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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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調子に乗った結果がこれだよ!

 夏休み初日。学生ならば、さあ今日はどうしようか。
 とりあえず昼まで寝てみようか? いや、朝から遊びに行こうか?
 そんな風に楽しい想像を巡らせるだろう。
 だが、生憎と春風紫苑にそんなことは赦されていない。
 朝からギルド大阪に仲間と共に召集されたのだ。

「これが資料だ。しっかり頭に叩き込んでくれ」

 紫苑らを受け持つカマキリがトントン、と手に持ったファイルを叩く。
 中身は他のパーティが探索したダンジョンの情報や、詳細な行動だ。
 個人情報は同意無しで開示出来ないし、
コンタクトを取るのも合意が不可欠なので無理だが、それぐらいは許容範囲のようだ。

「広く、浅く、と言った感じですね」

 栞の言葉は的を射ていた。
 とりあえず一気に踏破すると言う方針ではなく、
表層だけでも探索してすぐに別のダンジョンに移ると言うことを繰り返しているのだ。
 紫苑らに比べるとよっぽど頻度が高い。

「ちょっとカマキリくん。何で僕らは一回しか行ってないのに他所はガンガンやってんのさ?」
「変なあだ名は止めろ! んん……それには理由がある」

 そりゃそうだろう。前置きするまでもない。

「正直、君らの実力が未知数だと上の年寄りどもが騒いでいるんだよ」
「何だそれは? 私達はそちらの選別をクリアしたのだろう?」
「そうだ。けど、初回の探索を思い出してくれ。余りにも状況が特殊過ぎるんだよ」

 資料によると知性を有するモンスターとの交戦記録なども書かれている。
 それでも、他のパーティでは明確に会話を交わしたなどとは書かれていない。
 あの三つ目のように特殊過ぎるモンスターとは出会ってすらいないのだ。

「一応成果は持ち帰っている。けど、それは他のパーティも同じだ。
他のパーティは危なげなく初回の探索を終えている。じゃあ君らが間抜けだった?
それも違う。兎を使った偵察などは小さいことだが、目端が利くと言って良いだろう」

 しかし、結果としてはパーティ離散の上に絶体絶命の状況に追いやられてしまった。
 他のパーティではこんな困難がなかったのだ。
 そもそもからしていきなり飛ばされるなんてこともなかったし、
九千体ものモンスターとゲームをすることもなかった。

「君らは特例中の特例で評価が難しいんだ。
勿論、三つ目とやらのゲームを乗り切るために打ち出した春風くんの策や、
それを実行した四人の胆力や実力は見事と言うしかないだろう」

 しかし敵が余りにも圧倒的過ぎた。
 差が開き過ぎていると正確な実力を把握出来ない。

「だったら改めてうちらを他のパーティと戦わせるなり何なりして評価すればええやん」
「そうしたいのも山々だが選別を超えたパーティの存在は極秘裏だ」

 選別を超えた者同士を戦わせるなど論外だ。
 貴重な存在を万が一にでも死なせてしまったら痛手にもほどがある。
 かと言って外部の人間に頼むにしても、怪し過ぎるだろう。
 ギルドからの要請で戦えと言われて訝しまない人間などいないはずだ。
 それでも全容は掴めないだろうし、放置していても良さそうだが……。
 ギルドとしては僅かな可能性でも消去しておきたいのだ。
 面倒臭いことこの上ないし、それで貴重なパーティを遊ばせているのだから本末転倒である。

「面倒だなぁ……だったらギルドの人間とやらせろよ」
「ギルドに選別を超えられるレベルの人間が居たら最初から使ってるよ」
「(組織ってホント馬鹿。でも馬鹿が多いせいで命の危険が遠ざかるのは良いことだよね!)」

 不満たらたらの四人に合わせて渋い表情をしている紫苑だが、本音はこんなもんだ。

「まあでも、流石にこれ以上は上もじれったいとか言い出してね……勝手なことに。
だからさ、近いうちに今渡した資料に乗っているダンジョンの何処かに行ってもらう」
「それは結構なことだな。私達も無為に時間を過したくない」
「(何でや! 無為な時間最高やろ!!)」

 流石存在そのものが無為な男は言うことが違う。

「ってか、それだけ言うためにうちら集めたん?」
「いや、他の報告も兼ねている。次のページを見てくれ」
「分かった……ん? これって……(おい……おい、どう言うことだ!!)」

 紫苑はさらっと目を通して怒りを抱いたが、他の面々は困惑している。

「すいません。これはどう言うことでしょう? 滋賀の孔が通れなくなったって」
「後日、別のパーティが潜ったところ弾かれてしまったって……僕らん時はそんなのなかったよね?」
「うむ。我らが出た後も孔に特に異常はなかったぞ」
「強いて言うなら強い郷愁みたいなんやけど……あれは入る時も感じたし何処の孔もそうっぽいもんな」
「僕らも調査しているが理由はまったく分からない。けど、本当に入れなくなったんだ」

 幸いなことに持ち帰ったあの銃は量産可能の代物だった。
 なので、新たに調達しなくても済むのだが……それでも不可解に過ぎる現象だ。

「実際に現地まで行った他のパーティの証言によると、だな。
"お前じゃないって拒絶されているようだ"――――とのことらしい」
「わけが分かんないよ……孔に入れなくなるなんて普通のダンジョンでも無いでしょ?」
「そうだ。僕も正直、意味が分からない。だが、一応は報告しておかねばと思ってな」

 さて、困惑の理由はこれで分かっただろう。では、憤慨の理由は?

「(ふ、ふふふふふざけるなよ! じゃあ何か!?
他の奴らは俺みたいな不幸な目に遭わないってか!?
俺が辛い思いしたんだから他の連中も不幸になれよクソクソクソぉおおおお!)」

 自分が不幸ならば――否、不幸でなくても周りが不幸になれと思っているからだ。
 だからこんなにも真剣に怒っている――――嗚呼、どうしようもねえ。

「じゃあ、次の説明に移るよ」

 今日のカマキリはどうにも毒が無い……と言うより憔悴していると言った方が正しいか。
 目の下には大爆笑ものの深い隈、心なしか頬もこけているように見える。
 加えて、スーツも若干よれている。
 紫苑はこう言うみすぼらしい風体を見ていると腹を抱えて笑いたくなるのだ。
 と言うか心の中では大爆笑である。

「次のページに、それぞれのパーティが手に入れたアイテムの目録が載って……」
「いや、載ってませんよ?」
「図解入りのモンスターの詳細情報になっているぞ」
「え? あれ……あー……しまった。挟むの忘れてたか……」

 ガシガシと頭を掻くカマキリは明らかに精彩を欠いていた。

「あのぅ、しんどいんやったら休んだ方がええで?」

 癒し手である麻衣がそう進言するとカマキリは苦笑を浮かべて首を振る。

「それが出来たらどれだけ楽か……」

 特別なダンジョンに潜れるパーティは紫苑らも含めて片手で足りる数しかない。
 その中で学生は二組、しかし担当をしている人間で一番若いのはカマキリだ。
 だからと言うわけではないが、何かと嫌味を言われてしまう。
 上からも横からもせっつかれたり通常業務もあったりと休まる暇がないのだ。

「まあ良い。じゃあ、悪いけど口頭で説明させてもらうよ。
君達が手に入れたあの銃――――僕らはシンプルに安土と呼んでいる。
その安土を始めとして、色々なものがギルドに齎された。
中には研究中のものもあるが……中でも変若水と呼ばれる代物は安土に並んで素晴らしい」

 口頭で説明出来ると言うことは総ての情報が頭に入ってあるのだろう。
 それが出来る程度には優秀であり、それがまた紫苑の嫉妬を掻き立てる。
 全方位嫉妬マシーンの面目躍如である。

「(ケッ……過労でぶっ倒れろ)変若水、と言うと……月夜見のアレか」
「確か若返り――――でしたか?」

 そう言う方面の知識を持つ二人が真っ先に口を開く。

「白髪生流 事者不念 變水者 鹿煮藻闕二毛 求而将行――なんて歌もあるくらいだしな」

 それ以外にも万葉集では多くの変若水を詠んだ歌が存在している。

「君らの指摘は正しい――――が、それだけじゃない」

 それだけではない、つまり若返りの効果以外にも何かあるのだろう。

「採取出来たのは少量で、モルモットに投与したところ子鼠は成体に。老いた鼠は若返ったんだ」
「(それってつまり……マジでか!?)本質は若返りでも成長促進でもない?」

 その可能性を見出した紫苑は驚きを押し殺して問いを返す。

「察しが良いな。その通りだ。これは肉体を全盛期にする効果がある」

 アムリタに負けず劣らずの絵空事だ。何せ不老の夢が叶うのだから。
 変若水を飲み続けている限り、決して老いない。
 常に全盛の肉体を維持し世を謳歌出来る。これは凄い、同時にこれはヤバイ。

「とは言っても、さっきも言ったように採取出来たのは少量だ。
動物実験で使い切ってしまった……だが、そのせいで年寄り連中がなぁ……」

 せっついているのだろう。若返りの夢は人類の抱く共通幻想なのだから。
 苦々しい顔をしているカマキリは、その浅ましさに辟易しているようだ。

「(欲しい……欲しいよ変若水! アパートの屋上にある貯水タンクを満タンに出来るくらい欲しい!)」

 浅ましいのがここにも一人居る件について。
 他四人は特に興味を示していないのに、紫苑だけが渇望している。

「急かされてんのかい? だったら取りに行けば良いじゃん。僕らがやろうか?」
「(今 日 だ け は 同 意。分け前美味しいです!)」
「そうは言ってもなぁ……変若水が沸いてる場所に辿り着けたのは偶然で、
尚且つ小瓶を二つ満タンにした時点で水が引っ込んでしまったらしいんだよ」

 だから、辿り着けても採取出来る可能性は少ないのだと言う。
 それを聞いた紫苑はテンションが一気に急降下、もう総てがどうでも良くなった模様。
 確実に場所が分かっているならリスクは少ないだろうが、
そうでないならばリスクを犯す必要があるだろう。それはノーサンキューなのだ。

「ふむ……それは一度に持ち帰れる量が決まっているのか?」
「あるいは、純粋に枯れてしまった?」
「いや、その線は無いんちゃう? 単純に採取場所がほんの少し漏れ出たとこやったとか?」
「と言うかさぁ……変若水だっけ? そりゃ凄いだろうけど欲しいとは思わないね」

 喉から手が出るほど欲しいと思っている人間が君の傍に居る件について。

「紫苑くんもそう思うでしょ?」
「(思わねえよ! だが、ここで同意をしないと浅ましい年寄り共と一緒にされるしな……)」

 まるっきり一緒だったじゃないか。
 それはさておき、紫苑は天魔の問いに重々しく頷き、口を開く。

「俺達は老いる。老いさらばえて何時かは死ぬ。だが、それで良い。それが良いんだ。
限りある一生……どうにもならない現実にのたうち回って、苦しいことの方が多いだろう。
でも、だからこそ手にした僅かな喜びはどんな宝石よりも眩く輝くんだ。
その掛け替えのなさを忘れなければ、きっと最期には笑えるだろう。
泣いて生まれて来た人間おれたちだ。笑って終わりたいじゃないか」

 笑って終われる最期に辿り着くためには、変若水などは要らない。
 終わらないのであればそれは惰性に堕する。
 そこに輝きが宿るとは思えない。
 だからこそ、自分は変若水など望まない、紫苑はそう言っているのだ。
 本心からかけ離れた言葉を吐かせてコイツの右に出る奴は居るのだろうか?

「成るほどなぁ……でもまあ、うちは女の子やし永遠の若さ言うんはちと憧れるかも」

 少し恥ずかしそうにそう言う麻衣だが……大丈夫。
 女の子じゃない紫苑も永遠の若さに憧れてるから。

「美しい自分のまま時を止めてしまいたい、か(気が合うじゃねえか)」

 とは言え表立って同意出来ないのが見栄っ張りの悲しいところだ。

「うん……ちょっと、ずっこいかな?」
「人それぞれだろう。俺は否定しない……ただ、俺自身はこう思う」

 本当は同意したいくせに、本当に紫苑は紫苑である。

「"時よ流れろ――――老いさらばえてもお前は美しい"ってな」

 ファウストが言った"時よ止れ、お前は美しい!"になぞらえた言葉だ。

「素敵な生き方をして、齢を重ねた人間は……老いても綺麗だと思うぞ」

 あくまで私見だが、と言って紫苑は笑った。
 麻衣もまた、釣られて笑った。成るほど、確かにそうかもしれない……と。

「フン……ガキってのは青臭いことばっかり口にするね。綺麗な言葉に酔ってるよ」
「調子が出て来たじゃないか鎌田さん。だがな、良いじゃないか奇麗事。
現実が厳しいから諦めてしまうけれど、本当な皆心の何処かで奇麗事を望んでいる」

 だからこそ、紫苑の嘘は他者の心を掴んで離さないのだ。

「ああ言えばこう……む、ちょっと失礼」

 携帯のバイブレーション音が響く。
 一々断りを入れる辺り、カマキリは律儀な男なのだろう。

「ええはい……え? い、今からですか? まだ説明が……わ、分かりました」

 短い会話時間だった。それでも彼の顔には不満がありありと見える。
 電話の相手はよっぽど嫌な人物らしい。

「春風くん、一緒に来てくれ」
「何ですか急に? まだ報告やらは総て終わっていないでしょう?」
「ああ、その通りだ。けど、日本支部のお偉いさんが来てて、直に話したいと言うんだ」

 吐き捨てるように告げたカマキリ。嫌悪の感情を隠そうともしていない。

「お偉いさんが大阪にって……どうしてまた急に?」
「そ、それは……その……」

 言い淀んでいるのを見て、紫苑は大体のことを察する。

「ポーズか、働いてますってさ。出張を繰り返してなんてのは、政治家もよくやる手だ」

 どれだけ時間が経とうとも人間と言う奴は早々成長しない。
 組織の上に居る人間が総てそうだとは言わないが、腐った人間は確かに存在する。
 お偉いさんとは名ばかりで、その職務に実態なんて存在していない。
 だからこそ真面目なカマキリは嫌悪するのだろう。

「……その通りだ。君の想像しているような老人だよ」

 暗に覚悟しておけとカマキリは言っているのだ。
 紫苑もそれぐらいは分かっている。
 そう言う人間は大体腐っていると……間違いなく褒められはしないだろう。
 重箱の隅を突くようにネチネチと嫌味を言われるのが目に見えている。

「そう言うあなたも初対面の時は結構アレでしたけどね」
「う……そ、それは……」
「分かっています。選別を超えたとは言え、あの時点では何の実績もありませんでしたからね」

 現に今は態度が軟化している。
 神経質で嫌味っぽいところはあれども、カマキリはかなりマシだ。
 少なくともこれから会うであろう油狸とは雲泥の差だろう。

「……それは、私達が同席しても?」
「うむ。流石に紫苑一人に任せるのは……気が咎める」

 家の関係などでそう言う人間を見て来た栞とルドルフが苦い顔で提案する。

「いいや、春風くん一人で良いそうだ」

 実際に話を聞くのならば全員を呼んだ方が良い。
 しかしそうはならなかった。つまりはそう言うこと。真面目に仕事をする気が無いのだ。

「(……これはチャンスかもしれんな)」

 腐った油狸と対面しなければいけないと言うのに紫苑は別段機嫌を損ねてはいない。
 むしろご機嫌の部類だ。ロクでもないことを考えているのは間違い無いだろう。

「じゃあ、行こうか」

 カマキリの背を追ってやって来たのは来賓室だった。
 入室する前に、彼は一度紫苑をちらりと見やる。

「……キツイかもしれないが、我慢してくれよ」

 それだけ言ってノックを三回、
中から声が聞こえたのを確認して二人は部屋に足を踏み入れる。

「遅かったのう。最近の若い者は少々なっておらんのではないか?」

 ソファーにふんぞり返っているのはイメージ通りの老人だった。
 禿げ上がった頭は脂でテカテカしており、その体型はブタのそれだ。
 ここまで分かり易いと逆に笑えて来る。

「申し訳ありません。藤堂さん、こちらが例のパーティのリーダーである春風紫苑くんです」
「ふぅむ……」

 不躾な視線が紫苑に降りかかる。しかし彼は自然体だ。
 不快さを表すでもなく、ただただ泰然自若としている。
 それが老人の目には生意気に映ったのだろう。顔を顰めている。

「名乗りの礼も取れんのかね?」

 それでも紫苑は何も言わない。
 カマキリが肘で腹を小突くが決して口を開かない。
 このまま待っても口を開かないと判断したのだろう。
 藤堂は心底不愉快そうに鼻を鳴らしてテーブルに置いてあった一枚の資料を手に取る。

「プロフィールを見せてもらったが……君は、少々劣っていると言わざるを得んな。
君の仲間も含めて選別を超えた冒険者の中で、君だけが場違いなほどに劣っている。
言っては悪いが凡才だ。魔力量、強化魔法の精度、何もかもが人並みだ」

 それは事実だろう。
 数値化出来るスペックにおいて紫苑は凡百の領域から踏み出すことが出来ない。
 選別を超えられなかった人間の中でも下位に位置する男、それが春風紫苑だ。

「わしも若い頃は冒険者として前線でヤットウを振るっておったが……。
君のような人間が後ろに居るなど想像したら、苦笑を禁じ得んよ。
強化魔法も屁みたいなものだ。のう、君は自分が適格だと思っておるのかね?」

 ニヤニヤと紫苑を嬲る藤堂、見ていられなくなったのかカマキリが口を開く。

「お言葉ですが、彼の本領は数値化出来る単純なスペックではありません。
冷静な判断力と窮地において尚も諦めず生存のための道を手繰り寄せる頭脳ではないでしょうか?
現に報告書にもあった通り、彼のパーティが生還出来たのは彼が打ち出した策のおかげです」

 成るほど、それは正論だ。
 しかし藤堂や紫苑のような手合いはその正論にもケチをつけられるのだ。

「後衛でも一流の冒険者はその身体能力も並みの前衛とタメを張れるだろう。
つまり、彼のように離散の原因にはならなかったのではないかね?
結果的に敵は約定を守ったが、普通に考えて守られるとは限らんだろう。
命を握られた時点で終わっておるのよ。そもそもあんな状況になったのは彼のミスよ。
全員が生きて帰れたのは所詮結果論。ああ言う状況にならんようにせねばならんだろうて」

 これもまた正論だ。感情論が混じっていないのは流石と言えよう。
 腐っているとは言え、海千山千の老獪なのだ。

「ただ賢しく頭を回せば良いと言うのもどうかね?
そもそも、選別を超えた冒険者達は彼を除き平均値を優に超えておるのだ。
それこそ、彼と同じ後衛でもな。桝谷くんだったかね? 君の仲間の。
彼女にしたって身体能力では君より上だろう。同じ後衛の女にすら負けておるのだよ」

 嫌味ではあるが否定出来ない。この老人は若者が嫌いなのだろう。
 老いており、先のない老人である己と違って前途に溢れる若者が妬ましいのだろう。
 だからこそ悪感情以外を抱けない。
 こうやって嫌味を言っても立場によって守られる、そしてそれを理解している。
 実に人間らしい人間だ――――紫苑は冷静に藤堂を評価していた。

『おい紫苑、お前言われっぱなしだぞ? 良いのかよそれで』

 何時もなら自尊心を傷つけられたら調子に乗って十の罵倒に百の罵倒で返していただろう。
 そしてその後で必死こいてフォローしていたはずだ。
 しかしどうだ? 紫苑の心は凪の海が如き穏やかさのまま。

「(バーカ。まだ早いんだよ。良いから言わせとけ、最高のタイミングはもう少し先だ)」

 カス蛇に届く紫苑の声は弾んでいた。どう言うわけか本当に楽しそうだ。

「男子たるものそれはどうかね? 情けないと思わんのかね、んん?」

 とうとう葉巻を吸い始めてしまう。
 あまつさえその煙を紫苑に向けて吹きかけているのだ。
 もうここまで来れば笑うしかない。実に型通りの腐った人間である。

「わしらが子供の頃はもう少し気骨のある男子が多かったんだがの。勿論、わしを含めて」
「……!」

 大上段から見下ろす藤堂。
 直接言われているわけではない自分ですら腹が立つ。
 よく紫苑は耐えている……カマキリは今、心の底から紫苑を尊敬していた。
 鎌田桐緒と言う人間は繊細で、とても真っ直ぐだ。
 能力のある人間が評価されるべきだと真剣に思っているし、
それが成されていない今のギルドの体制に不満を持っている。
 自分はこんなに頑張っているし結果も残しているのに……と。
 だからこそ、初めて紫苑達に会った時辛く当たったのだ。
 不遇に溺れ不満に満ちて腐っていたあの時のカマキリにとって、
学生同士の戦いを勝ち残っただけで栄えある先駆者となった紫苑らが妬ましかった。
 それでも、帰って来て報告を聞きその認識を改めた。
 そして自分を恥じた。学生だからと侮るなんて、己がもっとも嫌うタイプの人間と同じではないか。
 だからこそ改めた。素直になれないのは……まあ、愛嬌だろう愛嬌。

「言い返す気概も無いとはまったく情けないわ」

 ここまでされても表情一つ変えない紫苑を見て、そう吐き捨てた。
 このまま罵倒していても意味は無いと悟ったのだ。
 そして、この瞬間をこそ――――紫苑は待っていた。

「名乗りの礼を――――と言ったな。
あんたは自分が礼を尽くされるに相応しい人間だと思っているのか?
だとしたら失笑ものだな。いやいや、すまない。こんな常識知らずの老人が居るとは……。
きっと無為に時を重ねて来たのだろうな。いや申し訳ない、想像が及ばなんだよ。
大体の人間は五十年六十年生きればそこそこの常識を身に着けるはずなのにな」

 堰を切って流れ出す罵倒。カマキリも、藤堂も、ポカーンとしている。

「は、春風くん……」

 復帰したカマキリが止めようとするも、言葉が出て来ない。
 むしろよくここまで我慢したと言う気持ちの方が大きいのだ。

「き、ききき貴様! 小僧、わしを誰だと思っておるか!!」
「ギルド日本支部のお偉いさんで、冒険者としての先達」
「そうじゃ! それを貴様――――」

 そんな言葉は最後まで言わせる気はない。
 言葉を途中で遮られるとこの手の人間は必ず苛立ちを加速させる。
 紫苑はそれをよーく知っている。

「だがそれだけを理由に礼を払えるほど、俺は愚かじゃないんでな。
ヤットウ持ってどうたらと言っていたが、それは過去のあんたであって今のあんたじゃない。
今のあんたは命も懸けずにぬくぬくと現状に甘んじて、若きを妬む醜い豚だ。
養豚場で飼われている豚の方がまだマシだ。殺されて肉になるんだからな。
しかしどうだ? はは、あんたは煮ても焼いても食えない。豚以下だ豚以下」

 パクパクと陸にうちあげられた魚のようなリアクションを返す藤堂。
 怒りに燃えるその顔は茹蛸もビックリの赤さである。

「ところであんた、本当にギルドのお偉いさんなのか?」
「わしを疑うか! ど、どどどど何処までも舐め腐った小僧よ! わ――――」

 言うまでもなく、この場に居る時点で藤堂はお偉いさんだ。
 勿論紫苑も分かっている。あくまでこれは挑発だ。

「だってそうだろう?」

 ここでまた遮る。薪を炎にくべれば当然、勢いは強くなる。
 それと同じ、紫苑は怒らせようとしているのだ。

「ギルドは命を懸けて戦う人間のサポートをする組織だ。
だから当然、それに相応しい人間が上に居るべきだろうよ。
各国のギルドをまとめる本部の長、世界最強の男アレクサンダー・クセキナス。
勿論本人に会ったことはない。だが、新聞やテレビで見たことはある。
写真越し、画面越しであっても思わず頭を垂れてしまいたくなる強さと安心感が彼にはある。
命を懸けて戦う人間達、冒険者のシンボルとして彼以上の人間は居ないだろう」

 顔いっぱいに嘲笑を浮かべる。

「さあ、その点どうだ? こうして目の前に居るのにあんたからは何も感じない。
畏怖も尊敬も安心感も――――何一つ抱けそうにない。はは、何て小さな人間だよ。
こんなにも小さな人間が、ギルドの上役だって? 冗談、笑えて来るな。
命を懸けて戦うことを止め、不真面目に生き始めた時点であんたと言う人間に価値は無い」

 そのブーメランは美しい軌道を描いて紫苑にもぶつかる件について。

「黙っておれば好き勝手言いおって! 貴様などわしにかかれればなぁ……!」
「俺は命を懸けて生きている、戦っている。人間ってのは立場の違いはあるだろう。
それでも一個の命であることに代わりはない。
あんたのようにそれを忘れて生温い立場から好き勝手抜かすような輩が吼えるな、見苦しい。
好き勝手言ったんだから好き勝手言われることぐらい子供でも分かる。やはり豚か」

 極大の侮蔑を叩きつける。
 怒りのあまり言葉を失ってしまった藤堂。だが、追撃は終わらない。
 紫苑は槍を召喚するや、そのまま老人の喉元にそれを突きつけた。

「――――命を懸けている者に相対するのならば、お前も命を懸けろ」

 それが礼儀だ、そう重々しく言い放つ。

「自尊を満たすためだけに罵倒を重ねるなど愚の骨頂」

 流石愚かの頂に座する男は言うことが違う。

「それでも尚続けたいと言うのならば、命を投げ出す覚悟を決めろ。
そうでない男に払う礼を俺は持ち合わせていないのでな。
どうだ、食肉にもならない豚爺よ。価値無き豚から人間の舞台に上がる勇気はあるか?」

 この神々しいまでの胡散臭さである。

『おい紫苑、お前大丈夫?』
「(大丈夫、問題ない。良いか? 俺の神算鬼謀をお前だけに教えてやろう無価値な爬虫類)」
『誰が無価値な爬虫類だ!?』

 さあ、何だってこの男がこんな真似を仕出かしたのか……種明かしを始めよう。

「(いい加減、パーティの面子が死ぬ以外で冒険者辞められそうにねえからな。
だったらお前……もうしゃあねえだろ、辞めざるを得ない状況作るっきゃねえ。
このクソ爺はお偉いさんだからな、当然影響は大きいわけだ。
コイツに徹底的に嫌われたら将来的に冒険者なんてやってけねえよ。喰っていけねえ。
他所の国行くかアンダーグラウンドに潜らなきゃ無理無理のカタツムリだっつの。
だがそれが良い! 多分、俺みたいな無礼な男は不適格だとかどうとか言うだろう。
んで、まずは特別なダンジョンに潜る冒険者から外されるはずだ。
そしたら普通の学生に戻れる。流石に学校を辞めさせれば評判が傷付く。
向こうも本格的に邪魔をするなら卒業して冒険者として活動し始めてからだろう。
だったら俺は卒業資格を得て当初の目的通りに一般企業に就職すれば良い。
冒険者関連の企業じゃなければ向こうも手は出せまい。風聞があるからな。
何なら公務員にでもなってやろうかな? どちらにしろ俺の未来は明るいぜ!!)」

 薄汚い打算であれだけの罵倒を行ったのだ。
 ぶっちゃけ藤堂ともタメを張るレベルの醜悪さだろうコレ。

「ふ、ふふふ……青臭い小僧め。どうほざこうと貴様とわしの立場は隔絶している」

 そんなこと言ってるが屈辱を隠しきれていない。
 滑稽な藤堂を見ているだけで紫苑はどんぶり三杯は平らげられるだろう。

「鎌田! この小僧を外せ! ものの役にも立たん凡俗など使えんわ!!」
「ハ――――凡俗結構。人間のステージに上がる勇気も無い屑豚よりゃマシだ」
「! グギギギギ……!!」
「(た、た、た、楽Cィイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!)」

 明るい将来を掴むために人を虚仮に出来る、こんなにも幸せなことは早々無い。
 紫苑は今すぐにでも踊り出したいくらいご機嫌だった。

「……失礼ながら、彼の言うことにも一理あるでしょうよ」

 カマキリの目にはこれまでにない、静かな決意が宿っていた。
 不遇不満を嘆くだけで、自分は何をした? 紫苑のように真っ直ぐぶつかることをしたか?
 していない、何もしていない。ならば改めるべきだと決意したのだ。

「何じゃと!? き、貴様……!!」
「ゆえに、白黒つけたら如何でしょうか? 今しがた連絡が入りました」
「(あれ? このカマキリ野郎何言い出してんだ?)」
「岩手の平泉にある孔に潜った冒険者が規定日数を超えても戻って来ていません」

 ダンジョン内で何らかのトラブルがあったのだろうとカマキリは続ける。

「潜っているのは言うまでもなく選別を超えた一流のパーティです。
ゆえに、春風くんらに捜索に向かってもらいます。
救助、あるいは遺体や遺品を無事回収して来られればその実力を疑うまでもないでしょう。
その場合は、どうか謝罪してください。御身の発言は間違っていた……と。
もし全滅し帰還が成らない、あるいは逃げ帰って来た場合は好きにすれば良い。
そしてこの勝負を持ちかけた私も責任を取り――――ギルドを辞めましょう」

 それぐらいの責任を負わなければ、自分は目の前の老人と同じだ。
 命を懸けて戦う者に比べれば職を辞するなんてむしろ軽過ぎるくらいだろう。

「彼らもそろそろダンジョンに潜る頃合でしたからね……丁度良いと言えば丁度良い。
如何でしょうか? 逃げますか? 受けますか? 受ける度胸はありますか?」

 その挑発を受けた藤堂は身体を震わせながらも頷いた。
 そもそも、自分には何の損も無いのだから当然だ。

「小生意気な小僧の大言に乗るとは愚かな男よな鎌田」
「さあ? どちらが賢明かは彼が示してくれるでしょうよ」

 この空気で断るなんて言えるはずもない。

「(嗚呼、やっちまったぁ……)」

 調子に乗って後悔する――――最早鉄板芸である。
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