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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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フロォオオオオオオオオラル!

 サイコパスの歴史を知ろう! アリス引越し事件などがあったものの時間は止まらない。
 特別授業も既に六日目を迎えた。
 未だにアリスが引っ越して来たことを伝えていない紫苑は今日も資料とにらめっこをしていた。

「……十代の多感な時期の少年少女にこないなもん見せるとか文科省も黙ってへんやろ」

 毎晩毎晩悪夢に魘されるせいで眠れず、麻衣の目元には深い隈が刻まれていた。
 人の悪性と言うものをまざまざと見るには若すぎたのだろう。

「冒険者学校は文科省の管轄だったか?」
「し、紫苑くんはえらい平気そうやないの……辛ないん?」
「(うじうじと愚痴ばっかり! これだから女は困る!)お前は辛いのか?」

 そう言うお前も内心でぼやきまくりじゃないか。
 脳内ツィッターで常に不満ツィートを垂れ流してる癖に麻衣をどうこう言うな。

「そら、辛いよ。だってこんな……」
「――――やると決めたのだろう?」
「え……そらまあ……」
「俺達が要になるんだ。ルドルフ、天魔、栞、三人を全力で戦わせることが生に繋がるんだ」

 そのために自分達は人外の思考に対する危機感を高め、
尚且つ理外の手を打たれた際に手早く対抗策を打ち出すためのセンスを磨かねばならない。

「惰性で読んでいるだろう麻衣。思考を停止して作業のように読んでいるだろう」
「う……」

 図星を突かれたことで呻く麻衣。

「まあそれも良いさ。麻衣は俺には無い強力な回復魔法がある。
状況を見てそれをかけてくれるだけで俺なんかの何倍もパーティに貢献出来るからな。
命を繋ぐ回復魔法――――心底素晴らしい。なればこそ、今からでも遅くはない。
こんな風にメンタルを傷つけ寝不足にまでなるような授業は止めれば良いさ。
何、司書室で居眠りしていれば良い。
今みたいに消耗して頭もロクに働かない状態ではいざと言う時困るからな」

 何とネチネチとした嫌味だろうか。どんどん麻衣の身体が小さくなっていく。
 彼女自身も惰性でやっていて、それでは何の役にも立たないことぐらい分かっているのだ。
 思えばそう、アイリーン戦の時から足を引っ張ってばかり。
 あの時、自分が逸ったせいで潰されてしまい回復役が離脱し紫苑以外の面子もやられた。
 もし踏み止まっていればまた別の結果があったのでは? 何度も何度も後悔した。
 前衛三人は何時だって矢面に立って戦っている、
同じ後衛の紫苑は常に全体を見渡し必死で策を練り全員を生かそうと頑張っている。
 じゃあ自分は? 仕事をしていないわけではないが、それでも……

「う、ぅぅ……」

 自分の不甲斐無さを痛感し、涙を流す麻衣。
 紫苑のように厚い面の皮を持っていれば責任を感じることもないだろうに。

「(カァーッ! 見ました? 見ましたカス蛇さん!?
女はこれだから嫌なんだ! 泣けば良いと思ってやがる! 人生舐めんなタコが!!)」
『はいはい。それより、フォロー良いのかフォロー』
「(わーってるよ!)」

 この熟年夫婦の如き一体感よ。

「だから、俺は麻衣がこの授業から離れるべきだと思う。理屈抜きに個人的にも、な」
「え……?」
「女の子が、見て良いものじゃない。やっぱり最初から止めておくべきだった」

 若干頬を赤らめて照れているようにそっぽを向く――何時もの如く演出である。

「古臭い考え出し男尊女卑だって言われるかもしれないが……
やっぱり、辛いことって男だけで背負うべきものだと思うんだ。
女の子には、笑っていて欲しいじゃないか……女の子が笑ってくれるから男は頑張れる」

 でも紫苑は頑張れない。ひょっとして男ではない?

「こう言う余計なものは俺に任せろ。麻衣はもう、無理しなくて良い」

 実際、紫苑はもう慣れた。
 最初だって単純にグロい写真が駄目だっただけで犯行の内容や、
犯人の思想言動その他諸々については特に思うところもない。
 冷たいと言えばそれまでだが、その冷徹さも紫苑の才能なのだろう。
 何処までも人道に沿わぬ才にばかり溢れている男である。

「――――」

 さて、一方の麻衣は紫苑の内心など分かろうはずもない。
 だからこそ都合の良い解釈をしている。
 紫苑が何時ものように一人で無理をしようとしている、そしてそうさせてしまったのは自分の情けなさ。
 恥ずかしくて、悔しくて、でもその優しさが嬉しくて……
 だからこそ、その優しさに甘えてはいけないのだと勇気を振り絞る。

「だ、大丈夫……やる。うち、やるよ。うん、だって紫苑くんにばっか無理させられんもん」

 ギュっと拳を握っての決意表明。紫苑にはそれがまたウザかった。

「(コロコロ意見変えやがってよ。何ですかお前は? 女心と秋の空か? 今初夏だよ!
と言うか大体ですね。お前そうやって初日にもやる気出してこの体たらくじゃん死ねよ)」

 ジーッと自分を見つめている紫苑を見て何を勘違いしたのか麻衣はひらひらと手を振る。

「ええよええよ。ほんま、気にせんでええ。女は愛嬌と度胸言うやん?
せやったら大事な仲間が背負っとる荷物を一緒に背負えるぐらいやないとあかんもん!」

 心機一転、麻衣は資料を開き今度は穴が開くように見始めた。
 思考停止し惰性で見るのではなく、自分なりに考察をしながらの作業だ。
 それは傍から見ているだけの紫苑にも分かったのだが……

「(ん? あれ、でもコイツやけに読むの早い……でも、雑な奴のそれではない……)」

 そう断言出来るのは人の粗探しが趣味だからである。

「(コイツ――――今まで三味線弾いてやがったのか……!!)」

 真面目にやれば速読しながらでも頭を回せるのだ。
 ポンポンと情報を放り込んで、随時入って来るそれを加味しながらの分割思考。
 それが出来る程度には麻衣も優秀なのだ。
 だって彼女はやれば出来る子タイプの恵まれた人間だから。

「(ふ、ふふふふふふざけやがって! このカスが!!)」
『呼んだ?』
「(呼んでねえよ! えーっと……この、塵屑が!!)」

 真面目にやっていた側としてはこの怒りも正しい――――そう、真面目にやっていたのならば。
 この男、さっきあれだけ偉そうに言ったのに自分も惰性で見ていたのだ。
 そもそもテキトーに流し読みしていなければ麻衣の様子などに気付けるはずもない。
 随時情報を更新しながら理外に居る者らに対する考察を巡らせ、
尚且つ麻衣が手を抜いてやっていることを見抜くなどキャパシティを超えている。
 二つは何とか出来る、しかし三つは無理。そこが才の限界。
 だからこの場合、真の塵屑はどっちかと言うと紫苑の方だ。

「そう言えば紫苑くん」

 尚、麻衣はやろうと思えば三つでも四つでも並行して進められる模様。

「ん?(塵屑が俺に話しかけんなクソが)」
「何か最近、紫苑くんええ匂いせん?」
「(そりゃ今までの俺の体臭が酷かったってことか!?)」

 身嗜みに気を遣う男、春風紫苑――――ガチでキレる。
 いや、常にキレてるようなもんだから別に大差はないのだが。

「(ふざけるんじゃねえぞ!? シャンプー、リンス、ボディソープ!
俺にしては珍しくどれも高いの使ってんだぞ! 翌日にもしっかり仄かに香ってんだよ!
香水のように下品なのではなく、上品な、あくまで人を穏やかにさせるような……
フロォオオオオオオオオラル! な香りがなぁ!
毎月下から不衛生な血ぃ流してるお前らと一緒にすんな臭いんだバーカ!!)」

 何たる女性蔑視。いやまあ、男性であろうとディスりまくりなのである意味男女平等だが。
 と言うか自分でフローラルとかどうなのよ。

「……その、これまでは汗の臭いとかが酷かったと言う意味か?」
「え? あはは、ちゃうちゃう。紫苑くん普通に身嗜みしっかりしてるやん。
それにうち、頑張ってる人とかの汗とか全然気にならんし。そう言うんやなくて……」

 うーん、と唇に手を当てて上手い表現を探す麻衣。

「何や男の子の良い匂いってさっぱりしてる感じやん?」
「感じやん? 言われても困るな……(語彙に乏しい女だ。教養の差だなこのド低脳が!!)」

 そう言うお前だって誇れるほど頭が良いわけでもあるまいに。

「で、女の子のは甘くて鼻に残る感じ。特に子供とかはすっごく甘い感じなんよ」

 そこまで匂いにこだわりがあるのはひょっとして匂いフェチだから?

「その子供特有の甘い匂いが紫苑くんからするんよ」

 と言うかこの子鋭すぎだ。
 天魔や栞とも顔を合わせる機会は減ったが、それでもちょくちょく会っている。
 けど彼女らはどちらともそんなことに気付いていなかった。
 だと言うのに麻衣はピシャリと言い当てたのだ。
 そりゃ長い時間同じ部屋で居るからと言うのもあるだろう、
それでも一緒に居れば居るだけ慣れが生まれて逆に気付きにくくもあるはずだ。

「(折角だから修羅場起こして追い出そうかな?)それは――――」

 薄汚い意図でバラそうとしたのだが、

「失礼する。春風くん、桝谷くん、準備をしてくれ」

 入室して来たヤクザが待ったをかけた。

「準備って、何ですか?(空気読めないオッサンだこと。俺、こう言う中年には絶対ならん)」
「うむ……今日で六日目だろう? 君らの進捗も聞いているが……最低限は満たしていると思うのだ」
「最低限言うてもねえ……」

 こうしてヤクザの話を聞きながらも麻衣は手を止めない。
 最初からこうしていれば、下手をすれば一日で終わっていたのでは?

「まあ、その気持ちも分かる。だが前衛三人の仕上がりが完璧なんだ」
「それが何だと言うんです? 前と後ろでは色々と違うでしょう」
「ご尤も。だが、ギルドの方が急かしていてな……」

 曰く、前衛三人の進捗状況を報告したところもう行けるではないかと言うことになったそうな。
 それを聞いた紫苑は眉根を寄せて不愉快です、と言う表情を作る。
 ヤクザを責め立てる口実を見つけた以上そこを逃す手は無いのだ。

「お歴々は現役を退いて脳が随分と退化したようだ。危機感の欠如も酷い。
ひょっとして、もうアルツハイマーが始まってらっしゃるのかな?
俺達が取り組むことになるダンジョンは下手をすれば人類を更なるステージに導くかもしれない大業。
急いてはことを仕損じる、日本人でありながらそんな言葉も知らんとは教養も足りんようですね。
ああ、ひょっとして外国の方かな? ならば郷に入れば郷に従えと言う言葉を教えてあげた方が良い。
何にしろ体面を気にしてだとか言う要素が混じる余地は無い。
それを受けた学校側にも教育者としての自覚が欠けていると言わざるを得ない。
今回の件に噛んでいる教員は平の教員――どころか用務員からやり直すべきでしょう」

 言葉は人を殺せる、そう言ったのは誰だったのか。
 紫苑の必殺棚上げマシンガントークは容赦なくヤクザの心に穴を開けていく。
 蒼白なその顔は彼自身が良識溢れる人物だからだろう。
 分かっているのだ、幾ら何でも馬鹿げていると。
 それでもしがらみによりこう言わざるを得ないのだ。
 紫 苑 は そ れ を 理 解 して 責 めて い る。
 正確にヤクザが置かれている立場を理解した上でネチネチと責めているのだ。

「……返す言葉もない」

 沈痛な面持ちで頭を下げたヤクザはそのまま頭を上げない。

「ちょ、ちょう紫苑くん? い、言いすぎやて!」

 見かねた麻衣があたふたと割って入るが紫苑はピシャリとそれを跳ね付ける。

「駄目だ。先生方は敬うべき方だが、言わねばならぬことは言わねばならない。
(説教楽Cィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ! この顔超ウケるんですけどー!!)」

 心底――――腐ってやがる。
 説教と言うのは本来相手を想うがゆえの愛の言葉なのだ。
 しかし、紫苑の言の葉に愛は織り交ぜられていない。
 侮蔑、嘲笑、自尊、混ざっていてはいけないものばかりが混ざっているのだ。
 そして相手がそれに気付けないと言うのが何よりもの悲劇。

「俺はお前達の命を預かる立場にある。麻衣――――俺は、二度目は御免だ」

 今にも泣き出しそうな表情を即座に作れる紫苑は流れを完全に把握していると言わざるを得ない。
 必要な時に必要な顔をする、ある意味顔のドレスコードは完璧だ。

「あ……」

 麻衣は何かに気付いたようでそのまま何も言えなくなってしまう。
 振り分け試験時に死んだ者らのことを、
今でも悔いていると言うキャラ付けをしているのでそこに気付いたのだろう。

「誰も、誰も異を唱えなかったんですか?」
「……すまない」
「先生、あなたは今最も愚かなことをしていると自覚しているでしょうか?」

 もっとも愚かなのはお前だよ。

「謝ると言う行為は何に対して謝っているかを明らかにしなければいけない。
それが出来ないのならば今すぐにでも戻ってギルド側に撤回を求めるべきでしょう。
たかが一日、されど一日。その重さも何も理解出来ない愚か者を説き伏せるべきです」

 誰かこの愚か者を説き伏せられる方はいらっしゃいませんか?
 下手をすればお釈迦様の説法であろうとも馬の耳にのアレになりそうだけど。

「(とは言え、これ以上不味いな。さっきのがただの嫌味にならないようフォローせねば)」

 本当に自分の体面を保つことにだけは熱心な男だ。
 ギルドの人間が云々言ってたが、そこの油狸よりもコイツの方がよっぽどである。

「……ふぅ、ごねて何とかなるレベルではない、か。申し訳ありません。
駄目元で試させて頂きました。俺はやっぱり皆の命を預かる立場に居ますので」

 ペコリと頭を下げる紫苑。
 何気に謝罪の理由を明らかにしているのは保身であり皮肉だ。
 一粒で二度痛い謝罪とはこのことだ。

「……いや、君のそれは当然の反応だ。私や、ギルドの人間も見習うべきだよ」

 本当に本当に情けない……と小さくなるヤクザ。
 嫌味の意図があくまで仲間のためだよー、アピール大成功である。

「それより建設的な話をしましょう。詳しいことをお教え願えますか?」
「うむ。昼食を摂ったら現地入り、明日の明朝に挑んでもらうことになっている」
「それはまた……(本気で馬鹿じゃねえの?)」
「現地の宿に物資が幾らか用意させてある。武器防具アクセサリー、好きに持って行ってくれ」
「了解です。して、現地とは?」
「滋賀県近江八幡市。そこに穴があるので、直接入って欲しい」

 ちなみに紫苑が滋賀県に抱く印象は琵琶湖くらいだ。

「分かりました。では、着替えやらを取りに帰るので早退許可を」
「無論。それと、交通手段は此方で用意するつもりだったが醍醐くんが請け負ってくれるそうだ」
「そう、ですか。その栞は?」
「最初にあの三人に話したので、彼らは既に準備を整えて校門で待っている」
「了解です。では、俺達はこれで」
「うむ。言えた義理ではないが……健闘を祈るよ」
「(ホントだよ教育者の屑め)ありがとうございます」

 紫苑が麻衣を伴って校門に行くと三人は既に荷物を抱えて待機していた。

「……ひょっとして、お前達は既に一旦帰ったのか?」
「うん、僕はね」
「私は家の者に頼みました」
「私もだな。執事――いや、爺に頼んで持って来てもらった!」

 爺と言えばお殿様みたいとでも思ったのだろうか? 典型的な馬鹿な外国人である。

「うわちゃぁ……ほならうちらだけなんやね」
「ええ。なので、乗ってくださいな。先ずは麻衣さんの御宅へ向かいましょう」

 促されるままに馬鹿デカイリムジンに乗り込む紫苑達。
 尚、紫苑はこの配慮をブルジョワアピールと受け取った模様。

「そんで三人はどうなん? 先生から聞いたけどええ具合に仕上がったん?」
「さあどうだろうね? 一応、本職の人らと実戦形式でやり続けてそれなりに経験は積めたけどさ」
「満ちることなどあり得んよ。それでも、何の成果も無かったわけではない」
「糸繰りの巧者に教えを乞えるとは良い勉強になりました」
「そう言う二人はどうなんだい?」

 徒手空拳、槍、糸の技量などの成果は目に見える。
 だが紫苑らのやっていたことは成果が見え難いものだ。
 なので天魔の質問は少々意地悪なものと言えるだろう。

「……うちは正直、あかんわ。紫苑くんの足を引っ張ってしもた」
「そんなことはないさ(嘘です。そんなことありまくる)俺の方は……どうだろうな?」
「歯切れが悪いではないか」
「目に見えるものではないからな。時間は足りてないし、今の段階の成果にしても……」

 実際にそれが必要なシチュエーションに立ち会わねば分からない。
 それは紫苑の正直な感想だった。

「難儀な修練を課されましたね」
「そうでもないさ。自分のためならば辛いが……そうでないのなら苦にもならん」

 本音は真逆ってか魔逆だ。自分のためにしか頑張れない。

「フッ……卿は時折気障になるな」
「(お前にゃ言われたくねえ!)」

 ぐうの音も出ない正論である。

「ふふ、麻衣さん。着きましたよ」
「うん。ちょお待っててや!」

 テッテッテ! と普通の一軒家の中に入って行く麻衣。
 如何にもな中流家庭を見て紫苑は少し癒された。

「ところでさぁ、色々資料読んでるとは聞いてたんだけど一体どんなのを読んでたの?」

 麻衣を待つ間も会話は続く。
 紫苑と麻衣もわざわざ内容を口にするのも嫌だったからぼかして伝えていた。
 が、あんまり秘密にし過ぎて妙に勘繰られるのも困る。

「……人の皮を被った怪物達についてさ。人であって人外の思考をするような狂った連中の資料」
「へえ――――そりゃまた」

 断片的な言葉で察したのは天魔だけ、やはり同じ狂人だからだろうか?

「私達にも分かる言葉で言ってくれんか?」

 栞が恥ずかしそうに俯く。
 最近馬鹿が露出して来たルドルフと同列なのが恥ずかしいのだろう。

「サイコパス、精神疾患を持った犯罪者の資料を写真付きで見ていた。
司書室と言う広くも狭くも無い部屋で日がな一日ずーーーーっとな……」

 その説明を聞いたルドルフと栞の顔がいっそ滑稽なまでに引き攣る。
 唯一平気そうなのは天魔だけだ。
 善悪、倫理道徳、彼女はそれらを理解した上で外の道を歩んでいる。
 だからこそ忌避感と言うものが生まれないのだ。

「それは、その……大丈夫なのか? 教育的に」
「どう考えても十代の人間が触れるべきことではないような……」

 引き気味の二人、確かにアウトだ。
 どう考えてもこれをマスコミに訴えれば学校、ギルド共に盛大に叩かれるはずだ。
 健全な青少年を育成するはずの教育機関で犯罪者について学ぶ?
 それは最早ブラックジョークなどで済ませられないレベルだ。

「(ん? このブルジョワ(黒)……何か……)アウトだろうな」

 栞に妙な引っ掛かりを覚えた紫苑だが、それが何なのかまでは看破出来なかった。

「けどさ、用意出来る教材の中じゃ最上じゃないの?」
「ああ。だからこそ吐き気を覚えながらも目を通し続けて意識改革を行った」
「後はそれを試すだけ、か。良いね、燃えて来るじゃん」
「(コッチは冷水ぶっかけられたように醒めてるっつの)本音を言うならば時間が足りんのだがな」

 紫苑の言葉に今度は三人が共に渋い顔をする。
 聡い彼らはヤクザから話を聞いた際に色々と察したはずだ。
 紫苑のように噛み付かなかっただけで内心には不満が満ちている。
 それを思う存分ぶつけた奴と仕舞い込んだ三人、どちらが正しいかは個人の感性によるだろう。

「だが、完璧などありはしない。万全の準備なんてものは誰にも整えられやしない。
出来るのはなるべく欠けた部分を埋めて安心感を得ることだけ。
俺の時間があればと言うのも弱音の一種だ。なれば、今出来ることをするしかない」

 でも紫苑は何もしたくない。

「だから――――期待させてくれ。自信を持っているであろう皆を」

 士気を上げるためのおべっかだが三人には覿面だったようだ。
 常日頃から自分達を信じてくれているのは理解している、
それでもこうやって言葉にしてくれると更に嬉しい――――と言うのが三人の視点だから。

「我が槍に懸けて――――卿のオーダーを総てこなしてやろう」
「信には信で返す、それが私の流儀なれば。全力で応え、全力で信じましょう」

 信には信で返す、でもこの場合はどう考えても不等な取引だと思うの。

「だね。ま、お互い大船に乗った気で居るのが一番ってわけだ。ね、紫苑くん」
「そうだな」

 片方が泥舟でしかないのだが大丈夫だろうか?

「ん、どうやら麻衣が戻って来たようだな」

 スポーツバッグを持った麻衣がリムジンに戻って来る。次は紫苑の家だ。
 再び車を走らせてしばし、四人の中では一番ランクの低い紫苑の家に辿り着く。

「それじゃ、俺は着替えを――――何で皆降りてるんだ?」

 麻衣の時は当人を除いて車に残っていたのだが、今回に限り全員が降りて来る。
 これは一体どうしたことだろうか?

「え? いや、何か皆降りとるしうちもノリで……」
「あ、言い忘れてたね。全員お昼ご飯まだでしょ? だから紫苑くんの家で食べてこうってなったんだよ」

 家主である紫苑は今に至るまでそんな話は欠片も知らなかった。
 紫苑も大概だが他三人の懐きっぷりもちょっとどうかと思う。

「しっかり用意しておきましたので御安心を」

 口元に手を当ててニコニコと微笑む栞、
紫苑はその小綺麗な面を今すぐ穴だらけにしてやりたい衝動に駆られた。

「……そうか。なら、お言葉に甘えよう(駄目だコイツら……自己中過ぎる……)」

 確かにそうかもしれないが、少なくとも紫苑に文句を言う権利は無い。
 笑える自己中が他の四人だとすると紫苑のそれは笑えない自己中だから。

「ええ、では五人で昼食と参りましょうか」
「(……まあ、タダ飯が食えると思って我慢我慢)」

 釈然としないが気にしたところでもう遅い。
 紫苑は思考を切り替えて自分の部屋に向かうのだが……

「――――おかえりなさい紫苑お兄さん♪」

 時よ止まれ、お前は美しい――そう言ったのは誰だったか。
 実際に時間が止まったように場の空気が固まったのだが美しさは微塵も感じない。
 噴火前の火山の如き奇妙な圧迫感が存在するのみ。

「……あのさぁ、君、何でここに居るわけ?」

 ニヤニヤと何時もの軽薄な笑みが浮かんではいるが、
その裏には殺意とか悪意とか怨念なんてものがトッピングされている。

「一緒に住んでいるからよ。"おかえりなさい"って言ったでしょ? 聞こえていなかったの?
家族を迎える言葉を口にするのはそう言うことよ。頭の巡りが悪いようね天魔お姉さん」

 広くはないアパートの通路を邪悪な空気が満たしていく。

「よくもまあ、あれだけ御迷惑をおかけした紫苑さんの家に転がり込めますね」

 姑のようなオーガレディフェイスで栞が皮肉る。

「あら栞お姉さん――ひょっとして御馬鹿? あれだけ迷惑をかけて……
それでも私を受け容れてくれたのよ。だから私はここに居る」

 誰が否定しても紫苑だけは受け容れてくれる、だから文句を言われる筋合いは無い。
 分かったらとっとと尻尾まいて帰れよ負け犬――とアリスは目で語っていた。
 ちなみに言うまでもなく紫苑は受け容れていない。
 アリスが持つ力に屈服しただけだ。
 力を持っている狂人と言うだけでコイツは基本折れる。

「何て厚顔無恥なガキだろうね」
「子供だもの。止っていた時計の針は最近動き始めたばかり」

 それは身体の成長と言う意味ではなく、心の成長だ。
 両親を殺した時から恐らく止ってしまっていた心が紫苑との戦いで動き始めた。

「私は誰に何を言われようと知ったことではないわ――――紫苑お兄さんが居るもの」

 お前らの軽い嫌味じゃ何の痛痒も与えられないんだよ塵屑ども!
 アリスの瞳は口以上に雄弁だった。

「フン、紫苑くんの優しさにつけ込んでいるだけじゃないか」
「そうね。でもそれはあなたもじゃない? ねえ、天魔お姉さん♪」

 一緒に住んでいるかどうかは別として、それ以外の面ではとても似通っている二人。
 もっとも痴女だったりロリだったりと属性の差異は多少あるが。
 それでもメンヘラ成分はどちらにも混入されているので大体同じだ。

「(修羅場作戦が期せずして開始したな。良いぞ天魔、そいつ追い出せよ)」

 すっかり忘れていた修羅場作戦を思い出した紫苑は心の中で天魔を応援する。
 これがアリスにとっての総てを受け容れてくれる男だと言うのだから笑えない。

「……僕が一番最初だ」

 冷たさだけを閉じ込めたらそうなるの?
 思わずそう問いたくなるような顔で天魔は主張する。
 理屈で言い争うより感情で争った方が良いと判断したのだ。

「……順番、関係ある?」

 アリスはアリスでそう口にしているが、内心ではかなり気にしている。
 少なくとも一度手を払い除けたこと、傷付けたこと……
 そして紫苑の一番になれなかったことが今でも口惜しい。

「おや、無いならそんな顔するなよ。折角のお人形顔が台無しだぜ? ほら、笑えよアリス」

 何処ぞの王子様を小馬鹿にする人造人間かお前は。

「ふ、ふふふ……何とでも言うが良いわ。だって一緒に住んでいるのよ?
過す時間は圧倒的に私の方が長いわ。このままお墓まで二人仲良く手を繋いでゴールインよ!」

 速報、紫苑の将来は既に決定されている模様。

「……紫苑、卿何とかしろ」
「……そや、流石に昼食前にこの空気はキツイ」

 と、二人は紫苑に耳打ちをするが当人にやる気はない。
 ちなみに栞だが、彼女は下手に自分が加わるより天魔とアリスに争わせた方が良いと判断したのだろう。
 笑顔でニコニコと醜い女の争いを眺めている。
 栞の性根も大概汚い。まあ、それでも……

「(えー……やだー……どうせならここでどっちか死んでくれるまで争って欲しいもん)」

 コ イ ツ の 薄 汚 さ に は 負 け る が な。
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