挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

25/204

メンヘラヤンデレストーカーロリとか属性過多にもほどがあるだろう

「それで……何故、急にアパートを買い取ったりなんか……(あ、この蕎麦美味い。天ぷらもグッドだ)」

 蕎麦を啜りながら問いを投げる。
 アリスのアパートを買い取ったと言う発言は流石にスルー出来ないのだ。
 じゃあ蕎麦喰うの止めろよと言う話だが、
タダ飯だから冷めないうちに食べたいと言う欲求が勝っていた。

「だって紫苑お兄さんと一緒に居たかったんだもん。
別に引っ越すだけでも良かったんだけど……ほら、一緒に住めないじゃない?
一緒に住もうと思ったらやっぱり壁をぶち抜くしかないかなぁって。だから買い取ったの」

 言うまでもないが不動産と言うものはそんな気楽に買えるものではない。
 恐らくは洗脳を駆使したのだろうが……それでも確実に少なくない金銭は動いているだろう。
 タダで手に入れようと思えば色々と厄介な事態が付随するはずだ。

「(メンヘラヤンデレストーカーロリとか属性過多にもほどがあるだろう……吐き気がする……)」

 だったら箸を止めろと(ry

「買い取ると言って買い取れるようなものなのか……?」
「うん。お金と洗脳を使えばちょちょいのちょいよ♪ あ、でも誤解しないでね?」

 ふっと何か不安に突き当たったのかアリスの眉がハの字を描く。

「大家のお婆さんには相場の十倍は出しておいたし、アフターケアも万全よ?
えっとね、旅行したいって言ってたからその手配とー……
あとあと! 気に入ったところが見つかればスムーズにそこに住めるようにしておいたわ!」

 アリスが不安だったのは、
非合法で一方が損をする取引をしたと思われるかもしれないと言うことだった。
 論点はそんなところじゃないとかそんなちゃちな問題ではない。

「じゅ、十倍……?(何で俺の周り金持ち多いんだ庶民舐めんな塵屑が!!)」

 仮にも美少女を捕まえて塵屑呼ばわりするのはコイツくらいだろう。
 まあ、塵屑言ってる本人も正直――みなまでは言わないが五十歩百歩と言う言葉があってだな。

「まー……お金稼ぐ手段は幾らでもあるし元々裕福だもん。
それに加えて、ほら! お人形のパパとママを処分したでしょ?」

 処分したでしょ? 軽く言っているが内容はかなりダークだ。
 アリスの両親は彼女に殺され死体を使って人形として再構築されたと言う決して笑えない由来がある。
 それをニコニコと笑いながら口にするアリスがとても恐ろしい。

「一応は生きてるって体裁で生活して来たから保険やら何やらもかかってるの。
結構な数だったから保険金もどっさり。
安っぽいのじゃなくてちゃんとしたやつだから額も一つ一つが大きいのよ。
事故に見せかけて処分したけど心配しないで。司法解剖してもバレないから。
パパとママのお人形はデカブツルークと違って変に弄ってないから総天然素材だもの」

 総天然素材と言う名の死体なんて聞いたこともないです。

「劣化もしていないし心臓とかもちゃんと動かしてたから不審な点は零」
「……ちょっと待て、それって完全な死者蘇生なんじゃないか?」

 ルークを見るにしっかり思考も出来るようだし、
ある意味死体を蘇らせたと言っても過言ではないだろう。

「? ああ、確かに似てるけど別よ。だって心がないもの。
生前の人格は存在していないわ。
人形にした時に人格らしきものが芽生えるけどそれでも完全な自我じゃない。
私がちゃんと命令しなければロクに行動出来ないもの。ああでも、ルークはちょっと変な感じ」

 ちなみにそのルークはせっせとトンカチ片手に壁の穴に扉をつけている真っ最中だ。
 下僕の中の下僕とは彼のことを言うのかもしれない。

「赤子の死体からだったからなのか、別の要因があるからなのか……
詳しくは分からないし別にどうでも良いけど命令しなくても好きに行動するのよね」

 紫苑の見立てではルークはアリスを妹として見ている。
 それが何処から芽生えた意思なのかは……考えない方が良いのだろう。
 下手に理屈をつけてしまえば、きっとそれはくだらない事実に成り下がるから。

「話を戻すけど私のこれは死者蘇生じゃないのよ」
「(……それでもある種、コイツの能力は絵空事に片足を突っ込んでるわけか)成るほど」

 洗脳に擬似生命の創造、余りにも毛色が違いすぎる。
 特に後者は妬み嫉みの化身の紫苑をして嫉妬や羨望よりも先に怖気が走るほどだ。

「その、アパートの問題については分かったが……学校はどうするんだ?」

 記憶が確かならばアリスは長崎にある冒険者学校の生徒だ。
 流石に大阪から長崎まで登下校するのはキツイだろう。
 便利な交通手段も無いわけではないが、お金がかかり過ぎる。
 と、そこまで考えて紫苑は嫌な答えに辿り着く。

「え? 転校手続きは済ませたから大丈夫よ。
ちょっと時間はかかるけど一週間ぐらいで紫苑お兄さんと一緒のクラスになれるわ」

 小さな身体をめいっぱいに使って紫苑に抱きついたアリスは、彼の頬に何度も唇を落とす。

「(洗顔クリーム買わなきゃな)くすぐったいぞ」
「ぶー……もうちょっと照れてくれても良いのに」
「(テメェなんぞで欲情するほど堕ちちゃいねえんだよファック!)はぁ……困った子だ」

 蕎麦を食べ終え、両手を合わせてご馳走様。
 紫苑はいただきますとご馳走様は決して欠かさなかったりする。
 特に理由はないのだが染み付いた習慣だろう。

「えへへ、アリス――沢山甘えちゃうんだからね♪」

 時折一人称が自分の名前になってしまうのは幼児性が顔を出すからだろう。
 アリスは幼く脆く残酷で儚く悲しい、余りにも複雑な子供だ。
 先天的に壊れており、それを受け容れる人間が居なかったからこそこうなってしまった。
 環境が人を作ると言うのならば彼女は環境が作り出した怪物だ。
 生まれた時からおかしく、軌道修正をしてくれる誰かも居なかった。
 紫苑にもそれが分かっている――――まあ、分かっていても一切情を見せたりはしないが。

「(心底むかつくが……利用出来る以上は上手く御そう)」

 自分に言い聞かせるように心の中で呟く。
 紫苑は実利主義の保身野郎ではあるが、感情の制御が出来ないのだ。
 だから時折馬鹿もやるし、その上見通しも悪い。
 今こうやって自分に言い聞かせてはいるが、間違いなく失敗を繰り返すだろう。
 何かの折にアリスを抹殺するチャンスが来たら間違いなくそうするはずだ。
 そして失敗して取り繕って更に懐かれての悪循環を繰り返す。
 反省を知らない生き物――――ある意味人間らしいと言えば人間らしい。

「御主人、扉の取り付けは終わったぞ。それとあちらの部屋に最低限の生活用具も設置しておいた」
「ん、了解。足りないものは追々買い足すから設置はよろしく」
「分かっている。では、自分はそろそろ帰るからな。何かあったらまた呼んでくれ」

 のっしのっしと巨体を揺らしてルークは何処かへ去って行った。

「……アイツはアリスと暮らさないのか?」
「え? 私と一緒に暮らすのはお兄さんだけよ? デカブツルークは一階で待機だもの」

 一階にも部屋を借りた――と言う表現は正しくないか。
 どうやらルークの部屋は一階に用意したらしい。

「その、俺と一緒に暮らすと言うのは(嫌々ながら)分かったが、あっちの部屋は何なんだ?」

 アリスが紫苑の部屋で暮らすと言うのなら彼に拒否は出来ない。だって怖いから。
 しかし、そうするにしても隣の部屋を使う必要はあるのだろうか?

「ああ、あっちはお洋服とか他にも色々を置いておく倉庫みたいなものよ」
「そ、倉庫か……」

 アパートの部屋一つが丸ごと倉庫と言うのならば、そこに住んでいる自分は何なのか。
 紫苑は苛立ちと虚しさによる眩暈に襲われた。

『格差社会だな』
「(やっぱり俺金持ち嫌いだわ)あ、そう言えばアリス」
「なぁに?」
「大家がお前に代わるのならば家賃を振り込む口座を教えておいてくれ」
「やぁね。紫苑お兄さんからお金なんて貰わないわよ。他の住人ならともかく」
「良いのか?」
「しっかりしてるのね紫苑お兄さんは。でも、良いの――――だってあなたはアリスの特別だから」

 ぐりぐりと自分の顔を紫苑の胸板にすりつけるアリス。
 この人は私のものだとマーキングしているように見える。

「そう、か。申し訳なくもあるが……助かる、ありがとう(っしゃ計画通り!!)」

 アリスが好意を持っているのは明白、家賃を払わなくても良いと言うのは予想通りだった。
 それでもわざとらしく家賃のことを口にしたのは一応確認しておきたかったからだ。
 何と言うか骨の髄までセコイ男である。

「どういたしまして。それにしても紫苑お兄さんはしっかりしてるのね」
「まあ、お金は大切だからな(だからお前には一銭たりとも使いたくない)」
「やっぱり早くにパパさんとママさんを亡くしたから?」
「そうだな。貧乏性が染み付いているらしい」

 何て言ってるが両親の逝去とは関係なしに紫苑がセコイのは言うまでもないだろう。

「苦労してるのね」
「(現在進行形でな。分かるか? お前が原因その1だよ!)はは、そうでもないさ」
「でもこれからは私が居るから何の心配もいらないわ!」
「それはまた……心強いな」

 ヒモになって生きるのが一番イージーな道だ。
 そしてアリスと言う少女は尽くす女、ヒモになるならなるでとことんまで甘やかしてくれるだろう。
 だがそれをするにはプライドが邪魔をしてしまう。
 嗚呼、悲しきかなこの自尊心。自ら簡単な道を閉ざしてしまっている。

「うん! あ、ところで紫苑お兄さん」
「ん?」
「その右腕――――ファッション? 蛇はあんまり似合わないと思うんだけど……」

 不思議そうに紫苑の右腕を眺めるアリス。
 優しくて真面目で、それでも融通が利く系のキャラを通している弊害か。
 今でもタトゥーについて突っ込まれることは多い。

「いや、ファッションなんかじゃないさ。長崎校であったかどうか知らんが振り分け試験の時にな」
「入学してすぐの? その時に何かあったってこと?」

 カス蛇が知能を持っていることをぼかしつつ紫苑はアリスに説明する。

「ふぅん……珍しいけど前例がないわけでもない、か。デザインが違ってれば良かったのにね」
「ふむ、じゃあ俺に似合う刺青のデザインって?」
「そうね――――ハート、ダイヤ、スペード、クラブとか?」

 そりゃお前の好みだろうが。
 アリスは自分の所有物――例えば下僕の甲冑などにトランプの刻印をしている。
 紫苑に四つのうちどれか、あるいは四つ全部を刻んで占有権をアピールしたいようだ。

「……そう言う派手なのはちょっと(嗚呼、心底うぜえ……)」
「むしろシンプルな気がするけど?」
『つか、おいクソガキ! ぺちぺちするなぺちぺち!』

 右手をぺちぺちと叩くアリスに抗議するカス蛇だが当然聞こえていない。

「あの、そ――――ッッ!?」

 そろそろ、止めてくれないか? そう言おうとした瞬間右腕のタトゥーに激痛が奔った。
 刺すような、裂くような、焼かれているような……形容し難い痛み。
 今まで生きて来た中でも一番の激痛に、紫苑の鉄面皮が歪む。

「お、お兄さん……?」
「う、ぎぃ……が、がぁああああああ……!!(痛い痛い痛い痛い! な、何しやがったクソガキィィ!!)」

 額に浮かぶ脂汗、一向に鎮まらない痛み。
 耐え切れず床に倒れた紫苑は激痛にのたうち回る。
 おろおろと彼に縋りつくアリスは今、どうして良いか分からなかった。
 人形ならば解体して原因を見つけ治せば良い。しかし紫苑は人間だからそうもいかない。
 救急車を呼ぶと言う当たり前の知識すら欠けている彼女はマジで役立たずだ。

「(ガズベビィィイイイイイイイイイイイイイ! ご、れ、ば、何なんだぁああああああ!?)」
『ぎががががが……! お、俺様にも分かんねえよ……!!』

 タトゥーが痛む以上、原因を知っているのはカス蛇。
 そう思っての問いかけだったがカス蛇自身にも痛みの原因は分からない。
 それどころか宿主である紫苑と一緒に痛がっている始末だ。

「~~~ッッ!!!!」

 本人の感覚では一時間、実際には十分ほどか。
 それぐらいでようやく痛みが治まった。後に引くこともなく、苦痛は綺麗さっぱり消滅した。

「はぁ……はぁ……はぁ……い、一体何なんだ……?」
「紫苑お兄さん、大丈夫? 大丈夫だよね? あ、アリス……を一人に……し、しないで……」

 堰を切ったように泣き出したアリス。
 紫苑を襲った痛みが命に別状があるかは分からない。
 それでも痛みにのたうち回るその姿は幼い彼女がリアルに喪失の危機を感じるには十分だった。

「あ、アリスが何か悪いことしたの? ごめんなさい……ごめんなさいぃ!!」

 わんわんと大声で泣くアリスを見て紫苑は焦っていた。
 別に女の子が泣いた程度で何かを思う優しい心があるわけではない。
 単純にご近所様に聞こえていないかが心配なのだ。
 一人暮らしの男の部屋から女の大泣きが聞こえる――――事案ものである。
 白い目で見られるなど耐えられない紫苑は、

「――――俺はここに居るよ」

 強くアリスを抱き締めた。
 耳元から聞こえる優しい声は彼女を安心させるには十分だった。

「辛いよな、誰かに置いていかれるのはさ」

 父母のことを暗に語っているわけだが無論のこと本心ではない。

「痛いくらいに分かるよ。一人ぼっちになる辛さは。
元から一人ならともかくさ……今のアリスは、一人じゃない幸福を知ったんだもんな。
それを喪うのは怖いに決まってる。だから、俺は無責任に居なくなったりはしないよ」

 尚、責任なんてミジンコほども感じていない模様。

「ほんと……?」

 上目遣いで、縋るように紫苑を見つめるアリス。
 その瞳からは、ほんの僅かではあるが不安が消え始めていた。

「俺が嘘を吐くとでも?」

 本当だ、と言わない辺りコイツの性根はマジで腐っている。
 発酵食品も真っ青なくらいだ――――いや、食べられる分納豆とかのが大分マシだ。

「……ううん、吐かない。お兄さんだけは、本当だから」

 いいえ、彼だけは嘘です。

「そうか。なら、泣き止め。俺はな、この世で女の子の涙ほど対応に困るものはないと思ってるんだ」

 その割には手早く器用に涙を止めたじゃねえか。

「うん……でも、本当に身体は大丈夫?」
「ああ。不思議なことにあれだけ痛かったのが今ではもう何ともない」

 もしかして夢だったのでは? そう錯覚してしまうくらいだ。
 それほどまでに痛みの痕跡は残っていない。

「あ、そうだ……びょ、病院に行った方が良いんじゃないかな?」

 ここでようやく病院と言うものに思い至ったらしい。
 だが、紫苑にそんな気はない――――だって医療費勿体無いから。

「いや、その必要は無い。学校の保健室で見てもらうさ。何せ、痛んだのは刺青部分だしな」

 保健室ならタダだし、痛みがあった箇所は右腕のタトゥー。
 それならば冒険者学校で診てもらった方が御得と言うもの。
 一応冒険者専門の病院がないわけでもないのだが、
治療費が割高なので紫苑はなるべくかかりたくないのだ。
 もっとも、保健室で異常アリと言われれば躊躇いなく病院へ行くが。

「(専用の病院は保険効いてるのに馬鹿高いからなぁ……)明日診てもらって異常があれば病院に行くさ」

 命が惜しいもんな!

「そう……なら良いけど。でも、異常があったら何時でも言ってね?」
「ああ、分かってるよ」
「デカブツルークは下手な車よりも速いからおんぶしてもらえればすぐに病院に行けるわ!」

 エッヘン! と胸を張るアリスだが……想像して欲しい。
 見た目は整った内面屑の高校生が2m以上ある大男の背に乗っている絵を。
 もう何て言うか笑いしか込み上げて来ない絵面だ。

「(速くても乗り心地最悪じゃねーか)そ、そうか」

 珍しいことに正論である。

「(ようカス蛇、お前は無事か?)」
『ん、おお……大丈夫だ。けど、少しボーっとするなぁ……』
「(そか。まあ、お大事にな)」
『おう』

 カス蛇の声は寝惚けているかのようにぼんやりとしていた。
 あの痛みならば無理もないと紫苑は気を遣ったのだが……気持ち悪い。

「お兄さん、お風呂はどうする? 体調が問題ないなら入る?」

 紫苑に気を遣ってくれているのだろう。好意を持つ相手には本当に優しい子だ。
 尚、好意を持たない人間は親であろうと平気で殺す模様。

「いや、今日は色々あったからな……明日の朝入るよ。とりあえず、もう寝る」
「眠いの?」
「そうでもないが……横になりたいんだ」

 流しに蕎麦セットを置いて紫苑は寝室に向かうのだが……何故かアリスもその後を着いて来る。
 勿論、奴も意図が分からないほど愚鈍な男ではない。
 更にげんなりしつつもベッドに飛び込むと、アリスも同じようにベッドに入って来る。

「……紫苑お兄さん、読書家だったりする?」

 暗い部屋の中とは言えアリスの視力ならば明かりがついているのとそう大差はない。
 ベッドに潜り込んだまま室内を見渡せば、結構な量の本がある。
 イメージ通りと言えばイメージ通りだが、アリスは興味津々だった。

「そうでもないさ。手慰みに読む程度だからな」

 この部屋にある本は殆どタダ同然で手に入れたものだ。
 紫苑は著作権が切れたり何だりで捨て値同然で売られているものだけを購入している。
 娯楽にさえ余り金をかけたくないケチ臭い根性の賜物だ。

「ジャンルとかも区別なし?」
「ああ。推理小説、伝奇小説、エッセイ、図鑑、辞典、何でもござれだ」

 百科事典などを読んでいると時間はあっという間に過ぎていく。

「後はまあ、童話や神話なんかも読むな」

 そのおかげでアイリーン戦いにおいて突破口を見つけることが出来たのだ。
 日本人にとっては馴染みのないアルスター伝説などを知っていたのも、
古本屋にて二束三文で売っていたのは見つけて購入したから。
 人間万事塞翁が馬などと言うが正にその通りだ。
 乱読癖が無ければアイリーン攻略の糸口を掴めぬまま負けて――――居た方が幸せだったかもしれない。
 勝ってしまったばかりにアリスと出会ったりサイコパスメモリーを読まされる羽目になったのだから。
 本当に人間万事塞翁が馬だ。勝って嬉しい! 更なる苦難への序章で御座った……なんて笑えもしない。

「神話ねえ……アリスはあまり好きじゃないわ」
「それは何故?(今度から神話系を中心に集めるか)」

 せっこい嫌がらせを思いつく男だ。

「神様って意地悪な奴ばっかでしょ? 浮気者だったり奥さん迎えに来たのに逃げ帰るヘタレとか」
「(後者のへタレは多分我が国の神様だな……しかし、へタレwww)確かに、そうだな」
「ホント神様ってロクなことをしないわ。アダムとイブの話だってそうよ」

 アダムとイブは蛇に唆されてエデンの園にあった禁断の果実を、食して楽園を追放されてしまった。
 結果、女は妊娠の苦痛が増したり、額に汗して働かなければ
食料を手に出来ないほどに大地の実りを少なくされてしまったりとロクなことになっていない。

「食べちゃ駄目なら最初から目の届かないとこに置いとけば良いじゃない」
「それはまあ、正論だな」
「自分の管理能力の足りなさを自覚するべきだわ」

 プリプリと怒るアリス、よっぽど腹に据えかねたらしい。
 その逸話は紫苑も当然知っているが、アリスのように怒りは感じなかった。
 追い出されたアダムとイブざまぁwww蛇如きに出し抜かれる神様ざまぁwww程度の感想しかない。

「そうだな……ちなみに、アリスはどんな本を読むんだ?」
「え、私? うーん……主に童話系ね。絵本とかは大好きよ」
「(見た目通りにガキ臭えwww)やっぱり、ルイス・キャロルとか?」

 そう言うお前も童話読むって言ってたじゃねえか。

「名前がアリスだし、多分そこから取られるてるもの。そりゃ読むわ」
「服装もそれっぽいしな(まんまコスプレだよなwww恥ずかしいwww)」

 コスプレに見えても、それがよく似合っているのならば何の問題もない。
 服に着られず、服を着ているのならばそれが一番だ。

「アリスシリーズ以外で好きなお話とかはあるか?」
「シンデレラ、白雪姫とかは空きよ。あ、原典の方も嫌いじゃないけど子供向けに書かれている方ね」

 原典の方は色々とげんなりする内容だが、
それが嫌いではないと言うのもまたアリスらしいと言えるだろう。

「後は眠れる森の美女なんかも素敵!」

 今挙げた三作にはどれも王子様が出て来る。
 それは幼い心の裡に秘めている願望の顕れやもしれない。
 ちなみに、眠れる森の美女もグリム童話においては結構ハードな展開だったりする。

「眠り姫か……そう言えばクライン・レビン症候群の女性を眠り姫と称したりもするそうだな」
「何日も眠るってどんな気分なのかしらね」
「さあ? だが、色々と面倒そうではあるな」

 食事も排泄も一切問題無しでどれだけ時間が経っても、
筋肉などが衰えないならば眠り続けるのも一興かもしれない。

「ねえ、私が眠り姫になったら――――キス、してくれる?」

 首筋にかかる熱い吐息と艶っぽい声色に紫苑は嘔吐寸前だった。
 本気で気持ちが悪いのだ。無論、春風紫苑も健全な男子。
 そう言った欲求が無いわけでもないが、それも相手によるのだ。
 自分より劣っていて尚且つビジュアルもそこそこ良い相手にしか興奮出来ない。
 だからこそ、どれにも当て嵌まらないアリスの誘惑は害悪でしかなかった。

「ああ、茨を超えてお前の下まで行こうじゃないか」

 キスをする、とは言っていないがそこはそれ。
 アリスは照れ屋の紫苑が精一杯の答えを返したと受け取っている。
 キスをするとは恥ずかしくて口には出来ないけど、
その意思はあると伝えるために茨云々と言ったのだと。
 勘違いも甚だしいが当人が幸せならそれで良いのだろう。

「……」
「……」

 ふっと、会話が途切れ無言の時間が訪れる。
 闇の中の静寂は心地良く、紫苑は穏やかな気分になっていた。
 密着している不快なクソガキも、
ちょっと変わったオブジェか枕だと思えば我慢出来ないこともないと思えるほどに心穏やかだ。
 いやまあ、それが穏やかなのかと言われらた困るけど奴なりに穏やかではあるのだ。

「……私は」
「(黙ってろよクソガキ。空気を読め空気を)」
「アリスは、今まで夜闇の中を生きて来たわ。まあ、自業自得な部分もあるのだけどね」

 自分達で生んでおいて真っ直ぐ愛してくれなかった両親にも責はある、
生まれ持った能力のせいでもある、だがアリスにも非はあった。
 歪んだ結果として他を踏み躙り始めたのは彼女自身の責だ。

「真っ直ぐ伸ばした手さえ闇に飲まれて見えなくなるくらい、暗い世界。
一寸先は闇とはよく言ったものね。本当にその通り、夜の世界は何も見えない」

 紫苑はもう眠たくて眠たくてしょうがなかった。

「私は、夜の世界からは抜け出せない。多分、そう言う生き物だから」

 人を好きになり、人に好かれたとしても歪な性は変わらない。
 愛を貫くためならば他を踏み躙れる、そこに一切の躊躇いはない。
 踏み躙った相手にも愛する人が居ると分かっていても、関係ない。
 大事なのは自分の愛だからと罪悪感すら覚えないだろう。

「でも最近、夜の世界に光が差した。月光のように儚いそれじゃない、遍く世界を照らすような光」
「(カス蛇、明日の朝飯フレンチトーストにするか)……」
『え? マジで!?』

 カス蛇とそんなやり取りをしている紫苑だが、一応アリスの話は聞いている。
 話を合わせたり気の利いた返しをするためにはちゃんと聞かなければいけないからだ。

「夜は夜だけど――――白夜になった」

 沈まぬ太陽、その名は春風紫苑――――爆笑ものである。
 まあ、兎にも角にもアリスにとっては唯一の光なのだろう。

「寂しい夜の世界に差し込んだ光、それがある限り私は生きていける」

 その光を糧にして生きていける、それは何て幸せなことだろうか。
 だからこそ、アリスは改めて伝えたかった。

「ありがとう――――私、幸せです」

 幸せです、何でもない言葉だがそこには万感の想いが込められていた。

「(俺は不幸だがな。俺の不幸で幸せになるとか屑だわコイツ)それを言うなら俺もさ」

 お前のように他人の不幸を嘲笑って生きていないだけマシだよ。

「こんな風に、誰かの温もりを感じながら眠るなど随分と久しぶりだ」

 そんなことを言ってるが両親と一緒に寝た回数など片手で数えられるほどだ。

「ついぞ忘れていたが、それはとても幸福なことなんだと俺は思う。
傍に居る誰かの温もりを感じながら明日への希望を抱いて眠りにつく。
それは何て――――幸せなことだろうか。当たり前で、だからこそ大事なことだ」

 それを思い出させてくれたアリスにこそ感謝を伝えたい。
 そう言って紫苑は笑顔を作るが……よくもまあ、ここまで本心ではないことを言えるものだ。
 中身が言葉は響かないと言うが、
中身があるように見せかけて相手を偽るこの才覚は驚異的と言えるだろう。
 決して見抜けぬ虚飾、紫苑のそれはアリスとは別の意味で怪物と称するに相応しい。

「ありがとう。そして(永遠に)おやすみアリス」
「うん――――おやすみ、紫苑お兄さん」

 二人の夜は更けていく……
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ