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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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抱き締めるよ――――僕が、君を、惜しみなく

 故人関係の用事を済ませてから家の掃除に取り掛かる頃には既に夕方になっていた。
 予定ではここで一泊し、明日の昼から学校へ行くことになっている。
 無理をすれば帰れないこともないのだが、紫苑はそう言うのを嫌っている。
 行きは早く、帰りはゆとりを持ってが信条なのだ。

「……しかし、静かだねえ」

 畳の上でゴロゴロしているアリス、縁側で寛いでいる天魔。
 二人ともまるで自分の家のように振舞っている。

「確かにそうね。普通、この時間から騒がしくなるのに、そんなのが全然ないもの」
「(何て厚顔な奴らだ)田舎だからな。都会のようにこれからが本番! ってのはないのさ」

 いや、面の皮の厚さではさしもの二人だって紫苑には負けるだろう。

「学校が、仕事が終わったら皆、家族が待っている家に帰るんだ」

 そうは言うものの、紫苑にはその感覚がイマイチ分からない。
 自分以外のあらゆる一切に重きを置かないのだから当然だ。

「……家族が待つ家、ねえ」

 天魔は家族が居ないとかそう言うことはない。
 普通の家族が今も生きていて、ちゃんと愛されている自覚がある。
 だが、その愛に対して報いれているかと言えば話は別。
 自分の親不孝っぷりを思うと苦笑が浮かんで来る。

「私には分かるわ。だって、お兄さんが待ってる家なら寄り道してる暇なんてないもの」

 常時紫苑に付き纏うほど、アリスは空気が読めていないわけでもない。
 だが、出来るならば一緒に居たいと言うのも本音だ。
 紫苑が常に家に居るならば彼女は脇目も振らず家に帰るだろう。

「(俺はまったく嬉しくはないがな)」

 紫苑は今、卓袱台の上に教科書を置いて勉強している。
 今日やるはずだった部分を自主的にやっているのだ。
 こう言う細やかな勤勉さが彼の分厚い嘘を支えているのだろう。
 だが、もうそろそろ良い時間だ。

「ねえ紫苑くん、まだ出前来ないのかな?」

 今日だけ自炊すると言うのも面倒な話。
 ゆえに夕食のために出前を注文したのだが、中々やって来ない。

「確かに遅いな……だがまあ、もう少しで来るだろう」

 そうは言うが内心では惣菜でも買っておけば良かったと後悔している。
 催促の電話をかけるか否か、しばし迷っていると……。

「お待たせしましたー!!」

 丁度良い具合に寿司屋の人間がやって来た。
 ここで催促の電話をしていたら随分と恥をかいただろう。

「(かける前に来る……これも俺の徳か)ああどうも。ありがとうございます」

 もし紫苑の徳(笑)が出前に関係しているのなら、
きっと出前のおじさんはこの家に辿り着くこともなく餓死するのではなかろうか?
 紫苑は代金を払って品を受け取り、卓袱台の上に広げる。
 卓袱台の上にあった勉強道具は出前が来た時点でアリスが片付けており、
同じように天魔も出前が来た時点でお茶、そして箸と小皿を人数分用意していた。

「すまんな(ケッ……可愛くない奴らだ)」

 気の利いた行動をされても素直に受け取れないと言うのは人として如何なものか。

「だって私、気の利くお嫁さんだもん!」
「君は始終口から妄言を垂れ流してるねえ」
「……とりあえず、頂こうか。いただきます」

 紫苑の声に合わせて二人も手を合わせる。
 今回頼んだ寿司は市内でも有名な老舗の――――特上だ。
 滅多に贅沢をしないのだが、
今の自分はこれぐらい稼げているのだとアピールしたかったのだ。
 誰に、と言う特定の相手は居ないので……まあ、自尊心を満たすためのくだらない行動である。

「(大トロうめえwww)」

 真っ先に安易な大トロに手を出す辺りが春風紫苑クオリティーだ。

「お寿司なんて久しぶりだなぁ僕。でもまあ、たまには良いかな?」

 甘党――どころか糖尿寸前じゃないのか?
 ってくらいに甘いものが大好きな天魔だが、だからと言って寿司が嫌いなわけではないらしい。
 プリップリのタコを頬張りながらご満悦の表情をしている。

「~~ッッ」
「? どうしたんだアリス?」

 だが、どう言うわけかアリスはイカを口に運んだ後、プルプルと震えだしてしまった。
 もしや食中毒? ざまぁ! そして慰謝料だ!
 と嫌な三段活用を思い浮かべる紫苑だったが……。

「辛ッッ! 何これ、鼻にツーンと来る!!」

 普通に山葵がキツかっただけのようだ。
 外国人ではあるが日本に住んでたんだし、寿司に山葵が付き物なのは承知の上だろうに……。
 そう思う紫苑だったが、よくよく考えればアリスが今までに寿司を食べていたとは限らない。

「(それに、ルークも居るからなぁ……)」

 サビ抜きを頼んでいたか、アリスに出す前に山葵を抜いていたかもしれない。
 十分あり得そうな可能性だと紫苑は顔を引き攣らせる。
 過保護に過保護を重ねたようなあの男ならば何の不思議でもない。

「あうあう……な、何よこれぇ……ひぃん……」

 涙目でお茶を啜るアリスが愉快で堪らない。紫苑のご機嫌ゲージは急上昇だ。

「君、お寿司食べたことないの? そりゃ外人だけど生まれも育ちも日本でしょ?」

 長崎と言うのは土地柄、異人との交流も多かっただろう。
 それでも日本であることに変わりはない、今も昔も。

「うぅ……誰もがお寿司食べたことあるなんて思わないで!」
「(ざまぁwwwなんつー情け無い顔だ超受けるわ!)ネタ……生魚は平気なのか?」
「うん……そっちは大丈夫よ……で、でもあのツーン! ってのはダメ!!」

 両手で大きなバッテンを作るアリス。よっぽど山葵が堪えたらしい。

「サビ抜きも取っておけば良かったが……しょうがないな。
アリス、どれ食べたい? 俺が山葵取ってやるから何でも言ってくれ」

 親が子供にするような気遣いを見せる紫苑。
 アリスの醜態を見て機嫌を良くしたらしい。
 が、あくまで醜態と言うのは歪みきった奴の視点。
 普通の第三者なら申し訳ないと思いつつも微笑ましく見ていただろう。

「良いの?」
「良いさ」
「じゃあ……このこれ!」
「ハマチだな? 分かった分かった」

 ハマチを小皿にとってネタを外して山葵を取り除く。
 今更ではあるが、紫苑の箸使いはとても綺麗だ。
 箸の使い方で育ちが知れると考えているので、必死に頑張ったのだ。

「わ! ありがとう紫苑お兄さん」

 そう言ってハマチを醤油につけて口に放り込む。
 今度は大丈夫だったようで、アリスはニッコリと笑っている。

「……」

 天魔は一連の光景を羨ましそうに見ていた。
 少々子供っぽくはあるが、ああ言う風に世話を焼かれると言うのも羨ましいものなのだ。
 とは言え、自分はアリスのようにパッと見子供ではない。
 僕も! と言えるほど彼女は羞恥心を捨てているわけではないのだ。
 それでもバッサリと諦められるほど、物分りも良くない。
 何とも面倒な感じだが、しかしそれも乙女ゆえだろう。御愛嬌として受け止めるのが男の度量である。

「どうした?(大方羨ましいとかそう言うのだろうて)」

 本当に空気の読める男だ。
 ここまで女心の機微に聡いのだから、何も言わずに配慮してやれば良いだろうに。

「え……あー……うー……ぼ、僕も……なんて、ダメ?」

 羞恥に染まった頬、若干上目遣いになっているのも恥ずかしいからだろう。

「(ファーwwwプライド捨ておったwww)ああ、良いぞ。手伝ってくれた礼だ」

 紫苑は天魔の口から言わせたかった。
 恥よりも欲を優先するこの姿を見て悦に浸りたかったのだ。
 何とも歪みきった性根である。

「じゃ、じゃあ……海老で」
「むー……紫苑お兄さん、アリスもアリスも!」

 そうやって和やかな時間はあっという間に過ぎ去った。
 食事を終えた紫苑は茶を飲みながらデザートについて思案する。

「(持ち帰った供え物でも食うかなぁ……)」

 饅頭に手を伸ばしかけたその時だった。

「おばんですー! おっす紫苑、居るか!?」

 玄関先から陽気な声が響く。

「お前……金閣か。どうしたんだ?(空気読めねえ野郎だぜ……これだから田舎者は嫌いなんだ)」

 やって来たのは紫苑の同級生だった。

「帰って来てるって聞いたからさ。寄ってみたんだよ。頼みたいこともあったからな」

 家に上がって来た金閣と呼ばれた少年は居間に居る女二人に視線を向ける。

「? ああ、コイツらか。冒険者学校の同級生だよ」
「アリス・ミラーです。将来的には紫苑お兄さんのお嫁さんになるのでよろしく」
「何妄言垂れ流してんだか……ああ、僕は外道天魔。こんなナリだが女だよ」

 女二人に面食らった金閣は若干後ずさりながらも名を名乗る。

「これはご丁寧に。俺は鹿野音松だ。おいおい紫苑、お前モッテモテじゃん!
しかもめっちゃ可愛いし! こんなレベルの女の子こっちじゃ見たことねえぞ」
「(モテても嬉しくねえんだよ。俺の好みじゃねえし)」

 金閣の言葉には答えずに、苦笑のみを返す。
 その内心は決して同窓の友には伝わっていないだろう。

「ねえねえ紫苑お兄さん、何でこの人キンカクなの?」
「ん? ああ、名前だよ名前」
「ちょっと待ってよ。別に金なんて文字入ってないよね?」
「金閣寺の正式名称は鹿苑寺なんだよ。ほら、コイツの名前を考えてみな」

 鹿はロクと読み、音はオンとも読む。
 字は違うが響きはロクオンジのそれと同じだ。

「あー……だから金閣なのね。キンカクって最初何かと思ったけど金閣寺なんだ」
「ちょっと捻ったあだ名だねえ」
「小学校の歴史の授業で金閣寺を習った時に、誰かが言い出したのさ。な?」

 紫苑が悪戯な笑みを浮かべると、金閣は苦笑を返した。
 あだ名と言うのは本人の意思ではどうにもならないが、彼にとっては恥ずかしいものなのかもしれない。
 そして紫苑はそれを分かっていて金閣と呼んでいるのだ。

「で? 俺に頼みってのは?」
「ほら……俺も高校に入っただろ? 少年会から青年会に繰り上がったんだよ」
「ああ。そう言えば少年会は中学生までだったな」

 小学校卒業後も高校入学まで残っていたら紫苑も青年会に入っていたはずだ。
 祖父は死んでいたとしても、しがらみと言うのがある。
 今まで入っていたものを抜けると言って抜けられるものではない。

「そうそう。で、青年会ってのは少年会のガキどもに踊りやら何やらを教えなきゃいけないんだ」
「……まさか、俺にも手伝えと? 最後に踊ったの何時だよ?」

 金閣ら現役が教える方がずっと良いに決まっている。
 理屈的にも心情的にも紫苑はそんなこと真っ平ご免だった。

「いやな、今の少年会って俺らの時に比べて女の子が多いんだ」
「へえ……そりゃまた……」

 紫苑の記憶にある少年会に女の子など居なかった。
 奴の視点では馬鹿面下げた男のガキばかりだ。
 勿論、紫苑は自分だけは特別だと思っていたが。

「ほら、俺って小学生の女の子に受ける顔じゃねえだろ?」

 金閣は不細工と言うわけではないが、少々男らしさが濃い顔つきだ。
 厳しいと言うべきか。どちらにしろ、女児には受けそうにない。

「(ほう、自分をよく分かってるじゃないか)そうか?」
「お前は人の容姿なんかで判断しないだろうけど大抵の人間はそうなんだよ」

 紫苑は平気で容姿と偏見で人を判断する男である。

「だからまあ、顔が良くて女受けの良さそうなお前に一回だけ頼もうと思ってな?」
「(イケメン過ぎるのも困りものだな!)まあ、構わないが……役に立てるか?」
「良い良い。一回だけでも来てくれて、お前が先輩だって知ったら多少の発奮剤くらいには出来そうだ」
「分かった。今からか?」
「ああ。明日には帰るんだろ? それに、今日丁度小学校でやってんだよ」

 だから来たのさ、そう言って金閣は雄臭い笑みを浮かべた。

「紫苑のお連れさんも良かったら見学していくかい?」
「んー……紫苑お兄さんが行くなら行くわ」
「そう、だね。僕も紫苑くんが踊ってるのみたいし行こうかな?」
「じゃあ決まりだな。行こうぜ紫苑」

 そうして紫苑らは出かける運びとなった。
 夜道を歩いて五分ほどの場所にある小学校の体育館に明かりが灯っており、大きな声が聞こえる。
 金閣を先頭にして体育館に入ると中に居た子供らの視線が一斉に紫苑達を貫く。

「キーン! その人ら誰!?」

 いわゆるガキ大将気質の男児が真っ先に質問を飛ばす。
 他の男の子達は皆、アリスに見入っていた。
 見た目だけは同年代だからこそ気になるのだろう。
 絵本の中から飛び出して来たような非現実的な容姿を持つ彼女が。
 中には頬を赤らめているものもいる。

「(一目惚れしてるなあのガキ……女の趣味悪っ! 超受けるわ)」
「キン言うな!」
「金さん金さん、そのお兄さん二人は!? すっごいカッコ良いんだけど!!」

 女の子からも質問が飛び始めた。
 紫苑自身、常日頃から言っているように顔は良い。かなり良い。
 冷たい刃を想起させる鋭い美形なのだ。
 そして、天魔もそうだ。彼女は女だが、一見するとどちらか分からない。
 しかし、どちらであっても一級品の中性的な容姿を誇っている。
 タイプの異なるイケメン二人に少女らは沸き立っていた。

「(褒めろ……もっと褒めろ! いやぁ、良い気分だ!!)」
「はは、僕は女なんだけどねえ」

 男に間違われた天魔が苦笑を浮かべている。
 流石に失礼だと思ったのか、金閣が慌ててフォローに入った。

「こっちは春風紫苑、お前らの先輩ってことになる。
んで、隣の方は女の人だ。名前は外道天魔さん、んでもう一人の一人はアリスさんだ」
「ヅカ的な!? キャー!!」

 女の子達は益々元気になった。
 古来より老若問わず男も女も美男美女に弱いと言うのは相場が決まってる。
 女子の間では紫苑派や天魔派と言うものが出来上がり始めていた。

「ええい! だから静かにしろっての。
紫苑は俺のダチでな、大阪の冒険者の学校に通ってるんだが……今回一日だけ帰省してな。
折角だからってことで踊りを教えてくれることになったんだよ。
だから行儀良くしてろよ? 天魔さんとアリスさんも見てるんだからな」

 男子はアリスで釣って、女子は紫苑と天魔で釣ると言うことだろう。
 金閣は中々に強かな男のようだ。

「分かった! キンだけならアレだけどちゃんとやるー!!」

 三十人余りのはーい! が響き渡る。

「モテモテじゃんアリス。男の子達の方行ってあげれば?」
「ガキには興味ないわ。と言うか紫苑お兄さん以外、ね。
そっちこそ女子と戯れて来なさいよ。思う存分百合の花を咲かせて来なさい」
「お前もガキだろうが。そして僕はノーマルだ」

 子供の耳に届かない小声で言い合っている辺り、ちゃんと配慮はしているのだろう。

「そんじゃ紫苑。いきなりで悪いが……頼めるか?」
「任せろ――と言いたいが、まずはどっちだ?」

 ここの少年会や青年会で覚える踊りは二つある。

「こっちこっち」

 ポイっと手渡されたのは三色のビニールテープが巻かれた竹棒だった。

「綾ね、了解。久しぶりだから多少自信ないが……良いか?」

 殊勝なことを言っているが、全然そんなことは思っていない。
 むしろ、金閣より上手に踊りあげて小学生の尊敬を一身に集めようと考えている。

「良い良い。そこはしゃあねえもん。やってくれることに意義があるんだからな」
「分かった。じゃあ、始めようか」

 膝を大きく開けた正座の体勢を取り、
音楽が流れ出すと同時に足指を立てて、踵で尻を持ち上げ、背筋をピンと伸ばす。

「金閣くん、あの棒は何なの?」

 踊っている紫苑が持っている竹棒が気になった天魔は近くに居る金閣に問う。

「あれは鯨を突く銛に見立ててるんだな。色にも確か意味はあったけど……忘れた。
踊りの起源は……何だったかな? 獲れた鯨をお城の殿様に献上する時に踊るんだっけ?」

 年寄りに聞けばもっと詳しいことは分かるだろう。
 だが、生憎と金閣は踊りの由来などについては特に興味がなかった。

「しかしまあ……踊ってなかっただろうに、随分とキレが良いなぁアイツ」

 それも当然。
 後衛とは言えその肉体のスペックは常人よりも上なのだ。
 その性能をフルに使って踊っているのだから、見ている方に与える迫力は考えるまでもないだろう。
 まあ、それは昔もそうなのだが、肉体は成長しているのだ。
 かつてよりもキレが良くなっている。
 踊りのキモである鯨を突く動作は見事と言う他ない。

「(クックック……これが凡愚と俺の差よ! さあ分かったかガキども……俺は凄い!)」

 普通のダンジョンを探索している時でも、
ここまで必死にはならないだろうと言うくらいに紫苑は全力だった。
 それも総て――――良く見られたいから。願いそれだけだ。

「ふぅ……こんなもんか(最高の手応えだったな!)」

 踊りを終えると万雷の拍手が降って来た。
 紫苑は今にもイナバウアーで喜びを表現したかったが、あくまで表面上はクールなまま。
 それが小さな女の子達のハートを刺激しているのだが……罪な男である。

「金閣、もう一つはどうする?」
「あっちは中学からだ。よーし! んじゃあこっから俺ら二人でちゃんと教えるからしっかり聞けよ!」

 元気の良い返事が返って来たことで、金閣は目論見が成功したことを確信する。
 だが、それだけではつまらない。もう少しやる気を出させるべきだ。

「天魔さんとアリスさんも、良ければ一緒に習ってみないか? 紫苑は教えるの上手だし」
「え? そうねえ……うん、分かった! アリスも参加するわ」
「見ているだけってのも暇だしね。よろしく御願いするよ」

 アリスと天魔を参加させることで金閣は更なるやる気を煽ったのだ。
 俄然顔つきが変わった子供らを見て紫苑は……。

「(やっぱガキだな。単純な奴らだぜ)」

 尚、そう言う紫苑も煽てられたりしたらあっさり木に登る模様。
 単純さで言うならドッコイドッコイである。

「それじゃあ、練習を始めようか。と言っても、気楽にやろう気楽に(賞賛も浴びたし帰って良いかな?)」
「なあなあ、お兄さんって冒険者なんだろ? やっぱ怖い化け物と戦ったりするの?」
「ん? まあ、そうだな」

 時折そんな質問を交えつつ、二時間ほど指導は続く。
 子供らの親が迎えに来る頃にはもう、夜の十時を過ぎてしまっていた。

「今日はありがとうな紫苑。また戻って来た時、暇だったら顔出してやってくれよ」

 体育館の戸締りをしながら金閣が礼を述べる。
 彼の予想通りにことが運んだのでとても嬉しそうだ。

「(嫌に決まってんだろバーカ)ああ、その時は是非やらせてもらうよ」
「うん。サンキュな。しかし、真面目一徹で堅実な道を歩くと思ってたお前が冒険者かぁ……」
「フッ……別に真面目一徹ってわけじゃないさ」

 そんな男二人の会話を天魔は黙って聞いていた。
 よくよく考えれば紫苑が冒険者になった理由を聞いたことがないのだ。

「さて、アリスも寝てるから俺はそろそろ帰るよ」

 体育館の隅で寝ていたアリスを起こさないように抱き上げる。
 子供達に質問攻めをされたりで少々疲れたのだろう。

「行くか天魔」
「うん。それじゃ、ばいばい金閣くん」
「ああ。今日はありがとな!」

 暗い夜道を往く三人。
 都会ならば煌びやかなネオンがあったりするものの、ここには最低限の街灯しかない。
 家々の明かりだってまばらである。
 老人ばかりの地域だからか、早く寝る人間が多いのだ。
 三人は……寝ているアリスは当然として、紫苑と天魔も無言だった。

「ふぅ……出る前に布団を敷いておいて良かったな」

 寝室に並べられた布団の上にそっとアリスを降ろす。
 目覚める気配がないのはありがたかった。

「天魔、風呂はどうする? 今から溜めるとそこそこ時間がかかるが……」
「ん、良いよシャワーで。それより……僕もここで寝るの?」

 並べられている布団は二つ。襖一枚隔てた仏間にもう一つ。
 アパートでならまだしも、こんなところでまで同衾はしたくなかったのだ。

「ああ。女の子は女の子同士、だ」
「むぅ……分かった。じゃ、先にシャワー浴びさせてもらうね」

 若干不機嫌そうだったが、ここで文句を言うのも失礼だ。
 何せ勝手に着いて来たのは自分なのだから。
 天魔と言う少女は、中々どうして、しっかりと弁えている人間なのだ。

「……暇だな」

 テレビなんかも置いていないので娯楽が全然ないのだ。
 携帯でテレビを見るにしても……いや、そんな気分でもない。
 紫苑は音を立てないよう静かに部屋を後にして二階へ上がり、窓から屋根の上へと飛び出す。

『なあオイ紫苑』

 屋根の天辺まで登り、腰を降ろしたところでカス蛇が語りかけてくる。
 十中八九食べ物のことだろう。

「(あん?)」
『鯨って――――美味いのか?』
「(やっぱりか……お前、食い物のことばっかな。欠食児童か!)」
『それぐらいしか楽しみねえんだよ!』

 自分の意思で行動することも出来ない以上、食事が唯一の楽しみと言うのも分からないでもない。
 だが、紫苑からすれば食べるのは自分、食べ物を手に入れるために金を払うのも自分。
 だと言うのにカス蛇が自分以上に食事を楽しんでいるのは赦せないのだ。
 何ともみみっちい男である。

「(つかお前、特上寿司喰ったろうが! どんだけ食欲旺盛なんだ!)」
『美味かったけど……何かあっさりしすぎだよ』

 注文の多い爬虫類である。

『あ、そう言えば饅頭食ってねえ!!』
「(……はぁ。明日の朝にでも喰うから我慢しろ。今はそれほど腹も減ってねえんだよ)」
『でも喰えねえってわけじゃないんだろ? なら今喰おうぜ』
「(馬鹿野郎! こんな時間に甘いもん喰ったら太るだろうが!!)」

 自分の容姿を磨くことに余念がない紫苑、体型維持もバッチリだ。

「紫苑くん、お風呂空いたよ」

 窓から顔を出して来た天魔がそう告げる。わざわざ紫苑を探していたのだろう。

「ん? ああ……わざわざすまんな。後で入るよ」
「ううん、気にしないで」

 極自然に彼女も屋根の上に昇って来て、紫苑の隣に腰を下ろす。

「……(何だよコイツ)」
「星も、月も綺麗だね」

 柔らかな夜風が天魔を撫ぜる。
 風に乗って流れて来た甘い石鹸の匂いが紫苑の鼻を擽った。

「(私、死んでも良いわ……ってか馬鹿野郎www)ま、田舎だからな」
「そっか」
「(会話のキャッチボールちゃんとしろよ)」
「ねえ紫苑くん」
「何だ?」
「紫苑くんは――――どうして冒険者を志したの?」

 金閣が言っていた堅実な紫苑が……と言うのを今の今まで気にしていたのだ。
 普通はこんなこと、もっと先に聞いておくべきだった。
 それでも、天魔は何となく理由が分かってしまったから聞きあぐねていたのだ。
 これまでのこと、新宮に来るまでの道中で聞いた話。
 そこから推測するに、きっとそうなのだろう。
 聞いてしまうと、多分悲しい思いをする。その時、自分に何が出来る?
 天魔はそれを今の今まで迷っていた。
 でも、素直な気持ちで居れば良いと分かったからこそ、こうして言葉となったのだ。

「……俺が、冒険者を志した理由か」

 Q.あなたの志望動機をお聞かせください。
 A.普通の就職にも有利だっつーから冒険者学校に入学しました(笑)。
 これが総てなのだが、そんな理由を話せば馬鹿にされる。
 そんなもの認められない、認めてなるものか。
 回れ回れ俺の舌、その舌禍で見栄を守り通すのだ! 紫苑のエンジンに火が着いた模様。

「俺は……何か、特別な理由があったわけじゃないんだと思う」
「……それは、本当に?」
「少なくとも、こうやって天魔に問いかけられるまで、俺はそう思っていた」

 けど、と前置きして紫苑は視線を空に向ける。

「俺は――――死にたかったのかもしれない」
『よう言うわ』

 鋭い眼光を放つ瞳は今、儚げに揺れていた。
 言うまでもなく演出だが、天魔は自分の予想が当たっていたと勘違いして胸を痛ませている。

「多分、俺は……父さん母さんが死んだ時、分かったんだ。
子供だったから、難しいことは分からなかったけど……人は、死ぬって。
大事な人も、そうでない人も、皆平等に死んでしまうんだ。
俺を引き取ってくれた祖父さんもそう、いずれは死ぬって分かってた」

 言葉を飾り、表情を飾っているからこそ何だか重く聞こえるが、
別に何てことはない、当たり前のことを言っているだけである。

「嗚呼――――そうか、そうだったんだ。
今になって、ガキの頃にあった喪失感の理由が分かったよ。
勿論父さんと母さんが死んだのはそうだが、そのことで……死を理解したことで分かったんだ」

 それが何か分かるか?
 天魔に問いかけるその表情は今にも消えてしまいそうなほどに、悲しかった。

「……何を、理解したの?」
「惜しみなく抱き締めてくれる人、心が眠れる場所をくれる人が居なくなったんだってな」

 単純に愛してくれる両親が居なくなってしまったと言うことではない。
 人は死ぬ、大事な人だって死ぬ。
 喪失は絶対、例えこの先大事な人が出来てもその人だって死ぬ。
 だったら――――そこはもう安息の場所ではない。
 心が眠りに着ける優しい場所は酷く不安定で、とても眠れやしない。

「身体を休めるための睡眠は取れる、でも人は肉体だけじゃない。
心があるんだ……そいつが眠れる場所を与えてやらないと、いずれは擦り切れてしまう。
だけど……俺は、それを失くしたんだ。もう、二度と手に入らないって分かったんだ」

 天魔の予想は完全に当たっていた。
 喪う時が何時か来るのを知っているのだ、悲しいくらいに。
 他人が自分に寄りかかって心を休める分には良い。
 紫苑はそうやって何人もの少女の心を救って来た――――自分も例外ではない。
 けれど、彼自身にはそれが出来ないのだ。
 何時か喪ってしまうと分かっているから、だから寄りかかれない。
 臆病と言っても良いくらいに、優しくて悲しいのだ。

「だから多分、俺は死にたかったんだ。自棄になっていた……のかな?
どうだろう、自分ではよく分からない。勿論、分かっていた。
そんな職業を志せば人は死ぬって。また、周りに居る人が死ぬって。
でも、それはきっと他人だから大丈夫……そう、思っていたのになぁ……」

 掠れる声、今にも割れてしまいそうな硝子のようだと天魔は思った。

「黒田や他の皆、ほんの一時触れ合った人間が死ぬことが……あんなにも辛かった。
辞めてしまえば良いのかもしれない、でも俺が辞めてしまったら彼らの魂はどこへ往く?」

 夢があった、希望があった、でも死んでしまった。
 ならせめて、彼らが望んで着いた道を行けるところまで行くべきだ。
 そう決意したからこそ、紫苑は槍を受け継いだのだろう。

「はは、俺は……どうしようもないな。
堅実だ真面目だって言われてるけど……全然そんなことないよ
(か、完全に決まった……これは良い……何かもう俺映画に出来るんじゃね?)」

 悲劇の主人公っぷりに酔っている紫苑に水をぶっかけてやりたい。

「君は……」

 アホな内心を知らない天魔は小さく呟く。君はとことんまで不器用だ、と。
 誰かを救うために頑張れるし、誰かのために涙を流せる。
 だが、自分のために涙を流せない。辛いとも怖いとも言えない。
 生きるのが厳しいのだろう。いっそ死んでしまいたいほどに。
 それでも、強くて弱い心がそれを赦さない。
 そして彼自身はそれに気付いていなかった。
 だが、どうして冒険者に? そう問えばきっと気付いてしまう。
 天魔はそれが分かっていても、問わずにはいられなかった。
 だったら今言うべきは何だ? 飾るな、素直な言葉を伝えるのだ。

「抱き締めるよ――――僕が、君を、惜しみなく」

 それは偽らざる本音、外道天魔と言う少女が抱く愛の発露だった。

「え……(何言ってるんだコイツ気持ち悪いな)」
「死ねば終わり、うん……そうかもね。でも、きっと消えないんだ。
大切な想いは消えない。大事な人が居たことを忘れない限りは不滅なんだよ」

 優しく紫苑を諭す。自分の言葉で。素直な気持ちをそのままに。
 これもきっと、彼が教えてくれたことだから。

「大事な人が本当の意味で死ぬのは、
悲しさも苦しみも何もかもを捨て去って忘れてしまった時だ。
でも、紫苑くんは忘れていない。今でも大事に仕舞ってある。
だから、あるんだよ。ちゃんと。ただ、今は気付いていないだけ」

 だからこそ、誓おう。

「僕が君を抱き締める。君の心が眠れる場所になれるように。
何時か君が気付いてくれるまで、気付いた後も――――僕は春風紫苑を愛し続けます」

 永久不変の愛を、この月光の下で誓おう。

「天魔……(クッサ! 何言っちゃってんのこの子!?)」

 流れるようにそっと距離を詰め、唇を落とす。

「ん……大好きだよ、紫苑くん」

 触れるだけの短いキス、だってそれ以上は少し恥ずかしいから。

「無理に答えなくて良いよ。紫苑くんが恋愛とかそう言うの苦手だって言うのは知ってるからさ」

 この月下の問答で"恋愛が苦手"と言う言葉の本当の意味を知った。
 春風紫苑が恋愛に器用になれないのは、愛されることに臆病だから。
 誰よりも優しいのに、その癖、愛されるのは苦手だ。
 一方通行の方が楽なのだろう。双方向になってしまうと、喪失がもっと怖くなるから。

「ずっとずっと紫苑くんを好きで居続けるから――――答えは何時でも良い」

 月明かりのベールを纏って微笑むその姿は、名に似合わぬ女神のようだった。

「(フッ……風呂で念入りに口を洗おう)」

 台 無 し だ よ。
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