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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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クカカカカ! その油断が内申を下げるんだ!

「紫苑くん、一緒に学校行こう♪」

 時刻は六時四十分。
 何時かのように早く目覚めた天魔は春風家を訪れていた。
 だがしかし、何時かのように紫苑は制服を着ては居ない。

「誘いに来てもらって悪いが、今日俺は学校を休むぞ。
(朝からテンション下がるわー。ただでさえ鬱陶しいロリも居るってのによ。爽やかな朝とかもう絶望的)」

 この時間ならば何時もならもう制服に着替えているはず。
 だが、どう言うわけか紫苑は余所行きの格好をしている。

「ねえ、何で制服着てないの?」
「……まあ、あがれ。玄関先で話すのもアレだしな(近所への体裁が悪いんだよお前)」

 家の中に入れてしまえば見られる心配はないが、
外に居るとご近所の人間に天魔の姿を見られてしまう。それはかなり嫌だ。
 女の癖に僕とか言ってる義肢を着けた少女なんて色物過ぎる。
 そんな人間と自分が関係があると思われるのは心底嫌だった。
 まあ、色物と言うなら紫苑も十分過ぎるほどに色物なのだが。

「うん、おじゃまします」

 招かれるままに家にあがると、
リビングでくつろいでいるアリスも喪服ではないものの白と黒のワンピースを着ている。

「朝から無礼な客人ね。礼も知らないなんて最低だわ」

 テレビに映っているアニメから目を離さずに、アリスが先制攻撃を仕掛ける。

「いきなり他人の家に押しかけて暮らし始めるクソガキにゃ言われたくないね」

 右の頬を殴られたら左の頬を殴るとばかり天魔が反撃を放つ。

「(ど っ ち も ど っ ち だ よ)

 そしてジャッジである紫苑はドローの判定を下した。

「コーヒーで良いか?」
「うん。気を遣わせちゃってごめんね?」
「(分かってるなら来るなよマジで)いや良い。ミルクと砂糖はお好みで入れてくれ」

 手早くアイスコーヒーを作るとそれを天魔の前に置く。
 彼女はそこに砂糖とミルクを大量にぶち込みながら本題に切り込む。

「で、何だって紫苑くんはそんな格好を? お出かけ?」
「父さんと母さんの命日でな。田舎にある墓の手入れと寺に顔を出しに行くんだ」

 他に親類が居ればそれを任せても良いのだが、生憎とそうはいかない。
 居ないのだ、親類が。であれば墓やらは放置せざるを得ない。
 しかしそうなると風聞が良くない。それは紫苑にとって耐えられないことだ。
 父母の墓が荒れ放題になることではなく他人に親不孝者と思われることが耐えられない。
 基本的に誰にでも良い顔をし、誰にでも良い人間だと評価されたい。
 だからこそ、墓を放置すると言う選択肢を取ることが出来ないのだ。

「田舎……ってことはお墓あるの大阪じゃないんだよね?」
「ああ。父さんは長男だからな。父さんの故郷にある墓に夫婦揃って入ってるんだよ」
「お父さんの故郷ってことは親戚とか居ないの?」

 その人にお墓の世話を任せれば良いのでは? そう言いたいのだろう。

「居ないんだ。俺は嫌いじゃないが……父さんの故郷は田舎でな。
若い人間はどんどん外へ出て行く。あっちに居る親類は爺さんくらいだ。
けどまあ、爺さんも中学を卒業する少し前に逝ってしまったからな」

 紫苑の言葉を聞きながら天魔は思った。
 春風紫苑と言う人間は予想以上に独りなのだと。
 両親に先立たれ、数少ない親類である祖父も先に逝ってしまった。
 これが大人になってからならば分かるが、まだ紫苑は十五、六だ。
 それでよくもまあここまで真っ直ぐに育ったものだ……天魔は感心していた。

「(ま、遺産遺してくれてるからどうでも良いんだがな)」

 確かに真っ直ぐな屑に育ったようである。

「だから俺が年に何度か墓の世話とお寺さんとの話をしに行くんだ。
で、今日は命日だからってことで学校を休んで行くつもりなんだよ。
既に薬師寺先生には連絡してある。実習が無い七月だから俺としても気が楽だ」

 忌引きとなるかどうかについては聞かなかったが、
それでもこう言う理由で休むのならば内心は下がらないはず。
 加えて元々授業態度や実績もまともなのだから絶対大丈夫!
 紫苑はちゃんと打算を忘れずに欠席をしている。

「ふぅん……」

 学校を欠席すると言う理由は納得出来た。
 そして、どうしてアリスまでもがあんな格好をしているのかの理由も。
 天魔は気に入らない。全く以って気に入らない。

「と言うわけで、わざわざ来てくれたのにすまんな(早よ帰れ! 早よ! 早よう!)」

 紫苑の心の中では帰れのオーケストラが鳴り響く。
 が、しかしそれは"4分33秒"と同じようなものだ。
 いや、あちらは無音にすることで鳥の声や木々のざわめきを聴くのが目的なので少し違うか。
 こっちの無音は単にビビって声に出すことが出来ないだけだし。

「いや良いよ。ねえ紫苑くん」
「ん?」
「――――僕も着いて行くね♪」

 爽やかな笑顔を浮かべてそうのたまった天魔。
 一瞬思考が停止してしまった紫苑はポカーンと小さく口を開けている。

「あらあらあら、まったく関係ない人が着いて来るなんて厚かましいにもほどがあるのではなくて?」
「だったら君もそうだろう? 僕は馬鹿なガキがオイタをしないか見張るのさ」

 天魔の嘲りに、ぷくーっと頬を膨らませて怒りを露にするアリス。

「違うわよ。だって私は将来的に紫苑お兄さんのお嫁さんになるんだもん!」

 アリスの描く愉快な未来予想図では三年後くらいにそうなる予定だ。
 ちなみに紫苑の描く未来予想図では三年後くらいには殆どの人間が死ぬ予定である。
 危険なダンジョンで命を落とし、
自分だけは命からがら生き延びて冒険者の道を切ない感じで諦めると言うのが大筋。
 その見通しの甘さに眩暈がしそうだ。
 何故一流どころが死ぬのに自分だけは生き延びると考えられるのだろうか?

「そんな未来は無いよ。あっても僕が書き換える」
「――――殺るの?」

 アリスの碧眼が絶対零度のそれに変わり、

「――――殺ってやろうか?」

 それを受けて天魔の唇が半月を描いた。
 滲む邪悪さは共に互角。有する女子力は共に底辺――――どうしようもない女達である。

「(俺ん家から十kmぐらい離れた場所で殺しあって二人とも死ねよ)
まあ落ち着け。当事者の俺の前で結婚だなんだと言われても困るし喧嘩はもっと困る」

 紫苑は常々自分は恋愛なんて不得手であり、
アリスや天魔らの想いに対してどう応えれば良いか分からないと言っている。
 そして、こんな男より良い奴を見つけろ、とも。
 だがしかし、それでもアプローチを止めない辺り、彼女達は真剣に好いているのだ。
 普通ならそこで絆されても良いものだがこの男にはそれが一切無い。

「草むしりやらの掃除。花の買い付け、線香なんかも向こうで買うつもりだから……。
手伝ってくれると言うのならばありがたいが……天魔、学校は良いのか?」
「良いよ別に一日くらいサボっても」
「(クカカカカ! その油断が内申を下げるんだ! 下がれ……ドンドン下がれ!)そうか」

 紫苑は天魔の内申が下がることを本気で祈っていた。
 彼女の駄目さが際立てば同じパーティに居る真面目な自分は相対的に評価が上がる。
 奴はそう考えているのだ。
 不良生徒と優等生が並んだ時、その優等生が常よりも良く見えるのと同じアレである。

「えー! 何で何で!? お手伝いならアリスがするもん! コイツ要らない!!」

 が、ここで納得がいかないのがアリスだ。
 手をバタバタとさせて不満を全身で表すその姿は幼い子供そのままだ。

「わがままばっかり……あーあ、紫苑くんも大変だなぁ」

 大上段からの物言いがアリスの額に青筋を浮かべさせる。
 息をするように相手をディスるこの二人は、とことん相性が悪い。

「落ち着けアリス、それに天魔も。
なあアリス、あっちの家の掃除もあるんだ。俺とお前の二人だけよりは楽じゃないか」
「ん? ちょっと待って。クソガキのパシリであるルークくんは行かないの?」

 アリスをルークに押し付けて二人きりになるつもりだった天魔からすれば予想外だった。
 何せルークは何時だってアリスに侍っているのだから。

「ああ、アイツはアイツで学校の付き合いもあるからな。
(と言うかアリスのアホが俺と二人になりたいから着いて来るなって言ったんだろうがな)」

 紫苑、大正解である。
 と言うかそこまで女心を読めているのにまったく心が揺れないのは最早一種の才能だ。

「むぅ……分かった。お兄さんが言うなら我慢する。感謝してよね天魔お姉さん」
「イチイチ癪に障るガキだなぁ」
「(完 全 同 意)天魔、持ち合わせはあるか? 二万ぐらいで良いんだが」
「ん、大丈夫大丈夫。十万くらいは常に財布入ってるし」
「そうか。それなら大丈夫だ。電車で行くからそろそろ出よう」

 女二人を伴って紫苑は近場の駅から天王寺まで行き、そこから和歌山行きへと乗り換えた。
 四十分と少しで和歌山駅に行き、目的地の切符を買う頃に丁度電車がやって来る。
 待つことを余り好まない紫苑はスムーズにことが運ぶように行動するのだ。
 平日と言うこともあり、車内はガラガラに空いていた。
 二人掛けの椅子を回して四人掛けにし、一息吐いたところで天魔が切り出す。

「でもちょっと意外だったな」
「何がだ?」
「いや、紫苑くんならサボりとか止めると思ってたからさ」

 むしろ他人のサボりは推奨するタイプである。
 だってその方が自分にとって良いことだから。

「確かにサボりは良くない。だが、それを決めるのはあくまで自分だ。
それぐらいのことなら自己責任で、天魔はその責任を負えないような子ではないだろう?」

 決して良いことではない、だがそれを押し付けるのは違う。
 そりゃ少々の押し付けをしなければ駄目になってしまう人なら話は別だ。
 憎まれようともしっかり押し付けてやるのが本人のため。
 だが、自分の責任にちゃんと向かい合える人間ならばその意思を尊重するべきだ。
 勿論、その意思が自分とぶつかり合う時はまだ話は変わって来るが……。
 まあ、今回の件に限っては問題ない。
 天魔はちゃんと自分の責任を負える人間で、
ちゃんと考えて選んでいると信じているので口喧しくするのは違う――紫苑はそう言ってるのだ。
 ぶっちゃけるとただの無関心なのだが、言葉を飾るだけで随分印象が変わる。

「照れるね。けどまあ……うん、そこまで深くは考えてなかったかな」

 そこまで考えてサボりを容認されていると思っていなかった天魔は少し恥ずかしそうだ。
 が、生真面目が過ぎる紫苑の性格を考えれば当然かとも納得した。
 サボり一つに対してもここまで考えていると言うのがまた――――"彼らしい"。

「でも、大丈夫。それぐらいの責任ならちゃんと自分で背負えるよ」
「それは重畳――と言いたいが、今回は俺も助けてもらうんだ。
自己責任と言って突き放すのは些かばかりに不義理と言うものだろう」
「あら、紫苑お兄さんがそこまで気にすることはないわよ。勝手に着いて来たんだから」
「(何でお前は身内ヅラなの? いやまあ同意だけどさ)そうもいかん」

 アリスが身内のように振舞うことに軽く苛つきはしたが、紫苑は不満を顔に出すこともなかった。

「お詫び? お礼? となるかは分からんが……遅れてしまう分の勉強に付き合おう」

 天魔は真面目にやれば普通の授業でも良い線いけるだろう。
 だが、やる気が欠けているので成績的には紫苑より劣る。
 奴はそこに優越感を抱いているのでこんな提案をしたのだ。

「勉強かぁ……あんま好きじゃないけど、紫苑くんと二人きりなら悪くないかな?」

 片目を瞑ったまま小さく笑う天魔。
 やはり美人は得だ、こう言う何気ない仕草でも絵になってしまう。

「アリスも! 家で二人っきりでお勉強しましょう?」
「(テメェ俺を馬鹿にしてるのか!?)構わないが……俺が教えてもらう方じゃないか?」

 アリスの成績は良い。
 それを知ったのは転入試験の結果を聞かされたからだ。
 紫苑自身も受けた入試のペーパーテストと同じくらいのレベルだったが、彼女は限りなく満点。
 順位にするならば紫苑は精々が三十、四十位程度。だが、アリスは一桁まで行けるレベルだ。

「じゃあじゃあアリスが紫苑お兄さんにお勉強教えてあげるね♪」

 自分の席から紫苑の膝へと座る場所を移したアリス。
 数少ない乗客が微笑ましげに見ているのがまた何とも苛つく。

「(グギギギギ……! 馬鹿にして馬鹿にして馬鹿にしやがってぇ……!!)」

 どこまでも卑屈な男である。
 人間、他人の善意を素直に受け止められなくなったら終わりだ。
 あ、紫苑の場合は物心ついた時からなので最初からか。

「ところでさぁ、紫苑くんのお父さんの田舎ってどんなとこなの?」

 苛ついているのは紫苑だけでなく天魔も同じ。話題を逸らしたのがその証明だ。

「ん? あぁ……そうだな……都会に比べれば不便だが、良いところだよ」
「シングーなんて場所聞いたことなかったわ私」
「そりゃアリスは長崎だからな。近畿でも地味な方に入る和歌山の新宮なんて知らなくても当然だ」

 熊野古道などの観光地は存在するがそれでもメジャーではない。
 少なくとも若い人間が誰でも知っているとは言えないだろう。

「ほら、GWの時にヤマメの話をしただろう?」
「ああ! お祖父さんと一緒にキャンプ行ったってあれ?」
「そう。その田舎が新宮だ。二十一世紀後半までは森が拓かれ、自然も無くなっていたらしいんだが……」

 世界で孔が開き始めてからはどう言う理由でかは不明だが自然が溢れ始めた。
 大昔は熊野川の舟運を利用した木材の集散地で昔の人間は筏で木材を運んでいた。
 その頃のような町並みになったと郷土史を研究している学者は言っている。
 勿論、だからと言ってそれまであった利便性が消えたわけではない。
 そこそこの利便性と美しい自然、今はそれが完全に調和していると誰かが評していた。

「どう言うわけだか自然が復活して、川やら海も綺麗になったらしい。
そのおかげで俺も祖父さんと一緒にヤマメ釣りに行けたんだがな」

 紫苑の祖父が子供の頃にはもうそんな状態になっていたと言う。
 まあ、基本的に自然に何の関心もない彼にとってはどうでも良いことなのだが。

「へえ……じゃあ、ちょっとした息抜きになりそうだね」
「かもな。まあ、俺はそこそこの時間、あっちで過していたから特にそう言うのはないが」
「あれ? 紫苑お兄さんってずっと大阪じゃないの?」
「いや、生まれは大阪だ。ただ、父さんと母さんが死んでからは祖父に引き取られてな」

 よくもまあ田舎に連れて来やがって! と紫苑(小)は心の中で常に愚痴っていた模様。

「それで、中学に入る歳までは新宮で過して……中学からは大阪が懐かしくなってな。
やっぱり俺が生まれた場所だからさ。祖父さんに頼んで元々住んでた所の近く……今の辺りだな」

 ちなみに紫苑のアパートの近所にはかつて住んでいた一軒家がある。
 両親の死去に伴って売りに出されたが、リフォームされた様子もなく今でもそのままだ。
 彼はそこを通る度にもっと高く売りつければ良かったと後悔している。

「そこにアパートを借りて独り暮らしを始めたんだ。
前住んでた家は近くにあるが今は別の人のところに渡っていたからな」

 つまらない話だったが、少女二人にとっては別だ。
 好きな人のことは少しでも知りたいと言うのが乙女心。
 しかし、両親やら境遇についてなどは中々踏み込み難い。
 なのでこうやって話を聞けるのは貴重だ。
 アリスと天魔は紫苑の話を一言も聞き逃すまいと集中して聞いている。

「それで今に至るわけだ――ってああ、新宮の話からずれてしまったな」
「いや良いよ。紫苑くんのこと知れて嬉しいもん」

 朗らかに笑う。何時もの不敵なニヤニヤ笑いではない心からの笑顔だ。

「(何笑ってんだコイツ)そうか。だがまあ、向こうに着くまでまだ時間はある」

 新宮の話をしようか? 紫苑がそう問うと二人は揃って頷いた。

「あっちではそこそこ有名な祭りがあってな。
無形文化財にもなってる御燈祭と言って、男しか参加出来ないんだ」
「あら、男女差別かしら?」
「伝統ある行事だからな。そう言う概念が根付いていても不思議じゃない」
「どんなお祭りなんだい?」
「祭りの一週間前から白飯、かまぼこ、豆腐みたいな白いものしか口に出来なくてな」

 紫苑も幼少期に祖父に半ば無理矢理参加させられてたいそう不満を抱いたものだ。
 一週間の準備も嫌だったし、本番も嫌だった。

「本番当日は色々と準備をしてから神倉神社と言うところに行ってな。
やたらとキツイ段差の石段……大体五百三十八だったか? それを昇って神倉山に登る。
そこから後は火の着いた松明を持って急勾配の段差を勢い良く駆け下りるんだ」

 何と不毛な行事か……伝統にも何にも価値を示さない紫苑にとっては苦痛の祭りだった。
 火傷はするし酔っ払いは鬱陶しいしで良い思い出など欠片もない。

「うん、ぶっちゃけ意味の分からない行事ね」
「けど祭りってそう言うもんだろ? 昔の人は何考えてたんだろうねえ」

 それには紫苑も同意だった。
 加えて、祭りだと言うのに屋台も何もないのもどうかと思っている。

「俺も来歴はそこまで詳しいわけじゃない。
だが、松明を持って石段を降りる様が"下り竜"なんて呼ばれていてな。
他所からわざわざそれを見に来る人達だって居るんだ」

 そう言う物好きを紫苑(小)はよく嘲笑っていたのだが、それは彼だけの秘密である。

「へえ、一度は見てみたいもんだね。って言うかやってみたい」
「男装していれば大丈夫……なのか?」

 そんな話をしながら二時間半ほどで目的地に辿り着く。
 新宮駅こそ無人駅ではないが、
近隣の駅は今でも無人駅で電車も二時間に一本とかがざらだ。
 新宮駅から一駅離れた場所に祖父の家と代々の墓がある寺があるので、
紫苑は嫌々ながらタクシーを使うことにする。
 別にタクシーに一回乗るくらいで痛む懐でもないのに。

「潮風がするわ。海の町なのね、ここは」
「ああ。もうやってないが鯨漁なんかが盛んで、それを模した踊りもある」
「紫苑くんは踊ったことあるの?」
「まあな。少年会と言うか……そんなの入ってたからな」

 これもまた祖父が無理矢理入れさせたようなものだった。
 祖父からすれば両親を亡くした孫を気遣っての行いだったが、
当人からすれば迷惑以外の何ものでもなかった。
 勿論愛想は良くするし活動も真面目にするが、紫苑は根本的に人嫌いのケがある。
 人を見下したり馬鹿にするのは大好きだが、馴れ合うのが嫌いなのだ。
 それでも承認欲求があったりするのだから本当に面倒な男である。

「ここがお祖父さんの家、か。何か温かい感じがするね」

 良く言えば趣がある、悪く言えば古臭い。その家はそんな感じだった。
 それでも天魔は、この家が嫌いじゃない。
 今言ったようにどこか温かみを感じるのだ。
 それはアリスも同感なようでしきりに家の中を見渡している。

「あ、柱の傷見つけた! これ、紫苑お兄さんのよね?」
「(埃が舞うからバタバタするなよ……)ああ、まあな」

 やっぱりこれも祖父がやらせたものだ。
 男だてらにどうにか孫に愛情を注ごうと言う努力の証。
 定期的に柱に紫苑をくっつけて傷を刻んでいた。
 これは紫苑の記録であると同時に不器用な老人のメ思い出でもあるのだ。

「へえ……昔の紫苑くんって結構小さい子だったんだね」
「(うるせえ! 今じゃ高身長のイケメンだろうが!)背が伸び始めたのは中学からだからな」

 紫苑はその理由をストレスから解き放たれたからだと思っている。
 祖父との暮らしは色々な意味で苦痛だったのだ。

「まずはこのお家の掃除をするの?」
「いや、布団だけ干して……まずは墓だな。明るいうちに済ませてしまおう」

 家の掃除はその後で良いだろう。

「天魔、アリス、金を渡すから花と線香と……そうだな、饅頭でも買って来てもらえるか?」
「僕は紫苑くんの手伝いするからお前行って来いよ」
「嫌よ。天魔お姉さんが行けば良いじゃない」

 こうなるのが分かっていたから紫苑は両方に行けと言ったのだ。

「はい、これがスーパーまでの地図と寺までの地図だ。頼んだぞ?
ああ、着替えを持って来てるアリスはともかく天魔は着替えも買った方が良いな」

 その分の金も含めて紫苑は二人に手渡した。
 少々不満そうな顔をしているが、これ以上駄々を捏ねて嫌われるのは困る。
 そう考えた二人はすぐに戻ると言って家を出て行った。
 紫苑もそれを見送り、近所にある寺へと足を運ぶ。

「おや、紫苑くんですか。今年もご苦労様です」

 寺へ赴くと、老年の僧侶が紫苑を迎えた。
 深い皺が刻まれた顔は穏やかで、何処か徳を感じさせる。

『なあ紫苑、ハゲを思い出すな。アイツも爺になったらこうなんのかな?』
「(今まで静かだと思ってたら……急にこれかよ。だが、ハゲしく同意だな!)
ええ、お久しぶりです和尚。ああ、そう言えばちょっと聞きたいんですが……」
「はい、何でしょう?」
「祖父さんの四十九日は済ませましたけど、一周忌はまだですよね?」

 だがそれまでの間に初盆があるのだ。
 そうなるとまた帰って来なければいけなくなる。
 スケジュールを調整するためにも聞いておかなければいけない。
 紫苑とて特別詳しいわけではないのだ。

「その場合、初盆ってどうするんでしょうか?」
「問題なく執り行いますよ。ですが、お忙しいなら無理をなさらずに」

 欲深坊主ならそれとなく参加を勧めるだろう。
 初盆と言うのも坊主にとっては儲け時、逃すわけにはいかないのだ。
 それがこんな田舎ならば尚更。
 都会ならば死人なんて毎日のように出てるが田舎はそうでもない。
 葬儀を行わなければお飯食い上げ、だからこう言うお盆の時などにも荒稼ぎするのだ。
 だが、この和尚にそんな欲求は無い。本物の僧侶なのだ。

「(チッ……善人ぶりやがって。金欲しいって言えよ)いえ、帰って来られるよう調整します」
「ですが……」
「祖父さんには御世話になりましたからね。それに、俺がやらなきゃ誰もやりませんから」
「……そうですか。紫苑くんは小さい時から本当に優しい子ですねえ」
「(うん、知ってる)いえいえ……じゃあ、俺は墓掃除に行きますんで、また」
「ええ、お気をつけて」

 和尚と別れた紫苑は寺の裏にある墓地へとやって来た。
 水を汲んだバケツと掃除用具を手に代々の墓の前に座り込む。

「(誰が見てるか分からんから一応手ぇ合わせとかなきゃな)」

 手を合わせて目を瞑っている姿は死者を悼んでいるようにしか見えない。
 いや、あるいは故人に語りかけているのかも。
 こう言う雰囲気作りにかけては匠の領域だ。

『人間ってのはおかしなもんだな。死んだ後でも面倒なことをするんだから』
「(同感。こう言う文化って嫌いなんだよ俺。墓石とか幾らすると思う? 馬鹿じゃねえのアレ)」
『林檎何個分?』
「(何百と買えるっての。ふぅ……面倒だが掃除するか)」

 墓石を水で濡らしてからゴシゴシと丁寧に磨き始める。
 墓地の近所に住んでいるおばはん達は今時感心な子ねえ……などと噂している。

「(もっと……もっと俺を褒めてくれ……!!)」

 墓石を磨く手が早まったのはご機嫌だからだろう。

「紫苑お兄さん! お花とか買って来たわ!」

 掃除をしているとアリスと天魔がやって来る。

「はい、これ!」

 褒めて褒めて! と全身でおねだりをしているアリス。
 心底鬱陶しくはあったが、紫苑はお義理でその頭を軽く撫でてやる。

「僕は?」
「……良いのか?(ガキじゃねえんだからよ)」
「うん、紫苑くんになら良いよ?」

 す、っと屈んで頭を突き出す天魔。
 紫苑は若干顔を引き攣らせながらも優しくその頭を撫でる。

「とりあえず掃除が終わるまでは花と線香持っておいてくれ」
「分かった。アリス、ちゃんと持ってるわ」

 その後、丁寧に丁寧に掃除を続けて二十分ほどで墓周りはピカピカになった。

「これでよし……っと」

 墓に軽く水をふりかけて準備完了。
 二人に買いに行かせた花と線香、饅頭を供えてもう一度手を合わせると、
天魔とアリスもそれに倣って手を合わせ始める。

「こんにちはお義父様、お義母様、紫苑お兄さんの未来のお嫁であるアリスです」
「違うよ。パパさんママさん、コイツは紫苑くんに迷惑をかけてるクソガキだからね」

 墓前でくらい大人しく出来ないのだろうか?

「(……やっぱ連れて来なきゃ良かった)」

 紫苑がそんなことを考えていると、アリスと天魔が墓碑を見ていることに気付く。

「ねえ紫苑くん、この一番新しい名前がお祖父さんだよね?」
「ああ」
「それで、その前の二人が紫苑お兄さんのパパとママ?」
「ああ」

 それが一体どうしたと言うのだろうか。

「お祖父さんは、春風愁はるかぜしゅうさん、かな?」
「で、多分これがパパさんなんだろうけど……春風雨龍はるかぜうりゅう?」

 何かに気付いたらしく、二人は祖父と父の名を読み上げていく。

「それで、これがママさん……春風……何て読むのこれ?」
眠夢ねむだ」
「眠夢、か」
「後、ご先祖様の名前なんだけど光輝、季乃、陽一、秋斗……これって……」

 そこで紫苑も何が言いたいかに気付く。
 意図したものか、そうでないかは知らないが己の家系の名前には特徴があるのだ。
 紫苑がそうであるように父母達もそう。
 まあ、母親や他の女の場合は他所から来たので偶然だろうが。

「春愁、春雨、春眠、春光、春季、春陽、春秋、
そして春紫苑――――繋げれば春に関する単語になってるねこれ」

 とんだおめでた一族である。

「ってことは紫苑くんに将来子供が出来た時も、ご先祖様に肖るのかな?」
「い、いや……どうだろう?」

 そもそも子供が出来るなんて想像したくもない。
 だって責任を負うのが嫌だから。

「男の子だったら……春風陰明とかかしら? 春陰的な意味で」

 春と結び付けられる漢字は数多い。
 春心、春信、春宵、春情、あげていけばキリが無いくらいだ。

「女の子なら……春風日向かな? 春日的な意味で」

 ああでもないこうでもないと騒ぎ始める少女達。
 無論のことながら、将来的に己と紫苑が結ばれた時のことを考えてだ。

「(すげえ恥ずかしい。春風家の恥部じゃねえか……)」

 それはひょっとして紫苑のことだろうか?
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