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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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よぉおおおし! ナイスアシスト麻衣!

「紫苑、しっかり私に掴まっていろよ」
「ああ」

 紫苑は今、ルドルフに背負われて断崖絶壁を登っていた。
 別に登山の趣味が生まれたわけではない。
 ここはれっきとしたダンジョンで、現在授業の真っ最中だ。

「麻衣ちゃんもしっかり掴まってなきゃ落ちるからね? 気ぃつけなよ」
「うん、ありがとね天魔ちゃん」

 頂上が見えない上に角度も急過ぎる。
 後衛の二人にはキツイだろうと言うことで前衛二人が背負っているのだが、

「(何で男にしがみつかにゃならんのだ……テンション下がるわぁ)」

 紫苑のテンションは最悪だった。
 普通のダンジョンで滋賀のアレより遥かに命の危険は少ない。
 それは嬉しいことだが、シチュエーションが良くない。
 男の背にしがみついて断崖絶壁を往くなんて楽しいわけがないのだ。

「それにしても、このダンジョンモンスター全然出て来ぃひんね。姿形も見えんわ」
「いいえ、そんなことはありませんよ」

 栞がフリーなのは前衛ながらもリーチが長い糸を使うからだ。
 空から襲われても彼女ならば対処出来る。

「だね。ちょいちょい敵意は感じるもん。分厚い雲で見え難いかもだけど……」
「雲の中には怪鳥が多数居るぞ。息を殺してこっちを窺っているようだ」
「戦えば死ぬのはどちらか、それが分かる程度には知能があるようで仕掛けては来ませんがね」

 前衛三人は気配で敵の位置を把握している。
 その上で攻めて来ない理由についても何となく察していた。

「我らも強くなっているからな。滋賀のアレが良い経験になった」
「そういや、次は何時あんなダンジョン潜るんだろうね?」
「(二度と潜りたくねえよ)さあな。ギルドの方でも色々揉めているようだし」

 詳細な情報を持ち帰ったことで、ギルド側でも連日話し合いが行われているのだ。
 なので紫苑らが次に特殊なダンジョンを探索するかはまだ未定となっている。

「滋賀のアレは特異性もさることながら敵の数が数でしたからね」
「かと言って数揃えて殴り込んでも意味は無いだろうねえ」
「黎明期の失敗を繰り返すだけだろうて」

 ルドルフの言う黎明期とは"孔"が開き始めた二十一世紀の終わりのことだ。
 ダンジョンの不思議な特性として、
潜る人数が多ければ多いほど敵の数も増えると言うのがある。
 まだまだ冒険者と呼べるスペックを持つ人間が居なかった時代ゆえ、
仕方ないと言えば仕方ないが、その特性で多くの命が失われた。
 適正人数である"五、六人"と言う数を見つけるのに先人達は多大な犠牲を払ったのだ。
 なのにそれを無視して大量に送り込むなど愚の骨頂と言えよう。
 普通のダンジョンならまだしも、あのダンジョンでは自殺行為だ。

「ねえ紫苑くん、ギルドとの連絡役は紫苑くんでしょ? 何か続報無いの?」

 もう一キロほど上がっただろうか。
 落ちればかなりヤバイ事態になるのだが紫苑以外は誰一人怖気づいていない。
 それどころか余所見をしながら雑談する余裕もあるくらいだ。

「今のところは特に、な。強いて言うなら持ち帰った戦利品のことぐらいか」
「ああ、あの鉄砲みたいなんやね? どうなったん?」
「(たっけぇ……怖え……何でコイツら平気なんだ? 鈍過ぎるわ。繊細な俺とは相容れん)」

 繊細な奴がこんな状況で悪態吐くものかよ。

「まあ、俺も専門家じゃないから大雑把にしか出来んが……。
予想通り、あれは大した代物だ。
攻撃魔法が使える人間が普通に魔法を使う要領で内部に魔力を込めればそれが弾丸となる。
それは引き金を引くだけで発動出来る。例え一般人であろうともな」

 誰でも使えるインスタントな攻撃魔法、それは革新だった。
 それに対する報酬はまだ振り込まれていないものの、かなりの額となるはずだ。

「へえ! めっちゃ便利やん!」
「うむ。我らの発見が歴史を変えたな!」

 麻衣とルドルフは純粋に喜びを露にしているが、

「……紫苑さん、量産化は可能なのでしょうか?」

 栞は渋い顔をしている。
 その理由を察しているのは今のところ紫苑と天魔の二名だけ。
 他二名は何故栞が渋面をしているのかが分かっていない。

「どうやら可能らしい。そして、栞が危惧していることへの対策も進められているようだ」
「だよねえ。そうしなきゃ世間的に色々マズイもんね」
「ごめん。どう言うことなん?」

 はてな顔の麻衣。天魔と栞は揃って紫苑に目を向ける。
 弁が立つ彼が説明しろと言うことなのだろう。

「(自分でやれよ横着者が!)攻撃魔法ってのもピンキリだ。それは分かるな?」
「うん。火で言うたらライターから山一つを一瞬で灰にするのもあるからね」
「それだよ、理由はそれだ」

 ちなみに、紫苑自身は栞が懸念していることに欠片も興味が無い。
 誰が何処で不幸になろうと自分には関係無いと考えているからだ。

「その山一つの攻撃魔法を込めさせれば誰だって山一つを消せるようになるんだ。
更にこれが量産化して一般にまで出回ってみろ、テロやら戦争やらで大活躍だろうて。
普通の冒険者が使う武器は専用のショップで冒険者しか買えないし、
買ったところでそれを十全に扱えるのは冒険者だけ。だが、件の銃は違う」

 ルドルフの槍だったり栞の糸は扱えるだけのスペックが無ければ意味が無い。
 しかし、紫苑らが手に入れたあの銃は違う。
 反動も何も無いし下手をすれば普通の拳銃より扱い易いだろう。
 難点としては魔法を込められる人物が居なければいけないことだが、それも問題無い。
 冒険者崩れの犯罪者なんて日の当たらない場所にはごまんと居る。
 そいつらを金で雇うなり何なりすれば弾の問題も解消出来るだろう。

「何処ぞで宗教戦争やって何百年も戦争やってるとことかに銃が渡ったらどうなる?」
「……最悪だな。国が一つ二つ消えても不思議ではない」
「そう言うことなんやね。あー……確かにちょっと困るわなぁ」

 栞の懸念を理解した二人も渋い顔になる。
 平然としているのは紫苑と天魔だけだ。
 二人は基本的に他人がどうなろうと知ったことではないと思ってる。
 それに、天魔の方は世が荒れるなら荒れるで楽しそうだとも。

「それで紫苑さん、対策とは?」
「今はまだ構想段階だが、ギルド側が認定した人間にのみ情報を回すそうだ。
(何コイツ? 何マジな顔になってんの? そう言うノリ勘弁してつかぁさい)」

 真剣に尋ねている相手に対して失礼だと思わないのか。
 ……思わないんだろうな。思う人間ならもっとマシな性根のはずだ。

「知った時点で秘匿義務が生まれて破れば違約金が発生する。
だが、同時に購入の権利も生まれるわけだ。
普通の店で扱ってないからギルドでしか買えんがな。
それと、万が一盗難されて中身を調査された時の対策も検討中だそうだ」

 要となる部分をブラックボックス化するなど、ギルドの研究班では目下思案中らしい。

「試作品が出来たら俺達にも一つ回してくれるらしい」
「ほう……って、誰が使うのだ? 私は槍一本だぞ」
「私も糸がありますので」
「僕は使っても良いけど、基本前でバチバチやってるから壊しちゃいそうだよ」
「うちは回復役やし」
「それを言うなら俺も……と言うか魔法を込めてくれる相手も居ないしな」

 沈黙の帳が降りる。どんなに凄い代物でも必要とされなければ意味は無いのだ。
 頑張って手に入れた品だけに使いたくはあるのだが、それでも無理に使うのも違うだろう。

「インテリアにでもする?」
「お母さん卒倒してまうわ」
「私も部屋のインテリアにしたいとは思わんなぁ」
「人の出入りが激しい私の屋敷もちょっと……防犯上心配ですし」
「それを言うなら俺ん家なんて普通のアパートだぞ」

 沈黙パートⅡ。
 インテリアにすらならないものを必死こいて持ち帰ったと言う事実が紫苑を打ちのめす。

「(割りに合わねえ仕事だ……これではした金だったらどうしてくれようか……)」
「そ、それよりアレだな! いい加減ロッククライミングも飽きて来たと思わんか?」
「そら飽きるわ。戦ってる方がまだ楽しいっての」
「私は景色も見られますしそれほど嫌いではありませんが?」
「同感。登る方はしんどいやろうけどうちは背負われてるだけやしなぁ」

 今回の探索は何時ものとは少し違っている。
 何時もならば規定量の素材を集めてダンジョン内をくまなく踏破するのだが、
今回はある素材を入手すればそれで終わりなのだ。
 探し回って後はもう山の頂上しか探す場所が無いので、
実質頂上に辿り着けたら終わりと言っても良いのかもしれない。

「そうか? 岸壁と空と雲とを眺めていてもまるで楽しくないのだがな」
「(じゃあとっととペース上げろよ。馬車馬の如く登れよ)」

 背負われているんだからもうちょっと謙虚になれ謙虚に。

「なので紫苑よ、補助を頼む。最近はめっきり使ってなかったしな」

 強化魔法を使ったのは三つ目との戦いにおいて、
早く三つ目の下に辿り着けるようにと地中を進む麻衣にかけたのが最後だ。
 それ以降はダンジョンを探索していても特に苦戦もせず出番が無かった。

「分かった……彼は戦うことを好んだのだから、力は彼自身に宿――――ん?」

 槍を手に、魔力を込めたのだが……。

「紫苑くん、何か何時もと違くない?」
「何かってか確実にちゃうやろそれ」

 天魔と麻衣の言葉に残る二人も頷く。
 目に見える異変、紫苑は原因が分からぬまま槍を見つめる。
 黒田が使っていた際は眩い光を放っていたが、紫苑が使いだしてからは反応が無かった。
 だが、どう言うわけか今、槍は漆黒の光を纏っている。

「(何……だと……? ってかおい、何だこれイメージ悪いだろ!)」

 黒い光とか如何にも悪役臭い。
 さりげに天魔のことをディスっているのだが平常運転なので問題は無い。

「ひょっとしてイメチェンかい?」
「いやいや、どうやって槍をイメチェンするんですか」
「光が出る機構とかわざわざ設置するんかいな。特撮やあるまいし」
「しかしまあ、見ているとこう……私の胸の奥が疼くな」

 それはひょっとして中ニハート?

「その顔を見るに原因は――――分からないようですね」
「使ってる本人に分からんのやったらうちらにも分からんなぁ」
「誰かが悪戯したとか?」
「誰が槍に悪戯をするのだ。そもそもこの悪戯に意味はあるのか?」
「……考えられるのは、あの三つ目か?」

 紫苑の心当たりは一時自分の命を握っていたあの化け物だ。
 それ以外で変わったことなど思い当たらないし、
あの場所で強化魔法を使った時は特に問題は無かったのだ。
 となれば奴しか原因は無いだろう。

「そう言えば……卿、何かされていたな」
「ですが診断で異常は出なかったのでしょう?」

 あのダンジョンから出た後で全員、バイタルチェックを受けた。
 その結果でも特に異常は無かったし紫苑自身も忘れかけていた。

「ああ……身体の何処にも異常は無かった」
「けど、未知の場所と未知の敵だからねえ。油断は大敵だよ」

 言われるまでも無い、我が身しか可愛がらない紫苑が油断なんてするものか。

「分かっている。だがまあ、とりあえずは保留だ」
「強化はしてくれんのか?」
「流石にこの状態でそれは駄目でしょう」
「いや、槍が使えないならコッチを使えば良い。実験のためにもな」
「ああ、媒介を変えてどっちに原因があるかを試すわけね」
「御名答」

 腰につけていた魔道書に手を当てて魔力を込める。
 だが、今度は特に異常も無いようで黒い光は出て居ない。
 あれは槍が何らかの変質をしたと見て間違いないだろう。

「このまま強化をかけてみようと思うが、大事を取るなら止めるがどうする?」

 ロッククライミングの真っ最中だ。
 万が一があれば(自分が)危険と言うこともあり紫苑は最終確認を取った。

「僕は良いよ。特に危険も感じないし」
「それを言うならさっきの黒い光からも特に邪悪なものは感じなんだぞ」
「魔道書の方でしたら私も別に構いません」
「そうか、なら多少精度は落ちるがかけさせてもらうぞ」

 最後まで呪文を謳いあげて三人に強化魔法を施す。
 劇的では無いもののまったく実感が出来ないほどショボくもない強化のおかげで三人のペースが更に上がる。
 そして登って登って二十分ほどでようやく頂上へと辿り着く。

「おー……絶景哉絶景哉。ここらで昼寝でもしたいくらいだよ」

 標高はどれくらいだろうか?
 かなり空気が薄くなっていると言うのに天魔はケロっとしている。
 紫苑と麻衣は息をするだけでも若干苦しいと言うのに。

「それをするにもまずは仕事をこなさねばな。で、目的の物はあるのか?」
「散々探し回って無かったからここにあると思うのですが……」
「(の、脳筋はこれだから嫌なんだ……く、クソぅ……涼しい顔するのもしんどい……!)」

 じゃあ見栄を張るのを止めれば良いのに。

「ん、あれちゃうか!」

 麻衣が指差す先には蒼色の巨大な岩がそびえ立っていた。
 そう、これこそが今回採集するべき素材だ。

「どれだけ持って行けば良いんだったか?」
「(それぐらい覚えとけよ馬鹿)ニkgだ」
「そうか。では、槍で削り取――――」

 ルドルフが槍を構えた瞬間、

「待った!」
「駄目です!」

 紫苑と栞の二人が待ったをかけた。
 これは授業で、知識も試されているのだ。
 ゆえに目の前にある鉱物への対処を間違えてはいけない。

「む、何故止める?」
「ニkg分の鉱石取って来いってのが課題でしょ? だったら早く済まそうよ」
「違う違う(物の価値が分からぬ阿呆め)コイツは特別な鉱石なんだよ」

 特別、紫苑にとっての特別とはすなわち――――金目の物だ。

「それは藍妖鉱と言ってアズライトのような鉱物なのです」
「が、普通のアズライトとは違って扱いは繊細でな。
下手に砕こうとすりゃ一気に質が劣化して役に立たなくなる」

 だからこれをちゃんと採って来られるかが重要なのだ。
 教師からはただ、藍妖鉱採って来いとしか言われていないが砕けば採取したことにならない。

「ではどうすると言うのだ?」

 紫苑と栞が懐から取り出したのは棒ヤスリだった。

「コイツは特殊素材の棒ヤスリでな。これを使って削り取るんだ。
ちなみに、これは学校の貸し出し品でな。職員室で貸し出し申請をすれば借りられる。
借りに行った時に、自分で気付くのが大切だからと口止めされたが……まあ、今は良いだろう」

 他三人が借りずに行った時点で分かっていないことは明白。
 そこらも成績に加味されるだろう。
 ちなみに紫苑はヤクザに口止めされずとも言うつもりはなかった。
 だって他人の足を引っ張るの大好きだもん。

「それ何年かかるの?」
「大丈夫です。塊ではなく粉末を採るためのものですから」
「ちょい待って。粉末て……それ、役に立つん?」

 鉱物を使って何かを作るにしても粉末じゃ役に立たないのでは?
 麻衣はそう疑問を呈するが、何も問題は無い。

「藍妖鉱は岩絵の具の材料なんだ。
岩絵の具ってのは鉱石や半貴石を砕いて顔料にしたものでな。
粉末と固着材の膠を使って絵の具にするんだよ。その中でも岩群青ってのはかなりの価値がある」

 具体的に言うと百グラム単位五十万円だ。
 今回のオーダーはニkgなのでしめて一千万円。
 たかが石にそこまで金を出す人間の気が知れないと紫苑は散々馬鹿にしたものだ。

「その昔、岩群青六十グラムで米一俵ほどの価値があったそうですからね」
「普通の岩群青でそれだ、藍妖鉱はもっと値が張る。同時に扱いも繊細だ」
「慎重に慎重にこれで削らねばなりません」

 かなりの長期戦になるのは間違い無いだろう。

「あのさ、僕義肢だから細かい作業とかは苦手なんだけど」
「私もだな。どうにも苛ついて作業が雑になりそうだ」
「うちは問題無いよ」
「なら、私達三人で作業しますので二人は周囲の警戒を御願いします」
「麻衣、これがヤスリだ。丁寧に丁寧に削って行くぞ」

 粉末が零れる場所に布を敷き、作業を開始する。

「……」
「……(何で俺の両脇に並ぶんだよ)」
「……」

 女二人に挟まれて作業をする紫苑、オセロならひっくり返っているだろう。
 と言うか紫苑が女になるなんて悪夢でしかない。
 女の特権を使わせてはいけない人間と言うのは確かに存在するのだ。

「……あかん、凄い地味やこの作業」

 カリカリカリカリカリ、無言でヤスリで削り続ける作業は苦行だ。
 岩を削りながら精神も削っているような錯覚を受けてしまう。

「まあ、仕方ない。華やかな仕事だけが冒険者ってわけでもないからな」
「分かっとるけど……あかんあかん。暗いこと考えたら気が滅入るわ」

 折角目の前に美しい蒼があるのだ。
 それを愛でながら削ろうと麻衣は目を凝らすのだが……。

「綺麗、やなぁ……これ、吸い込まれそうや……」

 数分、集中して眺めているだけで思考が鈍り始めてしまった。
 トロン、と蕩けた目は少々どころか、かなりマズイ。

「いけませんよ麻衣さん。呑まれてしまいますから」

 栞は即座に麻衣の頬を叩いて正気に戻す。

「呑まれるって……?」
「これは鉱物であり生物でもあるんです。
この蒼に見惚れて動きを止めてしまうと、寝食も忘れていずれは朽ちる。
そうやって出来た死骸の養分を藍妖鉱は吸い取って、より深い蒼になるのです」

 だからこそ栞は集中して削っているのだが、紫苑は全然集中していない。
 金にはなるが所詮は石くれでしかないと割り切っているからだ。

「(アホだよな。世の中にはこんなもんに大金出す馬鹿が居るんだぜ?
所詮は石だってのによ。芸術家様(笑)とやらの高尚な思考は理解出来んわ。
絵の具なんて百均で売ってるようなもんで十分だろうによ。
ってか、真の芸術家なら腕で勝負しろってんだ。道具に頼るなバーカ)」
『まあ、それは俺様も同感だわ。こんなのより美味いもんの方がずっと良い』

 芸術を小馬鹿にしている紫苑。足繁く美術館に通う理由を考えれば当然だろう。
 審美眼なんて高尚なもの、コイツには備わっていないのだ。

「でもなぁ……嫌でも目に入るし……栞ちゃんも紫苑くんも何で平気なん?」
「器用な方じゃないからな。ヤスリを動かすので精一杯なだけだよ」
「私は気を張っていますから。それに……」

 チラリと横目で紫苑を見やる。
 栞がずっと何か言いたげだったのは気付いていた。
 それでも気付かないフリで無視していたのだが、流石に鬱陶しい。

「俺の顔に何か?(主にカッコイイ目鼻口が付いてると思うんだが?)」
「いえ……その……」

 言い淀む栞だったが、やがて意を決したように視線を強くする。

「紫苑さんは、香水などをつけていますか?」
「? 別にそんなことはないが(無くても俺の体臭はフローラルだから)」

 中身が放つ悪臭に効く香水はありますか?

「でも、何だって急にそんなことを聞くんだ?」
「いえ……ここ最近、紫苑さんから紅梅の香りがするので……」

 何でもないような顔をしているが、それは取り繕ったものだ。
 嘘吐きのプロである紫苑にはそれがよく分かる。
 栞の化粧うその下に隠れているのは罪悪感、後悔、そんなネガティブな感情だ。
 紅梅の香りに何かしらのトラウマがあると見て間違いない。

「(フハハハハwww百合、あの女相当性格悪いぜ)」

 どんなに性格悪い奴でもお前にゃ負けるよ。
 紫苑、お前が(屑の)ナンバーワンだ。

『どう言うことよ?』
「(俺の近くに居れば自然と匂いが移るもんな。
嫉妬の対象である栞の嫌がらせでもしてんだろうよ。ん? だが……』

 何故紅梅の香りにトラウマがあるのを知っているのか。
 疑問に思いはしたが、今は栞の愉快な面を拝むのが先決。
 そう判断した紫苑は思考を一旦放棄する。

「紅梅、か。どうしてだろうな」

 百合の存在を伝えても良かったが、
ことによっては彼女と栞の板挟みになって関係がギクシャクするかもしれない。
 ならば伝えない方が良いだろう。
 それに、百合が紅梅の香水をつけていることに気付いているとは言っていない。
 だから黙っていても問題は無いのだ。

「よく分からないが……不快な匂いだったか?」

 不快な匂いが近くにあったので蒼に気を取られなかったのか? 暗にそう言っているのだ。

「心当たりは無いが……だとしたらすまない」

 申し訳無さそうな顔をする紫苑を見て栞は慌てて手を振る。

「いえ! 違います……別に、不快と言うわけではありませんから」
「せやったら何でやのん?」
「(よぉおおおし! ナイスアシスト麻衣!)」

 ルドルフは素直だ、疵が無い。
 麻衣は偽らない、真っ直ぐだ。
 天魔は歪んでいる、純粋に。
 では栞は何だ? 
 紫苑はそれなりの時間彼女と行動を共にして来たが、イマイチ中身が見えない。
 パッと抱く感想としてはイケ好かない偽善者ってことくらいだ。
 その偽善の奥にあるもの。それが見えるかもしれないチャンスを逃すなど愚の骨頂。
 紫苑は岩を削りながらも全集中力を栞へと向ける。
 人の粗探しのために本気になるとか浅ましいにもほどがある。

「少し、懐かしかったので」

 白梅の香りを身に纏っていることとも関係があるのだろう。
 さあ、何を見せてくれるんだ? 紫苑はワクワクが止まらない。

「懐かしいて……お母さんとかが愛用してたん?」
「いえ、姉が居たんです。双子の姉が。私は白梅、姉は紅梅の香が大好きでした」

 もう戻れない昔日に思いを馳せているのだろう。
 削る手を止め、瞳は過去を見ているようだ。

「(手ぇ止めてんじゃねーよ。仕事が遅くなるだろうが)」
「ああ、だから紫苑くんの匂いが分かったんやね。うち全然分からへんかったし」
「ええ。久しく嗅いでいませんでしたが、一時足りとて忘れたことはありません」

 と、そこで麻衣はあることに気付く。"姉が居た"、過去形だった。
 つまり今はもう……と言うことなのだろう。

「……お姉さん、亡くなったん?」
「はい。幼い頃に両親と共に火事で……」

 陰のある表情、それこそが彼女にとってのトラウマなのだろう。
 麻衣は聞いてはいけないことを聞いてしまったと自分の失言を呪っていた。

「(は い 嘘 見 っ け ♪)」

 しんみりムードが漂っているのにこれだ。
 紫苑は栞の表情から嘘を看破する。死んだのは間違い無いのだろう。
 火事と言うのも嘘ではない。だが、死に至るまでに隠されていることがあるはずだ。
 まあ、隠されているだけだから厳密には嘘ではないのだが……紫苑的には関係無いらしい。

「……辛いことを話させてしまったな(うひゃひゃひゃwwwまあ、今はこの程度で良いだろう)」

 急いてはことを仕損じる。
 栞の疵について深く調べるのはこれからで良い。
 とりあえずの取っ掛かりを得られたのだから。
 そうほくそ笑む紫苑だが――――何かがおかしくないだろうか?
 表向き仲間なんだから精神的なウィークポイントを探す必要なんてないだろうに。
 何処まで腐ってるんだ彼奴は。
 それに、だ。藪を突付いて蛇を出す、その慣用句を知らないのだろうか?
 突付いた結果飛び出したものに喰われるのは自分かもしれないのに。

「いえ、もう吹っ切れたことですから。それより、紅梅の香りに心当たりは?」

 心なしか緊張したような表情で栞が問いかける。
 何かがあるのだと察するには十分な顔だ。

「鼻が利くような性質でも無いからな。特に心当たりは……」
「そうですか。おかしなことを聞いて申し訳ありません」

 その後は無言だった。
 紫苑は聞くことを聞いたし会話をする必要性が無い。
 麻衣は何を話して良いから分からず口を噤んだ。
 栞は何か考えごとに集中しているようで会話どころではない。
 三人は無言のままヤスリで藍妖鉱を削り続ける。
 ガリガリガリガリと……そうやって削って削って数時間、ようやくニkg分を削り終えた。

「ふぅ……凄く、地味な作業だったな(蒼を見続けてから目がチカチカする)」

 集まった藍妖鉱の粉末を瓶に詰めてバッグに収納。
 これでようやく帰ることが出来る。

「こんなんはこれっきりにして欲しいわ……」
「ふふ、そうですね。でも、授業なのでしょうがありませんよ」
「ところでルドルフと天魔は――――」

 キョロキョロと辺りを見渡して、三人同時にそれを見つける。

「すぅ……すぅ……」
「zzz……zzz……」

 天魔もルドルフもすやすやと寝息を立てているではないか。
 人がひたすら地味な作業をしていたのに何たる無礼。

「何を寝腐っとるんや、こんボケがぁあああああああああああああああ!!」

 助走をつけてからのドロップキックがルドルフの顔に叩き込まれる。

「……」

 栞もまた無言で天魔の頬を抓っていた。

「ぐふぉ……! きょ、強烈な目覚ましだな……」

 両手で顔を押さえながら呻くルドルフ、自業自得だ。

「うー……いふぁい……って、あれ? 終わったの?」
「ええ、終わりましたとも」
「はよ帰るで! さっさと準備しぃ!!」

 ご立腹の女二人を見てルドルフと天魔は勢い良く頷いた。

「(ざまぁwww)じゃあ、帰りもよろしく頼むよ」

 そんな二人を嘲笑いながら背中に乗る紫苑だが、
ルドルフの言葉ですぐにそんな余裕が消え失せることになる。

「ああ、だが帰りは楽だがな――――飛ぶだけだし」
「自由落下だもんねー」
「(飛ぶんですの!?)」

 慄く紫苑だが――――飛びます。さあ、山頂からのヒモ無しバンジーの時間だ。
気づけばブクマ登録も千を超えてて驚きました。
これからも楽しんで頂けるように自分なりに頑張ります!
+注意+
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