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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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紗織、社会からのコースアウト

ブックマークが二千になってて驚きました。
読んでくださる皆様。感想や御評価、ブクマ登録ありがとうございます。
これからも期待に応え、楽しんで頂けるように頑張ります!
 息をするために身体に痛みが奔る。
 一歩進むごとに肉体が軋み、歩みを止めろと叫ぶ。
 視界は霞み、倒れてしまえばきっと楽になると、心の中の弱い部分が囁く。
 それでも歩みは止められない。止ってしまえば、この激情すら消えてしまいそうだから。

「はぁ……はぁ……うっ……くぅぅ……!」

 重傷の身体を引き摺って夜の森を往く幼い少女、それはかつての醍醐紗織だ。
 "百合"はこれが夢だとすぐに悟った。これは過去の夢、死人の夢。
 あの別荘から逃げ出して、あてもない前進を続ける哀れな少女の残滓だ。
 これまでは昔の夢なんて見ることもなかった。
 夢で思い出すまでもなく常にその心に原風景が焼き付いていたから。
 今、こうして夢に見ているのは醍醐紗織を殺したからだろう。
 鎖から解き放たれ、今では心の何処にも復讐心が無い。
 だからこそ、こうして夢に見れるようになった。

「母様、父様、香織……! 栞……ぜったい、ぜったいに赦さない……!!」

 実の妹、醍醐栞への復讐を果たすまでは生きねばならない。
 その祈りだけが紗織の身体を支えていたのだ。
 もし、この時に紫苑と出会っていればどうだっただろう?
 かつての自分を眺めながら百合はそんなことを考えていた。

"変われたかもしれないけど……恋は、しなかったかしら?"

 女の子の方が成長が早いと言えど、当時の紗織に恋なんて概念が分かるとは思えない。
 普通九歳か十歳になったら初恋の一つ二つは経験していてもおかしくないのに。
 我がことながら色気の無い子供だったと苦笑する。
 そうこうしていると、少女紗織が遂に崩れ落ちてしまった
 極大の怨嗟を燃やしながら目を閉じ、次に目を覚ましたのは病院だった。
 誰かが彼女を見つけて運んでくれたのだろう。

"確か、身分を証明するものは何も持ってなかったっけ?"

 もし、醍醐紗織と言う存在を知らせる何かがあったら歴史は変わっていたはずだ。
 そのまま醍醐の家に連絡が行き、連れ戻されていたかもしれない。
 しかしまあ、そこは子供。免許証や学生証、保険証――どころか財布すら持っていない。

「……糸は、ちゃんとある」

 少女紗織は目覚めてすぐに自分の得物である糸を確認していた。
 特殊な手術で体内に糸を生成する人工器官を埋め込んでいるのが幸いしたのだろう。
 今にして思えばレントゲンなどを撮られていれば気付かれていたかもしれないが、
よくよく考えたらあの頃の自分は火傷と裂傷、出血多量だっただけだ。
 それに、知られていたところでそこから素性に辿り着くとも思えない。
 だが、紗織は子供でそんなことはよく分からない。
 ただ漠然とした不安に突き動かされるままに病院を抜け出した。
 既に最低限の治療は施されていたのだ。であれば問題は無い。

"今にして思えば治療費を踏み倒した……ってことになるのかしら?"

 しかも保険証が無かったので治療費だってかなりかかったはずだ。
 病院に対して若干申し訳なく思うのは、百合が過去を振り切ったからだろう。
 かつての"紗織"を続けていればそんな心の余裕すらなかったはずだ。

"そう、そうだ……ああ、懐かしい。アンダーグラウンドに潜ったんだ"

 少女紗織は復讐を果たすために必要な金と力を得るために、
法治国家でありながら法の光が届かぬ暗い場所に足を踏み入れたのだ。
 普通の一般人の中から犯罪者が生まれるように、
当然ながら冒険者の中からも犯罪者と言うのは生まれる。
 警察組織の中にそれを専門に取り締まる冒険者の肉体を持つ者らが居るが割愛しよう。
 さて、そんな非合法な冒険者だが、何もその力で銀行強盗やらをするわけではない。
 そう言うことをするのはよっぽどのアホだ。
 大抵は無認可で孔に潜り、密漁もどきをしたりするのが殆ど。
 だが、一部……もっと深い場所では別のことが行われている。
 表の世界でも冒険者同士によるプロレス染みた戦いが娯楽として存在している。
 しかし、そこでは人死になど起こらない。
 一般人にとっては派手に見えるが、
冒険者からすれば魅せることを主眼に置いているので本気で戦っているわけではないのだ。
 だからこそ、そんな冒険者の本気の殺し合いは良いショーになる。

「……私をここで戦わせてください」

 親に付き合って暗い世界に足を踏み入れていたからこその芸当だ。
 通常であればそこに辿り着くことすら出来なかっただろう。
 ましてや子供ならば尚更だ。
 しかし、伝手……と言うほどではないが情報やらは持っていた。
 飲まず喰わずでそれらしい場所を回り続けてようやく見つけられたのだ。

「子供が殺し合いをする、良い金になるんじゃないですか? 私、強いですよ」

 そうやって自分を売り込み、簡単な試験をパスした後、彼女は戦う権利を得た。
 古臭い言い方をするならば剣闘士になったのだ。

"今思えば、私、アイドルだったわね"

 ショーに出る剣闘士の中には子供も居たが、これまでは十五、六が最年少だった。
 そこにやって来た紗織は飛び切り若く、
花も散らせぬ可憐な容姿で人間やモンスターを切り刻んでいたのだ。
 こんなところに金を払って見に来る連中は当然のことながら趣味が悪い。
 そう言う連中にとって彼女の戦いは刺激的だった。
 顔に刻まれた傷、殺意に燃える瞳、ちらりと除く火傷の痕。
 悲惨な要素が見え隠れてしていたのも人気の一つだった。
 まあ、とは言っても子供であることへの配慮もあった。
 大人や強いモンスターとは殺し合わせず、
十代の男女やそこそこのモンスターとしか試合は組まれなかったのだ。
 人気商品を傷付けたくないと言う思惑もあったのだろう。
 それでも観客達にはそれで十分だったようだが。

「黒百合ちゃん、お疲れ! 今日も大人気だったよ。おかげでガッポガポさ」

 ある試合の後、ここを取り仕切るオーナーの男が紗織に近付いて来た。
 黒百合と言うのはリングネームであり彼女自身が付けたものだ。
 黒百合の花言葉は決意の証でもあったから……。
 まあ、それが巡り巡って今度は本当の名前になるのだから人生は分からない。

「どうも。ギャラ、くれます?」
「既に特別口座に振り込んでおいたよ」

 紗織は子供なので当然のことながら、一人で口座は開設出来ない。
 しかしそこはアンダーグラウンド。しっかり手配してくれたのだ。
 下衆外道の集まりではあったが、彼らはちゃんとサポートしてくれていた。
 女衒崩れみたいなこのオーナーだってそう。
 積極的に誰かを騙すこともなく、契約に対しては忠実だった。
 もっとも、利用価値の無い者には関心すら示さないが。

「それはどうも。で、何か話があるんでしょう?」
「うんうん。察しの良い子は好きだよ僕。あ、でも勘違いしないでよ? 僕ロリコンじゃないから」
「聞いてません」
「女も食べ物も腐りかけが美味いんだよ。やっぱ僕は四十五からじゃないと」
「だから聞いてません」

 ちなみにこのオーナー、まだ二十そこそこだと言う。
 それでその趣味は若干業が深いと言えるが、今は関係ないことだ。
 人の性癖に口を出したって良いことはないのだ。

「あ、そう? じゃあ本題に入ろう。実はさ、この間大元の人間が視察に来てさぁ」

 紗織が戦うこの闘技場はあくまで数多くあるうちの一つ。
 このオーナーも支部を任されている店長のようなもの。
 それらを統括する人間は別に居るのだ。

「君の戦い見てそろそろ本格的に大人達とも殺らせてみろって言うんだよ」
「へえ……」

 それは紗織にとっては好都合だった。力を磨くチャンスなのだから。
 だが、オーナーの男は渋い顔をしている。

「僕としちゃ君はアイドル選手だし? もっと慎重に回したいのよ。
そう言ったら、上の人間は君に聞いてみてからどうするか判断しろって言うわけ」

 ようは紗織がしたいなら止めるな、したくないならそれで良いと言うことだ。
 であればもう、答えは決まっている。

「やります」

 間髪入れずに答えた紗織にオーナーは顔を引き攣らせる。
 彼としては止めて欲しかったのだ。
 死んでしまったらそこで稼げる選手が一人減るのだから。

「はぁ……しょうがないっか。じゃあ、詳しい説明をしよう。
僕としても色々通したい我が侭があるから、まず第一に君一人では戦わせない」
「何 言 っ て ん で す か ?」
「ちょ! 怖い怖い! 人殺しそうな目で僕を見るのは止めて怖いから!」

 力を磨くチャンスを邪魔するつもりか?
 ご立腹状態の紗織にビビり始めるオーナー。
 が、別に本気でビビっているわけではない。彼はそう言うおちゃらけた人間なのだ。

「殺しそうってか何人も殺ってるんですがね」
「ですよねー! ま、それはともかく最後まで聞いてくれ。
二人でやらせるつもりだけど、パートナーは君と同年代の女の子だ」
「それはまた……」

 自分以外にもこんなところへやって来る奇特な子供が居るのか?
 一瞬そう考えたが、すぐにそれは違うと思い直す。
 大方、複雑な事情で売られたのだろうと。
 であれば足手まといである可能性は高い。それなら良い修練になりそうだと若干頬を緩める。

「ちなみに、その子も君と同じで自ら売り込みに来たよ」
「!」

 紗織の予想はあっさりと裏切られた。
 と、同時に何でまた子供がこんなところに? 疑問が駆け巡る。
 自分のように力をつけ、金を貯めるためだろうか?

"……まあ、そんな可愛いもんじゃなかったんだけどね"

 百合はこの後やって来る少女の顔を思い浮かべて苦笑する。
 何かと度肝を抜かれ、何かと御世話になった。
 そして今でもギブアンドテイクとは言え世話になっている。
 これは腐れ縁の始まりなのだ。

「さて、二人でやってもらうが……その代わり、組まれるカードはキツイよ。
だって二人なんだもん、普通の選手じゃ絵にならない。
一級どころをガンガン当ててくからね? そこら辺は覚悟しておいて」

 それは当然だろう。
 子供剣闘士二人と一流の大人剣闘士、
これならば天秤がどちらに傾くかは分からずにショーとしての体裁を保てる。
 モンスターだってそうだ。通常は三、四人で戦うようなのを子供二人にぶつける。
 そうすることで観客に飽きが来ないように出来るのだ。

「試合はまた後日だけど顔合わせだけしとこうか。着いておいで」

 そう言って連れて来られたのは紗織も住んでいるマンションだった。
 ここは表向き普通のマンションだが、実際は剣闘士のための寮だ。
 とは言っても彼女は他人に興味などないので入居者の顔は殆ど知らないが。

「ここだ、この部屋。おーい! 開けとくれ、父さん今帰ったよー」

 ふざけた物言いで部屋の主に呼びかけるオーナー。
 呼 び 鈴 を 使 え。紗織はそう思ったがツッコむのもアホらしいので口を噤んだ。
 ツッコミを入れたら相手の思う壺。くだらない漫才に付き合わされるだけだ。

「おや、オーナーじゃないか。ん? その子が私のパートナーか?」

 部屋から出て来た少女は、確かに同い年くらいだった。
 赤すぎるほどに赤い髪を後ろで二つに括りつけ、
両手には凶器仕様の鋏を持っている。その姿はまるで……。

「……カニ?」

 余りにも海の幸を彷彿とさせるので、紗織はついついそう口にしてしまった。
 だが、目の前の少女はそれに気分を害することもなく笑っている。

「カニ、か。そりゃ良い。リングネーム決まってなかったからそれにしよう」
「怪奇カニ少女みたいな? いや、僕が言うのもアレだけどちょっと心配になるよ。そのセンス」

 怪奇カニ少女、リングネームが決まった瞬間である。
 このB級臭さが漂う名前で本当に良いのだろうか?

「私は黒百合です。ま、これからよろしく御願いします」
「ああ。こちらこそ」

 顔合わせはそれで終わった。
 この時はまだ、カニをちょっと変わった女の子だと認識していた。

"やっぱあのセンスは無いわね。いやまあ、名前にこだわりがなかったんでしょうけど……"

 紗織が異常の一端を感じ取ったのは翌日のことだ。
 前の試合が長引いており、控え室で待たされていた彼女は不機嫌だった。
 一応は相方であるはずのカニがここに居ないのも原因の一つだ。
 別に控え室で待機する必要は無いのだが、
それでも紗織は根が真面目なのでこう言うところキッチリしている。
 そしてそれを相手にも求めてしまうところがあった。
 何処となく未来の妹との類似性が見出せるのは気のせいだろうか?

「キチンと出来ない人間は本当に――――」

 瞬間、耳をつんざくような爆音が響く。
 紗織は突然のことに一瞬、完全に思考を停止するがすぐに復帰。
 爆発音が聞こえたのは相手方の控え室だ。彼女はすぐに現場へ急行する。

「や、お前も来たのか」

 カニも爆音を聞きつけて駆けつけたらし。
 その手にジュースが握られているところを見るに、
どうやら今の今まで休憩室辺りに居たらしい。

「え、ええ……しかし一体何が……」

 スタッフが段々と集まり始めた頃、中から相手選手がのそりと顔を出す。

「ぺっぺっ! ああクソ、口ん中じゃりじゃりだぜ……」

 多少の傷は負っているが命に別状はなさそうだ。
 爆発の際に入り込んだ破片やら口に入ったことに不快感を示している。

「お、そこのお嬢ちゃん。ちょっとそのジュースくれよ」
「後で金くれるなら」
「はは、がめついなぁ……分かった分かった。んじゃ、貰うぜ」

 男はカニから貰ったジュースで口の中を洗い流す。
 そうして一息吐いたところで、スタッフが彼に声をかける。

「鎌瀬さん。一体何があったんです?」
「知らねーよ。いきなり爆発したんだもん。それよりそろそろ試合だ。しっかり調べとけよ」
「は、はい!」

 それだけ言って鎌瀬と呼ばれた男は闘技場に行ってしまった。
 紗織もしばしポカーンとしていたが、すぐに気を取り直してカニに語りかける。

「私達も行きましょう」
「了解。頑張って勝とうじゃないか」

 それは力強い爽やかな笑顔だったが、
今にして思えばとんだ見当違いだったと百合は笑う。
 こんな風に夢で追体験をするなんて滅多にないこと。楽しまねば損だろう。

「おいおい、さっきのお嬢ちゃんが相手かよ」

 熱気に包まれた闘技場で向かい合う三人。

「ジュース貰ったからって手は抜かねえぞ?」

 鎌瀬は男臭い笑顔を張り付けたまま、子供二人に語りかける。
 彼はこの闘技場で戦う剣闘士としては割りと稀有なタイプだった。
 止むを得ない事情で金を稼ぐためではなく、純粋に強くなるためにここに居る。
 だったら素直に冒険者やれよ、と思うかもしれないがそこは彼の持論が関係しているのだ。
 我も人、彼も人、対等な命がぶつかり合い、
その戦いの中で生きたいと強く願うほど人は強くなれる。
 だからこそ、モンスター相手ではどうにもしっくり来ない。
 かと言って表の世界でやっているブックありの戦いでは燃えない。
 であれば命懸けの戦いが出来るここに来るしかないのだ。

「手加減なんて要りませんよ。私、強くなりたいもので」
「ジュースあげたの私じゃないか?」
「はは、良いコンビじゃねえか。子供相手でも手は抜かんが……」

 それでも気が咎めないかと言えば嘘になる。

「よし決めた。俺にジュースをくれたお前さんに一発だけ殴らせてやる。
凶器使ったら流石に回避するが、素手でやるなら一発だけ無防備になってやろう。
腹だろうが目だろうがゴールデンなあそこだろうが、好きにやりな」

 紗織からすれば舐められているのと同義。
 それでも、持ちかけられたのはカニだ。何かを言うのは筋違い。
 どうするんだ? と目線で問いかけると……。

「ゴールデンなアレってセクハラじゃないか?」
「……確かにそうですね」

 よくよく考えれば最低だ。普通に急所と呼べば良かったのに。

「童女に向けてそんなこと言うなんて最低です」
「おじさんひょっとしてロリコンか?」
「ちげーよ!!」

 とんだ風評被害に抗議する鎌瀬、
男は皆マザコンでロリコンでシスコンなので気にすることもないだろうに。

「で、やるのか? やらねえのか?」
「やる。折角のチャンスなんだ。私の拳は痛いぞ?」

 両手に構えていた鋏を腰のホルスターにしまって、拳を強く握る。
 小さな小さな拳、目でも狙わない限り有効打にはならないだろう。

「さあさあ! 怪奇カニ少女の小さな拳は鎌瀬選手の命に届くのでしょうか!?」

 解説をしている人間が煽り立てると、観客からはカニを応援する声が巻き起こる。
 面白い殺し合いが見たくて見たくてしょうがないのだ。
 そのためには多少鎌瀬に傷を負ってもらわねば困る。

「目だ! 目ぇ狙え!!」
「片目ぐらいやったらかまへん! バッチリ潰すんや!!」
「頑張ってお嬢ちゃん!!」

 声援を受けて大地を蹴ったカニの拳は、

「ふぐ……!」

 鎌瀬の分厚い腹筋に突き刺さった。
 小さな呻き声を上げるものの、彼はそこまで堪えていないようだ。

「おーっと! フェアプレイ精神と言うことでしょうか?! 小さいのに見上げた根性だ!」

 解説の通りだとしたら、カニは案外良い奴なのかもしれない。
 多少ルーズではあるが、悪人ではない。紗織は少しだけ好意を抱く。

「へへ、施しはいらねえってか? 良いね、そう言うのは好きだぜ俺」

 鎌瀬もまた、カニに対して評価を上げていた。
 正々堂々、好感が持てる。だからこそ本気で潰すべきだ。
 それが戦う者にとっての礼儀だから。

「――――お前はもう、死んでいる」

 それは鎌瀬にのみ届くような、小さな小さな声だった。

「は? 何を――――ッッ~~~!!!」

 刹那、鎌田が大量の血を吐き出した。
 おびただしい量の血液の雨がカニを濡らし、全身が緋色に染まる。

「おおっと! あの一撃が効いていたのか!? スンケイ? ハッケイ?
まさか怪奇カニ少女は神秘の中国拳法を会得していたとでも言うのかぁあああああ!!」

 違う、あの拳は普通の拳だった。
 そりゃ一般人が食らえば死ぬレベルだったが、
鎌瀬ほどの人間を吐血させるだけの威力はなかったはずだ。
 間近で見ていた紗織はもう、意味が分からなかった。

「ちが……まっ……こ、これ……」

 呻きながらも何かを伝えようとする鎌瀬だったが、

「ひゃァアアアアアアアアアアアアアッハッハッハ!!!」

 カニの哄笑によって掻き消される。
 彼女は腰のホルスターから鋏を抜いて、鎌瀬を切り刻み始めた。

「油断大敵! 火の用心んんんんんんんんんんんんん!!!!」

 ロクに動けない鎌瀬を陵辱する刃の嵐。
 まずは喉が切り刻まれ、声が出せなくなる。
 次いで、その瞳。これで何も見えなくなった。
 後はもう消化試合だ。鎌瀬の身体は原型と留めないほどバラバラに切り刻まれてしまった。

「おぉっと! 当初の下馬評を覆して勝利を収めたのは二千万ロリーズだぁああああ!!」

 そんなコンビ名だったの!? と紗織は驚きを露にする。
 普段ならば受け流していたが、
この余りにも不可解な戦いで混乱していたのだ。

「良いぞぉおおおお! 最高だカニちゃん!!」
「こっちに目線くれ目線!!」

 カニもまた、紗織とは種類の違う美少女だ。
 そんな彼女が見せた狂乱の殺戮は観客達の心を鷲掴みにした。
 派手な部分に目が行き、誰も些細な違和感になど気付いていない。
 紗織は釈然としないまま、カニを伴って控え室へと戻る。

「二千万ロリーズの初勝利だな。悪いな、私一人で片付けてしまって」
「……」

 そのコンビ名についても色々ツッコミたかった。
 誰が決めたんだ、そのセンスはどうなんだ? 言いたいことは多々ある。
 それでも、この場で真っ先に問いかけるべきは別のことだ。

「……あなた、一体何をしたんです?」
「要領を得ない問いってのは止めた方が良いぞ。カマかけにもなっちゃいない」

 ならば、カニの言葉はおかしい。
 紗織に対して本当に意味が分からない風に装おうとすれば良いだけなのだから。
 つまり、ここでそんなことを言ったのは話す気があると言うことに他ならない。

「カマをかけるなら、もっと深く踏み込むべきだ。考えてもみろよ。
別にそれが間違っていたところで何も損は無いんだからさ。
テヘ! 間違っちゃった♪ とか言えばそれでその話は終わりに出来るし」

 勿論、命を懸かった場ではまた話は別だ。
 そう言う場においては、正確に核を捉えねば死に繋がるのだから。
 しかし、この場はそうではない。つまり、もっと踏み込むべきなのだ。

「……私を、試しているんですね?」

 カマかけに使える材料に気付けるか否か、紗織はそう受け取った。
 カニは何も言わずにニヤニヤと笑っているだけ。
 否定とも肯定とも取れる態度に苛立ちを覚えるが、すぐにそれを鎮める。

「……」

 思考を回転させる。ただ事実のみを述べるだけではいけない。
 事実を一つ一つ結び付けて、ある程度の形にしなければ話は聞けないだろう。
 どうやって鎌瀬がやられたかについて、その答えは何だ?

「まず、爆発」
「ああ、そう言えばあったな。ビックリしたよ」

 いけしゃあしゃあと……そう思いはしたが、グッと堪える。
 ただ単純に爆発を仕掛けたのはお前だ! だけでは駄目だ。
 もっと深くに踏み込まねばならない。

「あの爆発は撒き餌、本命はあくまであのジュースにあると見ました。
ジュースに仕込んだ毒、それが鎌瀬が吐血する原因となったのでしょう」

 しかし確実にジュースを飲ませるにはどうすれば?
 いや、そもそもどうやって爆弾を仕掛けた? 疑問は募るばかりだ。
 恐らくは調べたところで物的証拠は何一つ出ないだろう。
 状況証拠だけではどうにもならない。

「……もう、良いです。やっぱ止めます」

 結局のところ、表層部分しか推察出来なかった。
 これでは話なんて聞けるはずもない。紗織は早々に諦めた。

「フッ……ちょっとした意地悪だ。そうむくれるなよ。教えてやるさ」

 マジシャンは決して種を明かさないもの、奇術の種がバレれば二度と使えはしないからだ。
 策と言うのも同じだ。奇抜であり応用性が無いものほどバレてしまえばそこで終わり。
 なので、ここで明かすと言うことはそう大したものではないのだろう。
 あるいは、核心部分だけを避けて語るのか。
 どちらにしろ教えてくれると言うのならば聞かないと言う選択は無い。

「さっきお前が言ったことでほぼ当たりだよ」
「ですがどうやって爆弾なんかを?」
「それは秘密」
「なら、どうやってジュースを? 確実に飲むとは限らなかったでしょう?」

 一連のやり取りを見ていると、極自然なものだった。
 意図的にジュースを飲ませられたとは考え難い。

「飲ませるように仕向けたのさ。控え室に爆弾と一緒に、
この建物と同じ材質のものを砕いて作った大量の砂塵も仕込んでおいたからな」

 爆発で大量の砂塵が室内を満たすのは必至だ。
 そんな中から出て来た人間がジュースを持った人間を見つければどうなる?
 口の中に砂が入っていると言うのは思う以上に不愉快だ。
 ジュースを貰えないかぐらいは尋ねるだろう。

「でも、飲むとは限らないですよね? 口をゆすぐだけなら……」
「ジュースの中に、口をつけるところに、仕込める場所は幾らでもあるし毒の種類も膨大だ」

 飲んで摂取しなくても効く毒など幾らでもある。
 子供である紗織が知らなくても仕方のないことだ。
 じゃあ何でカニは知っているのかと問われたら返答に困るが。

「じゃあ、そもそもジュースを貰おうとしなかったら?」

 スタッフの誰かに水を取りに行かせるなり、トイレか何処かでうがいをしたかもしれない。
 そうなれば毒を盛ることも出来ず、あのような試合にはならなかったはずだ。

「頭固いな。どうして毒がジュースだけだって決め付ける?」
「え?」
「無味無臭のガスなんて幾らでもあるってことだ」

 爆発の衝撃でガスを仕込んだ何かが漏れ出すようにすれば何も問題は無い。
 つまりはそう言うことだろう。

「それに、ジュースを飲む可能性も高かったしな」
「それは何故?」
「下調べぐらいはしてあるってことだよ」

 例えばあなたが口の中が砂塗れで、かなり不愉快な思いをしていたとしよう。
 そんな時、近くに自分の大好きなジュースを持った少女が居ればどうする?
 分けて貰いたいと思ってしまっても不自然ではないだろう。

「……あなたは、どうしてそれを正直に私に教えるんですか?」

 オーナーに告げ口されれば問題行為となる可能性が高い。
 カニは到底甘い考えをするような人間には見えない。

「その時はその時さ。楽しい祭りの開催が早まるだけ。
でも、そうだな……それは一番の理由じゃない。んー、私にも分からん」

 私にも分からない、言葉と表情が一致しない。
 彼女は明らかに何か理由がある顔をしている。

「そう怖い顔をするなよ。本当に、何でもない……多分、気紛れに近いんだろうよ」
「気紛れ?」
「ああ。ここで多少腹を割っておけば、何か良いことがある予感がするのさ」

 今度は嘘を言っているようには見えない。
 そんな理由で悪事の種をバラすなど、どうかしていると言わざるを得ないだろう。

「じゃあ、もう一つ良いですか?」
「答えられることならな」
「何故、普通に戦わなかったんですか?」

 あの鋏を使う技量を見ていれば分かる。カニの実力は決して低くない。
 一人では鎌瀬に勝てずとも、二人でなら勝てた可能性があった。
 なのに、どうしてあんなことをしたのか。
 鎌瀬に対して怨みでもあったのか? いや、それはない。
 復讐をする者なら親近感が沸くはずだ。カニからは一切復讐の念など感じられない。

「私とあなたの二人でなら普通に勝てたかもしれないでしょう?」
「かもしれない、だろ?」

 酷薄な笑みが少女の顔を塗り潰す。

「――――勝ち以外に意味は無い」

 その声は怖気がするほどに弾んでいた。
+注意+
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