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ハルジオン~口だけ野郎一代記~ 作者:曖昧

嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

23/204

展開読めて来たわ

『おいおいおいおいおい! お前何考えてんだ!? 断れよ馬鹿!』
「(まあまあ待て待て落ち着けカス蛇。ここで引いてビビリと思われるなんて癪じゃねえか!)」
『はぁ!? そんなことで命を危険に晒すのか!? 命を大切にしない奴は死ね!』
「(それにこれはある意味チャンスなんだ。良いかよく聞け?)」

 四人に同意を示したことでビビり出したカス蛇をなだめる紫苑。
 その頭の中には相も変わらずロクでもない絵が描かれていた。

「(まず特殊なダンジョンってのはヤバイ、ヤバイが見返りは半端ないはずだ。
秘匿されていてい、尚且つ絵空事を現実に出来るものがあるかもしれない。
それを取って来たら報酬はかなり貰えるだろう。こっちが言わなくても口止め料込みでな。
一回、二回潜るだけでことによっちゃサラリーマンの生涯年収稼ぐかもしれんね。
だが危険だ、危険なのは間違いない。死ぬ可能性だってあるだろうな。
だ と し た ら チ ャ ン ス だ ! "仲間を喪って悲しみに暮れる俺"作戦発動だ。
馬鹿四人がくたばるように立ち回って尚且つ自分だけは命からがら生きて帰る。
そして俺はこう言うのさ"二度、仲間を喪った。三度目なんて耐えられそうもない……"ってな。
つまり俺は悲劇の英雄として馬鹿にされることなく引退出来るってわけだ!!)」

 何処まで自分に都合の良いこと考えてるんだお前は。
 稼ぎが大きいと言うのは間違いないだろう。うん、それは正しい。
 危険だと言うのも正しいし、実際にそうなのだから。
 だが何故自分だけ生き残れると思えるのだろう?
 その楽観は一体何処から来るのか。見通しが甘いにもほどがある。

「やる気に満ちているな。だが、油断や慢心は禁物だ。分かっているな?」

 ヤクザ先生、一人だけ油断と慢心に塗れた男が居ます。

「ま、とりあえず詳しいことは追って連絡する。
今日は真実を伝えることだけが目的だったのでな。午後の授業はあるが……
流石に出ろとは言わん。各自自宅でゆっくりと考える時間にあてると良い」

 解散! と号令をかけてヤクザは去って行った。
 残された五人のうち四人の顔には隠し切れない歓喜が浮かんでいる。

「……私もそろそろ帰るか。少し、考えごとがしたいのでな」
「同じく私も、失礼致します」
「ほなうちも帰ろうかな。何や……色々あり過ぎて頭混乱しそうやし」

 残されたのは天魔と紫苑だけだったが、

「僕もそろそろ帰るよ。……あのクソガキと何があったか、明日また教えてね?」

 天魔もまたブっとい釘を刺して部屋を出て行った。

「(……そういやカス蛇)」
『あん?』
「(お 前 喋 る モ ン ス タ ー だ よ な ?)」

 気付くの遅い、どんだけ足元がお留守なんだお前は。
 シェンさん辺りに一回足を払われねば理解出来ないのだろうか。

「(つーことはだ、俺が振り分け試験で行ったあそこって……)」

 思い出すのは分厚い黒雲に覆われた荒れ果てた大地。
 黒田(故)が主人公のようなことを言って走り去り結局殺されると言うコントをやらかした場所だ。
 あそこはひょっとして今日知らされた特殊なダンジョンだったのかもしれない。

「(でもあんなとこに何も無さそうだったがなぁ……つか、お前ら何者よカス蛇?)」

 今日の今日まで特に気にしていなかったのも、それはそれで凄い。
 自分に害を成す存在ではないからと言って普通放置するか?

『さぁな。俺様自身にも分かんねーよ』
「(人間についても知ってるような口ぶりだったし……何かあんのか?)」
『分からないつったろーが。自分が何者かも何で喋れるのか人間について知ってるのか……』

 一切合財分からない、そう言ってカス蛇は大きな溜息を吐いた。
 多分本当に分かっていないのだろう。
 それでも紫苑と似通った部分があるからこそ特に気にしていない。

「(……まあ別にそっちは本題じゃねえから良いけどさ)」
『あん? 本題って何よ?』
「(お前がモンスターと意思疎通出来るんなら……こう、色々と融通利かせてもらえねえかな?)」

 セコイにもほどがある。
 カス蛇を利用してモンスターから見逃してもらったり、
あるいは宝の場所などを教えてもらおうとするなんてお前に冒険者としての誇りはないのか?

『どうだろ? まあ、一応やってみるか?』
「(おう、金と名誉のためにやってみてくれ。美味いもんたらふく食わせてやれるぞ!)」
『マジでか!?』

 と、盛り上がる人間一人と蛇一匹だが……人間の方があることを思い出す。
 話が終わったら来てね? と言われた記憶があるのだ。

「(――――素直に行きたくねえなぁ)」

 それでも行かねばならない。
 気が重くなるのを感じながら紫苑が部屋を出ると……

「ルーク……? 何やってるんだ?」

 ヘルクッキングパ●ことルークが廊下の壁に背を預けて佇んでいた。
 そう言う仕草が似合うのは顔が良い奴だけだよ! と紫苑は密かに嘲笑する。

「お前を待っていた。少し、アリスと話す前に自分の話も聞いてくれないか?」

 ルークの顔は人形とは思えないほどにリアルだ。
 造形がと言うことではなく、言うなれば生気? と言うものを感じる。
 こうしてみると普通の人間と何ら遜色がない。
 人の肉を貼り付けているのだとしても、それだけではこのリアルさが出ないように思う。

「ああ、構わない(だって断るの怖いし)」
「……お前は、何故ああも早くにアリスの心に踏み込めた?」

 誰も彼女の心に触れることは出来なかった。
 誰も彼女の孤独を癒すことは出来なかった。
 誰も彼女に手を伸ばさせることは出来なかった。
 だと言うのに春風紫苑と言う男だけは唯一、アリスと言う少女の深い部分に踏み込めたのだ。
 ルークはどうして紫苑にそれが出来たのか、
どうして自分には何も出来なかったのかを知りたかった。

「さて、自分でも上手く言葉に出来ないんだが……」

 アリス・ミラーと言う人間を看破出来たのは、ひとえに紫苑が人の粗を探すことに長けていたから。
 そして見つけた粗を鬱憤晴らしに突きまくっていたら色々不味いことが起こり、
自分を良く見せるためにアレコレ綺麗な言葉を並べていたら今の状況になっていただけ。
 紫苑は紫苑が狙った通りに目論見を成就させたわけではないのだ。

「自分とお前は何が違う?」
「(顔の美醜……かな? 超絶イケメンとヘルクッキーを同列に語るとか頭が高いにもほどがあるわボケ)」

 と、そこで疑問が一つ。

「ルーク、何故お前は自分と俺を比べるんだ?(俺イケメン、お前ブサメン、虚しいだけだろうに)」

 だから顔のことは関係ねえよ。
 と言うのはともかくとして紫苑の抱いた疑問は至極尤もなものだろう。
 ル ー ク の そ れ は 人 形 の 領 分 を 超 え て い る。
 人形の定義にも色々あるだろうが、絶対なのは自分の意思で動かないと言うことだ。
 命令がくだされているならともかく、ここに居るのはルーク自身の意思のように思える。

「……さぁな。自分にもよく分からない。この身体に染み付いた誰かの想い、なのかもな」

 その言葉もまた、人形らしからぬもの。

「(何カッコつけてんだコイツwww鏡を見ろよブサメンwww)」

 でもコイツにとってはやっぱりどうでも良かった。

「おかしな問いを投げてすまなかった。自分はここを離れる。だからお前はアリスのところへ行ってやってくれ」
「ああ(フン……でかい奴が頭を下げるのは心底痛快だな)」

 頭を下げてから去って行ったルークに対する感想がこれである。

「(本日最後のお勤めを済ませるか。なあ、カス蛇)」
『ああ、それは構わないが……豪遊するのはどうなったんだ?』

 自棄になっている時分、徹底的に散財してやると紫苑は言っていた。
 それは未だに有効なのかとカス蛇は問う。

「(……まあ、外食くらいなら良いかな。色々めでたいことがあったし)」
『っしゃキタコレ! んじゃとっととあのガキの話聞いて帰ろうぜ!!』

 カス蛇大歓喜である。
 それに苦笑しつつ紫苑がドームに戻ると……

「――――」

 未だにアリスは空を見上げ雨に打たれていた。
 砕けた天井から降り注ぐ雨は少女の全身を濡らしている。
 びしょ濡れのアリスだが、それでもみっともなく見えないのはその美貌ゆえか。
 何をしていても絵になる――――何とも羨ましい才能だ。

「風変わりな御嬢さん。傘もさしていないようだがそりゃ一体どんな嗜好かな?」
「何てことないわ、火照った身体を冷ましているだけよ」
「ほう、そりゃまたどうして火照っているんだい?」
「"好き"があんなにも心身を熱くするなんて思っていなかったから……でもダメね」
「何がダメなのかな?」
「雨如きじゃ冷めそうにもないもの。ほら、今だって紫苑お兄さんの顔を見てるとドンドン熱くなっていく」
「情熱的だな(そのまま全身から発火して焼け死ねば良いよ)」

 その場合容疑者筆頭候補に挙がるのは間違いなく紫苑だろう。

「……さて、何処から話そうかしら」

 遊びのようなやり取りを終えて、さあ本題といきたいところだが……
 アリス自身、胸の内を明かすなんて初めての経験。
 何から、何処から話せば良いのかまったく分からなかった。

「思いつくままに話せば良いさ(そもそも興味だってありゃしないしな)」
「そうね、だったら最初から……かな?」

 蒼い瞳が揺れる、昔日の己に想いを馳せているのだろう。

「生まれは何てことのない普通の家だったわ。
パパが居てママが居る、それなりに裕福な家で私は生まれた。
原初の記憶は――――ママが泣いている姿。悲しそうだったわ……
でも涙の理由を知ったのはずっと後」

 裕福な家の生まれ、そう聞くだけで紫苑のジェラシーがメラメラと燃え上がる。
 別に貧乏なわけでもないんだから嫉妬しなくても良いだろうに……

「五歳くらいの時かしら? 私が自分の力に気付いたのは。
ママから貰ったお気に入りのビスクドールを壊してしまったの。
悲しくて悲しくて必死で修理をしていたら――――そこに命が宿った。
片言の御喋りしか出来ないし、動きもギコちなかったけどあの子は生きていたわ」

 どんなものにでも命を吹き込めるわけではない。
 アリスが手ずから修理したり作り上げたりするものにしか命は宿らない。
 幼い彼女はその法則に気付くと更なる命を求めた。

「次はお気に入りのテディベア。四肢を引き裂いて修理をして命を宿した。
友達なんか欲しいとも思わない。人形があれば十分だったから」

 そう、その頃は特に寂しさなんか自覚していなかった。
 玩具の国の女王としてただただ毎日を楽しんでいた。

「明らかな異端、そう思わない?」
「……ああ、そうだな。そんな魔法は聞いたことがないし、魔法じゃないんだろう?」

 魔力を感じない以上は魔法ではない。では何だ? 答えは出ない。
 それはアリスにだって分からない。今を以ってしても自分の力が何なのか分かっていないのだ。

「ええ、魔法じゃない。じゃあ何? って言われたら困るけど……
あの頃の私は、力の正体になんて興味はなかった。
ふふ、今思うと……間が良いのか悪いのか……私の力は長い間パパママに知られなかった」

 手を伸ばせば消えてしまいそうなほどに――――儚い。
 アリス・ミラーは今、胸の傷を開いている。
 どくどくと傷口から開きだすトラウマはじわりじわりと彼女を蝕んでいた。

「十三歳の頃、だったからしら? 初めてパパとママは異変に気付いた。
私はどうとも思ってなかったけど……私の発育がおかしかったのよ。
成長が遅いと言うのは不思議じゃないわ。背が小さい子、高い子、それぞれだもんね。
でも爪や髪が伸びる速度が異常に遅い――と言うより止まってるのは異常。
結論から言うと――――私の身体は十歳の時から一秒足りとて進んでいないのよ」

 時間が完全に止まっていると言っても過言ではなかった。
 アリス・ミラーには食べることも、寝ることも、排泄をすることすら必要無い。
 それはまるで――――人形のようではなかろうか?

「パパとママは異変に気付いて色んなお医者様に連れて行ってくれたわ。
でも駄目、完全に原因は不明。まあ、私には不都合なんてなかったのだけれど……」

 自分の子がまったく成長しないとなれば、親はどう思う?
 そう問いかけるアリスは……泣いているのかもしれない。
 雨か涙か、紫苑には後者に思えた。

「(あの小生意気なクソガキ泣いてんぞ! こりゃ今日の昼飯は美味くなりそうだな!!)それは……」

 少女が流す哀切の涙もコイツにとってはオカズでしかないようだ。

「ごめんなさい、お兄さんにそんなことを言わせるのは酷いわよね」

 いいえ、本当は嬉々として指摘したいでしょうよ。

「まあ……見る目が変わったわね、特にママ。悟らせまいと普通どおりにしてるけど……
時々ちらつく異物を見るような視線、覚えているわ。ママは私を怖がっていた」

 お腹を痛めて生んだ子供が得たいの知れない存在ならば……
 酷いかもしれない、しかしそのリアクションも仕方ないのかもしれない。

「気付かないフリをして日々を過していたけど……
丁度その時期に私の持っている力についてもバレたわ。
取り繕うこともなくママは悲鳴を上げて逃げた。それでね、その夜よ。
戻って来たママがパパに泣きついてこう言ってたの」

 出来ることなら忘れて、このまま一生思い出したくはなかった。
 それでも話さねばならない――――紫苑を信じると決めたから。

「"あ の 怪 物 が 私 の 息 子 を殺 し た の よ ! !"」

 身を裂くような叫びだった。
 実の母からそのようなことを言われて、少女はどれだけ傷付いたのだろうか?

「(あーあー……うんうん、読めて来た。展開読めて来たわ)」

 一方の紫苑、コイツは話の流れが見えて来たせいか酷くつまらなそうだ。

「(ヘルクッキーがペンションで言ったこと、ある程度事実だったわけだ。
恐らくヘルクッキーとアリスは双子でヘルクッキーが兄貴。
ただ生まれてすぐに……か、胎内で死亡したと見るのが正しいだろうな。
んで最近は火葬なんてやらねえからな。遺体はバッチリ残ってるわけだ。
大方アリスが墓を暴いて死体を作って出来上がったのがルークなんだろう。
だけどそれで余計に母親にドン引かれて自己防衛のために自分を特別と定め、
劣等と判断した両親を殺すかどうかしたってのがオチだろうよ。多分な)」

 見も蓋も無いとはこのことである。
 確かに話の流れから察せないこともないが……黙っておくのがお約束だろう。

「私には双子のお兄ちゃんが居たのよ。生まれてすぐに死んじゃったけど……
ママはお兄ちゃんが死んだのは私のせいだって罵ったのよ」

 母親の気持ちも分からないわけではない、
だがその一言をアリスが聞けばどう思うか……母親はそれを考えるべきだ。
 バッサリ切って捨ててしまえばアリスの母には母親たる能力が足りなかったのだろう。

「私は真夜中だって言うのに人形用の骨組みを片手に外に飛び出した。
酷い嵐の夜だったわ……もう何もかもが分からなかった。
お兄ちゃんが眠っている墓地なんて何処にあるか知らないけど、
心の赴くままに走っていたら不思議と辿り着けたわ。私は、必死で墓を暴いた」

 嵐の夜に墓場を掘り返す美しい童女――――まるで怪談である。

「掘り出した死体で作った人形は、会心の出来だったわ。
何せ赤ん坊の人形がその場で十三歳の男の子にまで成長したんだもの。
私は何を思ったか、そいつを連れて家に戻って……必死で説明したわ。
私、生き返らせたわ! だから酷いこと言わないで! ってな具合にね」

 その後の両親の反応については……語る必要もないだろう。
 紫苑は根掘り葉掘り聞き出してトラウマを抉ってやりたいと考えているが、
それはそれで錯乱し何が起こるか分からないので怖いと言う気持ちもあった。
 結果、紫苑が選んだのは沈黙。マジでチキンだよこの男。

「殺したわ、パパとママを。殺させたわ、デカブツルークに」

 自分の息子の肉を持つ人形に殺される、痛烈な嫌がらせだろう。
 悪意なくしてそんなことは思いつかないはずだ。
 だがその悪意を育てたのは誰? となるとやはり自業自得か。

「バラバラに殺してやった後で針と糸を片手にパパとママを修理したわ。
出来上がったのは私の知らない、私の思い通りに動くパパとママの人形。
その辺りから私は夢を見始めた……永くて短い悪夢を……
私は特別、私は優れている、私はお前達とは違う。
呪いのように言い聞かせて己の孤独を慰めていた。あの日、紫苑お兄さんが言った通りよ」

 両親からの拒絶に伴う孤独、それを紛らわすために強者の論理を振りかざした。
 けれどもその果てに待っているのはやっぱり孤独。
 そこから目を逸らしていたアリスの首根っこを掴んで現実を直視させたのは紫苑だ。

「(んだよ結局俺の予想通りじゃねえか。くだらねえ話に付き合ってやってんだから……
もうちょっとこう、先が読めないように上手く話して欲しいもんだよ。あー……つまんね)」

 女の子の一世一代の告白に対して余りにも酷薄過ぎる反応だろう。

「"お前は独りだ――――死ぬまで独り、お人形遊びに興じているが良いさ"」

 紫苑が投げた言葉をなぞるアリス。
 芯を突いた言葉だと認めつつ、彼女は歌う。

「あの町 この町 日が暮れる 日が暮れる。今きたこの道かえりゃんせ かえりゃんせ」

 日が暮れた、帰らなきゃいけない。

「お家がだんだん遠くなる 遠くなる。今きたこの道かえりゃんせ かえりゃんせ]

 ああでも……お家が何処にあったか思い出せない。

「お空に夕の星が出る 星が出る。今きたこの道かえりゃんせ かえりゃんせ」

 いいえ、思い出せないのではない。存在しないだけ。
 だって帰るべきお家は自分の手で消してしまったから。

「――――ふぅ」

 歌い終えて一息、心が乱れて上手く言葉に出来そうもない。
 それでも虚飾無き本心を知ってもらうのなら、感じたままに言葉を紡げば良いと眦を吊り上げる。

「まあ、その……ええ、これが私の全部。
独りが嫌なのに人を信じられなくて……自分を特別だと嘯いても孤独は消えず……
もう何もかもが分からない癖に当ての無い旅を続けて来た馬鹿娘、それがアリスの真実よ」

 辛いです、寂しいです、苦しいです――――だから手を伸ばします。
 私を助けてくださいとアリスは泣き笑いの表情を作る。

『ですってよ紫苑さん』
「(あー……クソ面倒だよな。角が立たないように良いように振舞うのもさ。
いやまあ、このクソガキを殺せない以上は思考を切り替えるっきゃねえわ。
心底ムカつくけど優秀なのは優秀だからな。何かに利用出来ることもあるだろう。
だったら心底嫌だけどここで媚を売っておくのも仕方ないし――――よし、頑張ろう!)」

 人間の価値は? と問われたら紫苑は迷わずこう答える――――利用出来るか出来ないか。

「あ……」

 アリスの前まで近付き、片膝を突いて目線を合わせ――――そのまま抱き寄せた。
 雨に体温を奪われたのだろう、その身体はとても冷たい。

「(ぐしょぐしょで気持ち悪いし冷たいし、もう……最悪! 何で俺まで濡れにゃならんのだ。
と言うかカッコつけたいんだか何だか知らないけど雨を避けろよ馬鹿!
何でわざわざ天井に穴開いた場所で立ってんだ気障野郎! いや、野郎じゃなくてアマか)」

 そう言うお前も演出のためなら似たようなことするだろうが。
 アリスは別に狙ってやってるわけじゃないから百倍マシだよ。

「――――ようやく、届いたな」

 アリスの首元に顔を埋めるような体勢で囁く。
 情感たっぷり、隠し切れない歓喜が滲み出ているような声色、
これが演技だと見破れる人間が果たしてどれだけ居るだろうか?

「……紫苑お兄さんは泣き虫ね」

 首筋に感じる雨とは別の熱い雫。
 顔は見えないけれど、泣いているのが分かる。
 紫苑が自分のために涙を流してくれている――――それが何よりも嬉しい。

「俺は、一度君を諦めかけた。殺すしかないって……
そんな俺がこうやって君を抱き締めて良いのか躊躇うけれど……それでも……!」

 日の当たる場所へ来てくれたことが嬉しい、そう言って更に涙を流す。
 装うと言うことに関してコイツの右に出る者は居ないのかもしれない。

「だって、お兄さんがあんまりにも辛そうだったんだもん」

 紫苑が流した涙、アリスは一生忘れないだろう。
 自分は赤の他人なのに、それでも心の底から悲しんでくれた。
 あの場で死を受け容れていたら優しい彼はきっと苦しみ続けただろう。
 背負わなくても良い自分の死を一生背負っていたはずだ。
 それが胸を締め付けるくらいに嬉しくて、苦しかった。

「私が死ねば、一生消えない傷を抱えていたでしょう?」

 三日と経たずに忘れただろうよ。

「だから――――生きなきゃって思えたの」

 一度諦めかけ、涙を流してくれたからそう思えた。
 だから気にしないでとアリスは笑う。

「(そのまま死んでくれてた方が嬉しかったんだがな!)アリス……」
「負い目なんて感じる必要はないわ。それともこのまま距離を置くつもり?」

 そんなことすれば死んじゃうんだから、と冗談めかして紫苑を励ます。
 まあ、奴にとってはその方が嬉しいだろうが。

「ねえ、紫苑お兄さん」
「……何だ?」
「こんな私だけれど、傍に居て良いかしら?」

 性格だって捻くれてるし、ワケの分からない能力だってある。
 そんな自分が傍に居て赦されるのだろうか? アリスは紫苑の口から答えを聞きたかった。

「紫苑お兄さんの描く幸せの絵に、私の居場所はあるのかしら?」
「――――なければ書き足せば良い」

 お前はここに居て良いんだ、そう告げているかのように抱き締める力が強くなった。

「お前が伸ばしてくれた手を俺は離さないよ。お前はどうなんだ? 今更引っ込めるつもりか?」
「……ううん、そんなことはしないわ。信じて伸ばした手だもの」

 もう一度、もう一度だけ人を信じてみよう。そう勇気を込めて伸ばした手なのだ。
 少なくとも自分から離すような真似は絶対にしないと断言するアリス。

「だったらもうお互いに野暮は無しにしよう。
俺に負い目を感じるなと言ったんだ、アリス……お前も変に負い目を感じる必要はないだろう。
この雨と一緒に流してしまえば良い。それが良いことかどうなのかは……
子供の俺達には分からないけど、それでも今新しく始めようって言うならそれも一つの選択じゃないか?」

 おかしな力を持っていること、父母やその他の人間を殺したこと、
そんな自分が紫苑のような人間の傍に居て良いのか? アリスにとっての負い目はそこにある。
 だが一緒に居たいと手を伸ばした以上は身動き出来なくなるような重荷は捨てるべきなのだ。
 それが正しいことだったのかどうなのかは、もっと大人になってから考えれば良い。

「……そうね。この雨で、全部流してしまいましょ。何時の日か、それを後悔する日が来ても……」
「ああ、その時はまた一緒に拾いに来よう」

 誰かと一緒に生きて居る限り、早々手遅れなんてことにはならない。
 アリスはそう教えられた気がした――――言うまでもなく気のせいだ。
 あくまでそれっぽい台詞を並べ立てているだけなのだから。

「アリス」
「なぁに?」
「お前に比べれば、俺は凡百の人間だろう。
(確かに顔も性格も良いが、能力だけは劣っていると言わざるを得ない)」

 あくまで顔だけは譲らない模様。

「普通の後衛で才能は……並だ。補助魔法なんて涙が出るくらい普通だ」
「……まあ、でしょうね。天魔お姉さん達に補助かけてたみたいだけど劇的って訳じゃなかったし」
「(社交辞令って言葉知らんのか? そんなことないよ! って言えよ馬鹿)」

 人形に命を宿らせると言う特殊能力に加えて一流の前衛にも劣らぬ身体能力。
 アリス・ミラーと言う人間は差別意識に辿り着くだけあって、恵まれ過ぎている。
 それに比べて春風紫苑は冒険者としては凡庸だ。
 キレる頭があるにはあるけどそれを台無しにする楽観などもあるから武器には数え難い。
 強いて挙げるなら演技力は武器だがそれは冒険者に必要なスキルではない。
 やはり紫苑は素直に役者の道にでも入るべきだ。

「だろう? だがまあ、こんな男で良ければ傍に居よう」

 雨は止み、空は何時しか流れ始めた。

「確かに私に比べれば不足だらけだけど……私だって無欠じゃないもの。
でもそれで良いのよ、それが良いのよ、多分ね。だから男と女は寄り添うんだと思う。
互いの不足を埋めあって、歪でも美しく生きたいから――だから、傍に居て」

 穴から差し込む日の光が二人を照らす。

「ああ、そして誓おう――――二度とお前に孤独の痛みを思い出させはしないよ」
「なら、私も誓うわ」

 ふっ、と二人は一旦離れてしっかり目と目を合わせる。

「二度と、優しいあなたにあんな苦しそうな顔はさせない――――どんなことをしてでも」

 その笑顔はドームの天井から降り注ぐ光よりも眩しかった。
 紫苑もまた微かに笑みを浮かべているが、コイツの場合は……

「(ふぅ……お仕事終わりっと。チョロいもんだぜ。殺せない以上は精々利用してやんなきゃな)」

 もうお前ホストで身を立てていけよ。
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