救出、動けない可能性があるなら背負わなければいけない。
それが一人だけならまだしも複数生き残っている可能性もある。
足手まといを連れての行軍なんて此方の生存率を下げるだけでしかない。
良いか? 冒険者ってのは基本的に自己責任の職業だ。連中もそれぐらいは弁えている)」

 それだけではない。
 選別を超えた優秀なパーティが帰って来れなくなるような場所だ。
 万全を期して挑んでも尚、不安が募る。
 そこにお荷物を加えるなど自殺行為でしかないのだ。
 冒険者は自己責任の職業。考えるのは自己とパーティの安全のみ。
 余裕があれば助けるのも良いだろう、
だが余裕も無いのに動くのは愚か者でしかない――――それが紫苑の持論だった。

「さて、少し良いだろうか? 君達に話があるんだ」
「? 何でしょうか?」
「先ほど入った情報でね。
岩手の平泉にある孔に潜った冒険者が規定日数を超えても戻って来ていない。
君らは手が開いてるし、二度目の探索として丁度良いと思うのだが……どうだろう?」

 カマキリの言葉に四人は即座に頭を回転させてリスクを導き出した。
 それは概ね紫苑が考えているものと同じだったが……。

「――――良いじゃん、行こうよ」
「(なん……だと……?)」
「救助と言う要素が加わるならば難易度は高いでしょう」
「だが、正当な評価を貰えるチャンスでもあろうよ」
「どの道、燻っとるよかマシやもんな」

 成るほど、紫苑の論理も正しくはある。だがそれは一側面にしか過ぎない。
 リスクを承知で大きなリターンを得るために死地へと赴くのもまた冒険者なのだ。
 どちらが間違っているではない、どちらも正しいのだ。
 これがリスクを理解しないでの行軍ならば話も変わるだろう。
 だが、理解した上で決めたことならば一概に否定出来るものではない。
 蛮勇もいけないが、臆病が過ぎるのもいけないのだ。

「(ば、馬鹿な……嘘、だろ? 何なのお前ら!? 正気じゃねえよ!!)」

 彼らの選択は臆病が過ぎるこの男にとっては完全に予想外だったようだ。

「うむ、よく言ってくれた。君達ならばそう答えると思っていたよ」

 紫苑が藤堂との対面でずっと沈黙を続けていれば、
何のかんのと理屈をつけてパーティから除外されていただろう。
 そしてそのまま一学生に逆戻りだ。
 その場合、カマキリにはどうすることも出来なかった。
 何せあの段階の彼には勇気が無かったから。
 しかし、紫苑が欲を掻いて冒険者としての将来を絶とうとしたのがいけなかった。
 ペラペラと罵倒を繰り返した結果、鎌田桐緒に勇気が芽生えてしまったのだ。
 だからこそ彼は救助に行かせると言う提案を口にすることが出来た。

「(嗚呼、俺って世界一不幸な美少年だ!!)」

 まあようは――――何 時 も の 自 業 自 得 で あ る。
+注意+
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