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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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ワンサイズ小さくすることで肉体美をアピール!

 終業式二日前、晴天に恵まれた中で体育祭は始まった。
 学校のグラウンドではなく、
体育祭専用に誂えられた別の場所で開催する辺り気合の入りようが違う。
 まあ、一学期最後のお祭りなのでそれも仕方ないことだ。

「おー……今んとこ、俺らA連合がちょい負けてるくらいか」

 ハゲの頭は今日眩しい。
 夏の陽光を一身に浴びているのだし、頭頂部から花が咲くかもしれない。

「仕方ないだろう。三学年のAクラス連合VSその他のクラスなのだからな」

 どちらに転ぶか分かっている勝負ほどつまらないものはない。
 ゆえに、この学校の体育祭は少々勝手が違う。
 三学年のAクラスとそれ以外の総てで勝利を競うのだ。
 A以下のB、C、D、Eは一クラスが大体五十人ほどでそれが三学年の約六百。
 しかしAクラスは違う。一年のAクラスは豊作で、約三十人だが二年三年は合わせて四十。
 六百VS七十の戦いになれば、勝敗がどうなるかは予想し難いだろう。

「(あーあ……クソあっちぃ中ようやるわ……)」

 熱気に包まれた会場を冷めた目で見ている紫苑。
 彼にとって体育祭なんて行事は楽しめるものではないのだ。
 中学生までなら後衛の身体能力でも活躍は出来た。
 しかし、冒険者しか居ない現状ではどうやっても目立つことは出来ない。
 そんな催しに熱を入れるのは心底アホらしいと考えているのだ。

「紫苑、お前の見立てではどうよ?」
「(あ? 知るかよ)さてな……Aクラスは人数以外にもハンデが課せられているからな。
普通の競技で点を取ってもすぐ差を埋められてしまうんじゃないか?」
「となると――――卿は合戦で勝敗が決まると?」
「ああ、今までもそうだったみたいだしな」

 合戦、と言うのは騎馬戦のような可愛いものではない。
 六百VS七十が互いに総大将を決めてその首を獲り合うのだ。
 ぶっちゃけるとただの乱闘である。

「合戦と言えば紫苑、お前何だって軍師役断ったんだよ?」

 総大将は三年生が務めるのが慣例だが、軍師役は決まっていない。
 まあ、それも通常は三年がやるのだが……今回は別。
 紫苑に対して事前に打診があったのだ。三年と二年の代表から。
 しかし彼はそれを辞退した。

「(馬鹿騒ぎのために頭使いたくねえんだよ)
前に言っただろ? これはお祭り、変にああしろこうしろより各々が全力で楽しむ方が良い」

 そんな自分は軍師が必要無いと思っている。
 しかし、勝ちたいと思っている人間だって少なくはないはずだ。
 これが三年生ならばそんな方針でも受けいれられるだろう。
 だが、一年の自分がその方針で動けと言った場合は軋轢が生まれかねない。
 なので辞退させてもらう――――紫苑はそんな建前をぶちかましていた。

「まあ、それも道理だが……しかし、私などは遊びでも勝ちにこだわるタイプだからな」

 一番信頼している紫苑が軍師を務めて欲しかった、ルドルフは暗にそう言っているのだ。

「まあそう言ってやるなよ。なあ紫苑、もし軍師やってて勝つために何かやるならどうしてた?」
「どうしてたも何も……ただ勝つってだけなら随分と楽だよ(つーか他所行けよお前ら……)」

 一年Aクラスの席は空席が目立つ。
 しかし、ルドルフとハゲはわざわざ紫苑を挟むように座っているのだ。
 奴にはこれが鬱陶しくてしょうがなかった。

「ほう……珍しいな、卿がそこまで大きなことを言うとは」

 ルドルフは僅かばかりだが驚いていた。
 まあ、確かに勝つだけなら楽と言うのは少々大きな発言だ。

「合戦には特にルールが無いからな。強いて言えば総大将が堕ちれば負けってことぐらいだ」
「だからって楽勝か? 相手六百だぞ?」
「数は重要じゃない。大事なのはルールだ。何処までやるかのラインは生徒側に委ねられている。
だったら問題は無いさ。ここまではしない、こんなことはしないだろうって手を打てば良い」

 心の間隙を的確に刺す紫苑らしい物言いだった。

「花形、ルドルフ、よく言うよな? 勝つためなら何でもするって……ありゃちょっと違うと思うんだ」
「違う、とは?」
「何 で も す る か ら 勝 て る ん だ よ」

 ぼんやりとトラックに目をやれば、栞が全力疾走していた。
 スタイルが良いので色々と悩ましい光景なのだが、紫苑にとっては眼福でも何でもない。

「何でも出来るならそりゃ勝てるだろ。
例えば……だ。今回の合戦でどうするかって言ってたよな?
絶対に実行はしないが、ジャブ程度の効力はあるだろう策を言ってやるよ」

 近くを通りかかっていた三年生や二年生が、ふと立ち止まる。
 切れ者で通っている靴紐の紫苑が提案するジャブ程度の策とやらが気になったのだ。

「麻衣、アイツは凄い。内在魔力も俺とは桁が違うし、回復量が凄まじい。
他者に施すなら触れていなければいけなかったりと制約もあるが……。
それでも一分以内なら心臓をぶち抜かれても完全再生出来るんだぞ?」

 速報、麻衣のチートっとぷりに紫苑がジャエラシーを燃やしている模様。
 自分で口にしておいてそれはないだろう。

「加えて、自分に回復魔法をかける時は触れる必要すら無い……とまあ、これが前置きだ」
「こっからが本題ってか? 勿体ぶるなよ」

 ハゲの促しが非常に鬱陶しかったが、紫苑はこの暑さで悪態を吐く元気もなかった。

「体育祭前日までに大量の爆弾を用意して召喚の術式を刻む。
呼び出すのは勿論麻衣だ。さぁて……どうかな?
麻衣が突っ込んで行って爆弾を召喚、そして自爆。
それを何度も繰り返してやれば相手を削るだけじゃなく、動揺も誘発出来るだろうよ」

 どう考えてもジャブ程度ではない件について。
 現にこの話を聞いていた人間は全員、顔を青褪めさせている。

「(や っ ち ま っ た)」

 炎天下の中――――ハ イ パ ー 保 身 タ イ ム 発 動 で あ る。

「"ただ勝つ"って言うのはそう言うことだ。勝利だけは手に入れられるだろう。
だが、そんな策を立てるような奴を周囲の人間はどう思う?
そんな策に使われる麻衣はどう思う? 俺はどの立場でも忌避するだろうな。
恐れ、疎まれることすら厭わないような人間にしか"何でもする"ことは出来ない。
口にするのは恥ずかしいが……俺は臆病だ。仲間をそんな策に使うと考えるだけでも恐ろしい。
自分の命を賭けることは楽でも、他人の命は重い……ああ、そう言えばルドルフに殴られたっけ」

 ふ、っと遠い目をする紫苑。それを見てルドルフは思い出した。

「"信じて、命を預けたのだ。例えそれで死んでも後悔は無い"――卿にそう言ったな」

 もう随分と前のことのように思える。
 さっきまで顔を青褪めさせていたルドルフだが、今は柔らかな表情をしている。
 そう、紫苑はそんな人間ではないのだ。

「ああ……嬉しかったよ。
"ただ勝つ"ことだけを考える人間にどんな宝石よりも貴いその信頼を得る資格は無い。
だから俺には"ただ勝つ"ために策を練ることは出来ないし、したくない。
こうやって仮の話をするならともかく……実際の場じゃ無理だ。
麻衣が辛い思いをするって思ってしまったら言葉にも出来ないだろうよ。
自分が弱いせいか、どうしても感情移入が激しくなってしまう」

 周囲の空気が和らいでいることを確信。
 思わずガッツポーズをしたくなった紫苑だが、ここは我慢だ。

「必要とあらば非情の策は打つさ。実際にルドルフ達には何度もキツイ役目を担わせた。
だが、そこには納得が伴っていなければダメなんだよ。自分と相手の、な。
そして出来るのならば、敵にも納得してもらいたい。
アイリーンの時はそれだな。勝つために、だが誰もが納得出来るように……そう考えていた」

 いませんでした。

「ただ毒を盛るだけじゃ、俺は納得出来ない。
アイリーンは憧れの先へ往くチャンスだから納得は出来ただろう。
だが、冗談じゃない……アイツにだけ命を懸けさせて俺は後ろでぬくぬくしてろってか?
そんなのは無理だ。礼を欠いているにもほどがあるだろう。相手はモンスターじゃなく人間だぞ?」

 だからこそ仲間を遠くに控えさせて、
紫苑はアイリーンと近距離で向かい合って食事をしたのだろう。
 食事後すぐに槍が襲って来て、仲間達が反応出来ない可能性も大いにあった。
 それでも、納得が出来る勝利のために我が身を晒したのだ。
 ……とまあ、紫苑以外の人間はそう思っている。
 実際には見通しが甘かっただけなのだが。

「色々話が飛んでいった気もするな……戻そうか。
俺が軍師役を辞退したのは、さっきも言った通りだがそれ以外にも理由がある。
ぶっちゃけ、人間相手は苦手なんだよ。
納得が往く勝利を望む一方で、反吐が出るような策まで浮かんで来るからな。
俺はそう言う自分が心底嫌いでな。モンスターと戦う方が随分楽だ」

 ここらで〆か、紫苑はそう判断した。

「ま、とにかく今日は冒険者としてじゃない、学生としてのお祭りだ。
暗い話は止めて精一杯楽しもうじゃないか。ほら、ルークの奴が走ってるぞ」
「あ、マジだ……つか、アイツ怖えな……無表情だぜ……」

 トラックでは表情一つ変えぬまま疾走しているルークが居た。
 その巨体に似合わぬスピードが少々どころか、かなり怖い。

「それを言ったら紫苑もではないか。ほれ、応援するぞ花形!!」
「(ふぅ……暑い中で喋ったから喉渇いちゃった)」

 応援なんて欠片もする気が無い紫苑の頬に冷たい何かが押し当てられる。
 それはスポーツドリンクのペットボトルで、よく冷えていた。
 振り返ってみると……。

「えっと、あなたは?」

 眼鏡をかけた気の弱そうな男子生徒が立っていた。
 ジャージの色からして三年だと言うのは分かったが、生憎と面識が無い。

「僕は三年B組の黒坂官太だよ。喋っていたから喉が渇いただろう? どうぞ」
「これは……どうもありがとうございます。先輩、俺に何か御用ですか?」

 わざわざスポーツドリンクを渡すためだけに来たわけではないだろう。
 紫苑が問いかけるとクロカンは照れくさそうに笑っていた。

「いや、実はね……さっきの話、聞いててさ。
納得する一方でやっぱり君と知恵比べをしたかって思ったんだ。
ああ、僕は敵側の軍師役なんだよ」
「(知恵比べ(笑)知恵の輪でもシコシコやってろバーカ)知恵比べと言いましても……」

 スポーツドリンクを貰ったぐらいでディスは止めない、それが紫苑クオリティーである。

「色々勘違いしてる人も多いですが、別に俺は用兵やらが上手なわけじゃないですよ?
そもそも、一度だってどんな陣形で戦えとかそう言うのはやったことがない」
「分かっているよ。僕と君じゃタイプが違うのはね」

 自分はそう言う用兵や陣形を用いて戦うタイプだとクロカンは言った。

「でも君は違う。君は心の間隙を突いて敵の心を掴み、勝利への道筋を立てる。
集団心理を利用するのも厭わないだろう。だからこそ、君は軍師をしたくない。
さっき挙げた理由もその通りなのだろうけど、君は遊びでやる戦いには向いていないんだ」

 それでも、それでもやってみたかったとクロカンは笑う。

「(気持ち悪いコイツホモかよマジで)何故、そこまで俺に?」
「……うん、実はさ。君らとアイリーンくんの戦いを僕も見ていたんだ」

 ヤクザの解説により紫苑がしたことを知った時、クロカンは衝撃を受けた。
 心を雁字搦めにして敵の動きを制限することで勝利への道筋を立てる。
 人間をどう動かすなんて表面的なことじゃない、もっと奥深くに働きかける見えざる糸。
 それを操る紫苑の傑物っぷりに惚れてしまったのだ。
 別に性的な意味ではない。あくまで敵としてだ。

「僕らはモンスター専門だけど……うん、是非とも君と戦いたくなった」
「(知るかバーカ。とっとと失せろよ鬱陶しい)」
「まあでも、確かに今日は学生として楽しむのが一番だよね。それじゃ」

 クロカンは残念そうに去って行った。
 紫苑はこれまで上級生からどう思われているかについてそこまで考えていなかった。
 精々優等生と思われているかな? ぐらいだ。
 しかし、こんな風に思われているとは……。

「(ハゲ上がるほどに面倒臭え……どうせなら女の方が良いわ女の方が)」

 そう言うが女なら女でマシンガンのように文句が飛び出すだろう。
 どうせそんなことは分かっているのだ。

「(あー……あっちぃ……)」
『だらけまくってんなお前)』
「(うるせえ変温動物……あれ? 蛇ってどうだっけ? 何かもうどうでも良いわ……)」

 その後も順調に競技が進み、昼休みがやって来る。
 紫苑一行はテントの下にシートを敷いて、思い思いの弁当を広げていた。
 ルドルフと栞は如何にも金がかかっていそうなお上品なもの。
 天魔は多種多様の菓子パン。専門店で買ったのかとても良い匂いだ。
 麻衣のお弁当は母親が作ったであろう家庭的なお弁当。
 そして紫苑とアリスも、

「すまんなルーク」

 大男が作った家庭的なお弁当だ。
 御重になっており、おにぎりやサンドイッチがところ狭しと並べられている。
 おかずもポピュラーなものばかりで唐揚げやハンバーグ、キンピラゴボウや煮物。
 フライドポテトや一口カツなんかも入っている。
 これを作ったのがルークだと言うのだから笑いを禁じ得ない。

「構わん」

 ちなみにルークの分は別途だ。
 自分用に小さいお弁当を一つ作っている。
 御重に自分の分を入れるとアリスが面倒そうだと判断したからだ。ルーク有能。

「とりあえず午前中は先輩らの頑張りのおかげで何とかうちらがポイント上やねえ」
「ですが、すぐひっくり返されてしまうでしょう。やはり肝は合戦かと」
「六百って結構な数だよね。でも、何でかなぁ……どうも僕燃えない」
「それはそうだろう。私達はもっと馬鹿げた数の砲火に晒されたからな」

 九千の砲火に比べれば六百なんてのは屁のようなものだ。

「そう言えば紫苑お兄さんは午前中の競技に出てなかったけど午後は出るの?」
「ああ、一応借り物競争にエントリーされてる」
「借り物競争言うと……応援ダンスの後やん。うちら順番トリやし着替える暇ないんちゃう?」
「そうだな。だから、動きやすい格好にしてくれているとありがたい」
「紫苑くんが女の子の格好かぁ……ちょっとドキドキするね。ねえ、どんなの着るの?」
「まだ知らされてない。と言うか天魔達は知らないのか?(何着ても似合うだろうがな!)」
「応援ダンスを主導してたわけではありませんので……ですが、大丈夫ですよ」
「何か女装似合いそうやし」

 応援ダンスで女装するのは他の面子も知っている。
 だから、皆どこか楽しそうな顔をしているのだろう。
 好いている男の知らない顔が見れるのだから喜ばないはずがない。

「(お前らよりに美人になるものな! ふぅ……嫉妬されたらどうしよう?)」

 この根拠の無い自信には頭が下がる。

「まあ、ルドルフよ。しっかりエスコートを頼むぞ?」
「ハハ! ああ、分かっているよ。紳士の嗜みを見せてやろう」
「……ルドルフさんも随分と女装が似合いそうですよね」
「ちょいと体格はガッシリしとるけどライン覆い隠すような大き目の服やったらいけそうや」
「ただ、ヒールとかはダメそうね。背が高いもの」

 女装談義に花を咲かせている女性陣だが、標的にされたルドルフは嫌そうな顔をしている。
 紫苑と違って自分がやることには抵抗があるのだ。

「そう言う卿らも……確か、麻衣と栞は男装するのだろう? どうなんだ?」
「私は執事服を着ることになっています」
「ああ、そういや試着の時に他の女子がえらく騒いでたよね」
「何でも……"あり"らしいです。正直私には分かりませんが……」

 困った顔をする栞。
 髪を結い上げてモノクルをかけて、執事服を身に纏えば何とも似合いそうだ。
 女子達がありと言うのも無理はない。

「んで、麻衣ちゃんが学ランだっけ?」
「そうそう。あ! せやせや、紫苑くん……持って来てくれた?」
「ん? ああ」

 そう言って近くに置いてあった紙袋を麻衣に手渡す。
 中身は言うまでもなく学ランだ。

「三年の時に使っていたのはサイズが合わんだろうか二年の時のを持って来た」
「ありがと! いやぁ、学ランぐらいは自前で用意出来るやろって言われて困っとったんよ」

 天魔、アリス、栞の目が紙袋に釘付けになる。
 中に入っているのは中学生時代に紫苑が着ていた学ラン。
 羨ましいと思ってしまうのはいけないことだろうか?

「一応ハチマキはこっちで用意したんやけどねえ……。
学ランとかコスプレショップにでも行かな売ってへんっちゅうねん」
「と言うことは……卿は応援団チックなアレか?」
「そうそう。どうにも統一感ないよねえ……栞ちゃんバトラーやし」

 そんな風に楽しく談笑していると、クラスの女子がやって来る。

「春風くん、そろそろ準備だから来て」
「? もう食事は十分だったが……時間、まだあるよな?」
「いやほら、メイクもするじゃん?」
「メイクするのか!?(おいおい、俺の美女っぷりに磨きがかかっちまうじゃねえか)」

 表面上は驚いて若干引いているように見えるが、内心では満更でもなさそうだ。

「良いじゃん良いじゃん! お祭りなんだし、ね? 大丈夫綺麗にしたげるから!」

 困った顔をしている紫苑を諭すように背中を叩く女子生徒。

「大丈夫大丈夫、紫苑くんなら似合うって。僕らも太鼓判を押すさ」
「ええ、楽しみにしています」
「と言うかメイクなら私がやってあげたかったわ」

 女子からの援護射撃、これは断る方が空気読めていない感じだ。

「(しゃあねーなー! ここまで言われちゃしゃーねーな!)」
『楽しそうだなオイ』

 そうして、紫苑は女生徒に連れられて去って行った。

「むぅ……男としては同情するな。卿もそう思わんか?」
「ああ、そうだな。自分なら大暴れして逃げてやる」

 ルークが女装したら、それはもう歩く十八禁だ。

「と言うかデカブツルーク、あんたは女装なんて似合わないでしょうが」

 アリスは紫苑が去ったことで若干ご機嫌ナナメのまま弁当を突付いている。
 こう言う時は静かにしているのが一番、それがルークの処世術だった。

「何か言い返してみなさいよ。まったくもう、イエスマンはこれだからダメね」
「(自分が何か言い返したらそれはそれで文句言うじゃないか……)」

 ルークの扱いに涙不可避。
 同じ男として可哀そうだと思ったのか、ルドルフが小さくその肩を叩いている。

「それにしても紫苑くんの女装どないなるんやろ?」

 セーラー服、ブレザー、ナース、メイド……そこまで考えて麻衣は顔を引き攣らせる。
 これでは如何わしいお店と同じだ、と。

「そう言や天魔ちゃんとルドルフくんはどんなの着るん?」
「ん? ああ、私は普通だ。タキシードだよ」

 シンプルではあるが、素材が良いので良く映えるだろう。

「僕はゴスパンクな感じって言われたからね。私服見せたらそれでOKだって」
「あー……確かに天魔ちゃんの私服なら問題ないわな」

 さて、どうしたことだろうか? 天魔が何やら恥ずかしそうにしている。
 それは栞も同じだ。麻衣はどうしたのかと小首を傾げている。

「えーっと……その、麻衣さん?」
「はい、何でっしゃろ?」
「その……学ランを着た後は、クリーニングをして返すんですよね?」
「そらまあ、礼儀やからね」
「な、ならさぁ……ちょっとだけで良いから、僕にも着させてくれない?」
「あ、ずるいです! あの……わ、私も……」

 照れくさそうに御願いをする二人だったが、

「は、はは……」

 麻衣は若干引いていた。

「フン……まるで変態ね」
「あはは、クソガキじゃサイズ合わないもんね。僻むなよ」
「どうせあなたも着られるなら着ていたでしょう?」
「う、うぅ……そ、そんなことないもん!」

 そんなことあるもん! と言ってるようにしか聞こえない。
 ちょっと笑えない変態気質のお嬢さん三人に麻衣はドン引きだ。
 いや、彼女のみならずルドルフとルークも引いている。

「……自分はデザートも作って来た。ルドルフ、食べるか?」
「う、うむ……頂こう」

 男二人の居た堪れない空気と来たら……涙が出て来そうだ。
 その後も微妙な空気の食事が続き、そろそろ着替えなければヤバイ時間になった。

「女子はAクラスで……男子が隣のB使わせてもらってんだっけ?」
「そうですね。でも、着替える前に少しだけBクラスに寄って行きましょうか」
「紫苑の女装を一足先に拝見だな!」

 とのことで、六人は一年Bクラスの教室にやって来る。
 着替えは終わったか、他に着替えている人間が居ないかを確認して入室すると……。

「ん、お前達か(ククク、見惚れるが良い!)」

 おぉ……と誰かが感嘆の溜息を漏らした。
 一見すればこれが紫苑だとは誰も思わないだろう。
 その長髪は恐らくウィッグだ。
 ウィッグで増量した髪を後ろで結い上げて幾つかの笄を刺している。
 片目を完全に隠しているのは色っぽさを演出するためだろう。
 その証拠に形の良い唇には紫色のルージュが引かれている。

「あ、どうどう!? これ結構良くない!?」

 紫苑の変身を手助けした女子生徒が興奮気味に問いかける。

「え、ええ……確かに……その、美人さんですが……」
「ろ、露出高くない? 何か変な気分になるんだけど」
「う、うん……なまじ美人さんなだけに……こう、色々首を傾げたくなるんやけど……」

 紫苑の格好は奇抜だ。黒を基調とした和洋折衷のドレス。
 袖口がやたら広いのは踊る際に綺麗に見せるためだろう。
 だが問題は露出だ。ガッツリと肩までが露出しているのだ。
 それに加えてスリット。左足の太股まで開かれたスリット。
 黒いブーツを履いているので肌は余り見えていないが、絶対領域が生まれてしまっている。

「え? ダメ?」
「だってこれ……下手すると遊女ですよ遊女」
「だってだって、Bでリオのカーニバルのアレする人居るって聞いたんだもん!」
「それに対抗したわけね……うーん、良い感じじゃない。創作意欲が沸いて来たわ」

 栞、天魔、麻衣はどう反応すれば良いか困っているがアリスはそうでもないらしい。
 純粋に似合っているなら問題は無いと考えているのだ。

「サンバのアレって言うのはあの下品なまでの露出のアレよね?
うん、対抗するって言うならこのチョイスは良いんじゃないかしら。
堂々と色気を振り撒くんじゃなくて、あくまで妖しく漂わせる……良いセンスだわ」

 淡々と評価するアリスに女子生徒はでしょ? でしょ? と喜びを露にしている。

「女装側の色気要員はこれでバッチリだわ! 後は男装側ね」

 女生徒は妖しい目線を栞達に向ける。

「あ、あの……な、何でしょうか?」
「丁度良いから醍醐さんと桝谷さんのも私が仕上げるわ。着いて来て!!」
「うわ……御愁傷様ぁ……僕、普通に私服で良かったよ」

 口ではそう言っているが、天魔は笑っていた。

「あ、天魔ちゃんの私服にもアレンジ入れるから。大丈夫、しっかり弁償するから!」
「え? 僕も?」
「良いじゃない。あのお姉さん、割とセンス良さそうだし」

 女性陣が去って行き、教室には男三人が残された。
 ルドルフとルークは無言で紫苑の肩を叩く。

「……その、ご愁傷様だ」
「ま、まあ……これで似合ってなければ最悪だが卿は似合っている」
「(だよね!? 超似合ってるだろ俺!)……気遣いが痛い」

 表面上は不本意ですアピールは欠かさないが、その実ノリノリである。
 女装にここまで乗り気で、尚且つ自信満々と言うのは男として如何なものか。

「う、うむ……ま、まあ我らも着替えるか!」

 そう言ってルドルフは壁にかけられているタキシードを手に取る。
 慣れたもので、ささっと準備を整えて姿見の前に立った。
 バッチリ着こなしているのは流石と言えるだろう。
 だが、問題はルークだ。

「(うわぁ……ないわー……汗臭さが漂ってきそう……)」
「な、なあルークよ……」
「……何だ?」
「柔道着なのは良い、仮装パーティなものみたいだしな」

 ルークの衣装は柔道着なのだが……。

「サ イ ズ 合 っ て な い よ な そ れ」

 そう、サイズが合っていない。確かにルークは巨漢の部類に入る。
 それでも完全にサイズが無いわけではない。
 だと言うのに今の彼が着ている柔道着はピチピチだ。
 分厚い胸板がかなり露出している。

「……これは、どう言うことだろうか?」

 ルークは静かに呟いた。そこには不満がありありと見える。

「ああ、さっきの子がな……俺にはよく分からんのだが……(やっべ、マジキモなんですけど)」

 中身の気持ち悪さでは紫苑の大差勝ちである。

「何でも、ワンサイズ小さくすることで肉体美をアピール! だとさ」
「……」

 今度は紫苑とルドルフがルークの肩を無言で叩いた。
 主人であるアリスにいびられて、挙句にこれ。彼の不幸は止まるところを知らない。

「ちーっす……ってうぉおい!? ルーク、お前何だそれ!?」

 沈黙の時間を破ったのはハゲだった。ちなみに彼の衣装は袈裟である。

「っつか……え? 誰その綺麗なお姉さん?」
「俺だよ俺(フッ……流石俺ェ!!)」
「その声――――紫苑か!? え? 女子何考えてんの!? 馬鹿じゃねえの!?」

 綺麗なのは綺麗だ、しかし気合を入れ過ぎなのだ。
 どうやら紫苑やアリス以外であの女子生徒のセンスを認めているものは居ないらしい。

「つか……うわぁ……エロっ……声聞かなきゃ変な気分になりそうだわ」
「(俺ってば罪な男だね!)そう言うお前の格好もアレだがな」
「うむ。卿はそれ……頭繋がりか?」
「どう考えてもそれっきゃねえだろ。もう笑うしかねえ。木魚のオプションでもつけてやろうかな」

 それでも露骨に嫌な顔をせず、しょうがないと笑えるのは性格の良さゆえだろう。
 良い奴だ! ハゲ良い奴だよハゲ! 頭禿てるけどすっごい良い奴だ!

「俺もルドルフみてえな正統派な感じが良かったんだが……まあ、ルークに比べればマシだわ」

 ピッチリ柔道着はそれほどまでにインパクトがあった。
 一部の人間には大受けすること間違い無しだ。

「まあ、一年に一度のお祭りだ。不満を言うのも無粋だ。さあ皆、そろそろ行こうか」
「フッ……それもそうだな。ではお嬢さん、お手を」

 すっ……とルドルフが手を差し出す。
 こう言う動作が一々似合っているのが憎らしい。

「(チッ……だが、目立つのは俺だ!)」

 紫苑は声を出さずに軽く微笑んで差し出された手に己が手を重ねる。

「(さあ――――総ての視線を俺に釘付けだ!)」

 ナ ル シ ー こ こ に 極 ま れ り で あ る。
 端的に言って――――とっても気持ちが悪い。
+注意+
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