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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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33/204

――――遅い春、来ちゃったかな

「(お、具は鮭フレークか……流石だな。分かってるじゃねえかヘルクッキー)」
「そう言えば紫苑よ。最近は何時も手作り弁当だが卿が作ってるのか?」
「いや、ルークが用意してくれてるんだ」
「マジかよ!? あの面で卵焼きとか焼いてんの!?」
「(激しく同意だわ。ハゲだけにwww)」

 面白くも何ともねえよ。
 と言うのはさておき、紫苑、ルドルフ、ハゲの男三人は屋上で昼食を摂っていた。
 六月に入ったが今年は空梅雨なのか今日も快晴だ。

「人は見かけによらんと言うことだろう」
「つまりお前も俺と同じ感想を抱いてたってわけな」

 ケラケラと笑うハゲ、思わず頭をひっぱたきたくなったのはしょうがないことだ。

「ま、流石にな。男で家事が得意と言うのは驚きだ」
「そう言う卿も一人暮らしだしある程度は出来るんじゃないか? 五月にも魚を捌いていたし」
「無理無理。あれは特別だ。他には精々チャーハンや焼きそばぐらいしか作れないよ」
「男の料理の定番だよなその二つって。ガキとか出来たらパパ飯として作ってやりてえもんだ」
「(お前みたいなハゲと結婚してくれる女がいればな)」

 少なくとも顔立ちは悪くないし、性格もお前より数十倍良いんだ。普通に結婚出来るだろうよ。
 むしろ心配なのは紫苑だろう。好意を持つ女は多数居る。
 それでもストライクゾーンが限りなく狭い彼奴に結婚相手が見つかるだろうか?

「ほう、花形よ。結婚願望があるのか?」
「俺ん家って大家族でな。弟や妹結構居るわけよ。
だからかな、俺も嫁さん貰って何時かはもう一つ大家族作りたいって思うわけよ」

 ふと、以前買い物に行った時のことを思い出す。

「そう言えば前にチビがどうのと言っていたな」
「ん? ああ。その節は悪かったな」
「いや良いさ。それより一人じゃないのか?」
「おう。俺含めて六人だ。ま、妹も弟も全員小学生で俺とは割りと歳が離れてるがな」
「ほう……つまり、花形以降は卿の父母が燃え上がったわけか」

 茶化すルドルフ、ハゲが苦い顔をするが仕方ないだろう。
 実際親の性事情なんて知りたいものじゃないし。

「おい止めろよ。俺も薄々気付いてたけど親のそう言うの考えるって結構キツイんだぜ?」
「ハッハッハ! すまんすまん」
「しかしお前、顔に似合わずそう言うネタも振るのな」
「当たり前だ。私も男だからな。紫苑もそうだろう?」
「まあ、健全な範囲で興味が無いわけじゃない」
「っとにムッツリだなお前はよぉ!」

 先ほどの渋面は何処へやら。ハゲがニヤニヤしながら紫苑の背を叩く。

「ふむ、ここは男三人そう言う男子高校生的な会話に興じるとしようか」
「興じるって……言い回しがなぁ。まあ良いや、つーわけで紫苑」
「何だ?(このノリUZEEEEEEEEEE……馬鹿丸出しだわ。俺に馬鹿を伝染したら赦さんぞ)」

 お前はお前で既に馬鹿だろうが。
 後先考えずに調子に乗って取り繕ったり見栄を張っていたりでドツボに嵌っているのだから。
 省みると言うことを知るべきだ。

「お前って――――ロリコン?」
「ブッ……!!」

 口に入れていたから揚げが飛び出す。
 ごほごほと咳き込みながらも紫苑はハゲを睨みつける。
 いきなりロリコン疑惑をかけられたので、この怒りは正当なものだろう。

「卿、童女趣味だったのか?」

 若干距離を置いたルドルフが紫苑の怒りを更に刺激する。

「そんなわけあるか! どうして俺がロリコンなんだ!?」

 それでも子供が嫌いなわけではない。
 自分より劣る存在である子供や老人に対しては優越感に浸れるので大好きだ。
 まあ、才に溢れてたり有名だったりするガキやジジババは大嫌いだが。

「いや、だってアリスちゃんが転校して来た時、自己紹介でさぁ……」

 ここで紫苑の知らない事実が暴露され、同時にあることに悟る。
 滋賀から戻って来た翌日から、学校で時折妙な視線を感じるようになったのだ。
 つまりあれはそう言うことなのだろう。

「(ふ、ふふふふふふざけるなよあのクソガキ! 人の社会的信用を何と心得るか!!)
はぁ……俺のためにも、あの子のためにも弁解しておくが俺はロリコンじゃないよ」

 ここで保身せねば何時保身すると言うのか。
 右脇腹にある保身回路Ⅱが音を立てて廻り出す。

「いや、一緒に風呂入ったり寝たりしてるんだろ?」
「あの子を放って置けないからな。良いか花形、真面目な話だ」

 箸を置き、真面目な顔を作る。
 それだけで場の空気が引き締まったのは流石と言えよう。

「詳しくは彼女の許可無しには話せんが、あの子には親が居ない(自分で殺したからな)
それに、居た時も愛情をロクに受けてないんだ。だから少し幼い感じがするだろう?
男の子であるルークはまだマシだが、アリスは不安定な子なんだよ。
兄貴であるルークも、どう接すれば良いか分からんほどにな」

 辛そうに目を伏せる紫苑。
 多少の事情は知っているルドルフもまた渋面になっていた。

「環境のせいでもあるし、自己の責任が無いわけじゃない。
アリスは……人道から外れ過ぎていた。
無邪気な悪意を纏いながらも奥底では身を裂くような悲鳴を上げていたんだ。
俺達はひょんなことからアリスに関わってな。
同情と言うわけでもないが……放って置けなかった。俺も、早くに親を亡くしてるからな」

 ヘーゼルの瞳に哀切を混ぜながら空を仰ぐ。
 如何にもやり切れない顔をしているのは詳しく話さずとも重い事情があるのだと認識させるためだ。

「俺も彼女も幼い頃に父母を亡くした。でもな、俺には愛された記憶があった。
忘れ得ぬ思い出が、今も確かにこの胸にあるんだ。
不器用な父さんの愛、優しい母さんの愛、俺にはそれがあった。
だけどさ、アリスには無かったんだ。何も何も無かったんだ」

 この話題に入る前に"家族"について話していたから余計に効果的だった。
 ハゲが家族想いなのは既に分かっている。
 なればこそ、こうやって親の愛、家族について語ることで彼の心を刺激出来るのだ。

「なあ、花形……お前なら分かるだろ? 家族の温かさが」
「……ああ、よーく知ってる。何でもないことだけどすげえ大切だってさ」
「そう、その大切なことを知らないんだよアイツは。お前なら、放って置けるか?」
「いいや、無理だな。後先考えずにとりあえず動いてるだろうよ」

 アリス・ミラーと言う少女の核心はぼんやりとしたままだ。
 それでも撒かれた断片から察するに、ただならぬ事情であるのは間違いない。
 ならばきっと自分は動いていると、ハゲは悲しげな顔で同意を示す。
 良い奴だ、良い奴だ、そんな良い奴を利用する悪い奴がここに一人居るんだがな。

「俺もだ。特に、境遇が被るからな。俺も、もしかしたら"ああなってた"かもってな」
「"もしも"か。私は余り好きではないが、その言葉はどうしようもなく人を惹き付けるからな」

 もしもああしていれば、もしもこうだったら、
どれだけ時間が経とうとも人間は"もしも"の魔力から離れることが出来ない。

「ああ(何すかしてんだテメェ)」

 ルドルフも気障さではお前に負けるよ。

「花形、俺はもしもの自分を放って置けなくてあの子と関わった。
だが、如何せん……俺は神でも何でもない、不足だらけの人間。
完全に闇から引き摺り出すことは出来なかった。なのに、あの子は俺に恩義を抱いてる。
自分のために動いてくれる誰かが嬉しかったんだろうな。でもさ、そんなもの特別でも何でもないんだ。
俺やルドルフ、花形にも居るだろ? 困っていたら助けてくれる誰かがさ」

 紫苑はむしろ闇から引き摺り出すと言うよりも更に深い場所へ堕としただけだろう。
 あのペラ回しが無ければサックリ殺して、はい終わり! だったのに。

「当たり前を特別だと思って……あの子は俺に依存してるんだ。
今まで甘えられなかった分、甘えているんだよ。お前にそれを突き放すことが出来るか?」

 ロリコンだ何だと茶化していたハゲに対する痛烈な嫌味だった。
 だが、紫苑の卑怯なところは嫌味が嫌味に聞こえないところ。
 そのための布石を今までの会話で打って来た。
 家族の話やら何やらをして、
あくまで真面目で悲しい話ですよーと印象付けた上でなら嫌味に聞こえないのだ。

「……すまねえ」

 軽い気持ちでほじくって良いものではなかった。
 知らなかったとは言え申し訳ない、そう省みることの出来るハゲの善性。

「(土下座しろやクソ野郎が!)いや、良いさ」

 紫苑はハゲを見習うべきだろう。
 爪の垢を煎じて飲むと言う俗説を試してみるのも悪くないかもしれない。

「ただ、ロリコンだ何だと下卑た言葉で踏み入って良いものではないと覚えていてくれ。
あの子が撒いた種とは言え、それでも周りが囃し立てると依存から抜け出せなくなる」

 ようは既成事実が怖いってことだろ?

「ああ……それとなく、誤解解いとくわ」
「(計 画 通 り !)」

 お人好しで、尚且つクラスでも広く人と付き合っているのがハゲ。
 ちょちょいと同情を煽る話をしてやれば自分から誤解を解いてくれるはず!
 そう睨んでいた紫苑は計画通りにことが進みご満悦だった。

「っと……暗い話にしてしまったな。花形、ルドルフ、話題を戻そうか」
「そうだな……よし、ならば女性の何処に性を感じるかについて論じてみるか」

 割と大人な部分があるルドルフはすぐに空気を変えるべく話題を広げた。
 ハゲもまた空気を読めるので二人の意図をすぐに察する。

「そうだな! よっしゃ、俺はベタだが尻だな!!」
「(尻ねえ……ベタ過ぎてツマンネ)好みは安産型か?」
「まあな。やっぱ沢山産んで欲しいし?」

 "産んで欲しい"微妙に生々しいのが嫌だ。
 高校生で既に結婚、出産を考えてる男子と言うのは如何なものだろうか?

「(若いうちは沢山遊べば良いのにアホだなコイツ)成るほどな。ちなみにルドルフは?」
「言うまでもなく胸だ。おっと、ただ大きければ良いと言うわけではないぞ」
「巨乳好きじゃねえってか。胸好きなのによ」
「うむ。あくまで手からちょっとはみ出るくらいの大きさが良い、それがベストだ!」

 若干上気した顔で力説するルドルフ。
 顔が良いから赦されるが、これでブサメンだったらドン引きだ。

「成るほどなぁ……で、トリの紫苑は?」
「俺は……何だろ? 改めて考えるとなぁ……」
「ふふふ、カマトトぶるなって!」
「いやだが、実際に性欲は薄そうだぞ。普段の行動を見ている限り」
「え? そうなの? 紫苑もしかしてED?」
「そんなわけないだろ……」
「その割には天魔の胸触ったりズボンの中に手を入れてしまっても平静だったではないか」
「お前そんなことしてんの!? 大人しい面してやり手じゃねえか!!」
「誤解曲解甚だしい!!(あんなキ●ガイで勃起するわけねえだろ!)」

 ロリコン疑惑、イン●疑惑、変態疑惑、今日はどうにもツイていない。

「(くっそー……今日は厄日だ! 最悪の日だ! 朝は一位だったのにあの詐欺師め!!)」

 朝の占いでは一位だったのにと嘆く紫苑だが、
そもそもコイツは良い結果しか信じないので占いに意味は無いだろう。

「まあまあ、それで?卿は何処が好きなんだ?」
「そうだな……強いて言えば……唇、かな?」

 特別変な性癖を持っているわけではないし、
こう言う馬鹿な付き合いが役に立たないこともない。
 それを知っているからこそ紫苑は正直に自分の胸キュンポイントを暴露した。

「唇、とな? 何故そこに興奮するんだ?」
「女性の唇って色っぽくないか? そりゃ化粧の効果もあるんだろうけどさ」

 瑞々しく、プルン♪ としてる感じが男心を擽るのだ。

「下唇とかに黒子とかあると更に色気が増すと思うんだが……」
「あー……分かる、何か分かるわ。後、黒子つったら泣き黒子とかも結構グっと来ねえ?」
「涙の通り道に黒子がある女性は一生泣き濡れる、なんて俗説もあるらしいな」
「(この馬鹿金髪は一体何処でそんな知識拾って来るんだ?)」
「ところで紫苑、お前アリスちゃんと同居してるんなら……どうしてんだ? その、本とかさ」
「買えるわけないだろう」

 と言うか金が勿体無いので購入したことはない。
 そう言う処理をするにしてもネットでテキトーにと言うのが殆どだった。

「(つーかクソガキと暮らし始めてからは常にローテンションで性欲も沸かんがな)」
「むぅ……卿も大変だな」

 その後も益体の無い猥談を続けていたが、
弁当を食べ終わったルドルフとハゲは屋上を去ってしまう。何でも一緒にテニスをするらしい。
 紫苑も誘われたのだが、

「(御飯食べた後に運動するとポンポン痛くなるしな)」

 あっさりと断った。
 カバーストーリーとして図書室で学校を離れている間の勉強をすると言って。

『ところで紫苑よ』
「(あーん?)」
『実際、結構学校休んでる――わけじゃねえが授業受けてねえだろ?』

 ちなみに紫苑らが学校に居ない間は公欠になっているので出席日数に疵は無い。
 それでも授業は休んでいるので補習ぐらいは開かれても良いのだが……。
 そこはAクラス。生徒の自主性に任せているのだ。

『マジで勉強しなくて良いんか?』

 筆記用具も持たずに図書室へ行く紫苑、
体面を気にするんならちゃんと勉強した方が良いんじゃないか?
 カス蛇はそう言っているのだ。

「(いーよいーよ。これでも普段から勉強してるしな。お前も知ってるだろ?)」
『確かに家に帰ってから予習復習やってるけど最近忙しかったじゃねえか』
「(お前はお袋かっつの)」

 うんざりとした声でカス蛇をあしらう。
 図書室に入った紫苑は時間を潰すべく本を物色し始めたのだが、中々良い本が見つからない。
 漫画って気分でもないし、推理小説をと言う気分でもない。

「(花言葉百選、か。おいカス、これ読んでる俺ってカッコよくね?)」
『好きにしろよナルシー』
「(チッ、素直に褒めろよな)」

 悪態を吐きながら花言葉の本に手を伸ばそうとするが、

「ッ!」
「きゃっ!」

 横からの衝撃によって転んでしまう。
 ぶつかって来たのは見知らぬ女生徒で、お尻を押さえていた。

「(このクソアマぁああああああああああああああああ!)大丈夫か?」
「は、はい……あ!」
「俺の顔に何か?(見惚れるのは仕方ないがテメェの罪は赦されねえぞビッチめ)」

 心配しつつ下手人の顔を覗き込む紫苑。それは何処か見覚えのある容姿で……。

「春風、紫苑さんですよね? 醍醐さんと同じパーティの!」
「(劣 化 栞 だ)ああ、そうだが?」

 あんまりにもあんまりな表現だが強ち間違いでもない。
 姫カットに腰まで届く漆黒の御髪は同じで、違うのは顔立ち。
 呪いの、と補足はつくものの紫苑をして人形のようにと思うのが栞。
 彼女の場合は素直に美人、大和撫子、そう形容されるほどだが目の前の少女は普通。
 良くてちょっと可愛いかな? あれ、何か良くね? 程度だ。

「わ、わわ私は……そ、その……あ、その前に謝らなきゃ……ご、ごごごめんなさい!」

 見てるこっちが気の毒なくらいに慌てふためく少女。
 それを見て紫苑が優越感に浸っているのは言うまでもない。

「落ち着いて、俺は怒っていないからさ。な?
(クキャキャキャwww見ろよカス蛇、この無様な姿を!!)」

 どっちが無様かって言うとお前のが無様だよ。見るに耐えないもん。

「は、はい……えっと、私は一年D組の黒姫 百合と申します」
「(ディィイ(↑)つまり俺より下ってことだな!?
先の無礼、世が世なら斬り捨て御免だぜ! と言うか姫?
姫ってほど可愛くねえだろバーローwww顔洗って出直して来いやwww)」

 顔を洗って出直すのはお前だよ。
 そもそも"くろひめ"は苗字だしどうしようもないだろ。
 と言うかお前も春風紫苑とか微妙な名前の上に、春風成分ZEROじゃないか。

これはご丁寧に。俺はAクラスの春風紫苑だ(そう、お前より上のAクラスだ!)
ま、さっきの言葉から考えるに知ってるようだが名乗っておくよ」

 序列で言うなら紫苑はAクラスで百合より上なのだが、
普通心の中であろうとそこまで露骨に見下さないだろう。
 コイツが斬り捨てられた方が世のため人のためだ。

「は、はい! 御高名はかねがね……私の憧れの一人ですから……」

 茹蛸もかくやと言うほどに顔を赤くする百合を見て紫苑の機嫌は上々(↑↑)だ。

「それは光栄だが(後衛だけにな!)俺はそこまで大した人間じゃないさ」

 嘘だ。あるよ、ありまくるよ! と何の疑いもなく確信している癖に。

「そんなことないです!!」
「(フハハハハハ! 見所あるじゃないかこの劣化娘!)図書室だから静かに、な?」
「ご、ごめんなさい……」

 しゅん、とうなだれる百合。
 彼女の仕草の何もかもが紫苑のハートを響かせる。
 どうやら百合は数少ない彼奴が好む人種のようだ。

「でも……そんなこと言わないでください。私、本当に凄いと思ってるんです」
「(どの辺? どの辺? ああ大丈夫、言わなくても分かる。
顔良し、性格良し、頭良しの三Y揃った俺だもんね、しょうがないね!)」

 顔は良いが性格は悪いし、頭は良い言うより小賢しいの間違いでは?

「四月のニ連戦で、その凄さを見た時……心が奮えました。
魔法の才能は並だけど、それ以外の部分で一流の方々に追随……ううん、違う。
追い越してるくらいです。私、才能も無いし頭も悪いしで……だから、春風さんは……」

 私の憧れなんです――――紫苑は思わずイナバウアーを決めそうになった。
 褒められて何処までも調子に乗る男なのでしょうがないね。

「照れ臭いな……でも、そんな風に想ってくれる誰かが居るなら、俺も自信持って良いのかな?」

 誰に言われずとも自信だけは常に満タンだろうが。
 紫苑の自信は多分リッター十円ぐらいだ。

「はい! 本当に、本当に凄いです……羨ましいくらいに……」
「けど、そう言う黒姫も凄いと思うぞ(ふぅ……自販機があればジュース奢ってやっても良いな)」

 本当に安い男である。

「だって、ほら」

 紫苑は周りに散らばっている教科書や参考書を指差す。
 それらはまだ六月だと言うのによく使い込まれている。
 必死で勉強しているであろう痕跡が窺えるのだ。

「俺は(無駄なのに)頑張ってる女の子は好きだよ」
「あぅ……そ、そんなことないです……私、駄目だから人の何倍も努力しなきゃいけなくて……」
「そこで駄目だと開き直らずに歯を食い縛って前に進むその姿勢こそが尊いんだ」

 心にもないことを語らせたら三全世界一やでぇ……。

「俺はそんな人をこそ応援したいと思う」
「――――」

 嬉しいような、申し訳ないような、そんな表情のまま百合は黙ってしまった。
 だが、紫苑としてはもっと話がしたいのだ――――良い気分になれるから。

「そう言えば、さっき醍醐さんって言ってたよな。栞と面識が?」
「あ、いえ……私が一方的に知ってるだけです。憧れの、人ですから……」

 憧れを語る割りにその表情は暗い。
 紫苑はそこに大好きな匂いを嗅ぎ取った。誰もが抱く普遍的な感情の匂いだ。

「成るほど、やはり同性の方がその背を追いたくなるよな。
俺も冒険者ではなかったが、父さんを尊敬しているんだ。何時かあんな風になりたいって。
まだまだ背は遠いけど、だからこそ目指し甲斐があって頑張れる。
黒姫も、そうなんだろう? 今はまだ、だけど……この先、絶対追いつこうって」

 歯が浮いてそのまま抜け落ちてしまいそうなほどに寒い台詞だ。
 真実が一片たりとも含まれておらず、
代わりに悪意のみがミッシリと詰め込まれている言葉の醜さよ。

「――――違うんです。私、そんな風に綺麗じゃないです」

 普段ならともかく増長している今の紫苑は気付けなかったが、
これまでの百合の態度は何処かわざとらしかった。
 しかし、ここで化粧の一部が剥がれたように本当の彼女が顔を出す。
 そこに浮かぶ感情は負のそれだ。

「(キタ━━━ヽ(´ー`)ノ━━━!! キタ──ヽ('∀')ノ──!! キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!)」

 一方で紫苑は期待していた反応が返って来たことで大喜びだ。

「いけないって分かってるのに、嫉妬しちゃうんです……」
「(だよなだよなだよな! 分かってるよその気持ち! 妬み嫉み怨みの波動を感じたもん!)」

 その波動は常に紫苑が放っているものだ、しかも全方位に。

「綺麗だし、お金持ちで、頭も良くて、才能にも溢れてて……。
どうして私と比べてあんなに恵まれてるのかなって……思っちゃうんです。
神様が居るならどうしてあの子だけ愛したんだろうって……。
何でも持ってる、今だってすっごく幸せなんでしょうね。それがどうしようもなく腹正しい。
いけないって分かってるんです。でも、どうしても頭をよぎっちゃうんです」

 今にも泣き出しそうな顔だ。

「(駄目だ……耐えろ、耐えるんだ俺!)」

 今にも大爆笑しそうな顔だ。

「――――良いじゃないか、それで」

 緩んだ顔を微笑に変えて百合の頭に手を置く。
 良い子良い子、と優しく頭を撫でる紫苑を潤んだ瞳で見つめる百合。

「え……」
「そうやって口に出して、自分の見たくない部分を晒すって凄いじゃないか。
誰だって大なり小なり誰かに嫉妬してて、でもそれを口に出す勇気が無い」

 それはお前のことでしょうか?

「だって、口に出したら自分が嫌な人間だって思っちゃうもんな。
だから黙り込んで抱え込んで、ドンドン泥が溜まっていく。
けどさ、辛くても自分の汚い部分から目を逸らさない黒姫は強いよ。
ちゃんと目を開いている黒姫なら、大丈夫。黒い泥に呑まれやしない。
これからもっとずっと強くなる。胸を張れってのは難しいかもだけど、それでも卑屈になるな」

 百合が吐き出した黒い泥、それを眺めて悦に浸る真性の屑。
 言葉はこれでもかってくらいに綺麗だから余計に醜さが際立つ。

「何で、そこまで……」

 優しくしてくれるんですか? 言葉にならない問いだったが、それは確かに届いた。

「黒姫の気持ち、俺も分かるんだ。痛いくらいにな。ほら、俺って才能無いじゃん?
後衛としては一般レベルで、とてもAクラスの皆にゃ叶わない。
どうして俺には才能が無いのかな? とか偶に思っちゃうんだ。
うじうじ考えるのは性に合わないからすぐ忘れるけど……それでも時々はあるのさ」

 時々じゃなく常に、だ。加えて言うなら忘れたことだってないだろうに。

「春風さん……」
「憧れの人が情けなくて幻滅しちゃったか?」
「そんなことないです……とても身近に感じられて……でも、だからこそ遠い……」

 泣き笑いのような表情で百合は答えた。
 その胸中では如何なる感情が渦巻いているのだろうか。

「(ふぅ……良い気分だっぜ! ってあれ? この匂い……)」

 百合の頭を撫でるために近寄ったから、その匂いがよく分かった。
 先ほどまでは興奮の絶頂だったから気付けなかったが、これは梅の香りだ。

「(これ、紅梅の香りだな。そう言えばあの日本人形(呪)は白梅だったっけ)」

 栞が好んでつけているのは白梅の香り。
 百合の紅梅は栞に肖ったものなのだろうか? と、そこまで考えて思考を放棄。
 紫苑にはそれよりも何よりもやることがあるのだ。

「なあ、黒姫」
「は、はい!」
「何時も、昼休みに図書室で勉強しているのか?」
「はい。それと放課後にも……」
「なら、俺も一緒に勉強して良いかな?」
「え――――で、でも……私、Aクラスの春風さんのお役には……」
「そんなことない。頑張ってる誰かが傍に居るだけで自分も頑張ろうって思えるんだ」

 本音は駄目な奴を観察してストレスの解消をしたいだけだ。

「駄目か?(こんなイケメンと一緒に勉強出来るんだから喜んで承諾するのが天地の理だろう)」
「そんなことないです! むしろ……う、嬉しいです」
「そっか。それなら良かった」

 女を殺す微笑。
 万が一冒険者を辞めてもホストか詐欺師で食いっぱぐれることはないだろう。

「あぅ……あ、あの! そろそろ実習の準備するので失礼します!」
「ああ、また放課後に」
「は、はひぃ!!」

 散らばっていたものを拾い集めて百合は去って行った。
 昼休みはそろそろ終わりだが、

「(さて、俺も読書と洒落込むか)」

 生憎と紫苑にはまだまだ時間があった。
 彼らのパーティは14時からギルドの人間との会合があるのだ。
 なので今日の実習は特別免除となっている。

「(いやぁ……面はそこそこ良いし、俺より劣ってるのも高ポイントだ。
良いねえ、ああ言うのと付き合うと色々楽しそうな感じ。
あっちも俺を立ててくれる感じの性格だし? うん、真面目に良いかも)」

 花言葉百選を流し読みながら紫苑はほくそ笑む。

「(――――遅い春、来ちゃったかな)」

 紫苑は割りとマジで百合に対して好意を抱いていた。
 いやまあ、好意と呼ぶには些か以上に歪みまくっているが。

「(あの唇も割りと色っぽいしな)」

 下唇の少し右下にある小さな黒子が紫苑的には高ポイントだった。

『黒姫百合、黒百合……黒百合……』

 ぱらぱらと中身も見ずにテキトーにページを捲くる紫苑だが、
カス蛇の方は興味があるのかじっくりと目を通していた。

『へえ……愛、呪い、復讐、ねえ』

 ふんふんと感心しているカス蛇の言葉など紫苑の耳にはまるで届いていない。

「(嗚呼、何か今日は良い日だなぁ……)」

 そんな風に浮かれている紫苑だが――――思い出して欲しい。
 "今日は厄日だ! 最悪の日だ!"屋上でそう言ったことを。
 彼奴は先ほどの出会いが良いものだと浮かれているが……さて、どうだろう?

「(これも日頃の行いだな!)」

 だ っ た ら 最 悪 確 定 じ ゃ ね え か。

『あ、足元を黒猫が……誰か飼ってんのかな?』

 ついでに言うなら外ではカラスが沢山飛んでいたりする。

「(フッ……今日はちょっとだけ贅沢でもしようかな?)」

 醍醐栞、黒姫百合、二人の少女が齎す厄介ごとの足音は、もうすぐそこまで来ていた……。
+注意+
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