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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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食べさせて♪

 天魔がぶちかました演説により静まり返ったグラウンドを見渡して薬師寺蔵王は一つの決断を下す。

「全員注目! 今日はこれで放課とする」

 理由は告げない、それも含めて自分で考えろと言う意思表示だ。
 彼の思惑としては喝を入れられ、まだそれが消化し切れていないからそれを飲み込む時間に使えと言うことだろう。
 本来なら残り四組の戦いもあったのだが今の状態では良いものにはならない。
 今日得たものを消化した上で後日、再び戦いを再開すればもっとレベルの高いものになると踏んだのだ。

「それでは解散!!」

 言うだけ言って蔵王はグラウンドを後にする。
 放任にもほどがあるし、勝手に放課にするなど普通の学校では考えられないだろう。
 しかしここは冒険者学校で特に優秀な者達を集めたAクラスの担任がヤクザだ。
 彼にはそれなり以上の権限が与えられている、もっともそれに伴う責任も大きいが。

「…………」

 カッカッカッカ、と小気味良い靴音を立てながら職員室に戻るヤクザの顔には、
心なしか笑顔が浮かんでいるように見えた。

「どう見る、薬師寺先生?」

 渡り廊下の中ほどでヤクザを待ち構えていたのは振り分け試験の監督官だった。
 あの日と変わらぬジャージ眼鏡スタイルだが、レンズの向こうから覗く眼光はとても鋭い。

「見てらっしゃったのですか桃鞍先生」

 監督官――桃鞍女威ももくらめい、略してモジョはニヒルな笑みを浮かべることで肯定の意を示す。

「中々面白いものを見せてもらったよ。
流石にどんな意図でやらせたかまでは見抜かれていなかったが、
何を見ているかについては看破されていたらしい。外道、春風、ハーン」

 その中で一人仲間はずれが居るのだが、それは言わぬが花か。

「はは、意図を見抜かれていたら逆に大問題ですよ」
「そうだな。情報漏洩でクビだクビ」

 クツクツと笑うモジョは女と言うよりも男にしか見えない。

「二、三年のAクラスはこれまでの成績などから判断出来て選抜は終わっているが……」
「そう言えば聞いてませんでしたね。何人ほどですか?」

 モジョは全学年のAクラスを統括する主任教師だ。
 ゆえにヤクザは自分が知らない情報の開示を求めた。

「二年からは二名、三年からも六名しか出ていない。だと言うのに――――」
「一年からは既に三人、当確者が出た、ですか?」
「おいおい、教え子が可愛いのは分かるが早とちりし過ぎだろう?」
「おや、違うので?」
「……まあ、確かにあの三人は良い。もっとも春風の場合はココと、ココだがな」

 頭と心臓を指差すモジョ、頭脳と心の暗喩だ。

「しっかりした前衛をつければ水を得た魚のように動くだろうな」
「ええ、今回もわざわざ外道を動かした辺り心得ていますな」
「振り分け試験で仲間を喪ったのが余程堪えたと見る」
「ですね。それでも休みに入る前はまだ甘さも感じましたが……」
「ああ、土日であった葬儀だな。あそこで一皮剥けたらしい。あの槍は黒田が使ってたらしい」

 それを遺族から託されたことでより強い自覚が生まれたのだろう、そう推測する二人だが当然のことながら別にそんなことはない。

「何にしてもあれは強烈だった。目覚まし、とは言い得て妙だよ」

 あの演説のおかげで生徒らの目が開いたのだから本当に良い例えだ。

「それで、これからの予定はどうなっている?」
「とりあえず明日、残る四組を戦わせて明後日、四組の中から勝ち残った二組をぶつからせます」
「となると春風らのパーティは――いわば決勝にそのまま駒を進ませるわけか」
「ええ。あのパーティには春風と外道と言う……例えは悪いですが毒がありますからね」

 今はまだ芽吹いていないが、あのパーティの五分の四は毒である。
 それが分かるのはしばし先のことになるが……神ならぬ人の身だ。
 教師二人が見誤ってしまうのも無理はない。

「これ以上の刺激は必要ない。彼らの自主性に任せて問題は無いと」
「はい。元々、今回の二人の行動すら予想外でしたからね」

 それで予想以上に良いものになりそうだとヤクザは笑う。

「外道の方は分かり易いぐらいの傑物でしたが……春風を見出したのは桃鞍先生の慧眼ですね」
「フッ……褒めても何も出んぞ?」
「事実を言ったまでです。魔法のみに焦点を置けば確かに彼は平々凡々ですが……」
「頭とハートは強い。それも狂い逸脱しているがゆえの外道のそれと違ってな」
「ですね。真っ直ぐ強い芯を持っています」

 どう考えても買いかぶりなのは言うまでもない。
 紫苑自身もこんなに評価されているとは夢にも思わないだろう。

「ああ言う子が後ろに居てくれると何かと便利ですからね」
「指揮官――リーダーの役割を果たせる人間と言うのは存外、少ない」
「冒険者と言うのは個性が強いですからね」
「だからこそ外道のような灰汁の強い相手をああも上手く使ってくれるのは嬉しい誤算だった」
「私も勉強になればと春風と同じパーティに外道を入れましたが予想外の結果を見せてくれました」

 外道と言う個性の強い人間を上手く使い、他の人間は奮起させる火種とした。
 と言うのが教師達の評価なのだがそれは事実から遠く離れている。
 紫苑からすれば空気の読めない天魔に苛ついて、出来るものならばやってみろと危ない策を授けたに過ぎないのだ。
 確かに実行されれば勝利と言う間近な目標に対してはそこそこの効果を齎すだろうとは思っていた。
 しかし長期的な効果があるなど欠片も考えていなかった。
 いや、それどころか実際にやるとすら思っていなかったのだ。
 先生方は嬉しい誤算だの予想外だの言ってるが、紫苑の方がよっぽど誤算だらけだ。
 しかも当人がそれに気付いていないと言うのだか笑える。

「色々危ういと思っていた外道だが、あまり気にかける必要はなさそうじゃないか」
「はは、そうですね。春風に任せておけば問題はなさそうです」
「教師の手間が一つ省けると言うのは悪くない」

 教師が色々と気にかけなければと思っていた生徒を別の生徒に一任する。
 それは教師としてどうなのかと思わなくもないがこれも冒険者学校の個性だ。
 学校と言うのは集団行動を覚えさせる場で、尚且つそれが冒険者となれば勿論そこも重視している。
 してはいるのだがそれ以上に個人の能力も尊重しているのだ。
 ゆえに信が置けると思えば教師は躊躇わずに責任を背負わせる。
 Aクラスともなればその度合いも大きい。それが冒険者学校の教師達の愛情なのだ。
 自覚ある生徒ならば間違いなく奮起するだろう。
 だが紫苑は別、責任とかそう言う言葉が大嫌いな自分本位の子供。
 もし彼がこの会話を聞いていれば怒りのあまりぶっ倒れていたかもしれない。

「Aクラスの担任と言うのは色々と忙しいですからねえ。眩暈がしそうですよ」
「おや、泣き言か?」
「まさか! 遣り甲斐があるってことですよ」
「それは結構」
「今年は見所のある生徒が多いですからね。先の三人もそうですが他にも色々と」
「私は全員を把握しているわけじゃないんだがどんな子が居る?」

 備え付けの自販機からジュースを二本買い一本をヤクザに手渡すモジョ。
 本格的に話をしようと言うことだろう。

「まず、春風とも同じパーティのルドルフ・フォン・ジンネマン。
少々潔癖のきらいがありますが……まあそこらは若さゆえのそれでしょう。
落ち着けば化けるかと。単純な戦闘の技量だけでもクラス内で上位に入りますし」

 紫苑からは気障パッキンなどと呼ばれているルドルフだが教師の評価は高いようだ。

「フォン……と言うとドイツ系の貴族か?」
「ええ。日本に居る祖父を頼って来日したそうですよ」
「ほう、遠路遥々御苦労なことだ」
「少年よ、海を渡れ――ってやつですかね」

 などと言いながらヤクザは脳内の有望リストを検索していく。
 話題に出すからにはリストの中でも特に優秀な者をと思っているからだ。

「後は同じく春風パーティの醍醐栞。少々攻めっ気に欠けてはいますが、
ルドルフとは逆にハートの方が強い。如何にもな大和撫子ですが内面は強かかと」
「ふふ、女だからこそ強かでなければならん。しかしまた貴い血筋か?」
「はい。名家と言うのは何処の御国でも割と難しいですからねえ」
「だから春風のパーティに?」
「勿論。自己紹介の時に二人とも声を上げて春風を褒めていましたので」

 二人が共に好感を抱く紫苑をクッションにすることで良い関係を狙ったのだ。
 教師と言うだけあってよく考えられている。

「生徒らの人間関係にも気を配らねばならん……教師と言うのは大変だな」
「あなたも教師でしょうに」
「私はほら、最近は担任やってないし。それより他には誰が居るんだ?」
「そうですねえ……東雲林檎なんかも中々面白いですよ」

 ヤクザの脳裏に外跳ねショートで赤いほっぺの女の子の姿が浮かび上がる。

「ああ、あの子か」
「はい。春風らと同じく転送事故で思わぬところに飛ばされてしまった子です」
「確かに彼女は面白いな。爆発力がある」
「でしょう? 平時はぶっちゃけた話、並なんですが……」
「感情の波だな。あれが最高潮に達したら――――」
「Aクラスでも随一なんじゃないでしょうかね。実際、助けに行った教員が彼女にのされてますし」

 東雲林檎と言う生徒は内気な少女だ。悪く言えば暗い、しかし暗いだけでは終わらない。
 ある極点に達すると凄まじい勢いでキレる。
 キレたらもう手がつけられない。一応は仲間の判別をつけられるのが救いか。

「安定していないのが玉に瑕だが……」
「安定したらそれはそれであの爆発力が失せるような気もしますし現状維持でしょうね」
「彼女を上手く使えるような手合いと組ませたのか?」
「いえ、残念ながら。本当は春風と組ませたかったんですが……」

 東雲林檎は前衛だ。そして紫苑のパーティの前衛は総て埋まっている。
 貴族二人とキチ●イ一人、どれかを外してと言う案もあるにはあったのだが……

「気位の高い二人はクッションのある春風に任せたいですし、
外道についても他に任せられそうなのがいませんでしたからねえ」

 結局林檎は紫苑と同じパーティになることはなかった。

「あの爆発力が損なわれるのは惜しいな」
「ですがまあ、大丈夫でしょう。春風と外道が火を点けていきましたから」

 本気で向かって来る以上、林檎もまた本気にならざるを得ない。
 追い詰められてどうしようもなくなった時に――――爆ぜる。
 少なくともヤクザはそう考えていた。

「そうか……しかし、何にしても豊作だな今年は」
「ええ、その中でも桃鞍先生としてはやはり――――」
「ああ、やはり春風だ。直に見出したからと言うのもあるんだがな」
「しかし転送事故が無ければ目に触れることもなかったでしょうね」
「そう考えると運が良いのか悪いのか……」

 少なくとも死んだ四人にとっては不幸な出来事だっただろう。
 しかし、学校側としては有望な人材を見つけ出せたのだからプラスと言っても良い。

「来年からは少し、振り分け試験のやり方を変えてみるのも悪くはないかもしれん」
「賛成です。もっと広く見られるようなやり方を考えて打診してみましょう」
「ああ、そうだな。っと、そろそろ良い時間だ。飯でも食いに行くか?」
「奢りならば」
「まったく……しょうのない奴だ。しかしまあ、良いだろう。着いて来い!」

 和気藹々と去って行く教師二人。
 さて、そんな彼らに絶賛されている紫苑はと言うと……

「……話って、何だ?」

 屋上で天魔と対峙していた。
 話があると呼び出され、気迫に圧されて断れなかったのだ。

「今朝のこと、話しておこうと思ってさ。春風くん、僕は破滅を呼ぶって言ったじゃない?」
「……そうだな(逡巡することなく腕を犠牲にしたりと危険だよお前は)」

 学ランの袖が揺れているのを見ていると吐き気がして来る。
 外道天魔は本当に腕を繋ぎ直すことをしなかった。
 それどころか切り落とされた腕を焼却炉にぶちこんだのだ。
 その光景を見ていた紫苑は素直に気持ち悪いと思った。

「間違ってないと思うよ。破滅を呼び込んで僕一人だけ切り抜けるってのもね」

 ケラケラと明るく笑っているが話の内容としてはとても笑えるものではない。

「(なあカス蛇。このままあの野郎を屋上から突き落とせないかな?)」
『普通に無駄だろ。これぐらいの高さ何てことないだろうし、そもそも回避されるんじゃねえ?』
「(うるせえ! 分かってるよ!!)」
『聞いといて何て言い草だ……』

 屋上を吹き抜ける風がやけに冷たいのは気のせいだろうか?
 と言うか蛇の方が現実見据えてるって霊長類としてどうかと思う。

「昔っから、そうなんだ」

 屋上の手すりに背を預け空を仰ぐ天魔の顔には哀愁が漂っていた。

「(おい、語り始めちゃったぞコイツ。どうすんだよ?)」
『知らねーよ。何で俺様に聞くんだよ。お前アイツとは同じ種族だろうが』
「(人間ほど分かり合えない生き物はねえんだよ!)」

 だからって蛇に知恵を求めるのは違うのではなかろうか。

「どうにも熱くなれない。別に厭世観たっぷりとかそう言うわけじゃないよ?
ただ、何となく胸の奥がね……カーって熱くなることがないんだ」

 それを言うなら紫苑だってそうだ。
 これまでの人生で胸が熱くなるほど頑張ったことは一度足りとて無い。

「普通さ、生きてればあるでしょ? そんな瞬間。特にそれが幼少期ならば」
「……子供の頃は小さな世界が総てだからな」

 同意を求められた紫苑は飾り立てた言葉で応酬する。

「だからどんな些細なことでも新しい発見などに胸を躍らせられる。
初めて見た朝焼けの美しさ、初めて出来た友達、初めて何かをやり遂げた時の達成感、
心を震わせる事柄はこれでもかってくらい多くあるものだ。
大人になって背が大きくなると……もっと遠くが見れるようになって更なる感動が待ち受けている」

 そうやって感動を得ながら人間は生きていくのだと語る紫苑だが、たかが十五、六の小僧が何を知った風に言っているのだろう?

「そうやって感動を味わい尽くして俺達は老いていく――――けど、お前はそれが無かったんだな?」

 話の流れからすればそう言うことだろう。

「うん……何を見ても何を聞いても何を感じても、僕はどーとも思わなかった」
「だが俺が知るお前はそんな風には見えないがな。あの薄ら笑いは心底愉しんでるって顔だ」
「はは、薄ら笑いって酷いなぁ……でも、そうだよ」

 問題は何を以って楽しみとしているかだ。

「よくある、アレさ。俗に言うスリルジャンキー? 僕はそれだ。
彼我の命を天秤に乗せて、さあどっちが傾く? みたいなのが好きで好きでしゃあない。
命をチップに遊んでる時だけ胸が熱くなる。嗚呼、生きてるんだって感じられる」

 ありがちと言えばありがちだ。
 不利な状況に身を置きそれを打破することで達成感を得る。
 ある種の求道と言えるだろう。ただ、そう言う人種は冒険者に向いていない。
 そりゃ冒険者の中にはスリルを求める者も多い。
 それでも明確に自分から命を裸にする奴なんて居ない。
 何せ冒険者とはパーティで動くものだから。
 他人の命まで危険に晒すような人間は排除されて然るべき存在だ。
 天魔自身は自分の命だけを使ってるつもりだろうが、彼自身はパーティの中の歯車でありそれがおかしな動きをすると全体に影響するのだから。

「だったら一人で勝手にダンジョンで遊んでいれば良いだろう」

 紫苑の言葉は正鵠を射ている。
 基本パーティ単位で動くものだが、非合法に一人で乗り込むことも出来なくはない。
 実際そうやって糧を得ている人間も居るのだから。

「そうだね、そうするべきだろう。でもさ、僕も人間――――寂しいんだよ」

 既に存在しない左手で胸を抑えるような仕草を取る天魔。
 その顔にはどうしようもない苦悶が満ちていた。

「命で遊ぶなら一人でやらなきゃ他人に迷惑がかかる、それはいけないことだ。
でも一人は寂しくて……でも寄り添うなら我慢しなきゃいけなくて、それも出来ない。
ワガママだよね? でもね、どうにもならないんだ……苦しいよ、辛いよ春風くん……!」

 実際に、天魔はその性癖で他人に迷惑をかけたことが幾度かある。
 その度に嫌悪の視線を向けられて受け流して来たのだが、内心では鬱屈していたらしい。
 初見で紫苑に危うさを見抜かれて優しい言葉をかけられたからだろう。
 天魔は気付けば自身の胸の裡を明かしていた。

「死の舞踏トーテンタンツ染みた僕の性癖だって本当は良くないことだって分かってる!
でも止めることなんて出来なくて、歪んだ自分が心底嫌だ。
けど、それ以上に嫌悪感を覚えるのは心の何処かで歪んだ自分を許容してる僕が居ること」

 既に目の焦点は合っておらず、浮かべてる笑顔も歪で罅割れのようだ。
 外道天魔と言う人間は今、自分の深奥を曝け出している。
 それは紫苑と言う人間が信ずるに足ると判断したから――見当違いも甚だしい。

「(何だ何だこの中二野郎!? 中二なら中二らしく妄想だけで留めろよクソが!!)」

 人の一世一代の告白を中二病呼ばわりする紫苑は人としてどうかと思う。

「ねえ、春風くん、僕は……どうすれば良いのかなぁ……?」

 天魔は紫苑との距離を詰める、それこそ口付けが交わせそうなほど近くまで。

「(そんなもん知ったこっちゃねえ!)」

 でも涙を流し虚ろな瞳で上目遣いする天魔が怖いので紫苑は必死に考える。
 何かそれっぽい言葉を――綺麗な言葉で他者を踊らせるのは大得意なのだ。
 まあ人間として決して誇れる特技ではないのだが。

「Durch Leiden Freude.《苦悩を突き抜けて歓喜に至れ》」
「……その言葉は?」
「大昔、誰かがそう言ったそうだ」

 すぅ、と息を大きく吸い込み準備を整える。
 何のための準備? それはこれより先、詐欺師のように舌を回すためだ。

「お前がただ享楽に耽るだけの人間ならどうにもならなかった。
かける言葉の一つすら見つからなかっただろう。だが違う。
お前は葛藤している。自分の性と正しさの狭間で揺れに揺れ、苦悩の棘に苛まれている。
だからこそ、俺も助力しよう。朝、お前に言った通りにな。変わろうとしているのならば手助けをしたい」

 やっぱりお前なんかとお近づきになりたくはない、俺と関係のないところで死んでくれと言うのが紫苑の本音だ。
 しかし、それを覆い隠して綺麗な言葉で飾り立てていく。
 春風紫苑の武器は口先だ。決して崩れぬ鉄面皮と詐欺師も顔負けの弁舌。
 その盾と剣を以って彼は戦っている。

「とは言え、俺に答えは与えることは出来ない。葛藤の果てを見出せるのは己だけだから。
自らの胸の裡から出でるそれこそがお前にとっての答えだから俺にはどうにも出来ない。それでも一つだけ言えることがある」

 心にもない言葉に説得力を持たせられると言うのは凄まじい才だ。
 ある意味チートだ――――もっとも自分のために動く時しか発揮されないが。

「それは、何?」

 潤んだ瞳で紫苑を見上げる天魔、彼は本当に男なのだろうか?

「悩め、苦しめ、それさえ止めなければ――――必ず歓喜こたえに至れる」

 肩を掴んで、真っ直ぐ瞳を見据え、紫苑は天魔にそう言ってのけた。

「――――」
「俺は祈っているよ、その苦悩の果てに辿り着く歓喜がお前を満たすものであると」

 紫苑は微かにだが笑ってみせた。
 常に表情を崩さないのはこう言う場面で効果的に笑顔を魅せるためだ。
 それを小賢しいと取るか涙ぐましい努力と取るかは人によるだろう。

「……僕は、答えに辿り着けるかな?」
「辿り着けるさ。少なくとも、己に問い続けている限り可能性は零じゃない。
俺は信じているし、俺に出来ることがあるのならば何でもやるつもりだ。
だから……なあ、ここから始めてみよう。そして何時か、答えが出たのならば俺にも教えてくれ」
「ぐす……あ、あり……えっぐ……あり、がと……ありがとう……」

 自分から目を逸らさずに居てくれて。
 こんなどうしようもない自分に真っ直ぐ向き合ってくれて。
 沢山の想いが込められた"ありがとう"だったが当然の如く紫苑には届いていない。

「(泣き顔って基本的に見苦しいよな。いやまあ、俺の泣き顔は別だけどさ)」

 天魔の苦悩を共有出来ない紫苑にとって今の状況は心底理解し兼ねるものだった。

『お前ってやっぱりお前だよなぁ……』
「(うっせえ! つか、どうすりゃ良いんだよ……)」

 俯いてすすり泣く天魔を放って、とっとと帰りたい紫苑だったが、場の空気的にそれも出来ない。
 今の彼に出来ることは慈愛顔を貼り付けて天魔を見つめることだけだ。
 何て非生産的な時間だろうか。

「――――うん、すっきりした」

 しばしの時間を置いてから顔を上げた天魔の顔はとても晴れやかなものだった。

「あはは、何か照れくさいや」
「……そうだな(知ったこっちゃねえ)
「あ、そうだ……お願いがあるんだけど、良い?」

 不安げに揺れる瞳、一体何なのだろうか?

「何だ?」
「その――――名前で、呼んで良い?」

 少女漫画か! と言うツッコミを喉下で飲み込み紫苑は頷く。
 良いから早く帰らせてくれと言う想いが彼の胸中を満たしていた。

「じゃあ、紫苑くんって呼ぶよ。僕のことも天魔で良いよ」

 嫌です――――と言えないのが紫苑が小物たる所以だ。
 だって怖いから。

「なら、天魔と呼ぼう」
「うん! あ、ねえねえ! これから暇かい? だったらご飯でも食べに行こうよ。僕、奢っちゃうぜ?」
「行こう」

 奢りと言う言葉に間髪入れずに食いついた小物くん。

『お、お前……』
「(他人の金で喰う飯ほど美味いもんはねえだろうがよ!)」

 だからタダより高いものはないと何度言わせれば良いのか。

「じゃあさ、公園行こうよ。いやね、あっこに美味しいクレープ屋があるんだよ」
「ああ……確か移動屋台の?」
「そうそう。すっごく評判良いんだ。放課後になれば学生が溢れるけど……」

 今は13時、学生が居るわけがない。
 サボりの学生が居ても少数だろう。だからこそ今行くべきだと天魔は笑う。

「Aクラスは早く放課になったからな。ラッキーだ」
「でしょ?」

 談笑しつつ学校を出て公園にやって来た二人は目的の屋台を見つける。
 主婦や老人が幾らかいるが、それでも人数は少ない。

「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
「ああ、俺はベーコンとサラダのクレープ二つと
ストロベリークリームクレープを二つつ、それとサイドでチキンナゲットを二つ、飲み物はカフェオレで頼む」

 他人の金だからと遠慮無しに注文したつもりの紫苑だったが、

「えっとねえ……僕はチョコバナナ二つとストロベリー二つ、マロン二つ、
練乳系も美味しそうだな……うん、それも二つ。あ、この柘榴ってのも面白そうだし二つ。
後はフルーツミックスも二つ、飲み物はイチゴオレでよろしく」

 上には上が居た。
 いや、確かに天魔は自分の金だから好きにすれば良いが……。
 それでもこの量はどうだ? 糖分過剰摂取でぶっ倒れそうなラインナップだ。
 紫苑のみならず店員もポカーンとしている。

「あ、紫苑くん。僕の腰のバッグからお金出して」
「あ、ああ……」

 腕が使えないのでそうするのは当然だ。
 紫苑は腰に備え付けられているミニバッグのファスナーを開け、

「ッ!?」

 超ビビる。
 分厚い札束が乱雑に詰め込まれているのだ。
 導き出される答えは一つ、天魔は金持ち。そして紫苑は金持ちが大嫌いだ。
 ただでさえマイナスな天魔への好感度が更に低下してしまう。

「あ、財布? 僕財布とか持たないんだよねえ」
「(そう言う問題じゃない)……店員さん、お幾らですか?」
「え、ええ……」

 店員はビビリつつも金額を口にし、紫苑はその分の金を取り出して支払う。

「とりあえずチョコバナナ二つとストロベリー四つ、先にどうぞ。残りは出来次第持って行きますので」

 流石に一度に全部は出て来ない。
 紫苑は店員からトレーを受け取り屋台の近くに設置されているテーブルに向かう。

「案外安上がりだったねえ」
「……お前、何時もあんな風に買い物してるのか?」
「まあお金には困ってないからさ」

 その発言に心底苛ついた紫苑だったがおくびにも出さない。
 悪罵を吐けばすっきりするだろうが、自分の体裁が悪くなる。
 見栄と保身を優先する限り、紫苑が素直な気持ちを吐露することはないだろう。

「……そうか。ところで、お前どうやって食べるんだ?」

 左手は手首から先が、右手は肘から先がすっぽり無くなっている。
 その状態でどうやってクレープを食べるのかと言う疑問は当然だ。

「え、決まってるじゃん?」

 天魔は何を言ってるんだ? と不思議な顔で小首を傾げていた。
 その仕草に苛つきながらも紫苑は目で続きを促す。

「紫苑くん――――食べさせて♪」

 紫苑のめのまえがまっくらになった!
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