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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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気障パッキンと呪いの日本人形

「本来ならAクラスは明日、土曜日も授業があるのだが……今日入学で明日から授業と言うのも心の準備が出来ていまい。
それにこちらもやることがあるからな。明日は休み、この土日はゆっくり英気を養うと良い」

 以上、そう告げてヤクザはHRを打ち切り放課となった。

「(ふぅ……終わりか。しかし……あー……どうすっかなぁ……)」

 制服に視線を落とす。今現在紫苑の制服は血で汚れている。
 自らの、ではなく黒田の骸を抱いた時に付着した血だ。

「(時間も結構経ってるし今から急いで洗っても無駄だろうな。
クリーニングに出すか……ああいや、首飾り売り払って制服新調するか?)」

 基本的にケチな紫苑だが自分の身嗜みに関しての最低限の出費は惜しまない。
 見た目と言うのは人間関係において重要な意味を持つからだ。
 どうしたものかと思案していると、

「紫苑、少し良いか?」

 ルドルフが紫苑の席にやって来た。

「何だろうか?(クソ、むかつくなこのイケメン)」

 紫苑の顔は整っていると言って良い。
 しかし、しかしだ。ルドルフの流れる黄金の御髪と、サンマロの海を閉じ込めたような瞳、漂う気品には勝てない。
 ルドルフが貴族の美男子、或いは王子様ならば紫苑は歌舞伎町のホストと言ったところだろう。
 傍目にはタイプの違う美少年同士だが本質的には全然違う。

「卿の所信表明を聞いてから是非とも直に語り合いたいと思ってな。
卿が教室に来るまでにあったことは知っていたが、こうまで気になる存在になるとは思っていなかったぞ
「俺のことを……一体何処で?」

 そもそもそんな時間があったのだろうか?

「うむ、Bグループでの会議の様子は此方でも映っていたのだ。
薬師寺教諭はAクラスの担当だからな、直に見定めたかったのだろう」

 監督官が紫苑を推薦した時点で気の利く誰かがAクラスのヤクザにも会議の様子が分かるよう配慮したようだ。

「まあそれはともかくだ。卿のおかげで己の驕りを見詰めることが出来た。
だからこそもっと言葉を交わしたい。卿の在り方は聞いた、
しかしそれでも冒険者として目指すべき方向は当然あるだろう? 聞かせてくれぬか」

 そんなものが紫苑にあろうはずがない。
 そもそも彼は他人の影に隠れて三年間生き延びるつもりだったのだから。

「……自己紹介の時にも言ったが、俺の力は大したものではない。
しかし補助の必要性は皆無ではない。ゆえ、俺はその役目をまっとう出来る冒険者になりたい」

 ようは後ろで補助する以外は何もしたくないと言うことだ。

「華も無いし光も当たらぬだろう。煌びやかに踊るほかの冒険者の影に甘んずるしかない」

 それでもと続け、畳み掛けるように言葉を重ねる。

「俺はその在り方を誇れるようになりたい。誰に褒められずとも確かに必要な存在であると」
「――――成るほど。質実剛健を体現している卿らしい目標だ」

 感服したと笑みを深めるルドルフはそのうち詐欺にでも引っかかるのではなかろうか?

「確かに矢面に立つのはどうしたって前衛よ。槍もて剣もて怪物を屠る。
人々の目はどうしたってそこに向かってしまう。同じ冒険者であろうとそうだろう」

 だからこそ、紫苑の在り方は素晴らしいのだと肩を叩く。

「それでも卿は騎士だ。いや、この国風に言うと……ブシだな!」

 華やかさよりも大切なものがあって、それを重んずる姿がルドルフ的には気に入ったらしい。

「(おい見ろカス、これが典型的な日本を勘違いしてる外国人だ。気持ち悪いよな)そう立派なものでもないさ」
『折角褒めてくれる相手に対する態度じゃねえよな』

 それも当然、紫苑は自分が褒められるのが当たり前だと思っているのだから。
 根も葉も無いのに自信の花が咲くのだからまっこと不思議なナマモノである。

「なればこそ、黄金の輝きにも劣らぬその鋼の意志、私だけは見つめていよう」

 誰に褒められずとも、誰に注目されずとも、自分だけは見ている。
 これがルドルフなりの友誼の証なのだが、

「(こ、コイツホモかよ……)あ、ありがとう」

 紫苑からすればこんなもんだ。レッテル張りも彼の得意技である。

「礼には及ばんさ。しかし、こうなるとますます卿と同じパーティになりたくなったぞ」
「パーティ、か。どうなるんだろうな(コイツと同じパーティにだきゃなりたくねえ)」

 これがAより下のクラスならば皆でわいわいやりながら決められる。
 一緒にこの学校へ入った友達が同じクラスならばその子とだって組めるし、振り分け試験で同じだった相手が居るのならその面子とも。
 しかしAは別。決めるのは教師、本業では見知らぬ他人ともいきなり組まねばならない。
 そう言う事態を想定しているがゆえにAクラスでは教師がランダムに組ませることになっている。

「先生方の差配に期待するとしよう。だがもし同じパーティになれたならよろしく頼むぞ」
「ああ、その時は微力を尽くそう(ゼッテーやだけどな)」

 と、男二人が会話をしていると白梅の香りが紫苑の鼻をくすぐる。
 振り向くとそこには、

「ならば私も、同じパーティになれましたらその時はよしなに、紫苑さん」

 醍醐栞が砂糖菓子を想起させる甘い笑顔を浮かべて佇んでいた。

「醍醐、だったか?」

 窓から吹き込んだ春風がふわりと栞の長い御髪を揺らす。
 教室に残っている生徒の何人かは彼女に見蕩れているが紫苑はその限りではない。

「はい。それと栞でかまいませんよ。私もルドルフさん同様、あなたと友誼を結びたいので」

 御嫌ですか? 少し悲しそうなその表情を見れば誰もが嫌とは言えないだろう。
 例えそれが心の中だけであったとしても。彼女はそれだけ魅力的なのだ。

「ああ(心底嫌だよお前も金髪野郎もな)」

 が、紫苑には欠片も通じない。
 別に異性への興味がないわけではない、ちゃんと人並みに興味はある。
 それは何故かと言うと単純に好みではないから。
 いずれ触れるだろうがこの男の女の好みはひっじょーに面倒臭い。

「ほう、卿も彼に目をつけたか」
「ええ、御国も同じですしね。古き好き殿方だと思っています」

 そんなわけがない。
 過剰なまでに膨れ上がっている独尊。
 常に燃え滾る他者への妬み嫉み悪意。
 見栄と保身に凝り固まったその性格は醜悪の一言でこと足りる。
 そんな人間が古き好きなどと笑い話にもならない。

「(何が古き好きだ! テメェはその古き好きなんざ知らねえだろうがバーカ)」

 それは確かにその通り。
 二十一世紀ならば栞の言にも説得力が生まれたが生憎と今は二十五世紀だ。

「ブシか!」
「どちらかと言えば私は武士と言う表現より日本男児、大和の男と言う方が好ましいですね」

 武士と言うのは何のかんの言ってもギブアンドテイク。
 なので紫苑にも無理矢理当て嵌められそうなものだが栞はお気に召さないらしい。
 彼女は明確な定義すらない概念上の日本男児や大和の男と言う幻想を紫苑に見ているようだ。

「日本文化とは奥が深いな……まるで聞いたこともない言葉だ」
「……そう言えばルドルフ、君は何故この国に?(テメェの国で冒険者やれよソーセージ野郎)」

 ドイツ系の名前だからソーセージ野郎、実に安直だ。
 ちなみにルドルフが太っていたのならばビール腹とあだ名をつけていただろう。

「かねてよりこの国に興味があってな。祖父が大阪で暮らしていると言うこともあり身を寄せたのだ」
「祖国を離れると言うのは大変でしょうに。異国の言葉も学ばねばなりませんし」
「何、そう苦ではない。確かに一人称、二人称、三人称の数がやたら多くて困ったが……」

 それでも一週間程度で日本語はものに出来たと語るルドルフ。
 本人からすれば何でもないことらしい。
 その態度がまた紫苑のジェラシーを刺激する。

「(俺は出来ますアピールか!? んだよ畜生……!)」
『小さいな、凄く小さいぞお前。俺様の身体の何万分の一だよ』

 などとカスはツッコむが内心では彼? も紫苑を気に入っていた。
 短い付き合いにもほどがあるが、紫苑の毒が多々含まれている性格を気に入ったのかもしれない。
 そう――――蛇だけに!
 と言うのは冗談として、カス蛇はどうしてだか紫苑が好きで好きでしょうがなかった。
 理由は分からないが、それも記憶が戻れば分かることだろう。

「(うるせえ! お前だって今は小さいだろうが! 俺の右腕サイズだろうが!)」
「成るほど、ですが寂しくはありませんか?」
「フッ……まあ、確かにその気持ちが無いわけではないさ。しかしだからと言って帰れば男子の矜持が廃ると言うもの」

 少し照れたように鼻を掻くルドルフ。それにしても二人の会話は実に絵になっている。
 美男美女の組み合わせは古来よりの鉄板だ。

「――――ふるさとは遠きにありて思ふもの、か」

 紫苑は内心で唾を吐きながらも自分の点数を上げるため口を開く。
 日本文化を好んでいるであろうルドルフの興味を引くだろうし、日本人であることを誇りに思っている栞にも悪くは響かないであろう言葉だ。
 そんな打算ありきの言葉を平然と吐けるのだからある意味大したものだ。

「まあ……そうですね。ぴったりかと。少々もの悲しい歌ではありますが」
「ふむ、綺麗な言葉だな。それは一体何だ、紫苑、栞」

 バッチリ当たった目論見に内心ガッツポーズ!

「ふるさとと言う歌さ。詞を書いたのは室生犀星と言う詩人だったかな」

 ちらりと栞に視線をやると楽しげに頷いていた。

「ルドルフの心境通りだ。都で名を上げねば故郷に帰れない、己にも意地がある。
しかし寂しくもある、帰りたいと言う気持ちもある。そんな複雑な歌なんだよ」

 紫苑の解説を聞いたルドルフはキラキラと目を輝かせていた。

「ほう、気になるな……サイセイ、この国の詩人か。その男は良き詩を書くのか?」
「ええ、犀星自身も有名ですが彼を評価した方も有名なんですよ」

 白秋などがそうですねと補足を入れる栞。
 異国の人間に自国の文化や偉人を知ってもらいたいのだろう。

「犀星は複雑な生まれで生涯それを引き摺っていましたが、それでも彼の綴る言葉は美しい。
いや、複雑だからこそ言葉に厚みが宿り美しさが生じたのでしょうね。
紫苑さんがあげたふるさとなども通して読むと哀切に涙が出てしまいそうになります」

 文化人ぶりやがって! と自分を棚上げして栞を罵倒する紫苑。
 勿論言葉にはしない、だってそんな度胸が無いから。

「あら……」

 その後もルドルフの質問に答えていた栞だが、とあることに気付く。

「あの、紫苑さん……その、お引止めしてしまったでしょうか?」
「む、どうしたのだ栞」
「いえ、私もすっかり失念していたのですが――――紫苑さんの制服」

 大丈夫、紫苑もすっかり忘れていた。
 仮にも同年代女子の血が着いた制服を着ていることにあっさり順応するのはどうなのか。

「(やべえええええ! 時間経ち過ぎた……これ、クリーニング出しても間に合うか……?)」

 湿り気は何時の間にか失せており、すっかり固まってしまった。
 とは言っても急いで帰っていても間に合っていたかは微妙だ。

「(クソぉ……呪いの日本人形と気障パッキンのせいだ畜生め!)」

 と、内心で罵倒していた紫苑だが過ぎたことはしょうがないと思考を切り替える。
 この切り替えの早さは数少ない彼の美徳と言えるだろう。

「いや、構わない。元々これをクリーニングに出す気も捨てる気もなかったからな」
「む、何故だ?」

 怪訝そうな顔をする二人を見て紫苑は寂しげな笑みを浮かべる――――無論演技だ。

「己の弱さの証、そして黒田四穂と言う少女が居た証だからな」

 遺族でもない自分は遺髪の一つも貰う資格が無い。
 ならばせめてこの制服くらいは……と感情を込めて語るその姿は役者も真っ青だった。
 ちなみに遺品ならば首飾りがあるのだが、まあ、あれは盗品なので別か。

「だから長話も、むしろ丁度良かった。もう少し着ていたかったからな」

 未練がましいことだが、と頬を掻く仕草を見て誰が演技だと思えよう。

「……成るほど、ならばこれ以上は何も言わんよ」
「心情を察せず申し訳ありません」
「いやだからそう言うの止めてくれ。俺も困ってしまうから」

 これは半ば以上本音だ。

「だからこの話題はここまで。少し話を変えよう、栞は俺と同じ後衛か?」

 相手の能力などについては知っておいて損は無い。
 だからこそ好悪を無視して紫苑は問いを投げたのだ。

「ふふ、手弱女に見えましたか?」
「?」

 意味ありげな笑みに軽く苛立ちながらも我慢、我慢は大事。

「私はこれを使って戦います」

 細指が宙を踊り、うっすらと何かが見え始める。

「ほう、それは糸……か?」
「ええ。見ての通り、糸ですわ。この通り剣にも槍にも盾にも変じます」

 指を操る度に糸が束ねられ形を変えていく。
 硬度や切れ味のない見掛けだけでは? そんなことはない。
 これは斬ることも突くことも防ぐことも十全にこなせる。

「なのでルドルフさんと同じ前衛ですね。モンスターの足を引っ掛けたりも出来るし便利なんですよ?」
「そうか……人は見かけによらないと言うがその通りなんだな(強い女とかないわー)」

 容姿は自分が霞まない程度に整っていて、能力は低い。
 適度に駄目で見下せて自尊心を満たせて尚且つ、三歩下がって影踏まずな男を立てるタイプ。
 紫苑の好みはそんなクソめんどくせえ妄想の中にしか居ないようなものだった。
 だもんでどれだけ美人でも栞には欠片も絆されないのだ。

「ええ、紫苑さんは見かけ通りの御方ですけどね。ふふ、悪い意味ではありませんよ?」

 悪戯な笑みにカチン! となってしまう紫苑には絶対的にカルシウムが足りない。

「さて、俺はそろそろ帰るよ。もう良い時間だしな」

 お昼はとうに過ぎている。流石の紫苑もいい加減腹が減って来たのだ。
 とっとと帰って着替えて飯食うべ……と立ち上がったのだが、

「まあ待て紫苑。折角だ、解散する前に連絡先を交換しよう。携帯は持っているだろう?」
「あ、ならば私もお願いします」
「……分かった(こいつ等の連絡先、どっかの掲示板に貼り付けてやろうかな)」

 ここで断るのも変だと渋々連絡先を交換する紫苑。
 登録名はそれぞれ「気障パッキン」「呪いの日本人形」である。
 あんまりにもあんまりな登録名だ、無論本人に見せることは一生ないであろう。

『なあオイ紫苑』
「(あん?)」

 帰り道、商店街を抜けて家を目指す途上でカスが語りかけてくる。

『いや、すっげえ良い匂いすんだけど何か喰ってこうぜ。俺様もう腹減っちゃってよー』
「(テメェ午前中に人間三人丸呑みしてんだろうが。つーかお前もの食べられるの?)」
『忘れたのか? 俺様とお前は繋がってんだよ。つまるところ空腹なんかもダイレクトにキてんの』
「(ふぅん……でも却下。外食で無駄金使いたくねえし。家帰ればカップ麺あるからな)」
『でもこんな良い匂いしてんだぜ? そのかっぷめんてのも美味いのかもしれないけどよー』
「(それでも却下。つか期待してるとこ悪いがカップ麺は美味くないぞ)」

 何世紀経ってもチープな味、それがカップ麺と言うものだ。
 まあ、一部のインスタントの中には店で食べるのと遜色ないのもあるが、そう言うのは総じて高い。
 紫苑が買うのは有名なメーカーのではなく業務用スーパーに売っている安いのオンリーだ。

『そうなのか? まあ人間の食い物なんて果実ぐらいしか知らねえからなぁ』
「(そもそもお前って何なんだよ……)」
『さあな? 俺様にも分かんねえよ。気付けば俺様は俺様として存在してたんだから』

 本当のことを言っているようで言っていない、カスの言葉からそれを察したものの紫苑はスルーを敢行。
 自分に不利が無ければ特に言うべきことはないのだ。何せ――――

「(そういや俺の魔法のレベルが上がっていたが……あれはお前の仕業か?)」

 確かに恩恵らしきものを受けているのだから。

「(力をくれてやるとか言ってたもんな。まあ格段ってほどでもないが。お前ちょっと過大申告してたろ)」

 元々紫苑の補助魔法はCクラス相応のものですらなかったのだ。
 それが今日ヤクザに対して使用してみればあの結果。
 彼からすればかなりの驚きだった。

『んー……そりゃこう言う形でだからなのかもしれないし、もしくはちょっと違うかだな』
「(違う?)」
『お前の力――武器ってのは補助魔法じゃ無いかもってこった』

 畸形の魂、そう口にし掛けたところでカス蛇は誤魔化すように笑う。

「(???)」
『ま、んなことどうでも良いだろ。とっとと帰ろうぜ。腹減ったつってんだろうがよ』
「(クソ喧しいカス蛇だなお前)」
『おいコラ、力貰っておいて何だその態度は』
「(うっせえ! 俺の身体に寄生してる分際で偉そうなこと言うんじゃないわよ!)」

 そうこうしてるうちに商店街のアーケードを抜け自宅があるアパートへ辿り着く。
 三階建てで古くもなく新しくもない普通と形容するしかないところだが、紫苑は殊の外このアパートが気に入っていた。
 家賃は安いし近くに業務用スーパーもある、学校からはそう遠くもない好条件の物件だから。

「ただいま……つっても誰も居ないんだがな」
『親はいねえのか?』
「ああ、とうの昔に死んだよ。かなりの額を遺してくれたから生活に困っちゃいないがね」

 両親に対する愛情があるか無いかと言われれば――かつてはあったが今は無い、だ。
 何せもうこの世に存在していないのだから。
 とは言ってもかつて紫苑が両親に向けていた愛も真っ当なそれかと言われれば首を傾げるのだが。

「~♪ シーフードとカップ焼きそばで良いか」

 やかんに並々と水を注ぎIHのスイッチを入れると二分と経たずに湯が沸いた。
 何ならカップ焼きそばに湯を注いで待つ時間の方が長いくらいだ。

「これな、まずコッテリソースの焼きそばから喰うのがコツなのよ」
『ほう……よく分かんねえよ』
「だろうな。ああ、そう言えば味覚とかは繋がってるのか?」
『おう。俺様の味覚はお前よりになってるだろうぜ。じゃなきゃさっきだって良い匂いなんて言わねえよ』
「ま、そりゃそうか。蛇だもんなお前」

 確か蛇は温血動物を好んでいるんだったかな? 
 などとどうでも良いことを思い出した紫苑だが、飯が不味くなるとすぐに思考を切り離した。
 飯を食う前に爬虫類について思いを巡らせるような奇矯な人間ではないのだ。

『そういやよ、俺様がぶっ殺してやったあの娘から剥ぎ取った首飾りどうすんだ?』

 カス蛇としては槍、そして宝石がどうにも気になってしょうがない。
 しかし気になっていることを紫苑に悟らせてはならぬと思うのであくまで何でもない体を装っていた。

「あ? 折りを見て売り払うよ。長期休みか連休にでも遠出して良さそうな質屋を探すつもり」

 湯きりを終えてソースとかやくを放り込み一気にかき混ぜる!
 ここにマヨネーズをこれでもかと注ぎ込み七味も振り散らす……これが紫苑流の食べ方だ。

『む、こりゃ良いな。美味いぞコレ』
「ふーん……そいつは良かったな」

 ちなみに制服はまだ着たままである。
 血塗れの制服着て焼きそば啜れるコイツの神経は何処かおかしい。

「お……」

 蛇との会話だけしかない食事なんて不毛が過ぎる、そう思ってテレビをつけたら面白いものが映っていた。

"今日は全国の冒険者学校で入学式が行われました。なので今回はこう言う企画をやってみようと思います!"

 企画の内容は実にシンプルなものだった。
 月ごとに発表される正規の冒険者の国際ランキング、それの規模縮小版。
 日本国内の有望な学生ランキングだ。個人情報は一体どうなっているのか。

『有名、なのか?』
「知らねえ。つーか、こんなん何処で調べてんだ?」

 そりゃ確かに正式に学校に入る前から孔に飛び込んでいる人間も居る。
 それでもそんな奴らをどうやって探して来るのか、思わず首を傾げてしまうのも無理は無い。

"続いては大阪堺校のアイリーン・ハーンさん"

 知らぬ名前の中に聞き覚えがある名を見つけ目を凝らす。

『知り合いか?』
「お前聞いてなかったのかよ。同じクラスだよあのアイリーンっての」

 名前からして恐らくはアイリッシュ、アイルランドの人間だ。
 何でまた大阪にと思う紫苑だが、そこは色々事情があるのだろう。

「ふぅん……卓越した槍捌きと不屈のメンタルが特徴的、ねえ。つか槍使う奴多いなぁ」

 もっと剣とか刀使えよRPGみたいに! と野次を飛ばす紫苑の武器は本だ。

『俺様に深手負わせやがったあの娘も槍だったなぁ』
「あのまま殺してくれれば良かったのにな」

 焼きそばを食べ終え即座に事前準備していたシーフードに手をつける。
 まだ三分経ってはいないが若干固めの二分二十秒が紫苑の好みだった。

「しかしテレビに取り上げるんならもうちょっと情報出せって話なんだがな」

 別に敵と言うわけでもないが知りたいことは知りたいのだ。
 冒険者としてとりあえず情報は得ておくとか言うスタンスではなく、単純に野次馬根性が騒いでしょうがないだけと言うクソくだらない理由だが。

『ふむ、これも美味えな。おい紫苑、もうちっと食おうぜ。今度は別の味が良い』
「あ? まあ俺もまだ腹減ってるけど遠慮しろよお前」
『ケチ臭いこと言うなよ。俺様達の出会いを祝してってことでさぁ』
「呪っての間違いだろうがカスめ」

 そうこうしているうちにランキングが終わる。
 この中に紫苑が警戒している人物は居なかった、そのことに落胆を隠せない。

『どうしたのよ?』
「有望株をピックアップしてるのに居なかったんだよ、俺が目をつけていた奴がな」

 紫苑の脳裏に一つの人間が描かれる。
 髪で隠れたギラギラと光る片目、何が楽しいのか口角を常に上げていた少年。
 Aクラスに居る以上優秀であることに疑いはない。
 だが、紫苑からすればそんなことは重要ではなかった。
 大事なのは少年から感じる嫌な空気。
 Aクラスの中で誰が怖い? そう問われれば迷いなくこう答える。

外道天魔そとみちてんま

 もう何て言うか名前からしてアレだった。

「親は何を考えて名付けたのか。天魔外道じゃねえか」

 キラキラネームとか言う単語を使うことすら憚られるネーミングである。

『そいつはヤバイのかよ?』
「ヤバイ。俺は自分のセンサーには自信がある。関わればロクなことにならない奴ぐらい分かるさ」

 ルドルフや栞は個人的に気に入らないものの、仲良くしておいて損は無い。
 だからこそ紫苑は薄ら寒い芝居をわざわざ打ったのだ。
 しかし件の外道天魔だけは別、単純に戦えば天魔は前者二人を超えるだろう。
 純粋な戦闘能力とかそう言う面以外で。
 けれども仲良くなりたいとは天地がひっくり返っても思えない。
 安全思考万歳!

「言うなれば不吉の匂いがするのさ。何て言うかなぁ……ありゃ一種の偏執狂モノマニアだ」

 何に執着しているかは分からない、それでもきっと良くないものだ。
 少なくとも紫苑はそう確信している。

「俺もお前も自分の命を至上としているだろう? だからこそお前は躊躇わず命乞いをした」
『んー……まあそうだな。その天魔ってのは違うのか?』
「違うね。ありゃ自分の命なんて屁とも思ってないような空気だよ」

 そんな輩が危険でないと言えるほどおめでたい頭はしていない。
 吐き捨てるように告げたのは心底天魔を嫌悪しているからだろう。
 と言っても紫苑が他者を嫌うのはそう珍しいことではないのだが。
 基本的に紫苑は自分以外を愛しておらず、他人に対しては悪感情しか抱けない人間失格野郎なのだ。

『そんな奴と同じとこで学ぶってのかよ……おい、お前の命は俺様の命でもあるんだぞ?』
「分かってるよ。絶対関わり合いにはならないさ」
『ホントだな?』
「嘘じゃねえよ。そもそも同じクラスってだけだしな」

 そりゃ授業で一緒になるのはしょうがないだろう、同じクラスなのだし。
 それでも授業中に何かある可能性はそうそう無い。

「同じパーティにでもならなけりゃ問題ねえよ」

 言いながら再びやかんに水を注ぎ湯を注ぐ。今手にしているのはカレーうどんだ。
 ここに来てようやく紫苑は制服とシャツを脱いだ。カレーうどんを食べる時の基本である。

『同じパーティにならなけりゃ問題ねえのか?』
「ああ、学校の中でヤバイことになるなんて早々無いだろ。だから危険なのはダンジョンの中だ」

 孔に潜りダンジョンに辿り着くとそこからは命の保障は一切無い。
 そんな場所で天魔と一緒ならば紫苑は不安で倒れてしまうかもしれない。
 だからこそ絶対にパーティは組みたくないのだ。

「アイツとじゃないなら気障パッキンや呪いの日本人形とだって組んで良い。我慢するさ」
『ほう……じゃあ気にすることねえんだな?』
「ああ、一緒のパーティになるなんざそう高い確率でもないしな」

 トポトポと湯を注ぐとカレーの良い匂いが室内を満たし始める。

『そか、じゃあ安心だな!』
「ああ、安心だ! それより今度はカレーうどんだぜ? コイツも中々美味いんだなこれが」
『ほう……んじゃあ期待させてもらうぜ!』
「おう、期待しておきな!」

 アッハッハ! と一人と一匹は笑う。
 だが――――往々にして楽観と言うものは良くない結果を生む。
 しかし、紫苑がそれに気付くのにはもうしばしの時間が必要なようだ。
 いや、反省と言う機能が備わっていないので永遠に気付くことはないのかも。
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