挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

43/204

アイリーンと伊達眼鏡

「春風くん、ハーンさんもよく来てくれましたね」
「いえ、お久しぶり――ってこともないですね。一年も経ってないし」
「でも、懐かしくはある」

 今日、紫苑はアイリーンを伴って母校である白星中学へと来ていた。
 二人が話をしている初老の男性はこの学校の校長先生だ。

「それだけ密度の濃い日々を送っているんですね。忙しいところわざわざすいません」

 今日は平日の午後で学校もあるのだが、二人は午後から公欠となっている。
 何せ、これもまた大事な授業なのだ。
 年に一度、Aクラスの生徒は母校に赴き冒険者の素質を持っている子供達に講義をすることになっている。
 何のかんの言っても学校は生徒を沢山欲している。
 そのために出身校の後輩達のところへ赴いて色々語るのだ。

「いえ、七月は午後の実習もありませんからね」
「問題は無い」

 体育祭の練習はあるが、それにしたって一日ぐらい休んでも問題は無い。
 軟着陸――と言うわけでもないが、
二人が通う冒険者学校は夏休み前から徐々に楽になっていくのだ。
 だからこそ、この時期は色々とやり易くなっている。

「それで、何人ぐらい?」
「えーっと……三年生で何人ぐらいが冒険者の資質を持ってる、ってことですかね?」

 アイリーンの限りなく単語に近いコミュニケーションにも、
ちゃんと対応出来るこの校長先生は流石だ。

「(主語入れろ主語)ええ、そうです」
「相変わらずですねハーンさんは。で、人数ですが……四十人弱ですね」
「へえ……俺達の後輩にもそんだけ居たのか」
「意外」

 紫苑が三年生の時、今の三年生は二年生。
 とは言っても上と下の繋がりなんて部活くらいでしか存在しない。
 なので二人が知らなくても無理はないだろう。

「(……そういや、この時期だっけか)」
『何がよ?』
「(俺もこんな風に講義を聞いたんだよ!
んで卒業して冒険者にならなくても就職に有利だとか何だって騙されて……。
その結果が今だよ! ふざけやがってあの野郎……!!
俺がこうなったのはあん時の腐れ野郎のせいだ! いや、女も居たか?
グギギギ……人を騙して地獄に突き落とすなんて最低だよ!!)」

 甘い言葉に釣られたこの男が悪い。どう考えても自業自得である。

「皆体育館で待っていますし、そろそろ行きましょうか」
「分かりました。それじゃ、行くかアイリーン(どう考えてもコイツは人選ミスだよな)」
「うん」

 体育館に向かうと中では生徒達が楽しそうに騒いでいた。
 始業ベルは既に鳴っているのだが仕方ないと言えば仕方ないだろう。
 だが、教師の注意を聞き流しているのは少々頂けない。
 入り口の辺りで立ち止まった紫苑はアイリーンにそっと耳打ちをする。

「良いの?」

 少し不安そうな顔で問い返すが、紫苑は強く頷く。

「空気を知ってもらうには悪くない。
もし、この先彼らが入学して来るなら死んで欲しくないだろう?
そのためにも少しばかりの厳しさが必要なんだ」

 二人の会話がイマイチ分からない校長はしきりに首を傾げている。
 だが、アイリーンの方は納得が出来たようでコクコクと頷いていた。

「――――今だ」

 その号令と共に一般人レベルでは毒になるレベルの殺気が放たれた。
 館内の空気を押し潰したその殺気で気絶者も出る始末だ。

「は、春風くん?」
「では、始めましょうか(クカカ! 俺が話をしに来てやったのに無礼を働くからだ)」

 震えている校長を無視して紫苑とアイリーンは壇上に登りマイクを握る。

「唐突な洗礼に驚いたでしょう。今のは殺気です。漫画とかでよくあるアレですね。
しかし、冒険者となるからにはこの程度の死の気配は日常茶飯事と言って良いです。
俺はまだ学生ですが、それでも入学からの半年で何度も死に掛けました。
これから大事な話をしますので――――真面目に聞いて頂けるとありがたいです」

 表面上は良いこと言っているが、
結局のところ中学生が喧しかったので癪に障っただけだ。

「では自己紹介を。俺は春風紫苑、君達の一個上でここの卒業生です」
「アイリーン・ハーン。同じく卒業生」
「さて……俺も彼女も学生で、学校に守られてはいますが、
特別クラスに属しているので危険なダンジョンを探索し、
そこで得た成果を持ち帰って給与を頂いています。なので限りなく本職に近いわけですね」

 さりげない自慢である。

「まだまだ未熟ではあるものの冒険者の一端に触れていると言って良いでしょう。
なので、堅苦しい説明に入る前に皆さんから質問を受け付けます。
ある程度までならしっかり答えられると思うので、どうぞ遠慮なく」

 つとめて優しく語り掛ける紫苑。
 最初に脅しておいて球に優しさを見せるのはヤクザのそれと何ら変わりない。

「あ、あの……質問、良いですか?」

 おずおずと手を挙げる女子生徒。
 まださっきの威圧が効いているのだろう、若干震えている。

「勿論。答えられることなら何でも答えよう」
「その、さっきの凄いのにはどれくらいで慣れるものなんですか?
それと、慣れるまではどうすれば良いんでしょうか? いざって時動けないと困りますよね?」

 怖気付きながらも、実りのある答えを探そうとするその姿勢。
 大成する――――とは断言出来ないが、一流どころに辿り着く可能性はあるかもしれない。
 紫苑の人物鑑定眼はかなりのものだ、それが優秀な人間であれば尚更。

「(生意気なガキだ……)そうですね、やっぱり個人差はあると思います。
俺の場合は入学式直後の振り分け試験でした。
そこで、一緒に穴に入ったメンバーが死ぬことで、死の気配を強く感じたんです。
呆気なく死んでしまう、死んだらそこで終わり。
そんな当たり前を強く感じたことで、生への執着が生まれました。
自分と仲間が生きて帰れるようにと思ったら殺気なんかで怖気付いていられません」

 その割りに結構な頻度でビビっている件について。

「ですが、焦ることはありません。命あっての物種と言うでしょう?
まずは自分が生きて帰る、慣れるまでの間はそれを忘れないでください。
そしてほんの少しでも余裕が出来たなら仲間と生きて帰ることを考えてください。
大層な覚悟は要りません、当たり前の生きたいと言う願いを忘れなければ上手くやれます。
ああ、後は過信ですね。それは禁物です。過信は人を殺すので」

 常に自分を過信しているあなたは良いんですか?

「総括すると生きると言う意思を忘れず、強く想い続ければ自然と生き残れるし慣れます。
ですが、慣れても初心は忘れないでください。ま、あくまでこれは俺の主観ですので参考程度に」

 紫苑はチラリとアイリーンに目配せをする。
 次はお前が語れというアイコンタクトだ。

「……私の場合は、少し違う。初めから特に困ることはなかった」

 アイリーンの言葉に首を傾げる中学生達。
 フォローを入れねばまずいと考え、紫苑も再び口を開く。

「彼女の場合は元々殺気を気にするような性質ではなかったと言うことです。そうだろ?」
「うん」
「ハーン先輩は勇気があった、と言うことでしょうか?」
「違う。死ぬより怖いものもある」
「(だから分かり難いだろそれじゃ!)」

 苛立ちを加速させながらも表面上は穏やかに補足を入れる。

「俺は生きると言う普遍的な欲を挙げましたが、人はそれ以外にも大事なものを持っています」
「それは何でしょうか?」
「矜持です。己と言う個を形成するそれを重んずるから、彼女は死に怯まないんです」

 少し予定が早まったが説明のためには已む無し、
紫苑は手元にあったリモコンを取ってプロジェクターを起動させる。

「少し後で見せるつもりでしたが、丁度良いのでここで見せますね。
これから流す映像は流血や怪我が生々しく映っています。心を強くして見てください。
この映像の中に、彼女の矜持を垣間見ることが出来ますので」

 紫苑の合図で照明が落ちて、スクリーンに映像が映し出される。
 それは四月の戦いだ。アイリーンがたった一人で奮闘した記録である。
 本来は午後の実習、ダンジョンを探索する風景を撮影して使うつもりだった。
 だが、ヤクザはこれを推して来たのだ。
 吹き荒れる圧倒的な暴力の嵐の中、全霊で戦う者達の姿。
 戦うとは何か、生きるとは何か、勝利とは、敗北とは、
冒険者の主旨からは少々外れるがあの戦いは見る者の心に何かを与えるはず。
 加えて、派手で少々バイオレンスだが子供心をキャッチし易いと言う理由もある。
 女子ならばともかく男子ならば奮える人間も居るはずだと考えたのだ。
 カッコいい、自分もそうなりたい。
 そんな理由で入学するのは浅慮ではあるが、心構えと言うのは入学してからでも遅くはない。
 そう言うものを教えるのも冒険者学校の役目なのだから。

「ひっ……!」
「うわぁ……何だよ、これ……」
「すげえ……」

 ビビって目を逸らす者も居れば、呆然とするものも、食い入るように見つめる者も居る。
 スクリーンの向こうに居る満身創痍のアイリーン、
けれども手を抜くことはなく殺す勢いで攻撃しているルドルフ達。
 ともすれば英雄譚のワンシーンにも見える。

"はぁ……はぁ……おえ……私、は……憧れの、先へ……往く……"

 スクリーンに映るアイリーンの闘志は揺るがない。
 死など恐れていない、矜持を貫き憧れを超越するためだけに全霊を注いでいる。
 目、鼻、耳、口、穴と言う穴から血を噴出させ、それでも尚、折れぬ身体と心。
 常軌を逸していると言って良いかもしれない。
 だが、それは決して醜いものではなく、そこには一種の美があった。

「(改めて見直して思ったが……気持ち悪いなコイツ。何で死なねえんだよ)」

 悪態を吐くのはジェラシーを感じているからだ。
 まあ、ジェラシー感じるぐらいなら生き方を改めろよと思わなくもないが。

「……」

 アイリーンは目を細めて戦いを振り返った。
 あの日から一日たりとも忘れていない、何度も何度も思い返している。
 しかしあの記憶は擦り切れることも、色褪せることもない。
 それだけ特別な戦いだった。

"でも――――あなたに負けるなら、良い"

 二人のキスシーンで映像は終わった。
 これまで漂っていた空気が弾けて、中学生たちがどよめき始める。

「(――――は? 何でこんなとこまで撮ってんだ!? つーかカットしとけよ!!)」

 じゃあしっかりチェックしとけよ。
 と言うのはともかくとして、このキスシーンを入れたのには理由があった。
 ヤクザも厳しさ一辺倒だけでは駄目だと分かっているのだ。
 戦いの記録を重く受け止め過ぎればそれは毒となる。
 あそこまでやらねばならないのか? 自分には無理だなどとそう諦められても困る。
 なので、最後の最後で空気を和らげるためにキスシーンを入れたのだ。

「あの! 先輩らは付き合ってんすか!?」
「キスの味はどうでした?」

 男の子も女の子も、堰を切ったように質問を飛ばし始める。

「……照れる」

 顔を赤くして小さく笑っているアイリーンとは対照的に紫苑のテンションは最悪だった。

「(忌まわしきファーストキス……しかもあの後、セカンドもあったんだよな……。
ああ、よくよく考えればサードも最悪だった。あの腐れ姉妹の姉だし……)」

 今すぐ家に帰って布団に包まりたかったが、
任された仕事もこなせない役立たずだとは思われたくない。だってプライドが高いから。
 紫苑は萎える心に鞭を打って口を開く。

「静かに! こちらの話を聞いてください。良いですか?
あの映像の中の彼女は都合十の劇毒に侵されていました。それでも諦めなかった。
戦いを止めることがなかったのは、命を懸けるに値する矜持があったからです」

 そうだな? と目で問いかけると、アイリーンも深く頷いた。
 まあ、今も頬は赤いが……そこはご愛嬌だろう。

「私は、譲れないものがあるから戦える」

 天を押し潰さんばかりの殺意に身を晒されたとしても怯まないし折れない。
 だから身体が萎縮することもないのだ。

「慣れる、とかどうすれば、と言うのに答えは無い」

 それでも、

「矜持を持つのは良いこと。それが、心と身体を突き動かしてくれる」

 心の底から譲れぬ"一つ"を持つことに確かな意味はあるのだ。
 それがあれば殺気に身体が萎縮して動けなくなるなんてこともない。

「だから戦える。矜持を失くすことは私にとって何よりも耐え難いから」

 だから、まずはそれを見つけることから始めても良い。

「私達が答えられるのはこれくらい。大丈夫?」

 質問をした生徒に向けて問い返すと、

「は、はい! 貴重なご意見ありがとうございます!!」

 少女は何度も何度も頭を下げた。
 絶対の正解は無いけれど、それでも二つの道を示してくれた。
 生きたいと言う祈り、死んでも譲れぬ誇り、どちらが正しいかではない。
 どちらも正しいのだ。少なくとも、あの二人はそれを支えにして戦っているのだから。

「いえ、参考になったならば幸いです」
「頑張って」
「では、他に質問がある方はいらっしゃいますか?」

 今度は多く手が挙がった。
 と、同時に紫苑はあることに気付く。生徒らのアイリーンを見る目だ。
 男子は単純に綺麗でカッコイイ姿を見て、
女子は女だてらに強く生きる姿に尊敬と憧れを抱いているのだ。
 ちなみに紫苑に対しては特にそう言う視線は集まっていない。
 あの映像の中で紫苑は終始突っ立ってただけだから。

「(ふ、ふふふふざけるなよ! 何でコイツだけ!? 俺とかイケメンじゃん!!)」

 顔が良いだけだろうが。

「じゃあ、そこのあなた」

 紫苑の憤慨に気付くこともなく、アイリーンは一人の男子生徒を指名する。

「あざっす! えっと、質問なんですけど――――春風先輩何もしてないっすよね?」
「(そ の 面 ぶ ん 殴 っ て や ろ う か ! !)」

 が、この男の子が前衛適正だったらそもそも挑みもしないだろう。

「さっきの映像で金髪の人とかは頑張ってたけど春風先輩見てただけですよね?
え? それで偉そうなこと言っちゃってたんですか? ちょっとショックです」

 確実に小馬鹿にされている。

「――――それは違う」

 紫苑が何か言う前にアイリーンが遮る。
 若干むっとしているのは好きな人を馬鹿にされたからだろう。

「勝利への絵を描いたのは紫苑。
闇討ちで私の仲間を削ったのも、私に毒を呑ませたのも、紫苑が居たから」

 その言葉に館内が静まり返った。
 だがそれも無理からぬこと。語った内容が普通に外道の所業なのだから。
 何もしていないと思っていたら裏ではとんでもないことをやっていたで御座る。

「(ご、誤解加速! 違う、俺はそんな人間じゃないんだ!!)」

 誤解も何もない。毒殺しようとしていたのは事実である。

「何か誤解しているけど、それは間違い。卑怯でも非道でも何でもない」
「(そうそう! もっと言ってやって! 俺の評判回復してくれ!!)」

 紫苑は成績こそ、学年トップなどと言う位置にはつけなかった。
 それでも十台~二十台は常にキープしていたし、素行も良かった。
 白星中学の教員の間では優等生として通っていたのだ。
 その評判を覆すような真似は断じて許せなかった。

「単純な戦闘能力において、私は紫苑よりも遥かに上。デコピンで気絶させられる」
「(俺をディスってんのかテメェ……!!)」
「それは彼の仲間が一緒でも同じ。
勝つには、勝ちへの道を拓くには必死にならなければいけない。
出来ることは全部。それが相手への敬意。彼は敬意を以って私と戦ってくれた」

 いいえ、悪意100%です。
 アイリーンの弁明でどうにか紫苑を見る目は変わった。
 それでも侮蔑が消えただけで、恐怖自体は残っている。
 普通に考えて十の劇毒を盛るような相手は怖いのでしょうがない。

「(このままじゃマズイな)非道、卑怯、外道、皆さんが抱いた感想は正しいでしょう。
しかし、俺はそれでも改めるつもりはありません。アイリーンに比べ才に乏しく、
凡人の域を出ないこの身で皆の生存と言う勝利を得るためならば俺は形振りを構いません。
皆さんも今は分からなくても良いです。でも、冒険者としての道を歩み
大切な仲間が出来たなら……ほんの少し、ほんの少しだけでも理解して頂けると嬉しいです」

 それは生徒らに向けた言葉ではない。教員へ向けたもの。
 大人であれば感じ入る類の言葉を織り交ぜたのだ。
 大人になると、背負うものが多くなる。
 そのために身を粉にして生きている大人だからこそ理解を示せる。
 目論みは当たり、教員達の目は神妙なものになっていた。
 各々思うところがあるのだろう。

「それじゃあ、ここからは学校の説明に入りたいと思います」
「質問、聞かなくて良い?」
「(これ以上俺の評判下がったらどうする!)少しばかり長話し過ぎたからな」
「そう、分かった」
「では、事前に配布していたパンフを開いてください」

 そうして、これまでの行状を覆い隠すように明るい声で説明が始まった。
 やり手のセールスマンもかくやと言う語り口で学校の良さを語り、入学意欲を掻き立てる。
 勿論、悪いところだけ隠すと言う二流の手口は使わない。
 学校側にとって少々厳しいが、問題の無いラインの短所だけをピックアップ。
 そうすることで誠実であるかのように見せかけつつも、甘い言葉で中学生を釣る。
 かつて自分が騙されたのでその仕返しをしているのだ。
 自分が不幸なんだから他人も不幸になれ、つまりはそう言うことである。

「では、最後に一つだけ。
もし来年皆さんが入学して来た時、俺達は居ないかもしれません。
冒険者と言う茨の道を進む以上、明日の命だって不確かです。
言葉は心の片隅に置いておくだけでも良いです。
でも、覚えていてください。今日ここに俺達が居たことを」

 ちらりとアイリーンに目をやり、言葉を促す。
 挨拶と言うものは片方だけがやるとでしゃばりに見えてしまうのだ。

「楽な道ではない。けど、ちゃんと考えた上で進むなら無意味な道ではない」

 短くはあるが、それでも心に残る言葉だった。

「以上で説明会を終わります。今日は本当にありがとうございました」
「感謝」

 頭を下げて二人は体育館を後にして、校長室へと戻る。
 ほど良く冷房も効いており、ジュースまで用意されている、正に至れり尽くせりだ。

「春風さん、ハーンさん。今日は本当にありがとうございます」

 机越しに向かい合って、頭を下げる校長先生。

「軽い気持ちで命の危険がある冒険者と言う職に就きたがる子が多いので、
御二人の言葉は厳しいものでしたが良い薬になったでしょう。
それに、厳しいだけでなく優しさもあった。あなた達は、本当に立派になりましたね」

 孫を見守る祖父のような優しい瞳。
 半年も経っていないのに、こうも大きくなった教え子の姿が嬉しくて嬉しくて仕方ないのだ。
 まあ、片方はまったく成長していないわけですが。

「(まあそれほどでもある)いえ、まだまだです」
「精進あるのみ」
「ふふ、危険な学校ですが……多くのものを得られるようですね」

 しみじみと語る校長に愛想笑いを返して、
紫苑はテーブルにあるアップルパイを摘み上げて口に放り込んだ。

『――――美味ッ!!』
「(うぉ!? び、ビックリするじゃねえか……な、何だよ急に?)」
『いや、何よこれ? 頭が冴え渡るような美味さだぞ。何て食い物だ?』
「(アップルパイだよ……これぐらいで喜ぶとは安い奴だなお前)」

 安いのはお互い様である。

「(つか、パイなら前に喰ったろ。チョコの奴だけど)」
『じゃあ……あれか、そのアップルとやらか? この美味の秘訣は』
「(林檎ってお前……それぐらいなら一個百円ぐらいだぞ?)」
『マジで!? じゃあ買って帰ろうぜ。俺様毎食これが良い!』
「(俺は嫌だよ!)」

 おやつタイムに興じていると、校長が何かを思い出したように手を叩く。

「そう言えば春風くん」
「はい?」
「そう言えば眼鏡をかけていた記憶があるのですが、視力が戻ったのですか?」
「(よ、余計なことを覚えてる爺だ……!)ええまあ」

 表面上は優等生だったし、眼鏡なんて分かり易いポイントを忘れるわけがない。
 紫苑の言葉は的外れにもほどがある。
 まあ、本人にとっては忘れたい記憶なので無理もないが。

『眼鏡かけてたのかよ?』
「(……ああ。卒業までな)」

 だったら覚えていて当然である。
 まだ半年も経っていないのに忘れはしないだろう。
 基本老人はボケているものだと認識している紫苑が悪い。

『コンタクト……じゃねえよな。視力を戻す薬――とかでもないよな』

 コンタクトについての知識を持っている爬虫類、何ともおかしなものだ。
 さて、それはともかく入学から今まで付き合って来たカス蛇だが、
視力が回復したり代用品を使っている様子にはとんと心当たりがなかった。
 となるとそれは……。

「(……そうだよ、伊達だよ)」
『何でまた伊達眼鏡なんか?』
「(中学入る時、眼鏡かけてる方が頭良いかなって思ったんだよ……!)」

 ちょっとした中二病のようなものだ。
 しかも紫苑はわざわざ伊達であることをバレないように、
裸眼での視力検査の時はわざと見えないと言ったりして視力を偽っていたりもした。
 ちなみに、かけているのは伊達だったがちゃんと度の入った眼鏡も常備していた。
 無論、バレる可能性を少しでも減らすためだ。
 しかし冒険者学校に入学する際に中二病と言う魔法が解けて醒めてしまった。
 何とも滑稽なシンデレラである。

「それは良かった。目は一生ものですからねえ。あ、それと歯もですが」

 なんて冗談めかして笑う校長先生だが、
まさか目の前に居る馬鹿がその一生ものにアホなことをしていたとは夢にも思うまい。

「ああそうだ。眼鏡と言えばハーンさんもかけてましたね」
「(そう言えば……)」

 アイリーン対策のために資料と睨めっこしている時に、
紫苑は彼女のかつての姿を目にしたことがあった。
 芋臭い三つ編みに、野暮ったい瓶底眼鏡。

「(思い出したら超笑えるんだけど)」
「ハーンさんも視力が回復したんですか?」
「違う」

 フルフルと首を横に振るアイリーン。
 違う、とは視力は悪いままでコンタクトにしていると言う意味だろうか?

「あれは伊達」
「だ、伊達眼鏡だったんですか? しかしまた一体何のために……」

 校長は一瞬、お洒落か? と考えたがすぐにその思考を切り捨てる。
 中学時代のアイリーンはお世辞にもお洒落とは言えなかったからだ。
 今でこそスカートを折り込んで短くしているが、当時はそんなこともなくて普通の長さだった。

「修行」
「は、はい?」

 イマイチ要領を得ない言葉に首を傾げる校長先生。
 一方の紫苑は、その意図をほぼ正確に看破していた。

「五感の一つである視覚を乱すことで、
他の感覚や第六感を磨いてたってことじゃないでしょうか?」
「その通り」

 ブンブン! と若干興奮気味に頷いているのは以心伝心なのが嬉しいからだろう。
 問題はそれが勘違いの一方通行でしかないことか。

「度の強い眼鏡中々刺激的」

 まず第一に世界がぼやけて見えるのだ。
 人の顔、その輪郭すら定かではない。頼れるのは声のみ。
 授業だって声とチョークの音で何かを書いているか判別していたぐらいだ。
 ちなみにテストの時などは頭の良いクラスメイトの動きを全身で感知し、
動きをトレースすることで乗り切っていた。
 カンニングなんだかカンニングじゃないんだか分からない手法だ。
 ちなみに、それでもアイリーンの成績はそこまで酷くはなかった。
 つまりトレースは割かし上手に出来ていたと言うこと。
 こんな部分でもチートを発揮していることを紫苑が知れば更に嫉妬は高まったはずだ。
 彼女の口下手が幸いしたと言えよう。

「に、日常生活に支障は出ませんか?」
「寝る時以外はずっとだった」

 つまりは問題がなかったわけだ。
 まあ、あったとしても精々風呂で眼鏡が曇ることぐらいだが、それもよくよく考えれば問題ではない。
 そもそも眼鏡を見るためでなく見ないために使っているのだ。
 曇ろうが曇るまいが何の関係も無い。

「(コイツ馬鹿だぜwww)」

 それは自分が伊達眼鏡を理由を踏まえての言葉だろうか。
 どんぐりの背比べ、五十歩百歩、所詮はその程度の違いでしかない。

「でも、困ったこともある」
「それは一体?(どうせクソつまんねえことなんだろうよ。だってコイツ馬鹿だし)」

 頭良さそうに見えると言う理由で伊達眼鏡をするのも馬鹿の発想である。

「自分に課したルール、でも怒らせてしまった人が居る」

 アイリーンは足繁く図書室へ通っていた。
 何度も何度も同じ本を返しては借りてを繰り返していたのだ。
 一年の時からずーーーーーっと。
 それはひとえに眼鏡をかけたままでは字の判別がし難いからである。
 読むのを止めるか眼鏡を外せば良いものを、
かけたままで完全に読破しようとしていたのだ。
 その行為に意味があるか無いかは……まあ、当人の主観だろう。

「図書室で本を借りる時、一年の頃からずっと同じ人だったけど……」
「けど、どうしたんです?」
「二年の冬から三年春までずっと口を利いてくれなくなった」
「だから怒らせてしまったと?」
「そう。小柄で、少し声の高い男の子。でも不思議」
「何がだ?(お前の方が不思議……ん? 何か引っ掛かるような……)」
「図書委員にそれらしい人が居なかった」

 一年と二年の時の図書委員を調べて、
全員に会いに行ったものの、どれも違ったのだ。
 もっとも、口下手なアイリーンは"あの"、と声をかけて"はい?"
だけで判断していたので詳しいことは聞けなかったのだが。

「ふむ……それって、春風くんではないですか?」
「紫苑?」

 冒険者学校で出会ってから同じ中学在籍だと知ったが、
それでもアイリーンの調べた名簿の中に紫苑の名はなかったのだ。
 どう言うこと? と校長に問い返すと……。

「内緒にしてたようですが、
春風くんは結構な頻度で図書委員の子の仕事を肩代わりしていたんですよ。
何のかんのと優しい子でしたからね。
それに、春風くんは丁度二年の冬から声変わりが始まって喋るのも辛かったはずです。
背だってその頃からグングン伸び始めていましたからねえ」

 二人の視線が紫苑に突き刺さる。

『そうなのか?』
「(パン奢ってくれるからってことで仕事代わっちゃいたが……アイリーンなんて居たっけ?)」

 記憶に無いのも当然だ。
 紫苑は自分の利となりそうな人間以外に興味を示さないのだから。
 陰キャラっぽいアイリーンのことなど覚えているはずもない。

「……運命?」

 恥ずかしそうに問いかけるアイリーン。
 伊達眼鏡の件といい、案外お似合いなのかもしれない。

「(な わ け ね え だ ろ)」

 こうして母校での講義は幕を閉じた。
 紫苑からすればなーんの得も無い一日だったそうな。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ