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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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ペン走らせてんだよクソ爬虫類!!

 新宮から大阪に戻った次の日から始まった期末テストも四日目の今日で総ての日程を終えた。
 時刻は十三時を少し回ったところ。
 フリーとなった紫苑と笑えない仲間達は今、ファミレスで駄弁っている。
 うだるような暑さの外に比べてファミレスの中は良い塩梅だ。

「(そう言えば……昔、逃げ水を追ったっけか)」

 アイスコーヒーに口を着けた時、どうでも良い思い出が蘇った。
 小学生の時のことだ。
 その頃から付き合いを重視していた紫苑は、暑い中嫌々外で遊んでいた。

"あ! 水水!!"

 誰かがそう言った。

"行こう!"

 そして、どう言うわけだか今も理解は出来ないが追うことになった。
 追って追って追って、それでも捕らえられない逃げ水。
 当たり前だ。あれは蜃気楼の一種で実態が無いのだから。
 紫苑にはそれが分かっていた。
 だが、口にすることで空気が読めない扱いをされるのが嫌だった。
 だから、日が暮れるまで子供達と一緒に追い続ける羽目になったのだ。

「(……何て不毛な時間だったんだろうな)」

 それでも、紫苑にはそれを終わらせることが出来た。
 そうしなかったのは自業自得。自分の選択の結果。
 本人はまるで気付いていないが、その頃から見栄で面倒なことをしていたのだ。
 小学生の頃からまるで成長していない……。

「え? 栞ちゃん冷房つけてないん?」
「ええまあ……とは言っても寝る時だけですよ? 他の状況では暑ければつけます」
「いやでも、寝る時こそ要るやろ、どう考えても。寝苦しくない?」
「確かにそれはありますけど……体質、なのでしょうか?
どうにも冷房をつけたままだと朝起きた時に、どうにも調子が良くないんですよ」
「ほえー……繊細なんやなぁ」

 麻衣と栞は雑談。
 何とも普通の会話だ。片方の人格は普通からは一光年くらいかけ離れているのに。

「ふむ……これはいけるな。もう一皿頼もうかな?」
「あ、だったら僕もパフェ頼もうかなパフェ」
「天魔お姉さん、さっきまでケーキ食べてたのにまだ食べるの? まるでブタね」
「そう言う君も随分食べてる気がするけどね。そのタルト、何枚目だよ」

 ルドルフ、天魔、アリスの三人は未だに食事中。
 山と積まれた皿、伝票に加算され続ける金額、何時まで続くのだろうか?
 店員達も最初は奇異の視線で見ていたが、もう慣れているのか気にしていない。
 どちらにしろ、上客であるのは間違いないのだ。
 気を悪くさせて売り上げを減らすような真似をしたところで得などない。

「(しかし、俺なら高校生のガキがこんなに喰ってたら不安になるがね……)」
『あ? 何でよ』
「(支払能力だよ。ああでも……制服見れば分かるし問題は無いか)」

 ここは学校からそう離れた場所ではない。
 いざとなれば学校に連絡出来るのだから、変に考え過ぎる必要は無いだろう。

「(と言うか、俺らが金持ってるのは分かるだろうしな)」

 育ちの良さ――――言い方は悪いが金持ちの匂いを大きく放つ人間が二人も居る。

「(それに、実も蓋も無いこと言えば、アリスの力使えば金払わなくても問題無いし)」
『無銭飲食かよ。ドキドキするな!』
「(やらねえよ。金を払わないのはみっともないからな)」

 それに、洗脳の力は便利だし無銭飲食も自由だが不安であることに変わりはない。
 それが紫苑のような小者ならば尚更だ。
 完璧に大丈夫と分かっていても、何処か不安になってしまう。小心なのだ。
 平然とパーティメンバーを地獄に送ろうとするのに、食い逃げは怖い。
 どうにも滑稽な価値観だが、これが春風紫苑なのでしょうがない。

『つーかさぁ……お前も、もっと食べろよ』
「(あ? チキンドリアとピザ一枚で十分だろうがボケ)」
『俺様はもっと食べたいんだよ! 出来るなら食べたことないのと林檎系のやつ!』
「(チッ……面倒な爬虫類だなテメェ。俺の体型維持に少しは気を遣えってんだ)」

 別にアップルパイの一枚や二枚、
それどころか十枚食べても体重は変動しないだろう。
 魔法を限界まで使えばカロリーなんてあっという間に消費出来るのだから。
 紫苑らは魔力と呼ばれているものを使って魔法を発動している。
 その魔力を生成出来る器官が冒険者には備わっており、
そこから生成出来る魔力量が一定量を超えているのが後衛の特徴だ。
 そいつを働かせるのにはそれなりのカロリーが必要で、
普通のジョギングなんかをするよりよっぽど効果的だ。
 それでも紫苑はそんなダイエットはしない――――だって疲れるから。
 そんなことをするなら食事制限をした方が楽なのだ。

「ルドルフ、注文をするなら俺のも頼む。俺はアップルシナモンケーキだ」
「任された。しかし、卿も案外可愛いものを食べるのだな」

 からかうように笑っているルドルフ。
 午後の陽光が降り注ぎ、キラキラと光っているように見えるのがかなりムカつく。

「(好きで頼んでるんじゃねえよ)まあ、偶には甘いものも食べたいのさ」
『流石紫苑! 愛してるぜ――――林檎の次にな!』
「(これだけの気遣いを見せる俺がバラ科リンゴ属の落葉高木樹に成る果実以下だと!?)」

 そう反論するものの、爬虫類に愛されて嬉しいかと言われれば嬉しくはないだろう。

「甘いものが欲しいの? じゃあ、注文が来るまでの繋ぎにこれあげる。アーン♪」

 少し大きく切り分けられたベリータルトを差し出すアリス。
 満面の笑顔を浮かべているが、彼女は気付いているのだろうか?
 女二人が夜叉般若の顔で睨んでいることに。

「いや、流石にそれは恥ず――――むぐ!?」

 半ば強引に紫苑の口にタルトを押し込む。
 アリスは睨まれているのを理解した上で挑発しているのだ。
 お前らとは違うんだよ! と。
 ブチキレ寸前の天魔と栞だったが、ここは紫苑の顔を立てねばなるまい。
 店内での乱闘騒ぎはご法度だ。

「ふ、フフフ……本当に、本当に不愉快な童ですねアリス・ミラー」

 ひくひくと引き攣る頬、殺意が凝縮された瞳、栞は怒っている。

「不愉快なのはこちらも同じよ。ジャパニーズホラーみたいな顔しちゃって……最悪だわ」

 午後の穏やかな時間を乱さないでくれる?
 そう嘲るアリスだが、その空気を真っ先に乱したのはコイツである。

「はいはい。喧嘩はあかんよ? こんなとこでやらかしたら誰が一番堪えるか……分かるやろ?」

 修羅場なんて既に慣れたもの。麻衣が他の女達をなだめる。
 ルドルフも同じで、女三人による修羅場トライアングルなどまるで気にしていない。
 平然とした顔で海老グラタンをつついている。

「息を吸うように喧嘩を売るのもええ加減にせなあかんよ?
ほら、折角テストも終わったんやし、もっとゆるーい空気でお喋りしよ」

 女三人も一先ずは落ち着いたのか、それぞれが頼んでいたドリンクに口をつけている。

「ところで紫苑くん、さっきから何やってるの?」
「そう言えば……折角テストも終わったのにまた勉強してるん?」
「真面目なのも良いが、偶には息抜きも重要だぞ」

 紫苑は動かしていたペンを止める。

「(俺だってしたかねえよ!)いや、勉強じゃない。課題だ課題」
「? 今日って宿題出ていましたか?」
「んー……私の記憶では特にないわね。何の課題?」
「――――ギルドだ」

 その言葉で事情を知る四人は大体の事情を察する。
 事情を知らぬアリスだが、
踏み込んでは迷惑がかかると言うことくらいは分かっていた。
 だからこそ、それ以上の追求を止めてタルトに集中し始める。

「一応司令塔が俺と言うことになっているからな。その俺にだけ出されているんだ」
「その割にはタイトルが――――ああ、僕らが知らない暗号ってわけか」

 ノートの一番上に書かれているタイトルは"冒険者の年代別食事傾向"。
 一見すれば何の変哲もないものだが、紫苑にとっては別で、
かなりえげつない内容のタイトルになっている。

「ま、そう言うことだ。
(気が滅入るような内容だよホント……それでもやらなきゃ評価下がるしなぁ……)」

 出された本当の課題、
そのタイトルは"戦闘の際、如何にして他者の心を抉り取る立ち回りをするか"である。
 これは思考の箍を外すことで、
あのダンジョンでより柔軟に指示を出せるようにするための鍛錬の一環だ。
 これで効果があるのか? 紫苑も疑問には思っている。
 しかし、ギルド側も手探りなのだろう。何せ相手は未知の存在なのだ。
 それに対する対策なんて存在し得ない。であれば、作るしかない。
 紫苑のやっているこれは鍛錬の一環であり、実験の一つでもあるのだ。

「(ったく……この俺に人を傷付けるような酷いことが思いつくわけないだろうに……)」

 本気で思っているのだから性質が悪いことこの上ない。
 補助魔法よりも得意な必殺・棚上げが大炸裂だ。

「(そうだな、もしこんな手が使えるならばってことで……召喚魔法で少し考えてみようかな?)」

 どの冒険者もそうだが、常日頃から武器を持ち歩いているわけではない。
 手の甲などに召喚と送還の術式を刻んで必要に応じて武器を召喚している。
 紫苑はそこに目をつけて、課題を仕上げることに決めた。

「(実際に可能かどうかはともかくとして、出来るなら間違いなく相手の動揺は誘えるな)」

 タイトル以外何も書かれていない真っ白なノートにペンを走らせる。

 "魔法と言う分野は言うまでもなく未完成である。
 RPGなどで言うところの基本的なものは揃ってはいるが、鉱脈はまだあるだろう。
 他ならぬギルドの見解なのだから、信用性は高いと見て良い。
 だが、新たな鉱脈だけではなく既に存在しているものについても掘り下げられるはずだ。
 現に、発見されてから百年の時間をかけて更に磨かれた魔法も存在している。
 ゆえに、これは将来的に召喚魔法が発展した場合の戦法であると承知されたし"

「(うん、出だしはこんなもんかな?)」

 注文の品がやって来たので、軽く一口。
 林檎の酸味とシナモンの風味が口いっぱいに広がる。
 これで糖分補給は完了だ。

『アップルシナモンケーキ美味え!!』
「(うるせえ!)」

 "現状、召喚魔法で召喚出来るのは無機物だけだ。
 主に武器やアイテムを運搬する手段として用いられている。
 人間の転送と言えば、我々学生もよく使っている転送装置があるが、あれは大掛かりに過ぎる。
 少なくとも携帯出来るようなものではないので、これから述べる戦法には使えないだろう。"

『フォーク止まってんぞ』
「(ペン走らせてんだよクソ爬虫類!!)」

 "マーキングを施したもの召喚するのが召喚魔法、
魔力の消費も少なく後衛職の人間以外にも使える便利な魔法だ。
 私は人間にマーキングを施せないかと考える。
 マーキングの方法に関しても現状では専門の人間しか使えないが、もっと簡略されたらと仮定する。
 そう、それこそすれ違い様にマーキングが出来るくらいに、だ。
 つまり何が言いたいかと言うと――――肉の盾だ。
 街中で盾となる材料にマーキングを刻み、いざ敵と対峙する時に使用すれば効果的だろう。
 敵がこちらを狙って攻撃を放った瞬間に召喚。これは防ぐことが目的ではない。
 大事なのは、敵が盾を見て、その上で殺すことだ。敵の視点に立って考えてみて欲しい"

「むぅ……紫苑お兄さん、難しい顔してる」
「そうか? 私には何時もこんな風に見えるがな」

 外野の声は既に届いていない。
 紫苑は目の前の課題を片付けることだけに集中しているのだ。

 "そう、例えばあなたは前衛職の剣士と仮定しよう。想像してみて欲しい。
 追い詰めた敵に剣を振り下ろすあなた。しかし、彼我の間に突如障害が現れる。
 その優れた動体視力はしっかり把握する。目の前の人間が一般人で、まるで状況を把握していないことに。
 しかしどうだ? 剣は止らない。無残にもその刃は無辜の人間の命を奪ってしまう。
 虚を突くような肉の盾、動揺しないと言い切れるだろうか?
 勿論、サイコなシリアルキラーなら話は別だが、あれはマイノリティーだ。
 大多数の人間にとって肉の盾は動揺を誘発するものでしかない"

『なあ、紫――――』
「(後でちゃんと喰うし、帰りに林檎も買ってやるから黙ってろ)」
『はい!』

 "さあ、あなたは一般人を斬ってしまった。敵は健在だ。また使われたらどうする?
 使う前に戦いを終わらせねば! 焦りが誘発されるだろう。
 だが、使う側は既に覚悟を済ませているはずだ。でなくば使うことなんて出来ない。
 覚悟を決めた人間は驚くほど冷静だ。相手の焦りだって見抜けるだろう。
 さあ、敵を盾を出し続けるぞ。街中に居る一般人にすれ違う度にマーキングしているのだから。
 盾はどれくらいある? どうして標的に届かない?
 嗚呼、咎無き人間の断末魔があなたを蝕む。
 刃に食い込む肉の感触、それはモンスターや冒険者のそれと同じではない。
 もっと柔らかく、じんわりと手に伝わるような吐き気のする感触だ。
 召喚魔法に使う魔力は微量、本職の後衛ならばどれだけ出せる?
 さあ、まだまだあなたは斬らねばならない――――とまあ、このような感じに使えるだろう。"

「(ふぅ……後はまとめに入るか)」

 "人間と言う奴は平気で同族を殺せる。しかし、そこには意思が絡み合っていなければならない。
 無差別殺人をする通り魔だとしても、そこに至るまでに本人なりに何ならかの過程を経ているはずなのだ。
 だからこそ、心が無防備な状態で人を殺させることに意味が生まれて来る。
 精神的な重圧をかけるなら、私が考案したこの戦法もそこそこ役に立つのではないだろうか?"

「(……これだけじゃ危ない奴だな。うん、もう一文加えよう)」

 "だからこそ私は提言しよう。召喚魔法は現状のままが一番良いのだと。
 ギルド主導での召喚魔法開発――――それが行われているかどうかは不明だ。
 それでも、やっているのならば今すぐにでも止めた方が良い。
 よしんばそれが無理だとしても先に挙げた戦法を無力化出来るような対策を講ずべきだろう。
 最後に、これだけは言わせて欲しい。この課題レポートが心無い人間の手に渡ることのないよう願う"

 丁寧な文字で綴られているが内容は最悪と言って良い。
 肉の盾と言うものは大昔にもあっただろうが、この戦法の凶悪さは別。
 召喚魔法を使用することにより意表を突いているのだ。
 最初から見える状態で肉の盾を使うよりも、よほど効果的と言えるだろう。
 こんなものをファミレスで、しかも片手間で思いつく辺りこの男は最悪だ。
 箍が外れてしまえば、かなりな厄介な手合いになること間違いなし。
 良く見られたいと言う本人の欲求は、他者にとってもプラスに働いているようだ。

「終わったのかい?」
「ん、ああ」

 ノートを覗き込んでいる天魔だが……これがまたさっぱり分からない。
 深く考察すれば暗号の法則性も見えて来るのだろうが、ちょっと見ただけでは無理だ。

「いやぁ、普通の内容にしか見えないよね」
「どれどれ……うむ、そうだな。タイトル通り年代別の食事事情を書いてるようにしか見えん」
「ただ、少々違和感は覚えますね」
「その違和感が多分暗号なのよ」
「あかん。全然分からへんわコレ。何なん? 頭ええ人には何か分かるん?」

 次々に注がれる視線、万が一内容が知れたら風聞が悪いにもほどがある。
 紫苑は静かにノートを閉じて鞄の中に放り込んだ。

『ようやっとスイーツタイムか!』
「(お前の頭はスイーツ(笑)だろうがクソ)さて、これで俺もようやく会話に参加出来そうだ」

 何を話していたんだ? そう問いを投げることで課題から意識を逸らさせる。

「夏休みどうするーて話してたんよ。ほら、もう後は体育祭だけで一学期終わりやん?」
「ああ……そう言えばもう夏休みか」

 余りにも密度の濃い一学期だった。
 入学初日の振り分け試験でいきなり事故に遭遇し、見栄を張ったばかりにAクラスへ。
 普通の授業を始めるよりも先にクラスメイトと戦わされた。
 アイリーンとの戦いなんて今でも夢に見るくらいの悪夢。
 しかし、悪夢はまったく終わらない。
 ゴールデンウィークに邪悪なロリと出会って、後々戦うことになった。
 良い具合に殺そうとしたのに結局殺せずに懐かれてしまう。
 そこからギルドの選別を知らされ特殊なダンジョンに潜る運びとなった。
 そこでは三つ目の化け物に殺されかけ、死を覚悟した。
 ようやく一息吐いたと思えば醍醐姉妹のグランギニョルに巻き込まれる。

「(……どうして、どうしてこんなことになってしまったんだ……)」

 それはひょっとして自業自得ではないだろうか?
 大部分は身の丈を知り、偽り続けなければ発生しなかった問題なのだから。

「(平穏無事な人生が……おいコラカス蛇! テメェ蛇は幸運の証じゃねえのか!?)」
『それって白蛇だろ? 俺様の体色白じゃねーし』

 その希少性により幸運の証とされているが、所詮は迷信である。

「あはは、確かに色々あったからねえ一学期は」

 思い出を振り返っている、紫苑の沈黙をそう受け止めた天魔達はカラカラと笑っていた。

「(コイツらが与える不幸を相殺するには何匹白蛇必要なんだろうか……)
そうだな。で、夏休みどうすると言う話だが……そもそも、大丈夫なのか?」

 次、特殊なダンジョンを探索するのは夏休みとなっている。
 滋賀のあそこへ行くのか、はたまた別の場所か、現状では何一つ知らされていない。

「そこです。紫苑さん、あれから連絡は?」
「無いな。課題やらその後の報告なんかは来るし、皆にも伝えているだろう?」
「然り。そうか、話題上がらんから多分そうだとは思っていたが……」
「正直、ちょっと放置され過ぎやろうちら」

 苦い顔をする四人、アリスは疎外感を覚えているのか若干むくれている。
 それでも何も言わない辺り、空気は読めている。
 まあ、腹の中ではどうにかして四人を(永遠に)排除出来ないかを考えているのだが。

「しかしまあ、一度それがあるとしても夏休み丸々と言うわけでもあるまいて。卿もそう思うだろう?」
「まあな。それに、一度やればそれなりの期間が空くことも間違い無い」
「だったら遊びの正確な予定は立てられずとも、あれしたいこれしたいぐらいは考えられそうだね」
「ちなみに紫苑くんはどっか行きたいとかあるん?」
「俺は……初盆があるからな。とりあえずは、一度田舎に行くつもりだ」

 しかしそれも探索で被ってしまえばおじゃんになる。
 それでもお盆の時期に探索は無いだろうとも思うので、恐らくは問題無いはず。
 今のところ紫苑はそれぐらいしか予定が無い。
 そもそも、一人になってからは旅行など行ったことなど無いのだ。
 強いて言うならゴールデンウィークのアレぐらいだ。

「あ! じゃあじゃあアリスも一緒に行くわ! 良いわよね?」
「ん? まあ、構わないが……」

 断る度胸が無いだけである。

「ああ、そう言えばこの間、天魔とアリスは紫苑の故郷へ行ったのだったか」
「故郷――と言う呼称が正しいかは分からんがな(色々複雑だし)」

 故郷だと言うなら生まれた大阪がそうだ。
 しかし、両親を亡くしてから中学までの間は新宮に居た。
 トータルでは大阪暮らしが長いが、それでも新宮も故郷と言えなくもない。

「天魔ちゃんから聞いたけど、ええとこなんやってね」
「そう言えば紫苑さんは伝統舞踊をやっているとか?」
「む、卿に踊りの心得があったのか?」
「(やべえ……マジで鬱陶しい)」

 話題はドンドン弾んで行くが、それに比例して紫苑のテンションはドンドン下がっていった。

「何か鯨漁だかの踊りだったっけ?」
「カラフルな棒を持って踊ってたわね。黒、赤、緑だったかしら?」
「ああ。それはそれぞれ鯨・鯛・陸地を表しているらしい」
「それは……是非拝見してみたいですね。帰郷の際はお供をしても?」
「あ! せやったらうちもうちも! ってか皆で行こう!」
「良い考えだな。ルークの奴も誘ってやろうではないか。アリス、頼めるか?」
「えー……デカブツルーク? アイツ一緒だと紫苑お兄さんのお家じゃ手狭よ」

 あ、それならホテルにでも入れておけば良いかな?
 なんて楽しい旅行計画を練っている五人。

「(勝 手 に 決 め る な。
アリスのアホだけでも面倒なのにお前らまで来るとか笑えねえ。
つーか別にあそこ観光地とか無いぞ。
強いて言えば熊野古道とその道中にある神社ぐらいだ。
そんなとこに好き好んで行くとか馬鹿だろアホだろバーカーバーカ)」

 凄まじいまでの疎外感である。
 マリアナ海溝並に深い心の溝は見事と言うしかないだろう。

「騒いでいるところ悪いが、一応他にもやりたいことがあってな」
「何か手伝えるなら私、手伝うわよ?」
「いや……まあ、これは俺一人の方が良いだろう。先駆者に少しばかり話を聞きたいんだ」
「……先駆者ってのはあれかい? 僕らと同じような」

 僅かな単語で意図を察した天魔。
 そう、紫苑は自分達と同じように特殊なダンジョンを探索している者の話を聞くつもりなのだ。

「ですが、他のパーティの情報は秘匿されていませんでしたか?」

 当然のことながら、他の面子もそうしようと思ったことがある。
 実際、滋賀の冒険を終えた後、カマキリに提案してみたのだ。
 情報交換会のようなものがしたいと。
 しかし、その時は相手側がそれを望んでいないこともあってお流れになってしまった。

「言っただろう? 先駆者、ってな。
アイリーンとの戦いで俺が彼女に口移しで飲ませたものは何だ?
桃鞍先生はどうしてそれを持っていた? おかしいじゃないか」

 アムリタ、あれは特殊なダンジョンから採取されたものである。
 では、モジョが潜って見つけて来たのか? いいや違う。彼女は教師で現役を退いている。
 ギルド側から分けてもらった? いいや違う。あんな希少なものは早々貰えない。
 貰える権利があるとしたら、それは"生き残った一人"のみだ。
 そこからある可能性を推測することが出来る。
 モジョは生き残った一人と個人的な親交があって、アムリタを譲り受けたと言う可能性だ。

「……成るほど、だから卿一人の方が良いのか」

 事情を知る者は紫苑の言葉で彼が描いている可能性を正確に察知した。
 その生き残った一人が組んでいた人間が親しいものでなければ良い。
 だが、もし親しかった場合は当然のことながら傷心しているはずだ。
 そんなところに大人数でずかずかと押しかけるのは礼を欠いている。
 だからこそ、人の心の機微に聡い紫苑と同行者のモジョだけで行くべきなのだ。

「紫苑くんは、何時からそれを?」
「(ついさっきだが……それを正直に言いたくはない)薬師寺先生から説明を受けた時からだ」

 こんなところでも小さな見栄を張るのを忘れない。
 この男は何処まで自分を良く見せたいのだろうか。

「ただ……やはり、色々と考えてしまってな。そうしようと決めたのは滋賀の一件からだ。
下手をすれば門前払いも考えられる。だが、はいそうですかと引き下がるわけにもいかない。
長期戦を覚悟していたからな。夏休みになってから実行に移そうと考えていた」
「……せやね。ほなら、そこは紫苑くんに任せるわ」

 全員の同意が成される。
 実際、傷を持つ人間ならばコイツほど的確な人材もそうは居ないだろう。
 心の隙間に入り込んで虚構の言葉で救済を成す――――とんだメシア様である。

「むぅ……」
「? どうしたアリス(どうせ除け者にされて苛ついてんだろうよ。ザマァ! 笑えるぜ)」

 私怒ってます! アピールをするアリス。理由は紫苑が考えている通りだ。

「事情は分かるけど、さっきから私だけ除け者よ?」

 唇を尖らせて拗ねていることを主張するその姿はとても愛らしい。
 まあ、その愛らしさが通じる相手ではないのだが。

「(うぜぇ……)はは、分かった分かった。なら、ここからはアリスに付き合おう。
もう食べるのは十分だろう? まだまだ日は高いんだ。何処かに遊びに行こう」

 その言葉を聞いたアリスはパーっと顔を輝かせ始める。

「ホント?」
「勿論、嘘は吐かない」

 それ自体が嘘である。

「じゃあじゃあゲームセンター行きたい! 紫苑お兄さんとプリクラ撮る!」
「あ、良いな……僕も僕も!」
「なら……わ、私もよろしいでしょうか?」
「ツーショットもええけど全員で撮ろうや。んで生徒手帳とかに貼ろ!」
「私は補正かけまくってお目目パッチリにしてみたいな」
「(何この空気……気持ち悪いわぁ……)とりあえず、勘定を済ませようか」

 伝票を手に立ち上がったその時だった。

「あ」
「あなたは……」

 近くの席にやって来たのは、誰あろう紫苑らを担当するカマキリだった。

「カマキリじゃん。一人でファミレスとか寂しいねえ」
「うむ、虚しさに私は涙が出て来そうだ」
「う、うううううるさい! ほっとけ!!」

 顔を真っ赤にして怒りを露にするカマキリ。
 それを哂いつつ、紫苑は丁度良いと鞄からノートを取り出す。

「鎌田さん、これ課題です。終わったので提出しますね」
「ん? あ、ああ……分かった。確かに受け取ったよ」
「どうも。それじゃ、失礼します。行こう皆」

 紫苑は五人を伴ってレジへと向かって行った。
 カマキリは昼休憩にいきなりケチをつけられたことで苛立ちながらも、ノートを開く。

「――――え」

 それは書かれている戦法の残虐さに対する驚きではない。

「こ、これ……は……?」

 カマキリはギルド日本支部の更に支部であるギルド大阪の職員だ。
 紫苑らの担当となったことで配置換えとなったのだ。
 だから基本的には大阪に居るのだが……今朝は事情が違った。
 別のパーティを担当している人間が所用で出ていたため、
他のパーティの課題を受け取るために他の県に飛んで居たのだ。
 そこで受け取った課題についても当然検閲してある。ちなみにテーマも同一だ。

「お、同じ……?」

 テーマは同じでもそれを下に書かれる内容については差異が生まれて当然。
 しかしどうだ――――こ れ は 殆 ど 同 じ な の だ。
 そりゃ文法よ文章の癖などの違いはある。
 しかし召喚魔法による肉の盾と言うのはまったく同一だ。
 肉の盾が相手に齎す精神的影響などについての考察も同じ。
 示し合わせたように同じなのだ。
 しかし、接触があったとは思えない。
 よしんば接触があったとしてもまったく同じ内容を書くなどあり得ないだろう。
 カマキリの見立てでは紫苑は真面目で、出来るタイプの人間だ。
 生意気だと思っているし気に入らないが、内心ではちゃんと評価している。
 だから、これは示し合わせたものではないと分かる。

「あっちに関しては誰が書いた分からないが、それでもやっぱりあり得ないだろう」

 つまり、これは偶然だ。

「はぁ……まあ良いや。すいません! コーヒーと大人ランチ一つ!」

 こうして、虚構王と緋色の魔人は静かな交差を果たした……。
+注意+
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