挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

38/204

梅香の姉妹 参

「ん、ぐ……(あれ……は、腹が痛いぞ……)」

 腹部に感じる鈍痛で目を覚ます。
 眠っていた影響か、頭がぼんやりとしていて上手く働かない。
 状況を把握しようと目を凝らすが、この場所には見覚えが無い。何処かの小屋の中だろうか?

『目が醒めたか!?』
「(カス、蛇……?)」

 と、そこでようやく自分の身に何が起こったかを思い出す。
 あの料亭にいきなり現れた醍醐紗織とか言う裏切り者。
 奴が自分の腹に拳を叩き込んで気絶させたのだ!
 沸々と怒りを滾らせ始めるが……だからと言って何が出来るわけでもない。
 所詮紫苑には紗織をどうこう出来るなど無いのだから。
 と言うかそんなものがあればそもそもこんな場所には居ない。

「(クソぅ……俺マジで何も悪いことしてねえのに何でこんなことなってんだ!?
ガチで意味が分からねえ。ちょっと不幸の集中射撃が酷過ぎねえか?
俺はただ、俺より劣るちょっと可愛い彼女と結ばれて、
ほどほどに見下しつつ優越感に浸りながら幸せになりたかっただけなのに!
そんな些細な祈りすら叶わないどころか、
こうして他所ん家の事情に巻き込まれて命の危機に晒されている。
ちょっと世界が無情過ぎやしないか? この世にゃ神も仏も居ないのか!)」

 神仏が居てもお前のような奴を救おうとはしないだろうよ。
 それに"天は自ら助くる者を助く"とも言う。
 紫苑は自分のためだけに頑張ってはいるが、それを努力とは言いたくない。

『寝起きでもお前はお前で安心したぜ。それより、腕は大丈夫なのか?』
「(あ? これ? ちょっと予想外だったが平気だよ。今は血も止ってるしな)」
『けどよぉ……俺様的にちょっと意外なんだがな』
「(何がよ?)」
『いや、腕斬られたってのにそこまで愚痴愚痴言ってねえじゃん?』

 今、左腕の切断面には包帯が巻かれている。
 恐らくは紗織が処置したのだろう。料亭でも止血をしてくれたところを見るに間違い無い。

「(ああ、そう言うことか。お前は本当にカス蛇だなぁ……)」

 そう言う君は本当に紫苑だなぁ。
 この時点で既にロクなことを考えていないのが予想出来る。
 否、予想を超えた確信だ。春風紫苑は間違いなくロクでもないことを考えている。

「(良いかよく聞けよ? あの日本人形(呪)は錯乱して俺の腕を斬った。
けどな、錯乱ってのはずっと続くもんじゃない。酔いみたいなもんだ、絶対素面になる。
ついでに言うなら奴は"正しさ"について強い執着を見せている節がある。
となるとどうだ? 助けに来た相手の好意を振り払うどころか、腕まで斬ってしまった。
そいつは果たして正しいことと言えるのだろうか? 否、否否否。
罪 悪 感 に 苛 ま れ る こ と 間 違 い な し だ !
この腕を見る度に奴は申し訳なさそうな顔をするだろうよ。
その顔も見たいし、罪悪感を植えつけておくと後々便利でもある。アイツ金持ちだからな。
何かと便宜を図って貰い易くなるだろうて。
ま、今までもそこそこアイツの家利用してたがこれからはもっとやり易くなる)」

 ほら、やっぱりロクデナシだ。
 ただ一つ誤算があるとすれば、今頃栞がぶっ壊れていると言うことだけ。
 罪悪感を覚える心はあれども、今の彼女ではどう働くか分からない。
 そこら辺を知らない紫苑の楽観は見ていて滑稽だ。

「(加えて自分が火元の姉妹喧嘩に巻き込んだ負い目もあるからな。
俺の予想以上に罪悪感を抱いていてもおかしくはない。
度合いによっちゃあ、ダンジョンとかで絶命必至の攻撃から俺を庇うかも~♪)」

 そうなると栞は死んでいけ好かない人間が一人減るし、
尚且つ命も助かる――――紫苑にとって良いこと尽くめだ。
 まあ、そう上手く行くほど世の中は甘くないのだが。

『でも、隻腕って不便じゃねえか?』
「(ん? ああ……その気になれば繋げられるよ。天魔のアホを思い出しな。
アイツは左手に刺さった剣を振り払うように雑に腕を引き千切ったが、
あんな状態でもすぐ処置すりゃ腕は繋げたんだ。
右腕は割かし綺麗な状態だったから一日二日放置しても繋げただろうよ。
俺の斬られ方思い出してみな。実に綺麗な斬られ方だっただろ?
あの状態ならば斬れた方の腕が死なない限りは確実にくっつく)」

 もっとも、斬られた方の腕に確かな処置をしていればと言う但し書きはつくが。

「(そん時は"俺の浅慮を忘れないために、栞を傷つけてしまったことを忘れないために"
とか言って縫合の傷をわざと残すつもりだったが……ま、今の状況ではどうかな?)」

 料亭に置いて来た腕のことなど忘れられているかもしれない。
 下手をすればカラス辺りに喰われている可能性もある。
 ゆえに、紫苑は右腕の復活にそこまでの期待はしていない。

『おい、じゃあやっぱ大丈夫じゃねえじゃん!』
「(阿呆、そん時はそん時で義肢買えば良いだろ義肢――――日本人形(呪)の金で。
天魔のアホは戦闘用だからそこまでの繊細さは無いが、
日常生活を送る分には本物と遜色ない義肢を作ることも出来るんだよ)」

 まあその分値が張るので、自分の金では絶対に購入する気は無いが。

「(何なら、自分の不注意で隻腕になったのを理由に冒険者辞めても良いかな~♪)」

 明るい未来予想図を描く紫苑だが、そうは問屋が卸さない。
 完全にぶっ壊れた状態の栞がそうさせてくれるわけがない。
 知らないと言うのは本当に幸せなことだ。

『ご機嫌なとこ悪いけどよ、お前今の状況分かってるか?』
「(あん?)」
『お前もさっき言ってただろ。命の危機に晒されてるってよ』
「(ああ、それか……いや、頭も冴えて来て改めて考えたんだがな……)」

 馬鹿な妄言を撒き散らしたことで紫苑の頭は完全に復活していた。
 寝起きスッキリ息爽やかとはこのことだ。

『何だよ、勿体つけんじゃねえって』
「(醍醐紗織――――アイツ、俺を殺す気あんのかな?)」
『あの栞とか言う女にとっての人質だぞお前?』
「(まあ、確かに俺を人質にして栞の四肢をもいだ上で、
動けないアイツに俺が死ぬ様を見せ付けるとかってのは効果的だろうよ)」

 そんなダークな方法が思い浮かなんてドン引きだよ。
 カス蛇の言葉にほぼノータイムで返したと言うのが恐ろしい。
 だって、深く考える必要もなく人の心を傷つける術が思い浮かぶのだから。

『じゃあやっぱり……!』
「(逸るなよ。黒姫百合としての顔、醍醐紗織としての顔。どちらが本物か)」
『そりゃ後者だろうよ』
「(そうかな? あれは見たところ特別演技が上手いってわけじゃねえ)」

 その割にはコロっと騙されていたような気がしないでもない。

「(今思い返すと、木花之佐久夜毘売と石長比売姫の話とかでさ。
黒姫百合じゃない顔が出ていた気がするんだな、これが。
演技を続けるなら地続きじゃなきゃいけねえ。途中でおかしな起伏があったら駄目なのさ。
さて考えてみろ、復讐に心血を注ぐならそれ以外のことなんてどうでも良いだろ?
それだけに集中するはずだ。心揺らされ演技にボロが出るってことはどう言うことだ?
よっぽどのこと――――つまりは疵があるってことじゃねえのか?)」

 そこに付け入る隙があると言うのが紫苑の見立てだった。
 底意地の悪い笑みを張り付けたその顔は、醜悪極まりない。

「(栞は確実にここに来て、姉貴と戦うだろう。
不本意極まりないが俺はサポートするつもりだ。
そのために知らなきゃいけねえ――――醍醐紗織の疵をな。
生きて帰るための仕事で、尚且つ他人の心的外傷も知れて愉快になれる……最高だな!)」

 最低だよお前。
 しかし、最低ではあるが方針自体は間違ってない。
 常に調子にライドオンしてる紫苑だが、増長が若干顔を隠せば正常に頭も回るのだ。

『ふーん……なら良いけどさ』
「(ナッハッハッハ! 流石俺、今孔明と呼んでくれ!!)」

 とは言え、今回に限っては栞と言う不確定要素もあるわけだが。
 ちなみに、軍師ならば不足の状況を織り込み済みで策を立てるだろう。
 だが紫苑はそれをしない。増長が顔を隠したとは言え完全に引っ込んだわけではないのだ。
 慢心しているがゆえに自分の考え通りにことが運ぶと疑っていないのだ。
 まあ、躊躇いなく自分にオールベット出来るのはある意味では幸せかもしれない。

「(だがまあ、そのためにはまず紗織と会話をしなきゃいけないがな)」

 現在、紫苑に拘束の類はかけられていない。
 逃げ出しても捕らえられるだけのスペックが向こうにはあるからだ。
 ならば外に出てしまえば良い。
 逃げると誤認した紗織が向かって来るも良し、
向かって来ないならそのまま逃げれば良しと、どっちに転んでも損は無いのだ。

「(と言うわけでここを出るぞ)」
『了解』

 そうして一人と一匹は小屋を出て……。

「――――あら、起きたんですね」

 すぐに紗織の姿を発見する。外の風景を見るに、どうやらここは山中らしい。

「(俺、山に拉致られてばっかだなぁ……)季節外れ、だな」
「ああ、あれですか?」

 あれ、と言うのは梅の花だ。
 白梅と紅梅の花が咲き乱れているが、今は梅の季節ではない。

「ダンジョン由来の薬剤を使って場を整えたんですよ」
「……この場所は思い出の場所だったりするのか?」
「ええ。ここは奈良の山中にある私有地でしてね。幼い頃、よく二人で来たのです」

 ニヤニヤと狂気が入り混じった笑みを浮かべている紗織。
 彼女にとっては満願成就の夜だ。嬉しくて嬉しくてしょうがないのだろう。

「だと言うのに、実の姉を殺そうとするんですよ? 酷いと思いません?」

 ここには居ない栞に向けて嘲笑を浴びせるその姿に、

「(うーん……才あれども性根がひん曲がった美人は悪くないかも。
とは言えコイツ普通に殺人鬼だからな。観賞以外の用途には使えん)」

 紫苑は冷静な評価を下していた。しかもかなり下衆い感じの。

「俺は栞を仲間だと思っている」

 思ってません。

「けど、醍醐紗織と言う女を敵には見れずに居る」

 バリバリ敵視してます。

「黒姫百合は、存在していませんわ」
「そうだな……諦めの悪い馬鹿の戯言だと思ってくれても良い。
それでも俺は、お前と過した時間の総てを嘘だと思いたくないんだ」

 だから知らねばならない、紫苑は真っ直ぐ紗織と向かい合う。

「俺は、知らなければいけない。醍醐栞と醍醐紗織に絡み付く因果を」

 綺麗な言葉で情報収集の足掛かりを形成。
 それが功を成した――と言うわけはなく、普通に紗織は話すつもりだった。
 栞と言う存在を徹底的に貶めるために。

「ふふ、本当に御人好しですね。自分を攫った相手にまで……まあ、良いでしょう」

 とは言え、紗織自身に紫苑の誠実(嘘)が届かなかったわけではない。
 少しばかりの哀切が垣間見えたのは、感じ入る何かがあったからだ。

「ですが、大筋は料亭で話した通りですわ」
「そこに至る理由を俺は聞いていない」
「ならば、時間はまだありますし……お話しましょうか」

 そうして紗織は語りだす、六年前の悲劇を。
 それは栞が天魔らに語ったことと同じことだった。
 糸で人形を編んで殺し合わせると言う演出も同じ、やはり姉妹と言うことだろう。

「(これは……)」

 悲劇を語る彼女の顔には極大の怨嗟が混じっていた。
 しかし、それは親を殺された上に自分も殺されかけたことだけではないように見えた。
 紫苑はじっくりとその顔を観察する。

「(嫉妬、だな。それに……)」
「……とまあ、これが総てですわ。分かったでしょう? あの子の愚かさが。
正しさのためならば親も姉も手にかけて、平然と生きている。
偽善で塗り固められた醜悪な女……外面を取り繕おうとも中身の腐敗臭は隠せない」

 紫苑のことディスってんじゃねえよ。
 と言うのはともかくとして、
この話を聞いていて紫苑は天魔らが看破し得なかった事実に辿り着く。

「(やっぱりだ――――コ イ ツ は 嘘 を 吐 い て い る)」
『嘘って何だよ?』
「(嘘と言うか……意図的に伏せていることがあるんだよ)」

 一見整合性が取れているようだが、その実おかしなことも見える。
 気付けたのは他人が抱えるネガティブな感情に聡い紫苑だからこそだろう。

「なあ紗織」
「はい、何でしょう?」
「おかしいと思わないか? 俺はどーーーーにも腑に落ちないことがあるんだ」

 そして、それこそが紗織のウィークポイントだと紫苑は確信した。

「腑に落ちないこと、とは?」
「まず第一に、何故栞は親が後ろ暗いことをしていると気付けたんだろうな」

 普通に考えて子供にバレるような杜撰さで悪事が出来るだろうか?

「……才覚無き人間が巨大な富を築くには、悪事に手を染めるしかない。
言っては何ですが、両親は凡庸な人間でしたからね。バレても不思議ではありませんわ」
「(アホかコイツwww俺の真実を見抜く目を舐めるんじゃねーよ)」

 その割には見通しが甘いような気がするんですが。

「才覚が無い人間なら尚更さ。悪事の露呈を何よりも恐れるはずだ。
加えて言うなら紗織の親御さんは……頭だ。実際に悪事をする手足では無い。
巨大な富を築くような悪事を二人でこなせるわけがない。
多分、倉橋さん辺りも知っていたはずだ。優秀な部下が何人も居たはずだ。
そして、親御さんも凡庸とは言うが……どうだろうな?」

 紫苑は納得出来ない。
"才覚無き人間が巨大な富を築くには、悪事に手を染めるしかない"と言う紗織の言葉が。
 小金を稼ぐならまだ分かる。
 しかし、巨大な富と言うからには、何人も人が死ぬような悪事と言うからには――――才が要る。
 善事であろうが悪事であろうが大きなことを仕出かすならば相応の能力が必須。

「莫大な金を生み出す悪事を主導するんなら才は必須だろうて。
だから断言する――――子供にバレるような下手は打たない」
「しかし、現実問題あの子は知りましたよ? それはどう言うことでしょうか?」
「幼少の頃より優秀だったと言うのもあるだろうが……」
「が?」
「栞 に リ ー ク し た 人 間 が 居 た ん だ ろ う よ」

 ほんの僅かだが紗織の表情筋が強張ったのを紫苑は見逃さなかった。
 しかしまだ駄目だ、まだ詰みに持って行くには早い。
 真綿で首を絞めるようにじっくりとじっくりと追い詰めねばならないのだ。
 そう、それはさながら蛇のように……。

「勿論、単純に情報を渡しただけじゃない。
アイツ自身が自分で気付いたと錯覚するように……巧妙に断片だけをばら撒いた。
真実へ至るための断片を、な。一つ一つは大したものじゃないし全容も見えない。
あくまでピースを総て揃えて、正しい形に配置しなきゃ絵は見えないんだ」

 栞はピースを集めてパズルを完成させた当事者だからこそ気付けない。
 誰かの繰り糸でパズルが出来上がったことに……。

「それは、一体誰が?」
「その話に移る前にもう一つ。俺なりに醍醐の家について考えてみたんだ
(やべえwww俺カッケーwwwコースケにもホームズにも負けてねえ! 探偵やろうかな?)」

 探偵と言うのは浮気調査やらが主な仕事。
 他人の下世話な事情を知ってニヤニヤするコイツにはピッタリかもしれない。
 詐欺師、ホスト、役者、そこに探偵まで加わった。
 これで将来の就職先には困ることはない。

「醍醐ってのは貴族か公家の流れを汲んでいる名家なんじゃないのか?」
「はい、お詳しいですね。栞に聞いたので?」

 あくまで平然としている紗織だが、紫苑はその皮を完全に剥がす気だ。

「いや……醍醐って苗字の由来から推察しただけさ」

 五摂家一条家の人間が霊元天皇の詔により醍醐家を興した。
 九代目忠順は明治維新に貢献し、初代大阪府知事となったらしく、
栞の家は大阪だし一条の流れを汲む醍醐家である可能性が高い。
 直接の系譜ではなくとも何らかの関わりがあってもおかしくはないだろう。

「読書家だけあって博識ですね。図書室でも、色々なことを教えてもらいましたし」

 偽りの日々、けれども価値が無かったわけではない。
 紗織の瞳に浮かぶ哀愁は戻れない日々への後悔を想起させる。

「無駄知識さ(ふぅ……褒められるとやっぱり気持ち良いな)」

 もっとも、コイツは紗織の後悔なんて微塵も感じていないわけだが。

「さて、話を戻そうか。そう言う家ってのは宗家、分家ってのがあってもおかしくない。
ちとズレるが……呼び名としてはあれが良い。
表千家と裏千家に肖ってこう呼ぼう――――醍醐の家にも表裏があったのでは?」

 その表裏こそが六年前の悲劇を巻き起こしたと紫苑は推測している。
 まあ、当事者や大多数の人間にとっては悲劇でも、コイツにとっては喜劇でしかないが。
 他人の薄汚い部分を見ているだけで悦に浸れる性癖ゆえに、
醍醐の悲劇を喜劇と感じてしまうのだが……吐き気を催す邪悪とはコイツのことだ。

「……」

 ここに来て、ようやく紗織の化粧が剥がれ落ちた。
 完全に看破されていると思い知ったのだ。

「(図星だな)栞と紗織の両親の代ではどうなっていたか……
こりゃ推測だから間違ってるかもしれないが、夫婦分業制だったんじゃないかな?
夫が表の醍醐を仕切り、妻が裏の醍醐を仕切る。親父さんが婿養子なら逆かもだが。
ま、とにかく二人で表裏の醍醐を支えていたと思うんだ」

 回れ回れ俺の舌! 紗織の疵を抉るのだ! 今の紫苑は絶好調だった。
 温まったエンジンが勢いよく回転して、醍醐紗織の疵にめり込んで行く。

「表を継ぐ者ならば、小さい頃からの教育も必要だがそこまで厳しくは無いだろう。
本格的な業務に携わるのは相応の年齢になってからでも大丈夫だ。
しかし、裏はどうだろうな? 相応の年齢なんて言ってられない。
悪事が巨大であればあるほど、早期に関わるべきではなかろうか?
それこそ物心ついた段階から軽く仕事に関わらせていたって不思議じゃない」

 強く弦を引き絞り、

「醍醐紗織、お前は――――裏の醍醐の継承者だったんじゃないか?」

 心臓を射抜く矢を放つ。

「(ファーwww決まったったwww完全に決まった。
これはヤバイ、俺史上で一位か二位に入るカッコ良さだわ。すげえな俺!)」

 台無しだよ。
 その内心が無ければホームズやコースケとは言えなくても、そこそこ良かったのに……。

「わ、私は……」

 気の毒ならくらいに震え出した紗織、
真実を射抜いたことで流れ出した血の冷たさとおぞましさが彼女を苛んでいた。

「膿は完全に出さないと何時までも痛いままだ――――我慢してもらうぞ」

 右手を紗織の頬にそっとあてがい、優しく語り掛ける紫苑。
 これは落ち着かせるためではなく彼女の怯えを手で感じたかっただけだ。

「死人を悪く言うのは嫌だが……悪いのは、お前の親御さんだ」

 熱い死体蹴りが大好きな奴が言う台詞じゃない。

「子供に薄汚いもの見せて、やらせて、何を考えているんだ。
苦しいに決まってる……悲しいに決まってる、助けて欲しいと願ってしまう。
そりゃそうだ、お前と栞は姉妹なんだ。
アイツに正義感があって、どうしてお前に無いと言い切れる?
良心の呵責で夜も眠れなかったんだろう。九歳、十歳の子供に背負いきれる荷じゃない」

 紫苑の優しい言葉がじんわりと紗織の心身に染み渡っていく。
 誰も知らない己の真実を看破したのに、
糾弾するでもなく、ただただ哀れんでくれている。
 それが何よりも嬉しくて、何よりも苦しかった。

「栞は知らなかっただろうな。姉がそんなことになっているなんて。
当然だ。面倒ごとを回避するためにも、
裏醍醐はアイツがそれなりの年齢になるまで伏せておくべきだからな。
不公平だ、理不尽だ、どうして妹だけ、贔屓されてると思ってもしょうがない。
それを責めるのは余りにも酷だろう……俺だって同じ立場ならそう思う」

 紫苑の今の顔に題名を着けるならば――――悲壮、と言ったところだろう。
 まるで我がことのように痛みを感じてくれているようにしか見えない。

「ストレスってのはずっと溜めておけるもんじゃない。何処かで爆ぜてしまうものだ」

 その爆発は、

「だから――――リークしたんだな?」

 真実の暴露と言う形で現れた。

「何も知らずに日々の幸せを享受している栞が憎かった。
自分がこんなにも辛い思いをしているのに妹は素知らぬ顔で笑っている。
辛かったよなぁ……苦しかったよなぁ……。
どうしてかなぁ……当事者じゃないのに、こんなにも胸が痛い……!」

 "こんなにも胸が痛い……!"、ここは若干かすれ声で口にするのがポイントだ。

「だからさ、お前はもっと痛かったんだろうな……。
その痛みをどうすれば良いか分からなくて、でもじっとしていられなくてさ。
万分の一でも良いから自分の痛みを血を分けた妹に知って欲しかった。
だからお前は栞が真実に辿り着くように仕向けたんだ」

 ただ苦しい思いをしてくれればそれで良かった。
 けれども、事態は紗織の予想を超える方向に進んでしまったのだ。

「だが、栞は紗織の予想を超えて――――両親を殺してしまった」

 苦しみから解放された! そう喜べば楽になれたかもしれない。
 そう割り切ることが出来たのならばもっと違う道もあったはずだ、。
 しかし、運命は非業の姉妹をとことんまで嘲笑った。

「……私は、そんなつもりじゃなかったんです」

 涙を流す紗織。確かに両親は憎かった、それでもそれだけじゃなかった。
 栞が悪事を知った後でも、殺害して今に至っても尚、
両親への愛を持っているように――――愛していたのだ。

「分かってる。どんなに酷い両親だったとしても……心の底から憎めるわけがない」

 尚、紫苑は一般的に良い親だった父母を愛していない模様。
 かつてはともかく、死んだ今では愛情など欠片も無い。

「別荘に着いた時、頭が真っ白になったんだよな?
例え原因の一端が自分にあったとしても……割り切れるわけがないよなぁ……。
だって、お父さんとお母さんだもんな。嫌いになんてなれない。
憎いと思ったんだな? 恵まれている栞が凶行に走ったことが赦せなかったんだな?」

 ましてやそれが"正しいことのため"なのだから赦せるわけがない。
 紗織からすれば何も知らずにのうのうと生きて来た妹、
 自分が"正しくあれなくて"こんなにも苦しんでいるのに……。
 正しさを掲げて両親を殺したなんて納得出来るわけがない。
 完全に感情が暴走してしまってもしょうがないだろう。
 何せ九歳か十歳だ、理性を以って考えろと言う方が無茶な話だ。

「だから感情のままに殺し合ってしまった。でも、途中で醒めてしまったんだな?」

 ずっと身勝手な憎悪に焼かれていたら楽だった。
 けれども、紗織の理性はそれを赦してくれなかったのだ。

「想像するしかないが……戦いの最中に、憎悪が薄れた。
そして、目の前に居るのが血を分けた大事な妹だって気付いちまったんだ。
それが一瞬の隙となって栞の糸を受けることになってしまった」

 血の海に沈む紗織、悲劇はここからだ。

「戦いの最中に壊れた何かが発火して、動けない紗織を焼いた。
熱かったよな、苦しかったよな、どうして自分だけがこんな目にって思うよな」

 そうなればもうどうしようもない。
 痛みも苦しみも身を焦がす炎も、何もかもが紗織を歪ませた。

「はい……苦しかったです、痛かったです、熱かったです。
神様が居るならどうして自分だけ愛してくれないのかって泣き叫びました。
あの子だけずるいじゃないですか……赦せませんよ……」

 栞が戻って来て紗織を助けていれば、また展開は違ったかもしれない。
 しかし、子供の彼女にそれを求めるのは酷だろう。
 親殺しの後で姉と戦い、まともな精神状態じゃなかったのだから。

「炎の中で憎み続けました……そんな時、香織が助けに来てくれたんです……」
「香織?(誰だよそれ。ここに来て第三者とか要らんわ)」
「倉橋の孫です。風邪で遅れた私に着いて来たのですが……
屋敷に到着した時、中からただならぬ気配を感じて外で隠れているよう申し付けたのです」

 そう、それが憎悪を加速させる原因となったのだ。
 中から聞こえる言い争いと戦闘音、燃え始めた別荘、逃げ出す栞。
 見習いとは言え従者である少女が放って置けるわけがない。

「香織は必死で私を助けようとしてくれました。
けど、入り口付近まで辿り着いたところで……焼け落ちた柱があの子を押し潰しました。
紗織様は逃げて! 御願い、生きてください! 涙ながらに……叫ぶんです!
自分だって痛くて苦しいはずなのに……! 私に、生きろと言ってくれたんです!!
あの時の私は動くのがやっと、香織を助けることが出来なかった!」

 従者である香織は当然のことながら裏の顔を知っていた。
 紗織にとっては苦楽を共にした大事な人だった。だからこそ、赦せない。

「最後に見たあの子の顔は……笑顔でした。
私が、生きられると分かって……心の底から安心してたんです……!!」

 堰を切ったように流れ出す涙。
 止めようと思っても止められない。紗織は涙を拭うこともなく語り続ける。

「どうして醜く穢れて実の妹を妬む私が生き残って! あの子が死ぬんですか!?
分かっています……私が招いたことだって! でも、でも……! 
憎いんです! 栞が、憎いんです!
綺麗なままで……私を助けに来てくれなくて……香織を殺した栞が憎いんです!」

 だから、復讐のために今日まで生き恥を晒して来たのだ。
 この怨みを晴らさねば息をするのも苦しくて、どうしようもなくて……。

「私は、醜く穢れて綺麗なものを妬むだけの救いようの無い石長比売姫です。
災厄だけを撒き散らして怨嗟のままに生き続けている……だから、辛かった。
嘘を吐いて利用しようと近付いた私に優しくしてくれたことが……!
ごめんなさい……でも、どうしようもないんです……苦しいんです! 憎いんです!」

 身を裂くような叫び、ただただ哀れだ。

「(重 過 ぎ る わ。ちょっと予想以上ですわこれ……ドン引きだよ)」

 それでも紫苑は選択を誤らない。
 頬に当てていた手を離して――――強く紗織を抱き締めた。

「醜くなんかない、穢れてなんかいない」

 紗織の頬を熱い雫が伝う、それは紫苑のものだった。
 これぞ保身超人四十八の必殺技の一つ、

「悲しい悲しい石長比売姫――――どうか、一人で苦しまないでくれ」

 悪 魔 の 嘘 泣 き で あ る。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ