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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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麻衣とクッキー

 桝谷麻衣は魔法少女である――――魔法を使う少女なので何もおかしいことはない。
 さて、そんな魔法少女麻衣ちゃんは、

「うーん……あかん、どれもピンとこぉへんわ」

 自室にある箪笥の前でマッパのままうんうんと唸っていた。
 流石に他所で泊まる際はパジャマを着るが、家で寝る際は全裸が麻衣のスタイルなのだ。
 彼女の視線の先にあるのは下着を収められている段で、
今日穿く下着をどれにするか迷っているのだ。

「やっぱうちも天魔ちゃんみたいにあだるとーな感じの買うべきやろか?」

 それでも今はあるものを穿くしかない。
 ノーパンで学校に行くわけにもいかないのだから。
 麻衣はしばしの熟考の末、虎柄下着を手に取る。
 彼女も関西人なので、やっぱりあの球団を応援しているのだ。

「お母さん、おはようさん」

 階下から香る朝食の匂いに頬を緩めながら母に挨拶。
 おはようをしっかり言えない人間は駄目なのだ。

「おはよう……って麻衣、はしたないわよ。年頃の娘が下着だけなんてみっともない」
「学校行く時着るからええやん。それより朝ごはん何?」
「トーストと目玉焼きとベーコン、それとサラダ。足りなかったら途中で何か買いなさい」
「せやったら最初から沢山用意してくれてもええんとちゃう?」
「大飯食らいのあんたに合わせて朝から量作るのはしんどいのよ」
「何や人聞き悪いなぁ」

 消費カロリーが常人とは違うのだから大量に食事を摂るのは仕方のないこと。
 それでも麻衣自身は冒険者の中では小食な方だ。
 釈然としないながらも大人しく席に着いて一枚目のトーストに手を着ける。

「最近、学校の方はどうなの?」
「ふぉうってふぁにが?」
「飲み込んでから喋りなさいな」
「んぐ……ほなら食べてる時に話しかけんといてよ。で、どうってのは?」
「ほら、この間も急に岐阜に行くとかって学校早退したって言ってたじゃない」
「だからあれは学校の用事やて。ちゃんと公欠になっとるから問題無いよ」

 ギルドから選別されたことは家族にも話すことが出来ない。
 加えて、麻衣の両親は普通の一般人だ。
 冒険者についての知識もそこまであるわけじゃない。
 話したところで理解してくれるかは微妙なラインだ。

「成績だって今期はかなりええと思うで? ま、うちだけの力やないけどね。
それにほら、お給料。めっちゃ入ってたやろ? 頑張ってるの察してよ」
「あれねえ……あんたみたいな子があそこまで稼ぐって……お母さん、ちょっと不安」
「それだけのことやっとるんよ」
「危ないことしてないわよね?」
「危ないことて……冒険者志しとる以上、それはしゃあないよ」

 カリカリに焼かれたベーコンを頬張ると、小さな幸せが口いっぱいに広がった。
 桝谷麻衣と言う少女は、能力に反比例して感性自体は一般人のそれと同じだ。
 ある意味で紫苑とも近いと言えるだろう。

「でも、頼りになるリーダーおるし大丈夫。
いっつもうちらが生きて帰れるようにって骨折ってくれてるんよ?」
「リーダー……ああ、前に話してた春風さんだっけ? 何か可愛い苗字よね」
「いや、可愛い言うより爽やかちゃう? 春風やし」

 だがそんな爽やかな苗字に反して人間性は極寒だ。
 ブリザードでもここまで酷くはないってくらいに冷たくて痛い。

「男の子だったわよね? どんな子なの?」

 ニヤニヤと笑う母、色っぽい何かを期待しているのかもしれない。
 だが、生憎と麻衣は紫苑に対しては普通の好意しか持っていないのだ。
 恋愛ごとに行き着くには好感度――と言うより彼女の度胸が足りない。
 何せ万が一好きになってしまえば、天魔、アリス、栞と言ったキ●ガイと張り合わねばならないのだ。
 下手をすれば再び滋賀のあのダンジョンを探索するより度胸が要る。

「うーん……顔はカッコええよ? ただ、基本仏頂面やけどな」
「クールな感じ? 芸能人で言うと誰?」
「知らんがな」
「もう! 素っ気無いわねえ……で、その春風さんが何時もお世話してくれてるの?」
「お、お世話て……子供やないねんから……」

 どうにも母はズレている。
 改めて冒険者について一から説明した方が良いのかな?
 麻衣は真剣にそう考えていた。

「まあでも、お世話っちゃお世話かな?
皆が皆、自分の役割を果たしとるけど紫苑くんは何時も忙しいし。なんちゅーか軍師系?」

 アイリーン戦、アリス戦、三つ目戦、
特にその三つでは紫苑無しに勝利を得ることは出来なかっただろう。

「(ま、三つ目戦だけは勝った……言うんとはちょいちゃうけどな)」
「軍師系って半兵衛様的な?」
「お母さん、歴女やったん?」

 若干目を輝かせている母に麻衣は少々引いていた。

「そんなことはどうでも良いのよ! で、どうなの?」
「半兵衛かどうかは分からんけど、ブレーンなのは確かやね。
えらい頭キレるしなぁ。ただまあ、軍師みたいに冷徹にはなれへんみたいやけど」

 麻衣が紫苑を見続けて抱いた感想は――――苦労人だった。
 生来の御人好しで、道を外れている人間に対しても理解を示そうとし、
そのせいで苦労を背負い込んで何時だって懊悩している。
 最近の栞の件もそうだ。壊れてしまった彼女を否定することなく、
それでも上手く舵取りをして真っ当な方向に戻そうとしている。
 栞が何かを誰かが傷付いても、それがどうした?
 そう割り切ってしまえる性格だったらもっと生きるのも楽だろうに……。
 麻衣は常々そう考えていた。アリスの時だってそう。
 悪である彼女のために心を痛めずに殺せていたら随分楽だったはずなのだ。
 涙を流してトドメを刺そうとする紫苑の姿は今でも目に焼き付いている。
 もし、あれで殺していたとしたら一生消えない傷になっただろう。
 現に、救えなかった人間が最近生まれてしまった。
 事情を聞いただけだが、紫苑が深く傷付いているのは想像に難くない。
 醍醐紗織、悲しい悲しい石長比売。
 その死に様は一生消えない烙印になってしまった。

「苦労人ってこと?」
「ま、せやね。悪い奴を悪い! って単純に割り切らずにちゃんと理解しようする感じ?
本人は誰より真面目な人間やのに、そんなことするもんやから何時も苦しそうにしとる」

 普段は余り表情を変えないだけに、そう言う場面での顔は強く記憶に残っている。
 苦しそうな顔、悲しそうな顔、辛そうな顔、泣いてる顔、どれも忘れられない。

「――――人の一生は重き荷を負うて、遠き道を行くが如し」
「え?」
「家康の言葉よ。話を聞いてると、その子にピッタリじゃない?」

 それは流石に東照大権現に対して失礼ではなかろうか?
 ちょっと日光の方角に頭を下げた方が良い。

「んー……まあ、そう……うん、そうかも」

 捨てよう思えば捨てられる荷を背負い込んで、
歯を食い縛って生きているその様にはピッタリかもしれない。
 麻衣は深く頷いた。

「でも、それなら家康みたいに報われて欲しいもんやけどなぁ……」
「え? 好きなの? もしかして好きなの?」
「下卑た顔せんといてよ。別にそんなんちゃうから」

 鬱陶しい母を片手であしらって食事を再開する。
 五分ほどで総て食べ終わった麻衣は歯ブラシを加えたまま制服を着始めた。

「(そういや今日は午前、女子は家庭科実習やっけ)」

 身支度を整えると家を出る。時刻は七時四十分、十分間に合う時間だ。
 まだ朝だと言うのに照り付ける日差しは強く、騒音一歩手前の蝉は元気に鳴いている。
 麻衣はこの如何にもな夏! と言う空気が大好きだった。
 身体の奥から沸々と活力が沸いて来る気がするのだ。

「我は海の子~♪」

 思わず歌ってしまうくらいに機嫌の良い麻衣だが……。

「おはよう麻衣。ご機嫌だな」
「!? え、ちょ……し、紫苑くん?」

 突如現れた紫苑を見て羞恥に頬を染める、
幾ら朗らかな彼女でも歌っているところを知り合いに見られるのは恥ずかしかったらしい。

「ああ、俺だ(良い歳こいて何やってんだコイツwww)」
「えと……あの……な、何でこっちにおるん? だって、家の方向ちゃうよね?
ってか私服? 珍しいね。いやまあ、確かに実習無いから制服やなくてもええけど……」

 どうにか話題を変えようとすると、紫苑の顔色が苦いものに変わる。

「うん、まあ昨日は色々あってな……家に帰らずホテルに泊まったんだよ。
で、俺はそこから直で出て来たんだ。今日は午前の授業も教科書要らないしな」
「色々って?」
「……正直、話したくない」

 合コンをぶち壊されたこと、
その後でに男三人で飲み明かしたこと、紫苑の中では既に黒歴史なのだ。
 それに加えて二日酔いで若干体調も良くない。
 そんな状態で昨日のことなど話す気にもなれない。

「そ、そか……ま、まあええわ。せやったら一緒に行こか」
「ああ、そうだな。ところで麻衣よ」
「ん?」
「夏、好きなのか? さっきも夏の歌を歌ってたし」
「~~! も、もう! 忘れて! 結構恥ずかしいんよ!?」
「(だったら尚更忘れるわけにはいかねえな)」

 二日酔いでも紫苑は紫苑だった。アルコール程度では性格は変えられないらしい。

「はは、それはすまんな。しかし……今日も暑いな」
「うん。紫苑くんは暑いの――ってか夏は嫌い?」
「いや、嫌いじゃないよ(夏はクーラーが効いた部屋で昼寝をすると言う楽しみがあるからな)」

 小市民的な幸せだが、それはそれで良いだろう。
 人を見下し嘲笑うことに比べればかなり健全な楽しみだ。

「そかそか。ちなみに好きな季節は? やっぱり春風だけに春?」
「(面白くねえんだよタコが)んー……どれって言うのは無いな。全部、好きだよ」

 溺れてしまいそうなくらい蒼い空を仰ぎ見るとクジラのような雲が泳いでいた。
 紫苑はそれを見て噴出しそうになったが、グッと我慢。
 笑いのポイントがイマイチ分からない男である。

「命の鼓動を感じさせ、始まりの季節に相応しい優しさを持つ春。
その輝きで命を照らす、生命力に溢れた夏。
眩い夏が終わり冬に向かうまでに柔らかな微笑を零す秋。
耐える事の尊さを教えてくれる冬――――どれも素晴らしいじゃないか」

 今日も朝から絶好調だな。
 耳障りの良い言葉を吐かせたら天下一だよ。政治家にも向いているんじゃないか?

「あはは♪ 確かにそうかも。四季のある日本に生まれて良かったよね」
「ああ、同感だ」

 他愛も無い話をしながら学校に行くと丁度良い時間になっていた。

「あれ?」

 教室に入った途端、麻衣が首を傾げる。

「どうした?」
「いや、この時間やったら天魔ちゃんも栞ちゃんもおるのに今日はおれへんなーって」
「……ああ、アイツらは今日休みだ」
「え? 風邪でも引いたん?」
「風邪じゃなくて怪我――――それも自業自得のな。少しは反省してくれれば良いんだがな」

 昨日、紫苑の携帯にルークから連絡が入ったのだ。
 場所を移して三つ巴の戦いを繰り広げた馬鹿三人は全員ノックアウトだと。
 今はそれぞれ自宅療養しているらしい。

「えー……よう分からんけど、うちが行って治す必要とかはないんかな?」
「そうだ。良いお灸に……なると俺は祈っている」

 それだけ言って紫苑はさっさと自分の席へ行ってしまう。
 麻衣もまた自分の席に着き、ぼんやりと紫苑を眺める。
 さっきの口ぶりからして三人が来ていないのは紫苑絡みなのは間違いない。

「怪我て……まぁたドンパチやったんかな?」

 これまではアリスと天魔だけだったが、今はそこに栞も加わっている。
 規模も大きくなって結果も色々変動したのかもしれない。
 だが、深く考えるのもアホらしい。麻衣は即座に思考を切り替えた。

「(今日休み言うことは……紫苑くん、クッキー貰えるんやろか?)」

 今日の家庭科実習でクッキーを焼く予定なのだ。
 あの三人が居れば間違いなく貰えていただろう。
 だが、居ないとなれば貰えるかは怪しい。
 クラスの女子に好かれていないわけではないが、
あの三人が色々な意味で目立っているので手を出し難いのだ。

「(あ、でもアイリーンちゃんおったっけ……)」

 ぼんやりと窓の外を眺めていると時間はあっという間に過ぎる。
 知らぬ間にヤクザが来たと思えばもうHRは終わり。
 麻衣は一時限目が始まる前に準備を整えて家庭科室に向かう。

「麻衣ちゃんって、家事とか得意?」

 家庭科室で教師を待っていると、隣に座っていたクラスメイトが話しかけて来る。

「自慢やないけど、洗濯も掃除も――――駄目や」
「ほんとに自慢じゃないんだけどそれ……」
「せやから今日の授業頑張るんよ!」

 今日は午前の時間を丸々使っての実習だ。
 料理、洗濯、掃除などの家事について学ぶのが目的。
 麻衣は少しでも自分の女子力を高めようと張り切っている。

「駄目なんを全部ちょっと駄目程度にまで引き上げるためにな!」
「……うん、身の程を弁えた発言だね。でもちょっと悲しいや」
「何でよ? 見栄張る方がカッコ悪いやん」

 狂ったように見栄を張っている紫苑はとんでもなくカッコ悪いわけですね!

「まあでも料理は出来るんよ? うちも食べるの好きやし」
「へえ……じゃあ、家でも結構したりするの?」
「お母さんおらん時はね。後は、前に皆で遊びに行った時とか飯盒炊爨したな」
「ふぅん。それなら今日は料理以外を頑張れば良いんだね」
「いや、でもお菓子作りはしたことないんよ。せやからまあ、頑張るつもり!」

 そうこうしていると始業のチャイムが鳴り、授業が始まる。
 麻衣も気合を入れ直すのだが……。
 掃除ではどうにも要領が分からないし、
そもそも散らかっている方が落ち着く性質なので上手に片付けられず。
 洗濯では洗剤を入れてスイッチを押すくらいなら出来るが、
衣類によって気を付けることなどを雑にしてしまうためイマイチ。
 お菓子作りでは料理が得意だけあって問題なく作れたのだが……。

「ふ、普通……」

 初めてだからと奇を衒わなかったのは間違いない。
 レシピ通りに作れたが、少々焼きが甘かったりもする。
 不味くはないが美味しいか? と言われると普通としか答えられない仕上がりになった。
 確かに麻衣は料理が出来るが、それはセンスとかではなく積み重ねによるものだ。
 お菓子作りに関しては未経験だったので、仕方ないと言えるだろう。

「麻衣ちゃんは誰かに渡すの?」

 授業が終わり、やって来た昼休み。
 女子は思い思いの相手に渡すため冷ましていたクッキーに可愛いラッピングを施し始めている。

「んー……特には、やけど。そっちは?」
「私? 私はルドルフくんかな!」

 ちなみにそのルドルフだが、二日酔いが酷くて元気がなかったがHRギリギリに登校している。
 ハゲは完全グロッキーで今日は学校を休むらしい。

「あらま、気になっとるん?」
「だってカッコイイじゃん。王子様みたいで。私以外にも渡す女子多いと思うよ?」

 麻衣は普段の愉快な御馬鹿っぷりを知っているだけに意外だった。
 だがまあ、冷静に考えてみれば当然かと思い直す。
 ルドルフ・フォン・ジンネマン、ドイツからの留学生。
 少々気障ったらしい喋り方をしているが鼻につくわけでもなく似合っている。
 顔も良ければ背も高いしお金持ち、加えて冒険者としての技量も高い。
 槍使いと言う括りではアイリーンに劣るが、男子では一番強いだろう。
 そんな彼に人気が集中しないわけがないのだ。

「だから麻衣ちゃんのこと羨ましがってる子も居るんだよ?」
「そうなん?」
「そうだよ! ルドルフくんに紫苑くんもじゃん! 後、天魔くん!」
「……天魔ちゃん女やで?」
「でもカッコよくない? ヅカ的な感じがして」

 男の子にも女の子にも見える天魔だからその表現は間違いではない。
 それでも女の子が女の子をそんな目で見るのは如何なものか?
 麻衣は少々顔が引き攣っている。

「成るほどなぁ。ちなみに、やけど。紫苑くんに渡す子とかおらんの?」
「渡したい子も居るだろうけど……ほら、ね? 後が怖いと言うか」

 表面的には可愛らしい子供を演じているアリスはともかく、
天魔や栞辺りと張り合うのはやっぱり勇気が要るらしい。
 麻衣は紫苑に人気が無いわけではないとクラスメイトの言葉で再認識した。

「(あの三人おらんくてもやっぱりビビっとるんやなぁ……ああでもアリスちゃんはちょいと別か)」

 天魔と栞が恐怖で牽制しているのならばアリスは子供らしさで牽制している。
 私の紫苑お兄さんを盗らないで! と涙目で言えば大概の人間は罪悪感で動けなくなる。

「だから多分、渡すのはアイリーンさんだけだと思うよ?」
「そかそか。まあ、アイリーンちゃんやったら大丈夫やもんね」

 アリスと言う天敵が居たりはするものの、純粋な戦闘能力ではクラスで一番。
 彼女を実力行使で消すのには相当難儀するだろう。

「呼んだ?」
「うぉわ!?」

 背後から現れたアイリーンに驚きの声を上げる麻衣。

「呼んだってか……ちょっと噂話しとったんよ。アイリーンちゃんがクッキー誰に渡すかってな」
「勿論紫苑」

 はにかみながらも淀みなく答える彼女の手には可愛いラッピングが施されたクッキーがあった。

「あはは、紫苑くんも喜ぶ思うで。誰からも貰えんのは寂しいしなぁ」

 そうでしょうね。貰えなかったら自尊心が傷付いたでしょうよ。
 紫苑と言う男は小さなことを何時までも気にする男なのだ。

「それが可愛い女の子からやったら尚更や」
「照れる……これ、お礼」

 紫苑に渡す分とは別に、余ってしまったクッキーもアイリーンは包んでいた。
 ラッピングはシンプルなものだが、手を抜いているわけではない。
 後で自分で食べるつもりだったのだろうか?

「いや、別にそんなつもりで言ったんやないけど……ありがたく貰うわ。食べてええ?」
「味見、助かる」

 紫苑に渡す前に味見をしてくれると嬉しいと言うことだろう。
 口下手なアイリーンに苦笑しつつ麻衣は包みを開けてクッキーを手に取り口へ運ぶ。

「ん! こりゃ美味いなぁ……お菓子作り、得意なん?」
「最近ずっと料理勉強してるから」
「おぉ……恋する乙女やのう」

 好きな人のために頑張れる、それはきっと何よりも素敵なことだ。
 アイリーンに対して純粋な尊敬の念が沸いて来る。
 まあ、欠席している三人娘も同じなのだが彼女らの場合は少々行き過ぎ。
 だから、尊敬よりも前にちょっと引いてしまうのだ。

「うん、これなら紫苑くんも喜んでくれると思うよ?」

 それに、例え美味しくなくても紫苑ならば喜んでくれるだろう。
 他人の好意を無下にするような男じゃないのだ。
 まあ、だからこそ苦労も多いが……と苦笑を浮かべる麻衣。
 甚だ見当違いなのだが表向きしか知らない彼女ではしょうがない。

「ありがとう。早速、行く」

 すぐにでも渡したいアイリーンは昼食を摂ることもなく家庭科室を出て行った。

「ラブラブだねえ。ま、それはともかく御飯食べよう麻衣ちゃん」
「せやね」

 午前はずっと家庭科室に居ると分かっていたので、
殆どの生徒は家庭科室で昼食を摂るため弁当を持って来ているのだ。

「でも、ルドルフくんに渡さんでもええん?」
「御飯食べてからにする。それに、出来るなら顔覚えて欲しいじゃん?
だから皆、タイミングをはかってるんだよ。と言うわけで、いただきます!」

 恋の駆け引きと言うやつだろう。
 ルドルフに渡す生徒は多い、
十把一絡げに見られたくない乙女は渡すタイミングも考えなくてはいけないらしい。

「(うちは……どうしようかな……)」

 ルドルフは沢山貰えるから良いだろう。
 日頃のお礼と言って渡す必要も無い。ならば紫苑に贈ろうか?
 そう考えるが……。

「(でも、あんま美味しくないしなぁ……アイリーンちゃんには負けそうや)」

 勿論紫苑は喜んでくれるだろう、だがそれとこれとは話が別だ。
 先に渡しているであろうアイリーンに劣るものを出すのは少々躊躇ってしまう。

「ところで麻衣ちゃん」
「んあ?」
「普通クッキーって星とかハートだけど、麻衣ちゃん何でお花にしたの?」

 隣で作っていたクラスメイトの少女はそこが気になるらしい。
 お花も特別変と言うわけではないが、家庭科室にある型に花はなかった。
 なので麻衣はわざわざ時間をかけて成形していたのだ。

「そらまあ……ふ、普通に作っても面白くないから?」

 若干どもりながら答える麻衣だがクラスメイトは特に気にしていない。

「ふぅん……あれって何のお花?」
「ん、ハルジオンよハルジオン。ちなみにこれもハルジオンやで」

 そう言って自分の左耳を指差す。
 そこにはパーティ全員で購入したピアスが光っている。

「あ、そう言えば麻衣ちゃんのパーティ皆着けてるよねそれ」
「うん。パーティの共同資金で初めて購入したアクセなんよ」

 ちなみに紫苑は今でもピアスを真似られたことを根に持っている。
 小者だからね、しょうがないね。

「ちなみに花言葉は"追想の愛"。何や切ない花言葉やろ?」

 過ぎ去りし日の愛を偲ぶ、
実の親を懐かしむこともない紫苑には何とも似つかわしくない言葉だ。

「そうだね。あ、そのハルジオンを象ったってことは紫苑くんかルドルフくんに渡すの?」
「いや、ルドルフくんはようさん貰えるやろうしええやろ」
「じゃあ紫苑くん?」
「え……いや、それは……なあ……」

 どもってしまう。やっぱり、踏ん切りがつかないのだ。

「(うん、確かにいっつも御世話になっとるし? それに……あれや!
ルドルフくんだけようさん貰うてるのに、自分だけ一つだけやったら……気にするかも?
男の子ってそう言うの案外気にしぃやし……ああでも、紫苑くんやしなぁ……。
そう言う見栄とかより、一つでも心が篭ったの貰った方が嬉しいかも……)」

 そんなことはない。
 ルドルフだけ沢山貰って自分だけ少ないとなれば間違いなく嫉妬する。
 ジェラシー燃やしまくって本能寺状態になること間違いなしだ。

「(いやいや、結構繊細なとこもあるし? うん、変やない変やない。
別にうちがクッキー渡したところで何が不自然やっちゅうねん)」

 誰にとも知れない言い訳をしながら昼食を終えた麻衣は、
気付けば紫苑が昼食を摂っているであろう屋上へ足を運んでいた。

「こ、こんにちは紫苑くん!」
「ん? ああ、こんにちは」

 昼食を終えていた紫苑はフェンスに凭れ掛かって何かを読んでいた。

「何読んどるん?」
「ギルドからの書類だよ。例のアレ関連だ」
「ちょ!? そんなんここで読んでて良いん!?」
「問題無い。俺と俺らの担当をしている鎌田さんの間で取り決めた特殊な暗号を使ってるからな」

 そう言って紫苑は麻衣に書類を見せ付ける。
 確かに例のダンジョン関連のことは何一つ書かれていない。
 内容自体は極々有り触れたもので、ここに隠されているとは夢にも思わないだろう。

「へえ、そんなことしとったんやね。で、何て言うてるん?」
「次は夏休み辺りになりそうだとさ(嫌だなぁ……心底嫌だ。どうにか回避出来んものか)」
「それなら体育祭には出られそうやん!」

 万が一体育祭などと被ったら一年に一回の学校行事を逃してしまうことになる。
 ギルド側もそこらを配慮してくれたのかもしれない。

「そうだな……ちなみに近々例のものを送ってくれるとも書いてある」
「例のって――――ああ、アレか」
「ああ、アレだ」
「誰も使いそうにない」
「そう、使いどころが特に無いアレだ」
「頑張って手に入れたけど……ねえ? 次んとこではもっとええもん見つかるとええなぁ」
「だな。出来るなら薬とかの方がありがたい」

 特にアムリタだ。自分の命だけを大事に!
を掲げる紫苑としてはああ言う便利な薬が欲しくて堪らない。
 ギルド側に納入するとしても取り決めで幾らかは貰えるようになっている。
 であれば武器などよりも薬などの方がありがたいのだ。
 何せ武器なんて貰っても後衛の紫苑は使えないし、
前衛三人に使わせるにしてもそれぞれに合ったものでなければいけない。
 ルドルフの槍はともかくとして、栞は糸で天魔は徒手。
 中々そう言う武器がピンポイントで手に入るとは思えない。

「そやねえ……」

 ふ、っと無言の時間が流れる。
 それが何故だか落ち着かない麻衣は、慌てて口を開く。

「そ、そう言えば……ここにアイリーンちゃん来たよね?」
「? ああ。クッキーをくれたよ。感想を言ったら走り去って行ったぞ。
(俺に褒められて嬉しかったんだろうが……マジでコミュ障極まるなよ)」

 理解しているんならコミュ障なんて言ってやるなよ。

「その……やっぱ、美味しかった?」
「うん、美味しかったぞ。前に弁当も馳走になったことがあるからな。その腕は知っていた。
(あんだけ強くて料理も上手いって何だよふざけんな畜生! 恵まれてますアピールか!?)」

 どうしてこの男はそこまで卑屈になれるのか。
 自分が何も持ってないわけでもないのに、持つ者に嫉妬し過ぎだ。
 足りぬ足りぬと欲を掻いて破滅する人間の典型である。
 まあ、その破滅と言うのも恐らくは第三者から見ればまた別なのだろうが。

「それがどうしたんだ?」
「えー……あー……うー……」

 難しい顔で唸る麻衣だが、やがて意を決したようにクッキーの包みを差し出す。

「その、あんまり美味しくないかもやけど……えっと、日頃のお礼、に?」

 声が尻すぼみに小さくなっていく、それでも紫苑の耳にはしっかり届いていた。

「ありがとう。じゃあ、少し頂いて良いか?」
「ど、どうぞ!」

 クッキーを齧る紫苑を固唾を呑んで見守る麻衣。
 どうしてこんなに緊張しているのかは、本人にも分かっていない。

「うち、お菓子作りとか初めてやから……」
「――――美味しいよ」
「え……」
「作ってくれた人の気持ちが何よりも心身を満たしてくれる。ありがとう、麻衣」

 微かな笑みを浮かべながら感謝の言葉を口にする紫苑。
 さて、その胸中は……。

「(不味くも美味くもない普通の味! ネタにもなんねえこの凡庸さwww)」

 アイリーンの後だからこそ、ここまでご満悦になったのだ。

「あ、う……ど、どういたしまして!!」

 立ち上がり、バ! っと背を向ける。
 上手く言葉が出ないのは余り見せない笑顔を見せられて驚いたから。
 顔が赤いのは日差しが強くて暑いから。
 頬がニヤケているのは――――よく分からない。
 麻衣は己にそう言い聞かせながら出口へ向かって歩き出す。

「そ、それじゃまた後でね!」

 麻衣は更に夏が好きになった。
 だって――――良い思い出がまた一つ増えたから。
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