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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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タダより高いものはない。

 四月とは言え朝はまだほんの少し肌寒い。
 もっと温かくなれば良いのに、それでも暑いのは嫌だ。
 そんな都合の良いことを考えながら学校へ向かう紫苑の背には長い包みがあった。

「(まさかガチで貰えるとはなぁ……)」

 そう、それは黒田が使用していた槍だ。

『強請ってみるもんだな』

 冒険者学校では死亡した場合のケアなども充実している。
 普通に葬儀をあげるよりよっぽど安上がりになる学校主催の合同葬などがそうだ。
 あの日紫苑と行動を共にした四人は全員合同葬と言うことになりこの土日で通夜と葬儀が行われた。
 その際紫苑が遺族にお悔やみを告げるついでに槍をオネダリしてみたのだ。
 歯の浮くような綺麗言で飾り立てて……するとあっさり成功した。
 黒田の両親は涙ながらに娘の分まで頑張ってくださいと槍を譲渡したのである。

「(ああ、これで僅かとは言え更に補助魔法が強化された)」

 と言ってもCの下相当と言われた力がBになるわけもなく、精々がCの中くらいには上がったかな? 程度だが。

『つかさぁ、だったらその本もう要らねえんじゃねえか?』

 そう、今でも紫苑は腰に本を備え付けている。
 別に思い入れがあるわけでもなく、ただ単に不安だから。

「(バーカ。槍は確かに媒介としちゃあ上等だろうが嵩張るし、いざとなったら捨てるつもりなんだっつの。
そう言う時、コイツを予備として持っておくんだよ。どぅーゆーあんだーすたん?)」

 もっとも、槍を捨てて逃げるような事態を紫苑が潜り抜けられるとは到底思えないのだが……。
 まあ、当人は見通しが甘く、すぐに楽観に溺れてしまうので気付いていない。
 と言うかコイツは自分に都合の良いことしか考えることが出来ない気の毒な生物なのだろう。

『ふぅん……成るほどねえ。ところでだがよ、何でこんな早い時間に出てんだ?』
「(あん?)」
『いや、お前の見てた時間割ってのでは授業が始まるのは結構後だったろ?』
「(あー……そう言うことか。コイツだよコイツ)」

 背中の槍を軽く小突く。
 どの冒険者もそうだが、常日頃から武器を持ち歩いているわけではない。
 一般市民への配慮なども考えて見えるように武器を所持するのはマナー違反。
 身体の一部――大抵は手の甲などに召喚と送還の術式を刻み武器と同期させて使用するのが一般的だ。

「(何時でも武器を呼び出せるし仕舞える魔法があるんだよ。それをかけてもらいに行くんだ)」

 一般の業者でもやってくれるが学校の施設を利用する方が割安で済む。

「(ん……あれ? こんな時間に何やってんだ?)」

 校門が見える距離にやって来た紫苑は門扉の傍に立つ人影を見つける。
 影は既に彼に気付いているようで軽く手を振っていた。

「おはよう、早いな春風くん」

 人影の正体は担任の薬師寺蔵王――通称ヤクザだった。
 壁には箒が立てかけてある。掃除をしていたのだろうか?

「おはようございます先生。先生こそ早いですね」
「うむ。私は学生時代から校門の掃除が日課だったんだよ」
「? 学生時代って……(つーかその面で掃除とか似合わねえよ)」
「ああ、言ってなかったか。私もここ出身なのだ。当時はやんちゃでな」

 何かをする度に早朝から掃除をさせられた。
 そう言って照れくさそうに笑うヤクザは厳つい見た目に似合わず、何処か愛嬌があった。

「冒険者として活動していた時期もボランティアでやっていてな」
「教師になった今も止められない、と(奇特な野郎だ。俺なら絶対しないがね)」
「ああ。私はこの学び舎で多くを得た……せめてもの恩返しと言うやつだ」

 ふと、ヤクザの視線が紫苑の背にある槍に向く。

「それは?」
「……黒田の遺品です。遺族の方から託され魔法の発動媒体として使うことに決めたんです」
「成るほど、それで今朝は早いのか」

 流石にベテラン、どう言う理由で紫苑が早く来たのかをすぐに察したらしい。

「ええ、早朝ならば始業前に始まると思いまして」
「良い心がけだ。学内の施設を利用する方が安上がりだからな」
「ですよね。貧乏性だとは思いますが、両親が居ない以上はお金を大切にしなきゃいけませんし」
「貧乏性と言う表現は良くないな。倹約は大事だ」

 冒険者と言うのはお金で身持ちを崩す場合も多い。
 大金を手に入れたばかりに調子に乗ってしまい……なんて事例は幾らでもある。
 だからこそ常日頃から気を付けておけと言うことだろう。
 まあ紫苑はそんな高尚な理由ではなく本当にお金を使うのが嫌と言うだけだが。

「成るほど……では、俺はこれで」
「ああ。今日はパーティの発表もある、楽しみにしておくと良い」

 ニヤリ……そんな擬音が聞こえそうな笑みだったが紫苑は気付かなかった。
 平時の注意力が散漫している証拠だ。
 ヤバくならねば頭が働かない辺り、春風紫苑と言う人間は凡人と言えるだろう。

「それじゃこれ、お願いしますね」

 購買で槍と代金を渡すと紫苑はそのまま直で教室へ向かった。
 何をするわけでもないのだが、早く来てしまったからやることが無いのだ。

「――――おや、おはよう春風くん」

 教室には既に先客が居た。
 それも紫苑が関わりたくないと心底から思っている外道天魔だ。
 奴は何時も通りニヤニヤと危険な香りを漂わせる笑みを浮かべていた。

「……外道か。おはよう」
「ふふ、何かつれないなぁ。僕、君に何かしたっけ?」

 存在そのものが害悪だと叫びたいのをグッと抑えて返答を口にする。

「正直、お前とは関わり合いになりたくないんだよ」
「ん? そりゃまたどうしてだい?」

 天魔の瞳に好奇の色が浮かぶ。

「真っ当な人間ならお前みたいなのに近付きたいとは思わない。お前は破滅を呼ぶ」
「――――へえ」
「破滅の渦に他人を巻き込んで自分だけは無事に帰還するような輩だ」
「根拠は?」
「俺の感覚。冒険者たるものそう言う第六感は重視しなきゃな」
「そりゃ御尤も!」
「自覚、してるんだな」
「まあ、それなりにはね」

 苦笑する天魔、彼としても思うところがあるのだろう。

「なら、仲良くなれるかもな」
「おや前言撤回かい?」
「開き直ってる人間ならばどうしようもないけど……そうじゃないみたいだ。なら、何か俺にも出来ることがあるかもな」
「ハハ、良い人だね君って。うん、僕も君と仲良くなりたいな。だから――――」

 教室の端と端に位置していた二人だが、天魔の姿が掻き消え紫苑の眼前に現れる。
 美少女呼んでも差し支えない顔の造形の天魔だが、それが逆に怖い。
 綺麗な花には棘があると言う言葉を体現しているようだ。

「お近付きの印にどうぞ」

 差し出されたのはギガメロンパンと言う菓子パンだった。
 真意を図りかねた紫苑が怪訝そうな顔で天魔に問う。

「……何だこれ?」
「だからお近付きの印。僕にとって糖分は無くてはならない代物、
それを差し出すことで精一杯の友好の証としようかなって。美味しいよギガメロン」

 紫苑は難しい顔をしながらも天魔からメロンパンを受け取る。

『って受け取るのかよ!?』
「(だってくれるって言うから……)」

 貰えるものは病気と不利益を齎すものでなければ何でも貰うのが紫苑のポリシーだ。
 まあ、タダより高いものはないと言う言葉もあるんだがそこら辺は頭に無いらしい。

「それ、一個二万もするんだ。美味しいよ」

 何時の間にか危険な香りを漂わせる笑みは楽しげな笑顔に変わっていた。
 甘いものが好きと言う言葉は嘘ではなかったようだ。
 しかしそれよりも、

「に、二万!? パン一個で……ば、馬鹿じゃないのか!」

 二万と言う値段が紫苑の鉄面皮に皹を入れた。
 金に汚い彼は一個二万もするパンなど買おうとも思わない。
 天魔が渡さなければ一生無縁の代物だったはずだ。

「世界最高の糖度を誇るメロンの果汁を使って一流のパン職人が手ずから焼き上げてるからね」
「……そんなものを何処で買うんだ?」
「ん、ちょっと伝手があってね。その関係さ。ほら、食べてみなよ」

 袋を開けると上品な甘さが鼻を擽る。
 それは朝食を既に食べていた紫苑の空腹を喚起させるほどだ。

「ッ……! う、美味い……こんなメロンパン初めて食べた……」
「だろう? 甘い、すっごく甘いんだけど嫌じゃないでしょ?」
「あ、ああ……甘すぎるほどに甘いのにそれが不快にならない」

 それは不思議な味だった。
 よっぽどの甘党でない限りダダ甘の食べ物を口にすれば一口二口で嫌になるものだ。
 紫苑は甘味が好きでも嫌いでもなく舌は常人のそれ。
 ゆえに甘過ぎるものを好んで食そうとは思えないがこれは別格だった。
 不思議な甘さもさることながら外側のカリカリ部分と中のフワモチっぷりが堪らない。
 一口食べればまた一口、際限なく食べられそうな美味さだ。
 食に金をかけない紫苑の貧乏舌はこのメロンパンに一瞬で篭絡されてしまった。

「はは、気に入ってくれて何よりだよ。この店の他のパンもあるけど一緒にどうだい?」
「……ああ、御相伴に預かろう(ただで美味いもんが食べられるなら他のことには目を瞑るか)」
『食べ物一つであっさり篭絡される辺り、お前って安いよな』

 蛇にすらこう言われてしまう単純さ、もうどうしようもねえ。

「僕的には甘いもの以外は基本どうでも良いんだけど……
その僕ですらこのハムチーズクロワッサンとかは外せない一品なんだよね」

 ニコニコと嬉しそうに語る天魔は歳相応の顔をしている。
 紫苑が感じていた危険さは微塵も感じられない。
 だが逆にこの二面性が怖いのだ。

「では頂こう」

 が、紫苑はそんなことにも気付かずにパンを口に運び続ける。
 二人はそのまま朝食と談笑に流れ込み時間が過ぎていく。
 食べ終わり話題が尽きる頃には既にHRが始まる直前だった。

「ふむ、待たせたかね。まだるっこしい挨拶は抜きにして本題に入ろう。
 諸君らも気にしているパーティメンバーの発表だ。
これより名前を読み上げるので呼ばれた者から順に左端から席を埋めてくれ」

 教室にやって来たヤクザはいきなりそう切り出した。

「集まったら机を動かし話し合いが出来る体勢にしてくれたまえ。では発表する」

 紫苑の喉がごくりと音を立てる。
 パンの恩はあれども天魔とだけは一緒になりたくない、心の中で祈りを捧げるが……

「ルドルフ・フォン・ジンネマン、醍醐栞、桝谷麻衣、春風紫苑――――」
「(気障パッキンと呪いの日本人形と一緒かよ……でも、これなら大丈夫そ――――)」
「外道天魔! 以上五名。さっさと席を動け」
「(ンキャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!)」

 そらそうだ、あんだけフラグ立てといて成立しないわけがない。
 紫苑は鉄面皮を崩さぬまま内心で絶叫をあげるが、当然の結果である。

「フッ……卿と一緒になれたな。よろしく頼むぞ友よ」
「……ああ、よろしく(最悪だ……暗黒の一年が始まる……)」
「ふふ、御一緒出来て嬉しく思いますよ」

 ルドルフと栞が楽しそうに笑っているが紫苑はそれどころではない。

「ありゃ、そっちはもう何か仲良い感じやね。うちと外道くんだけ?」

 ボブカットでくりくりとした目がチャーミングな少女が小首を傾げるが、

「いや、僕もルドルフくんと醍醐さんはよく知らないけど春風くんとは仲良しだよ」
「(仲良くなった覚えは無い! 誰一人としてな!)」

 紫苑は別に誰とも仲良くなった覚えは無い。心の溝は開きまくりである。

『食い物貰ってたじゃん』
「(それはそれ、これはこれ)」
『仲良くなれるかもとも言ってたし』
「(建前に決まってるだろあんなもん!)」

 紫苑の口から吐き出されるのは総て虚言である。

「ふむ、とりあえずどうだ? ここは一度、改めて自己紹介するべきではないか?」

 まだヤクザの呼びかけは続いているが、少なくともこのパーティの面子にはもう関係のないことだ。
 ルドルフが提案は別段おかしなものでもなく、全員が賛同を示す。
 まあ、紫苑だけは周りに合わせただけで内心ではまだ愚痴愚痴文句を垂れているのだが。

「でも目標やらは聞いてるし、自分のポジションだけで良いんじゃないかな?」
「そうですね。では、私醍醐栞は前衛を務めさせて頂きます」
「同じく私も前衛だ」
「僕も前衛だね。となると桝谷さんと春風くんが後衛。中には誰も居ないけど問題はなさそうだ」

 これはこれでオーソドックスなパターンだ。
 それにルドルフと栞は中にも入れるのでバランスは悪くない。

「そやね。うちは回復系の魔法使わせてもらってるから春風くんとは被らへんわ」
「……まあ、先生方が組み分けたんだから当然だな。俺としては被ってたら立場が無かったよ」
「あはは、謙虚やねえ。"靴紐の紫苑"の本領はそこやないやろに」

 飛び出した聞き慣れぬ言葉に噴出しそうになる。

「(な、何だそれは……あ、あれか? 自己紹介のあれか……?)」

 恥ずかしい二つ名を得た紫苑は更に欝を加速させる、アクセルベタ踏みだ。

「よし、全員所定の位置に着いたな。ならばまず最初に言っておこう、今日の時間割に書いてあった授業は総て破棄する」

 ヤクザの言葉に教室がざわつく。

「その代わりとして六組のパーティ同士で戦ってもらう。組み合わせは昼前に発表だ」

 質問をする暇もなく、畳かけるように言葉が連ねられていく。

「それまでの間、諸君らは好きに話し合え。尚、質問等は一切受け付けん。以上だ」

 で、言うだけ言ってヤクザは教室を出て行った。

「ふぅむ……これはいきなりぶっつけ本番で潜るのではなく、
人間同士の手合わせでパーティの動きを確かめ、
尚且つクラスメイトの実力を肌に感じることで切磋琢磨を狙ったと言ったところか?」

 ルドルフの言葉に栞と麻衣が頷く。
 紫苑が頷かなかったのは単純にそんな意図があるとは思わなかったからだ。
 そして天魔は……何か別の考えがあるのだろう。

「となると勿論、やるからには負けるつもりもありませんが……
それでも優先すべきは連携と、そして他のパーティの実力を確かめることですね」

 それならば多少は気楽かな? そう思いはするが、紫苑はどっちでも良かった。
 自分は後ろで見ているだけ、痛い思いをするのは前衛三人だけだから。

「せやね。あ、そやそや。先に言うとくとうちの回復魔法は
心臓ぶち抜かれても一分以内やったら完全再生出来るくらいのもんやねんけど……」
「ほう、それは凄いな」
「前提として触れなきゃいけないってことを頭に置いといて欲しい」
「成るほど、それは確かに短所ですが……まあ今回はそんな事態もないでしょう」
「だろうな。相手も本気でかかって来るだろうが寸止めだろうし私もそのつもりだからな」

 良い具合に話が弾んでいく。
 教室には他のパーティも居るのだが、お構いなしだ。
 どのパーティも深く考えることもなく話し合いをしている。
 とは言っても流石に具体的にどう戦うかなどは話していないが。

「(こいつ等に任せといてテキトーにやれば大丈夫かな?)すまない、少しキジ撃ちに行って来る」

 何で上品に言った?

「何だ、狩りが趣味なのか?」

「ルドルフさん、キジ撃ちとは厠――トイレに行くことの隠語ですよ」
「そう言うても外人さんには分かり難い話やろけどな」
「おお……何とも不思議な言い回しをするな。そうか、行って来ると良い」

 ルドルフらに頬をひくつかせながら紫苑は教室を出て行った。

「しかし、初日からこう言うことをするとは楽で良いな。座学などよりよっぽど良い」

 再び談笑を開始した面々に呆れた視線を送っている天魔。

「――――ハ、本当におめでたい連中だね。春風くんが出てくのも分かる気がするよ」
「……何だと?」

 嘲りを多分に含んだ天魔の言葉に他の面子の顔が険しくなる。
 もっとも、当人は何処吹く風だが。

「意図を理解しているのは多分、僕と春風くんと……彼女、かな?」

 天魔が目線を送ったのは教室の端で目を閉じて微動だにしないアイリーンだった。

「どう言う、ことでしょうか?」
「別に。気付いていないならそれでも良いさ」
「ちょい待ち。どこ行くん?」

 いきなり席を立った天魔。

「春風くんとこ。少し話をして来るよ」

 そう言い捨てて天魔は教室を出て行く。
 後ろで何か言いたげにしていたルドルフらのことなど眼中に無かった。

「……」

 トイレの前に辿り着いた天魔は壁に背を預け紫苑を待つ。
 ニタニタと危険漂う笑みを浮かべたまま……

「――――ん、どうしたんだ外道?(何でトイレの前にいるんだこいつ? 気持ち悪ぅ)」

 トイレから出て来た紫苑が待ち構えていた天魔を見て目を白黒させる。

「僕らのパーティで勝つ気があるのは君と僕だけだ。どうする? 何か策とかあるのかい?」
「(は? 何言ってんだコイツ……テキトーにやろうって空気だったじゃねえか)」

 いきなり空気読めないことを言い出した天魔を見て顔に険が寄るのも無理からぬことだろう。

「何か、あるみたいだね?」

 渋面をどう勘違いしたのか天魔は紫苑に策があると見たようだ。
 いや、マジでコイツ何も考えてないよ。

「(んと空気読めないこのガキャ……良いじゃんテキトーにやればよぉ)まあ、あるにはある」

 苛立ちを覚えた紫苑はとても仲間に提示するようなものではない策を口にする。

「お前、両腕捨てられるか?」
「――――へえ!」

 喜色満面、その言葉を体現したような天魔の顔を見ていると頭がクラクラしそうだ。
 紫苑はぐっと眩暈を堪えて言葉を続けていく。

「三人抑えろ、お前一人で。他の前衛二人は隙を作るまで待機させる。
具体的な案としてはお前が敵の前衛三人、あるいは前中合わせて三人を相手取れ。
大方寸止めで済ませるつもりだろう。だがそこで裏を掻く。
三人のうち二人を致命の一撃が放てるように誘導し、それを腕一本ずつを犠牲にして止めろ。
"こんな試合でやるわけがない"その思考の間隙を突くんだよ」

 そうして作った一瞬の隙を待機している二人に突かせて無力化させる。
 紫苑の策は確かに有効かもしれないが、それでもこんな機会に使うものではない。

「隙を作った後は外道、ルドルフ、栞の三人で各個撃破、求められるのは迅速さだ」

 やるはずがない、やる意味が無い。
 やれるもんならやってみろと言う嘲りを含んだ策だったのだが……

「――――さっすが。それで寝惚けた連中の目も覚めて次の展開に繋がるわけだ」

 天魔は頬を上気させて紫苑の策に頷いた。
 林檎のように赤いほっぺたを見ていると無性に指で突付きたくなるのは何故だろうか?

「僕ね、君と同じパーティになれてホントに良かったよ。だって――――」

 何かを言いかけるよりも先に紫苑の腹が盛大な音を立てた。

「あれ? 僕、気を遣わせちゃったかな? ご、ごめんね? ゆっくりして来て良いから」
「? お、おう……(何を言っているんだコイツ?)」
「他の人らには僕から説明しておくから。それじゃ、お大事に!」

 意味の分からないことを言って天魔は去って行った。
 紫苑は一瞬怪訝な顔をするもすぐに腹痛を思い出しトイレへリターンする。

「……昨日の夜ご飯、あの鶏肉がマズかったか……!」
『お前すんげえ顔してるぞ』

 結局、その後も二時間ほど篭り続け、結局出て来たのは十一時前だった。
 既に組み合わせは発表されておりこれから戦いの時間が始まる。

「(うぅむ……何とか腹具合が戻ったか)」

 紫苑は購買で槍を受け取り嫌々グラウンドに出ると他の面子は既に準備万端だった。

「やあ春風くん、手筈通り行こうか。と言っても君の役目は既に終わってるわけだけど」

 天魔の言葉にテキトーに応対しつつ相手パーティに目をやると如何にもな感じだった。
 前衛三人、後衛二人のオーソドックスパーティ。
 前衛は徒手、長剣、短剣とこれまた王道の装備。

「それでは春風班、梶原班、前へ!!」

 ヤクザの号令で二パーティがフィールドに躍り出る。

「そんじゃまあ打ち合わせ通り君らは隙が出来るまで動かないでね」

 すたすたと一人だけ前に出て行く天魔を見てぎょっとする紫苑。
 まさか本当にアレをやるつもりなのか?

「……外道、小細工は要るか?(マジかよ……や、やべえぞコイツ。もしああなったら俺のせい?)」
「おや、案外心配性? でも嬉しいな。お願いするよ」

 流石にビビってきた紫苑はすぐさま補助魔法を唱える。
 かける対象は勿論――――天魔ではない。

「成るほど、そう言う手筈ね。効果的なタイミングで頼むよ」

 天魔はすぐさま紫苑の意図を察知し振り返ることなく強く大地を蹴った。
 グラウンドの中央で天魔VS相手前衛三人の戦いが始まる。

「……紫苑、卿に問いたい。外道は何をするつもりなのだ?」
「(は? 説明してないの? いや、されてたらされてたで困るけど!)……見ていれば分かる」

 流石に馬鹿正直に言って評価が下がることは避けたかった。
 しかしこのまま行けばその時は来てしまい、案を立てた自分の評価が下がる。
 憂鬱な気分で戦場を見つめる紫苑だが表情はあくまで何時も通りのすまし顔。
 鉄面皮も極まったものだ。

「よお! テメェら一体どう言うつもりだ!?」
「はは、馬鹿正直に言うわけないじゃん。ほら、それより楽しもうじゃないの」

 頭上を薙ぎ払った長剣を屈んで回避し、短剣使いの足元を払う。
 しかし攻めに入ったことで生まれた隙を徒手の男は見逃さなかった。
 頭上から落ちて来る拳は当たれば鉄板にも穴を穿つだろう。
 天魔は転がるように回避しすぐさま体勢を整える。

「一対三、ですが、動いていないこちらへの警戒もある。
ですからどうにか渡り合えていますがここからどうやって状況を覆すのでしょう?」

 戦況を見守っていた栞の呟きに答えられるのは戦っている当人しか居ないだろう。

「! 今だな」

 徒手の男の踵落としがグラウンドを砕く。
 砂塵が巻き上がり轟音が響き渡ったのを見て紫苑は補助魔法を唱える。

「うお!? な、何だコイツ急に動きが良くなりやがった! 三味線弾いてやがったのか!?」

 短剣使いを含む三人が驚き、僅かにペースが乱れる。
 これこそが紫苑の策と言うより小細工だった。
 最初に天魔は既に補助魔法をかけられていると言う刷り込みをさせ、その動きがマックスであると錯覚させたのだ。
 そして三人の意識が天魔に完全に向いている時を見計らい、今度こそ本当に補助魔法をかける。
 それによりペースを乱すのが目的だ。

「いや違うね、補助魔法だよ! そうか……最初のアレはペテンなんだね!!」

 使ったフリ――――と言うのは出来ない。
 何せ魔法を使えば魔力反応が出てしまうから。
 だからこそ紫苑は自身に向けて補助魔法を使用したのだ。

「(やっぱり駄目だったー!!)」

 僅かにペースを乱されたがそれでもすぐに復帰されてしまう。
 勝機を手繰り寄せるほどのものではなかった。

「これで終わりだぁ!!」

 天魔の右側から首へ向けて長剣の刃が、真正面からは心臓へ向け短剣の刃が向かっていた。
 勿論敵に殺す気はない、寸止めするつもりだ。
 しかしどちらにしても勝負は終わる――――はずだった。

「――――それを待ってたんだよ、僕と春風くんはね」

 左手を自ら短剣の刃に貫かせそのまま横へ振り抜き左手ごと吹き飛ばす。
 右手を刃と首の間に置くクッションとし、僅かなタイムロスを誘発。
 噴出す鮮血、宙を舞う両手。

「ハァッ!!」

 左手は手首から先を喪失し、右手は肘から先を喪失した。
 それでも構わず天魔は動く。
 腕を捨てると言う異常事態で身体が硬直している三人のうちの一人、短剣使いの顔面に渾身の回し蹴りを叩きつける。

「正気か!?」

 動揺を隠し切れないまま兎に角天魔を止めようとする残り二人だったが、

「……一体、何だと言うのだ!!」
「後で事情を聞かねばなりませんね!」

 既に飛び出していたルドルフと栞により平時の能力を失っていた二人はあっさりと倒される。
 これで後衛しか残っておらず自然と紫苑らに軍配が上がったが、
この戦いを見ていた他のクラスメイト達は皆動揺を隠せないようであちこちでざわめきが上がっていた。

「ふぅ……じゃあ改めて言おうか。君らさぁ――――バッカじゃねえの!?」

 天魔はグラウンドの中央に行き大声で叫ぶ。
 それはクラスメイト達に向けての言葉だった。

「本番の前に人間同士の手合わせでパーティの動きを確かめるぅ?
クラスメイトの実力を肌に感じることで切磋琢磨を狙う? どんだけおめでたい頭してんのさぁ!!
僕ら冒険者は常に勝ち続けなきゃいけないだろうが!」

 人の常識が通じぬ場所に潜り、人知を超える怪物の前に身を晒す。
 そんな冒険者に求められるのは勝利のみ。
 それはただ敵を倒す、ダンジョンを踏破するだけに留まらない。
 敵は倒せたら倒す、ダンジョンは踏破出来るなら踏破する。
 無理なら逃げ帰って生き延びる――――それが冒険者に求められる勝利だ。
 そのためならば何でもしなければいけない。

「ヤクザ先生は僕らに"戦え"と言った。僕ら冒険者の戦いは何だ!?」

 天魔の大喝破にクラスメイトらの顔に恥じらいが浮かんでいく。

「本気になれよ! まずそれが冒険者に一番必要な資質だよね?
手合わせ、寸止め、なまっちょろいことやってんじゃねえよ。
大体連携を確かめるだとか、いざ実際の現場へ行った時に必ずしも出来るわけじゃないだろ」

 不足の事態でも全力で勝ちを狙いに行く姿勢をこそ試されていたのだ。

「ほら、これで目は覚めたかい? 今回の戦いは僕と春風くんからの目覚まし時計代わりだ」

 寝惚けた戦いを繰り広げてくれるなよと天魔は哂う。
 表面上は冒険者としての心構えを説いている出来た生徒に見えるが内情は違う。
 天魔は基本的に享楽主義者だ。
 こうやって発破をかけることで同窓生のエンジンに火を入れていざ戦う時に完全に実力が発揮出来るようにしたいだけ。
 そうじゃなきゃ愉しめないから。

「僕らAクラスの面々は仮にも今の状態でも一人前に相当すると目されてんだ。期待外れは勘弁だよ」

 静まり返ったグラウンド。
 天魔は他人の反応など気にせず、言いたいことは言い終わったとばかりに紫苑らの下へ戻って来る。

「……腕、今なら繋げるんじゃないか?(ヤバイヤバイ、何だコイツ……! 危ねえよ!」

 ドン引きしてはいるが流石にあの馬鹿な策を実行するとは思っていなかった。
 ゆえに紫苑は罪悪感から心配の言葉を口にしてみる。

「いや、別に構わないよ」

 と言うか何でルドルフも栞も麻衣も黙って俯いてるんだ!?
 何か言えよ! と思いながらも紫苑はペラを回す。

「しかしそうは言っても――――」
「だってさ、これは証だもん」

 両手の切断面を愛おしげに眺めるその姿に怖気が走る。

「証?」

 まるで意味が分からない。

「そう――――僕と春風くんの共同作業の証♪」

 蕩けるほどに魅力的な天魔の笑みが直撃した紫苑は吐き気を催してしまった。
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